【特別シリーズ】
2024年台湾総統選挙とアメリカ②
「チャイナ・ホーク」候補敗北と「疑米論」
渡辺 将人
トランプとの差別化としての「チャイナ・ホーク候補」ヘイリー
台湾総統選とアイオワ州党員集会の前代未聞の隣接が武器になる可能性があった共和党の候補者はニッキー・ヘイリーだった1。
拙稿「2024年予備選挙目前報告③共和党編その1:党内4派トランプ評、対イスラエル攻撃『before』『after』」で述べたように、誰もが対外政策では「非関与」一辺倒になる今の共和党で「国際主義」はヘイリーだけだった2。ポンペオ撤退後は外交経験も元国連大使のヘイリーが突出していた。ヘイリーは外交で差別化を狙ったが目をつけたのは対中強硬路線だった。元々、ペローシ下院議長(当時)の台北訪問に超党派で理解を示すなど台湾には踏み込んだ姿勢を鮮明にしていたヘイリーだが、対中政策の輪郭を明確にしたのは2023年6月のAEI講演である。ヘイリーは中国を「アメリカの安全保障と繁栄に対する最大の脅威」と位置付け、バイデンとトランプの双方の対中姿勢を否定してみせた。
ヘイリーの対中強硬案は、中国の投資家によるアメリカの土地購入阻止、中国の資金を受け入れる大学への連邦政府の資金援助廃止に始まり、中国企業によるアメリカのハイテク企業買収阻止、中国共産党と関係がある企業へのアメリカからの投資禁止などに及んでいた。ペンス前副大統領と同様に包括的で、香港や新疆ウイグル自治区への「人権侵害」、台湾、知的財産まで広範な争点を含んでいた。
ヘイリーはトランプ前大統領が貿易にしか関心がなく、中国の脅威の全体像を重視していないとして、「アジアにおけるアメリカの軍事的足場を強化せず、アメリカの技術や投資の中国への流入を止めず、北京に対抗する同盟国を結集しなかった」と批判した上で、2019年の中華人民共和国建国70周年の祝賀ツイートも攻撃した。かつて就任前に蔡英文総統との電話会談を受け入れたトランプに異様に高い期待を示した台湾が、徐々にその期待を萎ませた理由とも一致する批判理由だった。
ヘイリーはバイデン政権と民主党の対中姿勢も批判はしていた。バイデン政権や議会民主党の主要な外交問題は、2023年10月のハマスのテロまではウクライナと中国であり、ヘイリーの中国争点シフト自体は妥当な力点だった。大規模に流入する中国からの移民問題、さらにアメリカで中毒者が激増している薬物のフェンタニルの製造に絡む中国への疑念もこれを後押ししていた。ヘイリーはフェンタニルの流入が止まるまで、北京との正常な貿易関係を断ち切るよう働きかけると主張していた。
興味深いことに、トランプの台湾をめぐる変節に対する批判には民主党やリベラル論壇が便乗した。トランプは大統領在任中、基本的に台湾に好意的だった。しかし現在、特に半導体ビジネスに関しては、アメリカの労働第一主義から立場を変えている。
ことの発端はFOX NEWSの単独インタビューでアンカーのマリア・バートロモがした「中国との戦争になってしまう場合、アメリカは台湾の防衛を助けるべきか?」との質問に答えたトランプ前大統領が「そのようには言いたくない。なぜなら、もし大統領の立場なら、考えていることを言いたくない。もしその質問に答えれば、自分を交渉上不利にさせる。そうは言ったものの、台湾はアメリカの半導体ビジネスを根こそぎ奪った。アメリカは自国で半導体をかつては生産していた。今はメイドイン台湾だ」「台湾は賢い。彼らはアメリカのビジネスを奪った。彼らを止めるべきだったし、税や関税をもっと課すべきだった」という経済摩擦の論理を台湾にまで当てはめたことだ。
外交問題評議会のリチャード・ハースや民主党系評論家アル・シャープトン牧師が出演した2023年7月放送のMSNBC「Morning Joe」ではこの大統領の「台湾認識」がいかに日本や韓国など地域の同盟国に不安を与えるか、というトランプ叩きを行ったが、バイデン政権の台湾政策と比較することではなく、台湾にまで経済摩擦の論理を持ち込むトランプ批判に終始した。トランプは政治的に鋭敏な嗅覚の持ち主であり、彼が「旋回」してこうした発言をFOX NEWSでしたことは、すなわち彼の支持基盤の台湾や対中理解の程度を部分的に反映しているとも言える。トランプはファンの心理と同一化する達人であり支持基盤が好まないことをゴリ押しの個人信念で語ることはないからだ。安全保障上の含意を無視した台湾論が党派横断の労働者層の間に蔓延することの危険性は、トランプ発言の見えない「ハレーション」として懸念された。
「ゲームチェンジャー」としてのイスラエル=ハマス戦争
しかし、10月に入ってハマスによるテロが発生し、イスラエルの攻撃が始まった。これが巨大な「ゲームチェンジャー」となってアメリカの外交政策を変えたことは、別媒体の拙稿「民主党内左派の分断と糾合:イスラエル情勢の影響から」3で述べたとおりだが、この割を最も正面から食ったのがヘイリーだった。
ハマス攻撃は、その被害の性質やアメリカのイスラエルとの緊密な関係などから、外交政策では珍しくアメリカの選挙戦で重要な課題として浮上するかのように見え、「一時的にヘイリーに有利に働いた」(共和党幹部)が、彼女がその恩恵を生かすことはできなかった。イスラエル支援で共和党内が一致する気運が追い風になったのはむしろトランプだった。最高裁判事指名に対するキリスト教右派の評価は「トランプはもう用済み」で、デサンティスに乗り換えつつあったのに、彼らを繋ぎ止める格好の材料がイスラエルにより提供されたと言える。要するに、緊迫する中東情勢による対中脅威への相対的な関心の低下、キリスト教右派のトランプ回帰で、対中強硬と外交を売りにするヘイリー、キリスト教右派のトランプからの乗り換え票に依存していたデサンティスにマイナスに働いた。トランプは相変わらず強運の持ち主だ。
さらにヘイリーに不利に働いたのは、バイデン政権による「米中対立休戦」である。ウクライナとイスラエルという2つの「前線」に直面し、3正面に向き合う体力が軍事的にもない上に国内世論的にも持ち堪えられない今のアメリカは、中国との対立緩和にとりあえず飛びついた。周知の通り、バイデンはサンフランシスコでの米中首脳会談を開催し、これにより台湾を含む米中対立の危機の棚上げを図った。
中東情勢でウクライナが相対的に後景化したことも問題だった。ヘイリーはウクライナ支援の継続をめぐるロジックに、中国に台湾侵攻の口実を与えることになることを一つの理由にしていた。穏健派の共和党幹部が言うように「ロシアにウクライナで勝たせてはいけないことをヘイリーが懸命に説明してもトランプ支持者の心には響かなかった」。だからこそ、ヘイリーはウクライナ支援の説得性の鍵として、中国の台湾侵攻の危険性を訴え続けた。
アイオワの農村で「台湾の防衛」を叫ぶ
ヘイリーはアイオワ州ダブンポート付近の田舎町ドナヒューで行った党員集会前日の演説で、「中国は香港を手に入れると言っていたが、その通りになった。ロシアはウクライナを侵略すると言ってそれを実現した。中国は、次は台湾だと言っている。私たちはそうなると考えるべきだ」と唱えた。これ自体は2023年から繰り返してきた彼女の定型の「スタンプスピーチ」である。ただ、シンクタンク講演ならいいが、農村ではやや外交玄人演説に過ぎる部分があり、2008年のバイデンを思い出させる。バイデンはあの時、コソボ紛争の処理での活躍を自慢し、イラク戦争後の「イラク3分割計画」の政策メモランダムをアイオワの農村で配って回った。しかし、大豆やとうもろこし農家にとってウクライナや台湾は遠い話だ。
ではイスラエルはどうなのか。アメリカの対イスラエル支援の最も強力な共和党内の駆動力は、選挙民レベルではユダヤ系有権者ではなく原理的なキリスト教徒である。エルサレム死守のための戦いは、キリスト教徒にとって日常の信仰の一環で「外交」ではない。対外関与はしない「孤立主義」のはずのトランプのイスラエルへの前のめりの姿勢は二枚舌に思えるかもしれないが、(アメリカ軍を出さない限りは)彼らにとってキリスト教保守派マターの「内政」にすぎない。だからトランプ支持者の論理上は「対外非関与」と矛盾しない。無論「対テロ」の大義もある。ウクライナや台湾は純粋に外交問題であり「関与」を理で説得するハードルが上がる。
台湾総統選挙の結果を受け、ヘイリーは民進党の頼清徳勝利まで梃子にしようと試みた。台湾の選挙結果について尋ねられたバイデン大統領が「我々は独立を支持しない」と答えたからだ。ただ、これ自体はいつものバイデンの「KABUKI」の一環と見られている。政府内、党内で「対中強硬役」「対中融和役」、「怖い警察官」「優しい警察官」を分担し、自分が会見で「台湾を守る」と答えた舌の根が乾かぬうちに「1つの中国政策は変わらない」と報道官に言わせ、ペローシ台北訪問を背後で黙認し(対中圧力に利用しつつ)、表向きには中華圏の人権がライフワークの彼女の「個人旅行」で政権は無関係でむしろ行ってほしくないというふりをする。
全て背後では緊密な連携でオーケストレートされてきたが、今回もサンフランシスコ以来の米中の暗黙の了解通り、危機をエスカレートさせないために民進党候補が勝利したら「独立は認めない」とオンカメラですかさず(北京に向けて)言うのはバイデンの「仕事」だった。予定調和以上のものはない。
だが、ヘイリーはそれを承知で必死に食らいついた。「(頼清徳勝利は)台湾にとって素晴らしい勝利。中国は台湾の人々の上空にドローンを飛ばして威圧していましたが、結果としてデモクラシーが勝ちました」とバイデンを批判した。これは一定のメディア効果を生んだ。
FOX News「The Big Weekend Show」は東部時間土日午後7時放送で、年配の保守層にかなりの影響力がある番組だ。同番組でFOX Newsアンカーのブライアン・キルミードはヘイリー取材を受けて台湾問題をめぐる解説を異例の分数を割いて展開した。「多くの人は、なんで台湾総統選を気にかけるのか、アイオワ党員集会に集中しようと言うかもしれない。しかし、戦争になるかもしれないのです。中国は、この男を当選させてはいけないと言っていたわけです。その彼が台湾総統選で勝利しました。台湾の民主主義を守りたいと考えている、いわゆる独立派の候補者です」
キルミードは台湾に知識のない視聴者やパネリストに1987 年に戒厳令が解除されて以後は民主主義となり我々の仲間であるなど豆知識を挟みながらも、バイデン大統領がサンフランシスコでの米中首脳会談で操られていることを示唆してバイデン批判に転用した。ミスリードな部分も多々あった。台湾政治を正確に理解していない米メディアは国民党と民進党を親中/反中の二分類でしか考えない癖があるが、FOXは頼清徳のことをindependent candidateと呼称した。まるで無党派候補のように聞こえるが、独立支持派と言いたいのだろう。
小笠原欣幸・東京外国語大学名誉教授が指摘するように、中国が頼新総統を「独立傾向がある人物」と規定しているものの実際には「現実主義」の政治家で蔡英文の現状維持路線を継承する4。このことはワシントンに超党派でパイプを築いた前駐米代表である蕭美琴・新副総統により、外交、シンクタンク界には浸透しているのだが(詳細は拙著)5、米メディアが慎重さと正確さを欠いた報道を行うことは依然として少なくない。
州知事としては中国企業勧誘、大統領候補としては対中強硬
ところで予備選緒戦では、ヘイリーのサウスカロライナ州知事時代の親中政策が蒸し返されることもあった。2010年代前半のサウスカロライナ州知事時代にヘイリーが中国企業数社に同州への投資を呼びかけていた問題だ。ABC Newsは2015年にヘイリーが共和党州知事の中で中国投資額第1位だったことを報じた。サウスカロライナ州への14億3,000万ドルにのぼる中国投資は、大統領選でのヘイリーの対中強硬策とあまりに矛盾するのとの批判だ6。
ヘイリー陣営の姿勢は開き直りに近いもので、州知事であれば中国資本を歓迎するのが州民向けの仕事としての正解で、大統領としては中国と厳しく対峙するのが仕事だというものだった。
ヘイリー陣営はABC Newsの取材に「大統領選に出馬している州知事は全員が中国企業を自州に誘致した過去がある。ヘイリーの行為は10年前のもので、ロン・デサンティスは(過去ではなく)現在、中国企業を積極的に勧誘していて、つい先週、フロリダ州政府のウェブサイトから勧誘の証拠を消している。問題は、習近平が勢力を強める中で誰が中国に向き合うのか、それはヘイリーでしかないことだ」と回答している。
「チャイナ・ホーク」戦術に焦点を絞ったヘイリーの敗北は、ヘイリー固有の弱さではなく外部環境要因が大だが、他方で州知事(州ビジネス利益への責任者)と国連大使(共和党の国際主義者の生き残り)の二律背反的な2つの前歴に、今の共和党が抱える対中政策のジレンマの現実も浮き彫りになる。
そもそも、ヘイリーとて今の共和党の非関与主義の流れにはもはや逆らえない。孤立主義者にとっては、ヘイリーが「ネオコン」であろうと「リベラル・ホーク」であろうと誤解に満ちたラベルにも大差はない。アメリカの直接介入を是とする議論は一切できない空気の中、上述のアイオワでの演説でヘイリーは以下のように付け加えている。
「アメリカの出番です。予防措置です。だから私たちは彼らの勝利に必要な装備と弾薬を補給すべきなのです。私たちはアメリカ軍を送るべきではありません。彼らは自分で勝利することを望んでいます」
前述のAEI演説後の質疑応答でも、ヘイリーは、台湾をめぐるアメリカ外交の「戦略的曖昧さ」を支持するのか、「米軍は台湾を守るために戦う」というバイデン発言に同意するのか訊かれたが、「戦争を防ぐ」という発言にとどめている。台湾の独立を支援すべきかどうかについては「台湾次第」と濁した。とても「ネオコン」にも「リベラル・ホーク」にもなりきれない、非関与主義ムード「風味」にアレンジされたヘイリー流対中強硬論は、台湾の援軍のように見えて、「自分で防衛してください」という突き放しが、逆に「擬米論」を強めている面がある。
現在の保守化している共和党内では、ヘイリーの煮え切らない中道性は、無党派層や(有権者登録変更で党員集会や予備選で投票できる)民主党議員への擦り寄りにも見えてしまい評判を下げた(共和党幹部)。選挙はタイミングがすべてである。もしアイオワ州党員集会や指名争いの緒戦がハマスの攻撃や米中首脳会談より先に行われていたら、ヘイリーの主張に耳を傾ける人はもっと多かったであろう 。敗北後、沈黙を守っていたヘイリーは、5月下旬になってついにトランプ支持を表明するに至った。トランプの副大統領候補としてはインド系女性、国際主義候補は、民主党には扱いにくいが、自らに牙を剥き続けた人物は二度と赦さないとされるトランプが戦略的に活用するかは未知数だ。むしろ、トランプ党化している共和党での将来の生存戦略として、いったんはトランプ支持者の感情にも配慮したと見るべきかもしれない。 (③に続く)。
(了)
- トランプはアイオワ州では1郡を除いてすべて勝利した。 唯一勝てなかったジョンソン郡ではヘイリーに1票差で敗れた。同郡はアイオワ大学の所在地でリベラルな風土で知られる。(本文に戻る)
- 渡辺将人「2024年予備選挙目前報告③共和党編その1:党内4派トランプ評、対イスラエル攻撃『before』『after』」(SPF「アメリカ現状モニター」No. 145 2023年11月1日) <https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_145.html> accessed on May 30, 2024.(本文に戻る)
- 渡辺将人「民主党内左派の分断と糾合--イスラエル情勢の影響から」(日本国際問題研究所 研究レポート、2023年11月13日)<https://www.jiia.or.jp/research-report/us-fy2023-03.html> accessed on May 30, 2024.(本文に戻る)
- 小笠原欣幸「台湾新政権・頼清徳の研究」『Voice』(2024年6月号114-125)※頼清徳・新総統と新政権についての論考として最も詳細かつ包括的。(本文に戻る)
- 渡辺将人『台湾のデモクラシー:メディア、選挙、アメリカ』中公新書2024年(本文に戻る)
- “Nikki Haley is running for president as a China hawk -- but her record suggests a different picture”, ABC NEWS (November 9, 2023) <https://abcnews.go.com/US/nikki-haley-running-china-hawk-record-suggests-picture/story?id=104726771> accessed on May 30, 2024.(本文に戻る)