【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】
この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。
NATOとIP4の防衛産業協力に関する主な分析結果は、各国が中露との戦略的競争でこの協力を活用すべきか否かをめぐって意見が分かれている。しかし、地政学的推進要因は単なる1要素にすぎず、しかも不確実性が高い。本稿では、戦略に関する議論に加え、防衛産業協力の技術・経済・政治的な推進要因を日本とイタリアの協力事例を通じて検証していく。
NATOとIP4の防衛産業協力には、以下の3つの大きな構造変化が絡み合い、影響を及ぼしている。[1]
- 1. 地政学的な対立、多極化への回帰、および欧米主導型秩序の崩壊。
- 2. モノのインターネット(IoT)、ロボット工学、AI、量子技術等の新興破壊的技術(EDT)がもたらす技術・経済・戦略的恩恵の獲得に向けた競争。
- 3. 保護主義などの国家介入主義の復活。これは上記2項の変化に加え、市場の失敗、統制経済的な新重商主義で成功を収める中国等の発展指向型国家からの経済体制面での挑戦に対する模倣を通しての対応、や成熟経済国における社会経済格差の拡大、という3点の副産物である。
イノベーションによって最先端技術はさらなる進化を続け、もはや単一国の防衛産業組織にとっては多くの場合持続不可能な水準にまで達している。政府債務の膨張によって国家財政の逼迫の度を高める成熟経済国ではなおさらだ。その結果、国が支援する同盟国やパートナー国との技術産業協力では、スケールメリットが選好される場合がある。
NATOとIP4の政府当局者や企業幹部は、EDTには軍民両用のリスクと機会が伴うことを認識しており、EDTでの優位を目指す中国が強力な競争要素を備えているため、戦略・経済的優位性を獲得するものと想定している。こうした競争力学が特に明確なのが、情報通信技術産業をはじめとする戦略的分野だ。
競争の目的は、第4次産業革命の黎明期に先行者利益を獲得しておくこと、逆に言えば競争国に先行者利益を獲得させないことにある。こうした利益を獲得した国は、市場を支配し、新たな技術標準を確立できるためだ。技術・経済的力学は、同盟国やパートナー国間での競争も引き起こしている。
新たな軍事技術の開発は地政学的力学をも超越する。日本、イタリア、英国の3カ国で立ち上げたグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)は第6世代戦闘機の開発を目指す枠組みであり、各国経済に好影響をもたらす可能性を秘めている。GCAPは、無人協調システムや衛星その他の軍事アセットを統合する戦闘機システムから成る。この戦闘機システムの全要素をつなぐのが、専用のクラウドアーキテクチャー、AI、次世代データリンクから成るインテリジェント(自律的で高機能)なネットワークだ。イタリアは、現行のユーロファイター戦闘機をこの新戦闘機に置き換える計画である。GCAPは、新興技術を取り入れて防衛能力を高めることで、空中戦闘システムの協力強化、国内産業の能力支援、国家安全保障と国際的影響力への寄与、および国産兵器の輸出拡大を目指すものである。
先に挙げた地政学的対立、EDTの覇権をめぐる競争、国家と市場との関係変容という3つの変化は連携を推進する要因であるが、国によって優先事項は異なる。[2] 日本がGCAPから戦略的優位性を得られる理由は、中国が大規模な軍事増強を進めるという厳しい地政学的環境において、2035年までに海空域での優越性を実現しなければならないためだ。一方、イタリアの作戦環境も地中海での海空両軍の優越性維持を必要としてはいるが、英国とイタリアがGCAPに参加する最大の理由は恐らく、技術・経済的優位性の獲得にある。英国がサウジアラビアによるGCAPへの資金拠出を主張し、実現させようとするのは、まさにこうした理由があるからだ。実際、英国にとってサウジアラビアは、一次産品等の調達面での長年にわたる関係に裏打ちされた魅力的なパートナー国である。これとは対照的に日本は、サウジアラビアと中国との関係ゆえに中国への貿易転換が起きる可能性やサウジアラビアの防衛セキュリティ基準の低さを理由に、当初はGCAPに対して慎重な姿勢を示していた。
いずれしても、ビジネス面や産業面の考慮は、全参加国にとってGCAP内力学を形成する重要な要素である。3カ国の政府やGCAPを支える防衛産業は、研究開発費の配分や戦闘機特定部品の生産の割り振りをめぐり、激しい駆け引きを繰り広げている。エンジンをはじめとする一部の部品には、より高い利益が見込める副次的用途があり得るためだ。
地政学的緊張の高まりをきっかけとして、日本が安全保障体制を見直すとともに、軍事装備品を相互運用性が高く輸出先にとってより魅力的なものへと刷新する取り組みを進めたことで、防衛産業協力への道が開かれることになった。日本はここ10年あまりの間に武器輸出ルールの緩和を進め、今や次世代戦闘機の輸出だけでなく、外国企業のライセンスを受けて国内生産した防衛装備品の輸出もできるようになっている。後者の好例が、地上配備型迎撃ミサイル(PAC-2とPAC-3)の米国の在庫補充目的での輸出である。
2022年12月の安全保障3文書の閣議決定を受け[3]、日本の防衛予算は2023年から2027年の間に約60%増加し、防衛研究開発費は4倍となることが見込まれている。防衛省外局として設置されている防衛装備庁内に新設された機関がシンクタンク機能を担い、世界における最先端技術研究動向の監視、軍民両用技術に関する研究助成事業の統括、産学官連携や海外防衛当局との協力の推進を行う。この取り組みは、GCAPをはじめとする日伊間事業にさらなる勢いをもたらすだろう。新たな戦略的パートナーシップや、民生用途の可能性を秘めた新事業等の国による後援を目指した野心的行動計画の発表により、日伊関係は新時代を迎えることになる。
米中間の戦略的競争とは別に、GCAPの実現を後押しした第4の主たる地政学的推進要因は、インド太平洋地域と欧州・大西洋地域を結び付ける米国の構造的な支配力と能力である。第1次トランプ政権の下では、NATOのアジェンダに中国問題が追加され、NATOとIP4の協力が立ち上げられた。続くバイデン政権では、欧州とインド太平洋地域の同盟国・パートナー国間の防衛協力深化が図られ、米国による防衛協力強化の働き掛けを受けて、同盟国・パートナー国間の情報共有、相互運用性、防衛アセット互換性が進展した。同政権はさらに、同盟国やパートナー国の軍基地の利用を後方支援も含めて推進するとともに、軍の近代化も推し進めた。その例としては、同盟国とパートナー国のネットワーク化支援が挙げられる。これにより同盟国は戦略的競争において米国依存から脱却して多角化しつつ、米国と協調して行動することが可能となった。イタリアは、インド太平洋地域に空母打撃群を派遣するとともに、2024年には豪州における多国間演習ピッチ・ブラックにも参加し、F-35B戦闘機を使ったクロスデッキ訓練などを行った。さらに、日本との間で物品役務相互提供協定も締結している。
欧州の同盟国とパートナー国は、技術的・経済的推進要因[4] に加え米国主導の地政学的取り組み[5] にも促される形で、インド太平洋地域の安全保障に対する関与を強めてきた。それでもイタリアは、中国に抵抗するという米国の考えには同調しつつ、自国周辺国への対応を依然として優先させるはずだ。イタリアの見地からすると、NATOの東方重視やIP4との戦略的関係の強化は、NATO南方側面の犠牲の下に行われているものだ。欧州への脅威は、北アフリカや中東から数多く発生しているためである。
米国が主導する上述の戦略は、バイデン政権がGCAPを後押したことが示すように、防衛産業協力をも包含する。日英伊の軍産複合体は、航空産業を中心に米国の軍産複合体と密に結び付いており、それがこの戦略に有利に作用している。例えば米国は、F-35戦闘機の組み立て・生産を担う最終組立・検査施設を、米国外では日本とイタリアの2カ所のみに置く。これらの施設は保守・修理拠点を兼ねる場合もある。さらに、米国防衛産業の技術的優位性を鑑みれば、GCAPは技術面でも部品面でも米国に依存することになろう。この点は、輸出管理に影響を及ぼす可能性がある。
さらに最近においては、米国の催促により、日本はアジアの国では初めて多国間産業保全ワーキンググループに加入した。その狙いは、日米間だけではなく恐らくNATOとIP4の防衛産業協力をも強化することにある。[6] 日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS)でも同様の狙いで、日本の防衛産業による装備品を米国防衛産業の基盤に融合すべき分野が特定されている。インド太平洋地域に派遣された米国の戦艦や軍用機を日本の造船所等の民間企業が補修することがその例だ。イタリアの国営企業フィンカンティエリが多任務フリゲート艦(FREMM)やコンステレーション級フリゲート艦を数多く建造していることを考えると、日米両国はイタリア造船業も含めるべくDICASを拡大する可能性もある。DICASのような枠組みが設立されれば、インド太平洋地域で伸び続ける旺盛な調達需要に対するイタリアの関心に適合するとともに、アジアに対する米国の国家戦略にも寄与するだろう。
GCAPからは、NATOとIP4の防衛産業協力を左右する多様な力学が見て取れる。しかし、防衛産業協力をはじめとするNATOとIP4の協力が今後どこまで発展できるのかは、政治や経済面での不確定要素ゆえに不透明だ。特に第2次トランプ政権は、米国からの軍事装備品輸出に多額の割増金を課す可能性だけでなく、GCAPへの参加を検討する可能性、さらには欧州・大西洋地域とインド太平洋地域の同盟国・パートナー国間の防衛協力の利点を再検討する可能性すらある。
最後に、Fabrizio Bozzato、Liselotte Odgaard、 Matteo Mazziotti di Celso、 Matteo Piasentini、 Hugh Whittaker、Andrea Gilli、Nanae Baldauff、石田 智範、清岡 克吉の各氏からいただいた貴重な助力とフィーバックに感謝したい。
(2025/06/20)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 6】
How to Facilitate NATO-IP4 Defense Industrial Cooperation: The Case of Italy and Japan
脚注
- 1 D. Hugh Whittaker, Building a New Economy: Japan’s Digital and Green Transformation (Oxford University Press, 2024).
- 2 Alice Dell’Era and Matteo Piasentini, “From Strategic to Tech-Oriented Minilateralism: GCAP as a Platform to Accelerate Military Technology Development,” The International Spectator 59, no. 4 (2024): 95–115.
- 3 “Defense Policy,” Ministry of Defense of Japan, December 16, 2022.
- 4 Giulio Pugliese, “The European Union’s Security Intervention in the Indo-Pacific: Between Multilateralism and Mercantile Interests,” Journal of Intervention and Statebuilding 17, no. 1 (2023): 76–98.
- 5 Giulio Pugliese, “The European Union and an ‘Indo-Pacific’ Alignment,” Asia-Pacific Review 31, no. 1 (2024): 17–44.
- 6 Nanae Baldauff, “Why Japan’s Defence Technology Cooperation with Europe Deserves Attention,” Robert Schuman Centre for Advanced Studies, European University Institute, 2024.