はじめに

 冷戦期以来、欧州各国は北大西洋条約機構(NATO)による集団防衛態勢を中心として地域の安全保障を確保しようとする一方、折に触れ、欧州自身の安全保障政策の主体性を強める努力を進めてきた。NATOの枠組みによって米国が欧州の安全保障に関与し続けることを担保すると同時に、米国の関与に依存できない、あるいはそれが不可欠でないようなケースでは、欧州自身が自主的に意思決定をして欧州としてのまとまりを維持しつつ行動することが求められたからだ。実際、1991年に深刻化したユーゴスラビア内戦に際しては、当初英仏などを中心とする有志国が国連保護軍(UNPROFOR)に兵力を送り、ついで米国の本格的な関与を背景としてNATOが主導する平和履行軍(IFOR)が編成され、平和構築に任じた。この間欧州連合(EU)もユーゴスラビアにおける平和構築のための役割を模索した[1]。

 ウクライナ情勢の先行きが見えない中、米国の関与を求めるためにも、欧州として自助努力を進める必要性を認識しているようだ。2月に米・ウクライナ首脳会談が決裂して以来、欧州諸国は国防費の増額を決定したこと、また、欧州自身がウクライナに主体的に関与していることをトランプ大統領に示して、ウクライナに対する支援を再考するよう努めてきた[2]。また、欧州を中心とする有志国によって「抑止(deterrence)」あるいは「再保証(reassurance)」を目的とする部隊をウクライナ国内に派遣し、ロシアの再侵攻を防止することも検討している。ロンドンのシンクタンクIISSは、具体的に1個旅団基幹の約1万人、1個師団(数個旅団)基幹の約1万5千人、1個軍団(数個師団)基幹の6−10万人の3ケースを検討した報告書を発表している[3]。

 米国と別に行動する余地を残すため、また、逆に米国の欧州安保に対するコミットメントを確保するためにも、欧州自身が主体的な安全保障・防衛の態勢を築くことは有用であり、その動きは今後ともより活発になると予測される。NATOが域内の集団防衛を担い、EUが域外での危機管理や人道支援等の補完的な役割を果たしてきたと言う役割分担を踏まえれば、EUが創設した常設軍事協力枠組み(Permanent Structured Cooperation : PESCO)は、域内を中心とした防衛力強化や多国間安全保障協力を推進するための重要な政策枠組みと位置付けられる。本稿ではこのPESCOに焦点を当て、欧州として主体的な安全保障・防衛態勢を構築するための動きを観察し、今後の展望を考察する。

欧州の多国間安全保障協力の深化とその背景

 第2次世界大戦後における欧州の国際協力は、経済面では欧州共同体(E C)、軍事安全保障面ではNATOを中心として進められてきた。特にNATOは、域外メンバーであり、かつ軍事的な超大国でもある米国を欧州の安全保障に確実にコミットさせるために重要な役割を果たしてきた。欧州の統合が進められ、1993年にEUが設立されると、安全保障面においても欧州全体をカバーする「共通外交・安全保障政策(Common Foreign and Security Policy: CFSP)」と「欧州安全保障・防衛政策(European Security and Defence Policy: ESDP)」が立案・採択されることとなる。

 2009年のリスボン条約で、ESDPに替えて共通安全保障・防衛政策(Common Security and Defence Policy: CSDP)の枠組みが設置されて以来、EUの安全保障協力の取り組みはより積極的になる。その背景となる要因の一つには、冷戦終結後、紛争終結後の国連平和維持活動(PKO)や紛争における難民保護活動のような新しいタイプの軍事ミッションにおける国際協力の重要性が増したことがある。1992年に自衛隊が初めて参加したカンボジアでのPKOには、ドイツも初めて医療部隊を参加させた[4]。NATOメンバー国の軍隊を条約上の域外に派遣することの是非をめぐる真剣な議論を経てのことであった。欧州域内においても同様の必要性が深刻になる。冷戦終結直後、本来、多民族国家である旧ユーゴスラビアが分裂したことをきっかけに、民族間の紛争が激化し、紛争地域内の住民保護が必要となったのである。このため、1992年には、冒頭で触れた国連保護軍やUNHCRによる住民保護活動が開始され、20カ国を超す欧州諸国が参加した[5]。

 このような活動を通じて、平和維持、紛争予防、人道支援などを目的とした多国間軍事協力に必要な機能を強化する余地が大きいことが表面化した。複数国の軍隊からなる部隊を編成して遠隔地に展開し、運用する能力、また本国から遠く離れた地域で活動する部隊を維持するための兵站能力などである。EUとしてもこのような能力を早急に構築する必要があった。これと同時にEUにとって安全保障ということの意味合いが拡大する。2010年代に入ると、パリなどで発生した大規模なテロ事件をきっかけとしてテロ対処が重要な課題となり、さらには気候変動、難民・移民、エネルギー、サイバーといった世界規模の問題も注視されるようになる。EUはこれに応えて、2016年に「EUグローバル戦略」(EU global strategy: EUGS)を発表し、自律した戦略的アクターを目指すEUが取るべき外交・安全保障政策の指針を示した。

PESCOの目的と制度

 CSDPの枠組みの下で具体的な進展に至った施策の一つは2017年にEU加盟国の内25の有志国で発足したPESCOがある[6]。CSDPは上述したEU域外での国際協力の重要性の高まりなどを背景に、多国間軍事協力の任務を実行するための機能や兵站能力の改善を狙いとする政策であった。

 このCSDPの限界を補完する手段としてPESCOは位置付けられる。すなわち、PESCOは加盟国間の柔軟な協力を可能とすることで、CSDPに見られた政府間主義の弊害[7]、資源や能力の不足、政策一貫性の欠落といった限界を克服しようとするものである。

 また、PESCOは加盟国が果たすべきコミットメントを明確化するとともに、個別の協力枠組みを具体的に提示することによって、欧州全体としての防衛力強化に寄与する役割を担っている[8]。具体的な取り組みとしては、各加盟国が個別に防衛力の整備をすすめるのではなく、共同出資や能力開発、即応体制の調整・協働を通じて防衛装備品の開発、調達、運用における効率化を目指している。特に、防衛装備品については、欧州域内での共同開発を進めることで重複を避け、相互運用性の向上と、産業面での国際競争力強化の双方を目指している。

 現在、PESCOでは66の防衛協力の取り組みが進められ、軍事機動性やサイバー即応チームなどで一定の成果が見られる。特に軍事機動性プロジェクトでは、NATOの即応部隊(NRF)の展開能力の向上に寄与する域内インフラ整備・規制調整が進んでいる。一方で、一部の装備品共同開発プロジェクトは加盟国間の調整不足や資金配分等の問題により進捗の遅延も見られる[9]。

 PESCOはEU加盟国の中の有志国からなる枠組みであり、その意味では比較的柔軟性を有する枠組みである。とはいえ、防衛協力プロジェクトの実施には、EU全体の政治的合意が不可欠であり、必ずしもPESCO加盟国の間で足並みが揃っているわけではないという問題を内包している。欧州としての主体的な安全保障協力推進に積極的なフランスやドイツにしても、PESCOの主要プロジェクトに積極的に関与する立場を共有する一方、NATOとの連携、米国との連携、域外作戦といった議論においては未だに妥協点を見いだせずにいる[10]。また東欧諸国の中には指揮機能や即応態勢が充実したNATOに引き続き依存したいとする国もある[11]。こうした加盟国間の関与の差が、PESCOの進展を阻害する可能性があることは否めない。

PESCOを活用した防衛協力の課題

 上述したようにPESCOが欧州自ら主体的な安全保障政策を進めることに寄与するためにはいくつかの課題を有している。そのため、以下のような取組を通じて、足並みを揃えていく必要がある。

 第一に、前述のようにPESCOに対するコミットメントに温度差のある加盟国間で防衛政策の整合性向上を図るためには、PESCOの調整機能を強化する必要がある。各国の閣僚間での議論を定例化するため、EU外務理事会(FAC)においてPESCOを定例議題として議論を深めることも有効だろう[12]。第二に、メンバー国にとっての資金調達の柔軟性を拡大しなければならない。例えば各国の制度上の理由で、期限内に予算を執行できそうにない場合にPESCOのプロジェクトに参加し損なうといった問題を克服する必要があるからだ[13]。具体的には、資金調達の安定性の向上について英国とEUの協力で検討が進められている再軍備銀行(仮称)を早期に設立することで[14]、資金確保と各国の防衛支出の平準化を図ることができる。第三に、NATOとの調整を深め、装備品の相互運用性を確保することも不可欠である。PESCOの定例議題化を通じてNATOとの調整方針を明確化し、相互補完関係を強化することが重要である。

 欧州の防衛強化は、米国との協調を維持しながら、その主体性を高める狙いがある。特に、ルッテNATO事務総長がウクライナのゼレンスキー大統領に対し、トランプ政権との関係修復を促したことは[15]、欧州の安全保障が依然として米国との協調を前提としていることを示唆する。つまり、米国の軍事支援や装備品の相互運用性が欧州にとって極めて重要なことを勘案すれば、PESCOにおける多国間防衛協力を巡る議論が果たす役割は大きい。

おわりに:ウクライナと欧州の自律的安全保障協力の行方

 以上、PESCOを通じて、欧州の主体的な防衛強化の取り組みを論じた。ウクライナの停戦監視を視野に、有志連合派遣軍の議論が進む中、EUは3月に「Readiness2030」[16]を発表し、防衛産業基盤強化や加盟国間の能力格差是正を目指す姿勢を明確にした。これに加え、防衛費増額[17]や徴兵制復活の動き[18]も一部で見られ、米国の関与後退を背景に、欧州は防衛の自律性を強める必要に直面している。今後はEUによる防衛能力強化や派遣部隊の編成に加え、PESCOのように柔軟な多国間枠組みの制度改革[19]やプロジェクト拡充、各国単位での取り組みも並行して進むと見られる。他方、欧州は依然として米国およびNATOへの依存関係にあり、米欧協力の継続と新たな関係構築も重要である。また、EU非加盟の英国とも防衛協力が求められる。こうした取り組みを進める中で、地域統合を進めてきたEUにとって長年の課題である主権や政策志向の違いといった本質的な課題[20]をいかに乗り越えるかが、欧州の自律的な防衛力強化の成否を左右するだろう。

(2025/05/13)

脚注

  1. 1 Kirsten Soder, “Multilateral Peace Operations: Europe, 2008,” SIPRI, July 2009.
  2. 2 「欧州首脳、国防費増額で一致 米国説得へ調整加速」『日本経済新聞』2025年3月3日。
  3. 3 Ben Barry et al., “A European Reassurance Force for Ukraine: Options and Challenges,” The International Institute for Strategic Studies, March 31, 2025.
  4. 4 “Der Einsatz in Kambodscha – UNAMIC/UNTAC,” Bundeswehr, Accessed May 9, 2025.
  5. 5 “Former Yugoslavia – UNPROFOR,” Department of Public Information, United Nations, September 1996.
  6. 6 Council of the European Union, "COUNCIL DECISION establishing Permanent Structured Cooperation (PESCO) and determining the list of Participating Member States," December 8, 2017.
  7. 7 本論における政府間主義(Intergovernmentalism)の弊害とは、決定権が各国にあるために、意思決定の遅延、主権の衝突、効率の低下といった問題が生じることを指す。
  8. 8 PESCOの目的や加盟国の詳細は以下を参照のこと。Permanent Structured Cooperation (PESCO), “About,” accessed May 9, 2025.
  9. 9 一例として航空領域における調整の必要等が見て取れる。PESCO, “PESCO Projects Progress Report,” July, 2024, p. 2.
  10. 10 Barbara Kunz, “The Persistent Lack of Strategic Convergence between France and Germany,” International Politik Quarterly, September 26, 2024.
  11. 11 Māris Andžāns, “Three Decades of Baltic Military Cooperation and the Way Ahead,” Foreign Policy Research Institute, February 5, 2025.
  12. 12 現状ではPESCOにおける協議は通常は各国防衛当局間のものが唯一となっており、PESCOに特化した閣僚級会合はなく、EU閣僚理事会の場で必要に応じて議題に取り上げられる形となっている。Council of the European Union, “EU defence cooperation: Council approves conclusions on the PESCO Strategic Review,” November 19, 2024.
  13. 13 Alexandra Brzozowski, “Faced with defence budget threats, EU eyes new money sources,” Euractiv, December 11, 2019.
  14. 14 再軍備銀行(仮称)は英国やEUの間で防衛支出増額に対応するための構想。その後、EUは3月6日の特別首脳会議にて再軍備計画の推進で合意に至り、国防費積み増しのための財政規律に関するルール緩和や資金供給のための枠組み創設が取り決められた。Simone De La Feld, “EU and UK working on a joint fund for the continent’s defence,” Eunews, February 25, 2025; 「EU首脳「再軍備」推進で大筋合意 米国に連携求める」『日本経済新聞社』2025年3月7日。
  15. 15 Dmytro Basmat, “NATO Secretary General calls for Zelensky to 'restore relationship' with Trump following Oval Office clash,” The Kyiv independent, March 1, 2025.
  16. 16 European External Action Service, “White Paper for European Defence- readiness 2030,” March 21, 2025.
  17. 17 Körömi Csongor, “Berlin takes lead in Europe’s rearmament as global defense spending soars,” POLITICO, April 28, 2025.
  18. 18 “European countries back to discussing compulsory military conscription. Nine still have it,” Eunews, May 15, 2025.
  19. 19 Maxime Cordet, “EU Defence Series: PESCO Must Step Up, March 7, 2025. ”
  20. 20 CSDPの強化推進を図ったPESCOでもEUにおける政府間主義の弊害が依然として存在する。他方で、クリミア併合やウクライナ戦争を契機に、欧州委員会のイニシアティブが従来の政府領域でのEU役割の拡大を実現させ、欧州防衛基金(EDF)の立ち上げや防衛産業・宇宙総局(DG DEFIS)の設立につながった事例もある。Antonio Sorbino, “The Impact of Intergovernmentalism on Interoperability in Developing a Common European Defence,” FINABEL: The European Land Force Commanders Organisation, March 6, 2025.