セレベス、スールー海域における海上安全保障の現状とCWSの役割

〜ランド研究所:Non-Traditional Threats and Maritime Domain Awareness in the Tri-Border Area of Southeast Asia から〜


和田大樹,海洋政策研究財団特任研究員(執筆当時)

Contents

米国のランド研究所は 6月、Angel Rabasaと Peter Chalkの両研究員によって執筆された報告書、“Non-Traditional Threats and Maritime Domain Awareness in the Tri-Border Area of Southeast Asia -The Coast Watch System of the Philippines” を公表した(以下、報告書)。インドネシアやフィリピン、マレーシアに囲まれたスールー・セレベス海域一帯(この報告書では、“The Tri-Border Area: TBA”と呼ばれている、表紙地図参照)は、以前から商業貿易や船舶のシーレーンの要所として位置づけられてきたが、同時にそれは東南アジアの中でもテロリストや国際犯罪の温床ともなってきた。特にテロリストや犯罪集団にとって重要な麻薬や武器、必要な人員の取引のトランジット海域と化しており、米国は、沿岸国に対して、その一帯の海洋安全保障の改善を目的とした各種支援を提供してきた。米国の支援は、各国ごとのニーズに合った独自のアプローチで行われてきたが、その真の狙いはスールー・セレベス海沿岸国内における相互運用性や協力を促進し、それに基づいて米国との協力を進めるというものである。こうした米国の支援と協力の最も画期的な事例として、この報告書では、フィリピン海域の防衛のために作られた新組織、 The Coast Watch System(以下、CWS)が取り上げられている。

本稿では、スールー・セレベス海域一帯におけるテロや海賊などの安全保障環境の歴史と現状を分析し、CWSの役割、機能性、課題などについて考察したものである。なお本稿における議論は筆者個人の見解であり、筆者が所属する組織の見解ではないことを注記しておきたい。

1.The Tri-Border Area (TBA) の位置付け

この報告書において、「TBAは、セレベス、スールー海沿岸国の統治能力が十分に及ばず、テロリストや犯罪者の隠れ蓑となっている海域」と定義されている 。

そしてその特徴について、報告書では以下のような記述がなされている。まずミンダナオ島付近はクリスチャン政府と広範な自治を求めるモロ民族解放戦線 (以下、MNLF)、モロイスラム解放戦線(以下、 MILF)との対立や、そこから派生したイスラム過激派アブサヤフのテロ活動など民族的、宗教的イデオロギーに根差した紛争が長期的に継続しており、国家という枠組みで対処できる環境ではない。この TBA内には、例えば Bajausという民族が存在するが、彼らはマレーシア東部サバ州やフィリピン南部、インドネシアに跨って生活を営む民族である。Bajausはフィリピン南部発祥であり、50年以上前にサバ州やスラウェシ島、カリマンタン島などへ移住し、現在ではサバ州における多数派となっている。他にも Samalや Bugisといった民族もそれぞれフィリピン南部やスラウェシ島南西部を発祥地とし、マレー半島やサバ州などに多くが移住している。国境や国家管轄権の側面においても、セレベス海のアンバラット海域(シパダン島、リギタン島)を巡って沿岸諸国内で対立が発生しており、2002年に国際司法裁判所がそれらはマレーシアに帰属する旨の判決を出している。またセレベス海は船舶のシーレーンとしても、マカッサル海峡からセレベス海を通り東アジアへ出るルート、東南アジアからスールー海とセレベス海を通過し太平洋に出るルートなど非常に重要な価値を持っている。さらにこの海域の人口は、セレベス海周辺のミンダナオ、パラワン、スールー諸島の総人口は 2008年のデータより 1,435万人となっており、サバ州は 263万人で、セレベス海に接するインドネシアのゴロンタロ州、北スラウェシ州、東カリマンタン州の総人口は 458万人となっている。

2.スールー・セレベス海域の安全保障環境

この海域はテロ、海賊多発地域の 1つとされているが、この報告書では、特にイスラム系のテロ組織や反政府組織の歴史や動向を中心に論じられている 。現在ランド研究所においては、アルカイダを中心とするイスラム過激派の動向研究が非常に重視されており、この一帯はジェマーイスラミア(以下、JI)やアブサヤフ(以下、ASG)など、その研究において注目されるテロ組織の本拠地として分析が継続されている。

まず報告書ではミンダナオ周辺情勢に関する記述がなされており、要約すれば以下のようになる。14世紀にイスラム教がミンダナオへ伝わり、19世紀末までの間ミンダナオ周辺にはイスラム教国・スールー王国やマギンダナオ王国などが誕生し、1つのイスラム圏として栄えてきた。しかし 16世紀頃から始まったスペインの植民地支配への抵抗をきっかけに、米国やフィリピン政府に対する独立闘争が本格化し始めた。そしてフィリピン独立を機に、マニラの国家統一政策の実施やクリスチャンのミンダナオへの流入が活発化し、またミンダナオ発祥のムスリムであるモロ族への不公平な政策などが原因で、現在でもこのミンダナオ紛争は完全な解決への道筋が見えないでいる。そのような中、マニラのクリスチャン政府への抵抗とミンダナオの独立を掲げた MNLFや MILF、ASGなどの過激な組織が出現したとされている。

報告書の上記分析をもとに、近年のセレベス・スールー海周辺の安全保障環境を考えた場合、1996年にフィリピン政府と和平協定を結び、現在はイスラム教徒ミンダナオ自治政府 (ARMM) の政府として存続している MNLFを除き、MILFや ASG、JIなどがこの海域周辺の平和と安全保障にとっての脅威と化してきたと言えるだろう。特に ASGや JIなどは、MNLF以上に過激な傾向を持ち、反政府組織という以上にテロ組織として国際テロ研究的にも捉えられており、スールー諸島における拉致事件やインドネシア国内におけるテロ事件を多数発生させている。

さらに報告書では、JIについての詳細な記述がなされている 。それによれば、 JIは 1993年に Abdullah Sungkarと Abu Bakar Ba’asyirによって創設され、そのルーツは 1942年に誕生した急進的なイスラム組織、Darul Islamにあるとされている。 JIは、東南アジア全域とオーストラリアをカバー出来る 4つの地域別の支部から成り立っており、そのうちの 1つがサバやカリマンタン、スラウェシ、フィリピン南部などセレベス海周辺を拠点とし、 JIの中でも非常に重要な支部であると指摘されている。この支部は、セレベス海を通じテロなどに必要な物品の輸送や、JIとフィリピン南部のモロ系武装集団の協力関係を促進させる意味で非常に重要な任務を持っていたという。報告書のこの分析に対し、例えばテロ研究で有名な南洋工科大学 S.ラジャラトナム国際関係研究所・政治的暴力テロリズム研究国際センター (ICPVTR) 所長の Rohan Gunaratnaも、「ASGと JIの関連性はほぼ間違いないだろう」とする見解を発表している 。

そしてさらに報告書によれば、セレベス海周辺を担当する支部を持つ JIにとって、フィリピン南部とその一帯は、インドネシア政府の管轄権が及ばない聖域として戦略的に非常に重要な要所であり、アフガニスタンへ侵攻したソ連軍と戦うため、Abdullah Sungkarによってリクルートされたマレーシア国籍の Nasir Abasがその中心的な役割を担っていた。 Nasir Abasはソ連のアフガニスタン撤退後、MILF議長の Hashim Salamatを訓練するためミンダナオに送られた。そして JIは MILFのテロ攻撃や襲撃能力の向上において生命線的な役割を果たし、MILFも自らの本拠地である Camp Abubakar内に Wakalah Hudaibiyahという JIの軍事訓練施設を創設した。そこで軍事訓練を行っていたが、フィリピン軍の鎮圧により施設は破壊され、JIはマギンダナオ州にそれを移動したとされている。

その当時 MILFはマニラ政府との和平交渉が進む中でも JIのメンバーを匿っているという見方が強かったが、21世紀に入るとサバ州などセレベス海周辺で JIメンバーが逮捕される事例などが度々発生するようになり、以前と比べてこの周辺における JIの活動は弱体化しているとの見方が一般的だ。そして報告書でも、「近年この海域で JIのメンバーが逮捕される事例は報告されておらず、それは JIの衰退を表している」とする見解が示されている 。

9.11同時多発テロ事件をきっかけに、国際社会のテロ情勢は大きな転換期を迎えた。国際社会はアルカイダを中心とするイスラム過激派の動向にさらに注意を払うようになり、インドネシアでは 2002年 10月にバリ島で大規模な爆弾テロ事件(202人死亡、209人負傷)が発生した事を契機に、2003年 8月(ジャカルタの米国系ホテル)、2004年 9月(ジャカルタのオーストラリア大使館)、2005年 10月(バリ島の観光施設)、2008年 7月(ジャカルタの米国系ホテル)など、欧米人や欧米権益を標的とした JIによる国際テロ事件が立て続けに発生した。それにより欧米で進められる国際テロ研究においても、JIをグローバルなレベルでテロを行うアルカイダ系のテロ集団として分析されることが主流となり、現在その傾向に懐疑的な見解を示すテロ研究者はそう多くない。実際、報告書でも、「MILFも JIのそのような過激な思想や戦術を配慮してか、JIとさらに距離を置くようになった」と指摘されている 。

そのような中、セレベス海一帯で JIにとってのパートナーは MILFから分離した ASGとなり、報告書では ASGについての詳細も論じられている。JIの主要幹部である Dulmatinや Umar Patek、Zulkifli bin Hirなどが ASGから保護を受ける反面、彼等を中心に JIは過激化教育や即席爆発装置の製造、武器の提供などで ASGを支援していた。しかし現在では、米軍とフィリピン軍の掃討作戦により、JIや ASGの組織的弱体化は相当進んでいるという。 ASGは、ソ連のアフガン侵攻でジハードを経験した Abdurajak Janjalaniによって 1991年に設立され、ビンラディンの義理兄弟、Mohammed Jamal Khalifaからの資金援助を受け、現在はスールー諸島、特にバシラン島やホロ島を拠点としているとされる。

報告書でも述べられているが、創設者 Janjalaniは、ミンダナオのクリスチャン政府からの独立というローカルなビジョンを掲げると同時に、アルカイダが掲げる国際的なジハードに参戦するというグローバルなビジョンを強く持っていたため、ASGの活動はその両局面を反映したものとなっている。ASGが関与した国際テロ事件としては、1995年のボジンガ事件、クリントン元大統領とローマ法王ヨハネパウロ 2世暗殺未遂事件、マニラとバンコクにある米国大使館爆発テロなどがあるが、1998年に Janjalaniが殺害されて以降、その国際性は弱まっている。さらに、対テロ戦争の一環として開始されたフィリピン軍と米軍の掃討作戦により、ASGは大部分が組織的に衰えたとの見方が一般的だ。報告書によれば、現在 ASGは 100人程度で構成されているが、中央集権的な体系ではなく、各グループや個人が独立して麻薬密輸や違法伐採、海賊行為などの犯罪行為を行っているといわれている 。また報告書では、2006年から 2010年の間に TBAで発生した海賊事件についても言及されているが、その多くはセレベス海のカリマンタン島東沿岸で発生し、2010年には 19件が報告されている 。

Approximate Areas of Operations of the ASG and MILF

Source: The RAND report, p.11

3.CWSの実態

CWSは、2011年 9月 6日アキノ三世大統領が CWSを創設する大統領令 (EO 57)に署名したことにより設立された。CWSは海洋問題と海洋安全保障作戦に関する調整機能を持つ中核の省庁間機構で、大統領府官房長官を委員長として、国防省、外務省、財務省、内務・地方省、司法省、エネルギー省、環境・天然資源省などの各長官によって構成されている。本来 CWSは特にスールー海、セレベス海における海洋空間識別を改良することを見込まれていたが、現在ではフィリピン群島全域をカバーするまでに任務が拡大している。

前述のように CWSはフィリピン海域の海上安全保障維持のため設立されたものであり、フィリピン海軍や沿岸警備隊、警察、国家反テロタスクフォースなど多くの行政組織が参加する多省庁間ネットワークである。報告書によれば、その重要な目標は、「フィリピン海域を機能的に監視できるシステムを構築すること」であり、長期的には「マレーシアやインドネシアと関係を強化し、シンガポールにある The Information Fusion Centerのような地域的協力組織を設立することが期待される」とされている 。また機能面としては、「この海域の安全保障における必要な全ての情報を収集し、必要な情報を必要な機関へ瞬時に提供すること」が重要であり、それにより「新人民軍 (NAP) や ASG、MILF、海賊、犯罪取引集団の活動を抑えることが期待される」と指摘されている 。

CWSについて報告書で論じられている事を要約すれば以下のようになる。現在フィリピン国内において CWSは、ルソン島にある CWS Northをはじめ、西ミンダナオの CWS South、西パラワンの CWS West、ダバオの CWS Eastの4つの地域的なハブが重要な役割を果たしている。それらは、レーダーや自動情報システム (Automated Information System, AIS)、 UHF-bandラジオ、高性能な双眼鏡やカメラなどを装備し、海洋の安全保障の監視を担っている。しかしその中心的な役割を務めているのは、マニラにある、 The Maritime Research Information Center (MRIC)で、現在 18名の職員で運営されており、フィリピン海域におけるテロや海賊のリスク分析を独自に行い、必要な情報を提供している。現在 CWSは、フィリピン全土の 12カ所で作動しており、2か所が作動への最終段階、3か所で建設中であるが、最終的には計 20カ所になる予定である。

下図からも分かるように、CWSは以前からその大部分がフィリピン南部、特にホロ島やバシラン島などスールー海周辺に重点的に配備されてきた。これは米国が ASGを国土安全保障にとっての脅威と捉え、それに基づいた米フィリピン軍合同による ASG掃討作戦が実施されてきたことに依拠している。そして今後はミンダナオ島南部を中心に設置される予定である。この政治的背景については明確でないが、今日 TBAにおけるイスラム過激派の脅威は以前と比較して衰えている一方、領有権争いや当局の統治能力の欠如などいくつかの課題が残っており、さらにこの脅威がトランズナショナルな性質を内在していることからも、フィリピン政府が南部の監視を依然として重要視していることは考えられる。また今後南シナ海における中国とフィリピンの領有権争いの過熱化が予測されることより、フィリピンは CWSを同国の西部へ優先的に配置していくこともあり得るだろう。

米国は、国防省の支援の下に、ミンダナオ島南部やスールー諸島に設置された 4つの CWS(Pangutaran, Pilas, Pandami and Tongkil)に資金援助を行っている。これは上記のように、 ASGの根絶を目的とした米国のフィリピンにおける“不朽の自由作戦”の一環として行われているものであり、またフィリピン国内でも、大統領のイニシアティブの下多くの資金が投入されており、CWSへの期待は非常に高い。それらの資金援助もあり、 CWSは現在、小型砲艦や固定翼航空機を多く所有し、また夜間における活動の効率化のため発光システム搭載の航空機を米国から導入することも検討されている。さらに報告書によれば、現在フィリピン海軍からも海上最高速度 30ノットで 4人以上を搭載できる複合艇や、カヴィテ州やザンボアンガ州に展開されている後方支援艦をはじめ、40ノットで航行可能な多目的攻撃艦、英国から獲得したフリゲート艦やコルベット艦などの導入が検討されているという 。

このようにフィリピン国内や米国、オーストラリアなど外国からの豊富な支援が得られていることから、現在 CWSは、比較的費用が掛からない中で広範囲な海域を監視することが可能となっている。例えば報告書によると、「2010年 12月から 2011年 7月の間で 5万 5,368隻以上の航行船舶がモニターされ、うち外国船が 3万 4,000隻以上で、これは海軍や海上警備隊の展開能力では難しい」とされている 。

報告書によれば、「このような CWSの機能性は現在非常に評価され、海兵隊や海軍など他の部隊も CWSから強い刺激を受けている」とされ、省庁間の協力促進や外国からの支援も一層強化されることも考えられる。さらに TBAの海上安全保障における統一的システムのベースとして機能することも期待され、それがきっかけで各国間の信頼醸成が向上し、 TBAで係争が続く領土紛争や管轄権問題における紛争予防にも役立つことが期待されている 。

The Map of the Coast Watch System

Source: The RAND report, p.23.

しかしそのような期待の反面、CWSは課題も抱えている。報告書によれば、以下のような課題があるとされている。

第 1に、CWSの機能における独立性と構造上の問題である。 CWSは、国内外で一定の評価を受ける一方、現在 CWSの具体的な活動で使用される艦船などはフィリピン海軍所有のものである。CWSは、組織を跨る省庁間組織である以上、その多くを海軍だけに依存する現状は好ましくない。よって CWSの独立性という観点から海軍への依存が高まると、俊敏に対応できる利点がある反面、CWS自体の機能性を低下させてしまう事が懸念されている。そのような意味で、フィリピンや米国だけでなくマレーシアやインドネシアからの CWSへの一層の支援が必要である。また CWSが省庁間組織である以上、省庁間における意思や政策の違いによる影響を受けることとなるので、それは CWSの機能性の観点からは好ましくない。

第 2に、人材の不足である。現在 CWSの拠点の多くはミンダナオ島南部やスールー諸島周辺に設置されており、その活動は広範囲に及んでいる。MRICによれば、各スポットには最低でも 8人程度の人材が必要であるとされているが、実際には 2,3人のスタッフで運営されている。

第 3に、法的な拘束力が強いプロトコールの創出である。TBAを構成するフィリピン、マレーシア、インドネシアにおいては以前から、 Joint Maritime Patrol Agreementや Memorandum of Understanding for the mutual forward deployment of customs and immigration officials at designated border crossingsなどの海上安全保障に関する国際的な合意はなされてきたが、法的な拘束力がある決定的な条約は締結されていない。 TBA内での領土問題も完全に解決していない以上、同地域の安定のためには法的な枠組みの構築は重要である。

第 4に、CWSがその多くを依存するフィリピン海軍である。現在フィリピン海軍には、現状の軍事能力を維持し、または最新鋭の装備を導入するという点において大きな制約がある。そしてそれは海軍だけに言えることではなく、それはフィリピン空軍など防衛や安全保障関連分野において同じような現象が見られる。それは海軍に多くを依存する CWSにとってどうしても避けたい事態である。

最後に、各地域の住民とのネットワークである。 CWSの活動範囲はフィリピン全土に拡がっていることより、その機能性を維持する上で、地域コミュニティとの信頼醸成は非常に重要である。特に地域紛争が続くミンダナオ島周辺で活動する場合、機能性の向上のため地域住民から重要な情報を入手し、そこに硬いネットワーク網を張り巡らせておくことは、CWSの活動を俊敏に的確に行う上で非常に有益である。

4.考察

TBAは歴史的に、国境の壁を越えて多くの民族や伝統、文化が交わり、領土問題等もあり国家の管轄権が脆弱な地域である。またそれによりテロ集団や海賊、国際犯罪集団にとっての隠れ蓑と化してきた。しかし現在では、フィリピンやインドネシア当局のテロ対策などが功を奏してか、TBAにおける JIや ASGは組織的に弱体化し、その活動もかなり収まっている。そしてミンダナオ島の MILFは近年過激な思想と活動に走る ASGと距離を置き始めており、TBAにおけるグローバルジハードの脅威は相当弱いと考えられる。また現在 ASGはスールー諸島付近に置いて身代金目的の誘拐事件などの海賊的犯罪を時々行う程度であり、TBAに差し迫った脅威はない

一方、CWSは、フィリピン海域の安全保障の監視と維持を目的として設立され、マニラ政府や米国、オーストラリアの支援のもと活動し一定の評価を得ている。人材不足や独立性、海軍への装備品の一極依存など多くの課題に見舞われている CWSではあるが、 TBAにおける存在意義と機能性を向上させるためにも、同じ沿岸国であるインドネシアやマレーシアとの領土問題における歩み寄り、法的枠組み創設における協力は非常に重要だ。

同じ東南アジア海域内の問題であるマラッカ海賊や西沙・南沙諸島領有権などの問題と違い、TBAでは、イスラム過激派の動向に注目が集まりやすいが、この海域は船舶にとっても重要なシーレーンである。今日西沙、南沙諸島における中国の動きが非常に顕著であるが、TBAの安全保障環境も今日の国際テロ情勢やミンダナオ情勢の影響を受けることから、今後の動向次第では再び海上治安が悪化することも十分あり得る。よってそれを未然に防止する上でも、CWSのような枠組みは非常に有益であり、国際協力の下、それを機能的に発展させることは TBAの安定を考える上で戦略的に重要である。我が国の重要なシーレーンでもあるこの海域の海洋安全保障の強化は、我が国にとっても看過し得ない課題である。

(2012年8月3日配信【海洋安全保障情報特報】より)