2014年第3四半期までのアジアにおける海賊行為と武装強盗事案

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~ReCAAP報告書に見る特徴~


上野英詞,海洋政策研究財団研究員

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アジア海賊対策地域協力協定 (Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia) に基づいて設立された、ReCAAP Information Sharing Centre (ISC) は2014 年10月17日、2014年第3四半期(1月1日~9月30日)までにアジアで発生した海賊行為と船舶に対する武装強盗事案に関する報告書を公表した。(ReCAAPとはRegional Cooperation Agreement Against Piracyの頭字語である。)

国際海事局(IMB)の同種の報告書が全世界を対象としているのに対して、ReCAAPの報告書は、アラビア海からユーラシア大陸南縁に沿って北東アジアに至る海域を対象としている。また、IMBが民間船舶や船主からの通報を主たる情報源としているのに対して、ReCAAPの情報源は、加盟国と香港の Focal PointとシンガポールにあるInformation Sharing Centre (ISC) とを結び、またFocal Point相互の連結で構成される、Information Sharing Webである。各国のFocal Pointは沿岸警備隊、海洋警察、海運・海事担当省庁あるいは海軍に置かれている(日本の場合は海上保安庁)。そして各国のFocal Pointは、当該国の法令執行機関や海軍、港湾局や税関、海運業界など、国内の各機関や組織と連携している。更に、国際海事機関(IMO)、IMBやその他のデータを利用している。

ReCAAPの加盟国は、インド、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、シンガポール、カンボジア、ラオス、ベトナム、ブルネイ、フィリピン、中国、韓国及び日本の域内14カ国に加えて、域外国からノルウェー(2009年8月)、デンマーク(2010年7月)、オランダ(2010年11月)、英国(2012年5月)、オーストラリア(2013年8月)、そしてアメリカ(2014年9月)が加盟し、現在、20カ国となっている。なお、マレーシアとインドネシアは未加盟だが、ISCとの情報交換が行われている。

以下は、ReCAAP報告書から見た、2014年第3四半期(1月1日~9月30日)までのアジアにおける海賊行為と船舶に対する武装強盗事案の態様と傾向である。

1.「海賊」と「船舶に対する武装強盗」についてのReCAAPの定義

「海賊」 (piracy) と「船舶に対する武装強盗」 (armed robbery against ships) とは、ReCAAP ISCの定義によれば、「海賊」については国連海洋法条約(UNCLOS)第101条「海賊行為の定義」に従って、「船舶に対する武装強盗」については、国際海事機関(IMO)が2001年11月にIMO総会で採択した、「海賊行為及び船舶に対する武装強盗犯罪の捜査のための実務コード」(Code of practice for the Investigation of the Crimes of Piracy and Armed Robbery against Ships) の定義に従っている。

2.発生(未遂を含む)件数

報告書によれば、2014年第3四半期までの発生件数は129件(2013年同期99件)で、その内、既遂が117件(同94件)、未遂が12件(同5件)であった。

第3四半期までの発生件数の月間内訳を見れば、1月8件(既遂8件、未遂0)、2月14件(14件、0件)、3月10件(9件、1件)、4月15件(12件、3件)、5月20件(16件、4件)、6月23件(22件、1件)、7月16件(16件、0件)、8月14件(11件、3件)、9月9件(9件、0件)となっており、四半期毎に見れば、第2四半期(4月~6月)が最も多く発生している。1は、過去5年間の第3四半期までの発生件数を地域毎に示したものである。これによれば、インドネシアでの港湾・錨泊地における発生件数が前年同期比でかなり減少しているが、マラッカ・シンガポール海峡、南シナ海、バングラデシュ及びインドでの発生件数が増えている。

表1:過去5年間の第3四半期までの地域別発生件数

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出典:ReCAAP 2014年第3四半期報告書11頁の表1より作成

3.発生事案の重大度の評価

ReCAAPの報告書の特徴は、既遂事案の重大度 (Significance of Incident) を、暴力的要素(Violence Factor) と経済的要素 (Economic Factor) の2つの観点から評価し、カテゴリー分けをしていることである。

暴力的要素の評価に当たっては、① 使用された武器のタイプ(ナイフなどよりもより高性能な武器が使用された場合が最も暴力性が高い)、② 船舶乗組員の扱い(死亡、拉致の場合が最も暴力性が高い)、③ 襲撃に参加した海賊 / 武装強盗の人数(この場合、数が多ければ多いほど暴力性が高く、また組織犯罪の可能性もある)を基準としている。

経済的要素の評価に当たっては、被害船舶の財産価値を基準としている。この場合、乗組員の現金が強奪されるよりも、該船が積荷ごとハイジャックされる場合が最も重大度が大きくなる。

以上の判断基準から、ReCAAPは、発生事案を以下の4つにカテゴリー分けしている。
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2は、 以上の暴力的要素と経済的要素から、この5年間の第3四半期までの既遂事案をカテゴリー分けしたものである。

表2:過去5年間の第3四半期までのカテゴリー別既遂事案件数

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出典:ReCAAP 2014年第3四半期報告書7頁のチャート2より作成

2に見るように、2014年第3四半期までの事案では、CAT-1事案が10件もあり、際立った特徴となっている。後述するように、この内、9件はタンカーからの積荷の石油や燃料油の「抜き取り (siphoning) 」事案である。

報告書によれば、襲撃に参加した海賊/武装強盗の人数から見れば、1~6人が74件と6割強で、7~9人が11件、9人以上が17件、情報なしが15件であった。7人以上の事案中、23件がCAT-1かCAT-2であった。使用された武器のタイプでは、ナイフと銃器で武装した15件中、80%以上の事案で、被害船舶の乗組員が脅されたり、人質に取られたり、あるいは重傷ではなかったものの、負傷させられたりした。未遂も含めた全事案の内、ほぼ半分の60件が非武装か、情報なしであった。乗組員の扱いを見れば、負傷者なしか情報なしが既遂事案の74%、86件であったが、ReCAAP ISCは、特に武装した海賊 / 武装強盗との直接対決を回避するよう勧告している。経済的損失について見れば、全体の38%が主として停泊/錨泊中の船舶のエンジン部品や船舶備品の盗難事案で、盗みが終われば、あるいは発見されれば直ちに逃亡する。経済的損失について注目されるのは、積荷を盗む事案の増加である。この種の事案、12件中、9件が後述のタンカーからの「抜き取り (siphoning) 」事案で、3件がバージからのスクラップ金属の盗みであった。船舶の「ハイジャック/行方不明」事案が1件あった。報告書によれば、この事案は、6月9日にコンテナ138個を積んだバージ、Hub 18を曳航中のマレーシア籍船タグボート、Monyplus 12がサラワク州ダトゥ岬沖西方約61カイリの南シナ海でハイジャックされた事案で、その後11人の乗組員と共にバージが発見され、乗組員が救出されたが、タグボートは9月30日現在、依然行方不明である。

3は、既遂事案における襲撃された時の船舶の状況を示したものである。

表3:2014年第1四半期の航行中、停泊/錨泊中既遂事案のカテゴリー別内訳

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出典:ReCAAP 2014年第3四半期報告書7~8頁より作成

報告書によれば、マラッカ・シンガポール海峡での既遂事案、23件中、1件が「抜き取り (siphoning) 」事案で、6件がタグ&バージ事案であった。マラッカ・シンガポール海峡での既遂事案の大部分がこれまでタグ&バージ事案であったことに比べれば変化が見られるが、6件中、3件がバージに積まれたスクラップ金属の盗難で、しかもこれらの事案がほとんどマ・シ海峡分離通航路の西航レーンでの事案であることから、ReCAAP ISCは、監視の強化を勧告している。南シナ海では、8件のCAT-1事案があったが、いずれも「抜き取り (siphoning) 」事案であった。特に、南シナ海では、インドネシアのビンタン島北東沖での錨泊中の船舶が目標になる事案が増え、南シナ海での事案の半分強を占めており、大半が航行中の事案であったこれまで傾向と変化しているとして、ReCAAP ISCは、錨泊中の海賊対策の強化を勧告している。

なお、ReCAAP ISC は、Tug Boats and Barges (TaB) Guide against Piracy and Sea Robbery と題するガイドブックを発行し、各種の対策を提示している。

TaB Guide is available at following URL;
http://www.recaap.org/Portals/0/docs/Tug%20Boats%20and%20Barges%20(TaB)%20Guide%20(Final).pdf

4.石油・燃料油の抜き取り事案

2014年第3四半期までの10件のCAT-1事案で注目されるのは、うち、9件が各種タンカーからの積荷の石油や燃料油の「抜き取り (siphoning) 」事案であったことである。抜き取り事案は、目標となった各種タンカーがハイジャックされたわけではないが、積荷の石油・燃料油が別のタンカーに抜き取られている。

ReCAAP ISC は7月24日、この種の抜き取り事案について、Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia と題する報告書を出して、警告している。それによれば、この種の事案は、4に示したように、2011年4月15日の事案が初めてだが、2014年になって異常に増えているところに特徴がある。第3四半期までに9件発生しており、前記報告書の2014年7月15日までの7件に加えて、新たに2件発生している。目標となったタンカーは、1,000~2,000GTの小型タンカーである。

表4:2011年~2014年第3四半期までの「抜き取り (siphoning) 」事案

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出典:Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia, p.9, Annex B、及びReCAAP 2014年第3四半期報告書64、65頁より作成。

Special Reportによれば、襲撃グループの手口は、人数、乗組員の扱い、使用武器、及び乗り込み方法など、似通っている。襲撃グループの人数で最も多かったのは、2014年4月17日にマレーシア東岸の南シナ海でタイ籍船のタンカー、MT Sri Phangnga が襲撃された事案で、16人の海賊の内、8人がショットガン、拳銃、ナイフ(長刀)で武装して乗り込み、錨泊させ、別の小型タンカーを横付けしてMGOを抜き取った。乗組員には怪我はなかったが、船長が軽傷を負った。海賊は、退去する際、乗組員の所持品、船舶備品を奪い、通信設備を破壊し、船名と船社のロゴマークにペンキを塗りつけた。乗組員の扱いについては、船長が軽傷を負ったこの事案と、2012年11月19日の乗組員を救命ボートに放棄した未遂事案を除いて、危害は加えられていないが、脅迫されたり、船室に閉じ込められたりしている。ほとんどの事案では、海賊は、航行中のタンカーに乗り込み、乗組員を船室に閉じ込め、この間、タンカーを制圧し、横付けした別のタンカーやバージに積荷油を抜き取っている。2014年7月15日までの16件の事案中、3件で、襲撃されたタンカーが積荷油の抜き取り中に船名を書き換えられている。

Special Reportによれば、抜き取り事案の発生海域は、2014年7月15日までの11件の既遂事案の内、7件が南シナ海で発生しており、いずれも航行中に事案である。インドネシアでは2件発生しており、1件がスラバヤ北東沖を航行中の事案で、もう1件が東カリマンタン・サマリンダのMuara Berau錨泊地で事案である。マレーシアでは、ポート・クラン沖での航行中の事案が1件とマラッカ海峡で1件発生している。(地図参照)なお、8月と9月の事案は、既述のように南シナ海での事案である。

2011年~2014年7月半ばまでの既遂・未遂抜き取り事案発生海域
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出典:Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia, p.2

Special Reportと2014年第3四半期報告書は、「抜き取り (siphoning) 」事案について、① 石油・燃料油に対する需要が多いこと、市場価格が高騰していることから、襲撃グループは、抜き取った石油・燃料油を転売することで利益を得るために、航行中の各種タンカーを目標とし続けると見られ、関係政府当局は犯人逮捕のために一層の努力が求められること、② 襲撃グループは目標とするタンカーの油種と航行ルートなどの詳細を知っていると思われ、彼らと乗組員、あるいは彼らと運航船社との共謀の可能性が排除できないこと、③ 運航船社は、情報の漏洩や内部の共謀を阻止するために、緊急に作業手順を精査することを指摘した上で、ReCAAP ISCは、運航船社、船長と乗組員、沿岸各国の海洋法令執行機関と政府当局に対して、「抜き取り」事案に対処するための、一致した努力を求め、以下のような勧告をしている。

(1) 一部の事案では、襲撃グループと船長との共謀の可能性が強かったことから、船主に対しては、乗組員の経歴の定期的なチェック、乗組員に対する船舶保安計画の周知、積荷についての情報については「関係者限り」の厳守など。

(2) 海洋法令執行機関に対しては、24時間態勢での哨戒活動の実施。

(3) 襲撃グループの乗り込み阻止のためには依然として見張りの強化が鍵となること。事後の同種事案の阻止のためには、襲撃グループの手口を熟知することが重要なことから、乗り込まれた場合の速やかな通報の慫慂。

Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia is available at following URL;
http://www.recaap.org/Portals/0/docs/Reports/Special%20Report%20(Siphoning%20Incidents)%20CAA%2024%20Jul%2014.pdf

(2014年10月31日配信【海洋情報特報】より)