外務省HPから読み解く「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」の理念と実践

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相澤 輝昭,笹川平和財団海洋政策研究所 特任研究員

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はじめに

 昨年(2017年)秋以来、「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo- Pacific StrategyFOIP)」が国内外で広く注目を集めている。これは、比較的コンパクトで判り易くまとめられていると思われる日本経済新聞の解説をそのまま引用すれば「20168月にケニアで開いたアフリカ開発会議(TICAD)で安倍晋三首相が打ち出した外交戦略。成長著しいアジアと潜在力の高いアフリカを重要地域と位置づけ、2つをインド洋と太平洋でつないだ地域全体の経済成長をめざす。自由貿易やインフラ投資を推進し、経済圏の拡大を進める。安全保障面での協力も狙いの一つ。法の支配に基づく海洋の自由を訴え、南シナ海で軍事拠点化を進める中国をけん制する。」[1]ものとされているのであるが、この「中国をけん制」という部分を巡っての解釈が別れるなど、やや判りにくいものとなっている感は否めない。国内主要メディアの論調は、「一帯一路」に対抗する対中戦略としての性格を強調するものが大勢である一方、日本政府としては安倍首相が本年(2018年)1月の施政方針演説で「この大きな方向性の下で、中国とも協力して・・・」と述べるなど、「中国をけん制」というイメージを打ち消そうとするかの発信が目立っている。この点は海外の論調も同様であり、例えば「インド太平洋」という地域概念についても、その提唱者の1人とされるインドのGurpreet S. KhuranaWashington Post紙への寄稿で「将来的には中国も包含していく形で共通の繁栄を目指すべき」と主張する一方で、同じインドのC Raja Mohanはシンガポール国立大学南アジア研究所(ISAS)ブリーフィングにおいて後述する日米豪印四ケ国対話に言及しつつ、これを「中国の攻撃的な戦略を放棄」させるものであると指摘するなど、やはりその評価が大きく別れているのである(KhuranaMohanの主張については「海洋安全保障情報旬報2017111-1130日」参照)。

 地域概念としての「インド太平洋」は、学会においてもここ数年来のホットイッシューであり、先行研究も様々なアプローチで実施されているが、こうしたアカデミックな議論においても中国との関係は焦点の1つである。そもそも現状ではFOIPは理念先行の感があり、これを主導する日本政府、外務省が実際には何をしようとしているのか、その実践の部分がなかなか見えて来ないという事情もこうした「判りにくさ」に拍車を掛けているとも言えるであろう。だが、実はこの点はTICADにおける発表後の進展もあり、外務省HPの関連記述などを丹念に追っていくことで、かなり具体的な情報についても既にアクセス可能な状態となっているのである。そこで本稿では、こうした外務省HPの記事などを題材として、FOIPの理念と実践をどのように理解すればよいのかという問題を考えるヒントとなる事項を幾つか提示したいと考えている。

 なお、筆者は本年3月まで外務省アジア大洋州局地域政策課の専門員(非常勤職員)として勤務していた者であり、一般的な職務の遂行上、また、安全保障を専門とする研究者としてもFOIPには強い関心を持って見て来たところではあるが、当該業務に直接関与していたわけではなく、関連する特別な情報を知り得る立場にあったわけでもない。よって、本稿に記載した事項は全て公開情報に基づく筆者個人の見解であり、既に公開されている部分以外は日本政府、外務省のオフィシャルな指針を示唆するものではないということは、ここであらかじめお断りしておく。

1 地域概念としての「インド太平洋」形成過程とFOIPの策定経緯

 本題に入る前に、まず地域概念としての「インド太平洋」形成過程とFOIPの策定経緯について確認しておくこととしたい。これらについては昨年来のブームで言い尽くされている感もあるが、メディアの解説記事などは出典が明らかではない場合も見受けられるため、ここでは出来るだけ論拠を明示しつつ紹介していくこととする。

(1)FOIPを巡る2017年10月以降の動き

 時系列としては逆順になってしまうが、ここ最近のFOIPの急速な進展を理解する上では昨秋以降の一連の動きから見ていった方が適当であろう。これは次章で論ずる外務省HPにおけるFOIP関連記述などを読み解いていく上で特に重要なポイントになると思われる事項が、この一連の動きの中に多く含まれているためでもある。

 この皮切りとなったのは、20171018日の戦略国際問題研究所(CSIS)におけるRex Tillerson国務長官講演であり、同長官は「自由で開かれたインド太平洋」という表現を明示的に用いつつ、対中国を念頭に置いた米印関係について論じたのであった。そして、これに引き続き11月に行われたDonald Trump大統領のアジア歴訪では、FOIPを巡る重要な動きが立て続けに見られることとなった。116日、東京で開催された日米首脳会談では両首脳間で後述するFOIPの「三本柱」を推進していくことなどが確認された。次いで118日には米韓首脳会談後の共同発表に「米韓同盟はインド太平洋地域の安全保障、安定と繁栄のための核心的な軸」という表現が盛り込まれたのであるが、韓国大統領府の高官が翌日これに否定的見解を表明するという一幕もあった。このことは、一般には韓国政府内の意思決定プロセスの混乱を示すエピソードと受け止められているのであるが、THHAD問題などを背景とする中韓関係の機微にも鑑みれば、これは序言で述べたFOIPの対中戦略としての側面から生ずる反作用の象徴的事例であるとも言えるであろう。更に1110日にベトナム・ダナンで実施されたAPEC CEOサミットにおけるTrump大統領の講演では、FOIPに基づくこの地域への明確なコミットメントが表明された。そしてこのAPEC サミットに引き続いて開催されたフィリピン・マニラでの東アジア首脳会議(EAS)に際しては、余り目立たないような形ではあったが、後述する日米豪印4カ国対話の再興に向けての外交当局者間での動きなども見られたのであった。

 その後、1218日に発表された米国の「国家安全保障戦略」では「アジア太平洋」という従来の表現に替え、「自由で開かれたインド太平洋」が明示的に盛り込まれた。一方、我が国においては、年明けの122日に実施された安倍首相の施政方針演説においてFOIPの強力な推進が改めて示されるなど、今やFOIPは我が国外交の最重点分野となっており、米国とも連携しつつ、様々な形で諸外国への働きかけなども実施されている。そして、前述のとおり、こうした動きに関連する報道資料などからは、FOIPの理念と実践についてかなり具体的な情報も読み取ることが出来るのであり、以下、この点について具体的に述べていくこととしたい。

(2)先行研究に見る地域概念としての「インド太平洋」形成過程

 さて、冒頭で引用した日本経済新聞解説記事中の「安倍晋三首相が打ち出した外交戦略」という部分についてであるが、この説明自体は誤りではないものの、厳密にはFOIPと地域概念としての「インド太平洋」形成過程とは峻別して理解しておく必要があるだろう。特に後者については、前述のとおり国内外で様々なアプローチによる研究が実施されていることでもあり、まずはこれについて確認しておきたい。ただし紙面の制約から元より全般的な説明は困難であり、ここでは「インド太平洋」概念形成の背景と、その発展の直接的な契機という二点に絞って簡潔に紹介を試みることとする。

 これに関し、国内の包括的研究としては、例えば日本国際問題研究所が外務省委託による調査研究事業として2012年度から展開中のプロジェクトがある。その端緒となった2012年度の研究報告書には、山本吉宣の「インド太平洋概念をめぐって」[2]と題する序章が提示されており、山本はここで「インド太平洋」が地域概念として注目され始めた背景を、①近年の海洋における国家間対立の顕在化がインド洋にまで及ぶ可能性の高まり、②米国のアジア太平洋への回帰がインド洋までを視野に入れていること、③中国、インドなど新興国の台頭、④古来から経済活動に必須のものであった海洋の安定が中国の台頭により崩れるかもしれないという懸念、⑤海洋の安定(航行の自由)はグローバル・コモンズの1つであり「法の支配」の確立が必要という共通認識の高まり、の5点から説明している。これは本稿のテーマであるFOIPの理念と実践に直接リンクする基本認識として、極めて示唆的であると言えるであろう。

 また、「インド太平洋」概念進展の直接的な契機という問題については、溜和敏の「「インド太平洋」概念の普及過程」[3]が示唆的である。溜は豪州のRory MedcalfMedcalfの主張については2014311日配信の「海洋安全保障情報特報」参照)をはじめとする海外研究者の主張を横断的に分析しつつ、この概念の形成過程について詳細に解説しているのであるが、筆者は特に次のような部分に着目している。

 溜によれば、「インド太平洋」という用語自体は、既に2000年代後半から使われ始めていたが、これが政策論として直接的な影響力を持つようになるのは2010年以降のことであり、同年に発表されたMedcalfら豪州Lowy国際政策研究所の報告書[4]、米国のMichael Auslinによる政策提言[5]などがその端緒であったとされている(この点は前出の山本もDavid Scotの研究[6]を引用して「インド太平洋」が本格的に議論されるようになったのは2010年以降と指摘している。)。また、同年10月には一般に同概念の普及の契機とみなされているHillary Clinton国務長官のホノルル演説が実施されるのであるが、溜はその歴史的な意義は認めつつも、同演説は必ずしも地域概念としての「インド太平洋」を意識したものではなかったとし、その後の展開に実質的に影響を及ぼしたのは同長官が翌201111月にForeign Policy誌に寄稿した『America's Pacific Century[7]と題する論文であったと指摘している。ここで示された「インド洋と太平洋の連結性」(連結性の意味するところについては後述)というキーワードに象徴される考え方が、MedcalfAuslinに限らず従来からの言説も包摂する形での政策論として確立されていく契機になったというのが溜の整理の要旨である。

 このように、2010年を地域概念としての「インド太平洋」形成過程の1つの区切りとする見方は、それ以前にも前出のKhuranaをはじめとして多くの言説が存在し、originが何処に在るのか見い出し難くなっている感もある中、確かに明快で判り易い整理と言えるであろう。しかし、これでは本稿のテーマであるFOIPとの関係を考える上で、例えば、後述する20078月のインド議会における安倍首相の「二つの海の交わり」演説をどのように考えればよいのかという問題を生じてしまう(この点、溜の整理もあくまで「インド太平洋」という地域概念の形成過程に着目してのものであり、2010年以前の言説の政策論としての意義が軽視されているわけではない。この安倍演説についても文中で明示的に意義が解説されているところである。)。本節冒頭でFOIPと地域概念としての「インド太平洋」は峻別して理解しておく必要があるとした理由もここにあり、以下、この点も念頭に置きつつ安倍政権が主導するFOIPの策定経緯について確認していくこととしたい。

(3)安倍政権が主導するFOIPの策定経緯

 FOIPは人口に膾炙するようになって日も浅く、現時点ではアカデミックな研究対象というより、まだジャーナリスティックな関心の俎上にあるというのが実状であろう。そうした中、マスメディアにはしばしば、FOIPの起源はTICADから更に遡って第一次安倍政権における「自由と繁栄の孤」、あるいは前述した「二つの海の交わり」演説にあるとする解説が見受けられるが、こうした見解を体系的に解説した文献としては外務省発行の専門誌『外交』編集長であった鈴木美勝によるルポルタージュ、「日本の戦略外交」[8]がある。これは日本の戦略外交の軌跡を「インサイド情報を基に辿る」ものとされ、FOIPの策定経緯についても、これを主導した首相官邸関係者の人物情報なども含めて詳細に解説されており大変興味深い内容になっている。鈴木は同書中でFOIPを「自由と繁栄の孤」を起源として今日に至る安倍政権の「価値観外交」ないし「地球儀を俯瞰する外交」の一環と位置付け、対中国戦略を念頭に置いたものと説明しているのであるが、以下、これらの記述と関連する外務省HPの記事なども適宜引用しつつ、改めてFOIPの策定経緯について概観しておくこととしたい。

 「価値観外交」は外務省HPでは「普遍的価値(自由主義、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済)に基づく外交」とされており、その端緒となった「自由と繁栄の孤」についても同じページ上で「ユーラシア大陸に沿って自由の輪を広げ、普遍的価値を基礎とする豊かで安定した地域を形成」するものと説明されている。これらは第一次安倍政権の新たな外交方針として提唱された構想であり、「自由と繁栄の孤」は2006年11月の日本国際問題研究所における麻生太郎外務大臣講演が初出とされ、当時の米国が同時多発テロ以降の国際情勢下でこの地域を「不安定の孤」と認識していたことなども念頭に置いたものであった。上記のページには「東の米、豪、中央のインド、西のEU、NATO等と緊密に協力」、「価値観の押しつけや体制変更を求めず、各国の文化や歴史、発展段階の違いに配慮」という記述もあり、麻生の講演中で言及されている開発協力による「不安定の孤」へのコミットメントという構想とも併せてみれば、これは言わば「開発協力と多国間の安全保障協力をリンクさせた外交戦略」(これは元より厳密に定義した用語ではないが、ここでは「価値観外交」をはじめとする安倍政権の一連の外交戦略の端的なイメージを示すものとして便宜的に使用している。)と考えられ、FOIPの基本的な考え方も既にこの段階で見て取れるであろう。なお、鈴木によれば、「自由と繁栄の孤」はその経緯からして「麻生のもの」という意識が安倍首相にあり、その基本的な考え方は継承しつつも用語としては次第に使用されなくなっていったと指摘されているところである。

 前述した2007年8月のインド議会における安倍首相の「二つの海の交わり」演説もこの文脈上に位置付けられるものであり、鈴木はこの演説の含意について、①日印の「戦略的グローバル・パートナーシップ」は「価値観外交」の要を成すこと、②日印はともに海洋国家であってシーレーンの安全確保をはじめとする海洋安全保障分野における協力は必然であること、③日印の連携により形成される「拡大アジア」は米欧を巻き込み太平洋まで及ぶ広大なネットワークを形成する可能性があること、の3点を指摘しているが、これらもまさにFOIPの考え方の萌芽と言えるであろう。

 そしてこの演説を契機として安倍首相の強い意向の下、日米豪印4カ国対話という構想も浮上するのであるが、この試みはやはり中国の警戒感を惹起することになり、また、それを反映した各国の国内事情もあって結果的には頓挫してしまう(この顛末は前出のMohanの論説(「海洋安全保障情報旬報2017111-1130日」)を参照)。2017年秋以降の日米豪印4カ国対話の再興に向けての動きが外交当局者間で目立たない形で進められているのは、まさにこうした経緯を考慮してのものである。

 また、FOIPについて論ずるには、安倍首相の「セキュリティダイヤモンド構想」についても確認しておく必要があるだろう。これは第二次安倍政権発足翌日の2012年12月27日、国際NPOであるProject SyndicateのHPに安倍晋三個人名で掲載された"Asia's Democratic Security Diamond"[9]と題する論文中で示された考え方であり、その文中には「日米豪印がインド洋から西太平洋へと広がる海洋コモンズを防衛するダイヤモンドを構成する戦略」という構想が提示されるなど対中国戦略としての性格が明示的に打ち出されている。一方、鈴木によれば、日本政府はそれが故にこの構想をプレイアップしない立場を取っているとされ、それは同論文が第2次安倍政権発足前の発表を念頭に準備されたが、Project Syndicate側の思惑から政権発足後の発表となってしまったため、政府としては対中考慮をせざるを得ないというものである。

 更に鈴木はこれに関連してもう1つ興味深い指摘をしており、それは「開かれた海の恵み-日本外交の新たな5原則」という演説原稿の存在である。これは2013年1月18日にジャカルタで実施される予定であったが、アルジェリアの人質事件対応のため安倍首相が急遽帰国し中止となったものの、原稿のみが外務省HPに掲載されているというものである。実施されなかった演説原稿が公開されていること自体、強いメッセージ性を感じさせるものではあるが、鈴木はこれを「二つの海の交わり」演説を上書きし、かつ、「セキュリティダイヤモンド構想」における対中国の刺激的な部分をマイルドにしたものと評するとともに、ここに「日本海洋戦略の新5原則」が示されていると指摘しているのである。

2 外務省HPから読み解くFOIPの理念と実践

 前章では地域概念としての「インド太平洋」形成過程と安倍政権が主導するFOIPの策定経緯などについて概観して来たが、前置きの方が長くなってしまった感もあり恐縮ながら、ここからは前章で確認した事項を踏まえつつ、外務省HPなどを読み解きながら、FOIPの理念と実践について具体的考察を試みることとしたい。

(1)外務省HPにおけるFOIP関連記述の現況

 序言で指摘した「FOIPは理念先行の感があり、これを主導する日本政府、外務省が実際に何をしようとしているのか、その実践の部分がなかなか見えて来ない」という要因の1つには現状の外務省HPにおけるFOIP関連記述が、やや判りにくく「不親切」な構成になっているという問題があり、冒頭でFOIPの解説に敢えて日本経済新聞記事を引用したのもこのためである。一方、これも前述のとおり、既に外務省HPにはFOIPの実践に係る具体的情報も様々な形で発信されているのであるが、にも係わらず、これが判りにくく「不親切」な印象を受けるというのには次のような事情がある。

 第一に、FOIPの性格を理解する上では前章で縷々述べて来たようなバックグランドについての認識が不可欠ということである。例えば、同HPFOIPに係る主な解説は「外交青書2017」の特集記事「自由で開かれたインド太平洋戦略」として20168月のTICAD における安倍首相基調演説の紹介の形で構成されているのであるが、これも安倍政権の一連の外交戦略という認識で見てみれば、この記事中の概念図に示された「地球儀を俯瞰する外交」や「積極的平和主義」などの外交コンセプトを発展させたとされる基本理念についても、より明確な絵姿をイメージすることが出来るであろう。

 第二に情報発信の時期という問題もあり、「外交青書」は例年秋に刊行されているため、前述した昨秋以降の動きはまだ反映されていないという事情もある。もちろん関連する個別の動きは別途情報発信されており、いずれはそうした情報も取り込んだより詳細な解説がなされると思われるが(実際、本年2月公表の『2017年版開発協力白書』(以下『ODA白書』とする。)には新たにFOIP関連の一項が設けられ、本稿で解説している事項もかなり詳細に記載されている(細部後述)。)、本稿はそれまでの間の関連情報の収集などの一助とすることを念頭に置いている。

 また第三に、上記にも関連して外務省HPの構成上の問題もある。外務省HPでは様々な外交関連情報がタイムリーに発信されており、その意味では大変良心的なメディアと言えるのであるが、反面それらが余りに膨大な情報量であるが故に、所要の情報がHPの階層上からは辿りにくいという不具合も生じている。そして、その不具合を解消するためサイト内検索機能が設定されているのであるが、これは非常に機能的に設定されており、ここで紹介する関連情報も全てこれを利用して入手したものである。以下、それらの情報も参照しつつ、FOIPの理念と実践について具体的に解説していくこととする。

(2)開発協力戦略としてのFOIPと概算算要求資料に見るその理念

 外務省HPにおけるFOIPの主たる解説が『外交青書2017』の特集になっていることは前述のとおりであるが、実は現時点で一般的検索エンジンから「インド太平洋戦略」を検索ワードにアクセスすると、最初に辿りつくのは国際協力局の「平成29年度開発協力重点方針」である。ここでは「各地域の重点課題」のイメージ図上に各地の開発協力プログラムがマッピングされ(実態として中国の影響力が指摘されている地域が多くなっている。)、また、要所々々には「法の支配の貫徹」、「海上の安全確保」、「地域の安定化」などのキーワードも散りばめられるなど「開発協力と多国間の安全保障協力をリンクさせた外交戦略」としてのFOIP の性格が如実に読み取れる構成になっている。そして前述のとおり、本年2月に公表された『ODA白書』においては、新たに「国際社会の平和・安定・繁栄のための国際協力」という項目が設けられ冒頭に掲載されているのであるが、その第1章の「「2つの大陸」と「2つの大洋」の交わりにより生まれるダイナズム」では後述する「三本柱」の施策を含むFOIPの理念の概要が、第2章の「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持」ではその「三本柱」の1つである「海上法執行能力構築支援等」に特に焦点を当てた具体的な施策などが、それぞれかなり詳細に解説されているところである。

 また、こうしたFOIP の性格については全く別の観点で「平成30年度予算概算要求」からも裏付けられる。これは20178月の資料であるが、ここに記載された事項からはFOIPの実践面、すなわち予算上の平成30年度計画の事業内容が読み取れるということであり、この中では次の二箇所に関連記述が見受けられる。

 まず、「平成30年度予算要求に向けた柱」の1つである「戦略的な外交を展開」の中に「「自由で開かれたインド太平洋戦略」の具体化」がうたわれており、項目としては「法の支配の強化」と「連結性の強化」の2点が提示されている。前者については①国際的なルール形成、②各国の海上保安能力強化、③アジア、アフリカでの海賊対策、④大量破壊兵器・ミサイル等の拡散阻止という4件が列挙されており、後者については「インド太平洋地域におけるモノとヒトの連結性強化」という説明がなされ、インフラ整備、機材供与、専門家派遣、人材育成、貿易投資・環境整備支援などの実施項目が例示されている。これらは前述の開発協力イメージ図中のキーワードが具現化されて提示されたものと言えるであろう。

 また、予算要求の「柱」としてはこのほか「ODAの拡充」が項目として示されており、「「自由で開かれたインド太平洋戦略」の具体化」はここでも同じ内容が繰り返されているのであるが、これはFOIP関連事業が主としてODAの枠組みによって実行されるということを意味していると考えることが出来るであろう。

 以上のとおり、外務省HP上の開発協力重点方針と概算要求資料からも「開発協力と多国間の安全保障協力をリンクさせた外交戦略」としてのFOIP の性格はかなり具体的に読み取ることが出来る。また、時系列を追っていけば、20168月のTICADでの発表、翌年4月の開発協力重点方針、8月の概算要求、そして昨秋以降の一連の動きを経て、本年2月の『ODA白書」と時を経るに連れ、本構想が基本理念から具体的施策へと形を整えていく経過も見て取れるであろう。そしてその集大成が201711月の日米首脳会談において明らかにされ、これを契機に対外的にもよく知られるようになった前述の「三本柱」であり、次節ではこれについて解説を試みることとする。

(3)FOIPの「三本柱」の実践とその含意

 この「三本柱」については、2017116日の日米首脳ワーキングランチ及び首脳会談に際し、以下に引用するような議論がなされたとされている。

 両首脳は、日米が主導してインド太平洋を自由で開かれたものとすることにより、

この地域の平和と安定を確保していくため以下の三本柱の施策を進めることを確認し、

関連する閣僚、機関に具体的な協力策の検討を指示しました。

(ア)法の支配、航行の自由等の基本的価値の普及・定着

(イ)連結性の向上等による経済的繁栄の追求

(ウ)海上法執行能力構築支援等の平和と安定のための取組

 両首脳は、こうした考え方に賛同するいずれの国とも協働して重層的な協力関係を

構築していくことを確認しました。

 この記事中では「三本柱」の具体的な内容についての解説はされていないものの、例えば、これに先立つ20179月の「コロンビア大学における河野外務大臣講演」、また、外務大臣などの外国出張に際してのスピーチや報道発表、あるいは国会審議の場など、その考え方については既に様々な形で情報発信がされているのである。それらの外務省HPの記述や報道資料、関連論文などから「三本柱」の具体的な内容として示唆される事項について、概要を述べれば以下のとおりである。

(ア)法の支配、航行の自由等の基本的価値の普及・定着

 これについては、TICAD の安倍首相基調演説中に「日本は、太平洋とインド洋、アジアとアフリカの交わりを、力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場として育て、豊かにする責任をにないます。」という言及がある。そしてその「法の支配」の部分に関しては、TICAD直後の201692日に開催された「インド洋会議2016」の岸外務副大臣スピーチにおいて、2014530日のシャングリラ・ダイアローグにおける安倍首相基調講演を引用しつつ、「海における法の支配の確保」として、①国家は国際法に基づいて主張をなすべき、②主張を通すために、力や威圧を用いない、③紛争解決には平和的収拾を徹底すべき、という原則が説明されている。また、上記のコロンビア大学における講演では、河野外務大臣が「法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序を維持・発展させることは不可欠」としつつ、具体的事例としては米国による「航行の自由作戦」への強い支持、戦略的寄港の重要性、インド太平洋における合同海上演習の継続といった事項を列挙しているところである。

(イ)連結性の向上等による経済的繁栄の追求

 これについても、TICADの基調演説中のアジアと中東・アフリカの「連結性」の説明では「具体的には、東アジアを起点として、南アジア~中東~アフリカへと至るまで、インフラ整備、貿易・投資、ビジネス環境整備、開発、人材育成等を面的に展開するとともに、アフリカ諸国に対し、開発面に加えて政治面・ガバナンス面でも、押しつけや介入ではなく、オーナーシップを尊重した国造り支援を行っていきます。」という言及がなされている。そして、コロンビア大学における講演では河野外務大臣が「港湾、鉄道、道路などのインフラ整備を通じた連結性強化による経済的繁栄を追求」すると発言しており、インドシナとミャンマーをつなぐ「東西経済回廊」の整備などを事例として挙げつつ、「質の高いインフラ」重視ということが強調されている。そして、前述のとおり、「ODA白書」に新たに設けられたFOIP関連項目からは、上記(ア)と後述する(ウ)との関係を含め、その理念と実践が明示的に解説されているところである。

(ウ)海上法執行能力構築支援等の平和と安定のための取組

 これは前述のとおり、開発協力重点方針や概算要求資料などでは、FOIPの具体的施策は「法の支配の強化」と「連結性の強化」の2件として説明されており、本件は独立した項目とはされていなかった。そもそも「海上法執行能力構築支援」は「法の支配の強化」の一環ではないかという素朴な疑問もあり、前述のコロンビア大学での河野外務大臣講演でも「巡視船の供与や技術協力を通じた途上国の海上法執行能力の向上を支援」という言及は「法の支配の強化」の文脈でなされているところである。この問題は、上記(ア)及び(イ)の内容とも関連して本稿全般のテーマにも係わる論点を含むものと筆者は認識しており、ここでもう少し詳細に論じておくこととしたい。

 この段階で「海上法執行能力構築支援」が「三本柱」として「特出し」された理由は定かではないが、実はこれは全く唐突な話でもない。既に201737日の環インド洋連合(IORA)首脳会合に際しての岸外務副大臣スピーチFOIP3つの施策としての説明も行われており、ここでは「①航行の自由、法の支配など基本的価値の普及と定着、②港湾、鉄道などのインフラ整備を通じた連結性強化、経済連携の強化、ビジネス環境整備などによる経済的繁栄の追求、③海洋法執行能力の向上支援、海賊対策、テロ対策、防災などを含む安全保障上の協力を進めていく。」という説明がなされている。

 そして、これは全くの私見であるが、この①と③との相違はFOIPの実践における我が国自身の関与の程度の差として説明出来るのではないかと筆者は考えている。例えば、コロンビア大学での河野外務大臣の講演において「法の支配の強化」の具体例の1つとして提示された「航行の自由作戦」について言えば、これに対する支持はともかくとして我が国が独自にこれを実施することは現実問題として困難である。これに対し、「海上法執行能力構築支援」は同じ河野外務大臣の講演で例示されている「巡視船の供与や技術協力」などが従来から開発協力の一環として推進されて来たものであり、我が国が主体的に実践し得る施策ということなのである。更に言えば、第2節でも確認したとおり「海上法執行能力構築支援」は予算面でも開発協力の一環として位置付けられており、その意味でも本件は「法の支配の強化」と「連結性の強化」に跨る施策であると言えるであろう。

 ちなみに、この「海上法執行能力構築支援」の具体策として提示されている「巡視船の供与」などについて言えば、従来から個別の案件については外務省、海上保安庁、国際協力機構(JICA)などの関係機関により情報発信されていたものの、政府全体における施策としての包括的説明は何処にもなされておらず、全体像の把握はなかなか難しい状況にあった。それが今般、前述の『ODA白書』に「海上保安能力構築支援等」の一節が設けられ、基本的な考え方やその実績(東南アジア諸国のほかスリランカやジブチに対する協力などが記載)が初めて体系的に示されたのであるが、これ自体、FOIPにおける「海上法執行能力構築支援」の重要性を端的に示す事例と言えるだろう。

 そして、以上述べて来た点に鑑みれば、本稿の端的な総括として、FOIPの理念と実践は次のように説明することも可能であろう。すなわち、その理念とは基本的に「法の支配の強化」と「連結性の強化」で構成されるものであり、一方、その実践については「法の支配の強化」における施策中でも我が国が主体的に実践し得る分野で、かつ、「連結性の強化」の開発協力の一環でもある「海上法執行能力構築支援」を「特出し」にした「三本柱」の施策として説明されているのではないか、ということである。

おわりに

 以上、外務省HPの記述などを参照しつつ、FOIPの理念と実践、特にその「三本柱」として説明される施策の概要などについて、考え得るところを述べて来た。その端的な整理は前章末尾に記載したとおりであるが、ここから類推されるFOIPの今後の展望、特にこれを受けての関係各国(米印豪、中国、ASEAN諸国、その他の開発協力対象地域諸国、域外主要国である英仏など)の反応などについては継続的に調査分析の上、改めて論じていきたいと考えている。ただし、序言でFOIPの「判りにくさ」を象徴するものとして言及した中国との関係については、特にここで端的に述べておくこととしたい。この点は本稿が標題に「外務省HPから読み解く」と冠している以上、結論は基本的に政府見解をなぞる形にならざるを得ないという「縛り」もあるのだが、敢えて私見として述べれば次のとおりである。

 すなわち、ここまで縷々述べて来た事項全般を通じて見れば、本件のバックグラウンドとなった安倍政権によるFOIPの策定に至る経緯という演繹法的観点からも、あるいはFOIPの実践における具体的事例(「海上法執行能力構築支援」における「巡視船の供与」などの開発協力プログラムが実態として東南アジア諸国のほか中国の影響力を意識した地域に対し実施されていることなど)という帰納法的観点からも、これらが直接に中国に「対抗」するものではないとしても、少なくともその存在を強く意識して構築されたものであるということは容易に類推出来るところであろう。この点について、ここで改めて本件に係る安倍首相の施政方針演説と関連する報道振りを紹介しつつ簡潔に述べておくこととしたい。まず、序言で一部言及した本年(2018年)1月22日の安倍首相施政方針演説におけるキーセンテンスを改めて引用すれば以下のとおりである。

 太平洋からインド洋に至る広大な海。古来この地域の人々は、広く自由な海を舞台に豊かさと繁栄を享受してきました。航行の自由、法の支配はその礎であります。この海を将来にわたって、全ての人に分け隔てなく平和と繁栄をもたらす公共財としなければなりません。「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推し進めます。
 この大きな方向性の下で、中国とも協力して(傍点筆者)、増大するアジアのインフラ需要に応えていきます。日本と中国は、地域の平和と繁栄に大きな責任を持つ、切っても切れない関係にあります。大局的な観点から、安定的に友好関係を発展させることで、国際社会の期待に応えてまいります。

 この発言はその後も国会審議や外交現場など様々な場面で使用され、繰り返し情報発信されてきたため、「政府見解」としてほぼ定着した感がある。筆者自身も基本的にはこれを額面どおりに受け止めれば良いものと考えているが、キーセンテンスの前後関係に留意しておかなければならないこともまた当然である。ここで枕詞として使われている「この大きな方向性の下で」の前文には、「航行の自由、法の支配」、「全ての人に分け隔てなく平和と繁栄をもたらす公共財」といったキーワードも散りばめられており、これは中国との協力は決して無条件にではなく、こうした国際社会のルールに従うことが大前提というのも自明であろう。これについて外務省HPでは例えば、昨年(2017年)7月に独ハンブルクで開催されたG20サミットに際しての日中首脳会談において、日中両首脳が「「一帯一路」を含め、日中両国が地域や世界の安定にどのように貢献していくか議論していくこと。」で一致したと記されているが、報道ではこれが「一帯一路」に「「条件付き」で協力すると伝えた」[10]とされているところである。そして、その条件とは、これに先立つ6月5日、安倍首相が東京都内での講演で「一帯一路」について、「透明で公正な調達や財政の健全性が保たれることが不可欠との認識を示したうえで、日本として「協力していきたい」との考えを示した。」[11]と報じてられているところであり、前述した施政方針演説におけるFOIPと中国との関係における安倍首相の言及も、基本的にはこれと同じ文脈において解されるべきものと筆者は考えている次第である。



[1] 20171026日、日本経済新聞。

[2] 山本吉宣「序章 インド太平洋概念をめぐって」『「アジア(特に南シナ海・インド洋)における安全保障秩序」研究報告書』日本国際問題研究所(20133月)6頁。

http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/H24_Asia_Security/introduction.pdf 2018120日アクセス。

なお、本報告書を含む日本国際問題研究所による一連の研究報告書は以下のとおり。

平成24年度外務省国際問題調査研究・提言事業「アジア(特に南シナ海・インド 洋)における安全保障秩序」研究報告書

平成25年度外務省外交・安全保障調査研究事業(総合事業)「『インド太平洋時代』の日本外交-Secondary Powers/Swing Statesへの対応-」研究報告

平成26年度外務省外交・安全保障調査研究事業(総合事業)「インド太平洋時代の日本外交スイング・ステーツへの対応」研究報告

平成27年度外務省外交・安全保障調査研究「インド太平洋における法の支配の課題と海洋安全保障『カントリー・プロファイル』研究報告(国際法研究会)

平成28年度外務省外交・安全保障調査研究「インド太平洋における法の支配の課題と海洋安全保障『カントリー・プロファイル』研究報告(地域研究会)

[3] 溜和敏「「インド太平洋」概念の普及過程」『国際安全保障』第43巻第1号(20156月)68-86頁。

[4] Rory Medcalf and Raoul Heinrichs, with Justin Jones, "Crisis and Confidence: Major Powers and Maritime Security in Indo-Pacific Asia,"Lowy Institute for International Policy, June 2011.

https://www.lowyinstitute.org/publications/crisis-and-confidence-major-powers-and-maritime-security-indo-pacific-asia 2018120日アクセス。

[5] Michael Auslin, Security in the Indo-Pacific Commons: Toward a Regional Strategy, American Enterprise Institute, 2010, pp.1-29

http://www.aei.org/wp-content/uploads/2011/10/AuslinReportWedDec152010.pdf 2018120日アクセス。

[6] David Scott, "The 'Indo-Pacific'-New Regional Formulations and New Maritime Frameworks for US-India Strategic Convergence," Asia-Pacific Review, Vol.19, No.2.2012, pp.85-109

[7] Hillary Clinton, "America's Pacific Century" Foreign Policy, October 11,2011.

[8] 田中美勝『日本の戦略外交』(ちくま新書、2017年)。FOIP策定へと至る一連の外交戦略に係る事項については、第2章から第4章を参照。

[9] Shinzo Abe, "Asia's Democratic Security Diamond" Project Syndicate, The World's Opinion Page, Dec 27,2012

[11] 201766日、朝日新聞。