気候変動・変化が及ぼす海洋の安全保障への影響と海軍の役割-その1-
Contents
調査・執筆:秋元一峰 海洋政策研究財団海洋グループ主任研究員
犬塚 勤 海洋政策研究財団海洋グループ長
吉川祐子 海洋政策研究財団海技グループ海事チーム員
*********
2014年8月15日、ロイター通信が、海面上昇によって洪水や津波への懸念が高まる南太平洋ソロモン諸島のタロ島の住民800人全員が、隣のチョイスル島に移住する計画であることを伝えた。赤道に近い低緯度に位置する島嶼で、海面上昇現象による水没が危惧される中で、移住計画が現実のものとなった。
地球上で生じている気候変動・変化は、生存空間の砂漠化、水不足、自然災害の多様化と巨大化といった様々な影響を及ぼし、それらが、人類の新たな安全保障上の脅威になりつつある。海洋においても、海面上昇に起因する島嶼や海岸部の侵食、海水温度の上昇による台風の大型化と高潮被害、水産資源の分布の変化等、既に顕在化しており、将来においては、更に経験したことのない状況が生じることも考えられる。自然環境の変化が、人類の生存を巡る紛争を惹起する事態をも想定すべきであろう。
本論は、気候変動・変化が海洋の安全保障にどのような影響をもたらすのか、更には、予期される新たな安全保障環境において海軍はいかなる対応をすべきか、海外で発表された研究論文等の内容を2回に分けて特報として紹介し、考察するものである。
さて、日本では、UNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change)およびIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)を、それぞれ、「気候変動に関する国際連合枠組条約」「気候変動に関する政府間パネル」と、“Climate Change”を“気候変動”と邦訳しているが、“気候変化”と称する方が正しいとの意見がある。気象用語として、“気候変化(Climate Change)”とは、長期間に亘る(数十年から数百万年)気候の変化であり、“気候変動(Climate Variation、Climate Variability)”は、気候の平年との偏差である。これに沿えば、UNFCCCやIPCCなどで用いられる“Climate Change”は、“気候変化”と呼ぶ方が正しいと言える。しかし一方、海面上昇など、現在生じている様々な自然現象が、気候変化によるものか、または気候変動によるものかについては、なお諸説がある。そのため、本論では、気候変動・変化、との用語を用いている。
*********
海洋政策研究財団では、2013年度から2年計画で、気候変動・変化が海洋の安全保障環境に及ぼす影響と海軍の役割に関する研究を実施しており、その一環として、2014年8月に、本特報の共同著者が、フィジー共和国およびオーストラリアの関連研究機関等を訪問して現地調査を実施した。フィジー共和国は、太平洋共同体事務局(Secretariat of the Pacific Community:SPC)の応用地球科学技術部(Applied Geoscience and Technology Division:SOPAC)が、南太平洋で生じている海面上昇等の現象をオーストラリアの支援を得て観測しており、政府気候変化局(Government Climate Change Division)が対策を講じている。SPC SOPACによる海面上昇等の観測データは、衛星を介してオーストラリアに送られており、オーストラリア国立海洋資源・安全保障センター(Australian National Centre for Ocean Resources and Security:ANCORS)が、それを分析・評価している。本特報では、「気候変動・変化が及ぼす海洋の安全保障への影響」(‐その1-)として、先ず、ANCORSによる研究報告書『気候変化と海洋』 に収録される関連論文を解題して紹介すると共に、内容について考察する。なお、解題に当たっては、『気候変化と海洋』に示されるClimate Changeの用語は、原文通り、気候変化と記す。
1 論文解題
(1)論文「気候変化と海洋の安全保障」
ANCORSの研究報告書『気候変化と海洋』の第7章に、「気候変化と海洋の安全保障」 と題する論文が掲載されている。著者はANCORSのスチュアート・ケイヤ(Stuart Kaye)所長であり、要旨は以下の通りである。
(要 旨)
序 論
21世紀に入って最初の10年間、国際社会は国境を越える2つの課題に直面することになった。1つは、グローバル・テロであり、もう1つは、気候変化がもたらすものである。IPCCの報告書は、異常気象による砂漠化や農産物の被害、海面上昇による海岸線の侵食、等々を予想している。気候変化を安全保障の面から考察することは重要である。本論文では、気候変化が与える海洋の安全保障への影響について考察する。
1.海洋資源
気候変化は、気象を変化させるだけでなく、海流や海水の塩分濃度あるいは酸性度など海象にも影響を与えている。北極海の融氷は、海流と塩分濃度に影響を与え、海洋生物の分布を変化させている。海洋の酸性化による海洋生物の減少は、東アジア、アフリカ沿岸域、そして南アメリカで食の危機を招くだろう。海産食料資源への需要は増加しているにも拘らず、国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations:FAO)の2007年の統計によれば、過去10年の間、世界の年間漁獲高は8,000万トンから8,500万トンで頭打ちの状態にある。養殖魚で補うとしても、年間1,000万トン程度と推測され、十分ではない。また、養殖魚が塩分濃度や酸性化の影響を受けないとは言い切れない。陸上での気候変化の影響が海洋資源の減少に拍車を掛けることが予想される。砂漠化で農業が打撃を受ければ、海産物への需要が高まり、それが国家間の紛争を招くことも考えられる。2007年のIPCCの第4次報告は、温暖化で気温が3℃上昇すれば、すべての農産物の生産高が減少すると予測している。
そこにおいて、違法操業への対応が安全保障上の問題としてクローズアップされてくるはずである。一般的に言って、自国の排他的経済水域をパトロールする能力のある国はむしろ少ない。太平洋やインド洋では、広大な排他的経済水域を有する国の多くが経済的に豊かではない。ミクロネシア連邦は299万6,149平方キロの排他的経済水域を有しているが、個人のGDPは2,200米ドルにすぎない。キリバスの排他的経済水域は615万9,032平方キロであるが、GDPは3,100米ドル、122万5,259平方キロのマダカスカルは1,000米ドルである。このGDPでは、自国の排他的経済水域をパトロールするだけの警備船あるいは軍艦を保有することはできない。
2.移 民
海面上昇が、人類の安全保障上の問題となる危険性がある。陸岸部が大きく侵食される事態となれば、塩害による農業への打撃に加え、病気や飢饉の発生、更には、自然災害による被害が増大することも予想される。そのような状況下では、ツバルやモルディブ等の島嶼、バングラデシュ沿岸部などからの人口移動が大きな問題となるだろう。海面上昇による人口移動は、戦争における難民と同じような事態を招く可能性があり、100万人単位の住民が受け入れ先の無い国外脱出を試みるかもしれない。そこにおいて、島嶼や沿岸部からの住民の脱出が、難民に当たるのか、不法入国か、あるいは亡命か、の問題が生じる。インドネシアからオーストラリアに、あるいはアフリカから南欧を目指すボートピープルのような様相となるだろう。テロリストの流入も考えられる。
3.航 行
近い将来までは、気候変化の航行への影響はそれほど大きくはないが、深刻な問題となる可能性はある。論文の世界の話であった気候変化は、今や、現実的な国内あるいは地域問題と化してきている。農業の破壊による食料不足は、他の問題も誘起する。現在でも、発展途上の国々は貧困の問題に直面している。そのため、ソマリア、リベリア、ジンバブエ、コンゴなどでは内紛が絶えない。気候変化は、それを助長するだろう。貧困と内紛に農地の荒廃が重なれば、海賊が増える。ソマリア海賊はその端的な例示である。気候変化によって貧困と治安の悪化がエスカレートすれば、その地域に沿った海域で海賊が跋扈することになるだろう。
4.北極海
気候変化による安全保障環境の変化が最も顕著に現れるのは北極海であろう。現在、北極海は多くが氷に覆われ、年間を通しての船舶の航行は限定されたものであるが、夏季においては船舶の航行が可能になってきている。しかし、北極海にはインフラや航行援助施設が少なく、救難の態勢は整っていない。航路に当たる海域が群島水域か国際海峡かを巡る国家間の主張の相違もある。ロシアは、北方航路に様々な国内的規則を適用し、航行に制限を加えようとしている。ロシアに限らず、北極海沿岸国は自国の管轄権を強く主張する傾向にあり、北極海を巡る国際安全保障環境を不安定化させている。気候変化が安全保障環境に影響を与える最初の海が、北極海であることは間違いない。
(2)論文「海軍による気候変化との関わり」
ANCORSの研究報告書『気候変化と海洋』には、もう1つ関連する論文として、第8章に、ANCORSのChris Rahman主任研究員による「海軍による気候変化との関わり」 が掲載されている。以下にその要旨を紹介する。
(要旨)
序 論
気候変化への対応についての議論が活発ではあるが、そもそも、何が問題なのかについては定まった見解がない。気候変化と安全保障の関連についても、今のところ推論が多い。本論文では先ず、国家或いは地域に悪影響を及ぼす気候変化について考察し、次に、海洋の安全保障に携わる部隊の運用上の問題点と対応の在り方を探る。
1.気候変化の安全保障への影響
気候変化が広義に亘って安全保障に様々な影響を及ぼすことについては、既に論じられている。気候変化による生態系や自然環境の破壊が生活空間を脅かし、それによって、国家間や国内で紛争が生起する事態も考えられるが、そのような紛争は、気候変化がもたらす間接的なものである。従って、重要なことは、国内や地域の治安維持の状態である。
アジア太平洋地域についてみれば、地球温暖化の影響が人類の安全保障を脅かしている面がある。大型のサイクロン被害、沿岸部侵食や塩害は、食糧不足や病原菌の蔓延を招く恐れがある。温暖化が食糧難を招けば、海洋食料資源を求めての違法操業、国家間の漁業権を巡る紛争、国家管轄海域の基線を提供する島嶼の領有権争いが深刻化するだろう。気候変化の影響を最小限に止める国際取極めが進まなければ、安全保障環境が悪化することを認識すべきであろう。
気候変化が海洋の安全保障に及ぼす影響についての調査と対策について、最も積極的に取り組んでいるのはアメリカ海軍であろう。アメリカ海軍では、2009年5月に気候変化任務部隊(Task Force Climate Change)を海洋気象観測組織の一部として設立している。アメリカ海軍気候変化任務部隊は、2009年10月に『アメリカ海軍北極ロードマップ』(U.S. Navy Arctic Roadmap)を策定し、アメリカ海軍による北極への関わりの目的を示すと共に、自然環境調査、資源へのアクセスを巡る紛争予測、航行の安全と自由、等についての優先順位と取組み要領等を示した。また、2010年4月には、『アメリカ海軍気候変化ロードマップ』(U.S. Navy Climate Change Roadmap)を策定し、気候変化が北極を超えて及ぼすアメリカ海軍の作戦への影響を提示した 。
このようなアメリカ海軍による調査と取組みを参考として、以降、気候変化と部隊の作戦計画について考察する。
2.気候変化と海軍の計画
イギリス海軍のドクトリンは、海軍力の役割を、外交(Diplomacy)、警察(Constabulary)、そして軍事(Military)の3つに分けている。これに沿って、気候変化に対応する海軍の作戦を分析してみる。
外交に関わる作戦(Diplomatic Operation)は、本来的には強制(Coercive)と友好(Benign)があるが、気候変化に対応するものとしては、友好的な作戦であり、人道支援・災害救助(Humanitarian Assistance / Disaster Relief : HA/DR)が挙げられる。これについては、2004年にインドネシアで発生した地震とそれによる大津波での災害救助のための多国籍海軍部隊の作戦が例示される。HA/DRで重要な要素は、対応する部隊の兵力組成であり、基本的には大量輸送力と柔軟反応力が求められる。そこにおいて、水陸両用船や空母と多用途垂直離発着航空機が有効である。運用には、C4IR機能が求められ、病院船も重要である。
警察に関わる範ちゅう(Constabulary Category)のものとしては、捜索・救難(Search and Rescue : SAR)、環境保護、海上法執行、海賊対処、等が挙げられ、沿岸警備隊を補うものとなるが、兵力としては、洋上哨戒機、警戒監視船、ヘリコプター等が必要である。現行の、ソマリア沖・アデン湾での多国籍部隊による海賊対処は、その例示となる。近い将来に現場となる海域として北極海が考えられる。そこにおいて、寒冷地仕様の艦艇の整備が必要となる。
軍事に関わる作戦(Military Operation)は、前述のように、気候変化が間接的に引き起こす紛争の予防と対処のためのものとなる。海上からの作戦となるため、沿岸部洋上に物資・兵力を集結し、陸上に投入する機能・能力(Sea Basing)が必要となる。
3.海軍の将来:継続か変化か
では、結論として、気候変化が与えるインパクトに海軍はいかに対応すべきであるか?以下7つを提言する。
①気候変化の衝撃については、未だ不確実性があるが、徐々に増していることは確かである。しかし、急激に生じるものではない。
②気候変化は、将来の安全保障環境を形作ると予想される多くの要因のうちの1つに過ぎない。一国の海軍は、国家から与えられた資源を活用して、取り組むべき多くの脅威の中の最大のものに対して、有効に対処するべく組織編成し戦略を立てる。そこにおいて、気候変化にだけ過剰に反応すべきではない。
③海軍力は柔軟性をもったものでなければならない。国家からのあらゆる要請に対して、保有する兵力で取組み、任務を果たすことが要求されている。このことは、沿岸警備隊についても言える。あらゆる想定される脅威に柔軟に対応できる兵力整備と、的確な運用が要求される。これからの海軍力には、沿岸警備隊の体制・態勢とも関連させ、気候変化の衝撃にも対応できる柔軟性と作戦構想が必要である。
④気候変化の海洋安全保障への衝撃は、例えば、違法操業など、多くの場合、発展途上の国々の海域で生じる。発展途上の国々との共同作戦が必要となることを勘案し、兵力は共同国でも導入可能で安価に整備できるものが考慮されるべきである。
⑤気候変化が未だ不確実性の領域にあることを考慮し、海軍は、海洋自体のmaritime domain awarenessを重視すべきであり、海洋観測船等の導入・配備を進め、気候変化そのものの情報・資料の収集に努めるべきある。
⑥海軍自体、地球温暖化を抑制する燃料、エンジンの開発に努めるべきである。しかし、それは、海軍の脅威への対処能力を減ずるものであってはならない。
⑦気候変化の衝撃が急激なものではなく、漸進的なものであることを考慮し、対応策は長期的視野を持って立案すべきである。
2 解題論文についての考察
(1)気候変動・変化の現場から
本特報で取上げた論文が掲載された『気候変化と海洋』(Climate Change and the Oceans)は、第1章から第6章までに、気候変化が及ぼす海洋自然環境や生態系への影響、気候変化に対応する海洋政策、先行きの不透明性、等の論文を収録しており、それぞれにおいて、海洋自然環境への影響等に関する定量的評価が、IPCCの報告書等を引用する形で示されている。そのため、第7章と第8章として取上げられている解題の2編は、国際的に公表されている現在の気候変動・変化が及ぼす影響の定量分析・評価の精度や信頼性については触れず、各データが示す安全保障への含意と、対応の在り方について説いている。
8月にANCORSを訪問した折、論文「気候変化と海洋の安全保障」の著者であるStuart Kaye教授は、IPCC等で示される予測値については、信頼性に異を唱える向きがあり、またマスコミが脅威を誇張し過ぎる面があるが、国際的に公表されているデータとフィジーから送られてくる観測データのANCORSでの分析を参考として論述した、と述べていた。
確かに、気候変化の予測値の信頼性については異論もある。また、海面上昇等の現象が、果たして気候変化によるものであるのか、或いはエルニーニョなどが影響する気候変動によるものであるのかについても、異なる学説がある。また、南太平洋島嶼については、衛星写真の分析では、むしろ海岸線が隆起拡大し全体として大きくなっている、との報告もあると聞く。ANCORS訪問に先立って訪れたフィジーのSPC SOPACでは、担当研究員が、海面上昇は様々な要因が複雑に関連して起きていると考えられ、気候変化が原因であると特定することはできず、解明するには今後40~50年の調査が必要である、と説明していた。その一方で、それでも海面上昇は確実に進んでいて、現実に、ある特定の島では海岸線が侵食されつつあり、それに対する対策が必要となっている、とも述べていた。
冒頭で紹介したように、SPC SOPACはフィジーにブランチを置いている。SPCの研究員・スタッフは約600人であり、本部はニューカレドニアにある。フィジーには14箇所のラボがあり、資金・器材の多くはオーストラリア、ニュージーランド、フランス、そしてアメリカが提供している。フィジー政府は、気候変化を深刻に捉え、政府気候変化局(Government Climate Change Division)を設置して対処計画を立案している。海面上昇による島嶼水没の危機への対処も、その一部として検討している。生活空間に変化を及ぼす異常現象の原因究明は必要であるが、一方で、現実に生じている海面上昇等への対応も、可及的速やかに実施すべき段階にきているのではないか。フィジーの政府気候変化局の対処計画は、多くの部分、実行に移されていない。理由は、国の予算では賄い切れない資金が必要であること、そして、対処には一国だけでは意味が無く国際取組みが必要だからである。
(2)論文に対する所見
ANCORSを訪問した際、Kaye所長は、気候変動・変化が及ぼす安全保障上の問題で、最も深刻なものは海洋生物資源の争奪であろう、と述べていた。海洋生物資源の枯渇や分布の変化については、Chris Rahman主任研究員も安全保障上の問題として捉えている。気候変動・変化に対応しての安全保障政策として、違法操業の監視・取締りの国際的取極めや、国家管轄海域の境界画定に関する平和的解決のための国際的レジーム作りが必要となるだろう。1995年から1998年に掛けて、防衛研究所の研究員が海軍力による国際平和貢献としてのOPK(Ocean Peace Keeping)を提案し、その作戦の1つとして、各国海軍が共同して実施する、違法操業監視活動を提示したことがある。当時は、その提案に対して内外の関心は薄かったが、今、現実の問題として再評価すべきであろう。
Rahman主任研究員は、気候変化への海軍の対応を、イギリス海軍がそのドクトリンで示す本来的役割としての、Diplomacy、Constabulary、Militaryの範ちゅうに分けて示している。Militaryの属する作戦は、ほとんどが気候変動・変化がもたらした状況下で発生する間接的事案である。従って、最も大事なことは、そのような間接的事案の発生を抑えるための、Constabularyに属する作戦を適切に遂行することである。イギリスは、海軍が海洋における警察権の行使任務を担っている。日本など、防衛組織と警察組織を明確に分けている国では、Constabularyの範ちゅうの任務については、防衛に携わる組織と海上法執行に当たる組織との共同連携が必要となるだろう。
さて、Rahman主任研究員は、提言の①として、気候変化の衝撃は穏やかに進むことを示唆し、⑦で、長期的な対処構想の必要性を説いている。しかし、2013年11月にフィリピンを襲った巨大な台風と高波による被害など、気候変動・変化の衝撃は既に始まっており、今後、加速度的に顕在化することを予期すべきではないだろうか。熱帯雨林に閉じ込められていた未知のウイルスが開発によって人類の生存圏に入り込む、或いは、突然変異したウイルスがワクチンを不能にしてパンデミックを引き起こす、そのようなシナリオを描いた映画にも似て、気候変動・変化が人類の安全保障を脅かす事態は、突然にアウトブレークすることを想定しておくべきであろう。
また、Rahman主任研究員は④として、発展途上国との共同の必然性を指摘している。気候変化が、国境を越えたグローバルな問題であることを思慮し、安全保障上の対策は地域的な枠組みを構築して取組むべきであろう。そこにおいて、地域内での共同演習が提唱される。アメリカ海軍は、東南アジア諸国や南アジア諸国と、South Asia Cooperation and Training(SWACAT)やCooperation Afloat Readiness and Training(CARAT)等の演習を実施している。そのような演習に、気候変動・変化が及ぼす事態を想定したシナリオを取り込むことも考慮すべきであろう。また、アメリカ海軍と海上自衛隊が主体となって、毎年、東南アジア・南太平洋地域を対象とした人道支援・文化交流のための活動、パシフィック・パートナーシップを展開している。フィジーの政府気候変化局が立案する対処計画と、パシフィック・パートナーシップをコラボレーションさせることができないだろうか。
本論‐その2-は、2014年5月にアメリカの海軍分析センターが作成した『国家安全保障と加速化する気候変化の脅威』 を解題し紹介する予定である。
また、冒頭で紹介したように、海洋政策研究財団では、2013年度から2014年度までの2年計画で、気候変動・変化が海洋の安全保障環境に及ぼす影響と海軍力の役割に関する研究を実施している。成果を得た後、別途、『海洋情報季報』の特報として紹介する。
関連記事