南シナ海の航行が脅かされる事態における経済的損失

PDF

―“Offshore Control”戦略の再考察とシーレーン安全保障への提言―


秋元一峰,海洋政策研究財団海洋グループ主任研究員

Contents

1498年、ヴァスコ・ダ・ガマがインド洋に入り、西洋から東洋へのシーレーンが拓かれ、大航海時代が幕を開けた。それにより、ヨーロッパ世界によるアジア世界に対する優位の歴史が始まった。かつての大航海時代には、東洋の産物を西洋に運ぶ海路を提供したユーラシア大陸の東南縁辺に沿って流れるシーレーンは、今、アジアが牽引するグローバルエコノミーを支える物流の大動脈となっている。

そのシーレーンには、船舶の航行を妨げる様々な脅威が潜んでいる。紅海やインド洋そして東南アジアの海には海賊が跋扈し、中東の紛争が有事になれば、ホルムズ海峡の安全を脅かすであろう。中でも、南シナ海における島嶼の領有権や海域の管轄権を巡る国家間の紛争は、それが激化すれば、航行に支障を来たし、世界経済に大混乱が生じる事態が危惧される。南シナ海の航行が妨げられる事態において、日本と地域諸国、そして世界の経済はどのような損失を被るであろうか?東アジアのシーレーンの安全保障には如何なる政策が必要であろうか?それが本論のテーマである。

*******

海洋政策研究財団では、2013年度に、日本国内の専門家を招聘してクローズド方式の研究委員会を開催し、南シナ海と東シナ海の海上交通路が危険に晒され原油タンカーが迂回した場合における経済的損失について定量分析し、エネルギー安全保障への影響について調査すると共に、シーレーン安全保障の在り方について検討した。本論は、その研究結果の一部を参考として取り入れているが、経済的損失等の数値については、概略のものを示しており、精確なものではない。そのため、本論に示される数値については引用を差し控えられたい。

1 南シナ海のシーレーンの航行が妨げられる事態

(1)事例研究

南シナ海の航行が妨げられる事態として、どのような状況が考えられるであろうか?そして、その蓋然性はどの程度であろうか?本論の前提として、以下のシナリオを描いてみた。近い将来、いや明日にでも起こり得る事態と思えるのだが。

想定するシナリオ(事態の推移)

a.スプラトリー諸島(南沙諸島)等の領有権や国家管轄海域の境界を巡って厳しい対立が続く南シナ海で、中国が、他国の漁船や各種調査船を排除する動きを強め、中国と他の当事国の海上法執行機関に属する船舶等の間で異常接近や衝突、更には放水や小火器による交戦が単発的に生じる事態となった。

中国とASEAN諸国との間で、海上衝突防止協定や南シナ海における行動規範が締結されていない状況において、大規模な武力衝突が偶発的に生じることが危惧されるようになった。 

b.そのような状況の中、アメリカは、中国を一方とする国家間の対峙が武力衝突にエスカレートする事態を抑制するため、空母を含む艦隊を南西諸島に沿った西太平洋とフィリピンの群島水域に展開した。

これに対し、中国は、南シナ海における自国の権益と環境の保護を名目として、“第1列島線”の内側海域を“Area Denial”海域として他国船舶の航行を制限すると宣言し、特に、被弾した場合には環境に甚大な被害を及ぼす大型原油タンカー(VLCC)は、南シナ海を迂回するよう警告した。

c.このため、すべての海運会社が、南シナ海を通航するVLCCについて安全策を講じることを余儀なくされた。中国は、南シナ海を通る自国向けの原油タンカーについては、自国海軍艦艇によって護衛して通航させる一方、「9段線」[1]の内側海域には中国の主権が及ぶとして、他国の海軍艦艇の航行は無害通航と認めないとの一方的な立場を示した。

日本は、自国に原油を運ぶVLCCを海上自衛隊の艦船等によって護衛することに慎重な姿勢を見せたため、日本向けのVLCCは、事態が終息する、或いは対応措置が採られるまでの間、南シナ海を避けて航行せざるを得ない事態となった。

d.中東から日本に原油を運搬するVLCCは、通常のルートであるマラッカ・シンガポール海峡を通れば、必然的に南シナ海に入ることになるため、迂回する代替ルートを選定せざるを得なくなった。

e.中国は更に、南シナ海の問題は地域の当事国間で解決すべきもとであると主張してアメリカを牽制し、もし域外の国の武装艦船・航空機が南シナ海に入れば、第1列島線と第2列島線の間の海域を“Anti-access”海域として所要の措置を講じると宣言した。その背景には、中国への原油タンカーの航行路の確保があるものと考えられた。中国の輸入原油の90%は海上輸送によるものと推定されており、港はすべて南シナ海と東シナ海に面している。アメリカがマラッカ海峡を“Offshore Control”戦略の一環として封鎖した場合、中国への原油タンカーは、インドネシア群島水域を通って西太平洋を北上した後、南西諸島の公海部分を通って東シナ海に入る以外にルートがない。そのためには、第1列島線と第2列島線の内側海域のシーコントロールを中国が掌握しておく必要があるためである。

南西諸島からフィリピン諸島に沿った西太平洋は、中国の“Anti-access”海域に当たる第2列島線の内側になる。VLCCがマラッカ・シンガポール海峡を避けてインドネシアの群島水域に入り、その後に西太平洋を北上すれば、そこは中国の“Anti-access”海域である。アメリカと中国の間で緊張状態が高まれば、“Anti-access”海域へのVLCCの航行にも支障を来たす場合が危惧された。

中東方面からインド洋を通って、日本に原油等のエネルギー資源を運ぶ海上交通路は、マラッカ・シンガポール海峡に集束した後、南シナ海に入る。日本は、資源ルートとして死活的に重要な南シナ海を通るシーレーンが遮断される上記のような事態が生起した場合、どのような代替ルートを設定するのか、そして、代替ルートに迂回した場合、どの程度の経済的損失を被ることになるのであろうか?

以下において、経済的損失を定量的に把握するとともに、対応策と予防的措置の在り方について検討する。

(2)南シナ海を迂回する代替ルートの選択

想定した事態に鑑み、中東方面から日本に原油を運ぶVLCCが南シナ海以外のシーレーンに迂回するルートについて考察する。前述したように、必然的に南シナ海に入ってしまうマラッカ・シンガポール海峡は通れない。

中国が第1列島線の内側を“Area Denial”海域として大型原油タンカーの通航に警告を出した場合、日本へのVLCCは、ロンボク海峡を通ってインドネシア群島水域に入り、マカッサル海峡を抜けてフィリピンの東側を北上して太平洋岸の港に入ることになろう。 

更に事態がエスカレートして、第1列島線と第2列島線の間が“Anti-access”海域となった場合、ロンボク海峡-マカッサル海峡のルートも利用できないため、日本へのVLCCは、オーストラリアの南方を通って南太平洋に出て、西太平洋を北上することになろう。

サウジアラビアの港から日本の太平洋岸の港までの航程は、ロンボク海峡に迂回する場合、通常のマラッカ海峡通峡に対して片道約1,000カイリの航程増となる。これが、オーストラリアの南方に迂回したとすると、航程が片道約5,200カイリ増加する。

中東から日本への原油は、チャーターされたVLCCにより往復ピストン輸送で運ばれている。航程が増大すると、到着が遅れるため、チャーターするVLCCを増やさなければ平時の所要量を確保できなくなる。ロンボク海峡への迂回による片道1,000カイリ増では10隻程度、オーストラリア南方迂回による片道5,200カイリ増では50隻程度、それぞれVLCCを増やす必要がある。

世界の原油タンカーの就役状況からして、10隻程度のVLCC補充は可能であろうが、50隻となると、これは困難であろう。つまり、中国が“Area Denial”海域だけを宣言した場合には、日本は平時原油所要量を確保できるが、“Anti-access”海域を設定して実効的に措置した場合、平時所領量を中東方面からだけで賄うことが難しくなる。

2 迂回による影響

(1)海運面からの影響

VLCCの補充から考察してみよう。シーレーンで原油を運ぶコストは、タンカーの傭船料、燃料費、保険料等から積算される。傭船料を変数として考えた場合、新たな契約時における売り手市場原理と海運マーケットにおける高騰などから、図1に示すように、当初においては高コストとなるであろうが、やがて需要と供給の市場原理が働いて、次第に下がり、ある程度のところに落ち着くであろう。極めて粗い試算では、中東からロンボク経由で太平洋側の日本の港に原油を運ぶための傭船費は、当初の2~3カ月では140億円程度の値上がりが予想されるが、おそらく、半年後頃から次第に下落し、通常のマラッカ海峡通航に対して月額にして15億円程度の増額に落ち着くものと考えられる。事態発生から1年間では、230億円程度の損失となる。これを国民が負担すると、一人年間230円であり、大きな経済的損失とはならない。

140630-1
図1 傭船コストの推移予想

インドネシア群島水域の通航ができない場合、オーストラリアの南方を回ることによる航程増に対応するだけのVLCCの補充が困難なところから、中東以外の地域からの原油等の輸入を考えなければならない。

では、日本以外の地域諸国への影響はどうであろうか?南シナ海が通航不能となった場合でも、日本は、フィリピンの東方を北上して太平洋側の港湾に入港することができる。しかし、中国は迂回路を設定することができず、原油の海上輸送が遮断されることになる。中国は、日量にして500万バレルの原油を輸入している。中国もまた、自国向けのVLCCが南シナ海に入ることが困難になった場合、深刻なエネルギー不足に陥るはずである。

(2)経済への影響

南シナ海の航行が制限される事態が生じれば、原油価格が世界的に高騰することが考えられる。過去、第1次・2次石油危機、湾岸戦争、ハリケーン「カトリーナ」等の事態において原油供給危機があった。原油価格は市場で操作されることが多い。南シナ海の通航が制限される事態が発生した場合、投機筋の対応如何によっては原油価格が大きく変動することが予想される。単純に計算しても、原油価格が150ドル/バレルとなると3,900億円/月、200ドル/バレルとなれば9,400億円/月の価格上昇となる。これは、国民一人当たり最低でも3,120円/月の負担増の計算となる。

原油供給の不安定化は、株価にも大きく影響する。1973年に発生した第1次石油危機では、当初2カ月の間下落した株価は一旦上昇したが、その後再び10%程度下落して2年程度低迷した。従って、株価低迷による経済的な打撃も予期しておく必要がある。

日本の原油輸入先(2012年)は、中東83%、東南アジア7%、ロシア5%、アフリカ3%、となっている。東南アジアからの輸入は、ベトナム、マレーシア、ブルネイなどからである。南シナ海の航行が不能となる事態では、これら東南アジアからの原油供給が難しくなるであろう。それでも、日本には190日弱の石油備蓄(2012年)があるので、それを放出して対処することが可能であれば、事態発生から半年程度は凌ぐことができるだろう。 

紛争当事国である中国と南シナ海に面した東南アジア諸国はどうであろうか?前述のように、中国は原油輸入の90%近くを海上輸送に依拠していると見られ、港はすべて南シナ海と東シナ海に面している。中国向けのVLCCは、南シナ海に入ることが困難な場合、インドネシア群島水域を通って西太平洋を北上し、南西諸島を抜けて東シナ海に入るしかルートがない。しかし、中国が“Area Denial”海域を設定している事態においては、中国向けVLCCが南西諸島を通過する選択肢は、軍事的見地からはあり得ない。後述する“Offshore Control”に類似する戦略をアメリカが採用することが予期されるからである。南シナ海に面した東南アジア諸国については、海上輸送が遮断されることになるが、ベトナム、マレーシア、ブルネイ等の産油国については、中国ほどの損失はないであろう。

コンテナ船の航行が困難な場合:世界経済の大混乱

さて、本論では、中東から東アジアに原油を輸送するVLCCについて影響を述べているが、対象をコンテナ船にまで広げると、経済的損失は更に深刻なものとなる。“Just in Time”が要求されるコンテナ市場では、迂回による貨物の遅延は生産ラインに大きな影響を及ぼすことになる。グローバル経済の物流の担い手であるコンテナハブ港の多くが南シナ海に面している。経済活動が国際協調的に世界的規模でダイナミックに動く現在において、コンテナ船が南シナ海に入れない事態が発生すれば、世界経済は大混乱に陥ることになるだろう。

3 “Offshore Control戦略の有効性と受容性

『海洋情報季報』第2号で紹介した[2]“Offshore Control”戦略[3]は、地政学的利点を活かしたアメリカによる中国に対する長距離封鎖を含む経済消耗戦に関する戦略提言であり、中国のエネルギー資源や原材料の輸入と製品の輸出を阻止する意図と能力があることを示すものである。具体的には、第1列島線の大陸側を「排他的海域」と宣言した上で、攻撃型潜水艦、機雷、限定的な航空兵力を投入して大型貨物船やタンカーを攻撃すると警告し、同盟国と協調して第1列島線の太平洋側の海上・航空優勢を確保して、中国向け艦船の通航を拒否するとともに、マラッカ・シンガポール海峡、ロンボク海峡、スンダ海峡、オーストラリアの南北のルートを軍事的に閉ざすことによって、中国への海上輸送を遮断する戦略構想である。

“Offshore Control”は、伝統的な戦争理論における“決定的な勝利”を求めるものではなく、効果的に目的を達成するものである。ハメスによれば、中国本土の施設等への攻撃を避けることにより、核戦争へのエスカレーションを抑制し、中国が紛争を収拾した方が賢明であると判断させて戦争を終らせるように仕向けるものである、とされる[4]。“Offshore Control”戦略は、その根底に中国との戦争は核戦争へのエスカレートを避けるため長期戦になるとの考えがあり、そのため、アメリカの戦力を消耗することなく、中国に紛争終結の選択を強いることに狙いがある。中国に向う船舶が、マラッカ・シンガポール海峡ではなく、パナマ運河かマゼラン海峡、あるいは北極海ルートに回ったとしても、アメリカはこれらすべてのルートをコントロールすることができる。仮に、通航できたとしても、戦闘艦による護衛なくして第1列島線を東から西に通航することは不可能であろう。

140630-2
図2 第1・2列島線
(T.X. Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict”, Strategic Forum, Institute for National Strategic Studies at the National Defense University, No.278, June, 2012.から抜粋)

中国が第1列島線の内側を “Area Denial” 海域と宣言することに対応して、アメリカも同海域を「排他的海域」として “Offshore Control” 戦略を発動すれば、前章で述べたように、中国経済はマヒ状態に陥ることになろう。つまり、南シナ海での紛争が激化し、シーレーンの安全が脅かされる事態が生じれば、最も経済的損失を被るのは中国である。

しかし、“Offshore Control”は、長期に亘る作戦を必要とするところから、世界経済に大きな影響を及ぼすことは必至である。そのため、アメリカの同盟国のフィリピンや友好国のベトナムが被る経済的損失は大きい。これらの国を、どのように支援し、“Offshore Control”を継続するかが大問題となるであろう。

また、“Offshore Control”によって中国経済が麻痺する事態が生じれば、インド洋東部からマラッカ・シンガポール海峡を経て南シナ海に至る海域のシーコントロールを巡って争いが生じることは必至であり、“A2/AD”戦略対“AirSea Battle”の戦争にエスカレートする事態が十分に予想される。そのように考えれば、南シナ海のシーレーンが脅かされる事態において、“Offshore Control”を発動することは、有効性には大きなものがあるが、受容性として受け入れ難い事態が生じることを認識する必要がある。

4 シーレーンの安全保障政策への私的提言

繰り返しとなるが、ユーラシア大陸の東南縁に沿って走るシーレーンは、世界経済を支える大動脈であり、日本にとっては、エネルギー資源を運ぶ生命線である。中東から日本への原油タンカーは、インド洋からマラッカ・シンガポール海峡に集束した後に南シナ海に入る。その南シナ海では、島嶼の領有権や海底資源の開発権を巡って、中国を一方の当事国とする激しい国家間対立があり、海上衝突防止協定(Incident at Sea Agreement)、海上衝突回避規範(Code of Unplanned Encounters at Sea)や行動規範(Code of Conducts)が定められていない現状において、偶発的な武力衝突の発生が危惧される。南シナ海を舞台として、たとえ散発的であっても武力衝突が生じる、あるいは更に、国家間の意図的で継続的な武力紛争にエスカレートすれば、そこを通るシーレーンは危険にさらされ、部分的に、あるいは全面的に遮断されることになる。 

南シナ海を通過したシーレーンは、バシー海峡または台湾海峡を経て東シナ海に、まれには、西太平洋に至る。東シナ海では、尖閣諸島周辺の海域において日本と中国の海上法執行機関の船舶が対峙しており、西太平洋では、中国海軍の艦船等が米海軍のプレゼンスに挑むかのように活動を活発化させている。南シナ海での武力衝突は、アメリカと中国、そして日本と中国との対立構造から、連鎖的に東シナ海へと及ぶ危険性が十分に想定できる。

南シナ海のシーレーンが閉ざされた場合、原油とエネルギー需要を如何にして確保し、経済的損失を許容範囲内に収めるか、更には、東シナ海へと紛争が飛び火することを如何にして抑えるか、それは、日本にとって安全保障上の最大の課題である。以下は、シーレーンの安全保障のための私的提言である。

(1)所要船舶・エネルギー資源の確保

・日本仕向けの原油タンカーが、マラッカ・シンガポール海峡からロンボク海峡に迂回せざるを得ない事態において、補填が必要となるVLCCの隻数の速やかな確保策を講じておく必要がある。世界のVLCC市場では余剰船舶が存在することから、需要が生じた地域に集まってくるであろうが、事態発生の当初においては、傭船費用が高騰することが予期され、それは国家経済に大きな損失を与えることになる。南シナ海における武力衝突は、偶発的に突然に発生することが予想されることから、傭船費用の高騰を招かない速やかな対処策を考察しておくべきであろう。

・原油の代替輸入先および代替エネルギーについて、検討が必要である。南シナ海での武力紛争は、中東のみならず、東南アジアからのエネルギー資源の途絶をも招くことになる。そもそも、中東地域の安全保障環境は、東アジアにも増して不安定である。アメリカ大陸あるいはロシアからのシェール石油を含む原油の安定的確保について検討すべきであり、一方で、エネルギー源としての原油への依存度を低減させていくことも必要である。 

・本論では、エネルギー資源として中東からの原油を、海運としてはVLCCに対象を絞って検討したが、LNGや鉱物資源、それらを運ぶ船舶を対象とした、国家的な定量的分析・評価と総合的な対策が必須である。

(2)南シナ海の安全保障環境の安定化

・現在の安全保障環境において、南シナ海のシーレーン通航が制限される事態は、現場における偶発的な武力衝突によって生じる蓋然性が最も高く、その後の国家間対応の如何によって、収束するか、あるいは国家間の武力紛争事態に陥るかが決まる。現場における偶発的な武力衝突の発生を抑えるためには、関係国間の海上衝突防止協定や行動規範などの策定が不可欠である。海上事故防止協定や行動規範に合意するためには、その前提として国家間の信頼醸成と国際法解釈の共通認識が必要である。この面において、日本は、地域国としてリーダーシップを発揮すべきである。

・国家間において、信頼醸成や国際法解釈の共通化を図るには、地域における安全保障協力の体制が必要である。南シナ海の海上交通が遮断される事態となれば、日本のみならず、地域と世界の経済は計り知れない打撃を被ることになる。特に、主要港が南シナ海に面している中国や東南アジア諸国は、日本以上の損失を被ることになるであろう。南シナ海を取巻く安全保障環境の安定化の必要性を地域共通の認識とし、安全保障協力の態勢構築の道筋を作為すべきである。

(3)海上交通路の防衛

・本論ではVLCCに対象を絞っているが、エネルギー資源のみならず、ドライバルクやコンテナ船についても考察すれば、南シナ海を通る物流の途絶が、日本経済のみならず世界経済に与える損失が計り知れぬ程に甚大なものであることが把握できるであろう。特に、定時運航が求められるコンテナ市場では、被害は原油よりも多大なものとなるとの見方がある。冷戦時代、シーレーンの防衛が日本の国防の最大関心事となり、そのための防衛力整備が図られた。冷戦後は、マラッカ海峡等における海賊の存在が海上交通路の安全を脅かすものとなり、国際的に様々な対策がとられてきた。そして今は、東アジアの地域には国家間武力衝突の危険性が高まっているという前提認識のもと、シーレーンの防衛策が検討されなければならない。そこにおいては、単に自衛力だけではなく、海上法執行機関との共同、同盟国や関係国との協調行動、更には、コンテナ船やバルク船を運航する民間会社等との連携策が必要となることを認識すべきである。

・南シナ海での偶発的武力衝突事態は、現行の自衛隊法における行動事態に該当しない。海上警備行動が発令されたとしても、集団的自衛権の問題が残っている。現状の安全保障環境に適合する防衛行動に関する法整備が必要である。

(2014年6月30日配信【海洋情報特報】より)


[1] 中国国家測量地理情報局が認可したものとして、2014年6月25日付の中国各紙が掲載した中国の地図では、台湾の東方に一段加えた十段線となっている。
[2] 拙稿「オフショア・コントロールとシーレーンの安全保障」『海洋情報季報』第2号(海洋政策研究財団、2013年7月)。
[3] T.X. Hammes, “Offshore Control : A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict”, Strategic Forum, Institute for National Strategic Studies at the National Defense University, No.278, June, 2012.
http://www.ndu.edu/inss/news.cfm?action=view&id=162 (2012年6月28日掲載).
[4] Ibid.