【特別シリーズ】
2024年台湾総統選挙とアメリカ③
メディア戦略の国際比較:「2020年の香港」無しの戦い
渡辺 将人
「候補者要因」に左右されるインフルエンサー戦略
台湾総統選挙を改めて振り返ると、2020年はユーチューバー選挙元年だったが、2024年は一服感があった。第1に、インフルエンサー戦略は候補者との相性に左右されるためだ。2020年は蔡英文支援に台湾の人気YouTuberが結集した。しかし頼清徳には同じ規模では集まらなかった。
真面目で堅実な頼はグッズのキャラになったりおどけて見せるタイプではない。従来からLINEスタンプはあったし、頼清徳を犬、蕭美琴を猫に模した陣営の公式イラストも作られたが、蔡英文ほどにはキャラやグッズは広がらなかった。これらはファンが勝手連的に作画してネット上で広めるもので、陣営が操作できる領域ではない。
筆者が用いる選挙の3要因のメタファー(玉:候補者、風:政治情勢:技:選挙技術)で言えば、「玉」で左右される部分である。対戦相手運は悪かった。若者に人気で台湾におけるネット選挙利用の草分けの柯文哲が出馬し、主要なYouTuberやインフルエンサーを代弁者に用いる戦略で柯陣営に先手を奪われたからだ。
さらにYouTube市場の成熟化(行き詰まり)などが手伝い、アメリカや台湾など政治的な立場を押し出すことを日本に比べれば厭わない分極化社会であっても、党派を誇示することがビジネスにマイナスだと考えるインフルエンサーもでてきた。逆に言えば、候補者への湧き上がる支持さえあれば彼らは馳せ参じる。
浮き彫りになるのは、アメリカ的な文脈とは何もかもが一致しているわけではないものの、アメリカ的な「候補者中心選挙」の色彩の深まりである。政党ではなく候補者を支持している。だから、候補者に思い入れが持てるかが、インフルエンサーの陣営参加の基準になる。民衆党の第三候補で元台北市長の柯文哲は、型破りかつ台湾人好みの天才キャラが個人として興味を持たれ、インフルエンサーが集いやすかった。旧政党はそこがどうしても弱くなる。YouTubeショート動画、切り抜き、TikTok拡散というサイクルも柯陣営は早期に離陸させ、切り抜きも陣営内で自前製造していた。
迷走するアメリカのTikTok規制と選挙利用の支離滅裂
TikTok規制をめぐるアメリカの迷走も影響を与えた。トランプ大統領は中国製アプリだとして禁止を掲げたが、それがかえって民主党にとって「トランプが禁じたアプリ」「リベラル・アプリ」として好まれた。左派のおふざけ動画や言論プラットフォームとして浸透した。
バイデン政権もTikTokの政府職員の端末使用の禁止には賛成してきたものの、集票効果上は利用しないわけにはいかない。政府の安保政策(TikTok警戒)と選挙陣営(候補者に使わせたい)のジレンマだ。イスラエル支持の基本方針を一朝一夕に変更できない政権と大学デモの若年層や左派への影響を懸念する再選陣営のギャップと根は同じだ。
結果、議会共和党はTikTokに厳しいのにトランプは容認する態度に変化したり、民主党もバイデン大統領にTikToKをさせたり支離滅裂になっている。本音では禁じたいが、抜け駆けで使用した陣営が若年層票で得をするなら使いたいのがキャンペーンの本音だ。共和党は使用者が少ないので厳しい姿勢を貫いてもダメージは少ない。
これに困ったのは台湾の民進党である。台湾でもTikTokが広まりつつある。日本と違って利用層に年代が関係ないという特徴がある。必ずしも「若者アプリ」ではなく、中高年も使用している。音源に合わせて踊るだけではなく、自分が実際に歌うカラオケ動画を加工して演歌歌手のミュージックビデオのようなものを作ることが中年の間で流行している。都心部に限らずむしろ地方で娯楽の一つになっている。筆者知人の先住民(原住民)のブヌン族やタイヤル族(台湾中部・南投県埔里)の政治家秘書たちの間でTikTokのカラオケ動画がブームになっていて驚かされる(ちなみにテレサ・テンや欧陽菲菲だけでなく日本の演歌もTikTokでは人気)
無論、民進党支持者は使用しない党派性が無視できないが、無党派的な若者は警戒心が薄くその限りではない。デジタル戦略と若者に強かった民進党が、TikTokを選挙で大手を振って使えないのは、若者アウトリーチでは手足を縛られたような形だった。なにしろ当のアメリカが支離滅裂なので、まるで梯子を外されたような戸惑いが蔓延している。
もちろん、民進党が得意としているコミュニケーション分野もある。英語の国際放送Podcastには力を入れてきた。目的の1つは在外台湾人や台湾系移民へのアプローチ(台湾は二重国籍を認めているので、アメリカと台湾の双方に投票し続けられる)。もう1つは世界への台湾の立場の宣伝だ。しかし、民進党の派閥抗争の激しさが、この種の現場の宣伝広報活動にも悪影響を及ぼしていた。動画やPodcastは企画の方針もさることながらタイミング勝負であり、幹部たちの足並みが揃わないとゴーサインが出ずに塩漬けになる。
長篇動画と断片的なショート動画に多元化する動画キャンペーン
かつて、選挙のデジタル化の波が訪れ、テレビ視聴率が下がり始めた頃、アメリカの選挙現場ではテレビ広告コンサルタントの失業懸念が選挙産業内では囁かれた。しかし、それはひとまず杞憂に終わった。選挙CF(コマーシャルフィルム)を放映する媒体としてYouTubeなどのプラットフォームがその代替役として浮上し、動画を介したキャンペーンの需要自体は減少するどころか益々隆盛を極めたからだ。
ただ、テレビ番組の間に強制的に30秒分や分で1分で見せるテレビのスポットCMと、YouTubeで能動的に再生させる動画、さらにTikTokなどで流れてくるショート動画の断片は、狙いも効果も変わってくる。つまり、起きたのは動画キャンペーンの多元化であった。
動画プラットフォーム時代になり変化したのは、テレビCMではなかなか難しい3分以上の長尺の候補者の生い立ち動画をじっくり見せることができるようになったことだ。物語系の自己紹介ビデオは1992年大統領選挙で話題化したビル・クリントンの1分CM「Hope」1が長さ的には限界で、2008年のオバマ陣営はDVDを個別訪問のパンフレットの付録として別途配布する代替策も駆使した。「おまけ」をもらった喜びと好奇心を梃子に長尺の「生い立ちビデオ」を見せたのだ。
今は知名度とSNSのフォロワーが事前にある程度あればYouTubeに引っ張ることもできる。筆者がかつて別稿で紹介したアレクサンドリア・オカシオ=コルテスの2018年の2分動画「The Courage to Change」2は典型だった3。また、テレビのスポットCMとしてはややタブーだった、ナレーションなしの音楽とテロップだけの映画トレイラー風のイメージCFも増えてきた。サンダースの2016年の1分CF「America」4は一例だ。「市民俳優」として集会参加者の映像を使う手法はアメリカだけでなく台湾でも定着している(近年のナレーション無しのトレイラー風作品では2020年国民党韓国喩陣営「百万庶民站出来 凱道勝選晩会」5が出色6)。
他方、デジタル時代になってもテレビ時代と変わらなかったCM効果がある。それは「有料広告」として枠の購入にしのぎを削って数を垂れ流すよりも、メディアにニュース化させる「無料広告」的な扱われ方をした方が実は効果がある、という点だ。「この度、俳優の誰それを起用し、新商品のCMを全国で放送開始します」と企業がリリースを出し、CM自体を経済ニュースにさせる行為の政党版である。
どの国の政党も事前にメディアに動画データと共に広報して、ニュース化してもらう。酷評でも炎上でも「話題作り」にはなる。無視されるのが一番の痛手だ。「メイキング」動画を撮影しておき、頃良いタイミングでネタ明かしとして公開する方法もひとつだし、パロディ版を支持者が作れるようにして「社会現象」化させる手法もある。
民進党:「2020年の香港」がなかった2024年選挙
2024年選挙で蔡英文・頼清徳のドライブを描いた長尺の4分動画「在路上」7のように台湾では民進党がこの手法に長けているが、国民党を含む両党ともにメディアにニュース化させる手練手管にも独特の技がある。
民進党、国民党のどちらかに肩入れするメディアが、特定政党や候補者のCMをノーカットで全篇、自局YouTubeチャンネルに政党の代わりにアップロードする行為もある。公職選挙法やメディアの中立性が厳しい日本では論外だが、分極化社会のアメリカですら見かけない現象だ。まさに分極化するメディアの政治当事者化である。台湾ではプレイヤーとしてのメディア入り乱れての選挙戦となる。
台湾の政党もCF製作にはかなりの予算を割いてコンサルタントを入れる。すでに示したように海外ロケが必須の「ソフトパワー」広告もある。2020年の香港のデモをモチーフにしたCFは名作ばかりだった8。しかし、外部要因(中国)に頼る手法は長続きしない。今回は「香港」という外部要因がなかった。米中対立が一時休戦で棚上げの中、「中国の脅威抜き」で戦う選挙戦ではCFの作り方も変わった。
狙いは蔡英文の支持層の取り込みであった。蔡英文の選挙時の情熱ほど熱心には選挙支援の活動を行おうとしていなかった蔡英文支持層、とりわけ若年のLGBTQの有権者とその共鳴者たちを取り込む起爆剤を欲していた。一枚岩のヒエラルキー組織の国民党と違って、民進党では派閥対立が日常ではあるが、2020年総統選の前年の2019年の党内予備選における頼清徳の「奇襲」とも言える蔡英文への挑戦は、蔡英文本人を驚かせただけでなく、蔡英文派や支持者にしこりを残した。
このしこりを取り除き、挙党体制で投票率を上げるには、親分であり「奇襲」被害者本人である蔡英文のわかりやすい形での頼清徳への支持表明が必要であった。いわゆる「エンドースCM」である。「私はもう頼を赦しているし、今は手を取り合うことで民進党政権を維持することのほうが大切だから、彼を応援してあげてほしい」というメッセージが蔡英文からあれば、蔡英文支持者もさすがに動く。
そこで、次政権は「蔡英文政権の継続」を印象付けるために、蔡総統が運転する車の助手席に頼副総統が座り、二人でプライベートなカジュアルな本音の会話を交わすという凝ったCFの台本を編み出した。一見、ずいぶん大変な撮影に見えるが、運転シーンの撮影はクロマキー背景のスタジオで「擬似」で行われ、停車時のシーンや走行する車の外観だけロケ撮影を行なっている。
このCFは話題になり、蔡英文支持者が雪崩を打って頼清徳支持で選挙戦に熱心に参加する舵を切った。しかし、民進党陣営のコミュニケーション担当にとってはまぐれ当たりの感想もあった。「バズりは遅かった。もっと早く6月や早い段階でバズる別のネタが欲しかったのに、ずっとバズらず今に至り、結局、蔡英文頼みになった」と担当者は呟く。
車の後部座席に一般の支持者が自分の写真を貼り付けるなどパロディが流行し、アイコンにする人も発生した。もちろん、こうされることを織り込み済みで設計されていた。パロディのスペースまで計算して作っておく広告作りはさすがである(この動画については以下のThe News Lens日本版の記事が管見の限り最も詳細である9)。
蔡英文票の取り込みにおける票固めの実際の効果では極めて優秀な働きをしたCFだったが、動画作品として面白いCFだったかというと、首肯しかねる部分もある。民進党の2020年の「香港CF」のような「泣かせる」感動もなければ、2024年「世界の台湾」10のような海外PRに転用できる広がりはなく、台湾人の民進党支持者で、しかも蔡英文支持者でないと感激できないターゲットの狭さと展開の地味さが特徴だった(だからこそ、集票CFとしては目的に直結しているのだが)。
民進党は若年層戦略でも苦戦した。そんな中、国民党が打ってきたのはアメリカが台湾を防衛しない「疑米論」を軸にしたコミュニケーション、メディア戦略だった。(④に続く)
(了)
- Bill Clinton "Hope" ad 1992, YouTube (May 23, 2012), <https://www.youtube.com/watch?v=Xq_x3JUwrU0> accessed on June 25, 2024, (本文に戻る)
- The Courage to Change | Alexandria Ocasio-Cortez, YouTube (May 30, 2018), <https://www.youtube.com/watch?v=rq3QXIVR0bs> accessed on June 25, 2024.(本文に戻る)
- 渡辺将人「アメリカ選挙戦略の最新事情 : 2016年以降の変動を中心に」(『国際問題』2019年5月)<https://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2019-05_003.pdf?noprint> accessed on June 25, 2024.(本文に戻る)
- America | Bernie Sanders, YouTube (January 21,2016), <https://www.youtube.com/watch?v=2nwRiuh1Cug> accessed on June 25, 2024(本文に戻る)
- 「百萬庶民站出來 凱道勝選晚會」,YouTube (January 7, 2020)、<https://www.youtube.com/watch?v=jNKciOoGBBI> accessed on June 25, 2024.(本文に戻る)
- 渡辺将人【特別シリーズ】「台湾の選挙キャンペーン米台比較の視座から(②中編)」 (SPF『アメリカ現状モニター』No. 55、2020年3月30日)<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_44.html> accessed on June 25, 2024.(本文に戻る)
- 「《在路上》 #交棒篇 ─ 2024 賴清德 蕭美琴|總統競選 CF」, YouTube (January 2, 2024) <https://www.youtube.com/watch?v=H4kGNldUQGw> accessed on June 25, 2024.(本文に戻る)
- 「《大聲說話》─ 2020小英總統競選CF」, 蔡英文, You Tube (January 6,2020) <https://www.youtube.com/watch?v=jqtpKLSukwk> accessed on June 30, 2024.(本文に戻る)
- 「【台湾2024総統選】まるで映画!頼氏当選をもたらした民進党陣営動画の驚愕センス」『ザ・ニュースレンズ』日本版(2024年1月15日)<https://japan.thenewslens.com/article/5421> accessed on June 25, 2024.(本文に戻る)
- 「《世界的台灣》─ 2024 賴清德 蕭美琴|總統競選CF 」, 頼清徳, You Tube (Dec 12, 2023) <https://www.youtube.com/watch?v=Uxyzscza_yk> accessed on June 30, 2024.(本文に戻る)