今、何が起きているのか

 生命科学技術は近年めざましい進展を遂げている。合成生物学やゲノム解析の発展により、従来は長い時間を要していた医療技術の発展が飛躍的に加速した。その代表例が新型コロナ対策として短期間で実用化・普及したmRNAワクチンであり、私たちの健康を支える重要な役割を果たしてきた。一方で、同じ技術基盤が思わぬかたちで悪用され、社会的な課題を生むこともある。2023年春から夏にかけて、DNA検査サービスを提供する企業23andMeが大規模なサイバー攻撃を受け、約700万人分の遺伝子情報が流出した[1]。唾液サンプルを使った検査キットでDNAを解析し、先祖のルーツや健康に関する情報を提供する同社は急成長したが、流出した遺伝子情報の一部は、アシュケナージ系ユダヤ人や中国系といった特定の民族的背景を持つ人々が識別できる形で扱われたと報道されている[2]。

 21世紀の科学技術は、特定の分野や目的に限定されることなく、社会のさまざまな領域に横断的に浸透している。とりわけ生命科学の分野では、その変化が顕著である。「軍事・民生」「公共・私的」「善・悪」といった従来の区分は崩れ、技術があらゆる方向に使われうる「オムニユース(omni-use)」[3]の性質を帯びているのである。「オムニ(omnis)」とは、「すべて」「あらゆる」を意味するラテン語に由来する語であり、オムニユースとは、従来の「デュアルユース(dual-use)」が前提としてきた軍事と民生といった二分法を超え、技術が社会全体に広く行き渡り、その用途がほぼ無限に拡張していく性質を指す概念である。

 さらに生命科学とAIが結びつくことで、このオムニユース性はさらに強まっている。AIによる遺伝子配列の解析や設計の最適化は、研究や医療の可能性を大きく広げる一方で、人間の意図や価値判断が直接介在しない形で成果が生み出される局面を増やしている。その結果、「どの段階で望ましい利用から逸脱するのか」「どこまでを規制の対象とすべきか」を事前に明確に定めることが難しくなっている。

 このようなオムニユース的状況のもとでは、生命倫理、経済活動、安全保障といった分野の境界もまた揺らいでいる。公衆衛生のために導入された生命情報の活用が、別の文脈では人権侵害や社会的排除と結びつき得るように、技術の価値は利用される環境や制度によって大きく変化する。いま国際社会に求められているのは、生命科学技術が全方向的に利用されることを前提とした、新たなガバナンスの枠組みを構想することである。

オムニユース時代のバイオテクノロジー

 近年のバイオテクノロジーの発展は、単なる実験技術の進歩にとどまらず、生命をどのように理解し、操作し、設計するかという科学のあり方そのものを大きく変えつつある。ゲノム編集技術の高度化や、合成生物学による生体システムの設計、さらにはAIを用いた大規模な生命情報解析の進展により、生物学は「生命を観察する学問」から「生命を設計する学問」へと大きく転換した[4]。

 バイオテクノロジーは1970年代の組換えDNA技術に始まり、2000年代には合成生物学が登場したことで、生命を分子・遺伝子レベルで人工的に設計・操作する研究へと展開してきた。2008年には人工細菌ゲノムの全合成に成功し、生命をゼロから設計する研究が現実のものとなった。2012年にはCRISPR-Cas9[5]が登場し、遺伝子編集は高精度・低コストで実施できるようになった。かつては専門施設に限られていた操作が、大学や企業、さらにはクラウドラボや市民科学者にも広がり、技術が大きく「民主化」した。この進展をさらに加速させたのがAIである。AIは膨大な遺伝子データを分析し、配列の機能や相互作用を予測できるようになった。

 その結果、バイオテクノロジーは医療や公衆衛生、環境保全といった分野で大きな恩恵をもたらす一方で、同じ知識や手法が、人為的なリスクの拡大や予期しない社会的影響を生み出す可能性も高めている。技術の進歩そのものが問題なのではなく、技術が急速に普及し、多様な文脈で多様なステークホルダーに同時に利用されるようになったことこそが、今日の課題の核心である。

バイオテクノロジーの不確実性と不確定性

 バイオテクノロジーが「生命を設計する」方向へ進むにつれて、技術をめぐる不確実性は多層化し、相互に結びつきながら拡大している。これは単なる発展途上ゆえの問題ではなく、従来の規制や倫理、さらには安全保障の枠組みを根本から揺さぶる性質を持つ。

 第一に、技術そのものの不確実性である。ゲノム編集技術は標的遺伝子を精密に操作できる一方で、生命全体が持つ複雑な相互作用のネットワークを完全に理解し、制御することは依然として困難である。そのため、治療や研究を目的とした改変が予期せぬ有害性を生み出したり、悪意ある主体が病原体を改変した際に想定外の病原性や感染特性が付与されたりする可能性が残る。また、AIによる設計は学習データの偏りや不完全性に左右されやすく、病原性や感染の広がりやすさを高める遺伝子の設計を誤って提示する恐れもある。

 第二に、倫理上の不確定性である。遺伝子改変により病気への抵抗力を高めることは、医療や公衆衛生において大きな恩恵をもたらし得るが、同時に、それがどこまで許容されるべきかについての社会的合意は確立されていない。治療と強化、研究と応用、善意と悪意の境界は曖昧であり、技術の利用目的を事前に明確に線引きすることは難しい。

 第三に、安全保障概念の不確定化を伴う不確実性である。オムニユース時代には、AIが生成した遺伝子配列や設計手法が国境を越えて瞬時に拡散するだけでなく、その担い手も国家に限られない。技術の非物質化・分散化が進むことで、どこで誰が何を行っているのかを国家が完全に把握・統制することは困難になっている。

 これらの不確実性は、それぞれ独立して存在するのではなく、密接に絡み合っている。技術的な不確実性は倫理的判断を難しくし、倫理的な曖昧さは安全保障上のリスクを拡大させる。こうした連鎖の中で、生命科学は大きな可能性を秘める一方、生物兵器としての悪用リスクも質的に高まっている。このような状況のもとでは、危険な研究をあらかじめ特定し、制限や禁止を行うといった従来型のアプローチだけでは十分に対応できない。国家中心の既存の制度は依然として重要であるものの、AIと生命科学が結びついたオムニユース的技術環境においては、その射程に構造的な限界が生じている。

共進化型ガバナンスへ

 今求められるのは、特定の技術を単純に禁止することではなく、技術が社会に与える影響と、社会の選択が技術の使われ方をどのように形作るのかを同時に捉える「共進化型ガバナンス」への転換である。これは、安全保障、科学技術、倫理、制度を別々の問題として扱うのではなく、互いに影響しあうものとして調整していく考え方であり、オムニユース時代の生命科学を統治するための不可欠な視点である。

 共進化型ガバナンスとは、管理する主体を増やすことを意味するのではない。国家、企業、大学、市民社会といった多様な主体が、それぞれの立場と責任に応じて関与し、技術の利点とリスクを社会全体で引き受けていく仕組みである。国家は法制度や国際ルールを整え、企業は研究や製品利用における透明性と説明責任を果たす。大学や研究機関は研究倫理を確立し、市民は議論に参加し、監視の役割を担う。また、安全保障や危機対応を担う機関も、技術の悪用の兆候を早期に把握し、科学コミュニティと情報を共有することで、社会の備えを支えることができる。

 その第一歩として重要なのは、研究現場と政策領域をつなぐ仕組みを整えることである。研究の初期段階から倫理や安全保障上のリスクを検討する制度や、専門家と市民が継続的に議論できる場を設けることが挙げられる。欧州で進む「責任ある研究・イノベーション」[6]の取組みも参考にしつつ、日本でも予防的・参加型の制度設計が求められる。あわせて、ガバナンスの実効性を高めるには、情報共有の仕組みが欠かせない。AIモデルや遺伝子データが「誰に、いつ、どう使われたか」を追跡できる国際的枠組みを整備することで、研究の自由を守りながら悪用を防ぐことができる。その際、政府だけでなく、研究者、企業、安全保障機関が協力し、技術の進展に応じてルールを更新していくことが重要である。

 オムニユース時代のガバナンスでは、国家のみが管理を担うのではなく、社会全体がリスクと責任を共有し、「共に考え、共に調整する」ことが基本となる。AIとバイオテクノロジーが融合する今日、求められるのは、技術への無条件の信頼でも過度な恐怖でもない。不確実性を前提に制度を学習的に更新し、技術を社会とともに成熟させていくことこそが、オムニユース時代にふさわしいガバナンスの方向性である。

(2026/01/09)