本稿は米ハドソン研究所のウェブサイトに掲載された筆者編集のレポート 「Strategies for the Indo-Pacific: Perceptions of the U.S. and Like-Minded Countries」(インド太平洋への戦略:米国と有志国の認識)の中の拙稿「An Analysis of Japan’s Military Operations in the Indian Ocean」を、日本の読者向けに日本語で再執筆したものである。詳細にご興味のある方は、原文をご参照いただければ幸いである[1]。

 2019年末、日本は西インド洋において情報収集を目的とした護衛艦の派遣を決めた。現在の計画では、アラブ首長国連邦ないしオマーンを寄港地として、日本関係船舶保護のための調査・研究に従事するものとみられている。実は、日本は旧海軍時代からインド洋に艦艇を派遣しており、海上自衛隊になってからも護衛艦をインド洋に派遣してきた。少なくとも過去9回艦艇を派遣している。①第一次世界大戦における船団護衛(1914-1918年)、②第二次世界大戦における空母機動部隊派遣とセイロン沖海戦(1942年)、③第二次世界大戦における潜水艦による通商破壊作戦(1941-1945年)、④湾岸戦争後のペルシャ湾における掃海活動(1991年)、⑤9.11同時多発テロ後のインド洋における補給支援活動(2001-2010年)、⑥イラク人道復興支援に伴う海上輸送(2004年)、⑦インドネシア・スマトラ島沖大地震及びインド洋津波被害に対する国際緊急援助活動(2004-2005年)、⑧パキスタンの大規模洪水被害に対する国際緊急援助活動(2010年)、⑨アデン湾・ソマリア沖海賊対処行動(2009年-現在)、⑩イランなどによるホルムズ海峡封鎖を念頭に置いた湾岸における掃海・船団護衛の検討および調査・研究目的での派遣決定(2012年及び2019年)である。

日本のインド洋における海洋作戦の分析

 なぜ日本はインド洋に艦艇を派遣するのだろうか。派遣する際はどのような派遣が行われるのだろうか。そして、そこからどのような課題が導き出されてくるのだろうか。本稿は、上記9回の事例分析から、日本がインド洋で作戦を実施する際の少なくとも3つの傾向について、指摘するものである。
 1つ目の傾向は、日本がインド洋に艦艇を派遣する際の動機は、アメリカとの関係が大きく影響していることである。英国との関係がより重要だった①第一次世界大戦を除き、その傾向が共通してみられる。第二次世界大戦の事例である②③は、アメリカとの戦争の中で、太平洋側の作戦を支援するために行われたインド洋派遣である。戦後行われた派遣は、④が湾岸戦争、⑤が9.11同時多発テロに関わる派遣である。また⑦のような災害人道援助の背景にも、冷戦後、アメリカから役割の拡大を求められた日本が、従来にもまして、インド洋地域にまで艦艇を派遣して、援助を行うようになったことが背景にある。とくに⑦については、日米豪印で初めて協力した活動としても知られており、今日のアメリカの対中国戦略上、重要な転換点の1つといえる。⑧も9.11後のテロ対策としてパキスタンへの支援を強化している中で行われたパキスタンへの災害人道支援で、⑨のソマリアの海賊対処ではアメリカを中心とする派遣とは一応分かれているものの、2013年以降アメリカ主導の派遣部隊であるCTF-151に加わって、2015年以降にはその司令官も担当している。⑩のイランなどによるホルムズ海峡の封鎖関連の事案もまた、もともとはアメリカが率先して派遣を求めていたものに対し、同盟国である日本として答えた側面がある。つまり、日本のインド洋派遣は、戦前・戦後を通じて、日米関係の影響を強く受けた派遣という傾向がある。

日本のインド洋における海洋作戦の分析

 2つ目の傾向は、日本がインド洋に艦艇を派遣する際は、国際協調主義に基づいて、多国間で協力する形で派遣する傾向があることである。第二次世界大戦におけるインド洋派遣である②③以外は、すべて他の国々と協力して実施に当たっている。①第一次世界大戦の場合は、日本はオーストラリアと一緒に船団護衛に当たったものであるし、④湾岸戦争後の派遣、⑤9.11後の派遣、⑥は米豪印各国と、⑦も他の災害人道支援での派遣各国およびパキスタンと、⑧は海賊対処に参加している他の多くの国々と、⑨も一定の距離は置きながらも、アメリカをはじめとする派遣各国との協力の中で、任務を遂行している。
 3つ目の傾向は、日本がインド洋に派遣する場合、規模は小さくなる傾向があることである。日本が派遣した艦艇の規模は、①の第一次世界大戦では日本は全保有数65隻の内、4隻から12隻、②第二次世界大戦では保有する大型空母6隻の内5隻の空母、その他艦艇合わせて31隻の空母機動部隊を派遣。③64隻の内、最大10隻の潜水艦及び支援艦、④湾岸戦争後の掃海では6隻、⑤9.11後のインド洋給油では最大3隻、⑥インド洋大津波における災害派遣では最大3隻、⑦パキスタン地震へは1隻、⑧ソマリアの海賊派遣では2隻及び航空機、⑨湾岸派遣の計画では1、2隻程度の派遣である(海上自衛隊の全保有艦艇数は約130隻)。このようにしてみると、第二次世界大戦の時の非常に大規模な派遣を除き、全保有艦定数に比べ、派遣艦艇数は小規模にとどまっている。
 以上から、日本のインド洋における艦艇派遣には共通の傾向がある。日本のインド洋派遣は、アメリカとの関係の強い影響を受けている。また、インド洋への派遣においては、アメリカやその他の国際社会との協調を模索する傾向が強く、派遣する艦艇数も小規模にとどまっている。そこから類推されるのは、日本独自のインド洋における国益が全面に出ていないことで、日本は、独自のインド洋戦略のようなものを持っていない可能性が高いことである。
 では、ここから導き出される課題は何だろうか。1つ考えられるのは、今後も、日本が独自のインド洋戦略をもっていない状態でも大丈夫なのだろうか、というものになろう。昨今、日本はインド洋において存在感を示し始めている。日本は2001年以降19年以上インド洋に艦艇を派遣し続けている。日本は2012年以降、インド洋海軍シンポジウムに参加してもいる。空母化の検討が決まった護衛艦「いずも」ないし「かが」は2016年以降、毎年インド洋へ行っている。スリランカへの巡視艇の供与なども進めている。そして今、太平洋とインド洋を連結させたインド太平洋という枠組みの中で政策を進めるようになり、インフラ対策を含め、戦略的に動く必要が生じている。次第に、日本はインド洋で主要なプレーヤーになりつつあり、日本に、自らのインド洋戦略のようなものが必要なことを意味している。

日本のインド洋における海洋作戦の分析

 日本独自のインド洋戦略策定のためには、情報収集のための手段、例えば調査・研究のための艦艇派遣や、現地の安全保障情勢に詳しい政府関係者、研究者の育成が必要であるし、収集した情報をどのように研究・分析するか、予算を長期的に確保し、人材の育成、研究手法の開発、分析体制の整備も必要である。また、特に現地各国に対しては、中国の現地での影響力に負けないように、特にインドとアメリカと協力しながら現地各国の外交政策への影響力確保することなどが課題になる。その際には、政府間の協力だけでなく、シンクタンクなど非政府機関を利用した現地各国での日本の活動に関する発信の拡大は鍵になってくるだろう。
 今回の調査・研究のための派遣は、日本独自のインド洋戦略策定という視点からみれば、重要な活動であり、そのような観点から派遣の意義を考える必要があるだろう。

(2020/03/17)