【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


 ウクライナでの紛争は陸上兵站の重要性を実証するものとなった。そしてこれによって 政策立案者は、海上兵站の重要性も再認識したはずだ。軍隊は食料、弾薬、新たな武器、燃料等の必需物資を紛争地帯に補給する能力なくして、戦闘を長期間続けることはできない。マイケル・ロバーツ氏はハドソン研究所が2023年に出版した報告書で、西太平洋地域における中国との対立に対処し勝利を収めるためには、ロールオン・ロールオフ船(車両が自走で船に乗り込み、運搬できる貨物船)、フェリー、プロダクトタンカー、コンテナ船など200隻を超える貨物船が補給活動に必要となると推計している。[1] 欧州におけるロシアとの対立でも、同程度の海上輸送能力が北米・欧州間で必要となる可能性が高い。こうした状況にもかかわらず、米国とその同盟国には、欧州NATO加盟国を守れるだけの部隊と兵力を、大西洋をまたいで運ぶ際に必要な海上輸送能力や港湾等のインフラがない。このように十分な海上輸送能力やインフラを具備していないという事実は、北大西洋条約第5条に対する米国のコミットメントを損なうものだ。

 中国の造船所は商業造船市場で過去10年間トップの座に君臨しており、軍事海上輸送で用いる商用船の建造においては、コンテナ船やプロダクトタンカーからロールオン・ロールオフ船(RORO船)まで、あらゆる船種で競争力を有する。中国は船舶建造量で欧米に勝り、市場では日韓の造船会社から大きなシェアを奪っている。さらに、中国は、海軍を強化し拡張させるべく、商業造船用にエコシステムを構築し活用している。中国は軍民融合型の研究開発戦略を進めており、これは、紛争時には海軍が国有海運会社から莫大な海上輸送能力を調達し得ることを意味する。モンターニュ研究所の最近の報告書は、中国政府が同国の海運会社、中国遠洋海運集団(COSCO)の圧倒的な海上輸送能力を人民解放軍海軍の支援に活用していると指摘している。[2]

 NATOとIP4が中国の優勢に打ち勝つ上では韓国が一役買い得る、と指摘する向きもあるかもしれない。しかし、韓国の造船所は競争力を維持しているものの、国自体が地理的に中国に近く、紛争は西太平洋地域で勃発する可能性があることから、海上輸送船にとっては高リスクな代替案となる。中国に追いつくことは不可能だ。その巨大な造船能力から見て、中国は造船での覇権的地位を当面保ち続けるだろう。

 この先必要なことは、状況を安定させ、中国が欧米造船業の建造量を完全に上回らないようにすることだ。こうした問題を解決するためには、NATOとIP4が手を組んで同盟国やパートナー国の造船業が保つ強みに注力することが一助となり得る。代表的な強みとしては以下が挙げられる。

  • 世界有数の海上輸送技術: 造船市場における中国の優勢に太刀打ちするのは難しいが、欧州や日韓両国には卓越した技術が存在する。例えば、海上輸送船用2ストローク推進機関技術の80%超は、デンマーク技術陣が開発し、そのライセンス供与を受けて中韓の企業が製造している。2ストロークエンジンについては、その5~6%を三菱重工グループの技術陣によって開発された製品が占めており、残りのシェアはスイス企業が技術開発し中国政府がその所有権を有するWinGD社の製品が占める。燃料効率に優れた最新の商用海上輸送船については、建造に必要な技術の大半は欧米、日本、韓国の企業が知的所有権を支配している。米国とその同盟国はこうした強い立場を生かし、中国に代わる有用かつ競争力ある地位を確立可能である。
  • 世界的な海運会社の数々: 欧州には世界でも指折りの海運会社が複数存在し、海上輸送業務の支援が期待できる。例えばマースク社は世界で700隻超のコンテナ船を運航しており、管理するコンテナターミナルの数も非常に多い。さらに、プロダクトタンカー分野では世界上位5社にデンマークの海運会社2社が名を連ね、RORO船・車両運搬船分野では日本企業とノルウェー企業が世界トップの地位にある。
  • 世界的競争力ある船舶設計: 海上輸送船の設計で世界的競争力を有するのは、欧州、日本、韓国の企業である。こうした企業が提供する設計は、技術開発の最先端にある。これらの国・地域では、海洋技術企業と世界的海運会社が密な関係にあるため、競争力あるエコシステムが育まれ、それがエネルギーや積載量の効率化に重きを置く革新的な設計につながっている。
  • 効率的なソフトウエア: 今日の造船には、米国企業がデンマーク、日本、韓国の企業と連携して開発した、最先端の設計ソフトやデータが不可欠である。AIには、データ駆動型ソフトにさらなる進化をもたらし、設計改良に要する作業時間を短縮する可能性がある。この分野では、米ソフトウエア会社による多大な貢献が期待できる。
  • 強力な製造拠点: デンマークは造船ロボットの先駆国だ。労働力不足と人件費高騰が先進的な自動化ソリューションの開発を後押ししたためである。ロボット利用を前提とした設計は、無駄をそぎ落とした製品へとつながっている。例えば、世界初の二重船殻タンカーはデンマークで建造されたものだが、建造過程での広範なロボットの使用により、前世代タンカー比で鉄製部品の30%削減を実現している。造船自動化の最先端にあるデンマークでは、船舶設計の簡素化推進に向けて自動化目標が定められている。

 米国とその同盟国はどうすれば、こうした補完関係にある強みを連携させ、海上輸送能力と産業強靱性を同時に実現することができるのだろうか。

 マイケル・ロバーツ氏は、米国が抱える問題については米国の解決策を見いだすよう提言している。NATOとIP4の協力が進展した際に生じる野望の1つは、中国の強大な海上輸送能力がもたらす課題を緩和すべく、欧州・大西洋地域とインド太平洋地域にまたがる連携・ネットワーク化した海上輸送船隊を創設することであろう。こうした海上輸送船隊には攻撃を抑止する十分な規模が求められるため、500~1,000隻程度の輸送船で構成する必要がある。各船の推進機関は従来型燃料と合成燃料など多燃料対応型の最先端のものとし、紛争時や戦時における燃料面での強靱性を最大化すべきだ。海洋業界にも、自動化を進めて乗員数を抑えた海上輸送船を設計することが求められる。

 NATO加盟国とIP4は現時点の問題につき、以下の2段階で取り組むことが考えられる。第1段階は、既存船をこの船隊に割り振ることだ。これは直ちに実行可能であり、現在の海上輸送面での問題を解決するものとなろう。とはいえ、中国がこの目的で利用可能な船舶を多数建造していることは、安全保障上の懸念である。そこで第2段階においては、古い船舶を最新式の輸送船へと徐々に置き換えることで強靱性を高めていく。第2段階で必要な海上輸送船の建造は、従来の造船所ではなく日本、韓国、米国、欧州の高度に自動化された造船所で行い、これらすべての地域における産業の強靱化を実現すべきだ。こうした造船所には高い生産能力が求められるが、平時にはそれがフル稼働するとは限らない。このためNATO加盟国とIP4はこうした造船所に柔軟性を組み込むとともに、軍民両用の分散型サプライチェーンを活用する必要がある。

 このNATO・IP4の船隊は、既存の海運会社によって商用市場で運航され、商用船として世界市場で競争すべきだ。各地域で本船隊の建造を担当する造船会社は、相互運用性と調達・製造・サービス面でのスケールメリットを確保すべく工場間で同一の製品システムを採用し、設計類似性の活用と船舶重要部品の再利用を効果的に行う必要がある。これらの造船会社が踏襲すべきは、標準化された製品システムと高度に最適化された製造コンセプトに従って第2次世界大戦中に2,700隻超のリバティ船を建造した米造船所の事例だ。[3]

 NATO・IP4の海上輸送船については、その全船を軍事用途に転用可能なものとすべきであり、そのため戦時にはセンサーと兵器を搭載できるようにしておく必要がある。こうした能力を備えていれば、各国は紛争時に本船隊を迅速に動員し、コンテナに詰められた自衛・攻撃用の軍事ペイロードを各船に短時間で積載することが可能だ。これらの船舶が事前に準備されていれば、各国は動員時にリフティング装置、ヘリコプター甲板、ムーンプール等の事前に製造しておいた装置を付加し、各船をドローン母艦として機能させることもできる。この「準備すれども搭載せず」という考え方は、船隊全体での船舶プラットフォームとペイロードモジュール間のインターフェース標準化を必要とする。こうしたインターフェースには、差し込み口や貨物保定具のような物理的なものに加え、ペイロードモジュールと船舶ソフトウエアシステムとの円滑な統合を可能にするソフトウエアも含まれる。

 本海上輸送船隊は、通常型戦艦の戦力増強手段と位置づけられる。海軍がセンサーや兵器を各輸送船に搭載する場合、これらの操作は陸地や通常型戦艦から遠隔で行うべきである。こうした装置は、有人運用も可能な無人大型水上艦(LOSV)用として設計されるためだ。

 NATO・IP4の海上輸送船のビジネスモデルは、海運業界の混乱を招かぬよう注意を払って構築すべきだ。本船隊を海運会社その他の民間企業が所有できるようにするのがその一例である。NATOとIP4が承認する場合には、運航・管理・所有のすべてを同一法人が行う形とする必要もない。船隊の船はさらに、その運航会社が一般的に使用するロゴその他のブランド要素の使用を維持することとなる。

 上述の設計基準ゆえに、第2段階におけるNATO・IP4の海上輸送船の建造費用は若干かさむこととなろう。しかし、即応性と産業強靱性の対価として、本構想参加国は十分な資金を投じ、NATO・IP4の海上輸送船が中国で建造されている同水準の商用船に確実に対抗できるようにしなければならない。本構想が海運市場に混乱を招かないよう、本構想下の船舶を25隻とそれ以外の船舶を25隻運航する海運会社が、これら50隻すべてから同等の利益を上げられるような仕組みとすべきである。

 総括すると、NATO加盟国とIP4の全域で産業強靱性を再確立し海上輸送能力を確保するためには、NATOとIP4の協力が最適な方法となる。中国による海運会社と船隊の世界的支配がもたらす脅威を緩和するためには、米国とその同盟国にはこの方法しかない。

(2025/06/13)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 3】
How NATO-IP4 Cooperation Can Secure Sealift Capacity and Industrial Resilience