【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】
この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。
革新的な軍民両用技術、自動化の進展、新たなサイバー能力といった次世代技術の進歩は、海上部隊の運用方法を大きく変えた。本稿では、こうした発展がもたらした下記5つの重要課題について論じていく。
- 1. 予測不能な地政学的環境への艦隊の適応性
- 2. 海洋プラットフォームの費用と拡張性
- 3. 部隊分散と相互運用性の必要性
- 4. 産業生産の強靭性
- 5. 通信とデータ共有の強化にサイバーセキュリティが果たす重要な役割
複雑さと予測不能性が高まる地政学的環境への艦隊の適応
南シナ海での緊張の高まり、海洋インフラへのサイバー脅威の増大、そして無人システムの拡散が進む今、従来型の艦隊構成・配備はもはや十分ではない。一方で、個々の艦艇や無人機そのものに柔軟性を組み込むことにも、大きな利点がある。多用途・多目的な艦艇やシステムを各種脅威に対処できるように短時間で改造し、情報収集から対潜戦(ASW)、攻撃任務、人道支援までの各種任務に対応させることは可能である。
ただし、この手法には限界もある。さまざまな任務を遂行できるだけの適応性を備えた艦艇やシステムの設計に伴う複雑さと費用は、その便益を上回る可能性がある。加えて、技術は急速に変化を遂げているため、進化する脅威の先を行くようにプラットフォームを改造しようとしても、遅れや非効率化という結果に終わりかねない。さらに、多目的な艦艇やシステムは特定の任務には不向きな場合があり、特殊な任務においては効果が損なわれる恐れもある。
その代案となるのが、艦隊の構成がもたらす柔軟性に重きを置く手法だ。つまり、個々に改造が可能な艦艇で艦隊を構成するのではなく、軍が特定の作戦ニーズに合わせて短時間で集結または再配置できるような多様な専用艦や無人艇で艦隊を構成するというものだ。プラットフォームの柔軟性と拡張可能性は依然として重要ではあるが、それだけですべてが決まるわけではない。例えば、オランダ海軍が開発中のこれまでより小型の多目的支援艦(MSS)は、無人または乗員を最小限に抑えるもので、大型艦の「忠実な僚艦」としても航行可能だ。ミサイル運搬艦として使用される場合には、防空、地上攻撃、ASW支援に向けた予備のコンテナ型垂直発射管を搭載する。また、レーダー哨戒艦として、無人機(UxV)制御/中継艇支援、電子戦支援その他の支援目的で利用することも可能となる。
現在の手法は、1個または複数の高価値ユニット(High Value Unit)を中核とし、これを対空戦(AAW)や対潜線(ASW)を中心とする専門部隊が守るという多層防衛だ。しかし、米国と同盟国の海軍は今後、単独任務では護衛艦の随行が可能な柔軟性の高い小型艦を複数追加するという、より多層的な防衛態勢をとっていくだろう。
海洋プラットフォーム・兵器システムの費用
空母、駆逐艦、水陸両用強襲揚陸艦に代表される現代の軍艦は、その建造・整備・運用に極めて多額の費用がかかる。この問題を悪化させているのが、利用可能な財源を上回りかねない高度兵器への需要が高まっていることだ。このように多額の費用がかかることは、小国や防衛予算が限られた国が必要な海洋能力を獲得する上で大きな障壁となっている。加えて、整備・訓練・運用準備が必要となるため、すでに限られている財源がさらに厳しくなる。海洋安全保障に関するニーズの絶大な規模は、国の財政難を悪化させる。世界的な海上通商路、自国の領海、および紛争の火種を抱える地域に対しては常時警戒監視を行い、即応能力を維持する必要があるためだ。
こうした問題を軽減する方法はいくつかある。共同出資し共有することは合理的な解決策に思えるかもしれない。しかし戦闘手段には主権が及ぶため、常に可能なわけではない。ただしこれには例外もあり、それは主権の対象が、ドクトリン・組織・訓練・資材・リーダーシップ・人材・施設・相互運用性(DOTMLPFI)の要素での支援的役割ならびに情報システムや予算となる場合だ。例えばベルギーとオランダの海軍では、フリゲート艦と機雷艦艇の能力に関するこれらの要素は国家主権の支配下にあるものの、DOTMLPFIのプラットフォーム自体は共有・統合されている。この取り決めの結果、同一の新たなASWフリゲート艦と掃海(MCM)艦を共同で取得するという2プロジェクトが現在進行中である。
費用を削減するためには、各国海軍が海洋プラットフォームの生産の規模と適応力を高めることも必要だ。艦艇のモジュラー設計や無人システムの利用拡大をはじめとする技術進歩は、造船会社により多くの分野での国際協力を可能にするという形で前進をもたらしている。モジュラー造船技法は、船舶各部を別々に建造した後にそれらを組み立てるもので、建造に要する費用と時間の両方を削減可能だ。さらに、コルベット艦のように相対的に小型で低価格な艦艇と費用効率の高い無人艇を組み合わせて生産することは、空母等の大型で高価なプラットフォームの建造に取って代わる現実的な選択肢となり得る。
多目的区画や多様な無人機(UxV)等の収容はプラットフォームの大型化をもたらしており、これは沿岸水域での機動性の低下や非対称的脅威に対する脆弱性といった弱点につながる可能性がある。軍民両用能力は、階層的な艦隊構成を検討している海軍とその他の治安当局(沿岸警備隊、海洋警察、税関、漁業検査機関、公害規制機関など)双方に利益をもたらし得る。小規模な海軍にとっては、大型高性能多目的艦という高価な第1級艦の調達と機能を絞った第2級艦の多数隻調達の両方を行うという選択肢はありえない。
分散と相互運用性を通じた脆弱性の低減
近代海軍が今日直面している重要な問いの1つは、集中効果を創出・調整する能力を保ちながら、海軍アセットを分散することで脆弱性を低減できるのか、というものだ。分散した部隊が相互運用性の高い方法で協力し合えば、敵側の攻撃成功に必要な時間とリソースを増大させられるのだろうか。これまでは、大型艦隊の集結が海軍の戦力投射の根幹であった。しかし、先進ミサイルシステム、UxVスウォーム攻撃、極超音速兵器、サイバー攻撃が主流の時代においては、数多くのアセットを集結させると奇襲や飽和攻撃に対する脆弱性を高めることになる。作戦効果を損なわずに脆弱性を低下させるような兵力の分散方法を見いださなければならない。
一つの方法として、艦隊をより広い地域に分散させつつ多様な船種や無人艇を組み込むことが考えられる。例えば、一つの艦隊を広大な海域に分散させ、小型艇、自律運航艇、センサーが連携し包括的防衛網を敷くようにすれば効果的かもしれない。このように分散すれば、敵側は、巧みに連携する多様な標的を特定して無力化しなければならなくなるため、全アセットを一度に攻撃することがより難しくなる。
この戦略の成功に欠かせないのが相互運用性だ。艦艇、軍用機、無人システムその他のアセットには、シームレスに通信しながらデータを即時に共有して活動を遅滞なく連携させる能力が不可欠となる。そのためには、先進的な通信インフラ、AI駆動型の意思決定支援システム、そして多数の国や軍の間で標準化されたプラットフォームが必要だ。また実務面では、互換性のあるデータ共有プロトコルやリアルタイムでの作戦連携を確実に行うべく、各国海軍が力を合わせなければならない。この点は、今日までNATO海軍作戦の強みであり続けている。とはいえ、技術進歩を享受するためには、より深く、より基本的なレベルのデータ・情報交換を行う必要がある。
産業強靭性とサプライチェーンの多様化
生産を同盟国間に広げて多様化すれば、軍事部門がノウハウ共有化の恩恵を受けて特定サプライヤーへの依存を減らせるだけでなく、生産規模の拡大にもつながる。この手法はまた、地政学的緊張、天災、貿易障壁といった原因の如何を問わず、サプライチェーン混乱リスクを緩和する上でも効果的だ。さらに、米国同盟システム全体で産業基盤が強靭化されれば、航法、推進、通信等の分野において先進的な軍民両用プラットフォームの生産も可能になろう。各国政府が軍民両用技術を活用すれば、より費用対効果が高く技術的に進んだ海軍プラットフォームを生み出せる可能性がある。
通信とデータ共有におけるサイバーセキュリティの強化
海洋安全保障がAI、デジタル通信、データ共有への依存を強めていることは重大な懸念となっている。各国海軍はどうすれば、サイバー脅威に対する堅固な防御を確保しつつ通信とデータ共有の強化を実現できるのだろうか。データリンク、航法装置、港湾インフラ、軍司令部をはじめとする海洋アセットへのサイバー攻撃は深刻なリスクとなっている。ハッカーは海上交通路を寸断させ、海軍作戦を無力化するのみならず、船舶をハイジャックする恐れさえある。ゆえに作戦効果を保つためには、通信システムとデータ共有ネットワークのセキュリティ確保が不可欠だ。
通信とデータ共有の保護のためには、各国海軍と海洋機関が堅固なサイバーセキュリティ対策に投資することが必要だ。これには、防御と攻撃の両能力において暗号化技術、脅威のリアルタイム監視、堅牢な通信プロトコルを開発することが含まれる。加えて、サイバーセキュリティの規格や慣行に関する国際協力も、進化を続けるサイバー脅威から海洋領域を守るためには必須となる。
終わりに
海洋安全保障戦略を成功させるためには、柔軟性、コスト効率、相互運用性、産業強靭性、サイバーセキュリティが重要な要素となる。NATOとそのパートナー国は、柔軟な構成を持つ艦隊、強固なパートナーシップの下でのモジュラー生産や分散生産、軍民両用技術、堅固なサイバーセキュリティに投資を行えば、予測不能性と技術依存を高める地政学的環境に対応できるよう海軍の態勢を整えることができる。海洋脅威が進化する中、世界中の貿易、防衛、国益の安全性確保に向けた戦略と技術もまた進化を遂げるべきだ。
(2025/06/13)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 1】
Maritime Security and Next-Generation Technologies