アメリカの新国防戦略とアクセスのための統合作戦構想

秋元一峰

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2012年 1月 5日、アメリカのバラク・オバマ大統領は、国防省で、新たな国防戦略『アメリカのグローバルリーダーシップの維持: 21世紀における国防の優先事項』 を公表した。“新しい戦略ガイダンス”(new strategic guidance) として示されたこの新戦略は、アメリカの軍事力の優先順位を、過去 10年間に及ぶイラクとアフガニスタンでの戦争からアジア太平洋にシフトすることを意図するものである。

新たな国防戦略の公表に先立つ 2011年 11月 22日、アメリカの統合参謀本部がグローバルコモンズへのアクセス作戦構想として、『アクセスのための統合作戦構想』(Joint Operational Access Concept)を発表している 。沿岸国がアクセス拒否を企図する海域に如何にして兵力を展開するかは、アメリカ軍にとって最大の軍事的課題であろう。グローバルなリーダーシップを維持するためには、アメリカはグローバルコモンズへの軍事力のアクセスを確実なものとしておく必要がある。その意味において、本作戦構想は、新しい戦略ガイダンスに具体的なイラストレーションを与えるものであろう。本稿では、この 2つの報告書の概要を紹介すると共に、そこに示された構想が、日本やアジアに及ぼす影響につて考察した。

1.『アメリカのグローバルリーダーシップの維持:21世紀における国防の優先事項』の概要

『アメリカのグローバルリーダーシップの維持:21世紀における国防の優先事項』(以下、「新国防戦略」と表記)は、冒頭にバラク・オバマ大統領およびレオン・パネッタ国防長官の声明があり、その後に序文と本文が続いている。本文は、「挑戦的な世界の安全保障環境」 (A Challenging Global Security Environment)、「アメリカ軍事力の主要な任務」(Primary Missions of the U.S. Armed Forces)、「統合軍 2020に向けて」(Toward the Joint Force)、「結言」(Conclusion)から成っている。以下、その要旨を紹介する。

(要 旨)

バラク・オバマ大統領の声明

我が国は、変化の時機にある。私は、軍の最高指揮官として、責任を持ってこの変化の局面に向き合い、より強固に、グローバルなリーダーシップと軍事力の優勢を維持することを心に決めた。そのため、アメリカの戦略的関心を明確にし、向こう 10年間の防衛と支出の優先順位をここに指示する。

今後、我々は、イラクおよびアフガニスタンでの戦いを終え、アジア太平洋の安全と繁栄を含む、より幅広い挑戦と機会に向き合うことになる。そのために、軍の形を作り直し、機動性と柔軟性、そして即応性に優れたものとする必要がある。最も大事なことは、わが軍、この 10年間を戦ってきた将兵、そして、これまでわが軍を世界最強に育てあげてきた将兵達を信頼することである。

我々は財政上の難問に直面している。しかし我々は、疑いなく、これからも、最も訓練され、最も武装された軍事力を維持していく。変化する世界の中で、リーダーシップを求められるアメリカは、今までと同じく、自由と安全を保障する最大の力であり続ける。

レオン・パネッタ国防長官の声明

アメリカのグローバルリーダーシップを維持する 21世紀の国防の優先事項を明確にするための新たな戦略ガイダンスを公表する。本ガイダンスは、国防省に対する大統領指令に基づくものである。

この国は、過去 10年間の戦争に終わりを告げるターニング・ポイントに立っている。我々は、統合部隊を将来のために形作り直す( reshape)必要がある。それは、現在よりも縮小されるが、機動性と柔軟性を備え、即応力があり、高度な先進技術に支えられたものとなる。そのような統合軍は、アジア太平洋と中東を重点としてグローバルなプレゼンスを示すと共に、これまでと同様にヨーロッパの防衛にコミットし、地域を越えて同盟とパートナーシップを強化する。新たな国防戦略を担う統合軍は、核心的な国益を護るため、アルカイーダとその関連組織の撃滅と現在の戦争の成功、アメリカ軍のパワープロジェクションを阻止すること等を企む敵対勢力による侵略の抑止と撃破、サイバー空間や宇宙空間等すべてのドメインにおける効果的な作戦の実施、大量破壊兵器拡散への対応、核抑止、国土防衛等の任務を遂行する能力を維持する。

序言

過去 65年間、アメリカは国際システムの変革に指導的役割を果たしてきた。過去 10年間、アメリカ軍はアフガニスタンとイラクで戦い、これらの国の安定を図り、我々の利益を護ってきた。我々は、我が国の力強い経済を護り、変化が加速する世界における我が国の国益を護るため、これら 2つの戦争を縮小し、次なるステップに歩を進めなければならない。我々は、将来の脅威に対応する必要がある。本戦略ガイダンスは、予想される安全保障環境において、国防省が準備すべき中核的な軍事任務を示すものである。

挑戦的な世界の安全保障環境

世界の安全保障環境は複雑さを増しており、アメリカの全ての国力をもって対応しなければならない。アメリカの経済・安全保障上の利益は、西太平洋・東アジアからインド洋・南アジアにかけての地域の発展と共にある。その意味からアジア・太平洋地域の均衡の再構築 (rebalance) が必要となり、アジアの同盟国や主要なパートナーとの協力が極めて重要となる。そこにおいて、インドとの関係の構築は重要である。また、朝鮮半島の平和を維持するため、北朝鮮を抑止する必要がある。中国の台頭は、将来アメリカの経済と安全保障に様々な影響を及ぼすことになる。中国の軍事力増強は、透明性を伴うものでなければならない。アメリカは、同盟およびパートナーと共に、地域へのアクセスと条約上の責務を遂行する能力を確保しなければならない。

中東において最も警戒すべきは、破壊的な過激集団への大量破壊兵器の拡散である。アメリカは湾岸諸国と共に、イランの核兵器開発と危険な政策に対抗していくことになる。このような安全保障環境を考慮し、アメリカは世界の同盟国やパートナーと連携して、グローバルコモンズへのアクセスの自由を追求していく。

一部の国家あるいは非国家主体がグローバルコモンズへの自由なアクセスを拒む姿勢をみせている。その一方で、国家あるいは非国家主体がアメリカへのサイバー攻撃を仕掛けている。宇宙にアクセスする国家が増えるにつれ、宇宙空間の安全が脅かされつつある。そこにおいても、アメリカは同盟やパートナーと共にグローバルコモンズへの自由なアクセスを確保しなければならない。

アメリカ軍事力の主要な任務

アメリカの国益を護り、2010年の『国家安全保障戦略』の目標を達成するために、統合軍は能力を再確認し、以下の任務を遂行する能力を保持する。

・対テロと非正規戦
アメリカ軍は、他の省庁・組織と共同し、引き続きあらゆる場所においてアルカイーダおよびその関連テロ集団の動きを封じ込めなければならない。

・侵略の抑止と撃破
あらゆる地域と利益を共有する我が国は、アメリカ軍が何処かの地域で大規模紛争に従事している時でも、ある地域における機会主義的な敵対勢力による侵略にも対処する能力を備えなければならない。そのため、陸・海・空・宇宙・サイバー空間を横断する戦闘力を維持する。

・A2/AD環境下におけるパワープロジェクション
自由なアクセスが脅かされる地域に兵力を投入する。Antiaccess/Area-denial (A2/AD)を試みる国は、電子戦、サイバー戦、弾道/巡航ミサイルや機雷を使用しての非対称戦を用いる。中国やイランは、アメリカの兵力投入を阻止するための非対称戦能力を備えつつある。一方で、そのための精巧な兵器が非国家主体に拡散している。『アクセスのための統合作戦構想』に基づき、水中作戦能力、ステルス爆撃機、ミサイル防御、宇宙基地能力を整備していかなければならない。

・対大量破壊兵器
アメリカ軍は、核、生物および科学兵器の拡散と使用を阻止する様々な活動に取り組む。国防省は他の政府機関と連携して、引き続き、大量破壊兵器の検知、防護、対抗のための能力に投資する。

・サイバー空間および宇宙空間での作戦
近代兵器により迅速で効果的な作戦を遂行するためには、情報・通信ネットワークの活用と宇宙・サイバー空間の利用が不可欠である。今、宇宙とサイバー空間を活用するシステムは破壊などの脅威に晒されている。国防省は、同盟やパートナーと協力してネットワークを防護する先進技術に投資しなければならない。

・核抑止
核兵器が存在する限り、アメリカは抑止に必要な量の戦力を維持する。しかし、核抑止の観点から判断すれば、現有よりも少ない戦力で可能であり、削減していく。

・国土防衛と民間機関への支援提供
アメリカ軍は、引き続き国家あるいは非国家主体の攻撃から我が国土を防衛する。そのような攻撃の防衛に失敗した場合に、あるいは大規模災害において、アメリカ軍は民間機関による救助に協力する。

・安定化のためのプレゼンスの提供
アメリカ軍は、ローテーションによる部隊展開、2国間・多国間演習といった形で常続的に海外にプレゼンスを維持する。それにより、抑止を補強し、能力構築を支援し、アメリカと同盟やパートナーとの共同防衛能力を構築し、更には同盟を強化すると共に、アメリカの影響力を拡大することができる。

・安定化と対暴動対処のための作戦
イラクとアフガニスタンでの戦争の終結に臨み、アメリカは、非軍事的な方法による安定化に努め、また、軍と軍との協力を進めることで、アメリカ軍へのコミットメントの依存を低減させていく。今後、過去 10年間のイラクやアフガニスタンでの戦争の教訓、専門的知識そして能力を精査する。しかしながら、アメリカ軍は、今後大規模な安定化オペレーションに携わることはない。

・人道支援・災害救助等の作戦
アメリカは、これまでも、軍隊に対してしばしば、我が国や他国の民間人の安全の確保のための対応を要請してきた。アメリカ軍は、迅速に展開して救助に当たる能力を備えている。国防省は、必要に応じて、大量殺戮にも対処する。また、アメリカ軍は、海外からの非戦闘員の避退作戦にも従事する。

統合軍 2020に向けて

上記の任務を成功裏に遂行する上において、認識しておくべき幾つかのことがある。

その第1は、戦略環境が劇的に安定化すると予測できない限り、我々は軍事力を維持しなければならないということである。

第 2は、今実施しなければならないことと延ばすことができることを区分けすることである。そこで、兵員における現役と予備役のバランスやアメリカのパートナーシップとの協力といった面で、“reversibility”の構想を取り入れることが意志決定の重要な要素となる。

第 3は、軍事力の全体的な縮小を余儀なくされてもなお、部隊の即応性と任務遂行能力を維持するという決意である。

第 4は、国防省は引き続き事業費を削減しなければならないことである。人件費のカットが必要である。過去 10年間の二正面作戦に多大な人件費を投入してきた。その結果、 6,200人の兵員が死亡し、46,000人が負傷した。我々は、兵員を削減し彼らを民間に戻すプロジェクトを推進する。

第 5は、本戦略を現行の戦闘作戦と今後の計画に適用させていかなければならないことである。それによって、現行の戦闘作戦をより小さな資源配分で実施することが可能となる。

第 6は、現役兵と予備役兵の的確な割合を決めなければならないことである。州兵と予備役兵力は今後も重要な兵力として必要としている。

第 7は、イラクからの撤退とアフガニスタンでの作戦の縮小に際して、統合軍間の相互依存性を高めるためのネットワーク戦闘能力を強めることである。

最後に、国防省は、科学技術への投資と産業基盤の維持に努め、一方において、作戦構想の変革を進める必要がある。過去 10年間、アメリカとその同盟は対テロ作戦を遂行してきたが、そこでは、海と空に敵はいなかった。しかしこれから、アメリカとその同盟やパートナーは A2/ADやサイバー戦に対抗していかなければならないことを認識すべきである。

結言

アメリカは、強固で機動性があり任務遂行能力のある軍事力の構築に取り掛かっている。我々の世界に対する責任は重大であり、失敗は許されない。安全保障上の要求と割り当て可能な資源とのバランスがこれほどデリケートであった時代はなかった。国防省による今後の兵力と各種計画の立案は、本ガイダンスに基づいてなされることになる。

2.『アクセスのための統合作戦構想』の概要

『アクセスのための統合作戦構想』( Joint Operational Access Concept、以下、 JOACと表記)は、今後想定される紛争では、過去 10年間のアフガニスタンやイラクでの戦いにおいては脅威が及ぶことのなかった海空域が主たる戦域となり、その空間域の軍事的優勢を確保しなければならないとの認識を基本として作成されている。海空域における紛争とは、アメリカが対象となる海空域に軍事力を展開する際に、隣接する国家がそれを拒否することによって生じる。隣接する国家による拒否とは、所謂 Antiaccessと Area-denial(A2/AD)である。

以降、JOACの要点を紹介する。

(要 点)

目的等

アクセス作戦とは、作戦エリアに任務を遂行するために十分な行動の自由を確保した形で軍事力を投入することである。アクセス作戦は、そのもの自体が目的ではなく、より広い戦略的目標、つまり、通商の確保、危機管理や紛争予防のための部隊の配備、あるいは敵の撃破のために必要なものである。アクセス作戦は、グローバルコモンズ、特定の領域、海域、空域、そしてサイバースペースの妨げられることのない利用を確保するために、統合部隊によって遂行される。

兵力の投入に要求されること

グローバルパワーとしてのアメリカは、あらゆるエリアに対して軍事力を投入することにおいて信頼性を維持しなければならない。アクセス作戦を困難とする最大のものは、アクセスに対抗する敵の攻撃である。

A2/AD

A2 (Anti access) とは、作戦エリアへの他国の軍事力の進入を長距離から阻止する行動あるいはその能力である。AD (Area-denial) は、より短い距離で、他国の軍事力による作戦エリアの自由な行動を制限することであり、作戦エリアから敵兵力を排除することではない。

平時の重要性

アクセスを確保する上において重要なことは、戦闘以前の状態である。紛争が生起する以前から、省庁間協力によって多種多様な安全措置や法執行措置をとり、また多国間演習の実施や海外基地の整備、更には補給能力と前方展開能力を維持しておくことが必須となる。

傾向作戦環境下における以下の 3 つの傾向がアメリカのアクセス作戦に影響を与えている。

  • 作戦エリアへのアクセスと行動の自由を阻害する兵器や技術の進歩と拡散
  • アメリカ軍の海外における配備の変化
  • 宇宙およびサイバースペースの重要性の増大

敵が実施する A2/AD

冷戦後これまで、アメリカ統合軍は、必要に応じて何ら抵抗を受けずに作戦エリアにまで兵力を進めてきた。しかし、前述した 3つのトレンドが、そのような状況を劇的に変えた。能力を増大する将来の敵は、アメリカに対して A2/AD戦略を実施してくる。それにより、来るべき 10年において、アメリカ軍によるアクセス作戦を困難なものとするだろう。

A2/ADのイラスト(Joint Operational Acceess Concept, DoD, P.11.)

作戦の中核“ Cross-domain synergy”

A2/ADに対抗するため、統合軍は“作戦領域間の相乗” (Cross-domain synergy)を強固にしなければならない。“作戦領域間の相乗”とは、単に複数の軍種を複数のドメインに投入するといったものではなく、ドメイン間で相互に補完し更にはその相乗効果を発揮させる概念であり、それによって、作戦エリアでの優勢を確保し、任務達成のために必要な行動の自由が確保できるのである。“作戦領域間の相乗”の効果を発揮するには、上位の司令部レベルではなく、各作戦領域で行動する実施部隊のより緊密な連携が重要である。

Cross-domain synergyのイラスト(Joint Operational Acceess Concept, DoD, P.15.)

“作戦領域間の相乗”のために、以下に留意して作戦を立案しなければならない。

“作戦領域間の相乗”のための必要条件

  • 事後の作戦とより幅広い任務を考慮する。
  • アクセス作戦実施に先立ち、各省庁および関係各国と調整し周到に準備する。
  • 海外基地について、選択肢を検討し適切に選定する。
  • 展開と作戦を推し進め、先ず主導権を得る。
  • 1つあるいはそれ以上の領域で優位を確保し、敵の A2/AD能力を漸減する。
  • 敵の偵察・監視能力を封殺する。
  • A2/AD網を突破するための回廊あるいはポケットを確保する。
  • 戦略的に適したエリアから敵の中枢に向け行動する。
  • 敵A2/AD網を縦深的に攻撃する。
  • 敵からの索敵を避けるために欺瞞、秘匿、奇襲を用いる。
  • 敵の宇宙・サイバー能力を攻撃し、アメリカの宇宙・サイバー機能を防衛する。

必要となる能力

A2/AD下におけるアクセス作戦には、以下の 30項目の能力が必要である。

1.指揮・管制 (Command and Control)
JOA-001. 信頼性と相互運用性のある連携機能
JOA-002. 通信不良下における効果的な指揮・管制能力
JOA-003. 状況を把握できる共通のデーターベース
JOA-004. 領域間および作戦エリアにおける戦闘ユニット間の連接機能、宇宙・サイバーオペレーションの統合機能
JOA-005. 上位指揮官と現場指揮官の緊密な連携機能。領域間の連接機能

2.情報 (Intelligence)
JOA-006. 敵によるコンピューター攻撃の察知機能
JOA-007. 領域を横断する情報共有機能

3.攻撃 (Fires)
JOA-009. A2/ADに当たる敵の探知・位置局限・無力化のための能力
JOA-010. 領域を横断しての索敵能力
JOA-011. 電子戦と敵コンピューターへの攻撃能力
JOA-012. 作戦エリアへの敵兵力の展開を阻止する能力

4.行動能力 (Movement and Maneuver)
JOA-013. 多方向からの行動能力
JOA-014. 敵のデジタルネットワークに侵入するためのサイバー能力
JOA-015. 展開計画に必要な情報分析・評価機能
JOA-016. 強行的に進入する能力
JOA-017. 統合進出部隊の行動秘匿能力

5.防護 (Protection)
JOA-018. 敵の索敵を無力化する能力
JOA-019. ミサイル防御能力
JOA-020. 基地等施設の防御能力
JOA-021. 補給線の防衛能力
JOA-022. 友好国の宇宙利用機能の防衛能力
JOA-023. サイバー戦に対する防御能力

6.持久力 (Sustainment)
JOA-024. 展開、配備、機動・海上基地の設定に係る能力
JOA-025. 迅速かつ柔軟な商用施設等の利用に係る能力
JOA-026. 戦時における基地建設等の契約に係る能力

7.連絡通報 (Information)
JOA-027. 関係各部への情況等の通報能力

8.関与 (Engagement)
JOA-028. 地域におけるパートナーシップの開発および安定化のための能力
JOA-029. 基地、航行及び上空飛行の安全確保のためのパートナーとの調整機能
JOA-030. パートナーによるアクセスを支援する訓練、補給、器材提供等の機能

3.考 察

(1)『アメリカのグローバルなリーダーシップの維持: 21世紀における国防の優先事項』

新国防戦略は、アメリカの軍事活動の重心をアフガニスタンとイラクでの戦争からアジア太平洋の安全保障にシフトすることを明確に示すものである。アメリカは、過去 10年に及ぶアルカイーダとその派生テロ組織を無力化すると共に、その根拠地の内政と治安を安定化するための戦いに、その軍事力を最大限に投入してきたと言えよう。それはまた、アメリカの経済に大きな負担を強いてきた。その間、中国がその軍事力をアメリカ海軍の行動に制約を与えるほどに増強し、一方、反アメリカを標榜するイランに核兵器開発の疑いが濃厚になるなど、アジアの安全保障環境が急激に不安定な状況を呈するようになった。未だ治安が改善されたとは言えない状況ながら、イラクとアフガニスタンから軍事力を撤収し、アジアの安全保障に重点を移すことは、かかる安全保障環境の不安定化を考えれば、アメリカの戦略として当然の選択と言えよう。

新国防戦略をペンタゴンで発表したオバマ大統領は、記者団に、「アメリカ軍は縮小されるが、情報、偵察、監視の能力、敵対者がアメリカ軍のアクセスの拒否を試みる環境下においても作戦し得る能力を高めることによって安全を保障する」と述べている 。ここには 2つの意味が含まれている。1つは、国防費削減の中でもアメリカはグローバルリーダーとしての軍事力を保持する意思の表明である。アメリカでは、総額にして 2兆 5,000億ドルの財政赤字削減を目指す法律が議会を通り、それに伴い、2022年までに国防費を 4,870億ドル削減するための戦略見直しが進められている。イラクとアフガニスタンから撤退したとしても、現在のほぼ 1年分に当たる予算をカットされるとなると、アメリカ軍の前方展開の量的縮小は免れない。新国防戦略は、同盟国や主要なパートナーの協力の必要性を随所に謳っている。アメリカは今後、軍の予算配分において情報能力向上に多くを振り分けると共に、日本、オーストラリア、インド、韓国との安全保障協力を更に深めていくことになるだろう。2つ目は、アクセス拒否の環境下におけるパワープロジェクション能力の確保を軍事上の最大の課題と捉えていることである。新国防戦略は中国とイランを脅威とする認識を明記している 。アメリカ軍によるアクセス作戦の対象は、南・東シナ海、ペルシャ湾・アラビア海に重点が置かれるであろう。

さて、新国防戦略が発表された当初、マスコミの多くが「(朝鮮半島と中東有事を想定した)二正面作戦を見直しアジア重視」と報道したため、アメリカ軍は一正面の大規模武力紛争に対処するだけの軍事力を整備していくとの論説が流れたこともあった。これに対して、アメリカ国防省は、 1月 6日に記者会見し、「 1つの戦争とは言っていない。すべての脅威に対処する。アメリカ軍は同時に 1つ以上の安全保障上の事態に対処する態勢を維持する」と説明している 。

(2)『アクセスのための統合作戦構想』

JOACは、アメリカ国防省が QDR2010で示した Joint AirSea Battle Conceptに基づく作戦計画を立案する上におけるマニュアル的な文書と位置づけることができる。JOACが言及しているように、冷戦が終って以降、アメリカ軍は、湾岸戦争やイラク戦争にみられるように、パワープロジェクションに先立って近海に海空部隊を自由に展開できた。戦史から見た場合、冷戦後の 20年余りの時期は、敵国の隣接海域に敵がいないという、極めて稀な戦略環境にあったと言うことができる。しかし今、中国の海空軍・ミサイルの能力は、アメリカ軍の近接を拒むことが可能なまでに増強・近代化されていると見ることができる。イランもまた、その軍事力は小さいながら、ミサイルや機雷など、洋上から近接するアメリカ軍を攻撃する兵器を保有している。

新国防戦略は、アメリカのアジアへの回帰への—そこには経済と安全保障の二面性があるのだが—軍のコミットメントを強く示している。軍のコミットメントとは、つまり、アジアにおける軍のプレゼンスとパワープロジェクション能力の維持に他ならない。そこにおいて、アジアにおける A2/ADへの対応がアメリカの前方展開戦略の最大の課題となり、それが今、アメリカの作戦と兵器体系の大きな見直しを迫っているのである。 JOACはそのための指針となるものである。

中国のミサイルは横須賀、沖縄等のアメリカ軍基地を射程に入れている。これら在日アメリカ軍基地は、パワープロジェクションのためのアメリカ軍最大の前方展開基地である一方、A2/ADの側から見た場合、当然のこととして攻撃の対象でもあろう。中国は、武力紛争発生初期に在日アメリカ軍基地を攻撃するとの論評もある 。在日アメリカ軍基地を含め、アジアにおけるアメリカの前方展開基地は A2/ADへの対応を考慮して再編成されていくはずである。JOACは、アメリカの海外基地に対する関係国の意識の変化を、アクセスに影響を及ぼすものの 1つとして挙げている。日米安全保障条約体制の下、日本として JOACが求める必要条件に如何に応じていくかが問われることになる。

さて、JOACは、アメリカの海軍戦略を変化させる側面も持っている。冷戦の終結まで、アメリカ海軍の戦略は、アルフレッド・T・マハンのシーパワー論に合致したものであったと見ることができよう。アメリカ本土から敵対勢力の海岸線まで SLOC(Sea Lines of Communication)を伸ばし、グローバルシーパワーによって戦略的優位を確保した。冷戦の終結、そしてテロとの戦いは、海軍の役割を縮小させる面があった。その間、 A2/AD能力を構築する国が生まれた。新国防戦略は、同盟や主要なパートナーとの協力の必要性を強調し、JOACは、A2/ADに対抗するための Cross-domain Synergyを提唱する。これはむしろ、ジュリアン・コルベットの戦略論に合致する。コルベットは、マハンの唱える常続的なシーコントロールと敵主力の無力化ではなく、特定の紛争海域で優位を築くことを提唱した。アメリカ海軍大学のジェームス・ホルムス准教授は、アメリカ海軍には常続的で広範囲なシーコントロールの必要がなくなり、地域におけるパワープロジェクションが主任務となったとし、「JOACは、アメリカ海軍を Mahanianから Corbettianに変えた」と述べている 。

(2012年1月26日配信【海洋安全保障情報特報】より)