はじめに
フランスのマクロン大統領は2026年3月2日、同国北西部にあり、核弾頭搭載可能な原子力潜水艦の基地となっているロング島において、核抑止に関する演説を行い、同国の核弾頭数を増強すると表明した[1]。
フランスでは大統領が任期中に同島において、核抑止に関する基本原則を演説することが通例となっている。マクロン大統領にとっては1期目の2020年2月以来、2度目である。今回は6年前と比較し、ウクライナに軍事侵攻したロシアが欧州にとって最も脅威になったと強調した。さらに、米ロ間で唯一有効だった新戦略兵器削減条約(新START)が2026年2月に失効するなど[2]、国際的な核秩序の崩壊を指摘し、フランスが核弾頭を増強して抑止力を高めることで欧州同盟国の安全保障を強化する「先進的抑止」(dissuasion avancée)を構築するとしている。
新START失効により、核弾頭数や核の運搬手段を規制する拘束力を持つ米ロ両国間の枠組みが消滅した直後に、フランスが核戦力増強を表明したことは、核軍拡競争の引き金になりかねない。5年に1度開催される核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議の直前でもあり、同会議への影響も避けられそうにない。
本稿では、マクロン大統領の演説から「先進的抑止」がどのような考えであるか、それに至ったフランスの脅威認識、核戦力増強へのフランスの能力の順に分析し、最後に国際的な軍備管理に与える影響を考察する。

「先進的抑止」とは何か
演説で構想が示された「先進的抑止」は、同盟国の協力とフランスによる核戦力増強が2本柱である。構想には、ドイツ、イギリス、ポーランド、スウェーデンなど欧州8か国が参加する。中核は仏独両国と明言され、演説当日、ドイツのメルツ首相との共同宣言も発出した。その中で、通常戦力の効果的な連携、ミサイル防衛を含め2国間でハイレベル核運営グループを設置することで合意している[3]。
一方で、「先進的抑止」は段階的に構築するもので、その一環として、まずは核抑止に関わる演習に参加する機会を同盟国に提供するとしている。そのため、北大西洋条約機構(NATO)において米国が核共有[4]の形で提供する抑止力を補完するもので、代替するものではないと強調している。ド・ゴール大統領以来、フランスは欧州自立への意志、米国関与の持続性に対する疑念が強く、NATOの核共有の枠組みには参加していない[5]。「先進的抑止」の構築は、フランスがこだわってきた欧州自立への一歩と言えるが、米国の関与が引き続き必要であることも演説から読み取れる。
それでは、フランスはどのような核弾頭をどの程度増やすのか。現状、フランス核戦力のロシアに対する劣後は一目瞭然である(表1参照)。数量で遠く及ばず、運搬手段でも、ロシアが核の3本柱と呼ばれる地上配備型の大陸間弾道弾(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機をそろえるのに対し、フランスはICBMを廃止している。NATOの核共有においては冷戦時代、地上配備もされていたが、現在は戦略爆撃機に搭載する核弾頭が100発程度配備されているのみである[6]。「先進的抑止」に参加するイギリスの核戦力を加味しても、フランスと同様にICBMはなく[7]、劣勢を覆すに至らない。
表 1:各国の核弾頭数(2025年6月1日現在)
| 国名 | 現役核弾頭 | 作戦配備 | 非配備・貯蔵 | 解体待ち | 総数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 米国 | 3,708 | 1,770 | 1,938 | 1,336 | 5,044 |
| ロシア | 4,380 | 1,710 | 2,670 | 1,200 | 5,580 |
| 中国 | 500 | 0 | 500 | 0 | 500 |
| 英国 | 225 | 120 | 105 | 0 | 225 |
| フランス | 290 | 280 | 10 | 0 | 290 |
出典:長崎大学核兵器廃絶研究センター「世界の核弾頭一覧」2025年6月4日を参照して筆者作成。
演説では、どのような核弾頭をどれほど増強するかは公表しないとした。しかしながら、戦闘兵器として戦場で使用される核兵器保有を否定しており[8]、敵国の戦略的目標を破壊するために使用される高威力の核兵器(戦略核)を増強するとみられる。また、敵国による予測を複雑にするため参加国に核搭載型の戦略爆撃機を展開する可能性に言及しているため[9]、爆撃機搭載型の核弾頭増強を優先する可能性が高い。
核共有との違いについては、フランスの死活的利益を決める権限はフランス大統領のみに帰属すること[10]、「同盟国の利益を考慮するが、核使用の閾(しきい)値を超えるという責任をフランスは常に単独で負う」ことを明言し[11]、意思決定の不可分性に求めている。
フランスの脅威認識
「先進的抑止」構想に至るフランスの脅威認識はロシアの現状、米国の変容に対する懸念、国際的な核の軍備管理の大幅な後退を反映している。ロシアによるウクライナへの侵攻は、ロシアの歴史修正主義、帝国主義に基づいていると分析し、新たな核開発の加速への懸念も示したうえで、欧州に対する最も直接的な脅威と位置付けた[12]。
写真:核弾頭の増強を表明するマクロン大統領の演説
米国については相反する評価が示された。NATOを通じて、核抑止力を提供し欧州防衛に中枢の役割を果たしていると評価しつつ、近年の変化に言及した。2025年11月以降相次いで発表された米国の「国家安全保障戦略」および「国家防衛戦略」を引用し、欧州が自らの安全保障により大きな責任を負うよう求められていると述べた[13]。演説の終盤には、米国を名指ししない形で「欧州諸国は長らく、自らの安全を第三者が過去に策定したルールに委ねることに慣れていた(中略)私たちは、新たな規範の体系を再構築しなければならない」[14]と訴えている。
国際的な核の軍備管理体制に関する言及は悲観で染められた。2000年以降の弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)、中距離核戦力全廃条約(INF条約)、新STARTの失効など具体例を次々と挙げた。さらに、中国が米国に対する核戦力均衡の達成に躍起になり、いかなる形の軍備管理交渉にも応じていないと非難し、「規範の世界は廃墟と化した」とまで表現した[15]。対照的に、フランスの取り組みは地上配備核戦力の解体、ウラン濃縮施設の廃止に加え、いかなる軍拡競争も常に拒否してきたとして模範的なものだったと総括した[16]。
核戦力増強へのフランスの能力
今回の演説で示された通り、フランスは今後核開発を進めていくと思われるが、実際にフランスが核戦力を増強するのに十分な能力を備えているのだろうか。
現代の戦略核は核融合を利用した兵器(いわゆる水素爆弾)であり、小型の原爆を起爆装置に使用し、トリチウムなどによる核融合で巨大な爆発を引き起こす[17]。そのため、プルトニウム、トリチウムの保有は核兵器製造に不可欠である。国際核分裂物質パネル(IPFM)によると、2024年1月現在、フランスの軍事用プルトニウム保有量は6トン±1(表2)で、中国やイギリスを上回る。
表 2:各国のプルトニウム保有量
| 国名 | プルトニウム保有量(単位:t) | 軍事転用可能なプルトニウム量(単位:t) |
|---|---|---|
| ロシア | 193 | 88±8 |
| 米国 | 87.6 | 38.4 |
| イギリス | 120 | 3.2 |
| フランス | 102 | 6±1 |
| 中国 | 3 | 2.9±0.6 |
| パキスタン | 0.58 | 0.58±0.2 |
| インド | 11 | 0.7±0.16 |
| イスラエル | 0.9 | 0.9±0.1 |
| 北朝鮮 | 0.04 | 0.04 |
| 日本 | 44.4 | 0 |
出典:International Panel on Fissile Materials (IPFM) “Materials: Plutonium,” April 28, 2025を基に筆者作成。
この数字はすでに核実験などで消費された分を差し引いているが、現在、核弾頭に注入されている分は含まれる。核弾頭1発当たりの必要プルトニウム量は3.5キロ±0.5とされている。フランスは現在290発の核弾頭を保有しており(表1参照)、約1トンのプルトニウムが弾頭内に注入済みと考えられ、4~5トン程度のプルトニウムを新たな核弾頭製造に充当できそうである。1,000発以上の新規核弾頭の製造能力を有する計算になる。核爆発を引き起こすもう一つの核物質、高濃縮ウランについても25トン±6と十分な量を有する[18]。
トリチウムは核保有国にとって厄介な核物質である。現代の核弾頭に不可欠な物質の一方、放射性同位体が減少し半分になる半減期は12.33年と、核物質の中では寿命が短い。核弾頭の性能維持のため、4~5年おきに補充し続けなければならない。フランスはトリチウムの製造炉を2000年代初頭に廃止したが、新たに商業用原子炉で製造する方針で、原発を保有するフランス電力が2024年、技術仕様書を原子力規制当局に提出している[19]。マクロン大統領も演説でトリチウム供給に不安がないことを強調している[20]。
おわりに
マクロン大統領の演説を総括すると、核戦力増強を表明したものの、増強の詳細は示されなかった上、拡大抑止の保証はなく、同盟国に安心を供与する具体的方策を示していない。NATOの核共有とどう共存を図るのかの言及も乏しかった。果たしてこれで欧州の対ロシア抑止力の向上に寄与するのか、との議論は興味深いが、それは核抑止の専門家に譲り、本稿では、核の軍備管理体制への影響について指摘しておきたい。
核保有国間の利害関係は複雑化し、軍備管理に関する交渉は一層困難になるだろう。新STARTが米ロ間で締結された2011年当時、中国やフランス、イギリスの核戦力は両国にとって考慮すべきレベルに達しておらず、米ロのみで戦略核やその運搬手段に関する規制を決められた。しかし、中国に続いてフランスが核軍拡に舵を切り、地域レベルにおける核戦力のバランスも議論する必要が生じる。各国が妥協できる一致点を見出すのは容易でない。
NPTの実効性も問われる。第6条に規定される核軍縮交渉を誠実に行う義務について、核保有国が背を向ける状況になるためである。フランスが今後、核戦力を秘匿することは核の軍備管理、核軍縮への第一歩となる核の透明性向上をも否定することになる。本年4月~5月にニューヨークで開催されるNPT再検討会議での最終合意文書の採択は絶望視され、3回連続での不採択となる公算が大きい。国際条約としての信頼性が毀損することは避けられない。
こうした状況について日本を含む非核保有国が打開を試みようにも、核保有国間の軍備管理交渉に関与できる余地は極めて限られる。核に関する対話再開を呼びかけるぐらいしか方策が浮かばないのが実情である。
(2026/04/20)
脚注
- 1 “Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” Elyseé, March 2, 2026.
- 2 International Campaign to Abolish Nuclear Weapons (ICAN) , “The expiration of New START: what it means and what’s next,” February 4, 2026.
- 3 “Déclaration conjointe du Président Macron et du Chancelier Merz,” Elyseé, March 2, 2026.
- 4 核共有とは、米国が保有する核兵器を同盟国の領土に配備し、有事にその同盟国の爆撃機などで運用する安全保障体制。平時は米軍が管理し、使用権限は米国大統領が有するが、核抑止の利益や責任、リスクを同盟国と共有する。NPTは他国への核兵器の移譲を禁止しているが、平時は米国が管理し有事に移譲されるものであり、有事時にはNPT上の義務は適用されないため、米国、およびNATOは、核共有は条約違反にならないと解釈している。 新垣拓「NATO 核共有制度について」『NIDSコメンタリー』第211号、2022年3月17日を参照。
- 5 岩間陽子編『核共有の現実』信山社、2023年、3-11頁。
- 6 小窪千早「フランスの核兵器」岩間陽子編『核共有の現実』106-114頁。
- 7 戸崎洋史「NATO-「核の忘却」の終焉?」秋山信将・高橋杉雄編『「核の忘却」の終わり:核兵器復権の時代』勁草書房、2019年、115頁。
- 8 Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.3を参照した。
- 9 Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.5を参照した。
- 10 Discours du président sur la dissuasion nucléaire,”p.2を参照した。
- 11 Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.5を参照した。
- 12 ロシア、欧州情勢に関する言及は、Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.1を主に参照した。
- 13 米国の動向に関する言及は、Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.2を参照した。
- 14 Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.6.
- 15 国際的な核の軍備管理に関する言及は、Discours du président sur la dissuasion nucléaire,”p.2, p.6を参照した。
- 16 Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.6.
- 17 多田将『核兵器』明幸堂、2019年5月、362-381頁。
- 18 International Panel on Fissile Materials “Materials: Highly enriched uranium,” April 28, 2025.
- 19 拙稿「トリチウムをめぐる「もう一つの問題」――原子力の平和利用と軍事利用の境界に関する考察」国際情報ネットワーク分析IINA、2025年3月。
- 20 Discours du président sur la dissuasion nucléaire,” p.3頁を参照した。
