2024年4月10日に、岸田首相が米国を訪問し、バイデン大統領との日米首脳会談が行われた。日米首脳会談に対する注目の高さもあり、日本ではあまり報じられなかったが、同じ4月10日に、中国の習近平国家主席は、北京を訪問中の台湾の馬英九前総統と会談を行った。習近平国家主席と馬英九前総統の会談は、中国と台湾の融和を演出するものであり、同日に行われた日米首脳会談や、5月20日に控えた頼清徳の総統就任に対するけん制であるなど様々な評価がある[1]。

 本稿では、習近平・馬英九会談について中国当局がどのように国内で報道を行っているのか検討し、台湾をめぐる中国の世論を用いた戦略、またその戦略が日本に与える影響について論じる。

習近平国家主席の演説の報道のされ方

 新華社は「党中央委員会の代弁者、目、耳、シンクタンクとしての責任を忠実に果たし、習近平総書記の思想とイメージの宣伝と報道を常に最優先の任務」[2]とする中国国務院の直属の機関である国営通信社であると位置づけられている。その新華社が習近平・馬英九会談の翌日、4月11日に「両岸関係の正しい方向性を指し示す習近平総書記の重要講話は、台湾海峡両岸の同胞が協力して明るい未来を切り開くことを鼓舞するものだ」[3]と題する記事を報じた。

 記事の大要は、習近平国家主席の講話を受けて、馬英九前総統に同行して中国大陸を訪問している台湾の大学生、あるいは中国の大学で学んでいる台湾人学生に習近平国家主席の言葉に対する感想を述べさせる形で、中華民族の歴史の偉大さ、大陸の台湾に対する善意、大陸の発展を語らせるとともに、「台湾独立が正しい歴史に反している」ことを台湾人の言葉として繰り返し紹介している。それに対して、中国の台湾研究者と台湾の政党指導者の言葉を添えることにより、台湾人学生の言葉が台湾社会の主要な意見であるかのような体裁の記事となっている。

2人の政党指導者によって語られる台湾の「一般的認識」

 個人的な見解がその社会の大多数を、あるいはその社会の一般的な認識であることを示すために大学教授などの有識者の解説を加えて客観性を担保することは日本のメディアにおいてもしばしば見受けられることであり、今回の新華社の記事も同様な手法を用いている。ただし、ここで注目すべきは、台湾社会における一般論を解説する有識者として登場する「台湾労働党」主席の呉栄元と「統一連盟党」主席の戚嘉林と紹介されている人物たちの背景である。

 中国では、中国共産党のほかに、「民主党派」と総称される中国国民党革命委員会[4]、台湾民主自治同盟[5]など8つの政党がある。それらの政党は、中国共産党の指導の下、政治協商会議などに参画するいわゆる中国共産党の「翼賛政党」、「衛星政党」であると言える[6]。したがって、大陸で暮らす一般的な中国人、とりわけ台湾事情を知らない人々からすれば、ここに出てくる2つの政党も、台湾当局の政権政党である民進党やあるいは国民党との「翼賛政党」のように見えているかもしれない。少なくとも彼ら「党首」の発言は、中国社会の常識に照らせば、政党指導者の発言は政権当局の意図を反映した発言であると捉えたことだろう。また、台湾の事情に明るい中国人にとってみれば、民進党、国民党、民衆党など政党の乱立する台湾社会の中で、少数とはいえ一定程度の支持を得た、少なくとも現政権当局である民進党とは異なるかもしれないが、ある程度の台湾社会の支持を受けた政治勢力、野党国民党に近い発言と捉えたことだろう。

 しかし、台湾社会では2人の政党指導者は社会を代表している人物とは全く看做されていない。この2つの政党は台湾政治における影響力は皆無に等しい。実際に、2024年1月、総統選挙とともに実施された立法委員選挙では、この2つの政党、「台湾労働党」と「統一連盟党」は1人も立法委員に選出されていない[7]。さらには国会議員に相当する立法委員はおろか、地方自治体の首長や地方議会の議員もほとんど皆無である。唯一、新竹県の議員に1名の労働党党員が確認できるばかりであり[8]、どちらの政党にも公式ホームページすら存在しない[9]。政党とは名ばかりの市民の支持をほとんど受けていない政治グループの代表の発言を恰も台湾市民を代表しているかのように装う、このような報道はまさに中国国内に向けた「世論戦」「心理戦」の典型的な手法、「宣伝工作」であると言えよう。

中国の自国民への宣伝工作が生み出す安全保障リスク

 中国当局が国営通信社など官製のメディアによって中国人民に伝えた台湾と、現実世界の台湾との間には大きなギャップがある。馬英九前総統が既に台湾社会の大多数はおろか多くの国民党支持者から支持を得ていないことは明らかである。例えば、総統選挙投票日の直前に馬英九前総統がドイツ・メディアのインタビューにおいて「習近平国家主席を信用すべき」と発言したが、これに対して、民進党や民衆党のみならず、馬前総統が支持する国民党の総統候補者ですら、馬前総統に異議を唱えたことは記憶に新しい[10]。

 今回の総統選挙と立法委員選挙の結果に対して、中国当局は「今回の台湾の選挙結果は、民進党が台湾の主流を代表していないことを証明した」[11]と報じているが、大統領など政権首班と議会第一党がねじれを起こすことは、日米はじめ民主主義社会では不思議な事象ではなく、今回の選挙の結果は、台湾社会が「現状維持」を選択したのであって、「独立」はもちろんのこと「中国との統一」も拒否したと見るのが妥当であろう。中国当局が中国人民に伝えたい台湾とは全く異なるのである。

 中国当局によるこのような「宣伝工作」、いわゆるプロパガンダによって生じる中国人民の台湾に対する現実との認識ギャップは、当局が強調すればするほど、台湾統一の時期が近付いてきたと中国人民に誤解させることになる。認識ギャップが大きく乖離して、統一への期待が裏切られたと気づいた時、中国人民の怒りの矛先は台湾に向かうのか、それとも中国当局に向かうのか。いずれにおいても我が国の安全保障環境はおろか国際社会の平和と安定に対する脅威になることは明らかであろう。

(2024/05/13)

脚注

  1. 1 Olivia Tam「中国の習主席、台湾の馬英九前総統と会談-米国をけん制」Bloomberg、2024年4月10日。
  2. 2 新華社「新华社简介(新華社紹介)」2024年5月7日アクセス。
  3. 3 「为两岸关系指明正确方向——习近平总书记重要讲话激励两岸同胞同心共创光明前景(両岸関係の正しい方向性を指し示す:習近平総書記の重要講話は、台湾海峡両岸の同胞が協力して明るい未来を切り開くことを鼓舞するものだ)」『新華社』2024年4月11日。
  4. 4 中国国民党革命委員会は、1948年1月に香港で成立した政党であり、台湾の中国国民党とは別組織で、党員約158,000人。「中国国民党革命委员会简介」中国国民党革命委員会中央委員会、2023年1月4日。
  5. 5 台湾民主自治同盟は、1947年11月に香港で成立した政党で、党員約3,000人。「台湾民主自治同盟简介」台湾民主自治同盟、2018年1月8日。
  6. 6 「中国共産党統一戦線工作条例」第3章第12条では、「民主党派は中国共産党の指導を受け入れ、中国共産党と全面的に協力する親しい友人、中国共産党の良き顧問、協力者であり…民主党派の基本的な役割は、中国共産党が主導する政治協議に参加すること…」と定められている。
  7. 7 「2024総統立委大選 開票実況」『聯合報』2024年5月8日アクセス。
  8. 8 「議員介紹 羅美文(議員紹介 羅美文)」『新竹縣議會』、2024年5月8日アクセス。
  9. 9 「勞動黨 (臺灣)」维基百科(繁体字版ウィキペディア)2024年5月8日アクセス;「统一联盟党」维基百科(繁体字版ウィキペディア)、2024年5月8日アクセス。
  10. 10 許芳瑋「与野党の総統候補、馬・前総統の「習氏を信用すべき」発言に異議」『中央廣播電臺』2024年1月11日。
  11. 11 中共中央台湾工作办公室「国务院台办发言人评论台湾地区选举结果(国務院台湾弁公室報道官が台湾地区の選挙結果を評論)」2024年1月13日。