2011年のアジアにおける海賊行為と武装強盗事案

〜ReCAAP年次報告書から〜


上野英詞

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アジア海賊対策地域協力協定 (Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia) に基づいて設立された、ReCAAP Information Sharing Centre (ISC) は 2012年 1月、2011年にアジアで発生した海賊行為と船舶に対する武装強盗事案に関する年次報告書を公表した。(ReCAAPとは Regional Cooperation Agreement Against Piracyの頭字語である。)

国際海事局(IMB)の同種の報告書が全世界を対象としているのに対して、ReCAAPの報告書は、アラビア海からユーラシア大陸南縁に沿って北東アジアに至る海域を対象としている。また、 IMBが民間船舶や船主からの通報を主たる情報源としているのに対して、 ReCAAPの情報源は、加盟国と香港の Focal PointとシンガポールにあるInformation Sharing Centre (ISC) と結び、また Focal Point相互の連結で構成される、Information Sharing Webである。各国の Focal Pointは沿岸警備隊、海洋警察、海運・海事担当省庁あるいは海軍に置かれている(日本の場合は海上保安庁)。そして各国の Focal Pointは、当該国の法令執行機関や海軍、Port Authoritiesや税関、海運業界など、国内の各機関や組織と連携している。更に、国際海事機関(IMO)、IMBやその他のデータを利用している。

ReCAAPの加盟国は、インド、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、シンガポール、カンボジア、ラオス、ベトナム、ブルネイ、フィリピン、中国、韓国及び日本の域内 14カ国に加えて、域外国からノルウェー(2009年 8月)、デンマーク(2010年 7月)及びオランダ(2010年 11月)が加盟しており、現在、17カ国となっている。なお、マレーシアとインドネシアは未加盟だが、ISCとの情報交換が行われている。

以下は、ReCAAP2011年年次報告書から見た、2011年のアジアにおける海賊行為と船舶に対する武装強盗事案の特徴である。

1.「海賊」と「船舶に対する武装強盗」についての ReCAAPの定義

「海賊」(piracy) と「船舶に対する武装強盗」 (armed robbery against ships) とは、ReCAAP ISCの定義によれば、「海賊」については国連海洋法条約( UNCLOS)第 101条「海賊行為の定義」に従って、「船舶に対する武装強盗」については、国際海事機関( IMO)が 2001年 11月に IMO総会で採択した、「海賊行為及び船舶に対する武装強盗犯罪の捜査のための実務コード」(Code of practice for the Investigation of the Crimes of Piracy and Armed Robbery against Ships) の定義に従って、それぞれ ReCAAP協定第 1条で規定している。

2.発生(未遂を含む)件数と既遂事案のカテゴリー分け

報告書によれば、2011年の発生件数は 155件(2010年 167件)で、その内、既遂が 133件(同 134件)、未遂が 22件(同 33件)であった。 2010年は 2009年の 102件に対して 167件と大幅に増大したが、2011年は 2010年より 7%減少した。(表1参照)2011年の発生件数の内、3分の 2は、目標船舶が停泊中か、錨泊中の事案で、ほとんどが船の備品などを盗む、暴力的でなく、発見されれば逃亡する強盗事案である。残りの 3分の 1は航行中の事案で、そのほとんどが南シナ海、マラッカ・シンガポール海峡での事案である。

表1:過去 5年間の地域別発生件数

出典:ReCAAP Annual Report (January 1, 2011 − December 31, 2011), p.7, Table 1.

ReCAAPは、既遂事案の重大度 (Significance of Incident) を、暴力的要素 (Violence Factor) と経済的要素 (Economic Factor) の 2つの観点から評価し、既遂事案をカテゴリー分けしている。暴力的要素の評価に当たっては、 (1) 使用された武器のタイプ(ナイフなどよりもより高性能な武器が使用された場合が最も暴力性が高い)、(2)船舶乗組員の扱い(死亡、拉致の場合が最も暴力性が高い)、(3)襲撃に参加した海賊/武装強盗の数(この場合、数が多ければ多いほど暴力性が高く、また組織犯罪の可能性もある)を基準としている。 経済的要素の評価に当たっては、被害船舶の財産価値を基準としている。この場合、該船が積荷ごとハイジャックされる場合が最も重大度が大きくなる。以上の判断基準から、報告書は以下のようなカテゴリー分けをしている。

表2は、過去 5年間の既遂事案をカテゴリー別に示したものである。

表2:過去 5年間のカテゴリー別既遂事案件数

出典:ReCAAP Annual Report (January 1, 2011 − December 31, 2011), p.5, Chart 1.

3.2011年の発生事案の特徴

表2に見るように、 2011年の既遂事案 133件の内、CAT-2事案は 38件で、2010年の 59件から大幅に減少している。報告書によれば、これは、アラビア海、南シナ海での CAT-2事案の減少によるものである。CAT-3事案は 88件で、2010年より多くなっている。この事案は、ほとんどが停泊中や錨泊中の事案である。

CAT-1事案は 7件で、2010年の 4件を大幅に上回るが、報告書によれば、この内、5件がハイジャック事案、1件が乗組員拉致を含む事案、もう 1件が精製品タンカーでの武装強盗事案である。7件の事案では、乗組員はいずれも無事で、拉致された乗組員も救助された。また、 4件の事案に関わった海賊容疑者が逮捕され、5隻のハイジャック船が回収された。

報告書によれば、既遂事案 133件中、65%に当たる 86件が停泊中か錨泊中の事案である。 86件中、16件が CAT-2事案で、70件が単純な強盗事案である。その内、半分の 35件がインドネシアの停泊地及び錨泊地で、12件がバングラデシュのチッタゴン港で、8件がベトナムの停泊地及び錨泊地で、7件がインドの停泊地及び錨泊地で起きている。16件の CAT-2事案のほとんどは、マレーシアの錨泊地で起きている。

末尾の参考資料1は、マレーシアでの事案と、バングラデシュ、インドネシア及びベトナムでの事案と比較したものである。報告書によれば、バングラデシュ、インドネシア及びベトナムにおける船舶強盗は、目標船舶の備品、エンジン部品及び船内の無防備な物品を強奪することが多い。彼らの目的は、乗組員に気付かれないで、目標船舶に乗り込み、手当たり次第に物品を盗むが、見つかれば、素早く逃亡する。手ぶらで逃げる時もある。バングラデシュとベトナムの当局は、故買品市場が存在するため、船舶強盗が後を絶たないと見ている。また、両国の港湾における共通の特徴として、物売りの小型船が多く、船舶強盗の絶好の隠れ蓑になっていることも指摘されている。前記 3カ国の事案では、61件中、6件しか CAT-2事案がないが、マレーシアの 8件の事案の内、7件は CAT-2事案である。マレーシアの事案では、強盗グループは 4人から 9人までが 8件中 6件を占め、また、 7件の事案では、強盗は銃器と長刀あるいはそのいずれかで武装していた。ここでの強盗は、乗組員の現金や持ち物を盗むことが多い。

参考資料2は、航行中の事案である。2011年の航行中の事案は 47件で、その内訳は下表の通りである。

航行中の事案の内訳

出典:ReCAAP Annual Report (January 1, 2011 − December 31, 2011), p.18, Table 3.

報告書は、南シナ海とマラッカ・シンガポール海峡における目標船舶が航行中に発生した事案について、暴力的要素と経済的要素から見た、その特徴について、以下の諸点を指摘している。

(1) 南シナ海での 12件の内、半分は昼間に発生している。これは、この海域(公海)を関係国の海洋法令執行機関の艦船が哨戒しておらず、従って船舶強盗は、どの時間帯でも大胆に目標船舶に乗り込もうとするためと見られる。一方、マラッカ・シンガポール海峡における事案は、ほとんどが暗夜に発生している。

(2) 南シナ海での事案は、海賊・船舶強盗グループの人数が多いのが特徴である。半分の事案が 7人かそれ以上の人数である。

(3) 南シナ海での事案の多くは、海賊・船舶強盗グループは通常、銃器と長刀あるいはそのいずれかで武装しているが、発砲事案はなかった。7件の事案では、乗組員に対して暴力を加えている。一方、マラッカ・シンガポール海峡の事案の大部分では、乗組員に危害を加えていない。両海域の事案では、海賊・船舶強盗グループは通常、携帯電話、パソコン、時計あるいは衣類など、乗組員の個人的持ち物を盗むのが狙いである。

4.襲撃された船舶のタイプから見た特徴

2011年の襲撃された船舶のタイプについて見れば、目立ったのは、タグ&バージが目標となった事案が 35件(既遂 34件、未遂 1件)もあったことである。報告書によれば、最近 4年間の推移を見れば、2007年 7件(既遂 6件、未遂 1件)、2008年 11件(既遂 11件)、 2009年 16件(既遂 15件、未遂 1件)、2010年 18件(既遂 17件、未遂 1件)であり、 2011年はほぼ倍増となった。35件中、4件の事案が CAT-1で、16件が CAT-2、そして 14件がCAT-3であった。CAT-1事案は過去 4年間でも 2007年 2件、2008年 1件、2009年 3件そして 2010年 3件となっているが、いずれもハイジャック事案か乗組員拉致事案である。

発生場所から見れば、35件中、マラッカ・シンガポール海峡では 18件(51%)、南シナ海では 7件(20%)で、残りの 10件は 5件がマレーシア、 3件がインドネシア、2件がシンガポール周辺海域で発生している。2つの海域における事案は、CAT-1事案が 4件で、その内、3件がタグ&バージが目標となっている。また、 14件の CAT-2事案でも、半分がタグ&バージが目標となっている。タグ&バージは、乾舷が低く、低速であることから、海賊・船舶強盗が乗り込みやすく、しばしば目標となっている。彼らは、通常無人のバージの方に乗り込み、部品などを盗むことが多いという。

参考資料1 停泊地と錨泊地における襲撃事案の特徴

出典:ReCAAP Annual Report (January 1, 2011 − December 31, 2011), p.12, Table 2.

参考資料2 航行中の襲撃事案の特徴

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出典:ReCAAP Annual Report (January 1, 2011 − December 31, 2011), p.20, Table 4.

(2012年2月17日配信【海洋安全保障情報特報】より)