海洋国家と大陸国家の戦略的関係: 未曽有の危機が迫る日本

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関根大助,日本安全保障戦略研究所研究員

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はじめに

 国際安全保障を議論する上で、古典地政学(classical geopolitics)的な「海洋国家」と「大陸国家」という分類とそれらの関係性が取り上げられることは昔からあることである。そして、近年、地域覇権の確立を窺う中国の台頭に加え、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したことにより、あらためて日本の国際安全保障と深く関わる地政学的な対立構図が表面化した。すでに東アジアは「火薬庫」となっており、その緊張はさらに高まっているため、日本の防衛体制のさらなる緻密な強化が必須となっている。
 本稿は、これまで「海洋安全保障情報特報」でも折に触れて論じてきた、海洋国家と大陸国家の戦略的関係を見直し、それを踏まえて、現在の国際安全保障環境における日本の危機的な状況を明確にすることを主眼とする。
 まず、海洋国家と大陸国家のライバル関係と相互補完関係を、地政学と戦略研究で著名な英国人専門家であるコリン・グレイ(Colin Gray)の主張を基に論じる。次に、海洋国家の大戦略(grand strategy)「オフショア・バランシング(offshore balancing)」を「米国が採用すべき」と主張する国際政治学者ジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)によるウクライナ戦争の原因をめぐる米国批判、そして、彼の指摘する米国の戦略的な失敗を取り上げる。最後に、ウクライナ戦争による影響の一つとして安全保障環境がさらに悪化し、日本が中国、ロシア、北朝鮮という核保有国3国と対峙するという未曾有の危機的な状況に陥る可能性について論じる。

1 海洋国家と大陸国家の戦略的な関係

1-1.「海洋国家」と「大陸国家」という分類とライバル関係

 歴史において、国家戦略として、主に海軍力と海洋戦略に重きを置き、国力の増強を海運による他国との交易活動や海外からの富の収奪に依存してきたのが海洋の国々である。一方で、大陸の国々は、陸軍力を拡大することに集中し、自国の領域を広げることよって国力を高めてきた。
 そもそも、なぜ、地政学で論じられるように、海洋戦略に重点を置く海洋国家と大陸戦略に重点を置く大陸国家で分類され、それらの間で対立が起こるのか。沿岸国がある程度のシーパワー(sea power)(本稿では、海軍力をはじめとした国家の海洋を利用する能力とする)とランドパワー(land power)(本稿では、陸軍力をはじめとした国家の陸地を利用する能力とする)の両方を持つことは一般的であるが、歴史を紐解いても、一つの国家がそれぞれのパワーの中核となる最高クラスの海軍力と陸軍力を同時に保有することは稀である。コリン・グレイによると、過去の歴史において、ローマ共和国中・後期とその後のローマ帝国、6世紀半ばの東ローマ帝国、10世紀から11世紀初頭の短期間におけるビザンツ帝国(東ローマ帝国)は、トップクラスのシーパワーとランドパワーの両方を獲得することができた数少ない例だという[1]。また、周辺にライバルが存在せず大陸規模の国土を持つ特異な海洋国家である米国は、ランドパワー、シーパワー、エアパワー(air power)、スペースパワー(space power)、ニュークリアーパワー(nuclear power)、サイバーパワー(cyber power)といった戦略領域において強大な力を持つが、他の大国が核兵器を保有しているため、米国の軍事力がかなり中和されているグレイは述べている[2]
 ヨーロッパ諸国の歴史を見てみると、強大なシーパワーとランドパワーの両方を兼ね備えた超大国になることが困難であることがわかる。まず、大陸国家が強大な海軍を構築し維持することは容易ではない。これについては、必要不可欠な莫大な費用と資源、技術力、長い年月が主な理由であり、そして、何よりもライバル国家の妨害という大きな要因がある。
 周辺の陸の国々からもたらされる安全保障上の懸念をある程度抑えることに成功した大陸国家は、国力に余裕ができた際、利便性の高いシーパワーと富を求めて海洋への進出を画策するようになる。そして海軍力を増強し、海のパワーバランスを揺さぶろうとする。しかし、通常シーパワーに依存して国家を運営している人々は、このような大陸の動向に注意を払い、抑え込むことを試みる。
 実際、1670年代および80年代のフランスと1900年代のドイツといった陸軍大国は、一時期強大なトップクラスの海軍の構築に成功した。しかし、それらの時期の英国は、大陸国家の海軍増強を嫌い、主敵をオランダからフランスに、また、フランスとロシアからドイツに変更した。海洋を支配する国の特殊な技能ともいえる柔軟な外交や経済戦を駆使した勢力均衡戦略を行い、それら大陸国家の野望を潰してきた[3]
 一方、英国に関していえば、かつて大ブリテン島は、大陸からきたローマ軍によって征服された。そして、中世末期頃、ヨーロッパにはいくつかの対立し合う海洋国家が出現した。しかし、それぞれが背後から迫ろうとする大陸国家の攻撃に備える必要があった。その結果、ヨーロッパには統一された海洋国家が登場しなかった[4]。それとは反対に、イングランドはスコットランドを統合し、アイルランドを併合して自国にとっての直接的な脅威を取り除き、ついにはヨーロッパ大陸を包囲するほどのシーパワーを蓄えることができた[5]。大陸から離れているという地理的な特性によって、海軍の拡大に集中できたのだった。しかし、過去においてイングランドは、百年戦争での敗北により、カレー以外のヨーロッパ大陸における支配地域を失い、200年以上保持していたそのカレーも結局1558年にフランスに奪還されるという苦い経験をしてきた。大陸に支配領域を持ち、ランドパワーを基盤としながら大規模な海軍を保有することは、政治・外交、財政、安全保障上の脅威や軍事的な見地から後に大きな問題を引き起こすことになる[6]。このような過去の経験から、英国の政治家・戦略家たちは大陸の領域を支配するという考えを持たなくなり、シーパワーを国家運営の軸とする純度の高い海洋国家となったと考えられる。こういった事情と経緯から、大国は海洋国家と大陸国家に大別されるようになった。
 人類の歴史において海と陸の国家間の対立構造は数多く存在する。前出のグレイは、ペルシャ対ギリシャ、ペロポネソス戦争、ローマ対カルタゴ、ビザンツ帝国の防衛、ベニスの興亡、イングランド対スペイン、イングランド対フランス、クリミア戦争、米国の内戦、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、冷戦を「海洋国家対大陸国家」という関係の歴史的パターンとして挙げている[7]
 アテネ、カルタゴ、ペルシャ、ビザンツ帝国といった海洋国家は、スパルタ、ローマ、マケドニア、オスマントルコといった大陸国家に古代と中世を通じて敗北した[8]。しかし、1500年代以降の技術や戦術の急激な変化によって、ランドパワーとシーパワーの力関係は変わっていった。このような変化は、大陸国家と戦うための戦略的手段として、明らかな優位性を海洋国家にもたらした。技術の進歩は、海軍と商船にグローバルな海の連続性を最大限に生かせる並はずれた機動力と敏捷性もたらしたのだった。事実として、近代の国家システムは陸の沿岸地域で発展していった[9]。近代以降の大規模な戦争では、海洋の強国や海洋国家主導の国家連合軍は、大陸の強国や大陸国家主導の国家連合軍を相手にした場合、勝利するか、悪くても引き分けに持ち込めるようになったという[10]
 現代においては、核兵器や航空機、長距離ミサイルの登場によって、過去と比べて空間の境界線は曖昧になり、世界は小さくなったことから、バッファー・ゾーンとしての海の重要性は低下している。しかし、21世紀でも、脅威となる国と陸続きに接するよりも、海洋で隔てられた上、強大な海軍や戦略投射能力を保有する国の方が安全である。そして、現代技術の急速な進展に伴い、シーパワーの利便性はさらに向上している。優れた海洋国家や海洋コアリションは、十分なシーパワーを獲得できない大陸の敵に対し、戦略的にかなりの優位性を持っている。

1-2.海洋国家と大陸国家の補完関係

 海洋国家と大陸国家の間で起こる戦争について、グレイは次のように結論付けている。「第一に、大陸の大国は、海洋での軍事的制海権を確保し、海上拒否を達成するか、または制海権を激しく争うことによって戦争に勝利することができる」[11]。第二に、「海洋国家または海洋に依存するコアリションにとって、制海権は戦争の成功に不可欠な戦略的条件を提供する」[12]。結局のところ、どちらの陣営が必要なレベルのシー・コントロール(sea control)を獲得できるかが、この種の争いの勝負の分かれ目となる。つまり、海洋国家と大陸国家の戦争において鍵を握るのは、海のコントロールをめぐる戦いであり、それは「戦争全体における最終的な勝利に欠くことのできない実現者」[13]なのである。したがって、大陸国家は、海洋を利用して迫る敵陣営に十分なシー・コントロールを与えないためにも、自らの海軍力を増強して海上拒否戦略を用いつつ、他の海洋国家に協力を求める必要がある。強大な大陸国家が強大な海洋国家との戦争で用いる戦略の歴史的な例としては、以下のようなものがある[14]

  • 大陸の覇権を確立し、強力なシーパワーの獲得を目指す。
  • 海からの攻撃や破壊行為に対して、難攻不落の大陸要塞を(continental fortress)を構築する。
  • 上陸作戦の可能性を探る。
  • 敵対する海洋国家にとって価値のある大陸の人質(continental hostage)を取る。
  • 海軍が待ち伏せによる奇襲攻撃を行う。
  • 商業海運への襲撃を行う。
  • 海洋国家の貿易に対して大陸の市場取引を閉鎖する。
  • 海洋国家と同盟を結ぶ。
 一方、海上輸送力に長じた海洋国家は、その卓越した利便性から、同盟戦略においてパートナーを得る際、ライバルである大陸国家よりも多くの場合、有利な立場にある[15]。しかし、戦争において、優れたシーパワーは「偉大な実現者(great enabler)」である一方、「決着をつける者(concluding executor)」とはいえない[16]。なぜなら、人類が陸上で生活している限り、大規模な戦争や大きな国家間同士の争いはランドパワーの決定力によって、真の意味で終結させる必要があるからである。エアパワーやスペースパワーが発達した現代においても、海洋国家と大陸国家の争いにおいて、一般的に、勝負の鍵を握るのはシーパワーであり、最終的な影響力をもつのがランドパワーであると考えられている。政治的、地理的、戦略的な観点から、物事は陸上から始まり、陸上で終わる。従って、シーパワーだけで、大規模な戦争を終結させるだけの力を効率的に生み出すことは困難である。
 海の大国は、大陸の大国相手に最終的な決着をつけるための圧力を加えるランドパワーが必要だが、「妨害者(distracter)」の役割を果たして海洋コアリション側をサポートする「補佐的な大陸国家(rear continental state)」を得る場合がある[17]。歴史的には、補佐的な大陸国家は、「覇権を目指す国家に対するパワーバランスを傾け、大きな損害を出す地上戦で忙しくさせる」[18]ことになる。このような大陸の妨害者としての同盟国の存在は、英米の歴史において確認されている。フランスに対するブルゴーニュ、フランスに対するオーストリア、フランスに対するプロイセン、ドイツに対するロシア、そして1970年代と1980年代にはソ連に対する中国がそうであった[19]。一般的には、大陸国家にとって、他の大陸国家は目障りな存在であった。
 海洋国家陣営は、強大な海洋国家を盟主に据え、お互いが連携することで充分な海のコントロールを確保し、海洋から軍事的・経済的圧力を陸の敵勢力に加えていくといった戦略が不可欠である。しかし、海洋コアリションが強力な大陸の敵を海洋から間接的に弱体化させることができたとしても、そのような大規模な戦争では、大陸の大国を倒すために、より直接的な戦略的圧力をかける必要がある。勢力均衡戦略として、その陸のライバルの周辺に位置する大陸国家との連携がなければ、このような地政学的に非対称の国家間の戦いで海洋国家が勝利を確実にすることは困難である。したがって、「海洋国家対大陸国家」という単純な二元論に基づいて、シーパワーを考慮した海洋国家の戦略を論じることには問題がある。実際のところ、海洋国家も大陸国家も、自国と敵国の特性、そしてパートナーを組むべき国々を冷静に見極め、シーパワーとランドパワーのバランスの取れたコアリションを構築してライバルと対峙せねばならない。
 歴史を分析することで、これまで英国の専門家たちは「英国流の戦争方法(British way in warfare)」を論じてきた[20]。それらを参考に、海洋国家が大陸国家と対決するための包括的な戦略としてグレイがまとめたと考えられるものが次のようになる[21]
  • 他の大陸国家を、海洋国家主導のコアリション側の味方につける。
  • 大陸の主戦場への適度かつ適切な軍事的関与を行う。
  • 海洋封鎖や経済戦を仕掛けることによって、敵大陸国家の財政を疲弊させたり海外からもたらされる補給を遮断したりする。
  • 敵大陸沿岸周辺部を急襲する。
  • 敵大陸国家が所有する海外の土地や所有物といった資産を孤立化または制圧する。
 この英国流の戦争方法においても、大陸の同盟国の重要性は強調してもし過ぎることはない。海洋国家がどの戦略レベルで大陸の強国に攻勢をかけても、隣接する大陸の強国同士が手を組んでいたら、その効果は著しく低下する。したがって大陸の強国同士を敵対させることが必須となる。
 英国流の戦争方法のような戦略は、海洋国家の大戦略であるオフショア・バランシングの考え方と似ている。元祖オフショア・バランサーが英国とみなされているため、それは当然のことといえる。オフショア・バランシングは、海を隔てて孤立している海洋国家が、大陸における勢力均衡を保つために行う大戦略であり、基本的にはユーラシア大陸の重要地域が対象となる。そしてこの大戦略の特徴は、海洋国家が大陸における勢力均衡を保つためにバランシング(balancing、台頭する国家に対して海洋国家自身が直接勢力均衡に乗り出す)やバックパッシング(buck-passing、海洋国家が台頭する国家の周辺国家に勢力均衡の責任を押し付ける)を使い分けるという点にある。そして、まず優先して行われるのがバックパッシングである。この際オフショア・バランサーはあくまでバックパッサー(責任を押し付ける側)であり、バックキャッチャー(責任を押し付けられる側)を可能な限り前に出す。直接的なバランシングはあくまで最終手段である。
 歴史においてオフショア・バランシングを行う側、すなわちオフショア・バランサーとなった国家として挙げられるのは、最高のシーパワーを誇っていたかつての大英帝国と、その地位を引き継いだ米国である。基本的には、英国流の戦争方法もオフショア・バランシングも、海洋国家の盟主が主導して構成されるコアリションへと、大陸での戦略上の足がかりとなる大陸国家を引き入れることが不可欠である。それによって、海洋国家とシーパワーだけでは不足する、戦争や争いを終結させるための力を効果的に活用することがこのような戦略の真髄となる。

 

2 オフショア・バランシング提唱者によるウクライナ戦争の原因に関する米国批判

 「米国は大戦略としてオフショア・バランシングを採用すべき」と主張する国際政治学者であるジョン・ミアシャイマーは、ロシアのウクライナ侵攻による危機の原因は、米国の政策であると批判している。
 ミアシャイマーはウクライナ戦争の原因について、「欧米では、ウクライナ危機を引き起こした全責任はプーチンが負っており、現在進行中の戦争にも間違いなく責任があると、広く固く信じられている。プーチンは、旧ソ連に似た、より偉大なロシアを生み出すために、ウクライナや他の国々を征服しようとする帝国的野心を抱いているといわれている」[22]と述べている。
 そのような欧米での見解の一例を挙げると、世界的に著名な米国の国際政治学者であるジョセフ・ナイ(Joseph Nye)は、ウクライナ戦争の原因について以下のように主張し、戦争の原因はプーチンにあるとしている[23]

  • プーチンは短時間で戦争に勝つことができると考えていた。
  • プーチンはウクライナを正当な国家として見なすことを拒否していた。
  • プーチンは「ロシアの世界」を復活させたい。
  • NATO拡大は重要ではない。
  • 冷戦後のロシアの市場経済化の過程で問題はあったが戦争は不可避ではない。
  • プーチンは誤算により火種に火をつけた。
 一方でミアシャイマーは、「プーチンが戦争を始めたこと、そしてロシアの戦争遂行に責任があることを否定するものではない」とするが、「米国がウクライナに対して、プーチンとロシアの指導者たちが長年繰り返し主張してきた『存亡の危機』と見なす政策を推進した」「ウクライナ危機を引き起こした主な責任は米国にある」[24]と指摘し、その根拠はNATOの東方拡大であるとしている。ミアシャイマーは以下のような主張を述べて、プーチンとロシアにウクライナ戦争勃発の根本的な原因を帰することを否定し、米国の対ロシア政策を批判している[25]
  • プーチンが「ウクライナは『人工国家』である」「『現実的な国家』ではない」と言ったと強調する人間がいるが、このような曖昧な発言は、彼が戦争を行う理由については何も語っていない。
  • プーチンがウクライナ全土を征服し、ロシアに組み入れることに固執していたと主張するには、第一に、彼が、それが望ましい目標であると考え、第二に、それが実現可能な目標であると考え、第三に、その目標を追求する意図があるという証拠を提示する必要がある。
  • プーチンは、ウクライナが欧米によるロシアに対する武力行使の「踏み台」にならないようにすることに関心があった。
  • NATO拡大は、ロシアの脅威を封じ込めるためのものではなく、自由主義的な国際秩序を東欧に広めるための広範な政策の一環であった。
  • 米国とその同盟国が突然、プーチンを帝国の野心をもつ危険な指導者、ロシアを封じ込めなければならない深刻な軍事的脅威と表現し始めたのは、2014年2月のウクライナ危機発生以降であり、それは、欧米がウクライナ情勢をプーチンのせいにするためである。
  • この危機の根源は、ウクライナをロシア国境の西側の防波堤にしようという米国主導の戦略であり、この戦略は、ウクライナをEUに統合すること、ウクライナを親欧米の自由民主主義国家にすること、ウクライナをNATOに組み入れること、という3つの柱で成り立っている。
  • 2008年のブカレスト首脳会議において、ブッシュ政権は、モスクワの「最も明確なレッドライン」を気にせず、フランスとドイツの指導者に圧力をかけて、ウクライナとジョージアがいずれNATOに参加することを宣言する公文書を発行することに同意させた。
  • ジョージアをNATOに組み入れようとする米国主導の取り組みは、ブカレスト首脳会議から4カ月後の2008年8月に、ジョージアとロシアの間で戦争が起こるという結果を招いた。
  • 2014年2月、ウクライナで、米国が支援する暴動によって親ロ派のヴィクトル・ヤヌコービチ(Viktor Yanukovych)大統領が国外退去し、親米派のアルセニー・ヤツェニュク(Arseniy Yatsenyuk)が首相に就任したため、ロシアはウクライナからクリミアを奪取した。
  • NATOは2014年にウクライナ軍の訓練を開始し、2017年12月、トランプ政権はキーウに「防御用兵器(defensive weapon)」の提供を決定した。
  • 2021年1月に就任したジョー・バイデン(Joe Biden)米大統領は、以前からウクライナのNATO加盟に尽力し、ロシアに対しても強硬なタカ派であった。
  • 2021年6月14日にブリュッセルで開催された年次首脳会議おいて、NATOは2008年のブカレスト首脳会議での決定を再確認する声明を出した。
  • ウクライナのNATO加盟が、モスクワにとって「最も明確なレッドライン」であり続けたことに疑いの余地はない。
  • 2021年12月17日、モスクワはバイデン政権およびNATOにそれぞれ書簡を送り、①ウクライナがNATOに加盟しないこと、②ロシアの国境付近に攻撃的な兵器を配置しないこと、③1997年以降に東欧に移動したNATO軍と装備を西欧に戻すこと、を書面で保証するよう要求した。
  • 2022年1月14日の記者会見で、ロシアのセルゲイ・ラブロフ(Sergey Lavrov)外相は「すべての鍵は、NATOが東方拡大しないという保証である」と述べた。
  • 2022年1月26日、アントニー・ブリンケン(Antony Blinken)米国務長官は、12月中旬のロシアの要求に対し、ただ「何の変化もない。何の変化も起きない」と述べた。
  • プーチンの論理は、モンロー・ドクトリンを長年守ってきた米国人にとって、完全に納得のいく話である。
 一方、このようなミアシャイマーの分析に対して、カーネギー国際平和財団兵器不拡散プロジェクトのディレクターであるジョセフ・シリンシオーネ(Joseph Cirincione)は、以下のように異論を唱えた[26]
  • NATO拡大の主要な推進力は、東欧の人々が、歴史的な敵からの保護を望んでいるということである。
  • プーチンは、ウクライナや他の旧ソ連諸国が西側に接近し過ぎると、国内で権威主義的な支配に対する民衆の抵抗がますます広がることを長年恐れてきた。
 シリンシオーネはまた、米国の過去の政策の批判は重要だが、プーチンの戦争という現実を取り上げることも同様に重要であり、ロシアの残虐行為を最小限に抑える必要があると主張している。
 しかし、ミアシャイマーにとって、これらの異論は大きな意味を持たないだろう。なぜなら、勢力均衡を考慮した国際安全保障戦略を重視するリアリストであり、オフショア・バランシングの主唱者である彼の論理からすれば、米国にとって大きな脅威ではないロシアに対して余計なパワーを割き、それによってロシアを刺激して、より大きな脅威である中国へと接近させることは愚の骨頂となるからである。
 ミアシャイマーは、このウクライナ戦争において、最大の敗者は甚大な犠牲を被るウクライナであり、最大の勝者は中国であると指摘している。中国が勝者である理由として、この戦争が起きる前に、米国は中国に対する封じ込めに注力していたが、この戦争により東欧に資源を割くことになったこと、そして、ロシアを中国側に追いやったことを彼は挙げている[27]
 ミアシャイマーは以前から、米国の大戦略としてのオフショア・バランシングに関する議論において、ユーラシア大陸の重要地域で覇権を狙う可能性があるのは北東アジアの中国のみであり、そのためヨーロッパとペルシャ湾では米国の軍事プレゼンスは不要だと考えていた[28]。冷戦後ヨーロッパにおいては、米国はその軍事プレゼンスを減らし、ロシアとの友好関係を深め、ヨーロッパの安全保障をヨーロッパ人に引き渡すべきだったと彼は主張している[29]
 基本的に、かつての大英帝国は自国地域内のオフショア・バランサーとして、海洋国家の大戦略を効果的に実行してきた。しかし、西半球の地域覇権を確立している米国は、自国にとって域外であるユーラシア大陸に対するオフショア・バランサーである。この大戦略の対象との距離感の違いが影響しているのか、大英帝国と比較すると米国は勢力均衡戦略に忠実なオフショア・バランサーとはなり得ていない。要するに、地理的、時間的な余裕の有無がこれらの海洋覇権国が持つ危機感に違いをもたらすのだ。それにより、超大国米国の大戦略の選択肢は大英帝国よりも多く存在することになる。
 ミアシャイマーは、現在の米国の大戦略の背景にある米国の独自性に対して苦言を呈している。そして、米国の誤りは、長年追求してきた「リベラル・ヘゲモニー(liberal hegemony)」と彼が呼ぶ、グローバルな問題の解決を目的としただけでなく、米国の価値観に基づいた世界秩序を促進することも目的としてパワーを用いる、見当違いの大戦略が原因であると以前から主張している[30]
 国家のパワーの分布や勢力均衡に基づいて策定されるリアリスト的な戦略を軽視する米国の独自性ともいえる戦略文化的な傾向が、現在のようなウクライナ危機を引き起こしたとミアシャイマーは批判していることになる。
 そして、米国人はこのようなリベラル・ヘゲモニーを好むが、アフガニスタンやイラクでの戦争を経て、現在は自国の兵士を犠牲にすることに神経質になっている。米国のエスタブリッシュメントはリベラル派の考える正義を好む一方で、現在の米国内では厭戦の雰囲気が強い。

 

3 中ロ北と対峙する日本

 中国は国境問題を解決し、大陸のライバルであるロシアとの関係を回復させた。そして、「経済が発展すれば中国は民主化する」と予想した米国人や日本人をはじめとした長年にわたる国際社会の対応により大いに助けられた。結果として、中国は大陸の国々が歴史において苦労してきたライバル国家のバランシングの的になるどころか支援を受け、その経済力と軍事力の増強に邁進した。
 その意図が露わになった時には、中国の国力は東アジアの覇権確立を窺うまでに成長し、現在でも急速にその海軍、ミサイル兵器、核兵器を増強している。中国が封じ込めの必要な脅威として台頭したことについては、本来早い段階で中国大陸へのバランシングに注力すべきだった海洋国家群に多大な責任がある。現代の日米には、オフショア・バランサーとしての器量が無かったと言わざるを得ない。
 2022年10月に発表された米国の『国家安全保障戦略』と『国家防衛戦略』によって、中国への対応が米国にとって最優先課題であることが明確になった。しかし、ウクライナ危機に関するミアシャイマーの米国批判が正しいのならば、チグハグな印象が拭えない海洋国家の盟主による立ち回りといえる。日本の立場からすれば、海洋国家と大陸国家の戦略的関係、中国の台頭、そして日中関係を考慮すると、最悪の場合でも、ロシアは中立に近い立場にさせておくべきだった。
 米国人のミアシャイマーが嘆くような状況の深刻さを、今や「火薬庫」と化した東アジアで暮らす日本人はどれほど感じているのだろうか。今後の国際社会におけるパワーゲームのシナリオを想像すると浮かび上がってくるものは、日本にとって非常に困難な未来である。
 今後のロシアおよび国際社会の情勢は不透明であるが、ロシアと中国の結束が強まり、この二国間の関係において中国の立場が強くなる可能性は否定できない。これは前述の海洋国家と大陸国家の歴史や戦略的関係を考慮すると、強大な大陸国家同士が協力して海洋国家と対峙するという、特に日本にとって最悪のシナリオとなる。日本は、中国とロシアという二大大陸国家と地理的に直接対峙している唯一の海洋の大国であり、これは深刻な古典地政学的対立構造に否応なく巻き込まれることを示唆している。
 リムランド(rimland)(ユーラシア大陸沿岸の地域)を形成し、核兵器を保有する強大な大陸国家同士が密接な関係を構築している。さらに東アジアの潜在覇権国である中国は、今や隻数においては世界最大の海軍を保有している。最悪の場合、中国だけでなくロシア、そしてこれらと特別な関係にある北朝鮮を加えた危険な核保有国3国と深刻な状況で向き合う必要がある日本の安全保障環境は、海洋国家の歴史の中でも前古未曽有の危機的なものになる。
 米国は日本にとって唯一の同盟国であるが、米国の介入主義者にとっても東アジアはあくまで米国本土と離れた第一次の防衛線である。さらに、日本の文明圏は孤立しており、米国はもちろん、周辺国とも共有されていない。その観点から、他国を頼りにすることが難しい国家であることは自覚されるべきである。したがって、日本は海洋国家の一員であり、海洋国家によって主導されるコアリションという協力関係の重要性を強調する必要がある一方で、他国よりも「自国は自分自身で守りきる」という強い覚悟を持たなくてはならない。
 もちろん、未来のすべての事態は誰にも予知できない。ロシアがウクライナとの戦争を経てひどく弱体化する可能性、また、ロシアや中国の国内で大きな変化が起こる可能性も考えられる。さらに、ロシアも中国も北朝鮮も、腹の中ではお互いをまったく信用してはいないだろう。いずれにせよ、戦略を考える上で重要なのは、未来は不可知であるとの認識を持ち、謙虚さと慎重さを忘れず、常に最善の状況を目指して取り組みつつも、最悪の状況も想定し、柔軟性を持った備えを講じることである。

おわりに

 国際安全保障の議論において「海洋国家対大陸国家」という対立の構図は時折言及される。しかし、大規模な国家間同士の争いには、多くの国々を巻き込んだ同盟戦略が常に存在する。そして、このライバル関係において勝利するためには、海洋国家こそが、大陸の友邦、大陸国家同士の対立を必要とするのであった。
 ロシアを敵視する米国の伝統的な姿勢は、ミアシャイマーの主張するリベラル・ヘゲモニー的なもの、そして、一部の米国人が持つ憎悪、怨恨、欲望といったものに起因すると考えられる。このような勢力均衡を無視した感情的な振る舞いによって災厄がもたらされる可能性があるのは、世界一安全な地理的位置にある米国自身ではなく、ユーラシア大陸の東端に位置するオフショア・アイランドである。核保有国である中国、ロシア、北朝鮮と直接対峙しなければならない海洋国家日本は未曾有の危機的な状況にある。
 中国が将来台湾を侵攻する可能性に注目が集まっている。そして、共産党が支配する大陸は、政治経済の面でこれまでにない不安定さを感じさせている。中国国内の不穏な状況がもたらす影響はその対外政策に波及すると考えられるべきであり、何が起きてもおかしくないだろう。
 このような状況下で、日本人は未だに「戦後体制」なるものに執着していて良いのか。大きな変化を受け入れなければ、日本に訪れる未来は悲惨なものになるだろう。

※本稿は筆者の個人的見解である。

[1] Colin S. Gray, The Navy in the Post-Cold War World: the Uses and Value of Strategic Sea Power, The Pennsylvania State University Press, 1994, pp. 63-64.

[2] Ibid., p. 58.

[3] Ibid., pp. 65-66.

[4] ハルフォード・ジョン・マッキンダー『マッキンダーの地政学:デモクラシーの理想と現実』曽村保信訳、原書房、2008年、67頁。

[5] 同上。

[6] Gray, The Navy in the Post-Cold War World, p. 67.

[7] Colin S. Gray, The Leverage of Sea Power: The Strategic Advantage of Navies in War, Macmillan International, 1992, p. xi.

[8] Gray, The Navy in the Post-Cold War World, p. 42

[9] Ibid., p. 40.

[10] Gray, The Leverage of Sea Power, pp. 2-3; Ibid., pp. 39-40.

[11] Gray, The Leverage of Sea Power, p. 282.

[12] Ibid., p. 283.

[13] Ibid., p. xi.

[14] Ibid., pp. 56-91.

[15] Colin S. Gray, Modern Strategy, Oxford University Press, 1999, p. 227.

[16] Gray, The Navy in the Post-Cold War World, pp. 13-25.

[17] Ibid., p. 22.

[18] Ibid., p. 44.

[19] Ibid., p. 22; and also see, Norman Friedman, Sea Power as Strategy: Navies and National Interests, Naval Institute Press, 2001, pp. 14-32. 日露戦争に関していえば、ロシアの反体制勢力やロシア国内外に存在する反ロシア民族主義者たちがこのようなランドパワーに相当するといえるかもしれない。

[20] See, for example, Julian S. Corbett, Some Principles of Maritime Strategy, Introduction by Eric Grove, Naval Institute Press, 1988 (originally published by Lonmans Green and Co. in 1911); Basil Liddell Hart, British Way in Warfare, Faber and Faber, 1932; Michael Howard, The Continental Commitment, Penguin Books, 1974; Paul M. Kennedy, The Rise and Fall of British Naval Mastery, Allen Lane, 1976; Michael Howard, The Cause of Wars and other essays, 2nd ed., Harvard University Press, 1983, pp. 169-187.

[21] Colin S. Gray, “Seapower and Landpower,” Colin S. Gray and Roger W. Barnett eds., Seapower and Strategy, Naval Institute Press, 1989, p. 21; Gray, The Leverage of Sea Power, pp. 31-55.

[22] John J. Mearsheimer, “The Causes and Consequences of the Ukraine War,” Russia Matter, June 23, 2022, https://www.russiamatters.org/analysis/causes-and-consequences-ukraine-war.

[23] Joseph Nye, “What caused the war in Ukraine?,” Strategist, 5 October, 2022,https://www.aspistrategist.org.au/what-caused-the-war-in-ukraine/.

[24] Mearsheimer, “The Causes and Consequences of the Ukraine War.”

[25] Ibid., and also see, for example, John J. Mearsheimer, The Great Delusion: Liberal Dreams and International Realities, Yale University Press, 2018; J・ミアシャイマー「総力特集 誰のための戦争か? この戦争の最大の勝者は中国だ」『文藝春秋』第100巻6号、2022年6月、146-157頁。また、日本でも著名なフランスの歴史学者エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)も、ウクライナ戦争の主な責任は、米国と西側諸国にあり、プーチンとロシアは「NATOがロシアの国境に迫ることは、ロシアにとって国家存亡の危機」と繰り返し強調してきた、と「地政学的・戦略学的視点」から論じているというミアシャイマーの主張に同調している。たとえば、次の文献を参照:エマニュエル・トッド「緊急特集 ウクライナ戦争と核 日本核武装のすすめ」『文藝春秋』第100巻6号、2022年5月、95-96頁;エマニュエル・トッド「世界は第三次大戦の瀬戸際 仏独日は阻止に動く時」『中央公論』第136巻7号、2022年7月、120-121頁。

[26] Joe Cirincione, “What’s Missing from Mearsheimer’s Analysis of the Ukraine War,” Russia Matters, July 29, 2022, https://www.russiamatters.org/analysis/whats-missing-mearsheimers-analysis-ukraine-war.

[27] ミアシャイマー「この戦争の最大の勝者は中国だ」152-154頁。

[28] John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt, “The Case for Offshore Balancing: A Superior U.S. Grand Strategy,” Foreign Affairs, July/August, 2016, p. 73.

[29] Ibid., p. 76.

[30] Ibid., p. 71.