毎年1月26日になるとインドでは大きなイベントが行われる。共和国記念日の軍事パレードである。パレードそのものは軍事パレードに始まり、各地域の山車がでるもので、インド統合の象徴的な意味合いがあるが、同時に、このパレードはインドの外交姿勢を示す大事な役割がある。毎年、外国の首脳を一人だけゲストとして招くことから、インドが世界のどこを見ているのかを示している。2014年のゲストは安倍晋三首相、2015年のゲストはバラク・オバマ米大統領だった。

  では2018年は誰だったのか。実は、2018年は東南アジアから、なんとASEAN加盟10か国全部の首脳を丸々全部招いたのである。これは異例なことである。なぜなら、過去にインドは、カンボジア、シンガポール、タイ、ベトナムに関してはそれぞれ1回ずつ個別にゲストに招いており、インドネシアについては2回もゲストとして招いたことがある。ところが今回は全部一挙に招いたのである。これはインドが東南アジアを以前よりも重視していることを示している。

 それでは、インドは東南アジアでどのような活動をしているのだろうか。軍事パレードへの招待であるから安全保障上の影響について検討するべきであろう。だとすれば、特に、南シナ海問題をはじめとする安全保障上の課題に対する影響はどのようなものになるのだろうか。また、それは日本にどのような影響があるのだろうか。本稿はこの点を検証することにした。

南シナ海で存在感を示し始めたインド

 インドが東南アジアを安全保障面で重視し始めたのは、実は1990年代に入ってからのことである。それまでのインドと東南アジア諸国との関係は、例えば冷戦下で米ソ両陣営に属さない非同盟諸国としてインドと東南アジア各国が友好的な関係を維持したことがあげられる。しかし、1965年にインドがパキスタンと戦争に突入したときは、インドネシアのスカルノ大統領は、パキスタン支援のためソ連から10億ドルの艦艇を輸入し、インドのアンダマン・ニコバル諸島を占領すべきと主張、実際にアンダマン・ニコバル諸島周辺で活動を活発化させるに至った。[1] 非同盟諸国間のつながりは、あまり強いものではなかったのである。

 1978~79年にベトナムが、カンボジアおよび中国と戦争状態になったときもインドと東南アジアの関係を変化させる重要なターニングポイントであった。インドはベトナムを支持し、他の東南アジア各国のほとんどは、ベトナムを非難した。結果、インドはベトナムとは友好関係を維持したが、他の東南アジア諸国との関係は冷え込んだ。

 つまり、インドと東南アジア諸国の安全保障面の関係は1990年代まではあまり深いものではなかったのである。しかし1990年代、インドが「ルック・イースト政策」を掲げて東南アジア諸国との関係を重視し始めると大きな変化が起きた。その背景には、当時のインドがソ連という後ろ盾を失い、中国に対抗する新しいパートナーを模索していたことがある。そのためインドは日本やアメリカへの接近をはかっただけでなく、経済成長し始めた東南アジアとの協力を模索し始めた。東南アジア諸国の側でも、インドの提案がコスト面で有利な提案だったこともあり、ベトナムだけでなく、マレーシア、タイ、インドネシア、シンガポール、ミャンマーやフィリピンまでがインドとの協力関係を深めようとした。その結果、特に軍事面の協力関係が深まり始めたのである。

東シナ海

 インドと東南アジア諸国の軍事協力は大きく3つの分野で進められている。武器の運用に関する教育や整備の提供、共同訓練、そして武器取引だ。

 1つ目の武器の運用に関する教育や整備である。この分野については、主にロシア製武器を有する国が、インドに教育や整備を依頼する傾向が強まっている。ベトナム、マレーシア、インドネシアの空軍が有するロシア製戦闘機(ミグ21、ミグ29、スホーイ30)の乗員や地上要員の教育および機体の整備を、インドが請け負うようになった。また、ベトナムが新たに設立した6隻のロシア製潜水艦(キロ級)部隊の運用に関する教育もインドが実施している。

 2つ目は共同訓練である。インドは、インドネシアやタイなどと海上国境の共同パトロールを実施している。また、シンガポールとも定期的な共同訓練を実施している。特にシンガポールの例は共同訓練を通じた関係強化の好例だ。シンガポールは、1990年代にインドとの海軍の共同訓練を開始して以降、訓練内容を深化させ、今では南シナ海で対潜水艦戦の訓練をするようになった。対潜水艦訓練は高度で機密性の高い情報を交換することから、両国軍の関係が深まっていることを示している。さらに、シンガポールは陸軍、空軍もインドの基地に装備を常駐させ、インド国内の演習場で訓練するようになっている。外国の軍隊や装備を常駐させるというのは、一般的に、受入国にとっては機微な事項である。そのため軍の常駐は両国の信頼関係が深まっていることを示している。

 3つ目が武器取引である。もともとインド製の武器輸出実績は少ないのであるが、それでも昨今、ミャンマー、ベトナム、フィリピンがインドから武器を輸入するか、輸入を計画している。ミャンマーの場合は、国境地域の反乱対策のためのヘリコプターや火砲を輸入している。またベトナムは、インドから、海上国境警備用に4隻の沿岸哨戒艦を供与されるほか、巡航ミサイル・ブラモスの輸入を決めた。さらに対空ミサイル・アカッシュの輸入も検討している。またフィリピンも、インドから対潜水艦用フリゲート艦2隻の輸入を検討中である。この他にも、直接武器ではないが、インドは衛星施設設置を条件に、衛星が収集した情報を提供するサービスも提供している。ベトナムはすでにインドの衛星施設を受け入れ、ブルネイも受け入れることを計画している。

インドの地図

図:東南アジア地域におけるインドの軍事外交
※筆者作成

日本にはどのような選択肢があるか

 このようなインドと東南アジアの接近は、日本の安全保障にとってどのような意味を持つのであろうか。昨今、日本の懸念の一つは中国の海洋進出が強まってきていることだ。そして中国は、軍事バランスが自国に有利になったときに海洋進出を図る傾向が見て取れる。南シナ海を例にとると、フランス、ソ連、アメリカが撤退した直後に、新たな島々や環礁などを占領して拡大してきたからだ。したがって、南シナ海で軍事バランスが変わることは懸念事項だ。そう考えたとき、2000年から2016年にかけて、アメリカの潜水艦の建造が14隻であるのに対し、中国が43隻もの潜水艦を建造・配備していることは懸念事項である。中国が昨今、南シナ海の3つの飛行場を含む7つの人工島を建設し、軍事基地化を既成事実化させているのも、アメリカの存在感の低下を示している可能性がある。

 もし南シナ海でアメリカの影響力が低下し、中国の影響力が拡大すれば、南シナ海を通る日本のシーレーンは中国に守ってもらうような立場になる可能性も考えなくてはならない。日本にとって中国がどこまで信用できるのかを考えたとき、日本にとってそれは受け入れがたいだろう。

 したがって、南シナ海でアメリカの存在感が低下しているならば、他の国々が補わなければならない。最も重要なのは、東南アジアの沿岸国がより大きな役割を担うことである。南シナ海周辺の東南アジア諸国の防衛力向上を支援し、影響力を増すインドの存在は、その趣旨に合う。例えばインドとベトナムを例にとると、インドがベトナムに輸出するブラモス巡航ミサイルは、南シナ海の中国軍施設と艦艇の両方を攻撃できるものとみられる。インドはベトナムの潜水艦部隊の訓練も行っているが、ベトナムの潜水艦が隠れているとみられる海域では、中国海軍は用心した行動をとらざるを得ないだろう。つまり、インドの東南アジア諸国に対する軍事外交は、中国の海洋進出を一定程度抑える歯止めになる可能性がある。

 そう考えると、日本としては、インドが東南アジア諸国でより大きな影響力を示すことを想定し、日印の連携を図る政策を進めることが国益にかなうことになる。では日本は、具体的にどうしたらいいのだろうか。大きく3つの政策が考えられる。

 まず、日本がインドと連携した政策を進めるには、安全保障上のパートナーとして信頼を得ることが必要だ。そのためには、日本がインドの安全保障政策の支持者であることを明確にする必要があり、特に、インドの南アジアにおける政策を支持する立場になる必要がある。例えば、インドと中国が国境(実効支配線を含む)地域で争った場合などは、日本はインド支持の立場を明確にすることが必要だ。
実は、このような政策はすでに始まっている。2017年6月~8月に印中両軍がにらみ合う事態になったときは、日本の平松賢司駐印大使が、力を背景に現状を変更する行為を非難した。この文言は、一見して一般論に聞こえるが、日本が中国やロシアの軍事色の強い行動を非難する際に使用する文言である。そのため、インドは日本が明確にインドの立場を支持したものと受け止めた。しかも、この時は、アメリカやオーストラリア、ロシアも含め主要国の反応はより中立的で、インド支持を明確に示したのは日本だけであったから、インドの日本に対する信頼が大きく高まった。このような具体的で明確な姿勢は、今後も堅持されるべきものである。

  第二に、インフラ開発を通じて日本はインドの東南アジア進出を支援する政策が考えられる。例えばインド北東部における道路建設プロジェクトはその一例だ。インド北東部は、インドとミャンマーをつなぐ位置にあり、その道路をたどっていけば、結局はインドからベトナムまでつなぐことになる。インドと東南アジアの貿易が促進されることになり、東南アジア経済における中国のシェアを緩和することにつながるだろう。同じような例は、インドにおける港湾、海上貿易ルートの開発・整備においてもみられる。さらに、2017年3月から、ASEANに関する日印政策対話が始まっている。この対話は、日本がインドと共同で東南アジア支援を連携させるための対話であり、今後、この対話を通じて日印が東南アジア支援を調整すれば、日本がつくる港と、インドがつくる道路を連結させることなどで、この地域のインフラ建設がより効率的な形で進むことが期待される。

  第三に、日本とインドは東南アジアに輸出するための防衛装備品の共同開発について検討するべきである。2017年9月の安倍首相の訪印時の合意文書には、「防衛及びデュアルユース技術を含む防衛装 備品協力を奨励」、「陸上無人車両(UGV)及びロボティクス分野における将来の研 究協力に向けた技術協議の開始」と明記されており、日印での共同研究が合意されている[2]。日本のUS-2救難飛行艇のインドへの輸出も協議が続いている。このような共同研究開発等については、積極的に進めるべきであるが、共同開発がうまくいった後にどうするつもりなのか、についても検討しておくことが望ましい。日本の技術開発のいい部分、インドの技術開発のいい部分が合わさり、それが東南アジア諸国のニーズに合っていれば、日印協力によって両国の東南アジア政策を進めた好例になっていくはずである。過去の実績を見ると、日本が得意とする技術は高度な技術の開発であるが、一方で、インドが得意な技術は既存の技術のコストを下げる技術である。例えば、医薬品であればジェネリック医薬品をインドは得意としているし、人質をとったテロリストの視覚や聴覚を一時的に麻痺させることを目的とする発光手りゅう弾のコストを下げるために、とうがらし手りゅう弾を開発したことでも知られている。東南アジア諸国は、経済発展しつつあるものの、まだコスト面の制約が大きい国々であるから、日印が比較的高度なものを安価につくることができれば、それは東南アジアのニーズにも合う。日印がそのような得意分野を生かすことができるような共同開発にすることが望まれる。

 今後、インドが東南アジアの安全保障において影響力を増すほど、日本にとってはチャンスが拡大する。そのチャンスを十分生かせるよう、日本が積極的に行動すべき時が来ている。

(2018/03/10)

脚注

  1. 1長尾賢『検証 インドの軍事戦略-緊張する周辺国とのパワーバランス―』(ミネルヴァ書房、2015年)p. 84
  2. 2外務省「日印共同声明:自由で開かれ,繁栄したインド太平洋に向けて(仮訳)」