はじめに
火薬の発明は、鉱山開発や社会インフラ整備を通じて人々の生活向上に貢献するとともに、戦争のあり方を根本から変えた。そして21世紀の現在、人工知能(AI)[1]は「第3の軍事革命」[2]とも呼ばれ、社会の利便性を高めるだけでなく、戦争そのものを変革する可能性に注目が集まっている[3]。事実、1950年代にアラン・チューリング(Alan Turing)がAIの基本概念を提唱してから約70年が経ち、AIを搭載した自律型無人システムやロボットが新たな戦場の主役となる可能性が現実味を帯びている[4]。
米国やNATOは、強力なAIと自律型兵器が将来の戦争を支配すると見込み、軍事的優位性を維持するため、新興・破壊的技術(Emerging and Disruptive Technologies: EDTs)への適応を急いでいる[5]。その背景には、近年、高速ネットワークやビッグデータなどの情報通信技術(ICT)が発展し、その多くが軍事転用可能なことから軍事面でのいわゆる情報化が急速に進んだことがある。例えば、自律航行可能なドローン技術、自動運転に不可欠な画像認識技術、高度な圧縮技術を活用したビッグデータ処理技術などは、民生分野で実用化が進む一方で、軍事転用(スピンオン)の対象でもある。特に中国は、国家戦略として「軍民融合」政策を推進し、民生技術の効率的な軍事転用を図ることで、人間と機械を統合した戦闘体制の準備に取り組んでいる[6]。
こうした状況を踏まえ、本稿では、AIの軍事利用に関する期待と懸念を整理し、国家としてのあるべき対応について指摘したい。
何が変わるのか―期待―
AIの軍事利用によって、民生技術を活用したドローンや偵察衛星などから得られた精密な目標情報に基づく速やかな意思決定が可能となり、高度に精密化されたミサイルなどの誘導兵器を用いて目標を破壊する革新的な攻撃サイクルが実現している。既にウクライナやイスラエルでは、AIを搭載した攻撃型ドローンやターゲティング(標的)システムが実際の戦闘空間で使用されているのは好例だ[7]。また、AIの活用は膨大な情報データを迅速かつ的確に分析し、その結果を可視化された形で指揮官や兵士に提供することを通じて指揮統制能力を大きく改善することも期待される。こうしたAI搭載兵器システムの需要拡大に向けて、多くのハイテク企業や防衛産業がその開発競争を続けている[8]。
現在、米国のChat GPTや中国のDeep Seekなど、生成AIの進化と普及が急速に進んでいることから、安全保障・軍事面でもその積極的な活用が急速に進むのではないかと注目が集まっている[9]。特に、テキスト、画像、音声など膨大なデータの収集と活用を繰り返すマルチモーダル生成AIは、エッジコンピューティング[10]と組み合わされることで、迅速な情報処理と戦況分析を可能にし、より正確かつ迅速な意思決定と状況への対応を通じて部隊の作戦遂行能力や兵士の生存率の向上に寄与するであろう。
他方、敵による生成AIを用いた偽情報の拡散が社会不安や治安悪化を引き起こしている。戦場における認知戦においても、サイバー攻撃と並び、敵対勢力による情報操作が司令部や部隊の混乱や不安を招き、作戦に重大な影響を与える可能性が指摘される[11]。その対抗手段としては、生成AIを活用した偽情報の予測分析や早期検出の導入が考えられている[12]。
このように、AI技術は軍事分野において攻防両面で重要な役割を果たしつつある。そして、そのAIとの協業の流れの中で、指揮官や兵士を限られた時間と資源を創造性や生産性の高いタスクに集中させることが可能となり、戦場における軍事優位性の確保が期待される[13]。
何が懸念されるのかー課題―
AIの軍事利用が急速に進む一方で、多くの課題が未解決のまま残されている。それらは、透明性・説明責任の欠如、誤判断のリスク、倫理的問題である。
一般的に、AIの意思決定プロセスは不透明であり、責任の所在が不明確であるために、人間による一定の監視と介入が保証された説明責任を有する「責任あるAI(Responsible AI)」の実現が急がれている[14]。それは、AIの軍事利用が一般的になる中で、その悪意ある使用に対してその特定と防御を強化すべく、西側諸国では責任のあるAIの軍事利用を進めるべきことを意味している[15]。
また、当該AIの計算手法(アルゴリズム)や学習するデータ(素材)が偏っている場合には誤った判断や選択が導かれ、AIの軍事的悪用を許してしまう可能性がある。それは、民間施設等への誤った攻撃、偽情報による撹乱、戦闘の長期化など、人間が予想しない軍事的なエスカレーションを招きかねない[16]。
さらに、AIの軍事利用に伴う倫理的問題が指摘される。現在,非人道的な効果を有する特定の通常兵器の使用を禁止または制限する特定通常兵器使用禁止制限条約(Convention on Certain Conventional Weapons: CCW)の政府専門家会合(Group of Governmental Experts : GGE)において,人間の判断や介入なしに自動的に攻撃を行う可能性がある自律型致死兵器システム(Lethal Autonomous Weapon Systems: LAWS)の規制に関して人道や国際法の観点からさまざまな議論や調整が続けられている[17]。
しかしながら,この国際的な枠組みにおける議論は,LAWSが実際に存在する装備品ではないこともあって,その定義すら合意できておらず[18]、国連レベルの交渉の行く末に閉塞感も否めない状況が見込まれる。その一方で、国際的にAI技術の急速な進化が加速する現状において、その対応に時間的猶予が許されない現状にある。このような現状打破の一環として、2023年の「軍事領域における責任あるAI利用(Responsible Artificial Intelligence in the Military Domain: REAIM)」サミット[19]において、問題意識を共有し得る関係国間でAIの軍事利用に関する協調的なガバナンスへ向けての動きが始まった[20]。このように、AIの軍事利用について国際的な議論が本格化するのは喜ばしいことであるが、実際の開発、実装、運用において問題はないのであろうか。
AI相互運用性の構築
現在、各国は、経済発展の鍵として、AIの開発、活用に国を挙げて取り組んでいるが、それぞれが独自の開発路線を採用し、かつAIシステムの互換性保証に配意しない場合には、相互の運用性を欠くシステムを生み出す危険が想定される[21]。また、共同作戦を前提とする同盟国家間であっても、その国々における先進技術の社会への実装化の規模と速度の違いによって、加盟国間のAIによる共同作戦に際して能力上の分断・二極化が生じることも懸念される[22]。
将来、同盟国やパートナー諸国がこれまでと同じように共同作戦を効果的に行うためには、軍事用AIの共同利用のための共通の枠組みを構築する必要があり[23]、具体的には、軍事面におけるAIの相互運用性[24]の確保が求められている。実際、米国の人工知能に関する国家安全保障委員会(National Security Commission on Artificial Intelligence: NSCAI)は、欧州とインド太平洋地域において、先進技術によって同盟国間で分断が生じることを警告しつつ、同盟国等との間での協調的なAI軍事技術の早期導入の促進の必要性を強調している[25]。この点、情報同盟「ファイブ・アイズ(Five Eyes)」[26]がAIの軍事利用に係る相互運用性を確保するため[27]、民間を含めAI・サイバー・半導体などの先端技術に関する調整を進めていることは注目すべきであろう。
おわりに
日本は、米国との同盟関係を安全保障政策の基軸とする防衛戦略を堅持しており、日米同盟の維持・強化へ協力を確認している。今後、価値観を同じくする国々の間でAIの軍事利用を協調的に進める流れの中で、AIを活用した相互運用可能な防衛力の整備というビジョンを明示し、日米間で共有すべきであろう。そして、最先端のAIの共同開発や装備品の実装化協力にとどまらず、責任あるAIの共有を含む安全保障戦略やドクトリンの策定を通じて米国との相互運用性を深化することが求められている。
そのような努力は、AIの軍事利用が東アジアでも急速に進むことが予想される中、日米同盟が責任あるAIを共有し、AIの悪意のある利用の可能性を排除することを通じて、地域情勢の長期的安定を能動的に創出することに寄与し得よう。
また、引き続き、日本として倫理的課題を解決するために、国連を含む国際場裡におけるAI軍事利用のルール作りに関与し続ける重要性は欠かせない[28]。米国が自国第一主義に傾く中で、価値を共有するEUやアジアの民主主義諸国とのグローバルな連帯を向上し、包摂的かつ安定的な国際秩序の形成に向けてイニシアティブを取る役割がこれまで以上に期待されているからである。
(2025/03/17)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Will Artificial Intelligence Change Warfare? -Future battlefield of mixed expectations and concerns
脚注
- 1 AIは,主にアルゴリズム(計算手法)とデータ(素材)入力によって進化を続けるデジタルエコシステム(生態系)であり,その能力と用途によって,個別の領域に特化して人間に等しい能力を発揮する「特化型 AI」 (ANI)と,異なる領域で多様かつ複雑な問題を解決することが可能で,人間の知能を超えるような「汎用 AI」(AGI)に大別される。
- 2 Kai-Fu Lee, “The Third Revolution in Warfare,” The Atlantic, September 11, 2021.
- 3 Averageguymedianow, “AI and War: A New Era of Global Transformation,” Medium, February 20, 2025.
- 4 Mark A. Milley and Eric Schmidt, “America Isn’t Ready for the Wars of the Future, And They’re Already Here,” Foreign Affairs, September/October 2024, August 5, 2024.
- 5 Kyle Hiebert, “The United States Quietly Kick-Starts the Autonomous Weapons Era,” Centre for International Governance Innovation, January 15, 2024; NATO,” Summary of the NATO Artificial Intelligence Strategy,” October 22, 2021.
- 6 2019年の中国国防白書において戦争の形態は情報化し、インテリジェント化されるとする「智能化戦争(Intelligentized Warfare)」の考え方が示された。Elsa B. Kania, “Innovation in the New Era of Chinese Military Power,” The Diplomat, July 25, 2019.
- 7 Yasmeen Serhan, “How Israel Uses AI in Gaza—And What It Might Mean for the Future of Warfare,” TIME, December 18, 2024.
- 8 Nick Robins-Early, “AI’s ‘Oppenheimer moment’: autonomous weapons enter the battlefield,” The Guardian, July 4,2024.
- 9 Sydney J. Freedberg Jr.,” Pentagon launches new generative AI ‘cell’ with $100M for pilots, experiments,” Breaking Defense, December 11, 2024.
- 10 ここでエッジコンピューティングとはデータの処理をクラウドや中央データセンターではなく、データが生成される端末(エッジ)や戦場等の現場で行う計算処理設計を指す。
- 11 Eleonore Pauwels, “Preparing for Next-Generation Information Warfare with Generative AI,” CIGI Paper No. 310, December 2024.
- 12 Claudia Gilbert, “Data Dominance in Modern Warfare The Crucial Role of AI and Data Analytics,” The Forge, February 5, 2025.
- 13 Michael Zequeira, “Artificial Intelligence as a Combat Multiplier,” Army University Press, September 2024.
- 14 David Vergun, “U.S. Endorses Responsible AI Measures for Global Militaries,” DOD News, November 22, 2023.
- 15 NATO, “Summary of the NATO Artificial Intelligence Strategy,” October 22, 2021.
- 16 Wyatt Hoffman and Heeu Millie Kim, “Reducing the Risks of Artificial Intelligence for Military Decision Advantage,” The Center for Security and Emerging Technology, March 2023.
- 17 ここで、LAWSとは一度起動されると「人間の介入なしに標的を選択し、武力を行使する」兵器システムを指す。Benjamin Perrin,” Lethal Autonomous Weapons Systems & International Law: Growing Momentum Towards a New International Treaty,” American Society of International Law Volume:29 Issue:1, January 24, 2025.
- 18 CCW, ”Convention on Prohibitions or Restrictions on the Use of Certain Conventional Weapons Which May Be Deemed to Be Excessively Injurious, or to Have Indiscriminate Effects,” March 10, 2023.
- 19 技術の急速な発展を背景に人工知能(AI)の責任ある軍事利用について国際的な理解を深めることを目的とし、2023年2月オランダ(ハーグ)において開催された首脳会議において、政府代表、学術機関、シンクタンク、産業界、市民社会組織の代表が出席し、REAIM宣言が発表された。Jola DERVISHAJ, “First summit on Responsible AI in the Military Domain – REAIM 2023,” European AI Alliance, February 13, 2023.
- 20 U.S. Department of State, “Political Declaration on Responsible Military Use of Artificial Intelligence and Autonomy,” November 9, 2023.
- 21 開発中の軍用無人航空機システム(UAS)に対してAIを実装化する傾向にあるが、それらが自律化した装備品として有人・無人機混合の運用を開始した際に、AI上の相互運用性が確保されていないことによる同盟国等とのUAS共同作戦を実施し得ない状況が懸念される(Frank Wolfe, “Artificial Intelligence Efforts for Military Drones,” Avionics International Digital, December2019/January 2020.
- 22 過去には1999年の「同盟の力」作戦(Operation Allied Force)において攻撃システムに関して同盟内の能力格差(capability gap)が表面化し、NATOとして共同の作戦行動が取れないという事態に直面した。それは、米軍とその他の加盟国軍の間の攻撃システムに係る「相互運用性(Interoperability)」の欠如として認識され、是正へ向けての各加盟国の努力が始まった。James Derleth, “Enhancing interoperability: the foundation for effective NATO operations,” NATO Review, June 16, 2015.
- 23 Becca Wasser and Josh Wallin, “Build Allied AI or Risk Fighting Alone,” Foreign Policy, February 24, 2025.
- 24 相互運用性とは、同盟国が、共通の戦術、作戦、戦略目標のために、一体となって効率的・効果的に行動し得る能力を指す。NATO,” Interoperability: connecting forces,” April 11, 2023.
- 25 Eric Schmidt et al., “Final Report,” National Security Commission on Artificial Intelligence (NSCAI), March 1, 2021, p.82.
- 26 ファイブ・アイズはアングロサクソン系の英語圏5カ国(米・英・加・豪・NZ)によるUKUSA協定に基づく機密情報共有の枠組みである。
- 27 Sydney J. Freedberg Jr, “AI For Five Eyes? New bill pushes AI collaboration with UK, Australia, Canada, New Zealand,” Breaking Defense, November 22, 2023.
- 28 MOFA, “Working paper submitted by Japan to the United Nations on emerging technologies in the area of Lethal Autonomous Weapon systems (LAWS),” May 24, 2024.