北極評議会の組織と活動

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武井良修,キール大学 / フリチョフ・ナンセン研究所

Contents

1 はじめに

気候変動による海氷の融解によってもたらされる新商業航路啓開および海底資源開発の可能性などにより、北極をめぐる地政学的状況は変化しつつある。その中、1996年のオタワ宣言により設立された北極評議会は、環北極国際協力の中心として注目を集めている。特に、非北極圏諸国のオブザーバー参加の問題をめぐり、多くの報道がなされてきた 。

しかしながら、これまでの北極評議会についての分析は政治的駆け引きの検討に重点がおかれ、実際に北極評議会がどのような組織であり、どのような活動を行ってきたかについての考察は限定的であり、北極評議会の活動を広い範囲でカバーした邦語文献は少ない 。

本稿では、近年急速に変化しつつある北極評議会の制度的側面を紹介し、あわせてこれまでどのような活動が行われてきたかについて、2013年5月に開催されたキルナ閣僚会合の成果を含む近年の動向を踏まえ、海洋に関する部分を中心に解説を行う。本稿では北極評議会の設立文書であるオタワ宣言、手続規則、閣僚宣言、高級北極実務者(SAO)会合報告書、作業部会の成果物および報告書を主な分析の対象とする。

2 加盟国等

加盟国
カナダ・米国・デンマーク・ノルウェー・アイスランド・フィンランド・スウェーデン・ロシアの北極圏8カ国が加盟国であり(手続規則1)、現行の手続規則の下ではそれ以外の国の加盟は想定されていない。

常時参加者
また、北極圏の先住民団体が常時参加者として北極評議会の各種会合に参加している 。常時参加者の総数は加盟国数を下回ることが明記されており(オタワ宣言第2段落)、最大7団体まで認められうる。北極評議会設立当初は3団体であったが、現在は6団体が常時参加者として認められている 。なお、このうちのRAIPONについては、ロシアの国内法規則との整合性に問題があり、設立規程を変更しない限り解散しなければならないとの命令がでたため、2012年11月のSAO会合でロシア政府に対し、RAIPONの存続を求める声明が採択された 。

オブザーバー
以上に加え、非北極圏諸国・国際機関・非政府機関(NGO)がオブザーバーとして北極評議会の各種会合に参加することができる。1998年に採択された手続規則では、オブザーバーの許可の基準(「北極評議会の作業への貢献」)および資格停止について定めていた 。同手続規則の下では、6カ国 ・9つの政府間・議員間組織 ・11のNGO がオブザーバーとして認められていた。2011年のヌーク閣僚会合の前には日本および中国・欧州連合(EU)・イタリア・韓国からオブザーバー申請がなされていたが、同会合では資格付与の決定は行われず、これらの国・組織についてはアド・ホック・オブザーバーとしての承認がなされた。ヌーク閣僚会合で新たに承認されたオブザーバーの承認に関する基準に基づき、その2年後のキルナ閣僚会合では、6カ国(中国・インド・イタリア・日本・韓国・シンガポール)のオブザーバー申請が認められたものの、EUについては最終決定は保留となった。

ヌーク閣僚会合で設立された制度事項に関するタスク・フォース(TFII)は手続規則の変更に向けた作業を行い、キルナ閣僚会合では手続規則の改正が承認された。新たな手続規則では、ヌーク閣僚会合で承認されたオブザーバーの承認基準と北極評議会への参加についての文書に沿う形で、オブザーバーの地位・役割が明確化されるとともに、アド・ホック・オブザーバーのステータスは削除された。さらに、TFIIの作業に基づき、SAOは補助機関のための指針としてオブザーバー・マニュアルを採択した。

その他
これらの団体のほかに、専門家らが個人の資格で北極評議会の活動に参加している。また、北極評議会は経済的・社会的問題への対応の一環として、産業界への働きかけを強めており、これまで企業の社会的責任(CSR)および持続可能なビジネスに関するプロジェクトを実施してきた。これらをもとに、2013年のキルナ閣僚会合では、環北極ビジネス・フォーラム(CBF)の立ち上げを促進するためのタスク・フォースを設立した。2014年2月以前の立ち上げを目指しており、今後も産業界の北極評議会の活動への関与が増えることが予想される。

3 北極評議会の組織構造

北極評議会の意思決定機関は隔年開催の閣僚会合であるが、このほかに近年さまざまな閣僚レベルの会合が開かれてきた。また、設立以来SAO会合が年に2回以上開催され、作業部会などへの監督を行っている。

政務レベル
政務レベルの会合として、最も重要なのは通常2年ごとに議長国で開催される閣僚会合である。閣僚会合ではプロジェクト成果物の承認、新たなプロジェクトおよび将来計画の採択、タスク・フォースなどの設立、その他重要な決定を行っている。議長国は加盟国の輪番制であり、原則として2年間の任期である。設立以来の17年間で議長国は一巡し、現在はカナダが再び議長国となっており、2015年には米国が議長国に就任する。

また、2年に一度しか開催されない閣僚会合を補足する意図で、近年は閣僚会合の開催されない年に副大臣会合が開催されてきた 。

このほかに、保健や環境といった特定の分野を担当する大臣を集めての閣僚会合も開催されている 。

実務者レベル
実務者レベルでは、SAO会合が最低年2回開催されてきた。SAOは次回閣僚会合への準備および作業部会の活動の監督を含む北極評議会の日常業務の遂行に責任を有しており、閣僚会合に対して報告義務を負っている。

作業部会
北極評議会の実質的な作業を担っているのは、作業部会(Working Group)である。AEPSでは4つの作業部会(北極圏監視評価プログラム作業部会(AMAP)、北極圏植物相・動物相保存作業部会(CAFF)、緊急事態回避、準備及び反応作業部会(EPPR)、北極圏海洋環境保護作業部会(PAME))が存在していたが、これらはすべて北極評議会に統合された。さらに、2つの作業部会が北極評議会によって設立され 、現在6つの作業部会が活動を行っている。2年ごとの閣僚会合ではSAOにより提出された報告書を採択するが、その報告書は各作業部会の活動の報告および作業計画を含んでおり、SAOを通じて最終的には閣僚会合によるコントロールを受けている。通常、各作業部会は年に1回または2回の作業部会会合を開催するとともに、各種会合を随時開催している。海洋に関連するところでは、PAMEのさまざまなプロジェクトに加え、AMAPがCAFFおよび国際北極科学委員会(IASC)とともに作成した北極気候影響評価(ACIA)、AMAPの雪氷変動評価プロジェクト(SWIPA)、CAFFの北極生物多様性評価(ABA)などが重要である。(文末、表1参照)

タスク・フォース
手続規則の規則28は、閣僚会合における合意に基づき、プログラムおよびプロジェクトの実施のためにタスク・フォースを設立することができると定めている。これまで、条約交渉などの問題を扱うためにさまざまなタスク・フォースが設立されてきた。

条約交渉に関しては、捜索・救助(SAR)についてのタスク・フォースが2009年に、また油による海洋汚染への準備・対応(MOPPR)についてのタスク・フォースが2011年に設立された。SARタスク・フォースは2010年に条約交渉を終え、2011年の北極評議会閣僚会合にあわせて北極SAR協定への署名が行われた 。また、MOPPRタスク・フォースは2011年から2012年にかけて協定の交渉を行うとともに、EPPRに操業ガイドラインの作成を依頼した。EPPRは、この作業と並行して、関連したトピックである油による海洋汚染の防止に関しても、ヌーク閣僚宣言に基づき推奨プラクティス集(recommended practice)の作成も行った。キルナ閣僚会合では、これを発展させ、タスク・フォースを設立し、油による海洋汚染の防止に関する行動計画その他の取極めを策定することが決まった。このようにタスク・フォースは単独でもまた他の機関と連携しても作業を行っている。

タスク・フォースの作業にどのようなアクターが加わっていくことができるかは北極のガバナンスの正当性を評価する上でも問題となる重要な要素である。SARタスク・フォースの場合、英国など参加に関心を示す非北極圏諸国もみられたものの、SAO会合は非北極圏諸国の参加についてはタスク・フォースの判断にゆだねることとした。MOPPRタスク・フォースについては、協定の実施に際して様々な主体の協力が必要となるという点から、常時参加者・石油会社・環境NGOなども参加して交渉が行われた。

条約交渉のためのタスク・フォースとは別に、2009年のトロムソ閣僚会合では短寿命気候強制成分(SLCF)に関するタスク・フォースが、ヌーク閣僚会合ではTFIIが設立された。キルナ閣僚会合では、上述の油による海洋汚染の防止に関するタスク・フォースに加え、新たに3つのタスク・フォースが設立された。(文末、表2参照)

その他の補助機関
このほかに、手続規則28規則ではその他の補助的な機関も設立できるとされており、コンタクト・グループ、運営グループ(steering group)および専門家グループも設立されてきた。特に、2011年には生態系管理(EBM)専門家グループが設立され、2013年に最終報告書を提出し、北極におけるEBMの定義および諸原則、そして北極評議会の活動に関連する勧告を行った。

また、各作業部会がそれぞれの任務遂行にあたり、部会内で同様の名称の補助機関を設立して作業を行う例がしばしば見られる。

事務局
北極評議会の設立以来、各議長国が事務局機能を提供し、次回閣僚会合までの準備および日常業務を行っていたが、ノルウェー・デンマーク・スウェーデンの北欧三カ国が議長国である期間(2006年から2013年)には、ノルウェーのトロムソに事務局を固定していた。ヌーク閣僚会合では新たに常設の事務局をトロムソに設立することが決定され、2012年にはアイスランドのMagnús Jóhannesson氏が事務局長に任命され、2013年には接受国協定の署名が行われた。

その他の関連機関
これらの北極評議会の正式な機関に加え、北極SAR協定の締約国会合および2013年5月に署名された北極MOPPR協定によって設立される締約国会合も北極評議会と協力して活動を行っていくものと思われる。また、オブザーバーか否かに関わらず、国際機関・NGOとの協力もさかんである。

4 法的側面

北極評議会の文書の法的拘束力
北極評議会を設立したオタワ宣言は法的拘束力を有する国際文書ではない。また、その後に北極評議会によって採択された諸文書(手続規則や閣僚宣言など)も国際法上の拘束力を有するものではなく、政治的文書ということができよう。北極評議会の活動の活発化に伴って法的拘束力を有する文書が北極圏諸国により交渉・採択されるようになった現在もこの点には変更はない。北極SAR協定および北極MOPPR協定は、閣僚会合によって設立されたタスク・フォースで交渉は行われたものの、あくまで北極評議会の閣僚会合にあわせて署名がおこなわれたのであり、北極評議会自体によって採択されたのではない 。

北極評議会の国際法上の地位
また、北極評議会が国際法上の国際機関とみなされるかについても疑問がある。条約でなく、法的拘束力を有しない文書であるオタワ宣言によって設立された北極評議会が国際機関とは考えられないとの見解はこれまで広く共有されてきた 。

2011年のヌーク閣僚宣言によって常設の事務局の設置が決定し、2013年1月には事務局設置の記念行事が行われた。しかしながら、北極評議会の国際法上の地位がこれによって変化したかは不明である。ノルウェー政府と北極評議会事務局との間の協定である接受国協定は、同事務局の法人格を明記しており、特権・免除についての規定も設けている。だが、特権・免除が規定されているだけでは、国際機関として認めるには不十分であり、さらに同協定の前文は「ノルウェーにおける」北極評議会事務局の法的地位を定めることに言及しており、同協定が国際法によって規律されるとの明文規定はみられない。

5 行財政

意思決定
北極評議会の意思決定は加盟国のコンセンサスによる(手続規則7)。常時参加者はコンセンサス形成に加わることはできないが、その過程で大きな影響力を持つ。常時参加者との協議は手続規則の随所で規定されている(手続規則13、 15、19および25)。

資金
これまで、北極評議会の活動は資金面では加盟国を中心とした自発的な拠出によるものであった。特に、議長国や作業部会の拠点国による積極的な貢献の役割は無視できない。新たな活動は充分な臨時の財政貢献が約束されてからはじめて開始されてきた。

2013年の閣僚会合では、TFIIの作業に基づき、事務局の2013年事務予算 が承認されるとともに、SAOに対して2014年-2015年の予算を承認するよう指示がなされた。

北極評議会のプロジェクトの運営に関連して、財政面での重要な動きは、優先度の高いプロジェクトの実施のための資金供与メカニズムであるPSI(Project Support Instrument)の設立である。現在、北極評議会加盟国6カ国(フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国)と北欧環境金融公社(NEFCO)およびサーミ議会が参加している。現在予定されている対象プロジェクトの大多数は、ロシアを主な対象とした環境保護(特に、廃棄物管理・水銀・SLCF)に関わるプロジェクトである 。

なお、手続規則の第38規則は、オブザーバーとの関係で資金提供についての規定を設けている。オブザーバーは北極評議会加盟国または常時参加者を通じて新たなプロジェクトを提案することができるが、オブザーバーによるプロジェクトへの財政的貢献の合計は(SAOによるその他の合意のない限り)北極圏諸国による資金供与額を超えてはならない。

6 活動

検討対象となる事項
北極圏諸国の「ハイレベル・フォーラム」として設立された北極評議会の主要な課題は持続可能な開発と環境保護であるが、検討対象はこれにとどまるわけではなく、共通の北極に関する問題全般がその対象である。ただし、オタワ宣言で軍事・安全保障問題はその射程から除外されている。もっとも、「should」の語が示すように、オタワ宣言は法的拘束力を有さず、加盟各国にコンセンサスがあれば、このような問題を将来的に扱う可能性も必ずしも排除されない。

地理的範囲
周知のように、北極の範囲についてはさまざまな定義がある。これを反映し、北極評議会の作業の地理的範囲に関しても作業の目的に応じて、さまざまな定義が用いられている。

成果物
北極評議会の活動においては、科学的アセスメント・政策宣言・ガイドライン・勧告・ベストプラクティス集・法的拘束力を有する文書など、さまざまな種類の文書が作成されてきた。これらの文書は、閣僚宣言に添付された上で宣言の中で承認されたり、SAO会合の報告書の中に添付されたりしてきた。また、前述のとおり作業部会も報告書の作成に加え、さまざまな成果文書の作成を行ってきた。

これらの成果物が北極諸国の政策決定へ与える影響は、作成機関・取扱事項・成果物の内容などといった様々な要素により、一様ではない。しかしながら、ACIAやAMSA報告書が北極問題に対する国際社会の注意を喚起し、政策決定に大きな影響を与えてきた点は広く認識されている。

さらに北極評議会の機能の強化の象徴として、近年、法的拘束力を有する文書が締結されてきたことも注目に値する。これらの文書の作成(注:交渉開始当初は法的拘束力の有無については明示せず)は新しい現象であり、2009年に北極SAR協定の交渉が始まり2011年には同協定が締結されたのが最初である。また、2011年の閣僚会合を受け北極MOPPR協定の交渉が始まり、2013年の5月には同協定が締結された。今後も北極評議会が法的拘束力を有する文書の交渉に関わっていくことが予想される。しかし、北極評議会には法的拘束力を有する文書を採択する権限はなく、先述のとおり、北極SAR協定および北極MOPPR協定は北極評議会によって採択されたのではなく、北極評議会閣僚会合にあわせて加盟国の関係閣僚により署名された。

キルナ閣僚会合では4つのタスク・フォースが設立されたが、「フォーラム」設立が予定されているCBFタスク・フォース以外の3つのタスク・フォースについて現時点で期待されている成果物は、「取極め」(科学協力タスク・フォース)、「国際的協力取極め」(TFBCM)および「行動計画その他の取極め」(TFOPP)である。「取極め(arrangement)」の語は、「法的取極め(legal arrangement)」が作成される可能性は排除しないが、通常は法的拘束力を有さない文書に対して使われることが多く、北極評議会加盟諸国は法的拘束力のある文書の採択は意図しておらず、現在のマンデートのもとでそのような文書の採択に結びつく可能性は低いとみるのが妥当である。しかし、この点のみで、北極評議会加盟諸国が法的拘束力を有する文書の採択への意欲をすでに失ったと考えるのは早計であろう。成果物の法的な性質に影響を与える要素は様々である。たとえば、

  • 既存の法的枠組の有無(グローバル又は地域レベルで枠組は存在するか?二国間での協力枠組は既に存在しているのか?)
  • 新たな文書が既存の枠組に与えうる影響(各国の権利や管轄権行使の枠組への影響はあるか?)
  • 新たな文書の作成によってもたらされるメリット(北極圏諸国とその住民の能力構築(capacity-building)に資するか?)
  • 法的拘束力を有する文書の採択への加盟諸国の暗黙の合意の有無

などといった要素が考えられる。

既存の国際的な(法的)枠組みの有無とそのような枠組みへの影響の有無は新たな国際文書の作成を検討する上で重要な要素である。新たに設立されたTFBCM、科学協力タスク・フォース、TFOPPが扱う問題はすべて、国際的な枠組み(二国間または地域的なものを含む)がすでに存在しているが、その規律の程度・内容は大きく異なる。

これまでに締結された2つの法的拘束力を有する協定は関連分野における締約国のインフラ整備の向上を促す趣旨の規定を有する。この点、前述のPSIの対象プロジェクトの中でロシアにおける環境保護プロジェクトが多くを占めることからも示されているように、ロシアをはじめとする北極地域における広義の能力構築が北極評議会の活動を左右する重要な要素であることを反映している。国際的・国内的にそのような展開を促進するタイプの文書が法的拘束力を有する形で作成されることは今後十分にありうる。

さらに、加盟諸国間での事前の合意形成は交渉「開始」に導くための重要な要素である。この点は、2004年にロシアがEPPRで捜索・救助(特に救助)に関して条約起草を提案した際の反応に明らかである。事前の合意形成と適当なフォーラムの選択がそのようなイニシアチブの成否を左右するであろう。

他の国際的フォーラムへの影響
なお、北極評議会のもとでの国際文書の交渉に加え、北極評議会の加盟諸国が特定のイシューについて統一の立場を調整することにより、他のフォーラムにおける規範形成に影響を与えうるという点も無視できない。実際、残留性有機汚染物質(POPs)・北極での船舶の運航・水銀といった問題について、北極評議会自体は加盟諸国の見解の調整のためのフォーラムとしての機能を果たし、(法的拘束力を有する)国際文書のグローバルなフォーラムでの交渉を後押ししてきた。なお、POPsと水銀については、国連環境計画(UNEP)のもとで残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約が2000年に採択され、2013年10月には熊本市・水俣市で水銀に関する水俣条約の採択・署名のための外交会議が開催される予定である。北極の水域における船舶の航行についても国際海事機関(IMO)のもとでポーラーコードの交渉が現在進行中である。北極圏諸国だけでは対応できない問題については、広範な利害関係者を含むフォーラムで議論を行うほうが有効であるとの認識の現れであろう。なお、2011年に承認されたオブザーバーの承認基準では、北極評議会の作業をサポートすることへの具体的な関心と能力を示すことが規準のひとつとして示されており、特に加盟諸国および常時参加者とのパートナーシップを通じて北極の懸念をグローバルな意思決定機関へと伝えることが明記されている。外部のフォーラムにおける非北極圏諸国の行動がオブザーバー資格の取得・維持のための踏み絵となる可能性があるといえる。

グローバルな枠組みの地域レベルでの実施
また、北極評議会が様々なトピックに関して、グローバルな(法的)枠組みを地域で実施していくためのフォーラムとして機能してきている点も看過できない。北極SAR協定と北極MOPPR協定の締結により、それぞれの分野における環北極協力が強化されたが、これらの分野では、グローバルなレベルで1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約ならびに国際民間航空条約および1990年の油汚染に対する準備、対応及び協力に関する国際条約が存在しており、これらの条約体制では地域的な実施の重要性が強調されており、北極評議会の活動はこれを支援するものであった。これに加え、北極評議会は陸上活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画(GPA)の地域的な展開である陸上活動からの北極海洋環境の保護に関する地域行動計画(RPA Arctic)を1998年に採択し、2009年にはこれを改訂している。このように、グローバルな枠組みのもとで地域レベルの協力が求められている場合には、北極評議会が積極的にイニシアチブを発揮しうることが明らかである。

北極評議会が関わっているプロジェクトの多くにおいて、このようなイニシアチブが発揮されることは想像しうる。たとえば、北極における調査・観測活動の促進のためには調査サイトへのアクセスが恣意的に阻害されないことが重要であるが、このために既存の(海洋)科学調査の法的枠組みの枠内で地域レベルの協力メカニズム(たとえば、北極評議会の枠組みの中で行われる海洋科学調査プロジェクトへの許可を沿岸国に申請する際に利用するための簡易申請・審査手続きの作成)を構築・向上させていくことは可能でありかつ非常に有益である。

7 おわりに

本稿では、これまで学術的な検討が十分ではなかった北極評議会の組織および活動について、近年の海洋に関連する部分を中心に検討し、今後どのような進展が期待できるかについての考察を行った。

近年の北極海への国際社会の関心の高まりと歩調を合わせるように、北極評議会の活動は質・量ともに変化をとげてきた。設立以来10年以上にわたって、北極地域とその住民が抱える問題の科学的なアセスメントは北極評議会の最も重要な活動であったといっても過言ではない。このような、政策を形作るための科学的な情報を提供するフォーラムとしての重要性は現在も変わらないが、条約交渉の場としてのタスク・フォースの活動に象徴されるように、近年の北極評議会の活動は国際的な政策決定過程における重要性を増してきた。

キルナ閣僚会合においては、作業部会の活動計画の承認に加え、北極評議会の機能強化を促進するための決定が数多くなされた。アジア諸国をはじめとする6カ国へのオブザーバーとしての参加の承認はそのような動きの一環であるといえる。この決定が、北極評議会の北極問題の取り扱いにおける正統性を強化し活動を促進する要因として働くか、北極圏諸国の信頼醸成・協力関係構築のフォーラムとしての機能を阻害し、新たな地域レジーム構築を促す要因として働くかを判断するには、今後も北極評議会の動向を注意深く見守る必要がある。

(本稿の作成に際して、日本学術振興会平成25年度特定国派遣研究者として支援を受けた。)

表1

名称海洋に関連する主なプロジェクト
PAME
  • 北極海洋戦略計画(AMSP)(2004年にAMSP発表。2015年までに改定案を作成予定)
  • 北極海運評価(AMSA)(2009年に報告書発表。その後もフォローアップを継続中)
  • 北極海洋レビュー(AOR)(2009年から4年間、北極の海洋環境保護の強化のための措置を検討。2013年に最終報告書提出。2013年以降にフォローアップを行い、2015年には閣僚会合に進捗状況の報告)
  • 北極精製油・油製品ガイドライン(TROOP)(2004年に作成)
  • 北極沿岸石油・ガスガイドライン(2002年に作成、2009年に改定。2013年以降に再び改定の予定)
  • 北極海洋保護区ネットワークの枠組み
  • 生態系に基づく海洋管理
AMAP
  • 持続的北極観測ネットワーク(SAON)
  • 北極海洋酸性化評価プロジェクト
  • 雪氷変動評価プロジェクト(SWIPA)
  • 科学目的無人機システムに関するプロジェクト
  • 変化しつつある北極における適応策プロジェクト(パートC)
EPPR
  • 北極における油による海洋汚染への準備・対応に関する協定の操業ガイドライン作成
  • 「油による海洋汚染の防止にかかわる推奨プラクティス集」プロジェクト(RP3)
CAFF
  • 北極生物多様性評価
ACAP
  • 黒色炭素などの短寿命気候強制成分の排出削減に関するプロジェクト
  • 水銀の削減に関するプロジェクト
SDWG
  • 変化しつつある北極における適応策プロジェクト(パートA)

表2

タスク・フォース名称期間設立の経緯、主な任務・成果など
SLCFタスク・フォース2009-2013
  • 当初は黒色炭素に焦点(後にはメタンも扱った)
  • 2011年に最初の技術報告書提出
  • キルナ閣僚会合に政策決定者のためのサマリー報告書を提出
  • 2013年後半には技術報告書を提出予定
SARタスク・フォース2009-2011
  • 北極SAR協定の交渉
TFII2011-2013
  • 北極評議会事務局の立ち上げ(接受国協定、取扱事項(Terms of Reference)、職員規則、財政規則、事務局長の役割と責任の規定、2013年予算案などの作成を補助)
  • 手続規則改正案の起草
  • オブザーバー・マニュアルの起草
MOPPRタスク・フォース2011-2013
  • 北極MOPPR協定の交渉
TFBCM2013-2015
  • SLCFタスク・フォースの勧告の検討
  • 他の関連するフォーラムやイニシアチブへの関与の方法の提案
  • 国際的な協力のための取極めの作成
CBFタスク・フォース2013-2014 (?)
  • 環北極ビジネス・フォーラムの立ち上げ促進
  • 2014年2月に立ち上げを予定
TFOPP2013-2015 (2017年までの延長もあり)
  • 北極における油による海洋汚染の防止のための行動計画その他の取極めの策定
科学調査タスク・フォース2013-2015
  • 北極諸国の間での科学協力の向上のための取極めの作成

(2013年7月31日配信【海洋情報特報】より)