インドの海洋進出

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~「インド太平洋地域」における戦略的含意~


長尾 賢,学習院大学非常勤講師(安全保障論)

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昨今、海洋安全保障の重要性は高まる傾向にある。長く大陸国家だと思われていた中国の海軍力増強と、海軍力を背景とする海洋進出の動きは活発化する傾向にある。また2014年になって、ロシアが併合したクリミア半島については、海軍戦略上重要な地域として知られている。ロシアでは北極海の航路やエネルギー開発もあって海洋重視の傾向が出つつあり、保有する戦車の大半を保管装備にする一方で、海軍艦艇は維持する傾向が見て取れる。

このように昨今、大陸国家だと見られていた国が海軍力をより重視する傾向があるが、インドにおいても同じような傾向がでている。インドは中国とパキスタンに接し、130万の陸軍を中心としてこれに対処してきた。しかし、昨今、インドは海軍をより重視する傾向を示しており、空母、水上艦、原潜の整備に力を注いでいる。なぜインドは海洋を重視し始めているのか。本稿は、インド海軍の増強を分析し、それが日本の戦略にとってどのような意味をもつのか考察するものである。以下、インドが行っている海洋進出の状況を、海軍力の近代化と、沿岸国との連携の側面から概観し、その原因の分析をした上で、日本にとっての意味を考える。

1.インドの海軍の近代化

インドの戦略的転換を示すものとして一つの文書がある。タイトルは「非同盟2.0」、インドの歴代国家安全保障アドバイザーがすべて参加して執筆された文書であるために、公的文書ではないが、公的文書のようにみられている文書である。その38ページに、現在のインドの軍事パワーが大陸思考に基づいて形成されてきたもので、これを海洋パワーとして台頭することがインドの戦略的目標になることが明記されている[1]

この文言を裏付けているのが、インド国防費における陸海空軍のシェアである。インドの国防費の陸海空軍のシェアをみてみると(図1)、インド海軍のシェアは陸海空三軍の中で最も低いが、1990年度の13パーセント弱から2013年度の18パーセントまで上昇し続けている。国防費全体が増えているわけであるから、インドが海軍に割り当てている予算は大きな伸びを示していることがわかる。

図1:インドの国防費における陸海空軍の割合の推移
140514-1
参照:Ministry of Defence, Government of India, Annual Report各号等(図は筆者作成)。

このようなインド政府の方針と予算の増加によって、インド海軍の装備は明らかに充実しつつある。まず空母については、2014年1月、インドは2隻目の空母を配備した。初の国産空母も建造中で、2013年に進水し、2017年か、2018年には就役することが見込まれている。もう1隻建造する計画があり、老朽艦が退役したとしても、2020年代には2~3隻の空母を運用できる体制になると見込まれている。もし3隻保有すれば、1隻を整備、1隻を訓練に充てている間でも、常に1隻は即応できる体制になる。

水上戦闘艦についても大型化が進んでいる。満載排水量3000トン以上の水上戦闘艦については、1990年には14隻、2000年に17隻、2013年には23隻と数を増やし続けている。

原潜についても増加傾向にある。2012年にロシアから1隻リースした。2隻目のリースについて交渉中である。2014年中に、初の国産原潜を進水させる見込みで、計画は遅れ気味であるが、2014年中に就役する可能性がある。2020年代中に、原潜を5~9隻程度保有するものとみられている。

このような3種の軍艦の整備は、インドが複数の空母機動部隊を保有するために行っているものと捉えることができる。例えば空母1隻を中心に8隻程度の大型水上艦と、さらに原潜も加えれば、空母機動部隊として一定の能力発揮が可能である。

インドはこのほかに、対潜哨戒機や無人機、沿岸監視レーダーによる哨戒網の構築や、揚陸艦の整備にも力を入れている。

2.沿岸国との連携強化

インドの海洋における動きは、このような海軍の整備だけにとどまらない。特に注目するべきは、インドが海洋に面する沿岸国との安全保障上の連携を強化していることである。インドは特にインド洋と南シナ海において海洋安全保障上の連携を活発に行っている。

インド洋周辺においてインドは、アフリカ東岸、中東、南アジア周辺国すべてで連携を強化している。例えば、アフリカ東岸のマダガスカル、モーリシャスではインド海軍の通信施設を設置している。セイシェルに対しては哨戒機を供与、現地の海軍訓練のための艦艇を派遣し、そのまま訓練を名目に常駐している。また、中東では、イランのチャー・バハール港の港湾建設を進めており、湾岸協力会議加盟国各国(アラブ首長国連邦、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア)との連携も進め、インド海軍の艦艇の訪問が増えており、特にオマーンとの間でマスカット港利用の合意を取り付ける等、関係を強化している。南アジアにおいては、モルディブに対しても哨戒機の供与を進め、訓練も提供しているし、スリランカへも沖合哨戒艦艇の供与と情報の提供を行っている。そして、ミャンマーの海軍へも哨戒機を輸出、潜水艦ソナーの輸出も決めた。また、インドネシアやオーストラリアとの関係も強化し始めている。

インドは、このような連携を南シナ海沿岸国との間でも強化する傾向にある。特にベトナムとの関係は、その関係が冷戦時代にさかのぼることから、非常に深いものとなっている。現在、印越間では、陸海空軍全軍で連携が進んでおり、海軍については艦艇の訓練や修理部品の提供が行われている。その中には、ベトナムが新しく整備中の6隻の潜水艦の訓練も含まれている。マレーシアについては、主に空軍の戦闘機パイロットや地上要員の訓練を提供しており、インドネシアに対しても、空軍の戦闘機の整備を行っている。現在、フィリピンに対してもフリゲート艦2隻の輸出交渉を行っている。タイについては、空母を購入した際に乗員の訓練も行った。また、シンガポールに対しては、インド国内の訓練施設を長期間貸し出している。さらに、インドネシアとタイとの間では、共同パトロールを定期的に実施しており、シンガポールとの間でも共同訓練を定期的に行い、東南アジア諸国の多くが参加するミラン共同演習を主催している。

この他にインドはアメリカ海軍、そして日本の海上自衛隊との間での共同訓練にも力を入れている。アメリカ海軍との間では1992年以降共同訓練が始まったが、2001年以降だけでも70回以上の共同訓練を実施している。日本との間でも、2007年と2009年の米印共同訓練に日本が参加したことのほか、2012年からは日印間の共同訓練が毎年実施されるようになった。

このようなインド洋から南シナ海におけるインドと沿岸国との協力関係は、インドが海洋国家としてどの地域への展開を考えているか、その方向性を暗示するものとして注目されるものである。

3.なぜインドは海洋に進出するのか

なぜインドは海軍力を増強し、海洋沿岸国との関係を強化しているのだろうか。インドが海軍力を増強している背景には、インドの経済発展が、海外から輸入するエネルギーに依存していることがある。しかしそれだけでなく、インドにおける海洋政策の議論では、中国の海洋進出に関する議論が活発に行われている。ここから、中国のインド洋への進出によってインドの危機感が高まり、インドの海軍増強に拍車をかけていることは無視しえない部分といえる。

中国はインド洋で何をしているのだろうか。その何がインドの警戒を招いているのだろうか。中国は経済発展に伴うエネルギー輸入の増大によって、中東からインド洋と南シナ海を通って中国に至るシーレーンの防衛のために軍事展開することが予想されている。そのため、中国のインド洋における活動は、最終的には軍事展開につながる一環として警戒感を招いており、具体的には少なくとも3つのことが進められているとみられている。

1つ目は、中国がインドの周辺国で港湾建設を行っていることである。中国はパキスタンのグワダル港、スリランカのハンバントタ港、バングラデシュのチッタゴン港、ミャンマーでは多数の港において港湾建設を行っている。これらの港は基本的には商業港であるが、商業港でも軍艦の補給や修理を行う能力があれば、将来軍事展開するための布石になる。しかも、これらの港をつなぐとインドを包囲する形になるため、インドはこれらの戦略をインドという頭に首飾りをかける「真珠の首飾り」戦略として警戒している。

2つ目は中国がインドの周辺国に対して武器を輸出し、軍事的な影響力を増しつつあることである。武器は高度な機械であるが過酷な環境で乱暴に扱われるため、どうしても故障し、修理体制に依存するようになる。このため、中国製の武器を使う国は、中国の支援体制に依存することになり易い。インドの周辺国(パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマー)については、中国から多くの武器を輸入して配備しており、中国に対して依存度が高まっている。特に現在バングラデシュが、中国から2隻の潜水艦を輸入する計画を進めていることについては、中国軍のインストラクターが派遣されてくることも含め、インドの強い警戒感を招いている。

表1:インド周辺国における中国製武器が占める割合

パキスタンスリランカバングラデシュミャンマー
戦車71%0%100%68%
水上戦闘艦36%0%25%50%
戦闘機41%35%90%73%

※International Institute for Strategic Studies, The Military Balance 2014をもとに算出。

そして3つ目は、中国軍が直接インド洋へ軍事的に展開するようになったことである。中国海軍は少なくとも2012年には原潜によるインド洋パトロールを開始したとみられている。2012年だけで、22回も中国の原潜の行動が確認されているからだ。また2011年にはインドの領海ぎりぎりのところで不審な漁船団が活動していることが報道されており、インドは警戒感を強めている。

このように、インドは中国によって海洋方面から圧力を受けている。そのため、インドはこれまであまり意識していなかった海洋における自らの権益について、意識せざるを得なくなっている。インド洋については、インドから近く、インドの国益に直接かかわる地域である。そのため、インドは中国に権益を奪われないように、インド海軍の近代化と、沿岸国との関係強化を図っている。

一方、インドが南シナ海の沿岸国との関係を強化する背景も同じような構造といえる。インドと南シナ海沿岸国との経済的つながりが海洋安全保障上の連携の必要性を促しているが、同時に、中国に対抗する上で必要に迫られている側面があるからだ。インドには、中国がインド洋に進出している以上、インドも南シナ海に進出して対抗するべきだとの意見があり、もし中国がインド洋に核兵器を搭載した戦略ミサイル原潜を配備するようなことがあれば、インドは南シナ海に戦略ミサイル原潜を配備し、対抗するという意見もあるほどなのである。

ここから、インドの海洋重視の傾向は、インドの経済発展に伴う海運への依存度が高まる傾向だけでなく、中国に触発された傾向を指摘し得る。中国の海洋進出が進めば進むほど、インドは海への投資を増大させていくことが予想される。

4.日本に対する戦略的意味

インドは海洋国家として歩む意思をもち、海軍力の近代化を進め、一定の成果を上げ始めている。そしてインド洋と南シナ海等で沿岸国との安全保障関係も強化し、地域でのプレゼンスも高め始めてもいる。そしてその背景には、インドの経済発展の結果、海運を通じたエネルギー輸入が増大する傾向があることとともに、中国の海洋進出に触発されて海を意識している側面がある。

このようなインドの海洋国家としての台頭は、日本の戦略にとってどのような意味をもつだろうか。大きく分けて3つの可能性があるといえよう。1つ目は、日米中のパワーバランスが大きく変わる中において、インドが加わることでパワーバランスを安定に導く可能性を指摘し得る。満載排水量3000トン以上の水上戦闘艦の数で比較すれば、1990年にアメリカは230隻、中国は16隻だったものが、2014年にはアメリカ101隻と中国39隻になり、その差が縮まっている。そのため、相対的に小さくなった米海軍を補う意味で、アメリカの伝統的な同盟国である日本やオーストラリアの海軍が果たす役割は大きくなりつつあるが、中国の軍事力の近代化のペースは非常に速いため、日豪の努力だけでは不十分になる可能性が出ている。そこでインドとの連携の重要性が浮上しつつある。中国を意識しながら海軍力の近代化を意識しているインドは、どちらかといえば日米豪との連携を模索する方向性にある。インドと中国との間で行われた共同演習が非常に少ないのに対し、米印間の共同演習が2001年以降70回にも及ぶことは、その実態をよくあらわしている。日米同盟を基盤とする安全保障体制を構築してきた日本にとって、インドとの連携は中国とのパワーバランス維持のために必要性を増しつつある。

2つ目の可能性は、インドが、東南アジアとの連携を考える上で重要になる可能性である。特に南シナ海の安全保障においてインドは重要な役割を担うかもしれない。南シナ海は中国の海洋進出上、最も重要な焦点になる可能性がある。東シナ海には日本があり、インド洋にはインドがいるが、南シナ海沿岸国には大きな海軍を保有する国がなく、一種の力の空白地帯になりかねないからだ。そのため中国にとって、最も進出し易い環境にある。こうした力の空白地帯をつくらないためには、南シナ海沿岸国の防衛力を強化する必要があり、日本をはじめ域外の国々はこれを支援する必要がある。

インドはすでに南シナ海の沿岸国の軍隊の訓練を手掛けており、成果を上げつつある。そのため、東南アジア諸国の防衛力強化という観点から、インドはより大きな役割を果たす可能性がある。共通の目的をもつ日印が連携すれば、より効率的な支援が実施可能かもしれない。

3つ目は、インドがインド洋の安全保障において、より大きな役割を果たす可能性である。イギリスがスエズ以東から撤退した1970年代以降、インド洋の安全保障を担ってきたのはアメリカであった。しかし、昨今、中国とのパワーバランスの変化を踏まえれば、米海軍は西太平洋により重点を置いて展開したい側面がある。米印が連携し、インド洋において米海軍が担ってきた役割をインドの海軍力が担うことができれば、その分だけ、米海軍は西太平洋の情勢に対応し易くなることが予想される。2014年にアメリカが公表した新しい「4年ごとの国防計画見直し(QDR)」において、アメリカが「アメリカはインドの台頭を支援する[2]」としているのも、このような背景があるものと推測される。

インド洋の安全保障をどの国が責任をもって担うかという課題は、2001年以来インド洋に艦艇を展開しているシーレーンを守ってきた日本にとっても重要である。日印海軍の連携を強化し、インド洋におけるシーレーンの防衛で協力することは、それだけ、海上自衛隊の負担を減らすことにつながろう。

こうしてみてみると、インドが海洋安全保障に責任をもつ国として台頭することは、日本の安全保障にとって大きな可能性が開けている。2007年にインド国会で演説した安倍首相の言葉、「強いインドは日本の利益であり、強い日本はインドの利益である」は、実際に日印の連携を深めることによって実現していくべきものと考えられる[3]

※本稿は長尾賢・学習院大学講師の寄稿論文である。本稿で述べられた見解は筆者個人のものであり、海洋政策研究財団とは一切関わりがないことをお断りしておく(編集担当)。

(2014年5月14日配信【海洋情報特報】より)


[1] Sunil Khilnani, Rajiv Kumar, Pratap Bhanu Mehta, Lt.Gen(Retd.)Prakash Menon, Nandan Nilekani, Srinath Raghavan, Shyam Saran, Siddharth Varadarajan, “Nonalignment 2.0: Aforegin and Strategic Policy for India in the twenty first century”, (New Delhi, Center for Policy Research, 2012), p.38
(http://www.cprindia.org/sites/default/files/NonAlignment%202.0_1.pdf )(最終確認2014年4月28日)。
[2] US Department of Defense; Quadrennial Defense Review 2014, (2014), p.17
(http://www.defense.gov/pubs/2014_Quadrennial_Defense_Review.pdf )(最終確認2014年4月28日).
[3]外務省「インド国会における安倍総理大臣演説「「二つの海の交わり」」(2007年8月22日)
(http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html )(最終確認2014年4月28日)。