1949年のNATO条約(北大西洋条約)発効から74回目の記念日にあたる2023年4月4日、軍事的非同盟を維持してきたフィンランドは、大胆な政策転換を図り、31番目のNATO加盟国になった[1]。その背景には、ロシアによる一方的なウクライナ侵攻が、軍事的非同盟を貫いてきたフィンランド、スウェーデンの民意を変え、NATO加盟への道を開いたという側面もあるが[2]、それ以上に、北欧諸国とNATOが、北極圏における戦略的環境の変化への適合と新たな領域における抑止と防衛の強化という点で認識が一致したことが考えられる[3]。本稿においては、北欧諸国がNATOに加盟する戦略的意義について、新領域における作戦の重要性から考察し、今後の我が国の安全保障に対する含意を汲み取るものとする。

北極圏における戦略的環境の変化

 気候変動の影響に伴う融氷現象や環境変化によって、新たに北極圏が航路や資源を巡る国家間の競争や対立の領域になりつつある。事実、2005年以降、ロシアは北極海に面する旧ソ連時代の軍事基地を再び強化し、中国も大型砕氷船を派遣して自国の存在感を高めている。今後、関係各国が自国の権益と権利を強く主張する中で、利益を巡る対立が顕在化することが懸念さされる。

 このような変化に対して、NATOは、北大西洋の安全保障を強化する名目で、2018年、新たに北米に唯一の拠点を置く統合軍司令部(Joint Force Command Norfolk)の新設を決定し、Steadfast Defender 2021 演習などを通じて、北極海を含む広範な北方地域における防衛態勢の検証を進めている。そして、2022年のノルドストリーム・パイプラインの爆破[4]やノルウェー沖の光ファイバーケーブルの切断[5]に象徴される海中インフラ資産に係る脆弱性への懸念が強まる中、改めて、北欧諸国の戦略的重要性に注目が集まっている[6]。それは、北欧諸国の新規加盟が、NATOによるロシアへの抑止、対処の能力を高めると共に、大西洋を横断するグローバルな安全保障を確保することへの期待にもつながってゆく。

新領域における抑止と防衛

 現在、「21世紀の石油(Data is the oil of the 21st century)」[7]と呼ばれる情報通信データの重要性が増大し続けている。これまで、世界は、その膨大なデータの通り道として、グローバルに張り巡らされた海底ケーブルへのネットワークに対する依存を深めてきたが、情報通信技術(ICT)の飛躍的進歩と宇宙空間の利活用が急速に進む中で、衛星通信の果たす役割が改めて見直されている。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻で注目された衛星コンステレーションを使った民間衛星通信インターネットサービス「スターリンク」は、その汎用性と有用性から、既存の通信インフラの補完的な役割を果たし、ウクライナ軍の継戦能力にも大きな貢献を果たした。また、軍事的手段と非軍事的手段を組み合わせたハイブリッド戦争が多用される中で、宇宙、サイバー空間等における情報収集アセットの急速な増大により、戦闘に関わるデジタルデータの役割も大きく変わりつつある[8]。

 今回のウクライナ侵攻において、米マクサー・テクノロジーズに代表される民間の商用衛星画像、電波源から判別される電子信号情報やSAR(レーダー)情報、更には、遠く離れた土地や戦場付近においてスマートフォンなどで撮影された画像データが、包括的に一元処理されることを通じて、インテリジェンスのためのビッグデータを構成し、戦闘の成否に直接的な影響を及ぼした事実が記憶に新しい。

 それは、戦場の可視化が急速に進み、サイバー、宇宙、認知などの新たな作戦領域が重要性を増す中で、戦いにおけるデジタルデータの活用とその保全が、戦争の勝敗を左右する存在として位置づけられ始めていることを意味する。そして、それらデータに係る安全性を確保し、安定利用を保証することが、軍事面でも喫緊の課題となる中[9]、IT技術にも高い能力を有する北欧諸国の新規加盟は、将来のデータを巡る戦いにおいて多様性と主導性を確保する上で欠かせないと考えられたに違いない[10]。

集団的自衛権(5条任務)と新領域の安全保障

 北欧諸国の新規加盟は、新領域における脅威が多様化し、複雑化する中で、改めて、多国間軍事同盟の中核である集団的自衛権(第5条)発動に向けての課題を浮き彫りにするであろう。

 既に、2014年、NATOは、サイバー攻撃に対して5条発動の要件となり得ることを同盟として確認しており[11]、その後も、北大西洋理事会(NAC)の場で、当該要件の実効性を確保し続けている。更に、2019年12月のロンドン首脳会合では、陸、海、空、サイバー空間と並んで、宇宙空間を5番目の作戦領域として位置付け、2021年には、サイバー攻撃と同様に、宇宙空間への攻撃が武力攻撃事態になり得ることを示唆している。そのような流れの中で、北欧諸国のNATO加盟を契機として、北極圏や宇宙空間を経由するデジタルデータの安全確保を同盟の大きな課題として確認し、民間インフラとしての海底ケーブルや通信衛星アセットへの攻撃も5条適用の対象とするか否かの議論が始まることが予想される。

 それは、今後、先進技術の積極的な導入によって戦場の可視化が進み、戦闘形態がより仮想空間に重心を移しつつある時代の中で、同盟内において、従来は安全保障の対象とは考えられなかった新領域における集団防衛のあり方が強く意識され、NATOの新たな変革を引き起こす契機になるかもしれない。

安全保障環境の変化と日本の防衛

 2023年1月、日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)では、宇宙に係る攻撃が同盟の安全に対する明確な挑戦であるとして、一定の場合には、当該攻撃が、日米安全保障条約第5条の発動につながることを確認した。 既に、2019年4月の日米「2+2」において、サイバー攻撃が日米安保条約第5条の武力攻撃に該当することが明らかにされており、今回、新たに宇宙領域における攻撃事態が、その対象範疇に加わったことを意味する。

 今後、中国の力による台湾併合への懸念が高まる中で、中国は、戦争被害を局限し、軍事攻撃を短時間で終わらせるために、台湾に対して、直接的な軍事作戦に先んじて、新領域における作戦を多用しつつ、台湾国内の民生混乱と治安悪化を図る可能性が高い。その一環として、台湾を国際社会から情報面でも孤立させるべく、重要データの伝送路としての海底ケーブルの切断や、通信衛星への妨害や破壊に踏み切ることが懸念される。その際に、日米両国は、中国がA2/AD戦略の一環として、偽情報の流布、サイバー、宇宙空間における攻撃、妨害を行い、在日米軍や自衛隊の行動を牽制する事態を念頭に、その場合の共同措置に関する調整を完了しておくことが望ましい。

 それは、日米同盟の重要な課題として、作戦に関わるデータの活用と保全を再定義し、デジタルデータの重要な通り道となる宇宙通信アセットや海底ケーブルなどへの攻撃や妨害を排除することを通じて、その安定利用を保証することに等しい。そして、それらのデジタルデータの最大の受益者である一般市民や民間企業などの非軍事主体が、同時に攻撃による重大な犠牲を被る蓋然性も高いことを踏まえ、日本政府としては、そのような事態の可能性と影響について、国内に向けて、広く丁寧な説明を行い、デジタルデータの保全環境を総合的に整備する施策を推進してゆくべきである。本稿において、北欧諸国のNATO加盟が、従来の集団防衛態勢の強化に結びつくのみならず、その影響を新たな戦略環境や領域に及ぼし得ることを示した。そして、その事実が、将来の我が国の安全保障を担保する上で、極めて重要な含意を持つことを看過すべきではない。

(2023/5/16)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
NATO Enlargement and the Question of Applying Article 5 −New Domains as Japan's Security Challenges―

脚注

  1. 1 フィンランドと同時に加盟申請を行い、同じような地政学的環境に位置するスウェーデンは、主に政治的理由により加盟批准に消極的であったトルコとハンガリー二カ国のために、今回の加盟を果たすことは出来なかった。しかし、既に2022年のマドリッド首脳会合において両国が加盟に向けて招待され、全加盟国が加盟議定書に署名を行っている以上、スウェーデンの加盟も時間の問題であろう。
  2. 2 René Nyberg, “Russian Collateral Damage: Finland and Sweden’s Accession to NATO,” Carnegie Endowment for International Peace, June 10, 2022.
  3. 3 Jens Stoltenberg, “In the face of Russian aggression, NATO is beefing up Arctic security,” THE GLOBE AND MAIL, August 24, 2022.
  4. 4 Julian Borger,” Nord Stream attacks highlight vulnerability of undersea pipelines in west,” The Guardian, 29 September,2022.
  5. 5 Jacob Gronholt-pedersen and Gwladys Fouche, “NATO allies wake up to Russian supremacy in the Arctic,” Reuters, November 16, 2022.
  6. 6 Alan Cunningham, “Underneath the Ice: Undersea Cables, the Arctic Circle, and International Security,” The Arctic Institute, March 29, 2022.
  7. 7 Lasse Rouhiainen, Artificial Intelligence: 101 Things You Must Know Today About Our Future, Harper Perennial ,1993, p.67.
  8. 8 例えば、ロシアによるウクライナ侵攻において、ウクライナ軍が強大なロシア軍と互角に戦っている理由として、衛星画像、衛星通信、一般情報などの西側諸国による官民支援を背景に、戦闘に係るデータが適時適切に提供され、ロシアの情報量、すなわち戦闘データの上で圧倒し、データ駆動型の戦い方を展開することが敵への優越に結びついていることが挙げられる。
  9. 9 National Oceanic and Atmospheric Administration, “Submarine Cables,” October 4, 2022.
  10. 10 NATO,” Pre-ministerial press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg ahead of the meetings of NATO Ministers of Foreign Affairs,’ April 3, 2023.
  11. 11 NATOとしての判断の背景には、エストニアの首都タリンに所在するサイバー防衛センター (Cooperative Cyber Defense Centre of Excellence, CCDCOE) が、2013年にタリン・マニュアル(Tallinn Manual on the International law Applicable to Cyber Warfare)を発行し、サイバー攻撃に関する国際法のルールをコメンタリーとともに明らかにした事実がある。