一方的な国防力削減?

 本年7月27日に、文在寅大統領が開いた全軍主要指揮官会議の場において、韓国国防部は「国防改革2.0」の基本的な方向性を大統領に報告した。同報告によれば、2022年までに61.8万人の現有常備兵力を陸軍から11.8万人削減して50万人にするとした。北朝鮮による軍事的脅威が依然として存在するにも関わらず、兵力削減と徴兵期間短縮を実行することに対して、保守系メディアを中心に懸念の声が上がった[1]。また、米朝間の非核化交渉が膠着する中、韓国政府は本年4月の南北首脳会談での板門店宣言[2]を着実に履行するため、南北両国の軍事的緊張関係緩和のための措置を実行している。具体的には、DMZ(軍事境界線)周辺の兵力や警備施設を撤収させ、南北間の鉄道連結を目指す意思を表明するなどしたが、こうした韓国政府による一連の積極的な融和姿勢が、北朝鮮に誤ったシグナルを与えるのではないか、一方的な国防力低下をもたらすのではないかといった批判的な報道も散見された[3]。

 1ヶ月後の先月27日に、韓国統計庁から発表された「2017人口住宅総調査[4]」の結果は、今回の国防改革を推進する上で最も対応に迫られた現実を示す内容であった。同調査によれば、韓国では生産年齢人口が年々減少し、昨年65歳以上の高齢人口比率が14.2%を超えたことにより、「高齢化社会」から「高齢社会」に入ったとされる。世界の中でも高齢化が速く進んでいるとされる日本でさえも高齢社会になるまで24年かかったところを、韓国は17年とより速く高齢化が進んでいることが話題となった。徴兵制度を維持する韓国では、出生率の低下は将来の徴兵対象人口の減少に直結するのである。

「国防改革2.0」の概要

 「国防改革2.0」とは文在寅政権が進める国防分野の改革のことである。2005年12月に盧武鉉政権が策定した「国防改革2020」を「国防改革1.0」と考え、それを補完するものとして「2.0」と名付けられたとされる[5]。したがって、基本的なコンセプトは「国防改革2020」を踏襲している。改革の内容は大きく分けて①軍構造、②国防運営、③兵営文化、④防衛産業からなる4つの分野における国防部・軍・関連機関の改革を進めるというものである。改革の主要部分となる軍構造改革は下記の通りである(以下、筆者が国防部報道資料より抜粋したものを翻訳)[6]。

 「軍構造分野」の改革は指揮、部隊、戦力、兵力の4つの要素において、米軍からの戦時作戦統制権返還に必要とされる韓国軍能力を向上させ、韓国軍主導の指揮構造への改編を推進することが目的とされる。

 1.指揮構造

 戦時作戦統制権返還のための必須とされる能力を早期に確保し、韓国軍が主導する指揮構造に改編を推進する。韓国軍合同参謀議長が連合軍司令官を兼職する連合軍司令部の改編案を検討中であり、戦時作戦統制権返還前まで持続的に検証および補完する予定である。また、合同参謀本部は作戦機能の配分を通じて戦区作戦遂行に最適化するように再編する。

部隊構造

 2.部隊構造

  • 陸軍兵力を削減し、関連部隊を縮小・改編する。サイバー脅威対応能力を向上させ、「ドローンボット戦闘システム」と「ウォーリア・プラットフォーム」導入など、兵力削減型部隊構造に発展させる。
  • 海軍は水上・水中・航空など、立体的な戦力運用や戦略機動能力を備えるため、機動船団と航空戦団を拡大再編予定。
  • 海兵隊は上陸作戦能力を高めるために海兵師団の情報・機動・火力能力を補強。
  • 空軍は遠距離作戦能力と宇宙作戦能力強化に向けて情報・監視・偵察(ISR)アセットの戦力化と連携して偵察飛行団を創設予定。

 3.戦力構造

 改革は全方位、様々な脅威に弾力的に対応できる戦力と戦時作戦統制権返還のために必須とされる能力を優先的に確保することが目的。

  • 現存する北朝鮮の脅威に対応するための3軸体系戦力[7]は正常に戦力化を推進。
  • 軍の偵察衛星など監視・偵察戦力を最優先で確保。未来の多様な挑戦に効果的に対応できるよう、韓国型ミサイル防衛システムを構築し、遠距離精密打撃能力を強化するなど、戦略的抑止能力を持続的に確保していく。
  • 戦力構造再編は、国内科学技術先導と防衛産業能力の強化に寄与するものであり、これを通じて自主国防力が拡充される。

 4.兵力構造

  • 現在61.8万人の常備兵力を陸軍から11.8万人削減して2022年まで50万人に調整すること。常備兵力は縮小するが国防人材における民間人材の割合を現在5%から10%へと大幅に拡大する。
  • 増員された民間人材は、専門性と連続性を必要とする非戦闘分野の軍人の職位を代替して、軍人は歩兵師団などの戦闘部隊へと転換することで戦闘力を強化する。

「国防改革2.0」における注目点は何か?

 以上のように、「国防改革2.0」はかつて盧武鉉政権が目指した「兵力中心の量的軍構造を情報・知識中心の技術集約型の軍構造に転換する方針」を継承したものとなっている。本改革案は陸軍兵力の大幅削減と徴兵期間の短縮に注目が集まった一方で、南北融和の流れの中でも北の軍事的脅威に対抗する3軸体系の戦力化や、戦時作戦統制権返還を見据えた指揮体系改編が明記された点は重要だ。さらに、文在寅政権はより質の高い装備を積極的に獲得するために国防費を増額している。韓国政府が先月31日に国会に提出した来年度の国防予算案によれば、国防費全体は前年比8%増で、特に新しい装備を獲得するための「戦力増強費」は前年比13.7%増と過去最大の伸びを示した。この改革を推進するために2019年~23年の間、年平均7.5%の増加が必要とされている[8]。

国防部報道資料(2018)の図表

(出典)国防部報道資料(2018)の図表を基に筆者が作成

 なお、改革の矢面に立たされた陸軍は将来の大幅な兵力削減に備え、「5大ゲームチェンジャー・プロジェクト」と題して、①個人戦闘システム(別名「ウォーリア・プラットフォーム(Warrior Platform)」)、②敵の中心部を短期間で席巻する高度な情報・機動性と致命的な火力を保有する戦略機動隊、③ドローンとロボットを組み合わせて新たな概念の様々な作戦を実行するドローンボット戦闘団、④敵指揮部の斬首任務を遂行する特任旅団、⑤全天候・超精密高威力のミサイル戦力で構成される5つのプロジェクトをすでに推進している[9]。

 本年7月にはドローン・無人機(UAV)運用、サイバー・情報システム運用、特任歩兵の3つの技術を担当する長期勤務副士官[10]を募集したところ、募集定員255名のところ2155名が応募した。特にドローン・無人機運用職種は28.8倍という高い応募倍率を記録したとされる[11]。ウォーリア・プラットフォームに関しては、すでに開発が進み、中東のアラブ首長国連邦(UAE)に同国の特殊戦要員を訓練する目的で派遣されているアーク部隊[12]が装備の使用を開始したとされる[13]。

「国防改革2.0」を巡って懸念される点

 国防改革を推進する文政権の中枢には、軍事独裁政権期において民主化運動に身を投じていた人が多い。当時の陸軍は軍事政権の権力そのものであり、彼らにとっては憎悪の対象でもあった。したがって、彼らは歴代政権が実現できなかった陸軍中心の軍の権力構造改革に尽力することは容易に想像ができる。ここで懸念される点は、この改革が現実に即した軍事的観点に基づくものではなく、自らの政治的理想を追求し実現するためだけの改革になってしまうことだ。

 文在寅政権発足後、韓国の外交安全保障の専門家からよく耳にする話は、「今の青瓦台の権力中枢が中・長期戦略に基づいて、外交・安全保障政策を推進しているのか疑わしい」というものである。最近、筆者がインタビューした韓国軍元幹部は、文在寅大統領には「大統領選挙戦当時から軍出身の優秀なブレーンがいない」と指摘する。そのため、「青瓦台と軍、特に陸軍との意思疎通がうまくいっていない」という。「(その証拠に、いつ更迭されてもおかしくないと言われていた)宋永武(ソン・ヨンム)国防長官の後任候補がなかなか出てこないではないか」と述べた。その後、後任の長官候補として、金泳三政権時代の李養稿(イ・ヤンホ)長官以来となる空軍出身の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)合同参謀本部議長が指名され、今月21日に就任した。次期合同参謀本部議長には史上初となる学軍士官候補生(ROTC)[14]出身の朴漢基(パク・ハンギ)陸軍大将が内定した。このように、陸軍士官学校出身の将官クラスが人事で冷遇されていることから、軍内部の士気に影響が出るのではないかと懸念する声もある。

 国民からの圧倒的な支持を背景に誕生した文在寅政権ではあるが、ここに来て経済政策に対する国民の不満が大きくのしかかり、今年6月からの3ヶ月間で支持率が30%近く下落した。国防改革の成否は文政権の政治的影響力によって左右されるだけでなく、南北関係の進展と北の非核化交渉の行方が最大の変数となるだろう。9月19日に行われた南北首脳会談で採択された「板門店宣言の履行に向けた軍事分野合意書」により、軍事境界線周辺を固定翼機(無人機を含む)の飛行禁止区域に設定した。これは今後の戦力増強計画と矛盾するのではないかと早速保守系メディアが指摘している[15]。

 隣国の軍改革の行方は、その成否次第で我が国の安全保障に大きな影響を与えることは間違いない。また同時に、韓国軍が取り組むドローン部隊の編成や個々の兵士が持つ装備の高度化といった取り組みは、同じく人口減少時代を抱えている我が国にとっても参考にすべき点だ。我々は隣国の軍改革を決して他人事とは捉えず、その行方を注視していく必要がある。

(2018/10/03)

脚注

  1. 1 「【社説】核武装120万北韓軍を前に兵力12万減らすという国防実験」朝鮮日報(日本語版)2018年7月28日。
  2. 2 2018年9月19日に平壌で開催された南北首脳会談で採択された「板門店宣言の履行に向けた軍事分野合意書」により、さらにこの動きは加速化しそうである。
  3. 3 例えば、キム・パンギュ「【発言台】安保空白ないように連合防衛体制維持すべき」朝鮮日報2018年8月27日。
  4. 4 「2017人口住宅総調査全数集計結果」統計庁、2018年8月27日。
  5. 5 ヤン・ウク「国防改革2.0が懸念されている理由」週刊朝鮮2018年8月5日。
  6. 6 「(報道資料)文在寅政府の「国防改革2.0」平和と繁栄の大韓民国を責任ある「強い軍隊」、「責任国防」具現」国防部国防計画室、2018年7月27日。
  7. 7 北の核とミサイルを無力化する手段として、①北のミサイル攻撃兆候を早期に察知し先制攻撃する「キル・チェーン」、②北から発射されたミサイルを迎撃するための「韓国型ミサイル防衛(KAMD)」、③北からの攻撃に対する報復として指導部などに攻撃を行う「大量反撃報復(KMPR)」からなる防衛システムのこと。
  8. 8 「(報道資料)国防予算、前年比8.2%増加した46.7兆ウォン」国防部、2018年8月27日
  9. 9 「【2017国政監査】軍、対北の核「5大ゲームチェンジャー」の構築」ソウル新聞2017年10月19日。
  10. 10 韓国では下士官のことを「副士官」と呼称する。
  11. 11 「陸軍「ドローン運用」の技術副士官29対1の競争率」韓国日報2018年8月27日。
  12. 12 2011年1月より、韓国がUAEからの要請に応じて、同国の特殊戦要員を訓練するために派遣している部隊の名称。アラビア語でアーク(Akh)とは「兄弟」の意。正式名称は「UAE軍事訓練協力団」。
  13. 13 「陸軍ウォーリアプラットフォーム、アーク部隊が最初に着る!生存性・戦闘力を高める個人戦闘体系を派遣期間着用」国防と技術 韓国防衛産業振興会、2018年7月、pp.18-21
  14. 14 学軍士官候補生制度とは、大学に在学しながら軍事教育を受けて、卒業後28ヶ月間軍に勤務するというもの。
  15. 15 「<Mr.ミリタリー>武装解除レベルの苦肉の策、南北軍事合意に隠れた危険(1)」中央日報(日本語版)2018年9月21日。