米中軍事衝突シナリオとアジアの同盟体制

〜2つの米シンクタンク報告書から〜


上野英詞

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米国のシンクタンク、ランド研究所は 2011年 10月、Conflict with China: Prospects, Consequences, and Strategies for Deterrence と題する報告書(以下、ランド報告書)を発表した。この報告書は、北朝鮮、中台関係、南シナ海、日中間の海洋問題を巡る衝突など、米中軍事衝突の蓋然性が高いシナリオを挙げ、米国が抑止行為や直接的な軍事能力を維持するための適切な努力を怠れば、中国の野心をコントロールできなくなるとしている。

一方、Project 2049 Instituteは 2011年 9月、Asian Alliances in the 21st Century と題する報告書(以下、 2049報告書)を公表した。この報告書は、中国の軍事的野心が米国のアジアの同盟国を脅かしており、米国の同盟国へのコミットメントの信頼性を揺るがせ、米国のグローバルな軍事的優位を維持する戦略を危うくしているとし、同盟体制の変更が必要と結論づけている。

本稿は、これら 2つの報告書を中心に、中国の台頭に対する米国と同盟国の対応の在り方を検討したものである。

1.米中軍事衝突シナリオ

ランド研究所の研究員による報告書は本文 11頁で、そこでは、①今後 20年間で、中国の GDPと国防予算が米国のそれらを凌駕し、米国にとって真の競争者 (a true peer competitor) となる、②しかしながら、中国の安全保障上の利益と軍事能力は引き続き、その直接的周辺地域 (its immediate periphery) に重点が置かれることになろう、との認識に立っている。そして、ランド報告書は、米中軍事衝突を抑止する米国の能力を検証するために、以下のような幾つかの軍事衝突シナリオを提示している。

(1)北朝鮮シナリオ

このシナリオは、経済的破綻、金正日死後の権力闘争、あるいは韓国との戦争による敗戦などを動因とする北朝鮮の崩壊である。こうしたシナリオでは、①北朝鮮の状況は混乱し、恐らく数百万人の人々が、食料と武力抗争からの安全を求めて国境に殺到する、②中央権力の崩壊は北朝鮮の大量破壊兵器 (WMD) やミサイル戦力の保全を危うくする、③中国は、こうした情勢に対応するために、瀋陽軍区の戦力を総動員し、国境の北朝鮮側で難民の流入を抑えるために鴨緑江を超えて大部隊を派遣するかもしれない。

一方、在韓米軍と米韓連合軍の喫緊の作戦課題は、北朝鮮内の弾道ミサイル発射サイトと WMDの確保に加えて、ソウルを脅かす北朝鮮軍の長射程砲の破壊も必要として、こうした任務には強襲侵攻能力を持つ特殊作戦部隊 (SOF) が有効と見ている。これに対して、中国は、米韓軍による北進を懸念し、北朝鮮内の混乱を抑えるとともに、米韓両国による北朝鮮全域の占領を阻止するために、恐らく自らも部隊を派遣するかもしれない、と予測している。そして、「偶発的にしろ、あるいはその他の要因によるにせよ、米中両軍部隊の衝突の可能性は高く、エスカレーションの危険性も大きい。米国は、北朝鮮崩壊の直接的な結果に対する介入と対処を求める圧力以上に、望ましい紛争終結、即ち、(韓国に有利な)統一か、あるいは(中国が強く望む)南北分断の継続か、という厄介な課題に直面せざるを得ない」と結論づけている。このシナリオは最も可能性の高いものと見られ、また大規模は米地上戦力が要求されるものである。

(2)台湾シナリオ

最終的な台湾の地位に関する両岸の基本的な意見の相違が解消されない限り、台湾海峡を巡る紛争の可能性は残ると見、以下のようなシナリオを想定している。

それによれば、台湾海峡を巡る紛争は、中国による台湾の港湾封鎖から、台湾の諸目標に対する多様な爆撃、そして全面的な侵攻まで、多様な形態となる。如何なる紛争形態にしろ、米国が直接介入するとすれば、米国の目標は、中国による台湾に対する威嚇あるいは占領の阻止、そして台湾の軍、経済及び社会に対する被害の局限ということになろう。従って、米軍の中核的な任務は、中国による航空・海上優勢の獲得阻止と北京の対地攻撃ミサイルによる被害の局限などとなろう。これらは、台湾に対する攻撃任務に関連する中国本土の目標に対する米国の攻撃の可能性を含む、積極・消極両面での防御と攻勢作戦を柔軟に組み合わせた軍事行動で達成できるが、こうした行動は更なるエスカレーションの危険を孕んでいる。実際、中国は、こうした米国の行動を想定し、この地域の米軍基地に対する先制攻撃をもって対応する可能性もある。

その上で、中国は短期的には、台湾自身の防衛力のみならず、米国の空軍基地と空母といった、陸海の戦力投影プラットフォームを脅かす能力を配備しつつあることから、「台湾の直接的な防衛は、既に困難になってきており、今後益々そうなって行くであろう」と見ている。

(3)サイバースペース・シナリオ

米中サイバー戦争は、武力紛争の一部またはその前兆となるか、あるいはサイバー戦争で始まり、そこに留まる可能性もあると見ている。この紛争では人命の損失はないとしても、また、武力紛争へのエスカレーションを回避し得たとしても、両国のネットワークに対するサイバー攻撃の応酬は両国に甚大な経済的損害をもたらすことになり、サイバー戦争では「勝者はいない」と指摘している。

(4)南シナ海シナリオ

南シナ海には多くのフラッシュ・ポイントがあるとして、ここでの紛争シナリオについて、要旨以下の諸点を指摘している。

①南シナ海のほぼ全域に対する中国の領有権主張は、他の領有権主張国との間に軋轢を生んでいる。海洋における抗争は、例えば、ベトナムと中国との海洋における対立が両国間の陸上戦闘にエスカレートしたように、より大規模な紛争に繋がる可能性がある。

②もし南シナ海であるいはその周辺である程度深刻な危機が生起すれば、米国の条約上の同盟国であるフィリピンの存在は、ワシントンの介入の可能性を高めるかもしれない。南シナ海は中国の EEZの一部であり、従って中国の管理に従うべきという最近の中国の主張は、航行の自由というグローバルな規範に抵触するものであり、東アジアにおける米国の国益への直接的な挑戦である。

③紛争の性格と烈度にもよるが、米国の目標は、南シナ海における航行の自由や海洋活動の自由を確保することに加えて、フィリピン防衛への支援やベトナムへの支援、更には東南アジアで地上戦争が生起した場合における、もう1つの条約上の同盟国、タイの保護に至るまで、多岐にわたる。こうした任務は米空海戦力によるが、地上戦では、特殊作戦部隊の出番となるかもしれない。

そして現状では、中国の南シナ海地域への戦力投影能力は限定的であるが、今後、中国が空母戦力や空中給油能力を整備すれば、この評価は変わる、と見ている。

(5)日本シナリオ

日中間の衝突理由は次の 2つである。即ち、①中国側が依然、 1945年までの日本の行動に対する感情的しこりを残しており、それが中国にとって無神経で侮辱的と映る日本の言動によって時に噴出する、②尖閣諸島問題と東シナ海における EEZ問題が日中間の根強い軋轢の種となっている。従って、日中間では、東シナ海における偶発的な事故、あるいはそれによってエスカレートした双方の主張の応酬から、紛争が発生する可能性がある、と見ている。

「日中武力衝突における米国の目標は、日本の防衛を支援すると同時に、中国の『台頭』にもかかわらず、米国が依然としてアジアにおける信頼できる安全保障パートナーであることを示すことである。」日本の防衛支援に当たっては、日本とその防衛力に対する被害を局限し、航空及び海上における優勢の回復を支援することが必要で、そのため、エスカレーションの危険を承知の上で、日米両国は中国本土の目標への攻撃を考慮しなければならないかもしれない、と指摘している。そして、米国が西太平洋地域から撤退しなければ、あるいは日本がその防衛力を大幅に削減しなければ、日本の直接防衛は、今後 20年から 30年の間、中国の戦力投影能力が強化されるにつれて次第に困難になるとしても、信頼できるものであり続けよう、と見ている。

(6)インド・シナリオ

中印間の衝突の原因として、国境紛争問題あるいはミャンマーのような近隣国家への対応を巡る問題が挙げられている。そして、両国間の紛争は、両国が世界最大の人口を抱えることに加えて、両国ともに核保有国であることから、エスカレーションに伴う危険は大きい、と見ている。中印衝突のシナリオにおいて、米国は恐らく紛争自体には関わらないが、「米国の戦略的目標は、中国の勝利を阻止し、(通常あるいは核弾頭弾道ミサイルの使用による)垂直エスカレーションと(パキスタンを巻き込むことによる)水平エスカレーションを回避することであろう。」

2.米国の対中抑止力—その現状と課題

ランド報告書は、「我々は如何なるケースにおいても米中軍事衝突が起こり得るとは見ていないが、この判断は、米国が今後 20年間を通じて、前記のような軍事衝突を惹起させかねない行為を抑止する能力を維持していくとの判断に基づいている」と述べている。では、中国の軍事力が増強される中で、米国の対中抑止力は万全か。

(1)ランド報告書によれば、米国は、中国軍の増強に応じて、また紛争戦域の環境に応じて、広範で多様な最新の軍事能力を必要としているが、全般的に見て、現状では、米軍による直接防衛は、程度の差はあるが、南シナ海(高)から北朝鮮(中)、台湾(中−低)まで、可能と見られる。しかしながら、中国のアクセス拒否能力が強化され、その適用範囲が太平洋、北東アジアそして東南アジアに拡大されるにつれ、更に中国のサイバー攻撃能力と衛星攻撃 (ASAT)能力が強化されるにつれ、中国の軍事力増強と展開の最優先目標として、米国の前方展開部隊は次第に脆弱になる、と判断している。ランド報告書はまた、サイバー攻撃能力と ASAT能力を、米中軍事衝突における鍵として重視しており、「この新しいドメインにおける戦闘が、決定的ではないにしろ、米中軍事衝突の帰趨を大きく左右するであろう」と指摘している。

(2)前方展開部隊の脆弱化に米国はどう対応すべきか。ランド報告書は、米国は次第に、より遠隔の、そして非脆弱な能力に頼るようになるとし、そのためには攻撃射程を延伸しなければならず、「西太平洋における米国の軍事作戦の重点は、地理的に限定された直接防衛から、よりエスカレートした対応に、そして最終的には、戦域によって時間的差異—まず、台湾、次に北東アジア、そしてある程度先になるが東南アジア—があるが、拒否的抑止から懲罰的抑止へ移行することになろう」と見ている。結局、「中国のアクセス拒否、地域拒否( A2/AD)能力が強化されるにつれ、米国は益々、(前方展開戦力によって攻撃を抑止する拒否的抑止から)エスカレーションの脅威を与える能力に依存(懲罰的抑止)するようになろう。」そして「このこと(懲罰的抑止への移行)によって、エスカレーションの脅威を中国に与えることによる抑止か、あるいは米中間の(大規模な)軍事衝突を惹起させかねない(事態を回避するために)、中国周辺における紛争に介入しないか、米国はいずれかの選択に追い込まれることになろう」と指摘している。(注:上記文中の括弧書きは引用者の説明注)

要するに、相手の攻撃を拒否できるだけの前方展開戦力による直接防衛力の誇示によって紛争生起を抑止する拒否的抑止力は、中国の A2/AD能力の強化によって、次第に脆弱化してきている。そのために、米国は、地理的に限定された直接防衛を超えて、中国本土への懲罰的攻撃の脅威、即ち戦域を拡大する水平的エスカレーション、あるいは通常戦力から核兵器の使用に至る垂直的エスカレーションの脅威を与える、懲罰的抑止に頼らざるを得ないようになるであろうというのである。

エスカレーションの選択肢として、ランド報告書は以下の 3つを挙げている。まず核兵器の使用であるが、中国も米国のミサイル防衛網を突破できる、米国の第 1撃から生き残り可能な第 2撃能力を整備して行くにつれ、核のエスカレーションの脅威による抑止の信頼性は低下していくと見ている。2つ目の選択肢として、中国の人工衛星とコンピューター・ネットワークに対する攻撃を挙げているが、ASAT(対衛星攻撃)もサイバー戦争も、双方共に被害を免れないとしている。そして最も有効な—即ち信頼でき、副次的被害が少なく、しかも一方的な戦果が期待できる選択肢として、中国の本土や戦域内の戦争遂行戦力や支援施設に対する、通常弾頭の精密誘導兵器による攻撃を挙げている。このような攻撃は、生き残り可能な、そして中国の中距離ミサイルの覆域外からのプラットフォームから遂行できるとしている。

米国は現在、こうした戦闘能力、特に長距離攻撃システム、攻撃型原潜及び強固な戦闘ネットワークといった、中国が作為しつつある高脅威環境の中でも有効に機能できる米軍の能力、いわゆるエア・シー戦闘 (Air-Sea Battle) 構想の具体化を推進している。 Air-Sea Battle構想の提唱者とされる、米シンクタンク、 The Center for Strategic and Budgetary Assessments のクレピネビッチ (Andrew F. Krepinevich) 所長は、Air-Sea Battle構想の狙いが、米国と同盟国が信頼できる能力を維持することで、侵略や威嚇によって戦略目標を達成しようとする北京の狙いを阻止することにある、と指摘している 。

下表は、直接防衛戦力とエスカレーションの脅威による対応における所要戦力を示したものである。

Source: RAND Report, p.8.

しかしながら、ランド報告書も指摘するように、米国の前方展開戦力の能力低下が垂直的、水平的エスカレーションの脅威によって当面相殺できるとしても、中国も現に同じ選択肢を持っているか、いずれ将来的に同じ選択肢を持つようになるわけで、従って、将来的には懲罰的抑止に基づく戦略は、特定地域における米国の国益から見て、そこにおけるエスカレーションの脅威を正当化し得ない可能性がある。その場合は、米国は、中国周辺における紛争に介入しない選択をせざるを得なくなろう。

(3)従って、軍事的抑止力を、諫止 (dissuasion)、抵抗 (resistance)、及び説得 (persuasion) といった、他の形で補完する必要があるとして、経済相互確証破壊 (Mutual Assured Economic Destruction: MAED)、外交への依存、パートナー諸国の能力構築、そして米中関係の変化を挙げ、要旨以下のように述べている。

① MEAD:核の投げ合いに至らない、米中軍事衝突の最大の被害は経済分野であろう。米中間の経済的相互依存は、MAEDといった形で、強力な抑止力になり得る。MEADは、核の相互確証破壊 (Mutual Assured Destruction: MAD) とは、その作用が若干異なる。MEADは、少なくとも理論的には、軍事衝突のエスカレーションを核の投げ合いに至らない段階に局限できる。しかし、経済的損害を局限することはできない。一方で、 MADと同じように、弱者の側でも、抑止効果が期待できる。米国の方が強者だが、勝者でも経済的損害が大きいので、抑止効果が期待できる。

②外交への依存:中国が関与する地域紛争に対する米国の軍事的選択肢が益々狭められる状況下では、米国の死活的利益に関わらない紛争に対する介入への反対圧力が強まる可能性がある。中国が大規模な侵略行動を起こさない限り、米国は、中国の利益に配慮することで紛争を回避することにメリットを見出せば、外交努力に依存するようになるかもしれない。

③パートナー諸国の能力構築:米国はこの地域に、中国に対抗する意欲を持った、日本、韓国、オーストラリアといった強力な同盟国を持っており、こうした現状を維持していけるかどうかは、米国が域内各国を、中国に対して政治的、軍事的に「対抗する」 (stand up) よう慫慂していけるかどうかにかかっている。特にその場合、米国が東アジアで対中同盟を形成しようと受け止められることは、避けなければならない。従って、同時に、中国に対する関与政策を進めていく必要がある。

④米中関係の変化:米中間の競争をゼロサムゲームと見るべきではない。中国が真の競争者となれば、経済面のみならず、防衛面でも強力な潜在的パートナーとなり得る。現在、米国は唯一の超大国として、グローバルコモンズを護る上で、過大の負担を担っている。世界の他の多くの国と同様に、中国も米国のこの努力におけるフリーライダーである。米国は、中国に対して大国として国際平和と安全の責任を引き受けさせることに関心がある。このことは、強い立場から始める方が容易であり、安全であろう。

3.アジアにおける同盟体制の在り方—「ハブ・アンド・スポーク」から「相互支援」体制へ

以上のような米国の対中抑止力の現状と課題を踏まえて、アジアにおける同盟体制はどうあるべきか。ここでは、 2049報告書が有益な手掛かりを与えてくれる。 Project 2049 Instituteの研究者による、2049報告書は全 35頁で、大きく中国の台頭を、米国主導の国際秩序における最大の受益国から、それに対する最大の挑戦者となったと見、「アジアは、 21世紀における地政学的活動における策源地 (the epicenter of geopolitical activity in the 21st century) となり、深い経済的相互依存関係にある米中両国の安全保障を巡る抗争がこの地域の将来を形成するであろう」との認識に立っている。

(1)2049報告書は、米国の冷戦期からのアジアにおける「ハブ・アンド・スポーク」 (the “hub and spoke”) 体制は時代遅れになった、と指摘する。言うまでもなく、同盟体制再編を強いる最大の要因は、中国の台頭であり、その軍事力増強である。この同盟体制は基本的には、同盟国が「スポーク」として、「ハブ」である米国に基地と寄港地を提供することで、米軍の前方展開を支え、一方、米国は核の傘を含む防衛コミットメントを提供することで機能してきた。しかし、この体制では、米国の同盟国間同士の連携が欠けていた。

(2)2049報告書は、ワシントンは(中国の台頭という)新たな挑戦に対応するために同盟体制を再編するという、1世代に 1度とも言うべき希有な戦略的機会に直面しいている、という。では、どう再編するか。 2049報告書は、同盟ネットワーク化による相互支援体制を構築すべきとして、以下のように述べている。

①アジアには、欧州におけるような集団的防衛体制がなく、また域内各国間には相互不信も根強い。しかし、今や、中国に対応するためには、アジアの同盟国が協働することが必要である。アジアの同盟国は個々に自衛力を強化しているが、戦略的対話がなく、協調対処計画もない。まず、アジアにおける新たな同盟ネットワークにおけるブロックを構築するために、日韓両国が米国との間でトライラテラルな同盟体制を構築すべきである。英国とフランスが戦後数年でドイツを NATOに受け入れたように、韓国も日本をアジアの同盟体制に受け入れるべきで、韓国がそうした方向に動けば、他のアジア諸国も追随しよう。

②再編に向けての最も大きな障害は、中国の軍事力の射程が米国の前方展開戦力を益々脅かすようになってきていることから、米国が前方展開態勢を「オフショア」態勢に引き下げようとする誘惑に駆られることであろう。これ以上に、アジアの安全保障に影響を及ぼすものはない。もし米国が遠距離からの攻撃戦略に依存し過ぎるようになれば、中国の攻撃に対応する多様な選択肢を欠くことになろう。米国は、冷戦時代のように、現地に留まらなければならない。ワシントンの最大の利点は、強力な同盟国を持っていることである。今や、これら同盟国の総力を結集すべき秋である。

4.結語—対中軍事的ヘッジと関与

米誌、The Atlanticの記者でCNASのシニアフェローであるカプラン (Robert Kaplan) は、米誌、Foreign Affairs, May / June, 2010に、“The Geography of Chinese Power” と題する論文を発表している 。この中で、カプランは、地政学的視点から、中国の海洋進出の背景を論じ、その結論部分で、「米国は、北京との対立を回避しながら、どうすれば、アジアの安定を維持し、域内の同盟国を護るとともに、大中華圏の出現を抑制することができるか」と、問題提起した。

米国は、中国に対して、「ヘッジ」、「関与」という 2正面戦略を追求してきた。即ち、①一方で、米国は、中国に対する関与を追求してきた。関与戦略の狙いは、現在の国際秩序をこれまで以上に受け入れ、平和的手段を通じてその変革をもたらすことにより国際秩序に一層コミットする中国を実現するというものである。②他方で、米国は、東アジアにおける同盟網を強化することで中国に対する保険(ヘッジ)を追求してきた) 。中国に対する政策は、長期にわたってこの 2つの戦略を内包したものにならざるを得ないであろう。中国の軍事力の急速な増大に伴って、前記 2つの報告書に見るように、「ヘッジ」政策の在り方が喫緊の課題となってきているが、対中政策の展開に当たっては、この 2つの戦略のバランスがとれていなければならない。いずれか一方に傾いても、またいずれかが欠けても、対中政策を成功しないであろう。

しかしながら、この 2正面戦略には、それ自体にリスクとジレンマを内包している。この点について、2049報告書が指摘するように、米国は、対中関与政策が対中宥和政策と受け取られないようにしなければならない。そうなれば、対中バランスを維持する努力を損ないかねない。バランス維持努力を欠く関与政策では、域内の同盟国は、ワシントンの安全保障コミットメントに疑義を抱くことになりかねない。「要するに、ワシントンは、中国に対するバランスを維持するために中国に関与すると同時に、関与するためにバランスを維持していかなければならない」のである。

他方、アジア諸国にとっても、米中の抗争は、厄介な選択肢を突きられている。日本、インド、オーストラリア、韓国及びその他の多くの東南アジア諸国にとって、中国は今や、最大の貿易相手国である。一方で、 2049報告書が指摘するように、これら諸国は、北京主導のアジアを望んでおらず、米国との軍事関係を重視し、米国の安全保障コミットメントに期待している。アジア諸国にとっても、経済的利益と安全保障上の利益とのジレンマは今後も続くであろう。

また、前出のクレピネビッチが指摘しているように、対中軍事的ヘッジの構築に当たっては、同盟国は、これまで以上に大幅な貢献を求められよう。クレピネビッチは、「米国とこれらの同盟諸国が共に、中国の軍事力増強に対する軍事的ヘッジを構築することで、西太平洋の安定維持へのコミットメントを誇示することこそ、長期にわたる安全と繁栄を達成する道が周辺諸国との協力、共同にあることを、北京に得心させる最良の方法である」と主張するが 、同盟国にとっては、 2049報告書が求めるような、同盟のネットワーク化を伴った、あからさまな対中包囲網と受け止められるような体制構築に踏み込むことには逡巡があろう。

いずれにしても、カプランの問題提起に如何に対応していくか。米国にとっても、アジアの同盟国にとっても、避けて通れない困難な課題であろう。

(2012年2月13日配信【海洋安全保障情報特報】より)