2023年以降のガザ紛争と地域情勢
2023年10月、イスラエルとパレスチナのガザ地区のハマス等との間ではじまったガザ紛争は、近隣諸国へと交戦地域が拡大し、イスラエル・イラン間の前例のない軍事衝突へと至った。その主な背景としては、次の3点が挙げられる。第1は、イランによる反イスラエル勢力への武器、資金の支援により、シリアのアサド政権やパレスチナ、レバノン、イラク、イエメンなどの非国家組織が力をつけたこと、第2は、イスラエルが安全保障を確保するため諜報・軍事能力を高め、常時展開可能な態勢をとっていたこと、第3は、紛争多発地域にもかかわらず、中東地域には紛争予防と安全保障政策の調整を目的とした常設の多国間協議のための機関がないことである。
ガザ地区においては、2025年1月19日にようやく発行した停戦が、3月18日未明にイスラエル軍がガザ地区全域を空爆したことで、事実上、崩壊した。攻撃再開の理由について、イスラエルのネタニヤフ首相は、ハマスが停戦の延長を確保する提案を拒否したためだと述べている[1]。また、イスラエル軍は、3月28日、レバノンとの停戦にも違反して南レバノンへの空爆を再開し、2024年12月のアサド政権崩壊後もシリア領内への攻撃を継続している。そのイスラエルのネタニヤフ政権は、イランの核武装阻止のためとして同国の核施設への攻撃の意向を保持し続けていると報じられている[2]。
一方、中東地域で紛争を抑制しようとする動きとして、3月4日にはアラブ連盟首脳会議でガザ地区復興計画が合意されている。本稿では、こうしたアラブ諸国の連帯について歴史的経緯を簡潔にふりかえりながら分析したうえで、そのことが紛争の抑制にどの程度寄与するかについて考察する。

対イスラエル政策でのアラブ諸国の連帯
アラブ諸国で構成される地域機構には、現在、22カ国と1地域(パレスチナ)が加盟するアラブ連盟、湾岸アラブ6カ国から構成される湾岸協力会議(GCC)、北アフリカのアラブ5カ国からなるアラブ・マグレブ連合(AMU)がある。このうち、アラブ連盟は、1964年に誕生したパレスチナ解放機構(PLO)をパレスチナ民族の唯一の代表と認め、1973年の第4次中東戦争では、その後も継続されたイスラエルに対する経済制裁(「アラブ・ボイコット」)を実施し、2000年9月の第2次インティファーダ(パレスチナ人の市民蜂起)ではアラブ諸国でのイスラエル代表機関の閉鎖処置をとるなど、対イスラエル戦略で加盟国の政策協調をはかり連帯してきた。
その連帯に、1979年にエジプトが、1994年にヨルダンが、それぞれイスラエルと和平条約を締結したことで綻びが生じた。修復のきっかけとなったのは、2002年、ベイルートで開かれたアラブ連盟首脳会議で、当時のサウジアラビアのアブドゥラ皇太子により提案されたイスラエルとアラブ諸国との和平案が「アラブ和平イニシアチブ」として承認されたことである。同イニシアチブは、イスラエルに対し、①1967年戦争以後の占領地からの完全撤退、②国連総会決議194号に基づくパレスチナ難民の帰還権の承認、③東エルサレムを首都とするパレスチナ国家建設の承認を求め、これらの履行を条件に、アラブ諸国はイスラエルの安全保障の確保、関係正常化を行うとしている。そして、2007年3月のリヤドでの首脳会議では、「アラブ和平イニシアチブ」が再確認され、翌月、エジプトとヨルダンの両外相によりイスラエルに提示された。しかし、イスラエルはこれを無視し、アメリカは対応を回避した。
その後、2020年にはアメリカの第1期トランプ政権のもとで進められた「アブラハム合意」と呼ばれるイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、モロッコ、スーダンとの国交正常化により、アラブ連盟加盟国の間でパレスチナ問題に対する認識の違いが再び表面化した。2023年10月のハマスやパレスチナ・イスラム聖戦などによるイスラエルへの越境攻撃は、こうしたアラブ諸国の対イスラエル政策の変化への危機感が要因の一つといえる。こうして始まったガザ紛争でも、サウジアラビアによるアラブの連帯の修復努力により生まれた同イニシアチブは、アラブ連盟加盟国の対イスラエル政策の根幹となっている。
アラブ連盟のガザ復興構想の提示
2025年1月から2月にかけてのトランプ大統領によるガザ地区住民の域外移住構想、アメリカによるガザ地区所有などの発言を受け[3]、2月21日にエジプト、ヨルダン、カタール、サウジアラビア、UAE、クウェート、バーレーンの7カ国の首脳がサウジに集まり、代替案の検討が行われた[4]。その原案はエジプトにより作成され、3月4日のカイロでのアラブ連盟首脳会議を前にして、エジプト、ヨルダン、カタール、サウジ、UAEによる複数回の外交協議を経て、ガザ復興構想案が完成した[5]。同案の復興計画は、第1段階では6カ月間で30億ドルを投じてがれきの撤去や仮設住宅の建設などを実施、第2段階では2年間で200億ドルをかけて住宅建設などを行い、第3段階では2年半かけて空港、港、工業地帯などを300億ドル投じて建設するとされている[6]。
カイロの首脳会議では、復興計画が承認され、復興構想を内容とする声明がまとめられた。声明では、パレスチナの人びとの権利に関して、2002年の「アラブ和平イニシアチブ」に基づいて、①包括的かつ公正な和平の実現、②米国を含む国際的・地域的勢力の協力の緊密化、③イスラエルの占領の終結、④二国家解決など従来からの主張が示された。また、新たな事項として、①ガザ地区住人のあらゆる形態の強制移住の拒否、②イスラエルのガザ地区への支援物資搬入停止措置を断固拒否し、同措置は停戦合意、国際法、国際人道法に違反することを確認、③ガザ復興の移行期間の実務は、パレスチナ自治政府が参加したガザ地区行政委員会を編成し、これが担当する、④国際社会、地域・国際的金融機関に対し、同計画への支援の提供を促す、⑤国連安保理に、パレスチナとイスラエルの安全保障のための平和維持部隊の派遣を呼びかける、⑥イスラエルのヨルダン川西岸地区、シリア、レバノンでの軍事行動の停止を要求、⑦国際司法裁判所の勧告的意見を各国が実践するよう促すことなどが述べられている[7]。ただ、同声明では、ガザ紛争の平和構築において必要と考えられる[8]①ハマス等のパレスチナ武装組織の武装解除、②パレスチナの統治機構の正統性を確保するための選挙と改革、③復興段階でのアラブ諸国の資金提供などについての具体的な言及はなかった。
以上のように、アラブ連盟加盟国は、短期的目標として5年間のガザ復興計画を示し、長期目標としてパレスチナ国家樹立を前提とした中東地域における平和環境の整備を提示した。

アラブ連盟のガザ復興構想に紛争抑制効果はあるか
アラブ連盟は、今回のガザ紛争をめぐる重要な局面で連帯を示した。それは、和平交渉によってパレスチナ問題の「二国家解決」を目指すというアラブ諸国の連帯意識を国際社会に強く印象づけることにもなった。アメリカとイスラエルは、アラブ首脳会議直後に同復興構想を受け入れない意向を示した[9]。しかし、3月8日、サウジアラビアで開催されたイスラム協力機構(OIC)の緊急外相会合(57カ国が参加)がアラブ連盟のガザ復興構想への支持を表明したの[10]に続き、同日、フランス、ドイツ、イタリア、イギリスの外相もこれを支持するとの共同声明を出した[11]。アラブ連盟は、アラブの枠組みを超えたパレスチナ支持の連帯を形成することができたといえる。そのことは、トランプ大統領にも影響を与えたと見られ、3月12日、同大統領は「だれもパレスチナ人をガザから追放するつもりはない」とガザ住民移転の考えを変更したかのような発言をしている[12]。
しかし、アラブ連盟のガザ復興構想は、ガザ地区の恒久的停戦、人質解放をもたらすことができないまま、ガザ地区の人道状況は悪化の一途をたどっている。3月にイスラエル軍がガザ攻撃を再開させて以降のガザ地区のパレスチナ人の死者数は1600人を超えた[13]。今のところ、アラブ連盟の外交努力が紛争の抑制に効果を上げているとは言い難い。ただし、同連盟が提示したガザ紛争の停戦、復興、パレスチナ国家承認という将来デザインは、地域諸国の連帯を強めることに寄与している。それは、停戦交渉の再開に向けたエジプトとカタールの新提案に結び付いたと考えられる[14]。また、4月23日にパレスチナ自治政府のアッバース議長がテレビ演説で、パレスチナ国家樹立のためガザ紛争を終結させるよう訴えたことにもつながっている[15]。この流れが、5月13日から16日に予定されているトランプ大統領のサウジアラビア、カタール、UAEへの訪問や、6月にサウジアラビアとフランスが共催予定のパレスチナ問題に関する国際会議にプラスの影響を与えることが期待される。

(2025/05/08)
脚注
- 1 James Mackenzie, Nidal Al-Mughrabi and Emily Rose, “Israel warns more to come as airstrikes kill over 400 in Gaza after two months of truce,” Reuters, March 19, 2025; なお、ネタニヤフ政権は、戦闘を再開することで、2025年1月にハマスとの停戦合意に抗議し連立を離脱した極右政党「ユダヤの力」を政権復帰させ、2025年予算の可決を図ったとの見方もある。予算が3月31日までに成立しなければ、解散、総選挙となっていた。「イスラエル、政権維持へ『終わりなき戦闘』ハマス壊滅は非現実的―ガザ攻撃再開から1週間」、『時事通信』、2025年3月25日。
- 2 Erin Banco, “Exclusive: Israel still eyeing a limited attack on Iran's nuclear facilities,” Reuters, April 19, 2025.
- 3 トランプ大統領は1月25日、ガザ地区の住民を域外に移住させる構想について大統領専用機で記者団に語った。Betsy Klein and Lex Harvey, “Trump suggests his plan for Gaza Strip is to ‘clean out the whole thing’,” CNN, January 26, 2025; その後、2月4日には、イスラエルのネタニヤフ大統領との共同記者会見で、アメリカによるガザ地区所有の考えを示している。Kevin Liptak, “Trump says US will ‘take over’ Gaza Strip and doesn’t rule out using American troops,” CNN, February 4, 2025.
- 4 “Arab leaders discuss alternative to Trump Gaza plan at Saudi Arabia meet,” Al Jazeera, February 21, 2025.
- 5 Amr Hamzawy, “The Arab States’ Remarkable Moves to Push Peace in Gaza,” Carnegie Endowment for International Peace, March 6, 2025.
- 6 “What is Egypt’s plan for the reconstruction of Gaza?” Al Jazeera, March 4, 2025.
- 7 “Cairo Statement Issued by the Extraordinary Arab Summit (Palestine Summit),” The Arab Republic of Egypt Presidency, March 5, 2025.
- 8 稲田十一編『紛争と復興支援――平和構築に向けた国際社会の対応』有斐閣、2004年、54-55頁を参照。
- 9 Ahmed Shawkat, “U.S., Israel reject Gaza reconstruction plan backed by Arab nations,” CBS News, March 5, 2025.
- 10 “Muslim nations, European leaders back Arab proposal for Gaza,” Al Jazeera, March 8, 2025.
- 11 Ibid.
- 12 この発言は、アイルランドのマーティン首相との会談での記者団の質問に対し述べられた。Andrea Shalal and Gram Slattery, “Trump, Irish leader meet amid differences on Gaza war, trade,” Reuters, March 13, 2025.
- 13 James Mackenzie, “Israeli strikes hit dozens of targets in Gaza as ceasefire efforts stall,” Reuters, April 19, 2025; なお、パレスチナ保健当局によると、2025年4月18日時点で、2023年10月以降の死者は5万1065人に上っている。“Israeli bombardment of Gaza kills 92 in two days: Health Ministry,” Al Jazeera, April 15, 2025.
- 14 Rushdi Abualouf and Raffi Berg, “New Israel-Gaza ceasefire plan proposed, Hamas source tells BBC,” BBC, April 22, 2025. BBCによると、パレスチナ高官の話として、ハマスはガザ地区の統治を「国家および地域レベル」で合意された組織に譲る旨言及したとされる。この組織はアラブ連盟首脳会議で合意されたガザ地区行政委員会を指すと考えられる。
- 15 Ibrahim Dahman, Pauline Lockwood and Oren Liebermann, “Palestinian Authority president calls Hamas ‘sons of dogs,’ demands release of hostages and disarmament,” CNN, April 23, 2025. なお、同演説では、ハマスに対し、武器の携行を自制し、正当性のある政党に変わるよう求めている。