大陸棚限界委員会の勧告と沖ノ鳥島の戦略的重要性
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OPRF海洋安全保障情報月報編集部注
本稿は、OPRF海洋安全保障情報月報編集スタッフで、元海上自衛隊海将補の河村雅美氏の寄稿を、海洋政策研究財団のメール配信情報「特報」として配信するものである。なお、本稿に述べられた見解は、河村氏個人の見解であり、海洋政策研究財団の見解ではないことをお断りしておく。
1.大陸棚限界委員会の勧告と中国の反発
外務省は 4月 28日、我が国の大陸棚延長申請に関する大陸棚限界委員会( CLCS; Commission on the Limits of the Continental Shelf)の勧告について、要旨以下のような談話を発表した 。
(1) 4月 27日(日本時間)我が国は、大陸棚延長申請に関する CLCSの勧告を受領した。
(2) 四国海盆海域について、沖ノ鳥島を基点とする我が国の大陸棚延長が認められたことを評価する。
(3) 九州パラオ海嶺南部海域については、勧告が先送りとなったが、同海域について早期に勧告が行われるよう、引き続き努力していく。
(4) 全体として、今回の勧告は,我が国の海洋権益の拡充に向けた重要な一歩と考える。
この発表に対して、中国外交部は同 28日、「沖ノ鳥島に対する中国の立場は一貫しており、国際法(国連海洋法条約 121条第 3項)に基づけば、沖ノ鳥島は排他的経済水域( EEZ)および大陸棚を有しない」と即座に反論した。 中国と韓国は「沖ノ鳥島は島ではなく岩だ」と主張して異議を唱え、特に中国は沖ノ鳥島を基点とした我が国の大陸棚延長を認めないよう具体的な内容を含めた口上書 を CLCSへ提出していた経緯がある。
なお、パラオ共和国は、「九州パラオ海嶺南部海域」について同国の大陸棚との重複部分に注目しているが、日本の申請内容には異議はないと CLCSへの口上書 で述べている。
我が国の延長大陸棚
出典:総合海洋政策本部会合(2012年5月25日開催)配付資料(資料4「我が国大陸棚延長に関する大陸棚限界委員会の勧告について」の掲載図(我が国の延長大陸棚)
2.沖ノ鳥島を基点とした大陸棚延長
我が国が大陸棚延長を申請した海域の中、沖ノ鳥島を基点とした部分を含むものは「九州パラオ海嶺南部海域」と「四国海盆海域」の 2海域である。
6月 3日に公表された CLCSの勧告要旨によれば、勧告が先送りとなった「九州パラオ海嶺南部海域」については、口上書(注記:中韓からの異論と日本の反論)に言及された事項が解決される時まで CLCSとしては勧告を出すための行動をとる立場にないとしている。
一方「四国海盆海域」については、今次国会における自民党の佐藤正久参議院議員の質問に対する答弁書 によると、「沖ノ鳥島を基点とする大陸棚延長を申請した四国海盆海域の大部分を含む合計31万平方キロメートルの我が国の大陸棚延長の勧告が、大陸棚限界委員会によって行われたことは、高く評価している」としている。
3.沖ノ鳥島の戦略的重要性
韓国はさておき、中国が何故、沖ノ鳥島に固執するのかと言えば、中国の防衛ラインとされる第 1列島線と第 2列島線の中間に沖ノ鳥島が位置し、将来そこが戦略的な要衝になると見なしているからに他ならない。沖ノ鳥島が「島」と認められれば、そこから少なくとも 200海里が日本の EEZとなる。
中国の第1列島線と第2列島線の中間に位置する沖ノ鳥島
Source: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2012, p.48, U.S. Department of Defense, May, 2012.
中国は、自国の EEZにおける他国の軍事活動を認めない立場をとっている。2001年 4月海南島の南東 65海里の国際空域において米軍の電子偵察機 EP-3が中国空軍の戦闘機と接触した事件、2009年 3月及び 5月に南シナ海の中国の EEZ内で調査及び海洋監視に当たっていた米海軍の海洋調査艦が中国の船舶と航空機に繰り返し妨害を受けたことなどが、その具体的事例である。
もし沖ノ鳥島が「島」であり、そこを基点とする 200海里の EEZが認められれば、中国の立場からすれば、そこにおける中国の海軍艦艇の行動は制約を受けることになる。自国の EEZ内における他国の軍事活動を認めない立場を堅持する限り、中国は沖ノ鳥島を「島」とは認めたくないのであろう。しかし一方で中国は、下の画像に見るように、南シナ海で幾つかの岩礁を人工島に変えており、ダブル・スタンダードは否めない。
4.中国の接近・地域拒否( A2/AD)戦略
2011年 8月、中国初の空母が出現した時は、確かにビッグ・ニュースになったが、空母戦闘グループ( CVBG:Carrier Battle Group)として機能するまでには、相当な時間と経費を要すると見られている。また、果たして米国の CVBGに対抗し得る対称的な兵器システムとして発展するのかどうかも分からない。米国の CVBGに対して中国の A2/AD能力を飛躍的に向上させる可能性のある兵器システムは、むしろ機動ランチャーを使って中国国内のどこからでも発射でき、空母の様な移動目標を攻撃できる世界で初めての対艦弾道ミサイル(ASBM:Anti-Ship Ballistic Missile)DF-21Dであろう。
中国人民解放軍総参謀長、陳炳徳上将が、 2011年に初めて公の場でDF-21Dについて、「未だ研究開発の段階にあり作戦運用の段階に至っておらず、研究開発には幾多の困難がある」と言及している 。ただし、米国の専門家は、陳将軍が言った「作戦運用( Operational)」の意味は、米国基準で言うなら「完全作戦運用能力(FOC: Full Operational Capability)」であり、「初期作戦運用能力( IOC: Initial Operational Capability)」のレベルに達していることを否定するものではないと見ている。また、台湾の国防報告書(2011年版)は、DF-21Dの生産・配備は少量ながら2010年から始まったとしており、米国専門家の見方と一致する。2011年、陳将軍が、DF-21Dの射程を2,700km(1,700海里)と明かしたと中国日報が報じたことがあった 。もしこれが事実であれば、グアムには僅かに及ばないが第 2列島線内の大半をカバーすることになる。しかし、この報道を西側に逸早く紹介した米国海軍大学中国海洋研究所のAndrew Ericksonは、最近になって中国日報がDF-21A(ASBMではなくMSBM)の射程を誤記したらしいと指摘している 。DF-21Dの射程は、米海軍、特に空母の活動海域に関わることであり、センシティブな問題であろう。米国防省が5月に公表した、中国人民解放軍に関する報告書(2012年版)では、このASBMの射程を、1,500km以上( exceeding 1,500 km)とし 、含みを持たせた表現となっている。いずれにしても、世界で初めてのASBM (DF-21D)の出現により、中国のA2/AD能力が格段に向上する(した)可能性は否定できない。
中国本土からグアムまでの距離
5.日米の対応
例え DF-21Dの射程が 1,500km以上だとしても、遼寧省、吉林省、黒龍江省の何れからも横須賀は射程内にある。 DF-21Dの射程及び作戦運用の段階については、依然として確たる証拠はないものの、その不確実性すら、恐らく中国の望むところの抑止あるいは A2/ADとして機能するのであろう。米国の前方展開戦力を率いる部隊指揮官は、この地域における危機や紛争の際、CVBGを第 1列島線と第 2列島線の間で、あるいは南シナ海で運用するに際しては、従来から懸念されていた高性能潜水艦、対艦巡航ミサイル( ASCM)及び機雷対策に加えて ASBMの射程圏内に送り込むリスクを勘案して決断しなければならない。
ABSMの脅威に曝されないプラットフォームとしては、先ず思い浮かぶのは潜水艦である。我が国は、既に潜水艦の運用態勢を従来の 16隻から 22隻に変えつつある。
因みに中国海軍の近代化に関する米国の対応としては、米国議会調査局の報告書によると、国防総省(DOD)レベルでは、アジア太平洋地域の再重視、11個空母群及び 10個空母航空団の維持、 ASB: Air-Sea Battleコンセプトの開発、豪州への海兵隊の配備、 LCS: Littoral Combat Shipのシンガポールへの配備等が挙げられている。また、中国の A2/AD能力に対して米海軍が既に取りつつある対策としては、少なくとも以下のものが含まれ手いるとしている。
・太平洋艦隊部隊の対潜戦( ASW:Anti-Submarine Warfare)訓練の強化
・攻撃型原潜SSN及び SSGNの太平洋地域への配備
・BMD能力を有する戦闘艦の太平洋地域への配備
・BMD能力を備えた戦闘艦の増強と迎撃ミサイル(SM-3)の増加
これらの米国の対策に連携させて、我が国としても、その地勢的特性を生かした対策を講ずることが必要であろう。例えば、その具体的方策としては、以下の 2つが特に重要であると考える。
(1) 第 1列島線の我が国領域における常続的な対潜及び対機雷監視能力の整備と同海域における ASW及び対機雷戦能力の維持であり、このためには南西諸島列島線における水中監視機能を新たに整備する必要があろう。
(2) そして、第1列島線と第2列島線の間で沖縄とグアムの中間に位置する沖ノ鳥島を、「島」としての要件が維持されるよう、保全していくことであろう。次図に示したように、台湾とグアム及び横須賀を結んだデルタ海域は、東アジアの平和と安定に関わる戦略的に重要な海域であり、かつ、我が国の命脈とも言うべき主要な海上交通路は、全てこの海域から世界に広がっている。そして、この海域は、中国から北米大陸に通ずる海上交通路の収束海域でもあり、その重心位置に沖ノ鳥島が位置しているからである。
台湾・グアム・横須賀を結ぶデルタ海域
6.沖ノ鳥島の保全
中国は、「沖ノ鳥島は島でなく岩であり、岩を基点とした EEZは認めない」と主張し、その EEZ内で海洋調査活動を行ってきた。その根拠としている国連海洋法条約 8部第 121条「島の制度」は、次のように規定している。
1 島とは、自然に形成された陸域であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。 2 3に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。 3 人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。 |
日本政府は、沖ノ鳥島の国際法上の地位は、上記条約第1項の規定により、島であると主張している。中国の主張の根拠は、第 3項の規定であり、これにより、同島は岩であり、島には該当しないとしている。日本政府は、第 3項は島ではなく岩の条件であり、第1項とは関係ないとの見解である。しかし、沖ノ鳥島の「島」としての地位を対外的により説得力あるものとするには、第 1項との整合だけではなく、第 3項の規定にも抵触しないことを明らかにしておくことが肝要である。沖ノ鳥島の「島」としての保全は、我が国にとって喫緊の課題である。
この様な情勢の下で海洋政策研究財団が平成 18年度から 3年計画で実施した沖ノ鳥島の維持再生に関する調査研究結果の要点は、平成 21年 3月に公表された報告書によれば、次の 3点である。
(1) 最も重要なことは、領海、大陸棚および EEZの主張の根源となっている東小島および北小島が満潮時に水没することを防ぐことである。両島についての現存の復旧・護岸工事は当面は有効と思われるが、問題は、後半世紀を待たずして地球温暖化に伴う海面上昇による水没の可能性も排除できないことである。
(2) そこで、東小島および北小島が水没する場合を想定して、これら 2島の他に、「自然に形成された」と解釈でき、満潮時にも水面上にある陸地を一つ以上卓礁上に出現させることが必要となる。その一例としてサンゴの欠片や有孔虫の殻で形成される洲島を卓礁内に形成させる案があり、既にこの対策に取り組んでいる。
(3) 島の水没を防いだとして、次に大切なのは、卓礁内および周辺の領海内での経済的・商業的活動を可能な限り開発・実行することである。この点注意すべき点は、「独自の経済的生活」の維持を証明するために必要なのは卓礁と領海における活動に限られることである。EEZ及び大陸棚の資源開発は、沖の鳥島が島としての地位を持つことを条件にしてはじめて付与される権利である。同島の利用案として、温度差発電、風力・太陽発電、水産資源を利用した諸活動、海底鉱物資源の開発、各種研究・観測のための基地・観測機器・設備の設置など様々な案が出されている。
なお、海上保安庁は、平成19年3月、沖ノ鳥島に灯台を設置し運用を開始した。この灯台は、同島の周辺海域を航行する船舶や操業漁船の安全と運航能率の増進を図ることを目的としており、「独自の経済生活」の維持という面でも補強材料になると考えられている。
ここでは、前③項の発電装置や観測機器・設備等の設置と関連させ、「独自の経済的生活」の維持に結び付けるための通信手段として、海底通信ケーブルを活用するアイデアを提示するに留める。
それは、日本(海底通信ケーブルの陸揚げ局:沖縄、宮崎(佐土原)、神奈川(二宮)、千葉(千倉)等)とグアムを結ぶ既存の海底通信ケーブルあるいは新たな計画があれば、これらのケーブル・ルート上で比較的近いところからケーブルを分岐させて沖ノ鳥島に陸揚げ接続し、上記観測機器・設備等のデータを日本及びグアムにリアルタイムに配信するというものである。例えば、この方法により沖ノ鳥島の気象・海象データを本土でモニターし、本土からは、気象・海象情報として周辺海域で操業する漁船等に衛星通信等により配信し、以て経済的生活に資するというアイデアである。
勿論、グアムでも気象情報は民生生活に役立つだろう。可能ならば、これらの事業を米国と共同で実施するのが良いであろう。米国にとっても、同盟国である日本が沖ノ鳥島及び同島周辺海域を管理することが望ましいはずである。沖ノ鳥島と日本本土・グアム(米国)を海底ケーブルで物理的に結ぶということは、沖ノ鳥島の保全に関する姿勢を米国とともに示すという象徴的な意味も込められる。
最後に、我が国主導で実施された「太平洋・島サミット」(5月 25~26日)に関連して、この地域の海洋安全保障にかかわる問題を議論する契機となったことは、大いに評価されるべきであろう。また米国がこの会議に初めて参加し、国連海洋法条約批准の重要性に言及するなど、積極的な関与を表明したことも然りである。一方、中国はこの時期に合わせてフィージーとの会議を開催し、対立姿勢を鮮明にした。
このことからみても、沖の鳥島の「島」としての保全を急がなければならない。また並行して、我が国の大陸棚延長申請に関する CLCSの勧告が先送りされた「九州パラオ海嶺南部海域」についても、パラオ共和国の理解が得られていることを十分勘案し、早期に CLCSからの勧告が得られるよう努めなければならない。
(2012年6月26日配信【海洋安全保障情報特報】より)
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