5カ国防衛取極(FPDA)とアジア太平洋の海洋安全保障

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~防衛装備・技術面での日英協力の視点から~


永田伸吾,金沢大学 大学院人間社会環境研究科 客員研究員

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はじめに

 5カ国防衛取極(Five Power Defence Arrangements: FPDA)は、英国の「スエズ以東からの撤退」後のマレーシアとシンガポールの防衛を目的に、19714月に、英、豪、ニュージーランド、マレーシア、シンガポールのコモンウェルス諸国間で締結された防衛協力関係である。他方、アジア太平洋地域では、冷戦期以来の米国と同盟・パートナー国間のハブ・スポーク体制と、冷戦後の東南アジア諸国連合(Association of SouthEast Asian Nations: ASEAN)の地域協力枠組みが親和性を保ちながら、地域安全保障アーキテクチャの形成を促してきた。そのような中で、防衛協力関係としての位置付けが曖昧なFPDAは、当事者以外からはそれほど注目される存在ではなかった。

 しかし、FPDAは地道に役割を拡大し、2000年代に入ると東南アジアの安全保障で一定の役割を担う存在として注目されるようになった。またこの時期から、FPDAの役割を積極的に評価する学術的研究が出るようになった。例えば、デイモン・ブリストウ(Damon Bristow)とカーライル・セイヤー(Carlyle A. Thayer)は、それぞれ2000年代初頭から、FPDAがテロリズムや海賊対処、そして人道支援・災害救援(Humanitarian Assistance/Disaster Relief: HA/DR)など非伝統的安全保障面での役割を拡大していることに注目した[1]。また、ラルフ・エンマーズ(Ralf Emmers)は、東南アジア地域安全保障アーキテクチャの中で、FPDAをハブ・スポーク体制とASEANの地域協力枠組みを補完する「ミニラテラル(Mini-lateral)」な防衛協力関係と位置付けた[2]。そしてFPDA設立40周年に当たる2011年には、同年3月にシンガポールで開催されたシンポジウムの成果をもとに、FPDAの起源、有用性、将来についての包括的な研究成果であるFive Power Defence Arrangements at Fortyが刊行された[3]。同書も先行研究と同様の評価をする一方、2010年に発足した英国の保守・自由民主党連立政権が4年間で約8パーセントの防衛予算削減に乗り出したことから、将来的に英国の影響力が減少する可能性を指摘した[4]

 このように、FPDAは非伝統的安全保障面での役割を拡大する一方で、2000年代初頭から大規模な各種統合軍事演習を定例化するなど、伝統的安全保障面での役割も拡大している。さらに2010年代に入ると、イスラム国(Islamic State: IS)の台頭やウクライナ危機など、国際秩序に変容をもたらす事象が相次いだ。このような状況を受け、英国は防衛予算削減を見直し装備の更新に乗り出した。また南シナ海への中国の海洋進出の先鋭化は、欧州諸国のアジア太平洋地域の海洋安全保障への関心を高めることとなった。そして英国もFPDAの役割拡大のために、2020年代に新型空母をアジア太平洋地域に展開する方針を明らかにしている。同時に英国や豪州が、米国の南シナ海での「航行の自由作戦(Freedom of Navigation OperationFONOP)」への参加を検討するなど、FPDAは「ミニラテラル」な立場から海洋安全保障において米国を補完する動きを模索している。加えて英国以外のFPDA締約国も、哨戒機などの海洋安全保障に不可欠な装備の充実を図るなど、役割拡大への準備に余念がない[5]

 そして、これまで日本とはなじみの薄いFPDAであるが、後述するように安倍晋三首相が将来的な参加について言及するなど、今後日本との接点も増えることになると考えられる[6]。とくに近年日英間の防衛協力が進展し、英国もアジア太平洋地域での日英協力の可能性を模索している。日本も、20176月に実施した日・ASEAN乗艦協力プログラムで、空母型護衛艦「いずも」を南シナ海で航行させるなど、アジア太平洋地域の海洋安全保障における海上自衛隊のプレゼンスの向上に努めている。 

 このように日英両国は、シーパワーとしてアジア太平洋地域の海洋安全保障における軍事的プレゼンスの重要性の認識を共有している。とくに、20161月のドナルド・トランプ(Donald J. Trump)政権発足以降、米国の動向に不透明感が増す中で、日本が対英防衛協力をとおしFPDAの役割拡大に貢献することは、アジア太平洋地域安全保障アーキテクチャの補強にも繋がると考えられる。

 本稿は、FPDAのアジア太平洋地域の海洋安全保障での役割拡大の可能性について、現在進展中の防衛装備・技術面での日英協力の視点から検討する。FPDAがアジア太平洋地域の海洋安全保障で実質的な役割を果たすには、英国の新型空母など最新装備運用のための兵站・後方支援体制が不可欠である。他方で、財政制約下の英国にとって遠隔地での兵站・後方支援体制の確立は並大抵のことではない。そのため英軍はアジア太平洋地域への展開に際し、日本の防衛装備・技術面での支援に期待しているものと考えられる。まず第1節では、FPDAの設立と発展について、防空から海洋安全保障への領域拡大を中心に概観する。次に第2節では、1990年代末からの英国の防衛戦略におけるFPDAの位置付けについて、2020年代の新型空母のアジア太平洋地域への展開に焦点を当て検討する。そして第3節では、FPDAのアジア太平洋地域の海洋安全保障における役割拡大について、防衛装備・技術面での日英協力の可能性から検討する。

Ⅰ FPDAの設立と発展

1FPDAの設立

2次世界大戦後、英国は豪州やニュージーランドとマラヤ連邦の共産主義勢力に対処するため、ANZAM 協定を締結した。1957年にマラヤ連邦がコモンウェルスの一員として独立すると、英国は英・マラヤ防衛協定(Anglo-Malayan Defence Agreement: AMDA)を締結した(1963年のマレーシア成立後はAnglo-Malaysian Defence Agreement: AMDA に改称)。1965年の930事件を切っ掛けに、インドネシアは翌年にはマレーシアとの「対決政策(Konfrontasi)」に終止符を打ったが、マレーシアにとってインドネシアは依然として潜在的脅威であった。そして1968年に英国労働党政権は、1971年までの英軍のスエズ以東からの撤退方針を表明した。その後、1970年には保守党政権が誕生したものの、経済力の低下から、英国が欧州防衛に注力する方針は不可逆的なものとなっていた。マレーシアとシンガポールの防衛のため、AMDAにかわる防衛協力関係の構築を迫られた英国は、19714月にロンドンでFPDAを締結した。9月にはマレーシアのバターワース空軍基地に司令部となる統合防空システム(Integrated Air Defence System: IADS)を設置し、11月にはAMDAを置き換える形でFPDAが発効した。しかし、シンガポールが19658月にマレーシアから追い出される形で独立したという経緯から、翌12月に両国がそれぞれ個別に他の3カ国と取極を結ぶという変則的な防衛協力関係となった。また、FPDAは、両国または一方が攻撃および脅威にさらされた場合に締約国が講じる手段を「速やかに協議する」ものと定めており、外部から攻撃を受けた場合に自動的に関与するAMDAよりも後退した内容となっていた[7]。その意味でFPDAは本格的な軍事同盟とは言い難かった。実際、設立から10年ほどは締約国の国防相が会合することはなかった。また英国は、実質的に両国の防空を豪空軍に委ねるなど、英国の存在感は相対的に薄いものであった。

2FPDAの発展と各種軍事演習

 以上のように設立後10年ほどは目立った役割を果たさなかったFPDAであるが、国際環境の変化に柔軟に対応しながら発展してきた[8]。まずFPDAは、マレーシアとシンガポールの防衛力向上に加え、両国の信頼醸成に貢献した。また、設立当時には「仮想敵」であったインドネシアが、ASEANの「盟主」として地域の安定に不可欠な存在に変貌するなど、ASEAN原加盟国であるマレーシアとシンガポールを取り巻く環境も大きく変化した。そして5カ国は全て米国の同盟・パートナー国でもあることから、FPDAは冷戦後、ハブ・スポーク体制とASEANの地域協力枠組みを補完する「ミニラテラル」な防衛協力関係として、アジア太平洋地域安全保障アーキテクチャの中で重要な役割を果たしている。さらにFPDAは国際環境の変化にあわせ、防空だけでなく陸海へもその領域を拡大している。そのため、本節では、各種軍事演習の実施を中心にFPDAの領域拡大について概観する。その際、本稿の趣旨から海洋安全保障に関連する演習に注目する[9]

 IADSの設置にみられるように、設立時のFPDAの役割は防空であった。そのため1972年以降、FPDAは年次防空演習(Air Defence Exercises: ADEX)を実施した。しかし、米ソ新冷戦の東南アジアへの波及を受け、1981年から陸上演習Ex Platypusと海上演習Ex Starfishを実施することで陸海にもその領域を広げた[10]。そして、英国がFPDAに積極的な関与の姿勢を見せるのも、1980年代からであった。当時はシンガポールやマレーシアからFPDAの実効性に疑問が呈されることもあった[11]。しかし、ソ連海軍が1970年代末からヴェトナムのカムラン湾に拠点を置いていたため、英、豪、ニュージーランドは、FPDAを活用することでマラッカ海峡やインド洋でのソ連海軍の行動を監視した。その中心的活動は1981年からバターワースを拠点とした豪軍のP-3C哨戒機による哨戒活動 Operation Gatewayであった[12]。さらにFPDAは、1980年代半ばから海洋軍事演習を積極的に実施し、19889月には大規模海洋軍事演習であるEx Lima Bersatuを実施した。英国はこの演習に、軽空母アーク・ロイヤル(HMS Ark Royal)を派遣することでFPDAに貢献する姿勢を示した[13]。アーク・ロイヤルは、フォークランド紛争で英国を勝利に導いたインヴィンシブル(HMS Invincible)の同級艦で、当時の英軍の遠方展開能力を担保する装備であった。

 そして同年夏には、締約国の国防相が会合し、参謀長会議(FPDA Defence Chief Conference: FDCC)を2年毎に、また国防相会合(FPDA Defence Ministers Meeting: FDMM)を3年毎に開催することを決めた。1991年に初めて開催されたFDMMでは空海演習の一体化が議論され、1997年にはADEXEx Starfishを統合した空海合同演習Ex Flying Fishを実施した。当初Ex Starfishは対水上戦に特化した演習であったが、次第に対空戦(Anti-Aircraft Warfare: AAW)も含むようになった。そしてEx Flying Fishでは、対潜戦(Anti-Submarine Warfare: ASW)も含むまでに発展した[14]

 2000年の第4FDMMでは領域の拡大を反映し、防空司令部である IADSも統合領域防衛システム(Integrated Area Defence System: IADS)に改編された。そしてFPDAは、2004年には統合演習であるEx Bersama Lima 04を実施した。Ex Bersama Limaには多数の航空機、艦艇、潜水艦、防空システムと3000人規模の要員が参加し、各種FPDA演習の中で最大規模のものとして今日まで継続されている。さらにFPDAは、同年から南シナ海での統合海洋軍事演習であるEx Bersama Shield を実施している。Ex Bersama Lima同様、Ex Bersama Shieldも多数の艦艇と航空機を要する大規模演習であり、英、豪、ニュージーランドにとっては先進兵器の運用に加え、熱帯環境下での作戦経験を得るための貴重な演習と位置付けられている[15]

Ⅱ FPDAの役割拡大と英新型空母のアジア展開

 「海洋の自由」は、フーゴー・グロティウス(Hugo Grotius)の『自由海論』に由来する国際法の原則であることにみられるように、欧州が慣習として積み上げてきたものである。そして現在、欧州によるアジア太平洋地域の海洋安全保障への関与については、日本主導で構築された、アジア海賊対策地域協力協定(Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia: ReCAAP)にノルウェー、オランダ、デンマーク、英国が締約国として参加している。

 他方で、欧州には、南シナ海という世界最大の海上交通路(Sea Lines of Communication: SLOC)を有するアジア太平洋地域の海洋安全保障の重要性にもかかわらず、そこで中心的役割を果たしていないことへの焦りが存在する[16]。さらに中国の南シナ海領有化問題について、20167月にハーグの常設仲裁裁判所が下した判決を中国が無視したことを受け、欧州ではアジア太平洋地域での実効性のある海洋安全保障の実現には、条約や規範のみならず軍事的プレゼンスの重要性も一層認識されるようになった[17]

 欧州諸国の中で、アジア太平洋地域での軍事的プレゼンスで大きな役割を果たすのは、英仏2大海軍国であることは衆目の一致するところである。これについては、アジア太平洋地域にはFPDAという条約上のコミットメントにとどまっている英国に対し、フランスの方が南太平洋やインド洋に存在する領土と排他的経済水域(Exclusive Economic Zone: EEZ)の防衛を必要とすることから、より切実度が高いとの指摘がある[18]

 それにもかかわらず、英国はこれまでFPDAへの関与継続を表明してきた。その理由としては、まず、アジア太平洋地域の安全保障の一義的担い手であり英国同様シーパワーである米国との特別な関係が考えられる。さらに、そもそもFPDAを生み出すことになった「スエズ以東からの撤退」政策を、「東南アジア地域に自国の影響力を残し、同盟国との関係を維持し、その上でこの地域の安定や平和を実現するため」という、英国の長期的な東南アジア戦略の一環と位置付ける永野隆行の指摘も重要な理由の1つに考えられよう[19]。そして、フランス同様、国連常任理国であり核保有国である英国がFPDAに関与することの政治的影響力はやはり無視しえないのである[20]

 英国は、1998年に策定された「戦略防衛見直し(Strategic Defence Review: SDR)」の中で遠方展開能力の拡大を掲げるとともに、FPDAへの関与継続を明らかにした[21]。その後、4年間で約8パーセントの防衛予算削減に乗り出した保守・自由民主党連立政権下で2010年に策定された「戦略防衛・安全保障見直し(Strategic Defence and Security Review: SDSR)」ではFPDAへの論及はなかった[22]。しかし、2015年に策定されたSDSRでは防衛予算削減が見直され、今後10年間で1780億ポンドを装備関連に費やすことが明記された[23]。またFPDAについては「〔東南アジア〕地域の平和と安全保障への我国のコミットメントの重要な要素である。我国は、とくに新型空母の参加を含む演習、合同訓練をとおして貢献を増大し、〔各締約国との〕強力な二国間防衛関係に力を与えることを継続する」〔括弧内引用者〕と明記された[24]

 2015年のSDSRで言及された新型空母は、元々1998年のSDRで、英軍の遠方展開能力を担保する装備として2隻の導入が計画されたものである。1番艦の名称からクイーン・エリザベス級と称される新型空母は、1番艦のクイーン・エリザベス(HMS Queen Elizabeth)が2021年の戦力化を目指して20176月下旬から海上公試を開始し、2番艦のプリンス・オブ・ウェールズ(HMS Prince of Wales)は現在建造中である。満載排水量約65000トンの新型空母は英国史上最大の艦艇でもあり、そのプレゼンス効果は非常に高いものと考えられる。加えて、指揮、統制、通信、コンピュータ、情報、監視、偵察(Command, Control, Communication, Computer, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance: C4ISR)に優れた5世代戦闘機F-35Bを約30機搭載することで、FONOPのような監視任務で真価を発揮するものと考えられる。他方で、財政上の理由から常時実働態勢におかれるのは1隻で、もう1隻は予備状態に置かれる予定である[25]

 そして南シナ海での中国の海洋進出が先鋭化する中で、英国は2015年のSDSRの内容を裏付けるように、新型空母の展開を軸にFPDAの役割拡大を示唆するようになった。マイケル・ファロン(Michael Fallon)国防相は、201664日に第15回アジア安全保障会議と並行して開催された非公式FDMMの際に、FPDAの一層の役割拡大のため新型空母を2020年代にアジア太平洋地域に展開する意向を明らかにした[26]2016121日には、ワシントンで、ヘリテージ財団主催の米国と日英との同盟に関するシンポジウムが開催された。これに参加したキム・ダロック(Kim Darroch)駐米英国大使も、2020年代以降の新型空母のアジア太平洋地域への展開に言及することで、英国のFONOPへの関与を示唆した[27]。さらにボリス・ジョンソン(Boris Johnson)外相も豪州訪問中の2017727日に行った演説で、新型空母の最初の任務の1つがマッラカ海峡の航行であることに言及しながら、軍事的プレゼンスを含むアジア太平洋地域への関与を明言した[28]

 また、ファロン国防相は、20161215日に訪英したアシュトン・カーター(Ashton B. Carter)米国防長官(当時)と、2021年に予定されているクイーン・エリザベスの初の海外展開では米海兵隊のF-35Bを運用し9カ月間の作戦任務にあたらせることで合意した[29]。この時の両者の主な協議内容はISへの対処であった。しかし中東におけるISの勢力は急速に衰えており、中東に空母を9カ月間も展開する軍事的合理性は少ないと考えられる。他方、米海兵隊のF-35Bを運用することについては、予算上の問題から、英軍のF-35Bの運用体制確立が2021年予定のクイーン・エリザベスの戦列化に間に合わないことが理由であった[30]。米海兵隊は20157月にF-35Bの初期作戦能力(Initial Operational Capability: IOC)取得を宣言し、20171月から初の海外展開先である日本の岩国基地での運用を開始した。そのため2021年までにアジア太平洋地域での運用経験を十分に積んでいると考えられる。

 以上の、新型空母のアジア太平洋地域への展開をめぐる政府高官の相次ぐ発言は、英国がアジア太平洋地域の安定と影響力確保の手段として、戦略資産である新型空母を重要視していることの証左といえる[31]。さらにアジア太平洋地域での米海兵隊のF-35Bの運用経験に加え、2021年はFPDA設立50周年にあたることから、同年予定のクイーン・エリザベスの初の海外展開は主にアジア太平洋地域を想定したものと考えるのが妥当であろう。

 FPDAの南シナ海の海洋安全保障への関与の姿勢は各種演習にも反映されている。設立45周年の201610月上旬から下旬にかけて、シンガポールが主催した年次統合演習Ex Bersama Lima 16では、中国の海洋進出を念頭に南シナ海での機動演習が実施された[32]。同演習には、3000人以上の要員と航空機71機、艦艇11隻、潜水艦1隻、5個高射部隊などが参加し、英国は8機のタイフーン戦闘機、海兵隊、司令部要員を派遣した。またFPDAは、20174月下旬から5月上旬にかけて海洋軍事演習であるBersama Shield 17 を実施し締約国間の相互運用性の向上を図った。そして201762日開催の第10FDMMの共同声明では、両演習が成功裡に実施されたことを称賛し、関係者に2021年の設立50周年にむけて協働することを命じた[33]2015年のSDSRで、英国は将来的にFPDAの演習に新型空母を派遣することを明記したが、後述するように、2020年代以降は各締約国も新装備を投入することで、演習の内容も南シナ海の海洋安全保障を一層意識したものになると考えられる。

Ⅲ 日英防衛装備・技術協力とFPDA

 201610月下旬から11月上旬にかけて航空自衛隊と英空軍の初の合同訓練Ex Guardian North 16が三沢基地で実施され、英国からはEx Bersama Lima 16に参加したタイフーン戦闘機(4機)が参加した。ダロック駐米大使は上記シンポジウムで、タイフーンが日本からの帰路南シナ海上空を通過することにも言及することで、アジア太平洋地域の海洋安全保障における日英協力の必要性を示唆した[34]。南シナ海の海洋安全保障は日本の安全保障に直結するものであることは論をまたない。また後述するように日英の防衛協力関係が進展する中で、日本に可能なFPDAへの関与の在り方にはどのようなものが考えられようか。

 アジア太平洋地域での日英連携については、既に201212月に、元駐日英国大使館付海軍武官のサイモン・チェルトン(Simon Chelton)が、日本がFPDAのオブザーバーの地位を得る可能性に加え、装備・技術面での協力拡大の必要性を指摘している[35]

 まず、日本のFPDAのオブザーバー的地位についてであるが、201212月に安倍晋三首相が「プロジェクト・シンジケート」への寄稿論文「アジアの民主的な安全保障ダイヤモンド」[36]の中でFPDAへの参加を望んでいることを明言した[37]。そして20178月のテリーザ・メイ(Theresa M. May)首相の訪日の際に発表された「安全保障に関する日英共同宣言」では、「日本は、五か国防衛取極(FPDA)を通じたアジア太平洋地域の安全保障に対する英国のコミットメントを歓迎する」ことが明記された[38]

 他方、上述のように、2010年の防衛予算削減にともなう哨戒機や艦艇などの英軍の装備削減が、FPDAの将来に一抹の不安を与えたことに鑑みれば、FPDAの一層の役割拡大には充実した装備が不可欠である。そのため、チェルトンの指摘どおり日本の対英協力も装備・技術面での拡大が急務であると考えられる。日英の装備・技術面での協力については、既に20137月に、防衛装備品等の共同開発等に係る枠組みが署名されるなど着実な進展を見せている。代表的なものとして、20147月に締結された、統合新型空対空ミサイル(Joint New Air-to-Air Missile: JNAAM)の共同研究がある。これは、ダクテッド・ロケットの採用により長射程と広い回避不能領域を誇るMeteor空対空ミサイルに、アクティブ・フェイズドアレイ・レーダーの採用により命中精度に優れる航空自衛隊の99式空対空誘導弾(B)AAM-4B)のシーカー部を統合した新型空対空ミサイルの実現可能性についての研究である。同研究は20161月から第2段階に移行しており、これが実現すれば両国のF-35の性能と相互運用性の向上に大きく寄与する[39]

 そして20171月には、日本は英国との物品役務相互提供協定(Acquisition and Cross-Servicing Agreement: ACSA)に署名した。クイーン・エリザベスの初の海外展開は9カ月間の長期を予定しており、しかも上述のようにアジア太平洋地域への展開の可能性が高い。その場合英軍は、シンガポールのチャンギ軍港を拠点にすると考えられる。いずれにしても英本土からの「距離の専制(Tyranny of Distance)」下での長期の作戦となるため兵站・後方支援体制の確立が重要になる。他方で、海上自衛隊との合同訓練実施の可能性も十分考えられることから、日本もACSAに基づき英国を支援すると考えられる[40]。とくにF-35Bの運用については、日英ACSA付表中の「区分」に「(航空機等の)部品・構成品」も含まれることから[41]、その適用対象になると考えられる。またF-35のユーザーはALGSAutonomic Logistics Global Sustainment)という国際的兵站・後方支援体制の管理下で部品の供給を受ける。日本はF-35Aの導入に際し、アジア太平洋地域で唯一の最終組み立て・検査(Final Assembly and Checkout: FACO)施設を設置した。そのため英軍のF-35Bの稼働率維持にも、ALGSの枠組みでFACOを有する日本が大きな貢献をすると考えられる。さらに日本は豪州とともにF-35のアジア太平洋地域での国際整備拠点(Maintenance, Repair, Overhaul and Upgrade: MRO&U)の1つとなることから、英軍のF-35Bの重整備を担当する可能性がある。実際、「安全保障協力に関する日英共同宣言」でも、「日本は、今後あり得べき英国の空母の展開といった陸海空軍の派遣を通じたものを含む、アジア太平洋地域への英国の安全保障面での関与の強化を歓迎する」〔下線引用者〕ことに加え、「日英両国は、最近締結された物品役務相互提供協定(ACSA)に基づき、後方支援、技術支援及び専門的な支援の相互提供に関する協力を強化する」ことが明記されたように[42]、英国のアジア太平洋地域での軍事的プレゼンスは日本の兵站・後方支援を前提としたものであることが窺える。

 他方、英国の新型空母にとどまらず、FPDA締約国は、その役割拡大に備え積極的に南シナ海の海洋安全保障に必要な装備の導入を進めている。英国は、20116月に退役したニムロッド哨戒機の後継機として、201510月に米国からP-8A哨戒機の導入を決定した。豪州はF-35Aの導入に加え、20173月からAP-3Cの後継機であるP-8Aの運用を開始した。ニュージーランドは2016年の国防白書でFPDAへの関与継続を明記した[43]。そして現在、P-3K哨戒機の後継機の選定作業中で、ここでもP-8Aが有力な候補とされている。マレーシアについては、日本が中古のP-3C哨戒機を無償供与する可能性が報道で指摘されている[44]。シンガポールはF-35開発プログラムの保全協力パートナー国であり、将来的に同機の導入が有力視されている。その場合も、日本も豪州とともに同国のF-35の重整備を担当することでFPDAの支援に関与する可能性がある。

 設立当初、FPDAの「主力」は豪空軍のミラージュⅢ戦闘機であった。ミラージュⅢはフランス製であったが、1980年代から米国製のF/A-18戦闘機に「主力」が移っていった。そして現在、F-35P-8AなどFPDA締約国が導入を進めている最新装備の多くも米国製である。このことは締約国間の相互運用性の向上に加え、自衛隊との相互運用性の向上にも繋がると考えられる。さらに、「ミニラテラル」な防衛協力関係であるFPDAのハブ・スポーク体制補完機能を一層強化することにも繋がると考えられる[45]

おわりに

 最後に、これまでの議論を踏まえ、FPDAの役割拡大をめぐる日英協力の可能性と課題について検討する。

 まず、地政学的にみれば、ランドパワーである中国の南シナ海への海洋進出に際し、シーパワーとしてユーラシア大陸の両端に位置する日英が連携することで、FONOPなど海洋安全保障における米国の役割を補完することは高い戦略的合理性があるといえる。また、日本は日米同盟という国際公共財を提供し、かつASEANとも歴史的に深い関係を維持している。このことは、 アジア太平洋地域安全保障アーキテクチャにおいて、日本の安全保障政策と、米国のハブ・スポーク体制とASEANの地域協力枠組みを補完する「ミニラテラル」な防衛協力関係であるFPDAとの親和性が高いことを意味する。そしてこれまで検討したように、日本が防衛装備・技術面での対英協力をとおし、FPDAのアジア太平洋地域の海洋安全保障における役割拡大に貢献できる可能性は高いと考えられる。

 ただし、課題も存在する。英国は2015年のSDSR以降、装備への支出を増やしたとはいえ依然財政制約下にあり、英国会計検査院も「技術的問題」からクイーン・エリザベスの戦力化の遅延やコスト上昇などのリスクを指摘している[46]。また、英国はEUを離脱する方針とはいえ、北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization: NATO)の主要国として欧州の安全保障に責任を負っている。その欧州であるが、現在ロシアというランドパワーからの地政学的挑戦に直面している。シーパワーである英国にとってランドパワーであるロシアとの対峙は宿命ともいえるものであり、今後の欧ロ関係の展開によっては、英国もFPDAの役割拡大よりも欧州の対ロ防衛を優先する可能性も否定できない[47]。このように英国のアジア太平洋地域の海洋安全保障への関与には不安定要素も依然存在するのである。


[1] Damon Bristow, "The Five Power Defence Arrangements: Southeast Asia's Unknown Reginal Security Organization," Contemporary Southeast Asia, Vo.27, No.1, 2005; Carlyle A. Thayer, "The Five Power Defence Arrangements: The Quiet Achiever," Security Challenges, Vo.3, No.1, 2007.

[2] Ralf Emmers, The Role of the Five Power Defence Arrangements in the Southeast Asia Security Architecture, (RSIS Working Paper No.195), April 20, 2010.

[3] Ian Storey, Ralf Emmers, Daljit Singh, eds., Five Power Defence Arrangements at Forty, (Singapore: ISEAS Publishing, 2011).

[4] Sam Bateman, "The FPDA's Contribution to Regional Security: The Maritime Dimension," in Storey, Emmers, Singh, eds., Five Power Defence Arrangements at Forty, p.79.

[5] Tim Huxley, "Developing the Five Power Defence Arrangements," The Strait Times, June 1, 2017. [http://www.straitstimes.com/opinion/developing­the­five­power­defence­arrangements]201765日アクセス)

[6] 以下の論考は、FPDAの概要を日本社会(自衛隊も含む)に紹介するため、FPDAについての海外軍事雑誌記事を抄訳したものである。海外部会「5か国防衛取決め(FPDA):変化する戦略ドメインへの適合」『陸戦研究』平成269月号(20149月)。

[7] Ralf Emmers, "The Role of the Five Power Defence Arrangements in Southeast Asian Security Architecture," in William T. Tow and Brendan Taylar, eds., Bilateralism, Multilateralism and Asia-Pacific Security: Contending Cooperations (London: Routledge, 2013), p.89.

[8] Ralf Emmers, "The Five Power Defence Arrangements and Defense Diplomacy in Southeast Asia," Asian Security, Vol.8, No.3, 2012, pp.283-284.

[9] 2010年頃までの機構の発展や演習の拡大の詳細については以下を参照。Carlyle A. Thayer, "The Five Power Defence Arrangements Exercises and Reginal Security, 2004-10," in Storey, Emmers, Singh, eds., Five Power Defence Arrangements at Forty; Thayer, "The Five Power Defence Arrangements," pp.82-88; 海外部会「5か国防衛取決め」58~60頁。

[10] その後Ex Platypusは、締約国の頭文字からEx Suman Warrior と改称し今日に至る。

[11] Thayer, "The Five Power Defence Arrangements," p.85.

[12] Bateman, "The FPDA's Contribution to Reginal Security," p.71.

[13] Thayer, "The Five Power Defence Arrangements," p.86.

[14] Bateman, "The FPDA's Contribution to Reginal Security," pp.69-70.

[15] Thayer, "The Five Power Defence Arrangements Exercises and Reginal Security, 2004-10," p.56.

[16] Jonas Parello-Plesner, "What is Europe's Role in Asia-Pacific?" European Council on Foreign Relations, March 11, 2013.

[http://www.ecfr.eu/article/commentary_what_is_europes_role_in_asia_pacific]2017714日アクセス)

[17] Dave Andre, "The Asia Pacific and Europe's Maritime Security Strategy," Center for International Maritime Security, March 29, 2017. [http://cimsec.org/asia-pacific-europes-maritime-security-strategy/31665]2017427日アクセス)

[18] 鶴岡路人「日英、日仏の安全保障・防衛協力:日本のパートナーとしての英仏比較」『防衛研究所紀要』第19巻第1号(201612月)、177頁。

[19] 永野隆行「イギリスの東南アジアへの戦略的関与と英軍のスエズ以東撤退問題」『獨協大学英語研究』第53号(20013月)、47頁。

[20] Tim Huxley, "The Future of the FPDA in an Evolving Reginal Strategic Environment," in Storey, Emmers, Singh, eds., Five Power Defence Arrangements at Forty, p.120.

[21]Strategic Defence Review, HM Government, July 1998, chap.3, para.51.

[22] FPDAについては巻末の略語一覧に登場しただけである。しかも「Five Powers Defence Agreement」〔下線引用者〕と誤記されている。Securing Britain in an Age of Uncertainty: The Strategic Defence and Security Review, HM Government, October 2010, p.74.

[23] National Security Strategy and Strategic Defence and Security Review 2015: A Secure and Prosperous United Kingdom, HM Government, November 2015, p.27.

[24] Ibid., p.59.

[25] 大塚好古「公試近い英STOVL空母『クイーン・エリザベス』」『世界の艦船』第863号(20178月特大号)、107頁。

[26] Jermyn Chow, "Five Power Defence Arrangements 'More Necessary than Ever' for Regional Stability: UK Defence Chief Fallon," The Strait Times, June 4, 2016. [http://www.straitstimes.com/asia/se-asia/five-power-defence-arrangements-more-necessary-than-ever-for-regional-stability-uk]2016427日アクセス)

[27] The Value of Strong Alliances: Looking at U.S. Alliances with the United Kingdom and Japan, in Washington D.C., December 1, 2016. [http://www1.heritage.org/events/2016/12/us-uk-japan]2016427日アクセス)

[28] Speech by Secretary Johnson, Foreign Secretary Keynote Speech at the Lowy Institute, July 27, 2017. [https://www.gov.uk/government/speeches/foreign-secretary-keynote-speech-at-the-lowy-institute]2017728日アクセス)

[29] Beginning of The End for Daesh as Coalition Opens Second Front, December 15, 2016. [https://www.gov.uk/government/news/beginning-of-the-end-for-daesh-as-coalition-opens-second-front]2017624日アクセス)

[30] 大塚「公試近い英STOVL空母『クイーン・エリザベス』」105頁。;Gareth Jennings, "Fallon Confirms USMC F-35s to Join Maiden Deployment of HMS Queen Elizabeth," Jane's 360, December 16, 2016. [http://www.janes.com/article/66308/fallon-confirms-usmc-f-35s-to-join-maiden-deployment-of-hms-queen-elizabeth]2017717日アクセス)

[31] クイーン・エリザベス級にとってHA/DRも重要な任務である。歯科を含む各種手術に24時間対応可能な医療設備を完備し、必要に応じて医療区画を容易に拡大できるという。大塚、同上論説、104頁。大規模自然災害が頻発するアジア太平洋地域では重要な機能である。

[32] Guest Contributor, "Latest News from Defence," Defence News, October 28, 2016. [http://www.governmentnews.com.au/2016/10/25415/]2016428日アクセス)

[33] Joint Ministerial Statement, 10th Five Power Defence Arrangements Minister's Meeting in Singapore, June 2, 2017. 但し、総選挙を控えていたファロン国防相は欠席した。

[34] 実際は日本での演習終了後、11月上旬から中旬にかけて韓国の烏山空軍基地で実施された初の韓米英合同訓練 Ex Invincible Shield に参加している。

[35] サイモン・チェルトン「安保の憂い濃い日本 英国の力は有効 海でつながる連携へ」『WEDGE Infinity20121221日。[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2453]2016427日アクセス)

[36] Shinzo Abe, "Asia's Democratic Security Diamond," Project Syndicate, December 27, 2012. [https://www.project-syndicate.org/commentary/a-strategic-alliance-for-japan-and-india-by-shinzo-abe?barrier=accessreg] 2017622日アクセス)

[37] 秋元千秋「ユーラシア大陸をまたぐ日英同盟の再構築を」『外交』第20号(20137月)67頁;秋元千秋『戦略の地政学:ランドパワーVSシーパワー』ウェッジ、2017年、234~235頁。

[38]「安全保障協力に関する日英共同宣言(仮訳)」2017831日、2頁。

[39] 英国側からの評価として、日本はエレクトロニクス分野やレーダー産業の面で強みがある。トレバー・テイラー「第6章 日英防衛装備協力の展望」ジョナサン・アイル、鶴岡路人、エドワード・シュワーク編『グローバル安全保障のためのパートナー :日英防衛・安全保障関係の新たな方向(国際共同研究シリーズ12)』英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)・防衛省防衛研究所、2015年、82頁。また、JNAAMについては、両国が共同でF-35への統合をロッキード・マーティン社に交渉する可能性があるとしている。同論文、91頁。

[40] 将来的には英新型空母が横須賀などに定期的に寄港する可能性も高いとされる。秋元『戦略の地政学』269頁。

[41]「日本国の自衛隊とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の軍隊との間における物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国政府との間の協定」2017126日、9頁。

[42]「安全保障協力に関する日英共同宣言(仮訳)」2017831日、2頁。

[43] Defence White Paper 2016, NZ Government, June 2016, p.34.

[44]「哨戒機 無償供与へ:政府、マレーシアに 中国をけん制」『日本経済新聞』201755日(1面)。

[45] 米国は、FPDAの設立に際し積極的に関与した。Daniel Wei Boon Chua, "America's Role in the Five Power Defence Arrangements: Anglo-American Power Transition in South-East Asia, 1967-1971," The International History Review, October 17, 2016. [http://dx.doi.org/10.1080/07075332.2016.1241952]

[46] Tim Ripley, "Strategic Risks Remain for UK Carrier Strike," Jane's 360, March 2, 2017. [http://www.janes.com/article/68812/strategic-risks-remain-for-uk-carrier-strike]2017712日アクセス)

[47] ロシアが2018年から開始する「2025年までの国家装備プログラム(GPV-2025)」では、米ロ関係の悪化や欧州での軍事的緊張を受け、陸軍重視の方針に大枠が固まった。小泉悠「ロシアの新軍備計画固まる、欧州軍事危機を反映し、陸軍重視へ」『WEDGE Infinity2017724日。[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10185](2017727日アクセス)