2012年上半期の海賊行為と船舶に対する武装強盗事案

〜IMB・ReCAAP報告書から〜


上野英詞,海洋政策研究財団研究員

Contents

1.2012年上半期の海賊行為と船舶に対する武装強盗事案 〜IMB報告書に見る特徴〜

国際海事局 (IMB) は 7月 15日、2012年上半期(2012年 1月 1日〜6月 30日)に世界で起きた海賊行為と船舶に対する武装強盗事案に関する報告書を公表した。「海賊」 (Piracy) と船舶に対する「武装強盗」 (Armed Robbery) の定義については、 IMBは、「海賊」については国連海洋法条約( UNCLOS)第 101条「海賊行為の定義」に、「武装強盗」については、国際海事機関(IMO)が 2001年 11月に IMO総会で採択した、「海賊行為及び船舶に対する武装強盗犯罪の捜査のための実務コード」(Code of Practice for the Investigation of the Crimes of Piracy and Armed Robbery against Ships) の定義に、それぞれ準拠している。

以下は、IMB報告書から見た、2012年上半期の海賊行為と船舶に対する武装強盗事案の特徴を取り纏めたものである。なお、巻末に、海洋政策研究財団作成の最近 3年間のソマリアの海賊によるハイジャック事案を取り纏めた表を添付した。

1.発生(未遂を含む)件数と発生海域から見た特徴

通報された 2012年上半期の発生件数は 177件(2011年同期 266件)であった。その内、既遂が 100件(同 128件)で、その内訳はハイジャック事案が 20件(同 29件)で、乗り込み事案が 80件(同 99件)であった。未遂事案は 77件(同 138件)で、その内訳は発砲事案が 25件(同 76件)、乗り込み未遂事案が 52件(同 62件)であった。しかしながら、 IMBは、この他にかなりの未通報事案があると見ており、船主や船長などに通報を呼びかけている。

2012年上半期の発生件数 177件は、2011年同期の発生件数 266(通年 439件)に比し、大幅減となっている。これは、以下に見るように、ソマリアの海賊による襲撃件数の大幅減が主たる要因となっている。最近 6年間の各上半期の状況は、表 1に示すとおりである。発生海域から見れば、177件中、66% に当たる 118件が以下の 5カ所で発生している。多い順に見れば、表 2に示すように、ソマリア沖(インド洋を含む) 44件(2011年同期 125件)、インドネシア 32件(同 21件)、ナイジェリア 17件(同 6件)、アデン湾 13件(同 20件)、紅海 12件(同 18件)となっている。ここでは、ナイジェリアとインドネシアが大幅に増加している。

ソマリアの海賊による「アフリカの角」周辺海域のアデン湾、紅海及びソマリア沖(インド洋を含む)での発生件数は 69件で、2011年同期の 163件から大幅に減少していることが注目される。特に、ソマリア沖(インド洋を含む)での発生件数が 2011年同期の 125件から 44件に、ほぼ 3分の 1に減少している。報告書によれば、69件の襲撃事案の内、ハイジャック事案が 13件(アデン湾 4件、インド洋を含むソマリア沖 9件)、乗り込み事案が 1件(インド洋を含むソマリア沖)で、217人(2011年同期 361人)の乗組員が人質となり、1人(同 3人)が負傷し、2人(同 7人)が死亡した。6月末現在、依然 11隻が拘留され、174人の乗組員が人質になっている。更に、44人の乗組員が人質として陸上に拉致されている。

報告書によれば、ソマリアの海賊による襲撃事案の減少は、各国海軍の戦闘艦の展開、海賊対処マニュアル、BMP (The Best Management Practices)の効果的な活用、通航船舶の自衛措置、民間武装警備員の雇用 (Privately Contracted Armed Security Personnel: PCASP) 増大、更には、EU艦隊などによるソマリア海賊の陸上拠点への攻撃などの成果である。一方、報告書によれば、ソマリアの海賊による襲撃海域は、西は紅海南部から東は東経 76度まで、北は北緯 25度のオマーン湾から南は南緯 22度にまで及び、依然としてソマリアの海賊による活動範囲は広範な海域に及んでいる。これらの海域では、ソマリアの海賊は、ハイジャックした外航漁船やダウ船を「母船」を使用している。報告書は、インド洋とアラビア海は 6月から 9月初めにかけては南西モンスーン季節で、荒天によって海賊が利用する小型ボートの活動が難しくなることから、ソマリアの海賊による襲撃事案が減少する、と見ている。一方で、南西モンスーンの影響を受けない海域では、襲撃事案が続くと見ている。

他方、西アフリカのギニア湾では状況が悪化している。この海域での発生件数は、 2011年同期の 25件から、5件のハイジャック事案を含め 32件に増加している。特にナイジェリア沖では、6件から 17件に大幅増となり、3隻がハイジャックされ、61人が人質となった。また、乗り込み事案が 7件で、他に未遂事案が発砲 6件、乗り込み未遂が 1件であった。この海域での発生事案 32件中、少なくとも 20件で銃器が使用されており、1人が死亡し、また1人は負傷が原因で死亡している。

東南アジア海域についてみれば、表 1に見るように、インドネシアでの発生件数が 32件で、2011年同期の 21件から約 20%増となっているのが注目される。インドネシアでは、南シナ海のアナンバス諸島、ナトゥーナ諸島、マンカイ諸島、スビ諸島及びメランダン諸島、ジャカルタ・タンジュンプリオク、ドゥマイ(スマトラ)、タボネオ(南カリマンタンのマルタブラ沖錨泊地)周辺海域が多発海域となっている。しかし、ほとんどの事案がナイフや山刀などで武装した停泊中あるいは錨泊中の船舶への乗り込みで、低レベルの強盗事案である。表 2に見るように、他に東南アジアでは、マラッカ海峡と南シナ海でハイジャック事案が各 1件あった。

2.態様から見た特徴

表 2はアジア及びその他の多発海域における 2012年上半期の襲撃の態様を海域毎に示したものである。表 3は、未遂を含む全事案における襲撃された時の船舶の状況について、地域毎に示したものである。

これらによれば、ソマリアの海賊による襲撃事案の特徴が良く分かる。ソマリアの海賊によるアデン湾・紅海、アラビア海及びインド洋を含むソマリア沖での事案は、未遂を含めて全て航行中 (steaming) の事案であり、「母船」や小型高速ボートで通航船舶を襲撃するソマリアの海賊の特徴を示している。

一方、東南アジアの場合は、襲撃の態様としては乗り込み事案が多く、襲撃された時の船舶の状況については錨泊中 (anchored) が多いのが特徴である。マラッカ海峡と南シナ海でハイジャック事案が各 1件あったが、マラッカ海峡ではマレーシアの漁船がハイジャックされたが、マレーシア海洋法令執行庁の哨戒艇によって解放された。南シナ海での事案の場合は、マレーシアの tug & bargeが航行中にハイジャックされた。

他方、2012年上半期で、港と錨地において 3回以上の襲撃件数が通報されたのは 7カ所(2011年同期 8カ所)で、計 33件(同 37件)であった。報告書によれば、 2012年上半期の 7カ所は、インドネシアのドゥマイ 8件が最も多く、2011年同期の 4件から倍増している。次いで、バングラデシュのチッタゴン 6件、ナイジェリアのラゴスとトーゴのロメ各 5件、コートジボアールのアビジャン、エジプトのアルデケイラ及びインドネシアのタボネオ各 3件であった。

2012年上半期に襲撃された(未遂事案を含む)船舶のタイプでは、未遂事案も含めて最も多かったのは、ばら積船で 39隻、次いでケミカル・タンカー33隻、以下、コンテナ船 26隻、原油タンカー22隻、精製品タンカー13隻、一般貨物船 8隻、タグ 6隻、LPGタンカー6隻などとなっている。報告書によれば、2012年上半期では、一般貨物船に対する襲撃が 2011年同期の 20隻から大幅に減少しているのが目立っている。ソマリアの海賊がハイジャックした船舶にはあらゆるタイプの船舶が含まれており、報告書は、彼らの襲撃が場当たり的であることを示している、と指摘している。

襲撃された船舶の船籍を見れば、2012年上半期の全事案 177件中、最も多かったのはリベリア籍船 33隻、次いでパナマ籍船 26隻、以下、シンガポール籍船 24隻、バハマ籍船 12隻、香港籍船 11隻、マーシャル諸島籍船 9隻、マルタ籍船 6隻などとなっている。なお、日本籍船は過去 6年間の上半期では、2007年 1隻、2008年 2隻、2011年 1隻が襲撃されたが、2012年上半期にはなかった。

他方、襲撃された船舶の運用状況を国別に見れば (Countries where victim ships controlled / managed)、最も多かったのはシンガポールで 37隻、次いでギリシャとドイツ各 25隻、香港 10隻、英国 8隻、インド 7隻、デンマーク 6隻などとなっている。なお、日本の船社が運航する襲撃された船舶は 2011年同期の 12隻から 3隻に激減している。

3.人的被害の状況と使用武器の特徴

人的被害の状況について見れば、表 4に示したように、過去 6年間、乗組員の人質や拉致事案が人的被害のほとんどを占めている状況に変わりはないが、2012年上半期は 334人で、2011年同期より大幅に減少している。一方、人的被害の発生場所から見れば、人質事案 334人中、アデン湾が 38人、ソマリアが 179人で、ソマリアの海賊による人質事案が大部分を占めている。人的被害の面からも、乗組員を人質に身代金要求事案が多い、ソマリアの海賊による襲撃事案の特徴を示している。他に人質事案が多かったのはナイジェリアの 61人で、東南アジアでは、インドネシア 5人、マラッカ海峡 6人、シンガポール海峡 11人、南シナ海 7人、ベトナム 1人であった。

表 5は、最近 6年間の各上半期における全発生事案で、海賊が使用した武器のタイプを示したものである。これを見れば、銃器とナイフが海賊の主要武器である傾向は、ここ 6年間ほとんど変化がない。他方、海賊の使用武器を地域毎に見れば、銃器使用事案 78件中、アデン湾 12件、紅海 5件、ソマリア 33件で、ソマリアの海賊による事案がほとんどを占めている。ここでも、AK-47強襲ライフル、RPG-7ロケット推進擲弾筒などで武装する、ソマリアの海賊の危険性が窺える。他に、銃器使用事案が多いのは、ナイジェリアの 17件、トーゴの 2件で、ギニア湾の海賊の暴力的特徴を示している。東南アジアの場合は、銃器よりもナイフが主流で、ナイフ使用事案 39件中、インドネシアが 15件で突出している。一方情報なしも全 177件中、58件と多く、ここでもインドネシアの 14件が最も多く、次いでソマリアが 11件、紅海が 7件となっている。

表 1:最近 6年間の各年上半期におけるアジア及びその他の多発海域での発生(未遂を含む)件数の推移

出典:2012年上半期報告書 5〜6頁の表 1から作成。なお、合計件数は報告書の全ての対象海域を含む。
注:*;アデン湾、 **;紅海、 ***;アラビア海、 ****;インド洋、 *****;オマーン、いずれもソマリアの海賊による。

表2:アジア及びその他の多発海域における 2012年上半期の襲撃の態様

出典: 2012年上半期報告書 9頁の表 2から作成。なお、合計件数は報告書の全ての対象海域を含む。
注:*;アデン湾、**;紅海、いずれもソマリアの海賊による。

表3:2012年上半期における海域毎に見た襲撃された時の船舶の状況

出典: 2012年上半期報告書 10〜11頁の表 4、5から作成。なお、合計件数は報告書の全ての対象海域を含む。
備考:B = Berthed, A = Anchored, S = Steaming
注:*;アデン湾、**;紅海、いずれもソマリアの海賊による。

表4:最近 6年間の各上半期における乗組員の人的被害状況

出典:2012年上半期報告書 12頁の表 8から作成

表5:最近 6年間の各上半期における全発生事案で海賊が使用した武器のタイプ

出典:2012年上半期報告書 11頁の表 6から作成。

2.2012年上半期のアジアにおける海賊行為と武装強盗事案〜ReCAAP報告書から〜

アジア海賊対策地域協力協定 (Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia) に基づいて設立された、ReCAAP情報共有センター(ISC)は 7月下旬、2012年上半期( 2012年 1月から 6月末まで)にアジアで発生した海賊行為と船舶に対する武装強盗事案に関する報告書を公表した。(ReCAAPとは Regional Cooperation Agreement Against Piracyの頭字語である。)

国際海事局(IMB)の同種の報告書が全世界を対象としているのに対して、ReCAAPの報告書は、アラビア海からユーラシア大陸南縁に沿って北東アジアに至る海域を対象としている。また、 IMBが民間船舶や船主からの通報を主たる情報源としているのに対して、 ReCAAPの情報源は、加盟国と香港の Focal PointとシンガポールにあるInformation Sharing Centre (ISC) と結び、また Focal Point相互の連結で構成される、Information Sharing Webである。各国の Focal Pointは沿岸警備隊、海洋警察、海運・海事担当省庁あるいは海軍に置かれている(日本の場合は海上保安庁)。そして各国の Focal Pointは、当該国の法令執行機関や海軍、Port Authoritiesや税関、海運業界など、国内の各機関や組織と連携している。更に、国際海事機関(IMO)、IMBやその他のデータを利用している。

ReCAAPの加盟国は、インド、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、シンガポール、カンボジア、ラオス、ベトナム、ブルネイ、フィリピン、中国、韓国及び日本の域内 14カ国に加えて、域外国からノルウェー(2009年 8月)、デンマーク(2010年 7月)、オランダ( 2010年 11月)、及び英国(2012年 5月 2日)が加盟しており、現在、18カ国となっている。なお、マレーシアとインドネシアは未加盟だが、ISCとの情報交換が行われている。

以下は、ReCAAP報告書から見た、 2012年上半期のアジアにおける海賊行為と船舶に対する武装強盗事案の態様と傾向である。

1.「海賊」と「船舶に対する武装強盗」についての ReCAAPの定義

「海賊」(piracy) と「船舶に対する武装強盗」 (armed robbery against ships) とは、ReCAAP ISCの定義によれば、「海賊」については国連海洋法条約( UNCLOS)第 101条「海賊行為の定義」に従って、「船舶に対する武装強盗」については、国際海事機関( IMO)が 2001年 11月に IMO総会で採択した、「海賊行為及び船舶に対する武装強盗犯罪の捜査のための実務コード」(Code of Practice for the Investigation of the Crimes of Piracy and Armed Robbery against Ships) の定義に従って、それぞれ ReCAAP協定第 1条で規定している。

2.発生(未遂を含む)件数と発生海域から見た特徴

報告書によれば、2012年上半期の発生件数は 62件(2011年同期 87)で、その内、既遂が 57件(同 72件)で、未遂が 5件(同 15件)であった。これは、 2011年同期から 29% の減少である。表 1は、過去 5年間の各上半期における ReCAAPの対象海域における発生件数を示したものである。これによれば、 2011年同期に比して、インドネシアでの発生事案が増加しているが、マレーシア、シンガポール、南シナ海、及びマ・シ海峡における発生件数が減少している。2012年上半期の発生件数は、この 4年間で、対前年同期比で初めての減少となった。

表1:過去 5年間の各上半期における地域別発生件数

出典:ReCAAP Half Yearly Report (January 1, 2012 − June 30, 2012), p.10, Table 2 より作成

3.発生事案の重大度の評価

ReCAAPの報告書の特徴は、既遂事案の重大度 (Significance of Incident) を、暴力的要素 (Violence Factor) と経済的要素 (Economic Factor) の 2つの観点から評価し、カテゴリー分けをしていることである。

暴力的要素の評価に当たっては、①使用された武器のタイプ(ナイフなどよりもより高性能な武器が使用された場合が最も暴力性が高い)、②船舶乗組員の扱い(死亡、拉致の場合が最も暴力性が高い)、③襲撃に参加した海賊 / 武装強盗の人数(この場合、数が多ければ多いほど暴力性が高く、また組織犯罪の可能性もある)を基準としている。

経済的要素の評価に当たっては、被害船舶の財産価値を基準としている。この場合、乗組員の現金が強奪されるよりも、該船が積荷ごとハイジャックされる場合が最も重大度が大きくなる。

以上の判断基準から、今次報告書はこれまでの 3つのカテゴリーに加え、CAT- 3より低い、Petty Theftを加え、以下の 4つにカテゴリー分けしている。

表 2は、過去 5年間の各上半期における既遂事案をカテゴリー分けしたものである。過去 4年間の CAT- 3事案については、CAT- 3と Petty Theftに再分類されている。これによれば、2012年上半期の CAT-1事案は 1件で、過去 5年間で最も少ない。この事案は、 4月 17日にマレーシアのサラワク州沖35カイリの南シナ海で発生したTag & Bargeのハイジャック事案であった。報告書によれば、この事案では、約 20人の海賊に乾舷の低いタグボートに乗り込まれた。海賊は 20日、乗組員を救命ボートに乗せ、海に下ろした。漂流中のボートは、30日にベトナムの漁船に救助された。また、漂流中のバージはフィリピンのパラワン島沖で同国の沿岸警備隊に発見された。しかし、タグボートは依然、行方不明である。

CAT-2と CAT-3の発生件数は、この 3年間ほぼ同じ件数である。Petty Theftの発生件数は、2011年同期の 34件から大幅に減少している。

表2:過去 5年間の各上半期におけるカテゴリー別既遂事案件数

出典:ReCAAP Half Yearly Report (January 1, 2012 − June 30, 2012), p.7, Chart 1より作成。

4.襲撃時の船舶の状況

報告書によれば、57件の既遂事案中、13件は船舶が航行中の事案で、44件は停泊中か錨泊中であった。航行中の事案の内、 1件は CAT-1事案で、10件が CAT-2事案、2件が Petty Theft事案であった。一方、44件の停泊中・錨泊中事案の内、9件が CAT-2事案、15件が CAT-3事案、20件が Petty Theft事案であった。CAT-2事案の内、半分強が錨泊中の事案で、バングラデシュ、インド及びベトナムの港湾と錨泊地で発生しており、武装強盗の人数は7〜9人と 9人以下のグループで、ナイフや山刀で武装していた。航行中の事案については、武装強盗は、ナイフや山刀で武装していたが、3件は銃器で武装していた。これらの事案では、武装強盗は通常、船内の現金、乗組員のラップトップ PCや携帯電話、あるいはくず鉄などの船舶の積荷などを盗んでいく。

一方、過去 5年間の CAT-1事案 14件は、全て航行中の事案である。その内、11件は、武装強盗の人数が 7〜20人のグループで、12件では銃器で武装していた。また、9件がハイジャック事案で、4件は船内の現金や乗組員の持ち物が盗まれた事案で、1件は乗組員 1人が殺された事案である。9件のハイジャック事案の内、8件が Tag & Bargeのハイジャックであった。報告書によれば、 Tag & Bargeは、低速で、積荷がある場合には乾舷が低くなり、乗り込みやすく、襲撃されやすい船舶である。また、報告書は、中古の Tag & Bargeは新造に比して比較的安価であり、中古船舶の需要が最近数年間の Tag & Bargeの襲撃事案の増加の一因となっている、と指摘している。

参考資料:アデン湾・ソマリア沖のハイジャック事案の状況(海洋政策研究財団作成資料)

1.2012年のハイジャック事案の状況( 7 月 31日現在)

出典:”Piracy And Armed Robbery Against Ships: Report for the Period, 1 January − 30 June 2012,” ICC International Maritime Bureau (IMB), July, 2012, pp.43-45., Worldwide Threat to Shipping Report (Office of Naval Intelligence Civil Maritime Analysis Department, U.S. Navy)., EU NAVFOR Somalia HP., and Somalia Report. 及びその他の報道資料から作成。

備考 1:Positionについては、 (A) は紅海を含むアデン湾、(Ar) はアラビア海、(O)はオマーン沖、(Y)はイエメン沖でのハイジャック事案を示す。インド洋海域については、 (S) はソマリア沿岸東方沖、(K) はケニア沖、(M) はマダカスカル沖、(Sy) はセイシェル近海、(T) はタンザニア沖周辺でのハイジャック事案、(I) はこれら海域より遠隔のインド洋でのハイジャック事案を示す。

備考 2:Boarded は、海賊が乗り込みに成功しても、乗組員の多くは船内の “citadel”(安全区画)に鍵をかけて閉じ籠もるなどの自衛措置をとることによって、乗り込んだ海賊がハイジャックを諦めて逃亡した事案である。その後、該船は付近を哨戒中の各国海軍戦闘艦に救出されている。一方、海賊が逃亡しなかった場合には、武力による解放に繋がるケースもある。

注:以下の注記は、特異なハイジャック事案や武力解放事案、あるいはハイジャック船のその後の情報(「母船」として使用)などを示したものである。なお、注記の順序は、該船の解放時の日付に従っている。

1.該船は、海賊の母船として使用されていた。(Somalia Report, February 7, 2012)

2.MV Eglantine (63,400DWT) は、イラン海軍特殊部隊によって武力解放された。解放作戦は、3月30日から31日にかけて36時間にわたり、12人の海賊を拘束した。(gCaptain, April 3 and The Tehran Times, April 4, 2012)イラン海軍により解放された際、フィリピン人乗組員 2人が死亡した。1人は射殺され、1人はエンジン室に逃げ込み窒息死した。イラン海軍特殊部隊と海賊の銃撃戦になった際、海賊が乗組員を縛り、人間の盾にしたという。 (PhilStar, April 11, 2012) イラン海軍特殊部隊は 4月 6日、在テヘラン中国大使館の要請を受けて、MV Xianghuamenがハイジャックされた数時間後、該船を急襲し、中国人乗組員 28人を救出するとともに、9人の海賊を拘束した。(Somalia Report, April 6, 2012)

3.この襲撃で、海賊は別の漁船を「母船」として利用した。海賊は、該船の 24人の乗組員の内、4人のみを該船に拘束し、残りをソマリア沿岸に送った。このことは、海賊が該船を「母船」として利用することを示唆している。ソマリアの海賊は現在、 12隻のハイジャックした漁船(ダウ船)を「母船」として利用している。 (Somalia Report, April 23, 2012)

2.2011年のハイジャック事案とその後の状況( 2012年 7月 31日現在)

出典: “Piracy And Armed Robbery Against Ships: Report for the Period, 1 January − 31 December 2011,” ICC International Maritime Bureau (IMB), January 18, 2012, pp.60-71., Worldwide Threat to Shipping Report (Office of Naval Intelligence Civil Maritime Analysis Department, U.S. Navy)., EU NAVFOR Somalia HP., and Somalia Report. 及びその他の報道資料から作成。

備考:Position、Boardedについては、前記表 1の備考 1、2に同じ。

注:以下の注記は、特異なハイジャック事案や武力解放事案、あるいはハイジャック船のその後の情報(「母船」として使用)などを示したものである。なお、注記の順序は、該船の解放時の日付に従っている。

1.韓国合同参謀本部によれば、海賊対処部隊の海軍特殊戦旅団要員は 2011年 1月 21日未明、MT Samho Jewelryに突入し、該船を解放した。乗組員 21人は全員救出されたが、海賊 8人が射殺され、5人が拘束された。また、該船の船長が負傷した。 (BBC News, January 21, 2011) その後、この武力解放は、ソマリアの海賊の人質となった韓国人船員に影響を及ぼす。ソマリアの海賊は 11月 30日、4月 30日にケニア東方沖でハイジャックしたシンガポール籍船のケミカル・タンカー、 MT Gemini (29,871DWT) を解放した。該船の乗組員は 25人だが、21人が解放されたのみで、韓国人船長と韓国人船員 3人は、韓国海軍が 1月 21日に精製品タンカー、MT Samho Jewelryを武力解放した際に 5人を拘束し、韓国で拘留している代償として、未解放となっている。(Maritime Bulletin, December 2, 2011)

2.該船の身代金は1,350万米ドルといわれ、これまで最高額である。 (Somalia Report, April 18, 2011)

3.4人米国人が乗ったヨット、SV Questが 2011年 2月 18日、オマーン沖 240カイリの海域でソマリアの海賊にハイジャックされた。その後、米海軍は、戦闘艦 4隻と無人偵察機でヨットを監視してきた。翌、 22日朝、ヨットから約 600ヤード離れていた同艦に向けてロケット推進擲弾が発射された。米第 5艦隊によれば、擲弾は命中しなかったが、直後に、ヨットから小銃の発射音が聞こえた。米海軍特殊部隊がヨットに近づくと、海賊は船首に集まり、降伏した。その際、特殊部隊は、2人の海賊を射殺した。ヨットからも 2人の海賊の死体が発見された。また、ヨットに乗っていた 4人の米国人は致命傷を負っており、死亡した。(CBS News, February 23, 2011)

4.多国籍海賊対処部隊、CTF-151に属する米海軍誘導ミサイル駆逐艦、USS Bulkeley (DDG 84) は 2011年 3月 5日未明、商船三井が運航する日本関係船のタンカー、MV Guanabara (57,400DWT)を海賊の襲撃から救助するとともに、降伏した海賊容疑者 4人を拘束した。米海軍によれば、襲撃された時、乗組員は船内の安全区画( “citadel”)に避難していた。 (Combined Maritime Forces, Press Release, March 6, 2011)

5.該船はアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ国営石油所有のばら積船で、UAE特殊部隊は 2011年 4月 2日、該船を急襲し、解放した。(The National, April 3, 2011) UAEは 2012年5月、この時拘束した 10人のソマリア人海賊容疑者に終身刑を言い渡した。(The maritime Executive, May 22, 2012)

6.NATO艦隊所属の米海軍誘導ミサイル駆逐艦、USS Stephen W. Grovesは 2011年 4月 26日、ソマリア沿岸約 100カイリの海域を哨戒中、2010年 3月 31日にハイジャックされ海賊の母船として使用されている台湾の漁船、FV Jih Chun Tsai 68に遭遇した。FV Jih Chun Tsai 68は 2隻の無人の小型ボートを曳航しており、FV Jih Chun Tsai 68自体は MV Rosalia D’Amatoに曳航されていた。また、近くに 3月 28日にハイジャックされた、アラブ首長国連邦籍船のタンカー、MV Zirkuもいた。米艦は、 MV Rosalia D’Amatoから海賊母船を切り離すよう命令したが、海賊が従わなかったので、警告射撃を行った。これも無視されたので、2隻の小型ボートを破壊した。その後、米艦が MV Rosalia D’Amatoに接近したところ、海賊が発砲してきたので、自衛のため反撃した上で、該船の人質の安全のために該船から離れた。ハイジャックされた 2隻の商船は海賊の根拠地に向かっていった。 (Allied Maritime Command Headquarters Northwood, News Release, April 26, 2011)

7.オマーン国防省の発表によれば、同国海軍戦闘艦は 2011年 9月 6日早朝、該船を武力解放した。ソマリアの海賊は、該船を母船に改造していた。武力解放の過程で、インド人乗組員 12人の内、2人が死亡し、6人が負傷した。ソマリアの海賊も 1人、死亡した。海賊は、発見された時、乗組員を「人間の盾」として利用し、逃亡を図ったが、船首部を銃撃され、降伏した。(Gulf News.com, September 7, 2011)

8.イタリア外務省が 11日に明らかにしたところによれば、NATO艦隊所属の米英海軍の 2隻の戦闘艦は 2011年 10月 11日、ソマリアの海賊にハイジャックされた該船を強襲し、乗組員を解放するとともに、ソマリア人海賊容疑者 11人を拘束した。該船の乗組員は、海賊が該船に乗り込んできた時、船内の安全区画 (citadel) に閉じ籠もった。海賊は全ての通信手段を遮断したため、乗組員は舷窓から安全区画に閉じ籠もっているとのメッセージを入れた瓶を投下した。回収されたメッセージは、乗組員を危険に曝すことなく、救出作戦が遂行できることを伝えるものであった。救出作戦は、NATO艦隊司令官のイタリア海軍提督の統制下で、米英海軍の 2隻の戦闘艦、RFA Fort Victoria、USS De Wertで実施された。 (AP, October 11, 2011) この 8日後の 10月19日、NATO艦隊所属の英海軍フリゲート、 HMS Somersetと艦隊補給艦、RFA Fort Victoriaは、ソマリア沿岸に向かって航行中のダウ船を発見し、停船させた。臨検によって、船内から多くの武器と海賊装備類が発見された。臨検終了後、パキスタン人乗組員はダウ船と共に解放され、 4人のソマリアの海賊は、 MV Montecristoを強襲した海賊容疑者 11人と共に、イタリア当局に引き渡された。 (Allied Maritime Command, News Release, October19, 2011)

9.米海軍情報部 (ONI) が 2012年 1月 19日に発した警報によれば、該船は、ソマリア沿岸を離れ、恐らく母船として利用するためにアデン湾に向かっている。ONIは、該船には、武器と襲撃用の小型高速ボートが積載されていると見ている。(gCaptain, January 19, 2012) EU艦隊が 2012年 1月 20日付で公表したところによれば、EU艦隊所属のドイツ海軍フリゲート、FGS Luebeckは 1月 19日、海賊の母船となっていたインド籍ダウ船が 18人の乗組員を人質としている MT Enrico Ievoliと会同するのを発見した。会同後、ダウ船の海賊容疑者は、負傷した彼らがタンカーに乗り移るのを阻止するために軍事行動をとれば、 MV Enrico Ievoliの 18人を含む、全ての人質に危害を加えると脅迫してきた。 FGS Luebeckは、上空から監視し、彼らが乗り移った後、臨検チームがダウ船に乗り込み、 15人のインド人乗組員を保護した。全員無事であった。MV Enrico Ievoliは、負傷した海賊容疑者を乗せて、ソマリア沿岸に向かった。(EU NAVFOR Public Affairs Office, Press Release, January 20, 2012)

3.2010年のハイジャック事案中、 2012年 7月 31日現在の未解放船舶

出典: “Piracy And Armed Robbery Against Ships: Report for the Period, 1 January − 31 December 2010,” ICC International Maritime Bureau (IMB), January 2010, pp.57-65., Somali Marine & Coastal Monitor (Ecottera International)., Worldwide Threat to Shipping Report (Office of Naval Intelligence Civil Maritime Analysis Department, U.S. Navy)., EU NAVFOR Somalia HP., List of Ships Hijacked (U.S. Department of Transportation Maritime Administration)., and Somalia Report.及びその他の報道資料から作成。

備考:Positionについては、前記表 1の備考 1に同じ。

注:以下の注記は、特異なハイジャック事案や武力解放事案、あるいはハイジャック船のその後の情報(「母船」として使用)などを示したものである。なお、注記の順序は、該船の解放時の日付に従っている。

1.Iceberg 1の 24人の乗組員の 1人は 2010年 10月に海中に飛び込んで自殺した。2011年 10月に解放情報があったが、実現しなかった。 2012年 6月現在、船体と乗組員の状況は不明で、該船の勾留期間はこれまでのハイジャック船で最長となっている。 (gCaptain, April 2, and Somalia Report, June 26, 2012)

2.NATO艦隊所属の米海軍誘導ミサイル駆逐艦、USS Stephen W. Grovesは 2011年 4月 26日、ソマリア沿岸約 100カイリの海域を哨戒中、海賊の母船として使用されている該船に遭遇した。該船は 2隻の無人の小型ボートを曳航しており、自らはこの 3日前の 4月 21日にハイジャックされたイタリア籍船、MV Rosalia D’Amatoに曳航されていた。米艦は、 MV Rosalia D’Amatoから海賊母船を切り離すよう命令したが、海賊が従わなかったので、警告射撃を行った。これも無視されたので、2隻の小型ボートを破壊した。その後、米艦が MV Rosalia D’Amatoに接近したところ、海賊が発砲してきたので、自衛のため反撃した上で、該船の人質の安全のために該船から離れた。(Allied Maritime Command Headquarters Northwood, News Release, April 26, 2011)

3.2012年 5月、EU艦隊は、該船のハイジャッカーの中部ソマリア沿岸にある拠点を攻撃した。ハイジャッカーは、 MV Ornaを 3度、母船として利用している。 (Somalia Report Weekly Report, May 29, 2012)

(2012年9月6日配信【海洋安全保障情報特報】より)