中国のADIZ設定について

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以下に、2013年11月23日に中国が東シナ海に設定した防空識別圏(Air Defense Identification Zone: ADIZ)について解説し、海外での論調を紹介する。

Ⅰ.ADIZとは

(解説:山内敏秀・元防衛大教授、海上自衛隊OB)

中国国防部は11月23日、東海防空識別区、即ち東シナ海における防空識別圏 (Air Defense Identification Zone:以下、ADIZと言う) の設定を発表した。これに併せて東海防空識別区航空器識別規則を公告した。これが我が国やアメリカ、韓国、台湾など関係諸国との間に軋轢が生じさせることになった。

ADIZとは何か。ADIZの設定は、航空機の発達と無縁ではない。国家は、その領土あるいは内水又は領海に対して主権を有するが、その主権はそれらの上空にも及ぶ。そして、国家を防衛することは、領土、領海、領空における主権、即ち対外的な独立性を維持することに他ならない。従って、国家は、これらに無断で侵入するものを排除する権利を有する。他方、中国も批准している国連海洋法条約では公海に関する部の第86条で、「いずれの国の排他的経済水域、領海若しくは内水又はいずれの群島国の群島水域にも含まれない海洋のすべての部分に適用する」として、それに続く第87条第1項bに「上空飛行の自由」が明記されている。さらに、第58条第1項に「すべての国は、・・・排他的経済水域において、・・・第87条に定める航行及び上空飛行の自由・・・を享有する」と定めている。また、沿岸国は、領海を航行する外国船舶に対しては軍艦を含め、無害航行権を認めなければならないが、領空についてはこの様な規定はない。

一方、航空機がジェット化し、高速になるにしたがい、領空へ侵入しようとする航空機への対応時間は極めて限られたものになってきた。このため、領空を侵犯する可能性のある針路にある飛行目標を余裕のある段階で何者であるかを確認しておくことは、国の防衛の観点から極めて重要である。ここにADIZ設定の基本的な要求があり、ADIZは当然のことながら領空の外側に設定されることになる。そこで今回の中国のADIZ設定における最初の問題点は、中国が公告した「東シナ海防空識別圏航空機識別規則(中文:東海防空識別区航空器識別規則)」の第3条でADIZを飛行する航空機は東シナ海のADIZを管理する機構またはその機構から権限を受けた機関の指令に従わなければならいとしている点が、上空飛行の自由を規定した国連海洋法条約に抵触することである。

第2の問題点は、ADIZを飛行する航空器が中国の規則に従わない場合、中国軍は防御的な緊急措置を執る(中文:位于東海防空識別区飛行的航空器、・・・対不配合識別或不服従指令的航空機、中国武装力量将採取防御政緊急処置措施。)としている点である。上述のとおり中国ADIZ内とはいえ、原則、公海上空を飛行するわけであるから飛行の自由を制限し、従わない場合に軍事的対応をとることの正当性には疑問がある。もちろん、軍事的措置の内容が不明であるため単純に正当性を否定することはできない。

日本は1969年(昭和44年)に、「防空識別圏における飛行要領に関する訓令」(防衛庁訓令第36号)を制定し、この訓令第2条に防空識別圏の範囲が定められている。更に、2010年(平成22年)に与那国島周辺空域のADIZの範囲を変更する防衛省訓令が出されている。これは与那国島をほぼ二分する形で設定されていた従来のものを与那国島の領空から2カイリ(約3.7キロ)外側に設定し直したものである。その目的は、第1に「わが国の周辺を飛行する航空機の識別を容易」(傍点、筆者)にすることであり、第2に「自衛隊法第84条に規定する領空侵犯に対する措置の有効な実施に資する」とされている。

日本が領空侵犯対処を米軍から引き継いだのは1958年(昭和33年)であり、それ以降、2012年(平成24年)度末までに、航空自衛隊が緊急発進を実施した件数は2万2,446件に上る。その中で領空侵犯が行われたのは平成24年度末までに36件であり、その措置として警告射撃が実施されたのは1987年(昭和62年)の沖縄本島の領空を旧ソ連機が侵犯した時の1事例だけである。大半の事案では、緊急発進した戦闘機は目標を識別し、その動静を監視して、目標が進路を変更して領空を侵犯する恐れがないことの確認だけである。

今1つ、話題となっているのが飛行計画提出の義務化である。まず、民間航空機の運航に関し、根本となる取り決めは国際民間航空条約であり、日本も中国もこれを批准している。そして、民間航空機が飛行する場合、有視界飛行で遊覧飛行をするようなものを除き、いずれも計器飛行で指定された航空路を飛行する。このため、飛行計画の提出が求められる。その提出先は通過するFIR (Flight Information Region) 範囲を管轄する当局が指定する機関になる。日本の空域は条約の定めにしたがい、福岡FIRが管轄している。今回の中国が設定したADIZ範囲は国際条約に基づく福岡FIR範囲と競合しており、東シナ海のADIZ設定の声明とともに公告された「東シナ海防空識別圏航空機識別規則(中文:東海防空識別区航空器識別規則)」第2条に東シナ海のADIZを飛行する航空機は飛行計画を中国外交部または民用航空局に通報しなければならない(二 飛行計画識別 位于東海防空識別区飛行的航空器、応当向中華人民共和国外交部或民用航空局通報飛行計画)」としていることは中国も批准している国際条約によって日本に付与されている航空交通管制の権限を侵害するものである。

更に、懸念される問題は、今回設定されたADIZに中国が領有権を主張する尖閣諸島が含まれることである。中国の立場に立てば、中国の領土とする同諸島の上空は中国の領空ということになり、これへの侵入を阻止する権利を有すると主張する。一方、日本にとって、同諸島は歴史的に固有の領土であり、その上空への侵入を阻止しなければならない。このような状況の中でそれぞれが他方の航空機、特に軍用機が侵入する可能性があると判断し、戦闘機が緊急発進した場合、上空で不測の事態が生起する可能性を否定することはできない。特に2001年の米海軍のEP-3哨戒機と中国海軍の殲8戦闘機の接触事故に見られるように、中国の対応の仕方が往々にしてより攻撃的になる傾向にある。中国の特徴として国内の目を意識しての対応が上げることができる。これが必要以上に好戦的な対応行動を招く可能性を秘めている。

***なお、1月22日付、川中敬一・元防衛大学校准教授による特報「中国の“機動-5号”演習と防空識別圏設定・公表の含意」も併せて参照されたい。***

Ⅱ.中国のADIZ設定を巡る海外論調

1.11月26日「中国、ADIZ設定―東アジアの新たな火種」(CSIS, November 26, 2013)

米シンクタンク、CSISのMichael J. Green上席副会長をリーダーとするアジアチームは、 “China’s Air Defense Identification Zone: Impact on Regional Security ” と題するQ&A型式の論考を発表し、中国のADIZ設定について、アメリカを始め近隣諸国の反応や中国の狙いについて、要旨以下のように述べている。

Q1:アメリカやその同盟国はどのように反応したのか?

A1:ケリー国務長官とへーゲル国防長官は個別に米国の懸念を表明した。ケリー国務長官は、中国のこのような動きは「東シナ海の現状を変更しようとする試みである」と指摘し、「事態をエスカレートさせるような行動は緊張を高め、衝突の危険を生むものである」と警告した。ヘーゲル国防長官は、そのような行動は誤解と誤算の危険を生むものであると指摘した。国防長官は、係争中の島嶼に日米安全保障条約が適用されると再確認した上で、中国の発表は米軍の作戦を何ら変更させるものではない、と強調した。11月26日、グアムを飛び立った米軍のB-52爆撃機2機が米国の権利を主張するために問題の地域を飛行した。

日本の安倍首相は、強制的に東シナ海の現状を変更しようとする危険な試みであると公然と非難し、日本の領海、領空は護り抜く決意を示した。そして、北京は国際空域の飛行の自由を阻害するような如何なる方策も撤回するよう要求した。岸田外相は、日本はADIZの撤回を求めるにあたり、アメリカ、韓国、その他の国々と緊密に連携していくと表明した。齋木外務事務次官は、程永華駐日大使を呼んで、ADIZ設定に関する発表に正式に抗議する旨を伝え、中国に今回の措置の撤回を求める安倍首相の発言を再度伝え、尖閣諸島は日本の領域の一部であるという日本の立場をねじ曲げようとする中国の正当性の主張を退けた。小野寺防衛相は、自衛隊は監視活動を調整するため米軍と共同していくと発言した。

韓国外務省は11月25日、陳海中国公使を呼んで中国が独自にADIZを設定したことは遺憾である旨を伝えた。さらに、韓国国防省も、中国大使館の国防武官を通じて同様の趣旨を伝達した。韓国国防省国防政策室長柳済勝は、韓国はADIZを認められないとしたうえで、係争中の蘇岩礁(韓国名:離於島)周辺海域に対する管轄権は韓国にあると主張した。

オーストラリアは11月26日、中国大使を呼んで懸念を表明し、ビショップ外務大臣は声明を発表した。

Q2:なぜ、中国のADIZがこのような否定的な反応を引き起こしたのか?

A2:日中の2国間関係が既に厳しい状況にあり事故の危険性が高まっている時期に、中国の行動は、両国間の領土問題を巡る対立による緊張を一層高めるものである。日本のADIZと中国のADIZかなり広い部分で重複している。一方の航空機が重複している空域に入った場合、他方は戦闘機を緊急発進させ、侵入者を阻止しようとする事態も起こり得る。もしその阻止行為が国際的規範に基づき、安全に実施されなければ、衝突の可能性がある。攻撃的な阻止をした中国の戦闘機が米海軍の哨戒機と衝突した2001年の事案を思い起こして欲しい。結局、この事案では、中国のパイロットが死亡し、米軍機は海南島に強制着陸させられ、搭乗員24名が11日間拘束された。そして、米中関係が緊張した。

更に、中国が規定した航空機識別規則では、中国領空に進入する航空機と中国ADIZ内を中国の沿岸線に沿って並行に飛行する航空機の間に区別は設けられていない。ケリー国務長官はこの点に関し、声明の中で米国領空へ進入しようとしていない航空機にこのようなADIZ手続きを米国は適用していないとした上で、中国領空に進入しようとしていない航空機にこのような行動を取る権利を認めないことを示唆した。ヘーゲル国防長官は、この地域における米軍の軍事作戦の実施に何ら変更はないと発言している。

一部の中国人は、問題となっている尖閣諸島周辺空域で日本機に対して対応行動をとっても米国は反応しないと考えている。それは、島の主権に関わる問題には、アメリカは関与しないとの立場を取っているからと思っている。ヘーゲル長官が日米安全保障条約に基づき日本に対するコミットメントを繰り返し言及していることは重要で、中国の誤算を防止するのに役立つかもしれない。

韓国にとっての問題は、韓国空軍が既に哨戒を実施している済州島南方の韓国ADIZが中国のADIZと重複していることである。中国のADIZには、韓国が実効支配している東シナ海の暗礁、離於島が含まれている。離於島の領有を巡っては、中韓両国は歴史的に争ってきた。中国の反対にもかかわらず、韓国は、2003年に無人の観測施設である離於島海洋研究センターを建設した。韓国海軍は離於島を作戦海域に含めており、韓国と中国の間の海洋を巡る紛争の可能性が増大している。

Q3:なぜ中国は東シナ海にADIZを設定したのか?

A3:人民解放軍の報道官は、中国が自衛権の行使としてとる必要な手段であると説明している。更に、特定の国あるいは目標に向けられたものではないとも発言している。それにもかかわらず、東シナ海におけるADIZの設定を宣言したのは、東シナ海での係争中の島々に対する中国の主張を強化する目的と見られる。これは、日本がその領空を侵犯する恐れのある無人機を撃墜する権利を留保するとの警告を発したことに対する、中国の対応かもしれない。尖閣諸島を含むADIZの設定によって、北京は、この空域において作戦する日本の航空機に対し挑戦し、必要なら対応行動をとる根拠ができたと考えるかもしれない。また、北京は、ADIZに進入した日本の戦闘機を阻止するために下令した緊急発進の回数を収集し、公表したいと思っているのかもしれない。日本は既に、中国及びロシア機による進入のデータを公表している。中国は、党と軍が中国の主権と領土の統一を護るために最大限の努力をしていることを、中国国内に向けて誇示することによる利益を考慮に入れているのかもしれない。

Q4:習近平体制下での対外政策及び軍事戦略策定に今回の行動はどう適合するのか?

A4:最初に言えることは、ADIZの設定は、習近平政権の最初の対外政策とは相容れないということである。政権発足後は、習政権は近隣諸国との関係を再構築することを重視していた。しかし、習近平とその同僚たちは、10月に行われた周辺諸国との関係をさらに改善するための戦略に焦点を当てた秘密会議において、1990年代の終わり頃に中国が始め、非常に効果があると考えられた「微笑外交」を放棄した模様である。ADIZの設定は、新しい指導層がこの地域で中国が直面している安全保障上の諸問題について枠組みを設定しようとしているという文脈から理解すべきである。10年に1度の権力の移行と経済問題のせいで、中国の指導層は2012年、米国のアジアでの戦略的再均衡化が中国の安全保障に及ぼす意味合いに対する公式の見直しをほぼ1年間延期してきた。しかし、権力の継承を終わった今、習近平政権の状況分析の輪郭は、より一層鋭く焦点を当ててくるようになった。例えば、2013年の国防白書のような最近の正式の文書は、中国の対外戦略指針の判断は引き続き妥当であるとしている。その判断とは、2020年に向けて中国は戦略的機会に恵まれた時期にあり、その対外的戦略環境は国内の開発に集中するのに好都合であるとするものである。一方で、これら公式文書は、この戦略的好期はこれまでにない圧力の下にあり、アメリカの再均衡化がその原因であるとしている。この再均衡化に対して、習近平は、人民解放軍に「戦争に備え、勝利を得る」ために準備するよう繰り返し説示することで、事態を重視している姿勢を示している。終わったばかりの18期3中全会から考察してみると、指導部は人民解放軍の戦闘効率の改善を目指した軍の機構改革を推し進めることを考慮しており、このことは指導部が地域における紛争のリスクが高まっていると判断しているとのシグナルを発信しているとの印象を与える。従って、ADIZの設定は、習近平がこの脅威評価への体制としての対応の準備を促進する上で、貢献するものであると見ることができよう。このことは、尖閣諸島を巡る対立に内在する事故の可能性だけが、アメリカの安全保障政策立案者が注目しなければならない東シナ海における事態の拡大のリスクではないことを示唆している。

Q5:今回の中国の行動のアメリカあるいは他の地域の国々に対する含意は何か?

A5:アメリカの認識では、ADIZの設定は、東シナ海の中国の領空と領海に加え、その周辺空域を含め、中国の主権主張を促進するための慎重な戦略の一環と見られる。日本、韓国及びその他のパートナーとの緊密な協調と防衛協力、そして米軍の前方展開の維持という明確な戦略は、北京がこの地域の安全を脅かすような一層のエスカレーション措置に走ることを抑制するであろう。アメリカと日本の指導者は、こうした中国のエスカレーション措置を、日本の決心と日米同盟の有効性を試そうとするものと見ている。しかしながら、中国の侵略的行動はむしろ、安倍首相の安全保障政策に対する国内及び域内の支持を強めているようであり、日米同盟を強化しようとする努力を促進し、日米両国の軍事的一体性と相互運用性を促進することになるであろう。日本への支持は、南シナ海に面する東南アジア諸国に広がっている。これらの国々は、中国が南シナ海においても同じように係争中の島々を包摂するADIZを設定するのではないかと懸念している。

記事参照:
China’s Air Defense Identification Zone: Impact on Regional Security

2.11月26日「中国はADIZ設定で戦略的ミスを冒したのか―米専門家論評」(CNN, November 26, 2013)

米シンクタンク、AEIのMichael Mazza研究員は、11月26日付けのCNNで、“Did China make strategic error with air zone?” と題して、中国のADIZ設定の背景について、個人的見解として要旨以下のように述べている。

(1) 中国が東シナ海でADIZを設定するに至った背景を正確に知ることは難しい。中国は、ADIZに尖閣諸島を含めることで、尖閣問題で日本に対する圧力を強めようとしたことは明らかである。中国の内政状況も影響しているに違いなく、例えば、習近平は、日本に対する強い姿勢を示すことで国内政治的利益を得るに違いない。しかし、ADIZを設定した理由がなんであれ、北京は最終的には後悔することになるかもしれない。東シナ海における軍事的衝突の可能性を高めてしまったからという理由だけで、そういっているのではない。

(2) まず、ADIZの設定は、台湾と韓国も不必要に苛立たせている。事実、最近安定していた台湾海峡の両岸関係に波風をたてている。台湾は、尖閣諸島に領有権を主張しており、大陸中国とADIZが重なることになった。ADIZの設定は、直前までとても友好的に見えた中韓関係により驚くべき状況をもたらした。中国のADIZは、韓国のそれと重複しているため、中韓両国が領有権を主張し、韓国が実効支配している東シナ海の暗礁、離於島が含まれている。離於島は、韓国が海軍基地を建設している済州島に非常に近い。

(3) 次に、アメリカは、中国のADIZを、日本に対するアメリカの支援、そしてアメリカの東シナ海の国際的空域での自由な作戦能力への挑戦と見なした。このことは、中国のADIZの設定に対するケリー国務長官とヘーゲル国防長官の声明に明らかである。実際、中国は、ADIZの設定によって、ワシントンがこれまで避けてきた、領有権紛争に対するアメリカの公的な立場、即ち、いずれにも与しない中立的な立場が変わることになるのではないかとの不安に直面することになろう。ケリー国務長官は声明で、「我々は領空に入ることを意図していない外国機に対して、国家がADIZの手順を適用することを支持しない」と述べている。これは興味深い質問を提起する。もし米国機が尖閣諸島近辺を中国の識別要請を無視して飛行したら、それは尖閣諸島に対する中国の領有権を拒否する暗黙のメッセージになるのか、ということだ。しかも、日本の領有権の明白な承認は、ワシントンではもはや、考えられないことではないのかもしれない。中国は過去14カ月間、一貫して事態をエスカレートさせる方針をとってきた。ADIZの設定は、日本に対してのみならず、日米同盟をも試す、最も新しい措置である。尖閣諸島に対するアメリカの政策は常に、ある種の混乱が見られた。アメリカは、尖閣諸島に対する日本の施政権を認めており、尖閣諸島を日米同盟の適用範囲としているものの、領有権問題については立場を明確にしていない。この政策を堅持するは、弱まりつつある。オバマ政権は、中国の挑戦にうんざりしているに違いなく、日米同盟が無条件に不動のものであることを示す方法を求めるであろう。一方、日本は、中国の圧力に対抗して自ら決意を示す方法を探求するであろう。しかし、東京は、多くの外交手段を持っているだけで、北京に不動の決意を伝える代替手段をほとんど持たない。

(4) 過去1年にわたって、中国は、東シナ海で何十年も続いてきた現状変更に成功したかもしれない。しかし、尖閣諸島に対する日本の支配の実態を覆そうとするこれまでの行動は、今や中国の支配権を主張することに狙いがあることが益々明確になりつつあるようである。両者の違いはあまりないかもしれないが、それは危険な敷居である。この敷居を超えれば、日本とアメリカそしてその他の諸国が、北京の望みを未然に防ぐ強固な措置をとることになろう。中国のADIZの設定は、戦略的視点の欠如を証明することになるかもしれない。即ち、アジアの安定を長く脅かす一方で、中国の国益そのものを最終的には危険にさらすことになるかもしれないのである。

記事参照:
Did China make strategic error with air zone?

3.11月27日「中国のADIZ設定、何のために、何故今なのか」(China Brief, the Jamestown Foundation, November 27, 2013)

中国問題の専門家で、Web誌、China Briefの編集長、David Cohenは、11月27日付のChina Briefに、“East China Sea Air Defense Moves: What for and Why Now?” と題する論説を寄稿し、中国のADIZ設定について、何のために、何故今なのかを要旨以下のように論じている。

(1) 中国国防部の11月23日の発表は、上層部で明確に計算され、計画され、注意深く実施時期を見計らったものである。ADIZ設定には、2つの主な疑問が提起される。それは、何を達成しようとしているのか、そして何故今なのかということである。これらの疑問に答えるために、以下の背景について考慮しなければならない。

(2) 中国の主張によれば、領有権を巡る紛争は外国の挑発によって起こっている。最近の尖閣諸島における緊張は、特に日本が同諸島を国有化したことに端を発すると主張する。東シナ海を飛行する航空機への脅威、即ちADIZの設定は、日本が10月に係争海域を飛行する軍用無人機を撃墜すると発表したことで、日本が惹起した脅威への応答かもしれない。新華社の報道によれば、中国は、日本が挑発し、緊張を生み出していると主張している。

(3) 中国の評価によれば、中国が2012年にスカボロー礁を支配したことで、中国漁民に対するフィリピンの妨害、違法な臨検、拘束といった行為を止めさせることができた。スカボロー礁の支配によって、中国漁民が拘束をされるといった事件が発生した場合、事態をコントロールできるようになった。中国の漁民と外国海軍が想定外の事件を引き起こす危険を冒すよりも、中国が他国の行動に対して対応するか、あるいは我慢するかを選択できるような状況を相手に強いる緊張した関係に、中国の指導者は重きを置いているのかもしれない。ADIZの設定は、特に軍事的誤謬を減少させることによって安定を強化する措置として、東シナ海においても同じようなアプローチをとっていることを示唆しているのかもしれない。

(4) 最後に、最近の日本との冷却した関係を中国がどう評価しているかを述べておくことは意味がある。中国は、日本の尖閣諸島に対する実効支配に風穴を開けることで、実質的な進展を果たしたと考えている。ADIZの設定は、中国が新たな現状―即ち、日中両国が係争空域への一方の側の進入に定期的に抗議できるような現状を定義するための試みかもしれない。例え中国がADIZの承認を勝ち取れなくても、日中双方の軍当局が定期的に相手方の支配に抗議できるような情勢を作為することは、パリティに向けた第1歩である。

記事参照:
East China Sea Air Defense Moves: What for and Why Now?
Map: 中国発表のADIZ設定空域

4.11月28日「中国のADIZと台湾のジレンマ」(The Diplomat, November 28, 2013)

台北在住のジャーナリスト、J. Michael Coleは、11月28日付のWeb誌、The Diplomatに、“China’s ADIZ: Taiwan’s Dilemma” と題する論説を寄稿し、中国のADIZ設定に対する台湾の対応について、要旨以下のように論じている。

(1) 尖閣諸島を巡る紛争で、また中国のADIZの設定によって直接影響を受ける諸国の1つとして、台湾は、アメリカ、日本および韓国と同様に、不満を表明する資格がある。中国のADIZが台湾の主権の及ぶ空域と重なっていることに加えて、毎日約100機の台湾民間機は、中国の規定に従って、中国の軍当局に飛行計画を提出しなければならない。更に、域内を旅行する台湾市民にとって、今や中国のADIZに関わる規則執行に伴う誤算のリスクの増大に直面している。

(2) しかし、台北の反応は驚くほど穏やかであった。馬英九総統は中国のADIZが台湾の領土と領空に全く関係がないと述べ、自らの東シナ海平和イニシアティブに北京の措置が及ぼす影響の方により関心があるように思われた。台湾の民間航空管制局は、北京のADIZ規則に直ちに従うことによって、中国の動きを合法と認めてしまった。それは航空安全を保障する見地からは理解できるとしても、中国寄りと見なされたくなければ、台北は、何かをせざるを得ないであろう。曖昧な決まり文句だけでは不十分である。

(3) しかし、中国と外交関係を持っていない国は、不満を示すために何を行うことができるか。台北は、他の国と同じように中国大使を呼び出すことがでない、大使がいないのである。しかも、北京との関係改善しようとする馬政権の政策は、幾つかの肯定的な成果を生み出してきた。台北にできることは、ADIZのような、中国の無作法あるいは地域の緊張を高めるような動きに、代価を支払わせることである。台湾が中国に対して影響力を発揮できる1つの分野は、海峡両岸の交流である。これは理論的には双方に益するものであるが、北京にとっては、究極の目標である「再統一」への重要なステップである。台北は、中国の動きに対する報復として、例えば交流ペースを遅くするとか、あるいは両岸問題に責任を持つ中国の高官の入国を拒否することもできるであろう。

(4) 興味深いことに、中国の海峡両岸関係協会の陳徳銘会長が代表団を率いて初めて台湾を訪問している時に、ADIZが設定された。中国の政府関係者が台湾に常駐していないので(この状況は、駐在事務所設置提案によって、間もなく解消される可能性がある)、陳徳銘会長が台北に滞在していたことは、台北がその見解を述べるまたとない機会であった。台湾の行政院大陸委員会、あるいは総統府などは、中国の真意を問い質すために陳徳銘会長を呼び出すこともできたし、あるいは少なくとも台北の抗議を北京に持ち帰るよう依頼することも可能であった。更に、台北は、陳徳銘会長の訪台を切り上げさせるか、あるいは彼とその代表団に予定を早めて帰国するよう求めることもできた。

(5) 馬総統は、自らの東シナ海平和イニシアティブに相当の政治的努力を投入してきており、表面上、台湾が地域安全保障における対等の参加者として扱われることを望んでいる。この目標を達成しようとするならば、台湾は、中国が地域の緊張を高める政策をとった場合、中国に対抗するための十分な気骨を持たなければならない。逆に何も行動しなければ、現場で既成事実を積み上げようとする中国の段階的努力を黙認するリスクを侵すことになる。

記事参照:
China’s ADIZ: Taiwan’s Dilemma

5.11月29日「東シナ海のADIZ、地域海洋安全保障の新しい引火点―韓国人専門家論評」(RSIS Commentaries, November 29, 2013)

韓国のThe Korea Institute for Maritime Strategyの上席研究員、Sukjoon Yoon(韓国海軍退役大佐)は、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)の11月29日付けのRSIS Commentariesに、“The East China Sea ADIZ: New Flashpoint in Regional Maritime Security” と題する論説を寄稿し、中国のADIZの設定が域内の海洋安全保障における新たな引火点になるとして、要旨以下のように論じている。

(1) 今回中国が東シナ海のADIZを設定した背景には、3つの思惑があると見られる。第1に、中国人民解放軍は、尖閣諸島に対する中国の領有権主張を一層強化しようとしているようである。第2に、ADIZの設定は、日本政府の尖閣諸島国有化に対する、そして中国が言う日本の軍国主義復活への対応である。第3に、中国は、韓国に影響を与える巧妙な動きをしている。中国のADIZには、中韓両国が領有権を主張し、韓国が実効支配している東シナ海の暗礁、離於島が含まれている。ソウルは一方的な宣言に懸念を表明したが、ソウルに対する北京の反応は、東京に対するものとは異なっていた。中国は、ソウルが既に日本の現政権とは距離を置いていることを熟知した上で、韓国とその同盟国である、日米との間に楔を打ち込もうとしている。

(2) 東シナ海におけるADIZの設定は、域内各国を軍備強化に、特に空軍力の増強に走らせる新たな動因となる。中国の近隣諸国は、中国の国防予算が2桁の伸び率を続けている事実を無視することはできない。アジア太平洋地域における海洋の平和と安定を確保するために、新しい包括的な海上安全保障体制を開発しなければならない。

a.第1に、紛争当事国間には慎重な2国間交渉を通じて、アクション・リアクションの対立状況を緩和すべきである。今回のADIZの設定に証明しているように、各国は、自国の領有権主張の強化を求めて、域内の不安定化をもたらすような措置を避けるべきである。

b.第2に、域内の多国間フォーラムでは、国連海洋法条約の曖昧な規定を論議し、必要に応じて修正するなど、国際法の地域的な適用可能性を早急に検討すべきである。そしてアメリカは、早期に国連海洋法条約を批准し、単なるオブザーバーではなく域内の新たな海洋秩序の構築に貢献しなければならない。

c.第3に、東アジアの海域における危険な偶発事態を回避する最善の方法は、海軍部隊と海洋法令執行機関のために、明確な交戦規定 (Rules of Engagement: ROE) を定めることである。尖閣諸島で起きた日中間の事案やスカボロー礁における中国とフィリピンの事案など、最近の沿岸警備隊と漁船が関わった衝突事案は、非軍事的な海上の脅威にも対応するROEを規定する重要性を実証している。

d.第4に、軍事力を振り回すことに代えて、海洋協力に関する2国間の対話が、海洋問題解決の標準的なアプローチにならなければならない。尖閣諸島を巡る日中間の緊張が高まっている時期における今回のADIZ設定は、避けるべき行動の完璧な例であろう。

記事参照:
The East China Sea ADIZ: New Flashpoint in Regional Maritime Security

6.12月3日「中国のADIZ設定、1914年の再来か―英紙論評」(Financial Times, December 3, 2013)

英紙、Financial TimesのMartin Wolf論説委員は、12月3日付けの同紙に、“China must not copy the Kaiser’s errors” と題する論説を掲載し、第1次大戦前のドイツの台頭と英仏関係を歴史の先例として、中国の不用意な行動が戦争の危険を冒すとして、要旨以下のように論じている。

(1) 台頭する独裁国家と相対的だが経済的に低潮期にある民主国家との間の緊張を管理しながら、開かれたグローバル経済体制を持続させることができるか。この問いは、19 世紀末にドイツ帝国がヨーロッパの経済的、軍事的大国に台頭した時に提起されたが、今日、共産中国の台頭によって再び問われている。今日も、当時と同じように、相互不信が強く、そして同じように台頭する大国が紛争へのリスクを高めている。我々は、この問いが1914年にどのような事態を招いたかを知っている。1世紀後の新しい問いは、どのような結末を迎えるのであろうか。

(2) 中国が設定したADIZは、日本の施政権下にある尖閣諸島を含んでおり、明らかに挑発的である。しかも両国のADIZは重複している。日本も、韓国もこれを認めていない。アメリカも認めておらず、紛争生起の際は条約上日本を支援する義務を負っている。一方、米国務省は、自国の民間航空機に対して、無辜の市民に対する危険を避けるという観点から、中国の要求を遵守することを「期待」するという立場を明らかにした。アメリカは、中国に対し複雑なシグナルを与えることになった。ファロン元米太平洋軍司令官が指摘しているように、中国のADIZは、偶発的な衝突の可能性を高めている。もし中国と日本の軍用機が相互に発砲した場合、どのような事態になるか。もし中国の軍用機が民間機に発砲したり、あるいは強制着陸させたりしたら、どのような事態になるか。アメリカからの複雑なシグナルは、紛争のリスクを増大させているかもしれない。我々が第1次大戦の開戦経緯から知っているように、一見些細な出来事が瞬く間に悲劇的状況に発展することがある。今日、強固なナショナリストである習近平主席の中国、同じくナショナリストである安倍首相の日本、そして日本が攻撃された場合には条約によって日本防衛の義務を持つアメリカとの間で、破滅的紛争に至る危険が高まっている。

(3) ここで再び、ドイツの台頭と状況が重なる。20 世紀初頭、ドイツは英国と建艦競争を繰り広げた。1911 年には、ドイツがフランスのモロッコ干渉に合わせて、砲艦を派遣した(第2次モロッコ事件)*。その狙いの1つが、英仏協商関係を試すことにあった。結局は、これによって英仏両国は同盟関係を強化することになった。同じように、中国の行動は、日韓両国とアメリカの同盟関係を強めているようである。そして当時の英国と同じように、今日のアメリカもまた、台頭する地域大国として自らを誇示しようとする中国によって突きつけられる挑戦にますます悩まされている。

(4) 何故、習近平主席は、こうした挑発的行動をとるのか。習近平主席は、国内の権力基盤をますます強めており、恐らくより踏み込んだ措置を取る狙いから意図的にこうした決定を下したのであろう。しかしながら、外部の観察者から見れば、数個の無人の岩礁に対する支配の獲得は、複雑な経済改革に乗り出したばかりであり、世界経済に深く組み込まれ、しかも高収入国家への目標が未だ遠い状況にある中国にとって、成果よりも遙かにリスクの方が大きいであろう。英国のリベラリストでノーベル平和賞受賞者、ノーマン・エンジェルが1909 年にその著書、The Great Illusion で論じているように、戦争は例え勝利を収めても割に合うものではない。征服した土地を併合しても、勝者を一時の栄光で意気軒昂にする以外に、国民の福利に対し恩恵を与えはしない。戦争は、主要当事国全てに対して破滅的被害を及ぼすことになるのである。今日、中国の指導者が何故、数個の岩礁に対する領有権主張に危険を賭すのか。どのような利益が危険の代償を正当化するのか。

(5) 軍事専門家は、正面衝突が起きれば、中国は負けるだろう、と見ている。確かに、その経済は劇的に成長しているが、未だその規模はアメリカ米国よりも小さく、まして日米を合わせた場合は言うまでもでもない。その上、制海権を握っているのは、依然アメリカである。紛争が生起すれば、アメリカは、世界各国の中国との貿易を遮断するとともに、中国の対外流動資産の大部分を差し押さえるであろう。その経済的影響は世界全体にとって甚大なものになろうが、それは、アメリカやその同盟国に対してよりも、中国に対してよりより一層深刻であることはほぼ間違いない。中国は、日米に比べGDP に対する貿易量の割合が高い、非常に脆弱な大国である。中国はまた、死活的な天然資源を輸入に頼っている。技術力は急速に発達しているとはいえ、世界の各国が中国の技術に頼るよりも、中国の方が外国のノウハウや直接投資に他のどこの国よりも依存している。紛争は、西側及び日本の企業を撤退させ、より安全と思われる場所へ脱出させることになろう。中国のGDP の4 割を占めるといわれる外貨準備高も海外に流出するであろう。

(6) 前出のエンジェルが述べているように、紛争の危険を冒すことは、中国にとって明らかに無意味なことである。貿易量の拡大による相互の恩恵と経済的相互依存関係は、沖合の小さな岩礁の支配による利益よりも、遙かに重要である。しかしながら、歴史は我々に別のことも教えてくれる。即ち、現状維持勢力と台頭するリビジョニスト勢力との軋轢は、しばしば紛争に発展し、惨禍をもたらす結果となる。事実、偉大な歴史家、トゥキディデスは、悲惨なペロポネソス戦争 (BC431-404) は台頭するアテネがスパルタに警戒心を引き起こさせたためである、と指摘している。国家主義的野心と過去の過ちへの怨恨は人間共通の性癖として仕方のないものであるが、現在のゲームは余りに危険すぎる。中国国民の長期的利益の観点から、習近平主席は再考すべきである。

記事参照:
China must not copy the Kaiser’s errors

備考*:第2次モロッコ事件(Second Moroccan Crisis)とは、1911年にドイツ政府が砲艦をモロッコ南西の港湾都市アガディールに派遣したことによって生じた国際紛争である。別名「アガディール事件 (Agadir Crisis)」。この事件は、アフリカの帝国主義的分割競争において、フランスはモロッコを自らの勢力圏と考えていた(1904 年の英仏協商で、英国はエジプトの支配権の代償として事実上承認)のに対し、ドイツのカイザーがモロッコの内乱に際して居留民保護を名目に砲艦を派遣し、フランスが英国の援けを求めて、共同でドイツの干渉を排除した事件であり、それはそのまま、第一次大戦の前奏曲となったとされる事件であった。

7.12月12日「中国のADIZ設定、国際規範に対する挑戦―米専門家論評」(The National Interest, December 12, 2013)

ハワイのThe Asia-Pacific Center for Security Studies, CSISのホーナン (Jeffrey W. Hornung)准教授は、12月12日付けの米誌(電子版)、The National Interestに、“China’s War on International Norms” と題する論説を寄稿し、中国のADIZ 設定は国際規範に対する挑戦であるとして、要旨以下のように論じている。

(1) ADIZの設定は、それ自体問題になるようなものではない。ADIZは、自衛上の早期警戒用の境界で、国家が領空より遠くに設定し、領空に接近する潜在的な脅威を特定するためのものである。アメリカや日本と同じように、ほとんどの国が自国領空に入る航空機に対してのみ、飛行計画の提出を要請している。中国を始めとする一部の国は、領空に入らず、ADIZを通過するだけの航空機に対しても、飛行計画の提出を要請している。この中国の規則は問題である。何故なら、これは、自国の空域の管制権を拡大しようとする試みだからである。更に問題となるのは、中国のADIZが日本、台湾及び韓国のADIZと重複していることである。その上、中国のADIZと重複している部分には、日本の施政権下にある尖閣諸島と韓国が実効支配している東シナ海の暗礁、離於島が含まれている。

(2) 中国のADIZが日本のADIZに大幅に食い込んでいるため、多くのメディアや専門家は、日中間の尖閣諸島を巡る領土紛争の視点から中国のADIZを論じている。この観点からすれば、中国のADIZ設定の狙いは、尖閣諸島に対する日本の施政権に挑戦することで日本の立場を弱めるとともに、領土問題の存在を認めさせようとする中国の試み、ということになる。この分析は間違っていないとしても、不完全である。現実には、中国のADIZは、3つの挑戦を突き付けているのである。

a.第1の挑戦は、日本、韓国及び台湾のADIZ と大きく重複するADIZを設定することによって、3つの隣国に圧力を掛けることである。東京とソウルに対しては、重複する空域において航空機の飛行を許すかどうかを中国が決めることによって、両国の島嶼に対する実効支配権を弱め、両国に領土問題の存在を認めさせることである。そして台北に対しては、北京は、台湾独自のADIZを認めないと念を押すことである。いずれの場合でも、北京は、自国のADIZへの侵入を阻止するためとして、迎撃機を発進させる口実として自国のADIZを持ち出すことで、3つの隣国の管制空域を侵食することができる。何れかの隣国が中国の新しいルールを受け入れたり、あるいは反対しなくなったりすれば、中国の勝ちである。

b.第2の挑戦は、アメリカに対するものである。アメリカは、アジア太平洋地域で再均衡化戦略を進めている。再均衡化戦略は、軍事的試みとして誤解されているが、軍事的要素に加えて経済的、外交的要素も含むものである。アメリカが言う再均衡化の目的は、この地域に対するコミットメントの再確認である。米政府当局者は、再均衡化には中国とのより緊密な対話が含まれていると繰り返し強調しているが、中国における再均衡化に対する見方は、中国の台頭を封じ込めるためのアメリカの努力の一環と見るのが主流である。中国のADIZ 設定は、この地域への関与を再び強めようとするアメリカの再均衡化戦略に対する挑戦である。結局のところ、ADIZ の設定は、何れの国がこの地域に影響力を持つかという問題に帰着する。中国は、アメリカの影響力に挑戦し、アメリカを中国沿岸からできるだけ遠くに追いやることを狙っている。

c.第3の挑戦は、国際規範に対するものである。ADIZについては、権利と義務について規定した国連海洋法条約のような規範はない。国連海洋法条約第2条は、沿岸国の空域に対する主権は領海の範囲(12カイリ)までとしている。この規定に基づき、ADIZ を設定している大多数の国は、自国の領空に向かう航空機に対してのみ飛行計画の提出を求めている。これが、上空通過の自由に関する国際的に受け入れられた規範である。しかしながら、中国は、自国の領空に入る計画のない航空機に対しても中国のADIZを通過する場合に飛行計画の提出を求めている。これに従えば、中国は、自国の沿岸を遠く離れた空域まで管理し、国際水域の上空を通過する自由を制限することになる。中国は、1998年に中国が排他的経済水域と大陸棚に関する法律を制定した際に、国連海洋法条約の関連規定に関する広く受け入れられた解釈とは違って、自国の排他的経済水域内における軍艦の活動を制限しようとしたことがあるが、今回のADIZはそれと同じ手口である。本質的には、中国は、海洋でも空域でも移動の自由を保障している国際規範に対抗していることになる。そうすることで、中国は、自らが領土、あるいは今回のケースでは水域と空域の支配に固執する19 世紀的な観念により、リビジョニスト勢力以外の何物でもないことを曝け出した。

(3) 中国のADIZは、地域の現状を露骨に一方的に変えようとする試みであり、安定を損なうものである。その上、これは中国と日本の間だけの問題ではない。これは、中国の東方にある全ての隣国、アメリカ、そして上空通過の自由に関する国際規範に対する挑戦である。それ故、既に緊張が高まっている東シナ海の状況をエスカレートさせるのは間違いない。その結果、中国と隣国の信頼関係が損なわれ、中国の航空機と他国の航空機の間で誤算が起こるリスクが高まることとなる。

記事参照:
China’s War on International Norms

(2014年3月3日配信【海洋情報特報】より)