中国国家安全委員会の創設を巡る米の論調

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Ⅰ.中国国家安全委員会の創設

2013年11月9日~12日にわたって開催された中国共産党第18期第3回全体会議はコミュニケを採択し、習近平主席自らが講話を行った。その内容の中から各国あるいは国内の研究者が注目した1つが国家安全委員会(英語表記では、State Security Committee: SSC、以下SSC)の創設である。

米国の国家安全保障会議(National Security Council: NSC、以下NSC)は、第2次大戦中の3省委員会、英国の帝国防衛委員会を参考に、冷戦初期に設立されたもので、その目的は、大統領への政策助言、安全保障戦略の立案、各省庁間の調整である。この目的達成のためには情報が重要であるとの認識から、下部組織として中央情報局が付属している。NSCを統括するのが安全保障問題担当大統領主席補佐官である。歴代首席補佐官にはニクソン大統領の電撃訪中のお膳立てをしたキッシンジャー、湾岸戦争時の統合参謀本部議長であったパウエル(当時、陸軍中将)、『ひよわな花・日本―日本大国論批判』で有名なブレンジンスキー、初の女性主席補佐官であったライスなどそうそうたる顔ぶれが並ぶ。

わが国においても安倍総理が日本版NSCの設立に強い意欲を示し、11月27日、国家安全保障会議設置法が成立した。わが国の国家安全保障会議については、事務局に関係省庁からの人員の配置で実効性のある調整、統制が可能であるのか、またその会議の構成メンバーに自衛隊のトップである統合幕僚長が見あたらないなど、懸念がある。

今回、中国指導部が設立を決定したSSCは果たして中国版NSCなのか。その設立する狙いは、その実効性はなど、様々な疑問が提起され、観測がなされている。特に、既得権益を有する中国独特の官僚機構を横断して調整力を発揮しうるのか。また、党中央軍事委員会に直属し、政府からほぼ独立した存在であり、鄧小平による軍事改革が失敗後、肥大化してきている人民解放軍を統制しうるのか。更には、SSCは対外政策の文脈ではなく、国内統制のための手段ではないのかといった疑問である。

第18期3中全会コミュニケの中で、SSC創設に言及された関連部分(要旨)

発展の成果がさらに多くさらに公平に国民全体に行き渡るようにするためには、社会事業改革を加速し、人々が最も関心を払う最も直接的で最も現実的な利益の問題を解決し、人々のニーズをさらに適切に満たす必要がある。教育分野の総合改革を深化させ、就業・起業を促進する体制・仕組みを改善し、合理的で秩序ある所得分配の局面を形成し、さらに公平で持続可能な社会保障制度を構築し、医薬衛生体制改革を深化させなければならない。

社会の管理を革新するためには、最も幅広い人民の根本利益を保護することに着眼し、調和的な因子を最大限増加させ、社会発展の活力を高め、社会管理の水準を引き上げ、国家の安全を維持し、人民の就業と生活の安心、社会の安定と秩序を確保しなければならないとした。社会の管理方式を改良し、社会組織の活力を引き出し、社会矛盾を効果的に予防し解消する体制を革新し、公共安全体系を整備する必要がある。国家安全委員会を設立し、国家の安全体制と国家の安全戦略をさらに完全なものとし、国家の安全を確保しなければならない。

エコ文明の建設のためには、系統的で整ったエコ文明制度体系を構築し、生態環境を制度によって保護しなければならないとした。自然資源資産の財産権制度と用途管理制度を整備し、生態保護のためのレッドラインを引き、資源の有償使用制度とエコ補償制度を実行し、生態環境の保護管理体制を改革する必要がある。

出典:人民網日本語版2013年11月13日付
http://j.people.com.cn/94474/8455189.html

中国共产党第十八届中央委员会第三次全体会议公报

全会提出,实现发展成果更多更公平惠及全体人民,必须加快社会事业改革,解决好人民最关心最直接最现实的利益问题,更好满足人民需求。要深化教育领域综合改革,健全促进就业创业体制机制,形成合理有序的收入分配格局,建立更加公平可持续的社会保障制度,深化医药卫生体制改革。

全会提出,创新社会治理,必须着眼于维护最广大人民根本利益,最大限度增加和谐因素,增强社会发展活力,提高社会治理水平,维护国家安全,确保人民安居乐业、社会安定有序。要改进社会治理方式,激发社会组织活力,创新有效预防和化解社会矛盾体制,健全公共安全体系。设立国家安全委员会,完善国家安全体制和国家安全战略,确保国家安全。

全会提出,建设生态文明,必须建立系统完整的生态文明制度体系,用制度保护生态环境。要健全自然资源资产产权制度和用途管制制度,划定生态保护红线,实行资源有偿使用制度和生态补偿制度,改革生态环境保护管理体制。

出典:新華網2013年11月12日付
http://news.xinhuanet.com/politics/2013-11/12/c_118113455.htm

Ⅱ.アメリカの論調

以下に、SSCをどのように見るかについて、アメリカの論調を3本紹介したい。最初は、米The Jamestown FoundationのWeb誌、China Briefの編集長で中国問題専門のジャーナリスト、David Cohenが、11月12日付、China Briefに寄稿した、“Chinese Party Meeting Calls for Establishing ‘National Security Council’”と題する論説である。

2本目は、米The Henry L. Stimson Centerの研究員で、Brookings Institutionの客員研究員でもある、Yun SunがCSIS、Pacific Forum の11月14日付、Pac Netに寄稿した、“China’s New ‘State Security Committee’: Questions Ahead” と題する論説である。

3本目は、Web誌、The Diplomatの副編集長、Ankit Pandaが、11月14日付、The Diplomatに寄稿した、“What Will China’s New National Security Council Do?”と題する論説である。Ankit Pandaは、プリンストン大学の危機外交、国際安全保障、地政学などに関する専門調査員を務めた。

これらの記事はいずれも、SSCを国内向けの組織ではないかと見、新しく作られるSSCと既存の組織、特に中央国家安全領導小組あるいは政法委員会との関係が不透明であり、関係省庁間の調整が困難であろうと見ている。

1.「SSCの創設、省庁間の壁を破れるか」(China Brief, November 12, 2013)

米The Jamestown FoundationのWeb誌、China Briefの編集長、David Cohenは、11月12日付のChina Briefに、“Chinese Party Meeting Calls for Establishing ‘National Security Council’”と題する論説を寄稿し、SSCの創設は、中国のシムテムが省庁間調整において問題を抱えている認識の表れであるとして、要旨以下のように論じている。

(1) この組織は、最近のテロ事件に対応して急ぎ創設されたものではない。習近平主席は、対外関係に権益を持つ機構間の戦略計画を統合する努力を既に始めていた。新しいSSCは、この方向に沿った措置かもしれない。しかし、この新しい組織も実態を示す情報はほとんどない。この組織の創設に関する3中全会コミュニケの記述は、「社会の管理」に関するパラグラフの最後に1文があるだけである。(前掲、3中全会コミュニケ参照)

(2) このコミュニケは、答えよりもより多くの疑問を提起している。SSCには誰が属するのか、あるいはSSCは党か政府のどちらに属するのか。もしSSCが政府に属するのであれば、解放軍に対してどのような権限を持つことになるのか。解放軍は、党中央軍事委員会に対してのみ報告義務を負っている。(抄訳者注:中国には国家中央軍事委員会があるが、その構成メンバーは党中央軍事委員会のそれと全く同じである。)

(3) SSCの創設が記述された、コミュニケの「社会の管理」の定義は大雑把なものであるが、その狙いは紛れもなく、社会の不満が紛争に発展する前に予防的措置をとることで、社会の不安定化を阻止することにある。安定は、コミュニケ全体を通じて、安定のために特に推進すべき施策に加えて、改革によってのみ解決できる問題として、言及されている。一部の地方紙では、SSCは天安門広場及び山西省太原市でのテロ攻撃への対応であり、SSCが包括的な対テロ戦略を立案することになろうとの報道も見られたが、多くの中国のメディアは、コミュニケの簡単な要約を報じただけである。中国の非政府系経済コラムニスト、He Zhijiangは、SSCを、政法委員会から権力を奪取する一方で、司法と党の規律のシステムの監視を意図したもの、と指摘している。

(3) しかし、SSCは、アメリカのNSCと同様に、特に国際問題に関わる省庁間の調整に重点を置く形で、国際問題に関わってくることは間違いないであろう。省庁間調整は、官僚間の対立抗争に悩まされ、各省庁間、各省庁内の各部局間あるいは解放軍の各部隊間における「水平方向」の意思疎通を阻害している、中国のシステムにおける大きな問題である。このことは、軍部では長年にわたって大きな関心事であったが、ほとんど進展を見なかった。SSCは、国際問題に対する中国の「最高レベル」の戦略構想を設計する組織となろう。

(4) 党の会議において提出された提言の多くは、政策として現れる前に消えてなくなっている。官僚の権益に脅威を及ぼすような組織改革は、特に実現が困難である。従って、SSCが実際に創設されるか否か、あるいは何時SSCが開催されるのか、予測不可能である。しかし、SSCの構成要員が誰で、SSCがどのような権限を持つか、そして特にSSCが安全保障政策の形成に係わる多くの省庁間の壁を突き崩すことができるのか、こうしたことを見極めるために、今後の中国の言動を注視していかなければならない。

記事参照:
Chinese Party Meeting Calls for Establishing ‘National Security Council’

2.「SSCの創設、幾つかの疑問」(Pac Net, Pacific Forum, November 14, 2013)

米The Henry L. Stimson Centerの研究員のYun Sunは、CSIS、Pacific Forum の11月14日付、Pac Netに、“China’s New ‘State Security Committee’: Questions Ahead” と題する論説を寄稿し、SSCの創設について、アメリカではSSCは米NSCの中国版と広く認識されており、SSCの創設は中国の対外政策及び安全保障政策に重大な意味を持つであろうとして、要旨以下のように論じている。

(1) 中国における安全保障の意志決定は、中央国家安全領導小組に集中していた。同小組は、最高指導者を補佐するために省庁間の調整を行うという意味でNSCに似ている。しかし、同小組は定期的に会合が開かれるわけではなく、固定の構成メンバーも決まっていないアド・ホックな存在である。そして、最も大切なことは、NSCのように安全保障に係わる常設の管理者であると言うよりも、危機管理のため状況に応じて運用される機構であるということである。経済領域、政治領域が世界的に拡大する中国にとって、安全保障政策を策定し、調整する機構が存在しないことのコストは次第に大きくなってきた。3中全会のSSC創設の決定は、政治的には習近平の対外政策、安全保障政策に対する影響力を強化、制度的には意志決定等の合理化、定型化を進め、各省庁の狭い視野を打破するものとして重要ではある。

(2) しかし、SSCについては、より多くの疑問がある。第1に、そしてもっとも重要なことは、SSCは国内にその目を向けていることである。同機構の公式の訳は、“national security committee”ではなく、“state security committee”になっている。このことは、国際社会における行為主体として安全保障に焦点を当てるのではなく、国内政治の実態として安全に焦点を当てていることを示している。このことは、SSC創設が、3中全会コミュニケの中で、中国国内の社会的安定、公共安全体系、及び国内社会紛争の解決に言及した部分で言及されているという事実からも裏付けられる。(前掲、3中全会コミュニケ参照)

(2) 第2の疑問は、もしSSCが国内の安全と対外的な安全保障の両方を受け持つのであれば、その責任は国家安全領導小組(対外安全保障担当)及び中央法制委員会(国内安全保障担当)のそれと競合するのではないのかということである。国家安全領導小組のトップには国務委員である楊潔篪が、中央法制委員会のトップである書記には孟建柱がそれぞれ任命されている。もしSSCがこれらの組織を調整し、あるいはそれらに代わるものであるなら、中国の外交、安全保障の上部機構の再編が必要となろう。もしそうなら、SSCの議長は習近平が自ら就任するか、中国版大統領安全保障補佐官を指名しなければならない。その場合、党中央政策研究室主任の王滬寧の就くことになるだろう。いずれにしても、SSCは、これまで中国の安全保障に係わる対外行動の調整を阻害してきた、政軍関係と格闘しなければならないであろう。中国軍部の権力と地位の故に、軍部を政治の領導下に置くということは、国家安全保障の政策決定において常に大きな課題であった。例えば、解放軍の詳細な活動は、国家安全領導小組ではなく、党中央軍事委員会に報告される。同小組のトップである国務委員は、解放軍の活動について何らの権限を有していない。従って、新設されたSSCと解放軍あるいは党中央軍事委員会との関係は、注目しておかなければならない問題である。もしSSCが解放軍と適切に協同し、あるいは適切にコントロールできなければ、国家安全領導小組の二の舞になるであろう。

(3) 最後に、SSCは常設の組織なのか危機管理のためのアド・ホックな組織なのかという点について、中国研究者の間では異なった意見があるということである。中国が直面する課題の実態、更には十年来の長い論争から見れば、前者、即ち常設組織のように思われるが、それには大規模で、有能なスタッフを必要としよう。新設のSSCは、中国の安全保障、対外政策機構を再編し、政策策定と調整を妨げてきた、手続き面や官僚的、能力的制約を是正することになる可能性がある。中国のパワーが大きくなり、対外的なリーチが伸びるにつれ、中国は、対外戦略をよりうまく調整できる組織から大きな利益を得ることになろう。これに反して、SSCが国内社会を締め付ける他の国家機関と同じようになるのであれば、大きな失望を味わうことになろう。

記事参照:
China’s New “State Security Committee”: Questions Ahead

3.「中国版NSC、国内安全保障が狙い」(The Diplomat, November 14, 2013)

Web誌、The Diplomatの副編集長、Ankit Pandaは、11月14日付のThe Diplomatに、“What Will China’s New National Security Council Do?”と題する論説を寄稿し、SSCは明らかに国内の安全保障を目指したものであるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 11月13日付の米紙、The New York Timesによれば、何人かの専門家は、SSC創設を、大統領を補佐するアメリカのNSCからヒントを得ている、と指摘している。中国外交部の秦剛報道官は、SSCはテロリスト、過激分子、分離主義者に恐怖を与えるだろうと述べている。更に、同報道官は、中国の安全を脅かす者も神経質になるだろうとも述べた。アメリカの中国研究者、Gregory Kulackiは、SSCの創設に関する3中全会のコミュニケの文言から、国防のためではなく、国内の安定と安全を意図したものである、と指摘している。

(2) この中国版NSCは、明らかに国内の安全保障を目指したものであろう。その他の機能として、中国政府の各部局間でのより一層の情報の共有が期待されよう。これまで、解放軍と政治指導者や外交部との間の情報の断絶は甚だしいものがあった。中国版NSCが特に既存の党中央軍事委員会とどのような関係なるのか、今の時点では不明である。党中央軍事委員会は、習近平主席の下、解放軍を統括している。インド、日本、更には南シナ海を巡る東南アジア諸国と対立、緊張が高まるにつれ、北京と現場の解放軍との間の情報の共有、そして意志決定に係わる調整の強化は、外交上の対立から偶発的な軍事衝突に至る過程を左右する決定的な要素になり得る。中国の安全保障機構における中国版NSCの機能について、引き続き情報を収集していく必要がある。

記事参照:
What Will China’s New National Security Council Do?

(解説、抄訳:山内敏秀・元防衛大教授、海上自衛隊OB)

(2014年1月9日配信【海洋情報特報】より)