『アーミテージ・レポートⅢ』について

〜その概要と評価〜


和田大樹,海洋政策研究財団特任研究員(執筆当時)

Contents

最近日本と周辺各国との間の領土紛争が過熱化し、この一帯の緊張関係が高まっている。 2012年 7月 3日のロシア・メドベージェフ首相の国後島訪問をきっかけに、 8月 11日の韓国・李明博大統領の竹島訪問、さらには 8月 15日の香港活動家ら魚釣島への上陸など近隣諸国の挑発の連続により、日本も竹島問題における ICJへの単独提訴や尖閣諸島の国有化など国家としてなすべき行動にようやく本腰を入れ始めたように思われる。2012年は北朝鮮とロシアで指導者がすでに変わり、今後も中国指導部の交代を皮切りに 11月には米国大統領選挙、12月には韓国大統領選挙が予定されている。よって 2013年は新しいリーダー達によって新たな外交が展開される中で、日本は日米同盟を軸にどのような道を歩んでいくべきなのだろうか。そのような中 2012年 8月、米国戦略国際問題研究所 (CSIS)から、ハーバード大学特別報労教授ジョセフ・ナイ、元米国務副長官リチャード・アーミテージ両氏によって執筆された報告書、The U.S. -Japan Alliance: ANCHORING STABILITY IN ASIAが発表された 。本稿ではまずこの報告書を抄訳し、次に今後の日米同盟について考察するとしたい。なお、本稿は筆者個人の見解であり、筆者が所属する組織の見解ではないことを注記しておきたい。

1.報告書の概要

まず報告書の簡単な概要を説明すれば、ナイとアーミテージ両氏はこの報告書を通して、中国の台頭や国際テロなどアジアやグローバル社会における安全保障上の諸問題に対処するため、強い絆で結ばれた「対等」な日米同盟の必要性を説き、相互運用能力の向上など防衛協力の強化を提言した。また集団的自衛権の行使や PKOにおける武器使用条件の緩和、自衛隊海外派遣の促進などを日本へ要望し、さらに中国の台頭が差し迫る中で、日米韓が共同して対処することが重要であり、そのために日本自身も歴史問題で韓国と真剣に向き合うべきであるとしている。他方、資源開発や経済分野では、原子力エネルギーや天然ガス、メタンハイドレートなど資源・エネルギーにおける日米協力の促進、いわゆる日米エネルギー同盟たるものを説明し、また日本の TTPへの参加や米国との FTA締結を強く求める旨を主張している。

2.報告書の内容

(1) 冒頭部分

2000年と 2007年に続き、第 3回目となった今回の報告書で、両氏は冒頭で以下のような背景からこの報告書を発表したとしている 。

今日の極東アジアにおいて、日米両国は中国の台頭とその不確実性、北朝鮮の核問題などの脅威に直面している。またグローバル化した国際社会には国際テロや大量破壊兵器の拡散など多くの課題が存在し、我々はますます複雑化した安全保障環境の中に突入している。これらに対処するには、より強固な、平等な同盟関係というものが必要である 。そのような同盟関係を構築するには、日米両国双方が “tier-one nations”(以下、「一流国家」と呼ぶ)でなければならない。米国が考える一流国家とは、「十分な経済力と機能性ある軍事力を有し、グローバルなビジョンを持ち、国際的な懸念事項に対し指導的な役割を担うことができる国家」であり、そして米国はこの同盟を発展させる上で多くのサポートが出来ることからも、我々は一流国家であり続けることに疑いの余地はない。しかし日本には一流国家になるためにクリアーしなければならない課題もある。この日米同盟が「一流の同盟」になるかどうかは、日本の方針次第である 。

今日の日本は、政治の不安定や経済の衰退、少子化に伴う労働力の低下などから、若者を中心に国の将来について悲観的な見方が強いが、我々は日本が一流国家として十分役割を果たしていくことが出来ると考える。現在でも日本は世界第 3位の経済大国で、IMFや国連への分担金拠出においても世界第 2位の国家である。日本は国際社会から多くの尊敬の念を集めており、自由貿易の拡大や移民の受け入れ、女性の社会進出などにより経済を再活性化させる潜在的な可能性を持っている。また地政学的にも日本は、アジア・太平洋地域を安定させるための戦略的バランサーとして位置しており、我々は「日本が望む強いアメリカ」と同じように、「強い日本」を必要としている 。そして強い日本として米国と共に未来を歩んでいく中で、日本はアジアのリーダーであり続けることができるだろう。

以上このような内容が報告書の冒頭部分で述べられているが、2000年の第 1次アーミテージ・レポート、 2007年の第 2次アーミテージ・レポートと同様、日本の安全保障上の役割強化を提言しているが、特に今回は中国の台頭がより現実化している中で、日本が一流国家となるか二流国家で留まるのかの重大な局面を迎えていることや、安全保障上の日米韓協力の重要性を現実的に指摘していることからも、米国の外交的本音がより鮮明化していることが窺える。

(2) 原子力エネルギーや天然ガス、メタンハイドレートや石油などエネルギー安全保障分野における日米の協力

今回の報告書では、エネルギー安全保障における日本への提言と日米の協力が強調されている。まず原子力エネルギーにおいて、報告書の中で両氏は日本による原発再稼働を非常に評価しており 、二酸化炭素排出量の増加や石油や石炭、天然ガスへの過度な依存など再稼働しなかった場合に直面する課題について述べている 。そして福島の教訓を学びつつ、厳重な安全性のもと原子力発電に依存する経済的、環境的メリットを挙げ、この分野の調査や開発における日米協力の必要性を強調している 。

第 2に天然ガスにおいては、まず報告書では近年大きな発展を遂げる米国のシェールガス発掘について述べられている 。両氏は、2014年パナマ運河の面積拡大に伴い、米国産シェールガスを東海岸からアジア方面へより多く安価に輸送できることに大きな可能性を感じている。そしてその輸出を簡素化するために必要な行政手続きや政策決定を行うことで、日米のシェールガス貿易が活発化し、また両氏は日米の軍事協力と並行して、未成熟なこの天然資源分野における強固な同盟関係を構築すべきだと論じている 。

第 3に、両氏は長期的視点から大きな可能性に秘められているメタンハイドレートについて述べている 。そして日本近海には、日本国内で消費される天然ガスの 10年分に値する量のメタンハイドレートが眠っていることが予想され、両氏は、今後日米はこの分野における調査と発掘において二国間協力を促進させていくべきだとしている 。

そして第 4に、両氏は変動する国際情勢の中でいかに石油や天然ガスを確保するかについて論じている 。今後資源を巡る国家間競争は激化する事が予想され、特に石油はその主要な資源となり、米国やカナダ、ブラジルで独自の石油産出が増える一方、両氏はペルシャ湾から東アジア方面への石油の輸出は今後 40年間、さらに盛んになるだろうとしている。そしてその安定性は国際経済、そして日本にとっても死活的問題である以上、ソマリア沖での海賊対処やペルシャ湾における民間船保護など多国間協力へ参加する日本のさらなる貢献が必要であり、それらは世界から歓迎されるだろうと述べている 。

(3) 経済、貿易分野における日米協力の促進

報告書の中で両氏は、この分野における日本の発展を強く望んでいる。まず TPPの機能性と重要性を指摘し、日本が TPPに参加していない現状や最も重要な同盟国である米国との間で FTAが存在しない現状は双方にとって決して好ましい状況ではないことから 、両氏は日本がそのような経済的枠組みに加わることを強く推している 。また日本はメキシコとの間で FTAを持ち、カナダとの間でその交渉を進めているが、それらは米国が参加する NAFTAの加盟国であり、CEESAを通して 、日米の経済やエネルギー、安全保障分野での協力が一層強化されることが重要であると指摘している。さらに日本の農業人口の減少とその高齢化という日本国内の問題にも言及し、そのような観点からも最重要な同盟国である米国との FTAを早期に成立させるべきであり、それが日本のエネルギー資源確保や穀物の安定的な配給に繋がり、日本と域内の経済活性化にとっても大きな意味を持つとしている

(4) 近隣諸国との関係

報告書ではまず、米日韓の 3か国間パートナーシップの重要性について述べている 。両氏は、この 3カ国は民主主義の価値観を共有し、その連帯は地域の安全と平和にとって不可欠な要素であり、軍事・安全保障分野の協力に留まらず原子力エネルギーや ODAなど異なる分野を組み合わせた重層的な立場からの協力を推進させることが重要であると述べている 。しかしそれを実現するにあたり、日韓の歴史問題は大きな障害になっていると述べ、その緊張関係を緩和させるために米国もあらゆる外交的努力を試みると同時に、日本自身も歴史問題に真剣に取り組むことが必要であるとしている 。また中国の台頭や北朝鮮の動向など不透明な脅威に直面している極東アジアのリアルポリティクスを考慮し、日韓両国は現実的な側面から行動するべきであり 、歴史問題により両国の安全保障、政治、経済などにおける協力が妨げられてはならないとも論じている。

第 2に中国の台頭について述べているが、この報告書では中国の軍事力増強と海洋覇権についての記述以上に、それに対し米国や同盟国がどう対応するのか、また中国当局が抱える現実的問題についてより詳細な記述がなされている 。まず両氏は、今日の中国の台頭が顕著になるまで日米同盟が機能してきたことを確認し、今後の中国の動向が不透明であることが周辺諸国にとって大きな懸念となっているとしている。また“核心的利益”の定義の不明確さにより、中国は周辺諸国から外交的信用を失いつつあり、米国や日本、韓国は ASEAN諸国やインドとともに、中国のあらゆる出方に対応できるパートナーシップ協力を引き続き発展させていくべきだとしている。さらに台頭する中国がある半面、当局は経済発展を維持する上で必要な資源確保、職業や地域間における経済格差の拡大、政治的な汚職、ウイグルやチベットなど少数民族への対処など国内で多くの諸問題に直面し、ナショナリズムの高揚や他国を敵視させる作戦を用いることでその不満の矛先が当局へ向かうことを非常に警戒していると述べている。そして最後に両氏は、未来において中国がどのような形で台頭しようが、我々米国と同盟国はそれに対応するため十分に能力を高めることが重要だとしている 。

そして第 3に、人権分野のおける日米同盟の役割について述べられている 。両氏によれば、日米両国は民主主義や市場経済などの価値観を共有し、それらに基づき平和構築や開発援助、組織犯罪、感染病など多様な分野で共同して対処できるとされている。特に今日開放的な政治制度へ移行しているミャンマーにおいて、日米両国はグッドガバナンス、法の支配、人権の保護などを強化するため、財政支援や少数派の政治参加など政治経済的な観点から主導的な役割を果たすことができ、他方北朝鮮情勢においても日本は拉致問題を抱えており、両国は協力してこの人権問題にあたるべきであると述べている。

3.新しい安全保障戦略へ

中国の台頭に代表される安全保障環境の変化が起こる中、報告書ではそれに対抗する手段として以下のように提言している 。

まず両氏は、日本の ASEANや ARF、APECなど地域的枠組み、またインドやオーストラリア、フィリピンや台湾など価値観を同じくする諸国家との協力について挙げ、日本は今後とも継続して地域のパートナー達と共に、地域の海洋の平和と安定のために一層の協力を進めていくべきであるとしている。そして日本にとってホルムズ海峡と南シナ海は重要なシーレーンであることからも、日本はそれら要所に掃海艦などを派遣し、日米同盟の発展のため情報収集や警戒監視、偵察行動などにおいて相互運用能力を高めることの重要性を強調している。例えば米軍と自衛隊は、海と空における協力と比較して、陸軍同士の軍事演習などの協力は限定的なものとなっており、今後グアムや北マリアナ諸島、オーストラリア・ダーウィンなどにある米軍施設においても日米の合同演習が行われ、自衛隊の水陸両用能力とともにその相互運用能力を高めることが重要だと論じている。

さらに第 1次、第 2次アーミテージ・レポートでも繰り返し取り上げられていたように、日本の集団的自衛権について苦言が示されている 。報告書によれば、東日本大震災後における米国のトモダチ作戦と自衛隊と協力しての復興支援からも分かるように、今日に至るまで日米同盟はその協力を深化させてきたが、「どのような場合に直面しても共同で対処できる同盟(full cooperation)」を構築するにあたり、日本の集団的自衛権の行使禁止は大きな障害となっているとしている 。また実効的な抑止力構築における日本の協力や、 PKOに参加する自衛隊の武器使用基準の緩和などにも触れ、それらが日本の国際社会における貢献や日米協力をさらに実りのあるものにするだろうとしている。

他方報告書では、防衛産業やサイバーセキュリティにおける日米間の協力についても挙げられている 。日本の武器輸出三原則の緩和を受け、両氏は防衛産業においても日米貿易の相互依存が深まる重要性を指摘し、米国はこの分野において日本の防衛産業が高度な技術を輸出できるよう主導し、それを米国へ積極的に輸入するべきだと論じている。またそれにより日米貿易が活発化し、両国の経済やミサイル防衛など日米同盟の技術的発展にとっても大きな意味を持つことから、両氏は日本がアメリカとだけではなく、他の同盟国とも防衛産業の交流を促進するべきだとしている。サイバーセキュリティの分野においては、近年サイバー攻撃やハッキングなどこの分野の戦略的重要性が増している中で、米国では国家安全保障局がサイバー問題を担当する一方、日本にはそれを専属的に扱う機関は存在しないことから、日米は両国の情報共有や調査協力を緊密化するため「共同サイバーセキュリティーセンター」を創設すべきであると提言している。

4.考察

以上がアーミテージ・レポートの概要だが、今回の報告書でより鮮明になっていることは、「日本は一流国家であるかどうかの転換期を迎えている」、「日本が二流国家でいることを望むのであれば、この報告書は必要ないだろう」、「集団的自衛権の制約が、日米同盟が前進する上での障害となっている」などの文言に含意されているような米国の本音と日本への政治的圧力である。今日の東アジアの安全保障環境は、中国の台頭と海洋覇権の指向によりすでにその変化が始まっており、日本や米国は未来的な観点からそれに対応する策を講じる必要がある。

最後に今回の報告書で、両氏は原子力エネルギーや天然ガス、メタンハイドレートなどのエネルギー分野や TPPや日米の FTAなど経済分野での日米協力を強化すべきことを強調していた。日米両国の経済が停滞する中、米国も日本との経済的結び付きを強化したい当然の戦略はあるが、安全保障上米国のアジア戦略を機能的に継続させるためには、日本が経済大国であり続けることが米国にとって非常に重要である。日本の経済力が低下することは、米国のアジア戦略の核心が脆弱化することを意味し、米国としては回避したいシナリオだ。しかし経済の停滞により米国も軍事費も削減せざるを得ず、そのような中、両国の経済力を維持し、安定した日米同盟の存続のためにも、両氏は報告書でこのようなエネルギー同盟たるものを提言した狙いがあるのではないかと考えられる。

いずれにしろ日米同盟は日本の防衛だけでなく、アジア太平洋地域の平和と安全保障を維持する上での基盤であり、それを軍事面のみならず経済やエネルギーの分野の観点から支えることは、今後の情勢を考慮すれば戦略的に重要だ。両氏が主張するように、日本は自らの国家ビジョンやあり方についての道を選択する、重要な岐路にあるのかも知れない。

この報告書はアメリカ人により米国の国益を考えた上で執筆され、全てが日本のそれに合致するものではないが、国際法上当然の権利である集団的自衛権の行使や同盟におけるリスクの共有など、日本が国際社会の「普通の国家」になるための課題を改めて示しているものある。日本もこの報告書の意義を深く考え、将来あるべき国家像を本格的に考え始める秋を迎えているのではないだろうか。

(2012年10月15日配信【海洋安全保障情報特報】より)