日本とフィリピンは歴史的に緊密かつ友好的な関係を構築してきたが、防衛レベルの関係は近年になって加速度的に強化した[1]。2024年7月8日に行われた第2回日比安全保障閣僚会合(2+2)の結果について、日本の防衛政策にとって特筆できる事項は、部隊間協力円滑化協定(RAA: Reciprocal Access Agreement)への署名に加えて、防衛装備・技術協力、政府安全保障能力強化支援(OSA: Official Security Assistance)の継続と強化について合意したことだった。すでに日本はフィリピンに、2014年に見直された防衛装備移転三原則の初のケースとして、2023年10月にFPS-3ME対空監視レーダー・システム(Air Surveillance Radar System、以下「警戒管制レーダー」)[2]、2024年4月には移動式の警戒管制レーダーであるTPS-P14MEの供与を終え、これから供与される2セットを加え合計で4セットを供与する計画である[3]。今後OSAによる装備品の移転を加えれば[4]、日比の安全保障関係を装備面で強化することは間違いないであろう。

 警戒管制レーダーは、中国が強圧的な現状変更を繰り返す南シナ海で、フィリピンの状況把握能力、特に航空状況把握(ADA: Air Domain Awareness)を格段に強化すると期待できる。日本にとって、フィリピンに警戒管制レーダーを供与する意義は、まず2014年に閣議決定された防衛装備移転三原則に基き、完成装備品を移転する最初のケースとなったことがある。また、将来の可能性として、両国のADAをネットワーク化すれば、日本列島からフィリピンに至る約3,000海里に及ぶADAが生まれ、中国の太平洋への航空戦力投射の意図を透明化するであろう。

 本稿では、この可能性に着目し、日比両国のADAをネットワーク化する意義を論じてみたい。まず、中国の太平洋への航空戦力投射の現状を確認する。次いで、日本のADAに対する台湾の早期警戒体制の意義をふりかえり、台湾が優れたADA能力を有しながら日台間でADAを連接することは現状では困難であることを指摘したのち、その代替策としてフィリピンへの警戒管制レーダー供与、ひいてはフィリピンとの間でのADA連接が必要だと主張する。

2005年度から急増した空自戦闘機の緊急発進

 防衛省統合幕僚監部の報道(以下、「統幕報道」)によれば、航空自衛隊(空自)の旧ソ連の軍用機に対する緊急発進回数は1989年度から急速に減少し、1995年度から10年間は年間200回前後で推移した。しかし、2005年度から中国軍機への対応が急増し、再び増加に転じた[5]。

 中国軍機が対象の緊急発進は2003年度には2回、そののち加速度的に増え、2012年度には306回(全体の54%)、2016年度には851回(73%)となり、この年度の全対応数は空自が1958年に対領空侵犯措置を始めてから最多の1,168回を記録した[6]。以後、中国軍機への対応は増減を繰り返しつつ推移し、2023年度までの10年間は平均して約600回を数えた。

 空自にとって中国軍機への緊急発進に関する課題の一つは、台湾本島の東側にある標高3,000メートルを超す脊梁山脈が障害物となって有効なレーダー受信ができない地域(ブラインド・ゾーン)を作り、台湾周辺を飛行する中国軍機の活動を包括的に把握できないことであろう。宮古島(最高標高113mメートル)の第53警戒隊の固定式警戒管制レーダーJ/FPS-7と、与那国島(最高標高231メートル)の移動式警戒管制レーダーJ/TPS-102からは台湾の西側空域は見通せない。空自は自前のレーダーに加え国交省の航空管制レーダーの情報を併用しているが、これとてレーダー波の届かないエリアがあることに変わりはない。

 J/FPS-7の最大探知距離は公表されていないが、近距離探知性能をJ/FPS-3(最大351海里)[7]と同等と仮定すると、レーダー覆域は台湾の南端に達する。目標が大型機でなく、しかも低高度で飛行すれば、ブラインド・ゾーンとレーダー水平線の制約から、バシー海峡から台湾を反時計回りに周回飛行してくる航空機への対応が遅れる可能性がある。

図1:宮古島と与那国島のから見たブラインド・ゾーンのイメージ

出典:筆者作成

 中国軍機は2003年度以降、東シナ海における活動空域を徐々に東側に拡大し、2013年10月25日には、Y-8型早期警戒機型2機とH-6型爆撃機2機が、中国として初めて宮古海峡を通過して太平洋を往復飛行した[8]。以後、中国軍機の太平洋への往復飛行は増加し、2016年11月25日には、H-6型爆撃機2機、TU-154 型情報収集機1機、Y-8型情報収集機1機がバシー海峡方向から東進し、宮古海峡を北進して東シナ海に入った[9]。また、2017年7月20日には、H-6型爆撃機4機など合計6機が反時計回りで、またH-6型爆撃機4機が時計回りで、台湾本島を東西から包み込むように飛行した[10]。

 2021年頃から、軍用機に無人航空機が加わるようになり、活動空域も拡大を続け、2021年8月25日には、Y-9型情報収集機等とともにBZK-005型偵察型無人機が、無人機として初めて太平洋を往復飛行した[11]。

 中国の保有する無人航空機のレーダー反射面積は非ステルス型戦闘機とほぼ同じと推定され[12]、長距離での探知は困難である。また、一時的にせよ人間が介さない完全自律した飛行が行われたならば、意思疎通の手段を持たない無人機との間に不測の事態が起きる可能性を否定できない。

2020年台湾国防部が航空動態情報の公表を開始

 台湾国防部は2020年9月からインターネット上に中国軍機の中華民国防空識別区(TADIZ)航空動態情報の公表を開始した。台湾空軍は2022年3月1日以降について、TADIZへの進入状況(航跡図)をインターネットに公表している。これによれば、バシー海峡を東進して西側から日本防空識別圏(JADIZ)に侵入した初の事案は2022年4月7日に起き、J-11型戦闘機とY-8型電子戦機が台湾本島の西側のTADIZに侵入して引き返すとともに、Y-9 型電子戦機1機がTADIZの南辺から東南辺に沿って飛行ののち、宮古島南方で折り返し、もとの飛行経路をたどって中国本土に戻っている[13]。同日、統幕報道によれば、中国Y-9型電子戦機×1機が、太平洋上を飛行していることを確認し、南西航空方面隊の戦闘機が緊急発進した。航跡図はY-9が与那国島の南海上で東進を始めたときから、折り返して再びTADIZに入ったところが終わっているが[14]、戦闘機を発進させるまで消費時間を考えるとレーダーサイトはそれより前に探知したことは間違いない。しかし、空自レーダーサイトは台湾本島がブラインドとなって、Y-9機がどこから来て、どこに戻ったのか把握できないばかりか、台湾西方でJ-11とY-8が飛行していたことは知らなかったと思われる。

 2023年4月28日の無人航空機は、台湾軍が探知した一方で、空自が探知できなかった例である。統幕は、「推定中国無人機1機(推定)」が太平洋から飛来し、与那国島と台湾との間を通過し、東シナ海に至ったことを確認したと発表した[15]。台湾は同日、TB-001型攻撃偵察型無人機1機がバシー海峡を東進し反時計回りに台湾本島を周回飛行したこと、これとは別にBZK-005型偵察型無人機1機がTB001と同じコースをとって飛行したことを発表した[16]。統幕の発表にあった「推定無人機」は両国の航跡情報を照合するとTB-001攻撃偵察型無人機で、「1機(推定)」は実際のところ2機であって、2機目はBZK-005偵察型無人機だったと推定できる。

 2023年8月25日、空自は、尖閣諸島の西方を東進し、台湾本島と与那国島の間の海峡(与那国海峡)に向かって南下するBZK-005型偵察型無人機1機と「推定中国無人機1機」を探知した[17]。台湾空軍の翌26日の報道と照合すれば、「推定中国無人機1機」はTB-001であり、また無人航空機と同じ空域を飛行していた1機の対潜型Y-8は統幕報道発表資料には載っていない[18]。

優れた台湾の早期警戒能力

 台湾は大陸からの経空脅威に対抗するため濃密な早期警戒レーダー網を構築している。

 まず、弾道ミサイル探知用のレーダーSRP (Surveillance Radar Program)が、台北から南西に約70kmの新竹県にある標高2,500m級の樂山に設置され、2013年から運用している[19]。SRFはPAVE PAWS AN/FPS-115をベースにしており、最大探知距離は3,000海里(5,556km)[20]、捜索範囲は240度(レーダー2面)で、PAVE PAWSとは違って巡航ミサイルなど空気呼吸型経空目標を探知でき[21]、アメリカに探知情報を提供している[22]。

 SRPのブラインド・ゾーンは、長距離対空捜索用レーダーAN/FPS-117等がカバーしている。台湾はAN/FPS-117 (最大探知距離約300km)[23]を11基(固定式7基、移動式4基)、AN/TPS-75 (最大探知距離445km)[24]を4基、HADR(計測値574km)[25]を2基保有し、金門島・馬祖島に各1基、残りは台湾本島の沿岸部に配備し、台湾本島には10基以上の早期警戒レーダーがある[26]。

 台湾本島とほぼ同じ大きさの九州本島にある空自レーダーサイトは2カ所(背振山、高畑山)で、これに離島3カ所(福江島、下甑島、海栗島)を加えても5カ所であることから、台湾の対空早期警戒網は多層で多重である。

日台間に航空情報交換メカニズムがない問題

 日本が台湾とADAを連接できれば、空自のブラインド・ゾーンの問題は解決する。しかし、日本は台湾と1972年9月29日に外交関係を断ってから非政府間の実務レベル交流を継続するのみで、防衛交流は途絶えている。

 したがって、日台が共有できる航空情報はインターネット上の公開情報だけであるが、この情報にはリアルタイム性がなく、中国軍に関する戦略レベルの分析には利用できても、戦闘機による緊急発進に不可欠な早期警戒情報としては利用できない。

 また、台湾国防部(空軍)と統幕とでは、機種、飛行経路、などを公表する基準や情報を公表するタイミングに差があり、台湾は二日間の情報をまとめて発表することも、発表が翌日になることもある。たとえば、2023年8月28日、統幕は1機の偵察型無人機BZK-005が東シナ海から飛来し、与那国島と台湾本島の間を通過して太平洋に至り、バシー海峡方面に飛び去ったことを報道したが[27]、台湾空軍の発表は29日であった[28]。かつて台湾が軍用無人機の飛行を発表しないこともあり[29]、最近になって中国軍機のTADIZ進入数が激増したためか、2024年1月17日から、飛行機ごとの航跡図に替え、活動区域を公表するようになり、情報としての価値が薄くなった[30]。

図2:台湾の早期警戒管制システム

出典:Mark Stokes and Eric Lee, “Early Warning in the Taiwan Strait,” Project 2049 Institute, April 12, 2022.

フィリピンの警戒管制レーダーの戦略的価値

 日本にとって、台湾のADAとの連接に関して代替可能な手段は2つある。

 第1は、アメリカ経由で台湾のADAを入手することである。台湾の防空システムは米華相互防衛条約(当時)に基づいて1950年代から整備が進み、1979年の米華断交後もアメリカ政府は台湾への支援を続けている。SRPレーダーの売却は、クリントン政権とブッシュ(子)政権が支持し、中国軍の弾道ミサイル攻撃から警告時間を増やす目的を持っていた[31]。台湾側がSRPの弾道ミサイル探知情報をアメリカに提供しているように、アメリカ政府がSRP以外の対空監視レーダーやE-2Cホークアイ2000を台湾に供与する見返りに、台湾側に情報の提供を求めた可能性もある。しかし、米台間でデータが共有されていた場合でも、日本と台湾の間に秘密情報保護の取極めがない以上、アメリカ政府が台湾当局の許可なく探知情報を提供することは難しい。

図3:台湾とフィリピンのレーダー覆域とその重複域のイメージ

出典:筆者作成

 第2の手段は、フィリピンに供与した警戒管制レーダーによって得られた情報を使用することである。フィリピンに2023年10月に供与したFPS-3MEはマニラの北北西200kmにある旧ウォレス航空基地に設置された。このレーダーが空自のJ/FPS-3と同程度の探知距離も持つとすれば、最大探知距離は約600kmあり、図のとおり台湾本島の南端に至る空域をカバーできる。そして、宮古島のJ/FPS-7の覆域と僅かではあるが重なるため、台湾の西側空域のブラインド・ゾーンは解消されないまでも、バシー海峡を通過し北東進して来る中国軍機の状況把握を改善すると期待できる。フィリピン軍が移動式のTPS-14MEとこれから供与される2セットを、さらに北方に配備すれば、バシー海峡のADAをさらに強化するであろう。

 日本とフィリピンの防空システムは技術的に連接可能である。残る課題は、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA, General Security of Military Information Agreement)を参考に、日本とフィリピンの間の情報共有のための外交取極めを結ぶことである。両国は東シナ海と南シナ海で中国の強引な現状変更の挑戦に直面しており、2024年7月8日の2+2で安保協力を「準同盟」級に格上げすることを合意している[32]。両国にとってGSOMIAの締結はすでに視野に入っているかも知れない。

おわりに

 日本とフィリピンのADAがつながれば、日本列島からルソン島に至る約3,000海里のADAの障壁が現れる。中国が太平洋に航空戦力を投射しようとすれば、必ず宮古海峡、与那国海峡、バシー海峡のいずれかを通過しなければならず、両国の警戒管制レーダーは中国航空兵力の行動の意図をより透明化するとともに、東シナ海から南シナ海に至る空域に警戒監視の障壁を実現することができる。

 ブラインド・ゾーンのないADAの構築を目指すのであれば、どのような形であれ台湾のADAの参加は不可欠である。中国に対するシームレスな近接阻止・領域拒否(A2/AD)を実現するためにも日本政府は実現に向けて挑戦すべきであろう。

(2024/08/15)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Provision of Radars to the Philippines Can Create a 3,000-Nautical-Mile Air Surveillance Zone

脚注

  1. 1 平均して年2回であったハイレベル交流が、2022年は5回、2023年は2回、2024年は7月までにすでに7回開催され、友好親善のレベルを超えた実質的な交流へと格上げされている。ハイレベル交流は、防衛大臣、防衛副大臣、防衛大臣政務官、防衛事務次官、防衛審議官、各幕僚長クラスの対話等をいう。防衛省「フィリピン ハイレベル交流」2024年7月8日アクセス。
  2. 2 “Japan turns over air surveillance radar system to PAF,” Philippine News Agency, December 20, 2023.
  3. 3 「フィリピンに警戒管制レーダー 防衛副大臣が式典出席」『日本経済新聞』2024 年4月29日。
  4. 4 日本政府はOSAによる装備移転の初のケースとして、2023年11月3日、フィリピンに沿岸監視レーダー・システムを供与することを合意している。外務省「フィリピン共和国に対する沿岸監視レーダーシステム供与(「政府安全保障能力強化支援(OSA)」)に関する書簡の署名・交換」2023年11月3日。
  5. 5 統合幕僚監部「平成24年度の緊急発進実施状況について」2013年4月17日。
  6. 6 統合幕僚監部「平成28年度の緊急発進実施状況について」2017年4月13日。
  7. 7 最大351海里(650km)目標高度2万メートルの数値。Janes C4ISR & Mission System Land 2022-2023, Janes Information Group, September 2022, p.942.
  8. 8 統合幕僚監部「中国機の東シナ海における飛行について」2013年10月25日。
  9. 9 統合幕僚監部「中国機の東シナ海における飛行について」2016年11月25日。
  10. 10 統合幕僚監部「中国機の東シナ海における飛行について」2017年7月20日。
  11. 11 統合幕僚監部「中国機の東シナ海及び太平洋における飛行について」2021年8月25日。
  12. 12 中国のTB-001型偵察攻撃機より小型のGJ-1型無人偵察機のレーダー反射面積は、1㎡以下で非ステルス戦闘機と同じであると分析されている。Lieutenant Colonel Andre Haider, GE, “The Vulnerabilities of Unmanned Aircraft System Components”, Joint Air Power Competence Center, January 2021.
  13. 13 Republic of China Air Force, “Air activities in the southwestern ADIZ of R.O.C.”, April 7, 2022.
  14. 14 統合幕僚監部報道発表資料「中国機の動向について」2022年4月7日。
  15. 15 統合幕僚監部報道発表資料「推定中国機の動向について」2023年4月28日。
  16. 16 Republic of China Air Force, “PLA activities in the waters and airspace around Taiwan April 28”, 2023.
  17. 17 統合幕僚監部報道発表資料「中国軍機の動向について」2023年8月25日。
  18. 18 Republic of China Air Force, “PLA activities in the waters and airspace around Taiwan Aug.26”, August 26, 2023.
  19. 19 Lo Tien-pin and Jonathan Chin, “Radar costs to reach NT$2.39bn”, Taipei Times, September 4, 2024.
  20. 20 SRPと同種のAN/FPS-132の性能。Janes C4ISR & Mission System Land 2022-2023, p1238.
  21. 21 Mark Stokes and Eric Lee, “Early Warning in the Taiwan Strait”, Project 2049 Institute, April 12, 2022.
  22. 22 蘇志宗「國防院:樂山雷達站範圍涵蓋南海 供美早期預警」中央社、2020年11月29日。
  23. 23 固定式AN/FPS-117(E)1は最大288km、移動式AN/TPS-77は最大300km。Janes C4ISR & Mission System Land 2022-2023, pp.1235-1236.
  24. 24 Ibid., pp.965-966.
  25. 25 “Land & Sea-Based Electronics Forecast, HADR (HR-3000) - Archived 7/98”, Forecast International, July 1997.
  26. 26 Mark Stokes and Eric Lee, op.cit.
  27. 27 統幕報道資料「中国軍機の動向について」2023年8月28日。
  28. 28 Republic of China Air Force, “Flight paths of PLA aircraft, August 29, 2023,” August 29, 2023.
  29. 29 日本が無人航空機のTADIZ進入を報道しても、台湾が報道しなかった例として、偵察攻撃型無人機TB-001×1機(統合幕僚監部報道発表資料「中国軍機の動向について」2022年7月25日)偵察型無人機BZK-005・TB001型・推定無人機×各1機(統合幕僚監部報道発表資料「中国軍機の動向について」2022年8月5日)TB-001型×1機(統合幕僚監部報道発表資料「中国機の動向について」2022年8月30日)。
  30. 30 Republic of China Air Force, “PLA activities in the waters and airspace around Taiwan Jan. 17, January 17, 2024”.
  31. 31 Mark Stokes and Eric Lee, op.cit.
  32. 32 外務省「第2回日・フィリピン外務・防衛閣僚会合(「2+2」)」2024年7月8日。