米国のアジア・太平洋回帰

〜米豪軍事同盟の拡大・強化を巡る論調〜


翻訳 河村雅美,元海上自衛隊将補

Contents

バラク・オバマ米国大統領とジュリア・ギラード豪州首相は 11月 16日、アジア・太平洋地域での中国の影響力拡大をにらんだ米豪の戦略的連携の強化を打ち出した。両首脳は、会談後の共同記者会見で、米豪間の相互安全保障条約(ANZUS条約)に基づき、

(1)オーストラリア北部の要衝、ダーウィンのオーストラリア軍基地に米海兵隊の空陸任務部隊を 6カ月交代で配備し、2012年から 200〜250人を、将来的には 2016~17年までに配備規模を 2,500人とする、

(2)米空軍機がオーストラリア北部の基地を利用する回数と規模を拡大させる、を柱とする軍事協力の拡大で合意したことを明らかにした。更に、米海兵隊はオーストラリア軍との合同演習を通じて、有事の際の連携態勢を向上させる。東南アジアの近隣諸国の軍隊と共に、オーストラリア国内で対テロ、災害対応などの訓練も行う方針も示された。

オバマ大統領は翌 17日、オーストラリア連邦議会において演説し、「アジア太平洋地域における米国のプレゼンスと任務を最優先するよう、国家安全保障を担当するチームに指示した」と述べ、アジア太平洋地域の安全保障を最優先課題に位置付ける考えを明らかにした。同大統領はアジア太平洋地域で、安全保障、経済的繁栄、人権の尊重を重視する考えを表明すると共に「国際法と秩序の尊重」や「航行の自由」などの原則に言及し、中国を牽制した。その上で、米議会で国防予算削減の動きが強まっていることに触れ、「米国の国防費削減はアジア太平洋地域には影響しない」と明言した。

以下に、米海兵隊のオーストラリアへの配備とこれに対する中国の反応などに関する主な論調と、オバマ大統領のオーストラリア議会における演説を翻訳紹介する。

1.軍事協力拡大の概要

11月 16日「米豪両国、軍事協力の拡大に合意」 (VOA News, November 16, 2011)

米国とオーストラリアは、アジア太平洋地域の安全保障の強化を目的とした軍事協力を拡大すると発表した。米国は、 2,500人の米海兵隊員を北部のダーウィン基地にローテーション配備する。

記事要旨:米国とオーストラリアは、アジア太平洋地域の安全保障の強化を目的とした軍事協力を拡大すると発表した。米国は、 2,500人の米海兵隊員を北部のダーウィン基地にローテーション配備する。ホワイトハウスの発表によれば、戦力態勢構想 (The “force posture initiatives”) は、2012年半ばにまず 250人の米海兵隊員をダーウィン及び北部オーストラリアに展開させ、演習と訓練を実施する。この戦力は、 2,500人規模の空地任務部隊 (Marine Air Ground Task Force).に拡張される。更に、この構想には、ホワイトハウスの発表が「大幅な増強」とする、オーストラリア北部における米軍機のローテーション配備と、装備品及び補給物品の事前集積も含まれ、両国空軍がより緊密に協力できるようになる。

この両国の構想はアジア太平洋地域において台頭する中国への対応をどの程度意図したものかとの記者会見での質問に対して、オバマ大統領は、以下のように答えた。「中国は、その興隆と共に彼らの責任も増す。ルールに従うことが重要であり、過去数十年間の中国自身の特筆すべき発展を許容してきたのもこのルールがあってこそである。そして、それが全ての問題の核心である。」また両国首脳と米国当局者は、この構想の主な目的は、海賊対処や災害対処のような分野において、米国が北東アジアや東南アジア諸国と共に演習や訓練を行い、迅速な支援能力を向上させることであるとしている。オバマ大統領は、米国のこの地域全体へのメッセージは「我々はここに留まる」ということだと強調している。ホワイトハウスの当局者は、米国は北東アジアにおける安全保障能力と同盟関係を維持しつつ、東南アジアにけるそれらを強化していくと述べた。

記事参照:
US, Australia Announce Expanded Military Cooperation

11月 17日「太平洋における米軍事力の維持—その意図」 (CNN, November 17, 2011)

17日付の CNNは、オーストラリア訪問と議会での演説は、オバマ大統領が初めて、同盟国に対する安全保障上の保障を提供すると共に、この地域における影響力として中国に正面から対抗する政策目標を明確にしたものであった、としている。ローズ国家安全保障問題担当大統領副補佐官は、この政策は、この地域の国々の一部から生じた米国のプレゼンスの増加を求める声に応えるものであると語っている。

記事要旨:オバマ米大統領は、アジア太平洋地域に最も重要な影響を与える米国の軍事プレゼンスの増加とその役割の拡大を宣言したオーストラリア訪問後、17日にインドネシアを訪問した。オバマ大統領は、「この地域における永続的な利益は、この地域への我々の永続的なプレゼンスを求めている。米国は太平洋の大国であり、ここに留まる」とオーストラリア議会で語った。大統領は議会演説で、この軍事協力の拡大は、米国が連邦政府の赤字と債務を削減する必要性に直面しているとしても、最優先であることを明らかにし、「私は、アジア太平洋地域における米国のプレゼンスと使命を最優先するよう国家安全保障担当のチームに指示してきた。その結果、米国の防衛費の削減はしない。繰り返すが、アジア太平洋地域への支出を犠牲にはしない」と強調した。

オーストラリア訪問と議会での演説は、大統領として初めて、同盟国に対する安全保障上の保障を提供すると共に、この地域における影響力として中国に正面から対抗する政策目標を明確にしたものであった。ローズ国家安全保障問題担当大統領副補佐官は、この政策は、この地域の国々の一部から生じた米国のプレゼンスの増加を求める声に応えるものであるとし、「不測事態への対応を支援する米国の能力は、近年歓迎されてきたものであり、それは暴力的な過激主義に対抗するため我々がフィリッピンで行っていることであり、海賊対処としてこの地域で実施していることであり、インドネシアでの津波に対する対応である」と語っている。その上で、「言い換えれば、この地域の国々からの要求によるものであり、そして、このことは、我々の最も親密な同盟国の 1つと協調して行っているものである。従って、完璧なものとは思わないが、アジア太平洋地域における将来の課題を処理する上で重要なステップだと我々は確信している」と強調している。

米海兵隊の展開に加えて、米太平洋軍戦略計画・政策部長マイケル・ケルツ空軍少将は、 F-22戦闘機と C-17輸送機の飛行隊を含む、太平洋地域で最も精緻な戦力もオーストラリアに配備されることになる、と語った。 F-22は、空対空戦闘能力だけでなく、サイバー戦と電子戦のための最先端技術を有し、旧式な F-15を代替する最先端戦闘機である。

米国当局者がこの構想の理由として、地域の自然災害に対応する必要性を引用しながらも、中国の軍事力拡大への懸念がそのドライビング・フォースであることは広く知られているところである。前出のローズは、「我々が何を以て判断するかと言えば、如何にして我々の一般的な戦力態勢が米国の国益を護り、同盟国を護るに足るか、そして地域の安全を広い範囲で確保できるかどうかにある。そして、中国は、明らかにアジア太平洋地域における新興大国の 1つである。米国が発信する、我々はこの地域に留まるというシグナルは、1つには我々がこの地域の安全保障を補強する役割を果たし続けるつもりであるということであり、また1つには台頭する中国を視野に入れたものである」と指摘している。

中国では、オーストラリアにおける米国の軍事プレゼンス増加の妥当性に関して外交部報道官が疑問を呈した。専門家は、この構想は、中国の海岸沿い近くに基地を構築するより、対立姿勢の少ない方法で中国にメッセージを送るものである、と指摘している。米シンクタンク、The Center for a New American Security (CNAS) のアジア太平洋安全保障プログラムの先任部長、パトリック・クローニンは、「中国は、それについてうるさく不平不満を言うことができるが、黄海に米空母を展開させる場合ほどではあるまい」と述べている。

記事参照:
Obama pledges U.S. military power in Pacific

Source: The Australian, November17, 2011

Source: VOA News, November 16, 2011

2.米海兵隊のダーウィン展開—オーストラリア専門家の見解

11月 17日「同盟の更新—アンドリュー・シアラー」 (The Wall Street Journal, November17, 2011)

オーストラリアのシンクタンク、Lowy Institute for International Policyのシアラー研究部長は、17日付の米紙、The Wall Street Journalに、” Renewing an Alliance ” と題する論説を寄稿している。筆者は、米豪軍事協力の強化を歓迎するとして、 (1) オーストラリアは、地域の平和を維持するために、いまだ超大国である国と協力していくべきである、 (2) オバマ大統領の今回のアジア歴訪は、経済的苦境と国防予算の削減計画にもかかわらず、米国が、次第に高圧的になってきた中国と向き合っている友好国や同盟国を見捨てないことを、これら諸国に再保証するワシントンの広範な努力の一環である、と論じている。

記事要旨:オーストラリアのシンクタンク、Lowy Institute for International Policyのアンドリュー・シアラー (Andrew Shearer)研究部長は、17日付の米紙、The Wall Street Journalに、” Renewing an Alliance “と題する論説を寄稿し、米豪軍事協力の強化を歓迎するとして、要旨以下のように述べている。

(1)ダーウィンへの米海兵隊の配備は、オーストラリアの戦略的将来に関する論議に火を付けた。即ち、経済的繁栄の多くを中国に依存する国が、米国の強固な同盟国であり続けることができるか、ということである。一部の学者や実業界には「ノー」とする意見もあるが、貿易は互恵的なものである。オーストラリアが嘆願者のような立場になければならないわけではない。批判的な見方はオーストラリアの主流ではなく、また Lowy Instituteの調査では、オーストラリア人の 55%が米軍基地を支持している。今日、米豪協力を強化することは非常に意味がある。オーストラリア軍は、世界で最も強力な軍隊と緊密に訓練や共同作戦を行なう貴重な機会を得ることができる。

(2)米国によるプレゼンスの増大は、潜在的な侵略者に対する抑止力として、より不安定な地域安全保障環境にあって、オーストラリアにとって好ましい戦略的保証になるであろう。米軍はまた、東南アジアやインド洋における自然災害などの有事に際し迅速な対応ができ、東南アジアの軍事パートナーともより深い関係を持つことができよう。更に、米軍は、領有権問題や資源を巡る争いで次第に混乱しつつある南シナ海の情勢沈静化にも役立つであろう。重要なことは、米軍が、グアムなどの、増強される中国のミサイル戦力の覆域内にある米軍基地に駐留しているよりも、オーストラリアにいる方が安全であることである。ダーウィンへの展開は、米軍の前方展開を受け入れている日本や韓国の主要基地に代わるものではない。しかし、オーストラリアは、インド洋(ペルシャ湾も含む)への、そしてインド洋と西太平洋を結ぶ極めて重要なシーレーンへのアクセスを可能にする、政治的に安定し、頼りがいのある出撃拠点を提供していることは確かである。

(3)オーストラリアは長い間、アジアにおける米国の同盟ネットワークの忠実な「南のアンカー」であった。オーストラリアは、第 1次大戦以来の全ての主要な戦争を米国と共に戦ってきた。両国は既に、重要な合同情報施設を運用し、また合同訓練も実施している。数十年にわたって、豪米関係は、着実に緊密さを増してきた。オーストラリアは、地域の平和を維持するために、いまだ超大国である国と協力していくべきである。米国は決してアジアを置き去りにしたことはない。オバマ大統領の今回のアジア歴訪は、経済的苦境と国防予算の削減計画にもかかわらず、米国が、次第に高圧的になってきた中国と向き合っている友好国や同盟国を見捨てないことを、これら諸国に再保証するワシントンの広範な努力の一環である。

(4)ホノルルにおける APEC首脳会談の TPPに関する協議において、米国が遅ればせながらリーダーシップを発揮したのは、この戦略における重点の 1つである。クリントン国務長官が 2010年から成功裡に進めてきている、東南アジア諸国とより強力な外交関係の構築と、東南アジア地域における好ましい軍事バランスを維持することは、もう 1つの主要素である。今や、インドネシア、フィリピンそしてベトナムまでも、米国との安全保障関係の強化を図りつつある。これら諸国は公言しないかもしれないが、オーストラリアの隣国は米海兵隊の展開を暗黙に歓迎するであろう。中国政府は不満を漏らすかもしれないが、非難されるべきは中国自身である。中国はここ数年、その増大する力を振り回すことで、多くの東アジア諸国を脅かしてきた。中国の振る舞いは、米国の友好国や同盟国を一層ワシントンの懐に飛び込ませ、多くの国々にとって中国が主要貿易相手国となっているにもかかわらず、思いも寄らない新たな安全保障協力関係を生み出している。米豪関係が今後どうなるかは、米国のアジア「重視」が今後も続くか、それとも一過性のものであるかどうかにかかっている。この地域の米国の友好国や同盟国、そして台頭しつつある競争国は、米国の国防予算の削減がアジアの安全保障を損なわないかどうかを注意深く見守っているであろう。

記事参照:
Renewing an Alliance

11月 18日「北部オーストラリアの米海兵隊の展開:戦略的利点と社会的対価—サム・ベイトマン」 (RSIS Commentaries, No. 171, November 18, 2011)

シンガポールの The S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS), Nanyang Technological Universityの海洋安全保障プログラム・アドバイザー、サム・ベイトマン (Sam Bateman) オーストラリア海軍退役准将は、11月 18日付けの RSIS Commentariesに、” US Marines in Northern Australia: Strategic Benefits with Social Costs ” と題する論説を寄稿している。ベイトマンは、米国とオーストラリアにとって、北部オーストラリアに米国の海兵隊をおくことは戦略的メリットがある。その一方で、両国によって慎重な対応を要する深刻な社会問題も発生する可能性がある、と指摘している。

記事要旨:シンガポールの The S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS), Nanyang Technological Universityの海洋安全保障プログラム・アドバイザー、サム・ベイトマン (Sam Bateman) オーストラリア海軍退役准将は、11月 18日付けの RSIS Commentariesに、” US Marines in Northern Australia: Strategic Benefits with Social Costs ” と題する論説を寄稿している。ベイトマンは、米国とオーストラリアにとって、北部オーストラリアに米海兵隊を展開させることには戦略的メリットがあるが、その一方で、両国によって慎重な対応を要する深刻な社会問題も発生する可能性があるとして、要旨以下のように述べている。

(1)米海兵隊は、北部オーストラリア、ダーウィン郊外の大規模なロバートソン陸軍駐屯地を使用することになるという。この駐屯地は、冷戦の終結に伴うオーストラリアの戦略環境の変化に対応して、1990年代に建設された。これに伴って、陸軍部隊の大部分がオーストラリア南東部の既存の基地から北部へ移転した。米豪両首脳は、ロバートソン駐屯地への米軍の展開を表現するのに慎重に言葉を選んでいる。「基地化」(basing) の代わりに「配備」(positioning) とか、あるいは「ローテーション」 (rotations) といった表現が使われた。これは、オーストラリアにおける米国の軍事プレゼンスの拡大に対する、緑の党やオ労働党左派からの予想される強い反対に配慮したものである。

(2)戦略的メリット
a.一方で、その他のオーストラリア人は、米海兵隊のダーウィン展開に対して、それに伴って生じるかもしれない重大な社会問題を上回る、戦略的、経済的メリットがあるのかどうかを問題とするであろう。ダーウィンは、他のオーストラリアのどの都市よりも犯罪、麻薬あるいはアルコール乱用率の高い、治安の悪い場所である。原住民の人口が多く、また女性より男性が多い。性的暴力事案が犯罪統計に顕著に現われている。休息と娯楽を求める数百人の米海兵隊員にとって、こうした環境が救いになるとは思えない。沖縄における米軍の経験が不快な事件を回避できるという楽観論には、余り根拠がない。

b.米豪間の戦略的同盟は、西太平洋及びインド洋における米国のどの同盟より最も長く続いている同盟である。オーストラリアにおける米軍のプレゼンスの拡大は、この同盟がこれまでと同様に強固であることの実質的証である。このことが両国にとっての戦略的メリットである。中国はこのオーストラリアにおける米軍のプレゼンスに懸念を示しているが、米豪両国は、こうした懸念には対処可能であると確信している。

c.米国にとって、ここでの軍事プレゼンスは、インド洋と南西アジアへの戦略的足がかりとなる。それは、米国がこれらの地域に対して長期的にわたって戦略的なコミットメントを続けるということの表明でもある。ダーウィンの米海兵隊は、西太平洋の他の地域では利用できない訓練施設が使用できる。第 1旅団、アブラム戦車装備の第 1装甲連隊及びタイガー武装偵察ヘリ装備の第 1航空連隊を含む、オーストラリア陸軍の主要な即応戦闘部隊は、ロバートソン駐屯地に駐留している。ダーウィン郊外の大規模な訓練エリアは、米豪地上部隊が参加する合同演習に格好な機会を提供する。

d.オーストラリアは、インド洋と東アジアの両地域における安定に対するキャンベラの懸念が高まった場合に、拡大された米国の軍事的プレゼンスから戦略的利益を得ることになろう。米豪両国の緊密に連携した軍事態勢は、西太平洋と共にインド洋においても米国の軍事プレゼンスを補強することになろう。米国のオーストラリアにおける軍事プレゼンスの拡大、特に大陸西部におけるプレゼンスの拡大は、西岸沿いとインド洋におけるオーストラリアの軍事プレゼンスを強化するという、キャンベラの計画と軌を一にしたものである。

(3)社会的問題
a.ダーウィンは南国の楽園ではなく、米海兵隊員が非番の時間を楽しく過ごすのは容易ではない。年間の大部分を占める乾季には、ダーウィンは暑く埃が多いところで、年の残りの雨季は大雨と、度々の集中豪雨、そして時には激しいサイクロンを伴う。 1974年のクリスマス・イブに、ダーウィンは、サイクロン・トレーシーに見舞われ、 71人が亡くなり、街の建物の 70%以上が破壊された。

b.乾季から雨季への季節の変わり目である 10~11月を、“silly season”(分別がなくなる季節)と呼んでおり、この時期、湿度は苛酷なまで高まり、人々の振る舞いは不安定になり、そして自殺率が高まる。丁度生活の苛酷さが頂点に達するのに加えて、豪州北部のこの地域は、地元の河川水系や水たまりに鰐が潜んでいることでも知られる。

c.米海兵隊員にとって余暇活動は困難であろう。ダーウィンには、海兵隊員がアジアやハワイの基地の近くで慣れ親しんできたような「輝くネオン」はない。あるのは、深酒と、ダーウィンにおける風土的な麻薬による過激な乱痴気騒ぎの風習である。男性ホルモン・テストロン駆動型の男性はここでは年中多くの問題に巻き込まれ、豪州陸軍は、ロバートソン駐屯地の兵士による深刻なモラル上の、あるいは社会的問題を経験してきた。

(4)問題への対応
a.米豪両国の軍当局にとって、両国の大部隊がブリスベンに駐留していた 1942年の 11月に起きた、「ブリスベンの騒乱事件」をダーウィンで繰り返さないことが課題であろう。この事件は、米兵が享受していたサービス、特に PXを通じ安い酒、煙草及び高級品が入手できたことに対する、豪州兵の羨望が、市内各所での深刻な騒乱を招いたのである。この事件で兵士が 1人死亡し、発砲によるものを含め、多く兵士が負傷した。

b.両国軍の兵士に概ね同等の居住環境を保証することが、基本となろう。定期的な合同演習、スポーツ競技、あるいはカカドゥ国立公園のような多くの素晴らしい観光スポットへの米軍兵士の遠出などが、両国の兵士達が基地にいる間も、休暇で共にダーウィン及びその周辺にいる場合にも、より好ましい社会環境を作り出すのに役立つであろう。両国の軍隊間の強い繋がりにもかかわらず、米海兵隊は、世界中のどこの基地でもそうであったように、ダーウィンでも良き大使であることが要求されることになろう。

記事参照:
US Marines in Northern Australia: Strategic Benefits with Social Costs

3.オーストラリアの思惑

11月 17日「米海兵隊の展開—オーストラリアの思惑」(The Sydney Morning Herald, November 17, 2011)

17日付の豪紙、The Sydney Morning Heraldは、米海兵隊の展開を受け入れた労働党の本意について、長期的視点から不確実な地域における保険政策としての米豪同盟への臣従である、と論じている。

記事要旨:誰しもが自分の家が焼け落ちるのを心配し、消防車に頼るより保険を掛ける。これが即ち労働党がより多くの米軍の駐留を招致することによって成そうとしていることの本質であり、長期的視点から不確実な地域における保険政策としての米豪同盟への臣従である。招致 (”inviting”)という言い方は、多分に狡猾であり、政府は、ノーザン・テリトリーへの米国のプレゼンスを誰が(我々か?彼らが?)求めたのか、注意深く言及していないのである。労働党は、「基地」(”base”)という言葉尻を追及されたくないため、「場所」 (”places”) あるいは「ローテーション」 (”rotations”)を組み合わせて巧みな言い逃れをしている。事実は、まもなく 2,500人の米海兵隊員が年の内少なくとも 6カ月はオーストラリアに存在し、彼らの装備品の多くはここに恒久的に置かれることになるということである。国民はこれが意味するところを思慮深く判断できるはずである。それを基地と呼んでも全く無理はなく、政治的論争を避けんがための言葉の弄びは、政府の信用を失墜させるだけである。現実には、共同訓練により多くの米軍を受け入れることから、環境的への影響、更には攻撃目標としてのオーストラリアを浮かび上がらせることになろう。一方で、主たる効果は、象徴的なものであろう。問題は、この地域に対するシグナルというが、「地域」 (”region”) とは、中国と読み取れることである。中東における 10年間の関与の後、アジアに焦点をシフトした米国は、如何なる国をも目標とするものではないと言っている。しかしながら、恐らく、これは、このようなシフトの始まりであり、この一握りの部隊の展開だけで完結するものでもない。この証拠は、ノーザン・テリトリーにおける米軍の使用を申し出たのがオーストラリアのイニシアティブであったことから窺える。

記事参照:
Labor bases future on taking out stabilising insurance

備考: The Sydney Morning Herald紙は、系列の The Age紙と共に、リベラルな新聞とされている。

4.中国の反応

11月 17日「中国、米豪防衛関係の強化を強く警告」 (The Australian, November 17, 2011)

17日付の豪紙、The Australianは、米海兵隊の豪州展開に対する中国の反応を紹介している。例えば、人民日報は、米国がオーストラリアに展開する軍事力を中国の国益を脅かすために使用すれば、集中砲火を浴びることになるかもしれないと強く警告している。

記事要旨:中国は、オーストラリア政府による米国との防衛関係の強化を強く非難し、米国がオーストラリアに展開する軍事力を中国の国益を脅かすために使用すれば、集中砲火を浴びることになるかもしれない、と強く警告した。この強い口調の人民日報の論説は、経済的利益を中国に頼る一方、政治的かつ安全保障面で米国を利用しようとしているオーストラリアを戒め、「ギラード首相は、何かお忘れではなかろうか−中国との経済協力が何ら米国への脅威になるはずもないのに、豪米軍事同盟は中国に対抗するものだ」と論じている。

中国外交部も、この同盟強化は不適切であり、この地域の平和裏な発展を阻害するものと決め付けた。外交部報道官は、「軍事同盟の拡大と強化は甚だ不適切であり、この地域の国々の利益にならない。平和的な発展と協力は時代の趨勢であり、特に経済成長の鈍化した時代にあっては、これがこの地域の国々の外交政策の主流であると中国は確信する」と述べた。これらの中国の強硬な反応に関連し、インドネシアのナタレガワ外相は、北部オーストラリアへの米軍の兵力展開は、その目的が明らかにされない限り、この地域における緊張と不信の悪循環を生む危険性があることを警告した。

米軍は、オーストラリアにおける軍事プレゼンスを増加させる計画の下、米軍自身の訓練と共に、オーストラリア軍のカウンターパートとの共同訓練も行う。オーストラリアは、ジェット戦闘機及び B-52爆撃機を含む米軍機によるダーウィン基地の大々的な使用に合意しており、更にオーストラリア西側の海軍基地の米軍艦艇による使用促進も計画される見込みである。

記事参照:
China reproaches Australia over strengthened US defence ties

備考:The Australian紙は、保守系の新聞とされている。

5.オバマ米大統領のオーストラリア議会での演説

オバマ大統領は 17日、オーストラリア議会で演説した。以下は、米大統領府の HPから大統領演説をほぼ全訳したものである。

演説全文:Remarks By President Obama to the Australian Parliament

ギラード首相とアボット党首による温かい歓迎の意に感謝申し上げる。いにしえのこの「出会いの場」(キャンベラはアボリジニの言葉で Meeting Placeの意)において、オーストラリア議会で米国とオーストラリアという世界で最も古い民主主義国同士であり、友人でもある両国の絆を再確認できることを光栄に思う。そして 2011年は、両国の強固な同盟60周年記念の年に当たる。

私は今朝、戦争記念館を訪れ、戦争で犠牲となった人々に崇敬の気持ちを持った。本日後ほど、ダーウィンに駐屯する勇敢な両国の軍人を首相と共に慰問する。そこでも、第 1次世界大戦の塹壕からアフガニスタンの山岳まで、オーストラリア人と米国人が共に肩を並べて戦い、過去百年間、全ての主要な紛争において生死を共にしてきたことを思い起すことになろう。

この連帯は、困難の連続であったこの 10年間を通して我々を支えてきた。我々は、米国人だけでなくオーストラリア人を含む多くの国の人々の命を奪った9.11同時テロ攻撃を決して忘れない。米国国民は、オーストラリアが ANZUS条約を初めて発動させ、両国が共にあることを示したことを決して忘れない。そして誰もがアルカイダのテロ活動によって失われたオーストラリア人を含む罪のない犠牲者たちを決して忘れないだろう。これこそが、首相と野党党首(アボット)が示唆したように、我々がアフガニスタンにおける成功を確信した所以である。だからこそ私は、この重要な任務に対する NATO以外の最大の貢献者であるオーストラリアに敬意を表し、我々の安全のために力を尽くしてきたすべての人々、就中その命を捧げた 32人のオーストラリア人兵士を称えるのである。我々は、彼らの犠牲を無駄にしないためにも、アフガニスタンが 2度と我々の国民を攻撃するために利用されないよう努めなければならない。

我々は 2つのグローバルパートナーとして、世界中の人々の尊厳と安全のために貢献する用意がある。これこそは、今日我々が再確認し、我々の価値観に根差し、そして各世代に受け継がれてきた同盟の姿である。これこそは、我々が過去 3年間にわたり深化させてきたパートナーシップの姿である。そして今日、私は皆様の前で、米国とオーストラリア間の同盟はかつてないほど強固なものであると自信を持って言えるのである。過去がそうであったように、我々の将来においても、この同盟は引き続き必要不可欠である。従って、この機会に、私は親しい友人の皆様に、私がこの地域を訪問したより大きな目的、即ちアジア太平洋地域にまたがる安全、繁栄そして人間の尊厳を促進させるための我々の努力について、述べたいと思う。

米国にとって、この努力は広範囲な変革を意味する。この10年の2つの戦争を戦った後、米国は、アジア太平洋地域の大きな可能性に、その関心をシフトしつつある。今後数週間の内に、イラクから最後の米軍部隊が撤退し、我々の戦争が終わる。アフガニスタンでは、アフガニスタン人自身が自らの将来に責任を持てるように、また多国籍軍が撤退を開始できるように、我々は責任の移行を始めた。オーストラリアなどのパートナーと共に、ついに我々は、アルカイダに対して大きな打撃を与え、テロ組織を壊滅の途に追い込んだ。

間違いなく戦争は峠を越えた。そして米国は構築すべき将来を見据えている。ヨーロッパから南北米大陸にかけて、我々は、同盟とパートナーシップを強化してきた。国内では、長期的な経済力の源である、我々の子供たちの教育、労働者の職業訓練、通商を活性化させるインフラ、新たなブレーク・スルーにつながる科学と研究に投資してきた。我々は、赤字の削減と財政を正常化するための難しい決断を下し、これをさらに継続するつもりである。何故なら、我々の国内における経済力は、ここアジア太平洋地域を含め、世界における米国の指導力の基盤だからである。

我々のアジア太平洋地域への新たな注力は、米国がこれまでもそうであったように、これからも太平洋国家であるという基本的な事実を反映したものである。アジア系の移民達は米国の強化に貢献し、私を含め何百万もの米国人家族がこの地域との繋がりを大切にしている。

未来を見据えると、この地域は世界で最も急成長している地域であり、世界経済の半分以上を占めている。そしてこの地域は、私の最優先課題、即ち米国人のために仕事と機会を創出するという課題を達成するために重要な地域である。世界の核保有国の大半と人類の半数以上が所在するアジアは、21世紀が紛争の世紀となるか、あるいは協調の世紀となるかを大きく左右することになろう。

それ故、私は米国の大統領として、慎重かつ戦略的な決断をした。それは、米国は太平洋国家として、核心的諸原則を堅持し、同盟国や友好国との緊密なパートナーシップの下、この地域とその将来を形作るために、より大きなかつ長期的な役割を果たしていくというものである。この意味について言及してみよう。第 1に、我々は、平和と繁栄の基盤である安全を追求していくということである。我々は、全ての国々と全ての人々の権利と責任が守られる国際秩序を支持する。そこでは、国際法と規範が遵守され、通商と航行の自由が妨げられることなく、新興国が地域の安全保障に貢献し、そして意見の相違は平和裏に解決される。これが我々の求める未来である。

私は、これらの原則を堅持する米国のコミットメントに対して、疑問を呈する向きがこの地域にあることを承知している。そこで直接これに答えよう。米国は、財政問題を解決する工程の中で、経費削減の措置をとっている。たしかに我々はここ 10年間、軍事予算を大幅に増額させてきたが、イラクでの戦争を完全に終わらせると共に、アフガニスタンでの戦争も収束し始めており、これからは国防予算のある程度の削減が可能になる。米軍の将来像を考える中で、我々は、我々にとって最も重要な戦略的利益を確認し、防衛上の優先度と今後 10年間の国防予算を導くことになる、見直し作業を開始した。我々が直面してきた戦争が終焉を迎える中で、私は、国家安全保障チームに対して、アジア太平洋地域における我々のプレゼンスと任務を最優先課題とするよう指示した。米国が国防費を削減することによって、結果的に、アジア太平洋地域を犠牲にするということは断じてない。このことは、繰り返し申し上げておきたい。

私の指針は明快である。将来のための計画と予算を策定していく中で、我々は、この地域において強力な軍事的プレゼンスを維持するために必要な資源配分を行う。我々は、平和に対する脅威を抑止し、軍事力を投入するのに必要な強力な能力を維持する。我々は、オーストラリアのような同盟国に対して、条約上の義務を含めたコミットメントを維持する。そして 21世紀における所要に対応するため、我々の能力を絶えず強化していく。この地域において我々が永続的な利益を保つためには、この地域における我々の永続的なプレゼンスが必要となる。米国は太平洋国家であり、ここに留まるつもりである。

事実、我々は、アジア太平洋地域にまたがる米国の防衛態勢を既に近代化しつつある。それは、日本及び韓鮮半島における強力なプレゼンスを維持しながら、東南アジアへのプレゼンスを強化するという、より広範な米軍の配備態勢となろう。我々の態勢は、我々の部隊がより自由に運用できるような新たな能力を加えることで、さらに柔軟性を増すであろう。また、多くの訓練と演習の実施を通じて、同盟国やパートナーの能力構築を支援することで、我々の態勢は、一層持続可能なものとなる。

ここオーストラリアでも、我々の新たな態勢を確認できる。昨日、首相と共に発表した軍事協力の強化は、両国の軍隊をより緊密な関係とするであろう。我々は、太平洋からインド洋に存在する他の同盟国やパートナーと訓練する新たな機会を得ることになる。そして、それは、人道危機や災害救援を含む、あらゆる範囲の課題に対して、迅速に対応することを可能にする。

第 2次世界大戦以来、オーストラリア人たちは、この地を通過していった米国の軍人たちを温かく迎えてきた。私は米国国民に代わり、次に来る人たちを迎え入れてくださることに感謝の意を表したい。彼らは、我々の同盟が強固で、時代の試練に対応する準備ができていることを保証している。

我々が強化してきた同盟関係にも、米国の強化されたプレゼンスを確認できる。例えば、日本では、我々の同盟は依然として地域安全保障の礎石となっている。タイでは、災害救援に関して提携をしている。フィリピンでは、艦船の訪問と訓練の機会を増やしている。そして韓国では、韓国の安全保障のための我々のコミットメントは決して揺がない。実際、北朝鮮によるいかなる挑発行為に対しても、我々は、毅然と行動する決意を改めて表明する。北朝鮮による国家または非国家主体への核物質や機材の移転は、米国とその同盟国に対する重大な脅威と見なされ、我々は、そのような行動が引き起こすあらゆる結果の責任を全面的に北朝鮮に負わせるつもりである。

また東南アジア全域においても、米国のプレゼンスの強化を確認することができる。インドネシアとは海賊対処や暴力的な過激主義に対応するためのパートナーシップがあり、マレーシアとは拡散防止のために協力している。シンガポールに艦船を展開する予定であり、ベトナムやカンボジアとはさらなる緊密な協力関係がある。そして我々はインドが東方に目を向け、アジアにおける大国としてより大きな役割を果していることを歓迎する。

また同時に、我々は、既存の地域的機構に改めて関与していく。今週のバリでの会議は、私にとって ASEAN首脳との 3回目の会議であり、また私は東アジアサミットに初めて参加する米国大統領となる。そして、我々は共に、南シナ海での協力を含め、核拡散問題や海洋安全保障問題といった共通課題に取り組むことができると考えている。

その一方で米国は、中国との協力関係を構築するための努力も続けていく。オーストラリアや米国を含め、全ての国は、平和で豊かな中国の台頭に深い関心を持っている。だからこそ、米国はそれを歓迎する。我々は、韓鮮半島の緊張を緩和することから核拡散防止に至るまで、中国がパートナーになり得ると見なしてきた。そして、我々は、相互理解を促進し、誤算を避けるため、軍関係者間のより広範囲なコミュニケーションを含めた、北京との更なる協力の機会を模索している。我々は、国際的な規範を守ること、中国の人々の普遍的人権を尊重することの重要性について、北京に率直に訴え続けるが、同時に協力の機会も模索し続けるつもりである。

安全で平和なアジアは、米国が再び主導し、繁栄を共有する、2つ目の分野における基礎となるものである。歴史は、富と機会を生む最大の力が自由市場であることを教えてくれる。だからこそ我々は、開かれた透明性の高い経済を求める。我々は、自由で公正な貿易を求める。そして我々は、全ての国によって守られる明確な規則が存在する、開かれた国際的経済システムを求める。オーストラリアと米国では、こうした原則が十分理解されている。我々は地球上で最も開かれた経済を有する国である。両国間で画期的な貿易協定が結ばれてから 6年間、両国の貿易量は急増した。

経済的連携とは、1国が一方的に他国の資源を絞り取るというものではない、と我々は理解している。成長のための長期的戦略は、上から押し付けられるものではない。真の繁栄とは、技術革新を促進する繁栄、持続性のある繁栄であって、それは起業家精神や人々の才能といった最大の経済的資源を解放することで齎されるのである。

従って、米国は、アジア市場において積極的に競合しつつも、全ての国々に機会を与えるような経済的連携を構築しつつあるのである。韓国との歴史的な貿易協定という成果を踏まえ、我々は、垣根のない地域経済を形成するため、オーストラリアを始めその他の APEC諸国と協力している。そしてオーストラリアやその他のパートナーと共に、最大規模の貿易協定であり地域全体に可能性のあるモデルである、環太平洋パートナーシップ (TPP) を達成する途次にある。(以下、経済関係、人権等に関する部分省略)

全ての人々のための安全と繁栄そして人間的尊厳—我々がアジア太平洋地域に求めている未来である。それこそが、我々が同盟国や友好国と共に協力し、そして米国の国力のあらゆる要素を注いで追求する未来である。21世紀のアジア太平洋地域に、米国は全面的に関与していく。このことに疑い挟む余地はない。これが米国のリーダーシップの本質であり、我々のパートナーシップの本質でもある。そして、これこそが、全ての人々の安全と繁栄及び人間的尊厳を守るために、我々が共に努力し続けて行くべき任務である。

(2012年1月10日配信【海洋安全保障情報特報】より)

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