オフショア・コントロールとシーレーンの安全保障

秋元一峰,海洋政策研究財団主任研究員

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アメリカの国防大学国家戦略研究所(Institute for National Strategic Studies: INSS)発行の『戦略フォーラム』(Strategic Forum)2012年6月号に、興味深い対中戦略提言が掲載された。それ以降、オフショア・コントロール(以降、本論ではOffshore Controlと記載)戦略として議論の対象になったものであり、タイトルは、“Offshore Control : A Proposed Strategy for Unlikely Conflict”(『オフショア・コントロール:武力紛争抑制戦略の提言』(筆者訳) とされており、その冒頭で以下4つの論点を挙げている。

-中国のAnti-access/Area-denial能力に対して、アメリカはJoint Operational Access Conceptと、その一部としてAir Sea Battle Conceptを発表したが、そこには、米中武力紛争が生起した場合における“戦略”が欠け落ちている。
-そもそも戦略とは、一貫した“目的(結果)-方法-手段”(Ends-Ways-Means)から成る計画によって構成される。しかし、予算削減によって“手段”に限界が生じており、また中国の核戦力が“方法”の選択肢を制約するであろうことから、アメリカの対中軍事戦略における“目的”の達成度、つまり、どの状態で目的を達成したとするかは、控え目なレベルに設定せざるを得ない。
-上記を考慮した軍事戦略として提唱されるのが、Offshore Controlである。中国との武力紛争は数週間で終わるものではなく、長い期間を要するものとなる。Offshore Controlは、アメリカが“手段”として利用可能な戦力資源と太平洋の地政学的利点を活用し、中国共産党が受け入れ可能な“結果”と、それを導くための“方法”から成る軍事戦略である。
-Offshore Controlは、宇宙空間とサイバー空間に依存する程度が低いため、紛争のエスカレーションを抑制するものとなる。

Offshore Controlとは何か、簡単にいえば、地政学的利点を活かしての中国に対する長距離封鎖 を含む経済消耗戦である。Offshore Controlは、Air-Sea Battle Conceptのようなアメリカの公式な作戦構想ではないし、米中間における紛争解決手段としての適合性や実現の可能性、さらには実施した場合における国際社会での受容性において疑問の声もある。しかし、Air-Sea Battle Conceptについても、その戦略は、立案中あるいは既に策定されているとの情報はあるものの、未だ公にされておらず、実施の可能性と受容性には不確実な面が多々ある。

本論は、“Offshore Control: A Proposed Strategy for Unlikely Conflict”に述べられている戦略を分析・評価すると共に、東アジアのシーレーンの安全保障に与える影響とアメリカによる対中軍事戦略を考察するものである。

1 Offshore Controlの要旨

“Offshore Control : A Proposed Strategy for Unlikely Conflict”は、Offshore Controlについて要旨以下の通り述べている。

(1)アメリカのアジアへの回帰:Air-Sea Battle構想の位置づけと戦略

イラクへの軍事コミットメントを終結すると共にアフガニスタンの兵力を縮小する中で、アメリカはアジアへの回帰を安全保障の第一優先事項と定めた。その背景には、台頭する中国がある。過去10年以上に及ぶイラクやアフガニスタンでの作戦は、陸軍と海兵隊が主力となったが、アジアの安全保障を担うのは、海軍力と空軍力であることは間違いない。アジアで武力紛争が生起した場合、戦域は海になるからである。Air-Sea Battle Conceptはそこから生まれており、複雑なAnti-access/Area-denial(接近阻止・領域拒否):A2/AD環境下におけるアクセス作戦である。未だ漠然としたものではあるが、Air-Sea Battle Conceptは、中国の空軍機の行動可能域に侵入し、A2/ADネットワークを構成する主要兵力を排除することであろう。しかし、そこには作戦はあるが戦略がない。メディアの多くは、Air-Sea Battleを戦略構想であると報道しており、それが混乱を呼んでいる。国防総省が発表した『統合作戦アクセス構想』(Joint Operational Access Concept)は、「Air-Sea Battleは、A2/AD環境下における部分的な作戦構想である」と述べている。Air-Sea Battleは戦略ではなく、武力紛争収拾のための戦術的な兵力運用構想なのである。

そもそも、戦略とは何か?専門家は、戦略には以下の4つ構成要素が必要であると指摘する。
①前提
②目的・方法・手段(Ends-Ways-Means)の整合
③優先順位
④勝利のための理論

しかし、もう一つ重要なものがある。それは、⑤武力紛争に至らないための抑止と同盟の構築、である。

アメリカのアジアにおける戦略には、達成すべき5つのことがある。それは、
①アメリカ軍のアクセスと同盟国の通商の確保
②アジアの国々に対するアメリカのアジアへの関与の保証
③中国の武力行使の抑止
④核戦争の危機を最小限に止めての勝利
⑤平時における信頼性

同時に、米中武力衝突においては、“良い”戦略というものはないことを理解しておかなければならない。

(2)戦略提言:Offshore Control

Offshore Control戦略は、アメリカが中国のエネルギー資源や原材料の輸入と製品の輸出を阻止する意図と能力があることを示すものである。前述した戦略に必要な5つの構成要素の内、一般的な、①前提、②目的・方法・手段(Ends-Ways-Means)の整合、③優先順位、④勝利のための理論、に沿って説明する。

前提
以下、5つを前提とする。
①武力紛争は中国が開始する。
②中国との武力紛争は長期化する。
③米中戦争は世界経済に大打撃を与える。
④アメリカは中国の核兵器使用の意思決定プロセスを知らない。
⑤宇宙・サイバー空間の攻撃は、最初に仕掛けた方が圧倒的に有利である。

目的・方法・手段(Ends-Ways-Meansの整合
現下の国防予算の削減を考慮した場合、限られた兵力で開戦せざるを得ないことを考慮すべきである。また、核保有国同士の戦争であることを考察した場合、紛争のエスカレーションは避けねばならない。そのようなことを勘案すると、大きな利益を得る結果を期待してはならないだろう。そこで提案されるのが、中国に対する長距離封鎖である。具体的には以下をリンケージさせて実施する。

①第1列島線の大陸側海域の中国による利用を拒否する。
②第1列島線の海上・航空を防衛する。
③第1列島線の外側(太平洋側)の海上・航空優勢を確保する。

ここにおいて、中国の航空優勢圏には入らないことを基本とする。それは、核戦争へのエスカレーションを避け、戦争の終結を容易にするためである。

第1列島線の大陸側での作戦は、攻撃潜水艦、機雷、限定的な航空兵力で実施される。実施に当たっては、該当する海域が「排他的海域」であることを宣言し、通航する艦船は撃沈されるとの警告を示す。限られた兵力を考慮し、ここでは、すべての艦船ではなく、大型の貨物船やタンカーを対象とすべきであろう。

この作戦により、中国は自国から遠方での対応を迫られることになる。ここにおいて、同盟国の協調が必須である。しかし、中国本土を攻撃する海外基地を設定してはならず、同盟国に求めてもならない。同盟国には、アメリカが同盟国を防衛する戦力のプレゼンスのための基地の提供を求めるだけで良い。

中国への原油輸入の80%はマラッカ・シンガポール海峡を通る。マラッカ・シンガポール海峡、ロンボク海峡、スンダ海峡、オーストラリアの南北のルートをアメリカが閉ざせば、中国への海上からの原油輸入は遮断されることになる。中国が迂回路を設定するとすれば、パナマ運河か、マゼラン海峡か、あるいは北極海ルートしかない。これらすべて、アメリカがコントロールすることができる。

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T.X. Hammes, “Offshore Control : A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict”, Strategic Forum, Institute for National Strategic Studies at the National Defense University, No.278, June, 2012.から抜粋

優先順位
この作戦のために、アメリカは先ず、長距離封鎖の態勢を構築すべきであり、次に、第1列島線の内側(大陸側)に「排他的海域 (the maritime exclusive zone)」を設定し、その後、第1列島線の外側における同盟国の通商路の確保と中国の通商路の遮断を実施すべきである。

同時に、アメリカは、日本に対して琉球列島の防衛能力の強化を求め、フィリピンに対してはルソン島と台湾の間の防衛能力の構築を支援することが重要である。

勝利のための理論
Offshore Controlは、伝統的な戦争理論における“決定的な勝利”を求めるものではなく、効果的に目的を達成するものである。つまり、中国に、かつて中国がインドやソビエト、あるいはベトナムとの紛争を終結した時と同じ形で戦争を終えるように仕向けるのである。中国本土の施設等への攻撃を避けることにより、核戦争へのエスカレーションを抑制し、中国が紛争を収拾した方が賢明であると判断させて戦争を終える。核保有国との戦争では決定的勝利を模索すべきではない。

(3)中国の対応

アメリカの実施するOffshore Controlに対して、中国は2つの対抗策を採ることが考えられる。1つは、アメリカの海外展開基地の無力化である。方策としては、基地を提供する韓国、日本、オーストラリアに基地使用を認めないよう圧力をかけることなどがあるだろう。しかし、Offshore Controlで使用するのはオーストラリアの基地だけである。2つ目は、同盟国に対する航空・ミサイル攻撃である。しかし、そのような対応は、韓国や日本を戦争に巻き込む、即ち、敵の数を増やすだけであり、中国に利するものとはならない。それでも、アメリカは平時から韓国や日本と、防衛のための共同作戦を慣熟させておく必要がある。そこにおいて、韓国や日本には自国の防衛のみに努めることを求めるべきである。

(4)Offshore Controlの利点

ここでは、冒頭の戦略の構成要素に付け加えた5つ目の、武力紛争の抑止を取り上げてOffshore Controlの利点を述べる。中国を抑止する方策として、中国のA2/ADを凌駕するアメリカのアクセス能力を誇示することが考えられる。その戦術の1つとしてAir- Sea Battleがあるが、これには宇宙・サイバー空間での戦闘が不可欠である。前述したように、宇宙・サイバー空間での戦闘は容易にエスカレーションを生じさせる。Offshore Controlでは、宇宙・サイバー空間を戦闘域に入れることはなく、エスカレーションを生じさせる危険性が少ない。過去の核保有国同士の武力紛争、例えば、中ソの国境紛争、印パ紛争では、エスカレーションはゆっくりとしたものであり、また双方の意図がオープンにされていた。宇宙・サイバー空間での戦闘は先に攻めた方が有利であり、そのことから様相は過激でかつ透明性に欠けたものとなるため、エスカレーションを急速に高める危険性がある。

核保有国同士の武力紛争では、双方の戦争指導者は、急激なエスカレーションを避けなければならない。

以上が、“Offshore Control : A Proposed Strategy for Unlikely Conflict”の要旨である。次章において、Offshore Controlを想定した場合におけるシーレーンの安全保障とアメリカの対中軍事戦略について考察してみる。

2 シーレーンの安全保障

(1)Offshore Controlと第1列島線から大陸側の海域のシーレーン

東アジアへの資源ルートとしてのシーレーンを概観してみよう。大きなレーンが3つある。1つは、中東方面から東アジアに至るものであり、インド洋の北部を通ったシーレーンはマラッカ・シンガポール海峡で集束した後に南シナ海に入る。2つ目は、アフリカ方面からインド洋の南部を通るものであり、やがてマラッカ・シンガポール海峡で1つ目のシーレーンと合流する。いずれも、マラッカ・シンガポール海峡を通らず、インドネシア群島水域のスンダ海峡あるいはロンボク-マカッサル海峡を通って南シナ海か太平洋側に出る別のルートを通る場合がある。3つ目は、インドネシアやオーストラリア方面からのルートであり、太平洋側を北上して北東アジアに向かうか、インドネシア群島水域を通航して南シナ海に入る。

さて、Offshore Controlの作戦の一環として、マラッカ・シンガポール海峡とインドネシア群島水域が軍事的に封鎖され、南シナ海に排他的海域の宣言がなされて大型タンカーの航行が不能となった場合、どのような迂回路がとれるであろうか。封鎖が有事における戦争法規に従ってなされると仮定すれば、同盟国である日本や韓国に向かう船舶は、マラッカ・シンガポール海峡を航行することは可能であろう。しかし、マラッカ・シンガポール海峡を通航すると必然的に南シナ海に入ることになり、そこは排他的海域となっていて、航行には受容し難いほどのリスクが伴うことになる。迂回路としては、ロンボク海峡からマカッサル海峡を通り、太平洋側を北上するか、はたまたオーストラリアの南を通るしかない。

封鎖される側の中国はどうか。“Offshore Control : A Proposed Strategy for Unlikely Conflict”は、「パナマ運河か、マゼラン海峡か、あるいは北極海ルートしかない」とするが、それらのルートが通れたとしても、中国の海の玄関口である南シナ海と東シナ海には入れない。つまり、中国は陸上パイプラインに依存する他はないのである。

日本や韓国のように迂回路を設定することができたとしても、需要を満たすには運航コストが増大し、それが経済に影響を与えるであろう。単純に計算してみてもその大きさが予想できる。例えば、マラッカ・シンガポール海峡を通航していた大型タンカーがロンボク海峡から太平洋側に出て北東アジアに向かうルートに変更した場合、速力と距離で単純に換算すると3日程度は航程が延びる。日本の平時需要を満たすとすれば、大型タンカー15隻程度を補充する必要があるかもしれない。海上からの輸送が不能となる中国は、途方もない消耗戦を強いられることになるだろう。

(2)アメリカの対中軍事戦略:Air Sea BattleかOffshore Controlか?

提言としてのOffshore Controlは、Air-Sea Battleには戦略が欠如しているとの論点から展開される。それは方法waysと手段meansへの疑問であり、目的(結果)endsへの反論である。予算削減を強いられた兵力で、A2/AD網を突破してアクセスができるのか?第1列島線の大陸側に兵力を進めてエスカレーションを生じさせないか?中国指導者が考える核の敷居の高さは誰も分かっていないのではないか?それを実行してどのような所望結果が得られるのか?等々である。

確かに、A2/AD環境下にアクセスするための兵力量は多大なものとなるはずだ。How much ?それが示されていない。海上からの対ソ封じ込めを謳った『海洋戦略』The Maritime Strategyは、15隻展開空母を含む600隻海軍がmeansの前提として示されていた。今、アメリカ海軍の艦艇兵力は300隻に満たない。Wayとして第1列島線から大陸側にアメリカ海空軍兵力をアクセスさせた場合、中国の可能行動は予測できない。冷戦下、演習でアメリカの海軍部隊が、ソ連が聖域化していると言われたオホーツク海に入る姿勢を示すと、ソ連が白海方面から西太平洋に向けて核搭載可能な長距離弾道ミサイルの発射試験を実施して対抗意思を示すことがあった。南シナ海に大規模なアメリカ海空軍兵力がアクセスすれば、中国が核兵器の使用を決断するかもしれない。中国がそのような意思を示した後でも、アメリカは海空兵力を南シナ海に進入させる決断ができるであろうか。核戦争にまでエスカレートしないとしても、米中の戦争は世界経済に計り知れないほどの損失を与える。それをendとして受容できるのか。公表されていないが、Air-Sea Battle構想に基づく作戦計画は既に練り上げられているとも言われる。作戦計画は極秘であり、我々の知り得るものではない。それでも、“Offshore Control : A Proposed Strategy for Unlikely Conflict”の指摘には耳を傾けるべき点が多い。

一方で、Offshore Controlの実効性に疑問を呈する向きも多い。軍事的に見て、長距離封鎖は一般で想像する以上の兵力を要する。南シナ海を排他的海域とした場合、南シナ海に面した東南アジア諸国は中国以上の経済的打撃を被るだろう。それをどのようにして支援するのか、作戦上の新たな課題を生み出すはずだ。“Offshore Control : A Proposed Strategy for Unlikely Conflict”は日本や韓国を戦争に巻き込むことになるとして否定するが、南シナ海での大型船舶への攻撃に対して、中国が在日あるいは在韓アメリカ軍基地をミサイル攻撃する可能性は有り得るのではないか。

このようにして考えた場合、Air-Sea BattleとOffshore Controlは、テーゼとアンチテーゼとして捉えるのではなく、Offshore Balancingとも絡み合わせた、一つの対中大戦略の中で検討すべきものであるように思える。両者の組合せこそ必要であって、そのためのアメリカ前方展開基地の在り方を構想すべきであろう。

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海洋政策研究財団では、今年度、「海上交通路の脆弱性調査」と題して、マラッカ・シンガポール海峡と南シナ海の航行に支障が生じた場合における大型タンカーによる原油輸送への影響を分析評価する研究事業を実施している。研究成果は、Offshore Controlの有効性と受容性を推し量る上で、重要な参考資料になり得ると思料する。

(2013年7月10日配信【海洋情報特報】より)