イスラエルのミサイル防衛から学ぶ ―20年間の開発整備の結実と現実―
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1 はじめに
2024年4月13日、イラン革命防衛隊は、イスラエルの特定の標的に対して無人機(ドローン)とミサイルを発射した。そして、これは4月2日にシリアのイラン大使館領事部がイスラエルによって攻撃され、将官7人が死亡したことへの報復であるという声明が出された[1]。
一方で、イスラエル側は次のように対処した[2]。
・イランが数十発の弾道ミサイルを発射し南部の軍事基地に軽微な損害を受けた。
・アロー防空システムにより弾道ミサイルの撃墜に成功した。
・戦闘機により数十発の巡航ミサイルと数十機のドローンを撃墜した。戦略的パートナー国と協力して、ほとんどをイスラエル領空外で撃墜した。
・飛来数は、ドローン185発、弾道ミサイル110発、巡航ミサイル36発。
また、米軍については、12日までにミサイル防衛システムを搭載した米イージス駆逐艦をイランからの攻撃に備えて周辺海域に派遣し、ミサイルの一部をシリア、ヨルダン上空で撃墜し、エルサレムにおいて「20〜30回の迎撃を目撃した」と報道された[3]
イランからの攻撃については、事前にアメリカから情報提供があったとされている。そうであれば、イスラエル側の監視態勢は万全であったと言える。イスラエルは、「ドローンと巡航ミサイルは戦闘機が遠方で阻止し、イスラエル領土には侵入しなかった。」と発表していることから、最終的にイスラエルに着弾したのは弾道ミサイルで、これについてはすべてを打ち落とすことはできなかったようである。本稿では、100%迎撃成功ではないにしろ、現実の脅威に対処したイスラエルの弾道ミサイル防衛について、歴史から振り返って紹介し[4]、この4月の現状につなげて若干の考察をしてみたい。イスラエルの弾道ミサイル防衛は20年以上前の1991年までさかのぼる。
2 イスラエルの弾道ミサイルによる被害と脅威
イスラエルは、シリア、レバノン、ヨルダン及びエジプトと国境を接した国であり、たびたび弾道ミサイルもしくはロケット弾の攻撃を受けていた。1991年の湾岸戦争では、イラクから6週間にわたり40発の弾道ミサイル(スカッド)による攻撃を受けた。その被害は、死者2人、負傷者200人強、その他に心臓発作による死者5人、ガスマスクの取り扱いミスによる死者7人、家屋6,000軒強、ビル1,300棟が被災した。このとき、イスラエル国内では、米国から派遣されたペトリオット部隊が、飛来する弾道ミサイルに対処した。しかし、都市・住宅地への弾頭等の落下を避けるため、迎撃距離を9kmから12kmに伸ばした結果、落下してくる弾道ミサイルと迎撃ミサイルの相対速度が速くなり、迎撃ミサイルの信管が作動して爆発しても、弾道ミサイルの弾頭は、迎撃圏を突き抜ける結果となった。つまり弾頭に対する迎撃は全て失敗という実情であった[5]。
2006年7月および8月の第二次レバノン紛争において、イスラエルは北に隣接するレバノンからイスラム教シーア派の民兵組織ヒズボラによるロケット弾攻撃を受けた。発射されたロケット弾は多種類で、カチューシャ、フィージャー3、フィージャー5など、4,000発が発射され、約3,500発がイスラエルに着弾した。イスラエルの被害は、北部地域に集中し、死者159人、民間人の負傷者2,675人、約50万人が避難し、北部の約7割の会社が休業に追いこまれ、被害は11億ドルにのぼった。
これら弾道ミサイルの技術は、北朝鮮から拡散し、スカッドB、スカッドC及びノドンがイランに渡ったとされる。そして、イランは、そのノドンを改良して、射程2,000kmのシャハブ3を開発し、2006年に、6発の弾道ミサイルを同時に発射する写真を公開、さらに2008年、弾道ミサイル等9発の試射を実施した。その後も2009年9月シャハブ3を試射、同年12月、シャハブ3と同程度の射程を有し、固体燃料で推進するセジル2を試射し、2011年6月には、シャハブ3を含む14発のミサイルの試射を実施した。 2013年9月、イラン・イラク戦争での国土防衛を祝う恒例の軍事パレードでは、射程2,000kmの弾道ミサイル30基が披露された。これほどの数のミサイルが公開されるのは異例で、以後イスラエルにとって脅威となった。
3 イスラエルのミサイル防衛の整備
イスラエルにとっては、前述の第二次レバノン紛争によるヒズボラからのロケット弾攻撃が、ミサイル防衛の転換点で、ここでイスラエルは対空防御(Anti-Air Defense)から積極的防空(Active Air Defense)へと舵を切った。積極的防空は、3つの層で捉えられ、システムの開発・整備が進められた。すなわち、高層にあっては、「アロー・ウェポン・システム」(Arrow Weapon System)、中層は「ペトリオット・ウェポン・システム」(Patriot Weapon System)と「ディビット・ストリングス」(DSWS:David's Sling Weapon System)、低層は「アイアン・ドーム」(Iron Dome)と呼ばれるミサイル・システムである。これらを総称して多層防衛ということができる。
日本の弾道ミサイル防衛においても多層防衛という言葉が使用されるが、必ずしも同義ではない。日本の場合、脅威を北朝鮮として、そこから飛来してくる弾道ミサイルに対して、イージス艦のSM-3(対弾道ミサイル防御用誘導弾)により対処、打ち漏らした場合にはペトリオット・ウェポン・システムのPAC-3ミサイルによって防御するといういわゆる縦深防御としての多層防衛体制である。一方、イスラエルの場合は、それぞれ射程の異なる脅威(発射元となる国家も異なる)に対して、3種類の迎撃システムにより備えたのである。三方を敵対国に囲まれ、さらには、イランのように、間に他の国家(イラク)を挟んでもなお脅威を及ぼされるというイスラエルならではの防衛方法といえる。そして、対象(脅威)となる弾道ミサイル等の種類も多い。そのイスラエルの多層防衛を構成するそれぞれのシステムについて次に述べる。
(1)低層(アイアン・ドーム)
アイアン・ドームは、50-70km程度の射程のロケット弾を対象として開発され、2011年3月に初期配備された迎撃システムである。翌2012年11月に、ハマスにより発射されたロケット弾を84%の成功率で迎撃したと報道され、一躍有名になった。最近では、2023年10月11日の報道で、イスラエルとハマスの戦争の中でアイアン・ドームによるロケット弾への迎撃について報じられた[6]。
アイアン・ドームは、探知・追尾用レーダー(EL/M-2084)、戦闘管理・管制部(Battle Management & Control)、ランチャー(MFU:Missile Firing Unit)及びタミル(Tamir)と呼ばれるミサイル弾で構成されている。同時に管制できるランチャーは最大で3台であり、ミサイルの弾頭には特殊な近接信管が採用され、ターゲットを爆発させるように設計されている。すなわち、指令誘導によって誘導され、最終的にはタミル・ミサイル自体が、誘導電波を発し、ターゲットからの反射波をアクティブ・シーカーにより捉えて、ターゲットを迎撃する。遠距離から発射された目標に対しての防護半径は、15kmとされているが、複数のランチャーを管制し、その配備位置を工夫することで、防護範囲を拡大することができる。
イスラエル全体をカバーするには、20基のアイアン・ドームが必要であるが、新しいシステムを導入することで、アイアン・ドームの必要数は、さほど多くないとされている。また、2014年3月にはアイアン・ドームの製造に関して、米国の支援が継続するという合意がなされた。現時点では5~6基が運用されているようである。
そして、イスラエルは、2021年に、レーザーを使用してターゲットを破壊する「アイアンビーム(Iron Beam)」の試験を行い、ミサイルと攻撃ドローンの撃墜に成功した。これが今回の対処に使用されたかどうかは不明である。
しかし、あくまでもアイアン・ドームは短距離のロケット弾への対処手段であって、遠くイランから飛来する2,000km級の弾道ミサイルに低層で対処するシステムではない。
(2)中層(ペトリオット・ウェポン・システムとダビデの投石器)
中層での防御は、ディビット・ストリングスが運用されている。神話に伝わる「ダビデの投石器」という名称が付けられたこのシステムは、ランチャー(MFU:Missile Firing Unit)と、スタナー(Stunner)と呼ばれるミサイル弾から構成されており、イスラエル・ミサイル防衛機関(IMDO:The Israel Missile Defense Organization)と米国ミサイル防衛庁(MDA:The Missile Defense Agency)の共同開発によるものである。
スタナー・ミサイルは、イラク、シリアからの70-1300kmの射程の大型ロケット弾及び弾道ミサイルに対抗するもので、直撃による破壊(hit-to-kill)を企図している。また、低コスト、かつ、巡航ミサイルにも対処可能とされ、このミサイル弾とランチャーにより構成されるディビット・ストリングスは、既存のペトリオット・ウェポン・システムに組み込まれ、性能向上に寄与する。つまりレーダーと管制機は既存のシステムであり、ミサイル弾と発射機だけが開発されたのである。ディビット・ストリングスは、2012年11月と2013年11月、2回目の迎撃試験に成功して、配備が始まった。
配備後に初めて使用されたのは2023年5月で、ガザ地区から発射されたロケット弾に対して迎撃したという報道もあるが、実際は洋上から発射された標的に対する実用試験としての迎撃であった[7]。
しかし、今回のイランからの対処にあっては、イスラエルの報道にディビット・ストリングスのことは述べられていない。報道によればアローによって迎撃したとのことである。そのアローについて次に述べる。
(3)高層(アロー・ウェポン・システム)
高層での迎撃を企図するのが、アロー・ウェポン・システムである。このシステムは、グリーン・パイン・レーダー(Green Pine Radar)と戦闘管理・発射管制所(Citron Tree)、ランチャー及びアロー・ミサイルから構成されている。現用のミサイルはアロー2・ミサイルとアロー3・ミサイルであり、アロー2・ミサイルは大気圏内外で使用され、アロー3・ミサイルは、それよりも高高度で大気圏外のみでの迎撃に使用される。その開発の歴史について紹介する。
イスラエルは、1988年に米国の戦域ミサイル防衛に参加し、1990年にアロー・ミサイルの最初の試験を実施したが、これは失敗に終わった。このため、湾岸戦争時、イスラエルのミサイル防衛は全く準備ができていなかったことから、前述のようにイラクから弾道ミサイル攻撃を受けたのである。湾岸戦争後もアロー・ミサイルの開発は継続し、1994年6月、弾道ミサイルを模擬した標的ミサイルの迎撃試験に成功すると同時に、アロー・ウェポン・システムの構成品の開発が開始され、改良型となるアロー2・ミサイル、グリーン・パイン・レーダー、さらに戦闘管理・発射管制所が開発された。
2000年3月に最初の運用部隊が、イスラエル空軍に創設、同年7月にアロー・ウェポン・システムの運用が開始され、2005年までに9回の試験を実施した。7回は地中海で、2回は、米国カリフォルニア州沖、ポイント・マグと呼ばれる試験施設で実施された。試験の結果は、8回成功、1回は部分的に成功であった。このアロー・ウェポン・システムは、世界で最初に運用された弾道ミサイル防衛用のシステムとされている。
その後もアロー・ウェポン・システムは、イスラエルと米国共同のASIP(Arrow System Improvement Program)によって改良が進められた。2007年に改良型ランチャーからの発射試験と改良型ミサイルの飛翔試験を地中海で実施した。2011年2月に米国の試験施設において、イランが保有する2,000km級の弾道ミサイル(シャハブ3)を模擬した標的の迎撃試験に成功した。そして、グリーン・パイン・レーダーは改良され、「スーパー・グリーン・パイン・レーダー」(Super Green Pine Radar)となり、戦闘管理・発射管制所も改良され、Citron TreeからGolden Citron Treeへと名称がかわった。そして、これらをまとめて、アロー・ウェポン・システム・ブロック4と呼称され、数回にわたる試験を成功させたのち、運用段階に入った。
アロー2の運用と並行して2010年6月、イスラエルと米国は、大気圏外での迎撃を目的とするアロー3・ミサイルの共同開発を進めることに合意した。アロー3は、高度125kmを超える大気圏外において、弾道ミサイルを迎撃することができ、アロー2よりも早い時点、より高高度での迎撃を可能にすることを目指した。そして、2013年2月、アロー3・ミサイルの飛翔試験が地中海で実施され、大気圏外への飛翔に成功した。その後も試験は続けられ2017年に実践配備となった。
最近の報道では、2023年11月9日に、南部エイラート方面に発射された弾道ミサイルをアロー3・ミサイルで撃ち落としたとイスラエル軍は発表した。これがアロー3・ミサイルによる初めての実戦である[8]。
今回の事案でも、イランから飛来した2,000m級の弾道ミサイルをアロー2・ミサイル、アロー3・ミサイルにより迎撃したのであり、大気圏外で実際に弾道ミサイルに対処している現実がここにある。
4 まとめ
このようにイスラエルでは、レバノンなどの隣国からのロケット弾の脅威については低層防衛としてアイアン・ドームにより迎撃し、イラク、シリアなどの距離に位置する国家からの短距離の弾道ミサイル攻撃に対しては、中層防衛として、ペトリオット・システムとディビット・ストリングスの組み合わせにより迎撃し、イランからの中距離弾道ミサイルに対しては、高層防衛として、アロー・ウェポン・システムにより迎撃するという多層防衛が確立されている。
イスラエルのミサイル防衛は、米国のサポートを受けており、ペトリオット・ウェポン・システムは米国製、アイアン・ドームは製造にあたって米国の支援を受け、さらに、ディビット・ストリングス及びアロー・ウェポン・システムは、米国との共同によって開発された。
10年以上もかけて開発と整備が進められ、最近の事案にあって実戦で使用されたのである。弾道ミサイル防衛の整備は多大な時間と費用を要するものであり、それを長年かけで整備したイスラエルの国防意識と危機管理の高さを示すものであろう。しかし、高い撃墜率で有名となったアイアン・ドームでさえ、数値的には84%であって100%ではないのが、弾道ミサイル防衛である。そして、多層防衛であっても縦深防御ではないので撃ち漏らした弾道ミサイルはすべて着弾することになる。また、日本の弾道ミサイル防衛は、縦深防御ではあるが、それが有効になるのはペトリオットの迎撃範囲に限られ、日本全体が縦深防御によって守られているわけではない。すなわち、被弾後の対処についても十分考慮しなければならないことを我々は認識するべきであろう。
加えて、ディビット・ストリングスの母体はペトリオット・システムであり、アロー3・ミサイルの開発には米国のレイセオン社やロッキード・マーチン社が参画している。2社ともイージス艦の弾道ミサイル防衛システムに関わりの深い会社である。また、公表されているミサイルの外観や仕組みから、イージス艦のSM-3と同じような思想で作られていることが想像できる。日本としては、遠く中東で起きている事案としてとらえるのではなく、日本にある装備品と同性能のシステムによる実戦であることを認識して情報収集に努める必要がある。
[1]イランがイスラエル報復攻撃、200超の無人機とミサイル 安保理開催へ(Reuters)(https://jp.reuters.com/world/mideast/2XVNTKAJZNKW7KWV5C5DXDGNUY-2024-04-13/)。
[2]Israel Faced a Sophisticated Attack From Iran(The New York Times)(https://www.nytimes.com/2024/04/14/world/middleeast/iran-israel-weapons.html)。
[3]『日本経済新聞(電子版)』2024年4月14日。
[4]大井昌靖「イスラエルのミサイル防衛―ロシアが探知・公表した標的ミサイル発射試験の意味するもの―」『海外事情』(2015年4月)。
[5]これ以後、弾道ミサイル防衛は、弾道ミサイルの弾頭を直撃により破壊する(Hit-to-Kill)方式で開発が進められるようになった。
[6]ハマスのロケット攻撃続く イスラエルはガザを徹底爆撃(AP通信)(https://news.yahoo.co.jp/articles/33b559af6972f1dc2ef207333ef544277a7b7def)2023年10月11日アクセス。
[7](イスラエル軍の公式X:旧ツイッター)Official Twitter account of Israel's Ministry of Defense @Israel_MOD May 11,2023。
[8]『読売新聞オンライン』2023年11月11日10時12分配信、(イスラエル軍の公式X:旧ツイッター)Official Twitter account of Israel's Ministry of Defense @Israel_MOD Nov 17,2023。
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