日本海の中国漁船が大きな脅威となってきている。日本海における日本の排他的経済水域(EEZ)、とりわけイカやカニの好漁場である大和堆と呼ばれる付近海域において、2018年に水産庁の漁業取締船が発した退去警告は、北朝鮮漁船に対して5,201件で中国漁船に対して114件(計5,315件)[1]、同様に2019年は、北朝鮮漁船に対して4,007件で中国漁船に対して1,115件(計5,122件)であった[2]。ところが、2020年は9月末までに合計で2,587件の警告を実施しているが、そのうち2,586件が中国漁船に対してであり、北朝鮮漁船に対する警告はわずか1件にとどまる[3]。この変化は、北朝鮮のコロナ感染拡大に対する措置として、操業を控える北朝鮮漁船が増えたこと[4]や北朝鮮の漁業者から漁業権を入手した中国漁船の増加が原因と指摘されている[5]。

 大和堆付近では北朝鮮と日本との間に問題事案も発生している。2019年10月には退去警告を発していた水産庁の取締船と北朝鮮の漁船が衝突し、漁船が沈没する事件が発生した。海に投げ出された漁船員は、水産庁取締船、現場に急行した海上保安庁の巡視船や付近を航行していた僚船に全員が救助されたものの、漁業取締りに関する公務の執行妨害と衝突の責任の問題が残された[6]。2020年9月29日には北朝鮮の政府が運航すると思われる公船が大和堆の西側水域を航行している姿が確認された。危険な行動はなかった模様であるが、その行動目的はいまだ不明である[7]。

 また中国漁船の操業により日本海の漁業資源の枯渇が懸念されている。中国漁船の横暴な活動が南シナ海の周辺諸国に問題視されているが、資源保護を無視した中国漁船の行動はアジアだけでなく、エクアドルのガラパゴス諸島沖にも260隻に及ぶ中国漁船が集結し、大規模なサメ漁を行ったことにより生態系や資源保護に対する懸念を生じさせたことは記憶に新しい[8]。日本海では持続可能な資源管理のため漁船のトン数や漁法に制限を設けている日本漁船に対し、はるかに大型の中国漁船は、規制に捉われず資源を乱獲する恐れのある二艘引きと呼ばれる漁法を採用する。このような中国漁船が日本海における新たな脅威となっている。そこで本稿では、日本海の外国漁船、とりわけ日本海の中国漁船問題について、日本海の資源の保護や漁業秩序の回復・維持のため、中国に対して責任ある態度を求めること、また日本の法執行体制と関係機関と連携をさらに強化すべきことを指摘する。

日本海の漁業に関する法制度

 日本海における日本と韓国、北朝鮮およびロシアとのEEZの境界は未だ確定していない。EEZは沿岸国の領海の外側に拡がる基線から200海里に及ぶ広大な海域であり、船舶の自由な航行は認められるが、漁業資源などEEZ内の天然資源は沿岸国の主権的権利に帰属する。日本は「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」により日本の基線から200海里もしくは対岸の国との中間線を日本のEEZと定めるが[9]、北朝鮮[10]は50海里の軍事境界域(Military Boundary Zone)を宣言するのみで[11]、EEZの基準となる基線を明らかにしておらず[12]、韓国とは竹島、ロシアとは北方領土に関する領有権の問題があり、日本海の日本と外国のEEZの境界は未確定の部分が多く残されている[13]。

 このような境界未確定海域の漁業資源の管理は、主に二国間の漁業協定に基づいて行われる[14]。例えば、日本海の西部では1998年に国連海洋法条約のEEZの制度を反映した新たな日韓漁業協定が締結され[15]、お互いのEEZの主張が重なる海域に「暫定水域」を設け、相互に水産資源の保護、管理および最適利用に関して協力すること、法執行は旗国主義に基づき自国籍船に対して行うことを定める。また暫定水域以外のEEZにおいては、相互に相手国のEEZ内で魚種、漁獲割当や操業区域などを定めた上で相手国漁船による漁獲を認める「相互入会措置」をとる[16]。同様に日本と中国も日中漁業協定を締結し、暫定水域と相互入会措置を定めているが、同協定に基づく暫定水域は、東シナ海にのみ設定され、日本海側には存在しない。なお、日本と北朝鮮の間には非公式な民間漁業協定が結ばれていたが、1982年に失効となったままである。

 次に日本の「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律」を概観してみると、「漁業活動」を水産動物の採捕のほか、探索、集魚、漁獲物の保存または加工、漁獲物又はその製品の運搬、船舶への補給その他これらに準ずる行為と幅広く定めた上で、許可を受けない外国人による漁業活動を禁止する[17]。また必要があると認められる場合は、外国漁船に立入検査を行うことができ[18]、その検査を拒否する行為は立入検査忌避として罰則が適用される[19]。すなわち、外国籍漁船が日本のEEZ内を航行するだけでは法令違反とはならないが、許可なく漁業活動を行う場合や立入検査を拒否する場合は日本の法令違反となる。

 ところが、水産庁の漁業取締船や海上保安庁の巡視船が現場で行う法執行措置は、日本のEEZ内で違法な漁業活動を行う蓋然性の高い北朝鮮や中国漁船に対して強く警告し、場合によっては放水等によってEEZ外へ出域させる措置にとどまっている。仮にこれらの外国漁船に立入検査を実施しても、船内にある漁獲物がどこで漁獲されたものであるか判明しない場合は、日本の漁業関係法令の適用は難しい。また、違法な漁業活動の現場を確認した場合であっても、数百隻からなる外国漁船団を一斉に拿捕し検挙することは現実的ではない。そこで、むしろ不法な漁獲活動を行う前の段階で強く警告を行い、日本のEEZから排除することが最も合理的な措置なのである。

解決に向けて

 解決に向けて何をすべきか。まずは旗国である中国に対して自国籍の漁船が違法な漁業活動に従事しないよう対処することを強力に求める必要がある。日本海で操業する中国漁船は日本の国内法違反であると同時に、中国政府が発行する有効な漁業許可証、漁船登記証及び漁船検査証を持たずに非合法な漁業に従事する「三無漁船」と呼ばれる船舶であることが多い。すなわち中国の漁業関係法令にも違反しており、日本は中国政府が「三無漁船」を強力に取り締るよう働きかけるべきである。2014年に200隻超の中国サンゴ漁船が小笠原諸島沖に現れたが、これらの多くも「三無漁船」であった[20]。この時は、沿岸国である日本からの通報を元に中国当局が強力に取り締まりを行い、その後、小笠原沖の中国サンゴ漁船は減少した[21]。また、北朝鮮の漁業権を中国人が購入しているのであれば、北朝鮮に対する国連安全保障理事会決議に違反する。このような自国民による制裁決議違反に対して、中国は、制裁の実効性を高めるためにも真摯に対応すべきである。

 また、沿岸国である日本の法制度、法執行体制および関係諸機関の連携をさらに強化する必要がある。中国サンゴ漁船の事案を受け、日本政府はEEZにおける外国人の密漁行為に対して罰金を1,000万円から3,000万円に増額した[22]。今般も密漁のリスクとコストをさらに上げることで違法行為の抑制を図ることを検討すべきであろう。また、無人航空機の導入など、日本海における漁船の動向をより注意深く監視し、適時に退去警告を行う環境を整える必要もある[23]。こうした強力な海域監視と現場における警告措置により日本海の安全・安心と漁業秩序を守るべきである。さらには、中国政府に対して世界中で批判される中国漁船による違法行為や漁業資源の乱獲問題の解決を国際社会全体で強く求めるべきことを、日本が主導的に訴えていくことも必要であろう。

(2020/12/15)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
A New Threat in the Sea of Japan – Chinese Fishing Boats and Resource Depletion

脚注

  1. 1 「日本海大和堆周辺水域等における外国等漁船への対応状況について (平成30年漁期)」、水産庁、2018年12月7日。
  2. 2 「日本海大和堆周辺水域等における外国等漁船への対応状況について (令和元年漁期)」、水産庁、2020年1月8日。
  3. 3 「日本海大和堆周辺水域等における外国等漁船への対応状況について (令和2年漁期)」、水産庁、2020年10月5日。
  4. 4 「大和堆、中国漁船が急増 北朝鮮船は激減、コロナ影響」『朝日新聞』、2020年10月21日。
  5. 5 志田富雄、井上直樹、「EEZでの退去警告3.7倍――「見えない」中国船急増、北朝鮮、漁業権売却加速か(真相深層)」『日経新聞』、2020年11月7日。なお、北朝鮮が漁業権を直接的又は間接的に販売又は移転することや、反対に他の国は北朝鮮の漁業権を購入する行為は、国連安全保障理事会決議第2371号(2017年)パラ9及び国連安全保障理事会決議第2397号(2017)パラ6で禁止されている。UN Security Council, “Resolution 2371 (2017),” para.9, 5 August 2017, UN Security Council, “Resolution 2397 (2017),” para.6, 22 December 2017. 安全保障理事会決議1874に基づいて設置された専門家パネルも北朝鮮の漁業権を購入したと思われる中国籍らしき漁船を報告している。UN Security Council, “S/2020/151 E: Report of the Panel of Experts established pursuant to resolution 1874 (2009),” paras. 90, 91.
  6. 6 「北朝鮮船、水産庁船と衝突――北朝鮮、沿岸漁業権を中国に売却、危険覚悟で沖合進出」『日経新聞』、2019年10月8日。
  7. 7 2019年8月には北朝鮮の海軍らしき高速艇が付近をパトロール中の海上保安庁の巡視船に小銃のようなものを向けるという事案が発生している。このような経緯を踏まえて、水産庁は日本の漁船に対して安全確保のため大和堆西側の海域に入域することを自粛するよう要請した。自粛は約1ヶ月間続いたが、大和堆で待っていたのは100隻にも及ぶ中国漁船だった。「北朝鮮公船が日本海のEEZ内を航行 9月末に大和堆西方」『産経新聞』、2020年10月21日。
  8. 8 「ガラパゴス 中国漁船260隻 フカヒレ狙い操業か EEZ沿い」『産経新聞』、2020年7月29日。
  9. 9 排他的経済水域及び大陸棚に関する法律(平成八年法律第七十四号)第1条。
  10. 10 なお執筆時において北朝鮮は国連海洋法条約の締約国ではない。
  11. 11 北朝鮮は1977年に200海里の経済水域とともに軍事境界域を宣言した。韓国が直ちに抗議するとともに、日本、アメリカなどが非難した。Choon-Ho Park, "The 50-Mile Military Boundary Zone of North Korea," American Journal of International Law Vol. 72, No. 4, October 1978, pp. 866-875.
  12. 12 同上 Choon-Ho Park; Chang-Hoon Shin; Seokwoo Lee, "North Korea and the Law of the Sea," Issues in Legal Scholarship, Vol. 7, no. 1, 2008, pp. 1-10.
  13. 13 なお、東シナ海においては中国とのEEZ境界も未確定のままである。
  14. 14 片岡 千賀之「日中韓 3 ヵ国の新漁業秩序と漁業調整」『日本水産学会誌』第77巻4号(日本水産学会、2011年)699-701頁。
  15. 15 日本と韓国の間には、1965年に韓国との国交樹立に合わせて、いわゆる李承晩ラインを廃止し、漁業協力を目的とした日韓漁業協定が締結されていた。1998年の協定はこの1965年の協定を改めた新協定である。
  16. 16 しかしながら2016年以降、韓国側の取締り体制や相互入漁の条件に関する合意に至らず、相互入会措置による操業は停止している。
  17. 17 排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律(平成八年法律第七十六号)第5条。
  18. 18 同上、第15条の2。
  19. 19 同上、第18条の2。
  20. 20 水産庁、『平成28年度水産白書』。
  21. 21 中国は2008年に絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)の附属書IIIにサンゴを登録し、国際取引の規制を国際社会に向けて要請した。自国籍漁船に対する取締りの強化も国際取引の規制の一環として必要であったことも考えられる。
  22. 22 「サンゴ密漁に厳罰 改正法施行、罰金上限引き上げ」『日本経済新聞』、2014年12月7日。
  23. 23 海上保安庁は無操縦者航空機の導入の可否を検討し、広域海洋監視体制の実証試験を行った。「無操縦者航空機導入の可否を検討」、海上保安庁、令和2年6月26日。その様子や効果については、テレ東ニュース「【国交省担当 塩田キャスター解説】尖閣諸島での中国船の確認が最多を更新中 海上保安庁に尖閣の今を聞いてみた(2020年11月12日)」。