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論考シリーズ | No.155 | 2024.7.1
アメリカ現状モニター

アメリカ大統領選挙TVディベートの「乱」

渡辺 将人
慶應義塾大学総合政策学部准教授

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2024アメリカ大統領選挙の第1回目の大統領候補者TVディベートでは、バイデン大統領の認知機能に対する注目が広がった。しかし、それがどのような影響をもたらすかは、背景をおさらいしておく必要がある。大統領選挙におけるTVディベートの歴史において、かなり大きな制度変更があったからだ。

大統領候補者TVディベートは「予備選」と「本選」に分かれる。私たちが主としてイメージするものは後者の「本選」のものだ。実は主催者が違う。「予備選」ディベートは党とメディアが共催する。メディアでは活字メディアも共催に入ることがあるが中継するテレビ局が主体となる。アメリカの選挙TVディベートは現代ではあくまでテレビ局の「番組」コンテンツだからだ。「本選」ディベートは1960年代以降、テレビ局主導で運営されていたが、1980年代後半以降、二大政党の超党派組織の大統領ディベート委員会が組織された。

今回、初めて、この委員会をバイパスして候補者陣営がテレビ局(CNN)と独自に交渉して、運営を行うことになった。委員会主導にまず異を唱えたのはトランプ側である。2016年のヒラリー・クリントンとの大統領選挙で、トランプはディベートを「偏っている」と批判して、不参加の可能性すらにおわせた。超党派が建前とはいえ、政権側の政党に有利な運営だとの批判は根強く、FOX News以外のテレビ局のリベラル側への偏りも共和党には問題だった。

他方、2020年のディベートがトランプとバイデンの罵り合いに終わった際は、トランプを制止する権限を発動しなかった司会のメディアや運営側の委員会に民主党も不満を募らせた。

その不満が今回、両側から沸点に達した。そして、正式な「本選」(党大会後)の前に大統領ディベートをフライングで開始する異例の事態となった。

本選と党大会前の大統領ディベート

昨年11月、委員会は通常の討論会日程を発表していた。両党の夏の全国党大会が終わり、レイバーデー明けの9月以降の時期にディベートは3回の予定で組まれていた。それが「本選期間」だからだ。今年は9月と10月にテキサス州、バージニア州、ユタ州の大学で開催される予定だった。しかし、トランプ陣営は、この委員会の日程を「容認できない」として拒否し、ディベートを9月前に行うことを求めた。バイデン陣営側もCNNとの直接の日程調整に動き出し、トランプ陣営側と合意の上で異例の6月開催となった。

副大統領候補が不明なままの大統領ディベート

副大統領は全国党大会で指名される。今年のように7月の共和党大会、8月の民主党大会よりも早く、つまり本選前に「本選TVディベート」を行えば、副大統領への期待や党内力学に不可避に影響を与える。大統領候補者のディベートの成果や世論を踏まえて、副大統領を共和党側は最終判断できるし、両者の当日の「出来栄え」との引き算で副大統領を評価する感情も有権者に生まれる。

ディベート直後、民主党内ではバイデン大統領への認知機能の不安を口にしてはいけない空気が蔓延していた。SNS上でも、リベラル派の活動家のメーリングリストでも、ディベートの結果明らかになったのは「トランプがいかにファクト的に間違った言説を述べているか」「トランプをいかに大統領に再びさせてはいけないか」の再確認に終始していた。そして、「トランプの不適格さがが改めて分かっただけでディベートには何の意味もなかった」と、何もなかったことにするような言説も多かった。タブーの認知機能に触れたかと思えば、身体は大統領も元気でトランプと遜色ない、「ジョーこそが民主主義の擁護者だ」という内輪の応援文句ばかりが目立った。

またメディア批判も目立った。あるリベラル系活動家は「今朝のCNNで、有権者に、バイデンは弱々しいと思いますか?と尋ねていたが、それを聞けば回答はイエスになる。しかし、トランプの嘘があなたの票に影響を与えるかという質問はしない」と述べる。メディアがバイデンの認知能力をトランプの「嘘」よりも取り上げることに不満を隠さない。

他方、民主党内部にはバイデンにわざと恥をかかせた「陰謀論」まである。ディベートで失態を見せれば、大統領も家族や側近など周囲の説得になびくかもしれないという考えだ。そもそも大統領を交代させる「機能不全」をどう判断するのかは不明確である。「認知に問題がある」と認知できるだけの「認知能力」は本人に残っている段階で判断してもらうわないと、本人が現実を直視せずに拒み続け、誰も判断できなくなってしまう。

元々、2022年秋口までバイデン周辺は「出馬制止」派が有力だった。しかし、2022年中間選挙での善戦で、本人が「出る」ことに突然こだわりだし、側近も唯々諾々と従った。バイデン大統領の補佐官の指南役のある党内有力者は当初「再選をやめさせてみせるから」と豪語していたのに、「ダメだった」と意気消沈していた。

しかも、バイデンが再選を目指す上で「バイデン・ハリス」の組み合わせをバイデンが変えないことを望んでいる。バイデン大統領にもしものことがあれば、ハリス大統領が誕生する。女性大統領が悲願の女性団体ですら、ハリスではない女性政治家を望むほどの不人気は変わっていない。政権がハリスを重要な仕事から遠ざけてきたため、能力的に育っていない。大統領になれば責任感から覚醒するという説もあれば、気負いで空回りしてマネジメントの破綻が悪化するとの恐怖感もホワイトハウス内には根強い。バイデン大統領自身はどこかで覚悟があるのかもしれない「突発交代」はなるべく避けたいのが政権内の本音である。

アメリカ合衆国憲法は、大統領が死亡または機能不全に陥った場合には副大統領が大統領に昇格することは定めているが、候補者選びにはこのルールは適用されない。そのため、バイデン自身が降りれば、ハリスではない他の大統領候補者にすることは党大会前ならば可能である。だからこそ、ニューサム・カリフォルニア州知事など有力候補は即日キャンペーンを開始できるように準備は進めてきた。

「他に勝てる候補がいない」?:NYTの撤退要請社説の波紋

話をディベートに戻す。ディベートで陣営は徹底した缶詰合宿的な予行演習を候補者に施す。このため、側近やスピーチライターなどトレーナーたちが、現在の大統領の滑舌や瞬発力の現実に触れていないはずがない。彼らのトレーニングでもカバーできない、起こるべくして起こった範囲の言い淀みである(あれでも最小限に食い止められたとの見方もある)。前述の「陰謀論」の種はここにある。「現実」を党の内外に示して交代世論を作り上げ、パニックを演出するために、早期のディベートに応じたのではないかという党内策動説は、ギャンブル性の強さからも妥当ではない一方、まことしやかに語られるだけのリアリティが漂う。

党内の空気はディベート直後の「見て見ぬ振り」とは変わりつつある。準備していたかのような絶妙なタイミングの「ニューヨーク・タイムズ」社説による不出馬の勧め提言だった1。社説は「バイデンは4年前の彼ではない」として、2期目の目標を効果的に説明できなかった大統領を辛辣に批判し、今できる最大の公益への奉仕は、選挙から撤退することだと唱えた。

この社説に対してペンシルバニア州選出連邦上院議員のジョン・フェッターマンが非常に下品な言葉で反発を示したXのポストも賛否を呼んでいる2。

「フェッターマンの雄弁なポストに賛同する」という声が民主党内の支持母体内では飛び交う一方、冷静な声も出始めている。ある活動家は「ニューヨーク・タイムズの論説委員やトム・フリードマン、ニック・クリストフによるバイデンへの撤退要求に何と反論すべきか。今のところ説得できそうなのは、他の誰も(トランプに)勝てない理由だけだ」と内部の議論で指摘している。

つまり、撤退要請の論説は簡単だが、今後数ヶ月の間に、現職大統領ほどには知名度も高くなく、全国区の実績もない候補者でトランプに勝てるのか、勝てるなら誰なのか、ということに撤退要請の論説が答えを持っていないという問題だ。

ただ、「バイデンではなく、トランプに退陣を求めるべきだ。もうニューヨーク・タイムズは読まない。けしからん」という感情的な反発やフェッターマン議員の下品なXの投稿を見る限り、このくらいの論説を注入しなければ、民主党の「バイデンで一枚岩にならないと、またトランプになる」という思考停止状態が変わらない現実も頷ける。

第三候補の「泡沫化」演出

予備選が事実上存在せず、早々に両候補者が決まった今年は、本選までに間延び問題があった。トランプ側はメディアの注目を維持し続けるために早期の大統領ディベートを望んだが、これは第三候補を蹴散らす効果もあった。ディベート参加候補は承認された4つの全国世論調査で少なくとも15%の支持を得る必要があるからだ。有権者は大統領ディベートに登壇している人以外は泡沫だという印象を持つ。

1992年の大統領選挙でロス・ペローが一定の票を獲得できたのは、本選ディベートまでに参加資格を満たして登壇を果たし、「三つ巴」をテレビで演出できたからだ。ケネディをはじめとした二大政党以外の候補者を消し去るには、世論調査で条件を満たしてしまう「何か」が起きる前に大統領ディベートを始めてしまった方がいい。この点ではバイデン陣営側にも利益があったので、前倒し開催に応じた側面がある。

無観客開催

かつて黎明期のニクソン・ケネディ時代の大統領ディベートはテレビ局のスタジオで行われたが、近年は大学や公開の場で「客」を入れて開催するのが習わしだ。筆者もこれまで数多くの大統領ディベートに党の来賓で参列したことがある。メディア取材では別会場に設営されるプレスセンターでテレビ画面を見るだけで、観客や現場の反応を見ることができない。現場の様子を知るには党の来賓として入りこむしか方法がない(拙著『分裂するアメリカ』(幻冬舎新書、2012年))に記した共和党予備選ディベートの現場観察事例)。

特に現代はソーシャルメディア時代であり、観客はディベートの様子を同時に、あるいは事後に発信する。このSNS軍団である観客を味方につけることが一つの戦場である。予備選では候補者のサポーターを、本選では自分の党側の観客を、どこまで潜り込ませられるかにせめぎ合いがあった。ところが、今回は「無観客」開催になった。現場の様子を本当に知るのはCNNの司会者やスタッフだけ。それ以外の世界中の人はテレビ画面を通してしか、パフォーマンスを評価できなくなった。これがどちらに有利だったかは即断できない。2点指摘したい。

第1に、ステージの上のディベートを体や動きの様子を含め、観客席で俯瞰で見る印象と、胸から上のサイズで「寄り」を映し出し、2画面で両候補を並べるテレビの印象はかなり違うことだ。テレビは顔の微妙な変化が目立つ「表情芸」のメディアである。これは俳優の演技論における、身体全体で大きく表現する「舞台」と微妙な表情で演技する「テレビ」の違いに似ている。

第2に、司会者の質問やブレイクの間に候補者同士が歩み寄ったりハプニングも珍しくないことだ。大人数が並ぶ予備選ディベートでは、候補者同士誰が仲がいいのか、孤立しているのは誰なのかも可視化される。サミットなどの集合写真のときの首脳同士の雑談の光景から透ける「人間関係」と同じだ。こうしたものをカメラは完全には追えない(厳密には撮れているがどの画面を放送でとるかの局のスイッチング判断)。観客がいてXなどで発信をすれば、テレビ画面だけの印象や主流メディアの評論を一般の支援者が相対化できる。

バイデン陣営には、現場からの「大統領は意気軒昂だった」と応援団発信が欲しかった一方、テレビには映っていないレベルで現場でこそ認知能力への不安を掻き立てる決定的な瞬間が見えてしまえば、流出は防げなかった。CNNとトランプにしか姿を見せない方がリスク管理はできる。

「それでもバイデンを支えるしかない」悲壮感が今の民主党内には重く立ち込める。それだけに「ストップ・トランプ」の接着剤の力も再確認もされた。ニューヨーク・タイムズの社説が党内言論に一定の風穴は開けたが、活動家や草の根レベルで「バイデンおろし」運動が活性化している兆候はまだない。あれほどのイスラエルの攻撃を批判する全米大学デモですら、党内左派はバイデン政権に不満でも独自候補の反乱を踏みとどまった。「バイデン政権には不満だが、トランプを止めるためには渋々バイデン候補を応援する」のが、今のアメリカの左派が抱える最大の矛盾である。

次回の第2回TVディベートは、本選が正式にキックオフした直後の9月10日(火)午後9時(東部時間)にABC News主催で行われる。

(了)

  1. “To Serve His Country, President Biden Should Leave the Race”, NYT (June 28, 2024) <https://www.nytimes.com/2024/06/28/opinion/biden-election-debate-trump.html>, accessed on June 30, 2024. (本文に戻る)
  2. X Post by Sen. John Fetterman (June 29, 2024) <https://x.com/JohnFetterman/status/1806839304242463044> accessed on June 30, 2024.(本文に戻る)

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