はじめに

 2026年2月28日の米国とイスラエルによるイラン軍事攻撃を受け、3月2日にイランはホルムズ海峡封鎖を宣言し、またアラブ湾岸諸国のエネルギー施設への攻撃を激化させている。5年目に突入したウクライナ戦争が国際エネルギー情勢に大きな影響を与える中、中東情勢の不安定化はグローバルなエネルギー供給体制をさらに激しく動揺させている。エネルギー自給率の低い日本にとって、国際政治・安全保障動向がエネルギー資源の安定確保に与える影響は、古くて新しい問題であり続けている。

 近年、エネルギーと地政学的動向の関わり、およびエネルギーの安定供給における地政学的リスクに焦点を当てた「エネルギー地政学」(energy geopolitics)への関心が高まっている。しかし、その意味するところは曖昧であり、前提が明確に共有されないまま乱用されてきた傾向がある。加えて、従来の石油や天然ガスといった化石燃料に加えて、エネルギー転換によって再生可能エネルギー(再エネ)や水素の重要性が高まる中、エネルギー地政学を形成する要素は複雑化している。

 以上を踏まえて、本稿では「エネルギー地政学」の概念を整理した上で、地政学的動向における従属変数としてのエネルギーについて分析する。また、変化するエネルギー地政学における中東の重要性を指摘し、日本にとっての課題を検討する。

エネルギー地政学の現代的意義

 シンプルに定義するならば、エネルギー地政学とは、エネルギー資源の供給・需要・輸送をめぐる国際政治の動向や国際関係を考える分析的概念・視座だといえる。

 エネルギー安全保障を専門とする独エアフルト大学のアンドレアス・ゴールドタウは、エネルギー地政学とは、エネルギー安全保障、外交政策、国際関係が交差する領域、特にエネルギー資源・インフラの支配とアクセスに関する問題を扱うと整理する[1]。また、日本エネルギー経済研究所の小山堅は、歴史的にエネルギー問題と国際政治・経済が相互に影響を与え合ってきた点に着目し、この相互関係を捉える視角としてエネルギー地政学を位置づけている[2]。

 エネルギー資源は地球上に偏在しており、供給地から消費地への輸送に際しては地理的条件や輸送経路に存在するチョークポイント(隘路)、そして周辺国の政治・安全保障動向が大きな影響を与える(図1)。例えば、日本や韓国が中東から石油を安定的に輸入する上では、主要供給国との関係や現地の政治・治安動向に加え、ホルムズ海峡やマラッカ海峡、台湾海峡といったチョークポイントやシーレーンをめぐる動向にも注意する必要がある[3]。海上輸送路のみならず、石油・天然ガスのパイプラインや電力網といった陸上経路も重要である。また、歴史的にもエネルギー資源は国家が地政学的目標を達成したり、安全保障を確保したりする手段として用いられてきたことから、エネルギー資源の需給や輸送を、ビジネスのみならず地政学や安全保障、国家戦略と組み合わせて検討することが重要となる。

 加えて、近年は米中露といった大国が周辺国を支配する動きを強めていることから、エネルギー資源の確保を「勢力圏(圏域)」という地政学概念から分析する議論が増えている[4]。米トランプ政権のベネズエラにおける軍事作戦をめぐる議論が示すとおり[5]、資源の確保は勢力圏の構築における重要な要素とみなされている。

 『Geopolitics of Energy』という国際専門誌を創刊し、米連邦エネルギー庁(後のエネルギー省)の幹部も務めたメルヴィン・コナントは、1978年時点で以下のように指摘した。

資源、とりわけエネルギーへのアクセスは国際政治における主要課題である。重要資源を入手する能力は、地理的要因と、異なる政治状況に基づく政府の政治的意思決定に依存する。資源を支配する国は、資源に依存する国々を支配することになり、それは国際関係の根本的な変革をもたらすだろう[6]。

 これは冷戦期の米ソ対立と1973年の第1次石油危機を念頭においた指摘であるが、50年近くが経過した現在においても、依然としてエネルギー資源の武器化が国際関係を揺さぶっている事実を我々は認識すべきであろう。

図1:石油の海上輸送量とチョークポイント(百万バレル/日、2025年上半期)

図1:石油の海上輸送量とチョークポイント(百万バレル/日、2025年上半期)
出所:米エネルギー情報局[7]

地政学的競争における従属変数としてのエネルギー

 ウクライナ戦争によるロシアと欧州諸国の緊張、今般の中東における軍事衝突は、石油や天然ガスのみならず、原子力や再エネなど多様なエネルギーの供給国、消費国、輸送経路、技術などをめぐる動きが、地政学的競争に大きな影響を受けること、そして各国が能動的・防御的な地政学的目標を達成する上での重要な手段であることを改めて浮き彫りにした。

 拙稿でも指摘したとおり、中東の産油ガス国の政治・治安情勢にとどまらず、輸送ルート、大規模な自然災害や紛争など、サプライチェーンを脅かす多様なリスクを検討する必要がある[8]。中東地域には、ホルムズ海峡、バーブル・マンデブ海峡、スエズ運河など、原油やLNGの供給に影響を与えるチョークポイントが複数存在しており、中東地域の政変や紛争は供給途絶のリスクを高める。これらのリスクは、緊急増産を担保する生産国の余剰生産能力が不十分な場合、あるいは供給途絶時における備蓄放出や相互融通など国際的な協力体制が未整備な場合、価格の急騰をもたらし得ると指摘されてきた[9]。このリスク・シナリオが、ホルムズ海峡封鎖によって顕在化している。

 上述の通り、小山はエネルギー問題と国際政治・経済が相互に影響を与え合ってきたと指摘するが、ウクライナ戦争やホルムズ海峡封鎖のように「地政学的競争に従属するエネルギー」という側面が顕在化している。これは決して新しい現象ではないが、近年はグローバル・サウスの台頭、エネルギー転換、そして重要鉱物のサプライチェーンへの関心の高まりによって、さらに複雑化している。

 再エネや水素といったクリーン・エネルギーも、供給網、技術、インフラ、資源確保をめぐる地政学的競争の影響を強く受ける点に注意が必要である。特にクリーン・エネルギーの導入に不可欠な鉱物資源は偏在性が高い上、精錬・精製の拠点が中国など一部の国に集中していることから、供給国と消費国の間に非対称性を生み出す。さらに、アフリカなど政治・治安面で不安定な地域で生産される資源(例えばコバルト、リチウム、タンタルなど)は、供給が流動化する恐れがあり、エネルギー安全保障上の新たなリスクとなり得る。

 ウクライナ戦争以前は、エネルギーの需給や開発においては市場の論理や脱炭素のトレンドが重視されてきた。しかし、経済安全保障や地経学(geoeconomics)といった概念が台頭する中で、この傾向は変化していると指摘できるだろう。エネルギー資源の生産・供給、輸送、消費、確保(の変化)を、地政学的競争の要素として捉え、国際政治や地域政治の観点から分析を行う重要性が高まっている。

変化するエネルギー地政学における中東の重要性

 今般のホルムズ海峡封鎖や湾岸諸国のエネルギー施設への攻撃がグローバルなエネルギー市場に与える影響は甚大である。ホルムズ海峡を通行する石油は日量約2,000万バレル、液化天然ガス(LNG)は8,000万トン弱であり、それぞれ世界の供給量の約2割に相当する。サウジアラビアは紅海側から原油を輸出可能な「東西パイプライン」を持つものの、その輸送能力は日量500万バレル程度と極めて限定的である。ホルムズ海峡が封鎖された場合のLNGの代替輸送は基本的に不可能である。また、世界全体において、ホルムズ海峡を通行できない石油やLNGを代替できる余剰生産能力を持つ国は存在しない[10]。

 3月4日には世界有数の産ガス国カタールの国営エネルギー会社Qatar Energyが、販売先への供給義務を免れる「不可抗力宣言(フォース・マジュール)」を出した[11]。仮に本稿執筆時点(2026年3月中旬)でトランプ大統領が戦争終結を宣言したり、米軍に攻撃停止を命じたとしても、中東・エネルギー情勢が2月28日以前の状況に戻ることは極めて難しい。ペルシャ湾岸における戦争の趨勢を超えて、今般の事態は日本を含めた世界各国のエネルギー安定供給を大きく揺るがしており、その影響は長期化・広域化するだろう[12]。

 例えば、東南アジアや南アジアの国々は原油・天然ガスの備蓄量も少なく、値上がりした化石燃料を確保するだけの購買力も限られているため、経済・産業への打撃は深刻である。グローバルな製造やサプライチェーンの重要拠点であるインド太平洋におけるエネルギー供給が不安定化することで、半導体製造のような、より高度かつ戦略的な物資の供給が脅かされる懸念が高まっている[13]。

 グローバルなエネルギー需要の拡大、そしてエネルギー転換が進む中で、中東諸国の動向は極めて重要である。同地域は世界有数の化石エネルギー埋蔵地であると同時に、近年は再エネや水素開発においても注目を集めている。特に2022年2月のウクライナ戦争勃発以降、欧州連合(EU)はロシア産化石燃料からの脱却を目指し、同地域からのエネルギー資源の確保を強化した。日本エネルギー経済研究所によるレファレンスシナリオ(急進的な省エネ・低炭素政策が打ち出されないと想定したシナリオ)では、2022年から2050年にかけて、アジア諸国の石油輸入量は日量2,990万バレルから同4,160バレルに増加すると予測される。この膨大な需要を賄うことができるのは、中東(2050年時点での推計輸出量3,180万b/d)のみである(図2)。

図2:石油の輸出入量推計

図2:石油の輸出入量推計
出所:日本エネルギー経済研究所[14]

 また、中東諸国は気候ガバナンスや脱炭素をめぐる議論の場においても存在感を高めている。第27回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)がエジプトで、翌年のCOP28がアラブ首長国連邦(UAE)で開催されたことは重要な動きである。さらに、2026年のCOP31はトルコでの開催が決定された。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の本部は、2009年の設立時からUAEのアブダビに設置されている。

 米国の第二次トランプ政権発足という波乱要因を含みつつも、エネルギー転換が進む中、水素エネルギー開発や重要鉱物のグローバル・サプライチェーンにおける中東のハブ(またはチョークポイント)としての重要性は高まるだろう。

おわりに

 高市政権は、エネルギー自給率の引き上げや資源・エネルギー安全保障の強化を主要政策の一つに位置付けている。核融合など次世代技術への取り組みに加えて、ロシア産LNGを引き続き輸入していく姿勢を打ち出している。また、2025年10月と2026年3月の日米首脳会談を受けて、今後は米国とのエネルギー協力を強化していく方針である。

 日本は2025年時点で原油の約94%を中東から輸入しており、そのうち約9割がホルムズ海峡を経由している。今般の同海峡封鎖は、エネルギーの中東依存リスクおよび供給元多角化という第1次石油危機以来の課題が、いまだに解決されていないことを示した。加えて、エネルギーの安定的確保を地政学的課題として捉え、安全保障戦略や具体的な政策に組み込む必要が一層高まっている現状が、改めて浮き彫りになった。

 ウクライナ戦争以降、欧州は再エネ拡大をエネルギー安全保障と結びつけ、再エネ促進のための政策や投資を強化した。また、脱・ロシア産エネルギー依存のためにカタールや北米からのLNG輸入拡大、パイプラインの代替ルート構築を進めた。しかし、地理的制約や周辺国との政治的関係――まさに地政学的要因によって、日本が欧州の政策をそのまま導入することは困難であり、より複雑な計算の中で自国に適したエネルギー政策をデザインしていく必要がある。

 高市政権は『国家安全保障戦略』の早期改訂にも意欲的だとされる。2022年版の同戦略では、資源国との関係強化、供給源の多角化、エネルギー自給率向上などとともに、有事にも耐え得る強靭なエネルギー供給体制を構築する必要性が示された[15]。中東のみならず世界の安全保障環境が不透明さを増す中で、強靭な供給体制の構築は、一層重要性が増していくだろう。日本にとっては、中東域内の複雑な政治・安全保障ダイナミクスを理解した上で、エネルギー地政学の視点を踏まえ、資源の供給途絶防止に向けて関係諸国・アクターに働きかけていくことが求められる。

(2026/03/19)

脚注

  1. 1 “The Role of Rules and Institutions in Global Energy: An Introduction,” in Andreas Goldthau, and Jan M. Witte, eds., Global Energy Governance: The New Rules of the Game, Brookings Institution Press, 2009, pp.1–10.
  2. 2 小山堅『エネルギーの地政学』朝日新聞出版、2022年、17-22頁。
  3. 3 Robert D. Kaplan, “The Geopolitics of Energy,” Forbes, April 4, 2014.
  4. 4 Council of Councils, The World Reorders: The Complications of a Return to Spheres of Influence, January 30, 2026; William A. Gatson, Ryan Hass, Patricia M. Kim, Melanie W. Sisson, Constanze Stelzenmüller, Thomas Wright, and Miles Yu, Redrawing global boundaries? The United States, China, and the viability of spheres of influence in the 21st century, Brookings Institution, February 18, 2026.
  5. 5 International Crisis Group, U.S. Snaps up Venezuela’s Oil and Rare Minerals in Race for Supplies, March 6, 2026.
  6. 6 Melvin A. Conant, and Fern Racine Gold, The Geopolitics of Energy, Westview Press, 1978, pp. 1-3.
  7. 7 U.S. Energy Information Administration, “World Oil Transit Chokepoints,” last updated on March 3, 2026.
  8. 8 拙稿「ガザ情勢が及ぼすエネルギー供給への地政学的影響――中東のエスカレーション・リスクと紅海地域の不安定化」国際情報ネットワーク分析 IINA、2024年4月2日。
  9. 9 防衛研究所「気候変動・エネルギー・ 食糧問題と安全保障」『東アジア戦略概観』2009年、41-66頁。
  10. 10 小山堅「イランへの大規模軍事攻撃で一気に緊迫する国際エネルギー情勢」日本エネルギー経済研究所、2026年3月2日。
  11. 11 Qatar Energy, “Qatar Energy declares Force Majeure,” March 4, 2026.
  12. 12 豊田耕平、小林周、高橋雅英「緊急対談:ホルムズ海峡封鎖と日本・中東のエネルギー安全保障」東京大学・創発戦略研究オープンラボ(ROLES)、2026年3月16 日。
  13. 13 Darcie Draudt-Véjares, and Tim Sahay, “The Iran War Is Also Now a Semiconductor Problem,” Carnegie Endowment for International Peace, March 13, 2026.
  14. 14 日本エネルギー経済研究所『IEEJアウトルック2025-エネルギー転換を巡る不確実性にどう向き合うか-』スライド72頁、2024年10月。
  15. 15 「国家安全保障戦略」では、「資源国との関係強化、供給源の多角化、調達リスク評価の強化等の手法に加え、再生可能エネルギーや原子力といったエネルギー自給率向上に資するエネルギー源の最大限の活用、そのための戦略的な開発を強化する。同盟国・同志国や国際機関等とも連携しながら、我が国のエネルギー自給率向上に向けた方策を強化し、有事にも耐え得る強靭なエネルギー供給体制を構築する」と示されている。内閣官房「国家安全保障戦略」2022年12月16日、26頁。