はじめに

 2025年5月、ドイツ連邦共和国にフリードリヒ・メルツが率いる新たな政権が誕生した。ロシアによるウクライナ侵攻、アメリカのNATO欧州同盟国に対する厳しい態度など、ヨーロッパ諸国は安全保障政策を見直さざるを得ない状況にある。そうした中で、これまで平和国家と目されることの多かったドイツ政府が積極的に外交・防衛上の役割を果たそうとしている。このことは、同盟国、特に欧州域内では歓迎する声もある一方で、「強いドイツ」が帰ってくることを危惧する声もある。政権樹立から1年ほど経ったところで、改めて、現在のドイツが本当に「強いドイツ」になったのかを、主にドイツ内政の観点から振り返ってみたい。

異例の船出

 2025年5月6日、ドイツ連邦共和国に新たな政権が誕生した。首相を務めるフリードリヒ・メルツは長年キリスト教民主同盟(CDU)内で同世代のアンゲラ・メルケル元首相とのリーダー争いに負け続け、満を持しての首相指名であった。一方で、1回目の首相指名選挙ではCDU内からの造反が相次ぎ、首相選任のために必要な過半数の賛同を得ることができず、同日中に2回目の首相指名選挙が行われた。首相指名選挙での否決はドイツ連邦共和国史上初の事態であり、このこと自体がドイツ政治の混乱を象徴している[1]。

 首相指名選挙での「造反」は、2025年2月の連邦議会選挙後の政治状況に起因している。連邦議会選挙でCDUは第一党に返り咲いたものの、大躍進を遂げたのは、議席を12増やしたCDUではなく、69議席増やして今や第三党となったドイツのための選択肢(AfD)であった[2]。2025年に連邦憲法擁護庁により「極右政党」と認定されたAfDとその他の政党の政策的隔たりは大きい[3]。このため、2月に連邦議会選挙が終わった後に連立交渉の合間を縫って、次の連邦議会構成では通すことがより難しくなりそうな法案が立て続けに古い議会構成で可決された。その目玉が防衛費における「債務ブレーキ」の免除である[4]。債務ブレーキとは財政赤字の膨張を防ぐために、財政赤字をGDP比0.35%までに制限するという基本法(憲法に相当)109条の規定を指す。2025年の法改正により防衛費はその例外となり、防衛費の大幅な拡大が可能となった。ロシアと関係が深いとされるAfDは長らくウクライナ戦争へのドイツの支援や防衛費の拡大に反対しており、新しい議会構成ではこうした変更が難しくなることは容易に予測された。このため主にCDUと社会民主党(SPD)を中心として法案改正が通過した一方で、実は債務ブレーキの堅持はCDUが選挙戦の公約の中で約束してきたことでもあり、党内からの反発も強く、これが「造反」につながったと理解されている。

 2回目の首相指名選挙で過半数を獲得し、無事に首相就任となったものの、その後もメルツ政権はドイツ政治の変化を感じさせる行動を続けた。それまで「大西洋主義者」(Atlanticist)を自称してきたメルツであったが、アメリカのNATO欧州同盟国に対する厳しい目線を前に、「アメリカから独立する必要がある」と発言したことは周囲を驚かせた[5]。また、フランスとの核の傘をめぐる対話の緊密化といったテーマも打ち出し、これが2026年3月に発表されたフランスの核戦略の変更にも影響していることは明らかである[6]。

「強いドイツ」の内情――「大連立」の小ささ

 外交におけるメルツ政権の積極性が注目される一方で、その足元で起こっているドイツ政治の長期トレンドとして真っ先に挙げるべきは、二大政党の凋落である。その意味において、メルツ政権は全く盤石ではない。3月に2度行われた地方議会選挙では、CDUともう一つの大政党であるSPDの得票は合わせてバーデンヴュルテンベルク州で35%程度であり、ラインラントプファルツ州では57%程度だったものの、「大」連立で辛うじて政権獲得できていることを考えても、もはや大連立とは名ばかりであることはわかる[7]。

 こうした傾向の背景には、一つには支持者の高齢化が大きく影響していると考えられている。CDU、SPDともに若年層の支持を獲得できておらず、若年層は浮動票化しているのが現実である。この点において、例えばラインラントプファルツ州では確かに若年層にAfD支持が多かったものの、これらの支持が固定票になったかはまだ判断できない[8]。昨年の連邦選挙でも左翼党(LINKE)が若年層の支持を獲得したことがわかっており、その時々のテーマによって若年層の支持がスウィングすると考えた方が正確だろう[9]。一方、固定票を失った二大政党はもはや「大政党」としての地位を失いつつある。

 近年の選挙結果を見て、それでも基本的に中道政党が政権をとっており、極右/極左政党支持は「小さい」と評価する論者もいるが、大政党の弱小化を考えれば、さほど楽観的でもいられないだろう。また、中道政党間の対立も大きく、例えば緑の党とその環境政策をめぐっては全国レベルでも地方レベルでもかなりの批判の応酬があり、バーデンヴュルテンベルク州選挙ではCDU陣営から緑の党筆頭候補への個人攻撃とも取れる発言があった[10]。最後に、3月に地方選が行われた2州はともに旧西ドイツに位置し、それほどAfD支持率が高いと思われてこなかったが、どちらの州でもこれまでで最大の得票を獲得した。

対立点の増加

 ドイツ連邦共和国において、初めて大連立が組閣された1966年の与党議席率は実に9割程度であった[11]。二大政党はそれぞれ単独政権を達成はできないものの、40%を超える支持率をもち、そしてその二つの政党が対立することで、議会内で対立点が明確化され、支持者がそれを選ぶというやり方がとってこられたのが伝統的なドイツ政治であった。すでに見てきた通り、今やこうしたやり方は全く通用しない。「大連立」でも辛うじて過半数を超える支持率しかない以上、政党を超えた対立意見の残る中で政府が国民を説得することが重要となる。

 こうした状況をさらに難しくさせているのが、対立点そのものの増加である。伝統的にアメリカとの友好関係を重視してきたCDU支持者ですら、現在のアメリカ政府に対する支持率は低い[12]。一方で、NATO加盟国が現実的に依然としてアメリカを必要としていることは論を俟たない。また、自動車産業に続く基幹産業としての役割が目される防衛産業の強化についても、「平和国家」としての価値観をめぐって対立がないわけではない[13]。連邦軍の強化をめぐっては兵士の増加が急務であり、この過程で徴兵制の議論も出たが、これもまた世代や信条をめぐる議論が続いている[14]。ウクライナ戦争の継続とロシアの動向に加えて、イスラエルやガザ、イランをめぐっても世代や人種を跨いで様々な対立が存在している。移民問題も言わずもがなである。

 対立点が増加し、多党化が進む中で、大政党への支持率は低下の一途を辿っている。それにも関わらず、政治的な意見交換の場から極右政党を「締め出す」ことは、もはや現実的とは言えないだろう。ドイツではAfDと連立や閣外協力の拒否を「防火壁」(Brandmauer)と表現し、これによって現在まで州政府以上のレベルでAfDが政権についたことはない。しかし、9月に地方選挙が予定されている東部二州ではどちらもAfDが第一党を獲得することが予測されており、その他の政党の得票予測と合わせると、実現可能な与党連立すら存在しない状態である。少数与党政権も不可能ではないが、当然政治運営は不安定化せざるを得ず、不安定化した与党からはますます支持が離れるだろう。連立交渉という形で防火壁を外すのか、個別の法案での協力を模索するのか、様々なやり方があるが、いずれにせよ政党/社会的亀裂を超えた対話が一層必要とされていることは間違いない。

おわりに

 本稿は、就任以降強いリーダーシップを取っているように報道されがちなメルツ政権の置かれている現状を改めて概観し、それがいかに脆弱な基盤の上に築かれているかについて説明した。メルツ政権の支持率は低空飛行を続けており、強いリーダーには程遠い[15]。しかし、アメリカがNATO加盟国に対する目線は依然として厳しく、ドイツを含めた欧州諸国は引き続き他国(特に米国)に依存しない形での安全保障能力――いわゆる戦略的自律を目指す他ない状況である。欧州一の経済大国として、ドイツに寄せられる期待も大きい。少なくともある程度「強いドイツ」は欧州にとっての願いでもあり、メルツ政権に寄せられる期待は大きい。一方で、ドイツ内政の観点からは、「強いドイツ」再建のためには国内の断片化――多党化と争点の増加――という課題がいまだに解決されてはいない。

 この点において多少でも希望が持てるとすると、政治家に対する人気ランキングでこの数年一貫してトップを走り続けている防衛大臣のボリス・ピストリウスの存在であろう[16]。人気が低下し続けるSPDの政治家であり、決して派手な発言をするタイプではない。達成できそうもない目標を掲げたり、排外主義的な発言で注目を浴びるタイプでもなく、実直に議論を重ねる政治家が一貫して支持が高いということに、ドイツ政治への一抹の希望が見出せる。議論をあきらめず、時として党を超えた説得を目指すことが、新しい中道の醸成、ひいては真に「強いドイツ」の形成を促すのではないだろうか。

(2026/04/23)

脚注

  1. 1 “24-mal sofort ein Ja -bei Merz nicht,” Tagesschau, May 6, 2025.
  2. 2 Die Bundeswahlleiterin, “Bundestagswahl 2025,” accessed April 2, 2026.
  3. 3 2025年5月以降憲法擁護庁はAfDを極右政党に認定し、過激派としてより厳しい監査対象とすると発表した。これに対してAfDは異議を申し立て、2026年2月のケルン行政裁判所により審理の継続と認定の仮差し止めが決定された。審理の最終決定までは従来通り「過激派の疑いあり」とされる。Von Frank Bräutigam, “Wie das AfD-Verfahren weitergeht,” Tagesschau, March 4, 2026.
  4. 4 ドイツでは第一次世界大戦前のハイパーインフレの経験から、財政赤字の膨張を防ぐことが重要視され、債務ブレーキが基本法に規定されるに至った。“Grundgesetzänderung für Verteidigung und Sondervermögen,” Bundeszentrale für Politische Bildung, March 28, 2025.
  5. 5 Anne-Sylvaine Chassany, Laura Pitel, and Olaf Storbeck, “Germany’s election winner pledges ‘independence from US’,” The Financial Times, February 24, 2025.
  6. 6 アルベサル ティモテ「国問研戦略コメント(2026-7)「先進的抑止」とフランス核抑止の新時代」日本国際問題研究所、2026年3月11日。
  7. 7 “Baden-Württemberg Landtagswahal 2026,” Tagesschau, March 8, 2026, March 8, 2026; “Rheinland-Pfalz Landtagswahl 2026,” Tagesschau, March 22, 2026.
  8. 8 “AfD auf Platz eins bei Wählern unter 25 Jahren: Analyse nach der Landtagswahl,” Tagesschau, March 24, 2026.
  9. 9 Caroline Drees, “Warum die Linke bei Jungen so durchstartet,” ZDF haute, February 24, 2025.
  10. 10 こうした個人攻撃が、CDU支持を揺らがせたとも言われている。“CDU-Mitglied postet islamopobe Vorwürfe gegen Özdemir,” SPIEGEL, March 5, 2026.
  11. 11 井関正久「変動と転換の時代-エアハルト政権とキージンガー政権」板橋拓巳・妹尾哲志編『現代ドイツ政治外交史』ミネルヴァ書房、2023年、87頁。
  12. 12 “Partner für Deutschland,” ARD-DeutschlandTREND März 2026, accessed April 2, 2026.
  13. 13 平和運動は伝統的に左派政党と関係が深く、現在でも左翼党やそこから派生したSahra Wagenknecht党はウクライナも含めて武器輸出にも全面的に反対している。一方で、ウクライナ戦争以降これまでと路線を変更してウクライナへの支援には賛同した緑の党は徴兵制についてはやや消極的な姿勢を見せ、SPDも党内右派と左派の対立が存在しているなど、左派政党の中にも揺らぎが垣間見える。また、既出の通り最右派とされるAfDも武器輸出にかたくなに反対しており、紛争を平和的に解決すべきという立場を取る。CDUは基本的に軍備拡張などに前向きであるが、与野党含めこうした「対立」と向き合う必要性が生じている。Marcel Fürstenau, “Kreig und Aufrüstung: Der Protest in Deutschland wird lauter.” Deutsche Welle, September 26, 2025.
  14. 14 “Wenn Freiwilligkeit allein nicht ausreicht,” Tagesschau, March 24, 2026.
  15. 15 “Mehrheit lehnt Angriff auf Iran ab,” Tagesschau, March 5, 2026.
  16. 16 Ibid.