解題『米軍が台湾を必要とする理由』

向 和歌奈,海洋政策研究財団研究員

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本解題では、ワシントン DCにオフィスを構える「プロジェクト 2049」(Project 2049 Institute) の事務局長マーク・ストークス( Mark Stokes)と上席研究フェローのラッセル・シャオ( Russell Hsiao)がザ・ディプロマット( The Diplomat)電子版に掲載した小論「米軍が台湾を必要とする理由」(“Why U.S. Military Needs Taiwan”) を取り上げ、東アジアの安全保障環境の安定化を目指す場合、台湾の戦略的な価値を決して無視することができないとする主張を概観する。なお、「1.論文の概要」では上記論文の抄訳を記載し、「2.若干の考察」では本解題の筆者による意見を示したことに留意されたい。

1.論文の概要

(1)台湾の戦略的重要性

昨今アメリカ国防省は、A2/ADと呼ばれる接近阻止( anti-access)・領域拒否( area denial)に対抗する手段として空海統合戦闘構想( Joint Air Sea Battle Concept)の重要性を訴えている。ランディー・フォーブス下院議員(Randy Forbes, R−VA4)は A2/AD環境下で効果的に強力な軍事力を投入するためには、アメリカは同盟国あるいは友好国と連携し努力が必要であると説いた。

フォーブスのような主張が聞かれる背景には、アメリカがアジア太平洋地域においてさまざまな安全保障上の問題を抱えているという事実があるわけだが、なかでもとりわけ中国は近年その軍事力を増大させ、時に強引な行動をとってきていることが最大の関心事であるといえる。中国人民解放軍の A2/AD能力が向上することによってアメリカ軍がアジア太平洋地域で軍事力を投入することがより難しくなってきている事実が背景にあるのだ。

アメリカ統合参謀本部が公表したジョイント・オペレーショナル・アクセス・コンセプト(Joint Operational Access Concept, JOAC)は、A2/ADに対して統合部隊がいかにしてオペレーショナル・アクセスを達成するかについての構想を示すものであり、空海統合戦闘構想同様に抑止を強化し、同盟国や友好国に対してアメリカのコミットメントの強さと中国による威圧に対抗できることの証左でもある。

その一方で、中国軍の台頭などの挑戦に対してアメリカは、国内だけではなく地域における同盟国、友好国あるいは協力国がそれぞれ持ち合わせる能力を効果的に活用する必要があるだろう。実際、アメリカは伝統的な同盟国である日本、韓国あるいはオーストラリアとは軍事面での協力関係をいかに多様化できるかについての模索を始めた。ところが、 JOACや空海統合戦闘構想などといったアメリカの軍事戦略における台湾の重要性に関しては残念ながらそれほど注目が集まっていない。

台湾はアジア太平洋地域における防衛計画の中核を担うべきである。特に JOACや空海統合戦闘構想では PLAによる台湾への侵入に対する不測事態対応計画に重きを置く必要があるだろう。それにもかかわらず、中台間に見られる貿易や投資での良好な関係を念頭に、アメリカの防衛計画が台湾から南シナ海へと移行しているとの主張も聞かれるほどだ。南シナ海問題と台湾問題はまったく別の事象であり、各々に対する政策の遂行が求められる。

中国は従来から、台湾問題には敏感であり、その傾向は依然として変わらない。上述の南シナ海問題は中国の意志次第で調整が行えるものの、民主主義をとる台湾は引き続き中国共産党にとっては脅威であり、それゆえに PLAは台湾に対して軍事的プレゼンスを維持してきた。したがって、戦略担当者たちが南シナ海上での航行の自由とアメリカ軍の軍事計画における基礎としての台湾の防衛を天秤にかけたならば、オバマ大統領が後者を選択することを願うのみである。

(2)JOACパートナーとしての台湾の可能性

では台湾の貢献分野はどこに見出せるのだろうか。台湾は PLAの防空システムあるいはミサイル防衛システムの弱点を関知する知見を有する。PLAの A2/ADにおける弱点を攻略する台湾の能力は、アメリカの軍事戦略上の負担を軽減することに貢献するばかりか、リスクの段階的拡大を軽減することにも貢献することができるだろう。というのも、台湾は東アジア地域における空・宇宙・海・サイバー空間での地域的な状況認識に貢献できる特殊な立ち位置にあるからだ。たとえば平時に行われる滞空監視データは他の情報と融合させることにより、PLA空軍の戦術やドクトリンをより理解することに役立つ。あるいは極超高周波(Ultrahigh Frequency, UHF)を用いた早期警告レーダデータは、地域に見られる宇宙監視の差を埋めることができるだろう。台湾海軍が西太平洋の特殊な海中地理と水文環境を正確に理解していることも貢献材料となる。

さらにいえば、喫緊の対応を要するのが、潜在的な敵が同盟国や友好国を通してアメリカのネットワークに侵入しないよう強力なファイアウォールの構築に力を注ぐことである。またブロードバンド通信や遠隔計測衛星などの宇宙空間で必要なシステムを台湾に供与することで、軍事目的のみならず災害対策・対応での地域における状況認識制度の醸成といった民生利用面でも大きな貢献となるだろう。あるいは台湾が地域の海洋分野に関する認識を共有するシステム構築のために貢献する可能性も一案である。

そして当然ながら軍事産業面での協力も忘れてはならない。アメリカ国防省はたとえば台湾の工業技術研究院( Industrial Technology Research Institute, ITRI)や中山科学研究院(Chungshan Institute of Science and Technology)などの高い工業、軍事技術力の研究開発力を有する諸研究所との R&Dの協力体制を拡張することを検討してもよいだろう。

また、ブッシュ政権が台湾のディーゼル電気潜水艦取得を援助したことも忘れてはならない。台湾は国防のために潜水艦を必要としており、中国大陸からの台湾の北西および南西海域を航行する両用戦艦を迎撃し、中国による台湾封鎖作戦に対抗するとともに、同海域を監視する上で必要不可欠な役割を果たし得る。つまり、台湾にとって潜水艦は信頼できかつ残存能力を持つ抑止力として大いに役立つものといえるのである。

このようなハード面での協力体制と並行して、アメリカ国防省と台湾の対応部局はソフト面では両国の研究所や防衛産業を取り込み、作業部会を設置するべきである。作業部会が取り扱う分野としては、たとえば巡航ミサイル防衛、対潜水艦作戦( Anti-submarine warfare, ASW)などと併せてアメリカがアジアを最重視するのに際しての台湾の位置づけについてなどが挙げられる。

現代の世界において台湾ほど中国を理解している開かれた社会はない。それにもかかわらず、台湾内で訓練を積むアメリカ軍士官はほとんどいないし、台湾国防大学やそれに類似するような学校に公式に通う士官もいない。両国の国防機関間での人的交流をより活発化させることが求められる。

(3)台湾海峡をめぐる政治的逆説

現在、台湾海峡をめぐって逆説的な現象が起こっている。一方では中国と台湾の間で経済的な依存関係が成立しており、その結果として紛争が起こる確率が低下してきている。他方で、台湾の民主主義体系が中国の共産党にとって脅威と映り、その結果として中国は軍事的な威圧を続けているのだ。台湾海峡をめぐる政治的問題を軍事力で解決する姿勢を中国が変えない限り、アメリカは台湾との防衛関係の深化・拡大を行うべきである。アメリカのアジア太平洋を最重視する戦略の中核に台湾を据えることは、正統な出発点といえるだろう。

台湾自身は中国問題に対して対費用効果の高い解決方法を実施することで、世界に点在する諸問題の解決のための先例となりうるだろう。

それと同時に、米台は双方が各々進めている軍事関連の R&Dや低価格・高水準の電子部品分野の努力を有益な方法で融合することも検討するに値するだろう。台湾はアメリカによる対外武器援助( Foreign Military Sales, FMS)の恩恵をもっとも受けており、そのため産業面と技術面での研究開発協力が限定されてきた。アメリカが台湾に対して武器売却を行うことで、運用と規模の経済を通じてアメリカ空海軍の相互運用性と経費削減が促進され、結果として空海統合戦闘構想が後押しされる。 FMSを通じた武器売却は両国間にある「パトロン・クライアント関係」(patron-client relations)を象徴しており、米台の防衛関係を真のパートナーシップへと再調整することは、米台関係を持続可能なものとならしめよう。

台湾は防衛に関してより独立性の高いものを目指しており、アメリカが空海統合戦闘構想を推進する際と同様に、最先端技術の開発と安定した経済環境が必要不可欠となる。空海統合戦闘構想を推進する根底には、財政的な制約がある中でいかに多くをこなすかという命題も含まれていることを鑑みると、両国が軍事産業面での協力を促進することによって費用対効果を上げるとともに、台湾の産業への利益とアメリカの要求を同時に満たすことができるだろう。

このように、アジア太平洋地域の国家の中で空海統合戦闘構想にもっとも興味を持っているのが台湾なのである。空海統合戦闘構想は同盟国や友好国を防衛するというアメリカの法的義務などといった戦略地政学的要因に根ざしたものでなければならない。また日本やオーストラリアといった同盟国は安定した軍事バランスを維持するために重要な役割を担う必要がある。このような潜在的な協力国の中でも、台湾ほど重要な国家はないはずである。

2.若干の考察

東アジアの安全保障問題とそれに関連した日本の国益を鑑みた場合、台湾を無視することはできない。東アジア地域の協力体制や統合への動き、そして究極的には同地域の平和と安定を模索する際、台湾自身の動向は当然のことながら、中台関係の行く末はきわめて大きな影響を及ぼすからだ。

そしてそれは上記論文が特に重点をおいて指摘する対中戦略においてのみではなく、大量破壊兵器の不拡散問題を考える時もまた然りなのである。一つには、台湾海峡問題がともすれば中国と台湾の軍拡競争に拍車を掛けかねないという懸念があるからだ。だがより重要な問題として、台湾は世界の主要なシーレーンが交差する場所に位置するため、大量破壊兵器関連の資材の輸送を試みるアクターは、台湾の港を積み替え作業場所として利用する可能性が高いという点が挙げられるだろう。台湾北部に位置する基隆港と南部に位置する高雄港は、世界の港湾のうちコンテナ処理実績が 100位以内に入る世界有数の主要貿易港である。そのような高い処理実績を誇る現状において、たとえば 2003年 8 月には、台湾税関当局が高雄港において五硫化リンが入った樽 158個を積載した北朝鮮の貨物船を拘留したといった事件があった 。問題の船舶は一旦イタリアからバンコクへ向かった後、台湾を経て北朝鮮に向かう予定であったという。ちなみに同事件はタイの輸出管理規制で取り締まることができず、最終的に台湾の輸出管理法が適用された。アメリカの情報機関による通報を受けての臨検であった。

台湾が近年、大量破壊兵器の不拡散問題やそれに対処するための諸政策に興味を示している一方で、不拡散関連の国際条約は台湾に適応されないし、厳密にいえば台湾自身もそれらを履行する義務を有さない。他方で、台湾は国際社会への積極的な関与を通じてその存在を認めてもらうことを戦略的に模索しており、アメリカが主導するコンテナ・セキュリティ・イニシアチブ(Container Security Initiative)などに参加してきた 。加えて、オーストラリア・グループ(Australia Group)、原子力供給グループ( Nuclear Suppliers Group)あるいはミサイル技術管理レジーム(Missile Technology Control Regime, MTCR)などの各規制リストを取り入れることで、輸出管理の強化を目指してきた。国内法の改正も積極的に行ってきた。

台湾の不拡散政策への関心は、公人の発言や民間団体が主催する会議等において有識者の意見にたびたび垣間見ることができる。たとえば、海洋政策研究財団が主催するトラック II会議「新時代の日台対話」(“Japan-Taiwan Strategic Dialogue for the New Era”)では、台湾が東アジアの安全保障環境の改善に貢献する方法として、国際的なテロ対策への協力と拡散に対する安全保障構想のような国際的な不拡散政策への関与の必要性がしばしば指摘されてきた。非伝統的な安全保障分野での積極的な貢献は、馬英九総統が 2008年の就任演説の際に強調したように、台湾が「国際社会の一員」として良識と責任のあるアクターであるべきであるために必要なことでもあるのだ。

その一方で、上記論文が指摘したように台湾は中国との関係を常に注視する必要もある。現在の中台関係は、特に経済的な分野で「両岸経済協力枠組協議( Economic Cooperation Framework Agreement: ECFA)」が締結されたり、直通便も運行されるようになったりと、良好な関係が醸成されつつある。もし台湾が国際社会へのアピールを必要以上に行えば当然ながら中国からの牽制を受けることが予想され、形成されつつある良好な関係が崩れかねない。したがって、良好な両岸関係であるがゆえに、これを妨げるような政策に対しては消極的にならざるをえないのである。このようなジレンマを持つ台湾は、究極的には対中政策と国際社会が推進する政策を天秤にかけつつバランスよく双方のニーズに応えていくことになるだろう。

国際社会側の視点に目を転じてみると、台湾自身がそのような貢献を行うことで世界から認められることを望むのと同じくらい国際社会にも台湾の協力が不可欠となってきている。双方の利害が一致する中で、台湾をいかに国際社会が必要とする諸政策に取り組ませていけるのかが、今後、台湾自身にとっても、また国際社会にとっても重要な課題となってくるといえるだろう。

(2012年6月6日配信【海洋安全保障情報特報】より)