マーク・A・ミリー(Mark A. Milley)前米統合参謀本部議長は、エリック・シュミット(Eric Schmidt)Google元CEO兼会長と共に、米外交雑誌『フォーリン・アフェアーズ』11月号に「アメリカは将来の戦争に備えていない、そして彼らは既にここにいる(America Isn’t Ready for the Wars of the Future, And They’re Already Here)」という表題の論考を発表した[1]。そこでは、戦争は常にイノベーション(革新)を促してきたが、今日の戦いをめぐる変化は急激であり、予想を超えた大きな影響が及ぼされるとの認識が示されている。そして、自律化する兵器システムと強力な人工知能(AI)が将来の戦争を支配するとの見通しのもとに、軍事優位性を維持するためには米軍として新興・破壊的技術(Emerging and Disruptive Technologies : EDTs)への対応と適合を急ぐべきだとしている[2]。この提言を踏まえて、本稿では、軍事イノベーションに対して我々が過大評価や過小評価をしやすい点にも注意を促しながら、将来の防衛力整備の方向性とそのあり方について考察する。
軍事革新における優位性の維持
ミリー、シュミット両氏の主張は明快であり、かつ簡潔である。それは、世界最大の軍事力を持つアメリカが世界最強の国であり続けたいのであれば、早急に国防力造成の方向性を転換しなければならない、というものである。その理由として、自律型ロボットやAI兵器を実戦化する悪意ある国家による挑戦が増大する中で、アメリカの政策立案者たちが軍事イノベーションを主導できなければ、これらの権威主義国家群に包囲される点が挙げられている。具体的には、米軍の組織構造、戦術、指導力の造成に改革を加え、装備品を調達する新たな方式によって新しいタイプの装備品を取得することを急ぎ、先進技術集約型のドローンやAI兵器を操作する兵士の訓練を強化することを提言している。そして、自律型ロボットやAIの倫理的・法的な問題を乗り越え、米軍はその変革の遂行を急ぎ決定的な軍事的優位性を維持すべきであると結論づけている。
ウクライナ戦争の教訓
現在も続くウクライナ戦争に関して、元在欧米陸軍司令官のベン・ホッジズ(Ben Hodges)陸軍中将は、ウクライナ戦争では、次世代の戦争の主流になると考えていたサイバーによる戦いではなく、中世時代の古典的な在来型戦争が繰り広げていると述べ、その戦闘様相に驚きを隠さなかった[3]。たしかに、連日、地上戦の映像がメディアに流される中で、我々は、日々、領土の一進一退の取り合いを巡る物理的な戦争に目が釘付けになっている。しかし、そこで同時に展開されている「目に見えない新たな戦争」にまで関心は及ばない。それは、宇宙空間、サイバー空間、そして認知領域で繰り広げられ続ける戦いと、何千機ものドローンによる攻撃と障害物回避、標的特定のために使用される人工知能システム(AIモデル)が積極的に投入された戦場の実相である。
現在も、ウクライナ、ロシア両国は、お互いの容赦ない攻撃に対抗し、敵の防御を突破できる、さらに高度な技術の開発を競い続けている[4]。それは、地上の生物は種としての生き残りをかけた絶え間ない戦いにさらされ、とどまることのない進化を続けても、その戦いは終わりがない運命にあるとする「赤の女王」仮説を彷彿とさせる[5]。その仮説は、主人公のアリスに対して、赤の女王が変化し続ける世界の中で、進化するための努力を継続する重要性を示唆するくだりであるが、その後、生物による環境適合の仮説として注目されている。
技術の戦い
すでに2020年9月、ナゴルノ・カラバフにおいて、アゼルバイジャン軍が攻撃型ドローンを使用して戦いに勝利したことで、戦場におけるドローン攻撃は注目を集めている[6]。従来、このような非対称な戦力は主に補助戦力としての役割を想定されてきたが、画像認識、自律技術、新材料の急速な性能や能力の向上、さらにはサイバー空間や宇宙領域の接続性の向上によって既存装備品の能力が凌駕されつつあるように見える。また、無数の小型のドローンを一つの群れのように制御して攻撃を行う、自律型の「群れによる攻撃(Swarm)」では、数千、数万もの無人機を相互に調和して個々に行動させるためのデュアルユース技術の進化および普及によって、その実用化も現実のものとなりつつある。そのような自律的な群れ攻撃から、空母を含む大型艦艇や防空能力を持たない地上装備品を防護することは難しく、次世代の費用対効果に優れる攻撃兵器になるとも見られている[7]。
そのような流れの中で経済安全保障上の観点から、サプライチェーンや対内投資への安全保障上の関心が高まるにつれ、国際的なパートナーシップと官民産学の連携の重要性が認識されつつある。その背景には、過去20年間、政府資金が減少する一方、商業的・社会的ニーズが新たな能力を生み出す原動力となり、民間分野における研究開発や投資の増大の顕著な伸びが、国防や安全保障分野における能力拡大を支える一助になっている事実がある[8]。そして、軍事上の優越性を確保すべく軍事イノベーションを起こし続けるためには、技術の指数関数的な高度化と軍事両用化が進む中で、いかに早くそれらのデュアルユース技術を取り入れるかが戦いの勝敗をも大きく左右するという認識が広がりつつある。
アマラの法則
未来学者のロイ・アマラ(Roy Amara)は、「我々は技術の短期的な影響を過大評価し、長期的な影響を過小評価する」[9]と述べた。これは、技術革新に対する理解とその予測において人間の認知バイアス(Cognitive Bias)が働くことで、将来の技術の生産性と発展性への一般的な理解が妨げられることを意味する[10]。新たな革新的技術の登場には、最初は大きな期待(過大評価)が寄せられるが、時間経過の中でその反動として人々は失望(過小評価)をする。しかし、その後に当初の期待を上回る重大な結果がもたらされると、爆発的な普及が一気に進むことになる。「アマラの法則」と呼ばれるようになった、この法則は、EDTsの活用の促進とその恩恵を享受するには、認知バイアスがかからない客観的な理解と先見性にもとづく忍耐が必要であることを示唆している。
アルゴリズムや自律兵器が人間を介在することなく紛争を引き起こした場合の倫理的または道徳的な疑問に対して、国際社会は未だ明確な回答を見いだせておらず、AIやドローンなどのEDTsを実装した兵器が従来の伝統的な有人兵器に置き換わるまでにはまだ少し時間がかかるであろう[11]。最初の現代的なドローンは1935年に英空軍で開発され、AIは1950年代にアラン・チューリング(Alan Turing)が基本的な概念を提唱したことから始まっていたことが思い出される。チューリングは、第二次世界大戦でドイツ軍のエニグマ暗号機の解読に成功した天才科学者であり、情報技術 (IT) と技術開発の分野に大きな影響を与えたと言われている[12]。今後、兵器としての信頼性、倫理・道徳上の問題点の解決は容易ではなく、それらの開発や導入に関する国際社会による規制への期待は高まる一方で、その合意の機会も未だ見えていない[13]。他方、技術のスピンオンにより民間技術が急速に軍事に取り入れられる流れが進んだことや、AIの能力発展を支える量子(計算機)、高精度センサー、画像認識システム、超高速ネットワーク、ビッグデータなどの他のEDTsが急速に進化を遂げていることから、それらを有機的に組み合わせて軍事装備品のシステム化を図ることに予想以上の速さでの対応が求められているのも事実である。国防や安全保障に関わる指導的立場にある実務者や研究者は、その相反する流れの中で、自らの固定観念にとらわれることなく、あらゆる脅威や技術の出現を想定しながら、先見性をもって技術優位性を図ることが喫緊の課題となっている。
我々は、未来の技術を過大評価することも落胆することもなく、冷静に判断し、その技術の成熟度と実装化の時期を正確に見極めるべきである、そして、速やかにそれら技術の導入を図ることが、近く顕在化する脅威に対して優位性を確保することへ結びつく。その意味で、ミリー/シュミット論文は様々な未来への示唆を我々に与えている。
(2024/11/19)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Is America Ready for the Wars of the Future? ―Discrepancies between technological evolution and human expectations
脚注
- 1 Mark A. Milley and Eric Schmidt, “America Isn’t Ready for the Wars of the Future, And They’re Already Here,” Foreign Affairs, September/October 2024, August 5, 2024.
- 2 NATOによれば、新興技術とは、2020年から2040年の間に成熟することが期待される技術を指すが、現在一般に普及するまでには至っておらず、これからも軍事、安全保障、経済面での影響は未知数とされる。他方、破壊的技術とは、2020年から2040年の間に、軍事、安全保障、経済面で大きく、革命的な影響を与えると予想される技術が想定されている。これらの新興・破壊的技術(EDTs)はAI、ビッグデータ、自律性、宇宙、量子、極超音速、バイオテクロノジー、新材料などを指し、社会発展の機会であると同時に軍事力の進化の原動力とされる。NATO Science & Technology Organization, “Science & Technology Trends 2020-2040,” March 2020.
- 3 Maggie Miller, “The world holds its breath for Putin's cyberwar,” POLITICO, March 23, 2022.
- 4 Milley and Schmidt, op.cit.
- 5 Lee Van Valen, "A new evolutionary law,"Evolutionary Theory, Vol.1, pp.1–30.
- 6 Robyn Dixon, “Azerbaijan’s drones owned the battlefield in Nagorno-Karabakh — and showed future of warfare,” The Washington Post, November 11, 2020.
- 7 Weapons Defence Industry Military Technology UK, “Suppressing Air Defenses by UAV Swarm Attack,” June 25, 2018.
- 8 John F. Sargent, “U.S. Research and Development Funding and Performance: Fact Sheet,” CRS Report R44307, Congressional Research Service, Washington, D.C. , September 13, 2022.
- 9 Jeff Doyle , “Amara’s Law,” DEEP THOUGHTS ON HIGHER ED, February 24, 2024.
- 10 Pohan Lin, “Amara’s Law and Its Place in the Future of Tech,” IEEE Computer Society, September 6, 2024.
- 11 Kristian Humble, “War, Artificial Intelligence, and the Future of Conflict,” Georgetown Journal of International Affairs, July 12, 2024.
- 12 Amber Jackson, “Alan Turing: A Strong Legacy That Powers Modern AI,” AI Magazine, June 7, 2024.
- 13 “UN and Red Cross call for restrictions on autonomous weapon systems to protect humanity,” UN news, October 5, 2023.