地域間の連携による違法・無報告・無規制漁業の問題解決に向けて

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藤井巌,笹川平和財団海洋政策研究所 研究員

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1.はじめに

(1)違法・無報告・無規制漁業がもたらす影響

 水産資源は世界の多くの人に食糧をもたらしていると同時に、漁業は多くの国で重要な産業として位置付けられている。国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization:FAO)の報告書によると、約33億人が主な蛋白源として水産資源を摂取しており、また、約1.2億人が主な収入源として漁業に依存している(FAO 2020)。世界人口の急増に伴い、水産資源に対する需要や依存度はさらに高まると予想される。しかし、海洋における水産資源量の34.2%は既に乱獲状態にあると推定されている(FAO 2020)。また「獲り過ぎ」という人的要因に加え、気候変動等の環境要因が、水産資源に影響を及ぼしている。例えば、海水温の上昇により海洋生物の分布域が高緯度海域に移動しており、漁獲される魚種に変化が生じていることが各地で報告されている(Oremus et al. 2020)。北海道におけるブリ(Seriola quinqueradiata)の漁獲量増加は、その一例である(東洋経済 2021)。持続的に水産資源を利用していくためにも、複雑に作用するこれらの要因を複合的に考慮した水産資源管理が喫緊の課題となる。
 水産資源に影響をもたらし得るもう一つの要因に、違法・無報告・無規制漁業がある。本問題は、各要素の英語の頭文字(Illegal, Unreported, Unregulated)を取ってIUU漁業と呼ばれる。IUU漁業のうち、違法・無報告漁業由来の漁獲物は1,100万tから2,600万tと推定されている(Agnew et al. 2009)。これは、2018年時点の海面漁業の生産量が約9,640万tであることからも、最大で25%もの漁獲物が違法・無報告由来である可能性が示唆される。また、IUU漁業が与える経済的損失は、アジア太平洋地域だけでも年間約50億米ドルと推定されている(FAO 2019a)。さらには、気候変動により北極海の氷が融解し、ユーラシアおよびアフリカ大陸を取り囲むユーラシア・ブルーベルトと、南北アメリカ大陸を取り囲むリム・アメリカン・パシフィック・ブルーベルトと呼ばれるシーレーンが形成されつつある。この二つを合わせてブルー・インフィニティー・ループとすることが提唱されているが(小森 2020)、新たな漁業活動可能海域が出現することによって、IUU漁業が生じうる海域も拡大されるだろう。しかし、IUU漁業は持続可能な漁業や関連する経済に大きな脅威となるものの、秘密裏に行われるという性質上、その実態や影響を完全に明らかにすることは難しい(Donlan et al. 2020)。
 IUU漁業は海洋安全保障にも影響を及ぼす。南シナ海における中国漁船の違法操業は、その一例である。中国は同海域において「九段線」[1]を主張し、東南アジア各国の排他的経済水域(Economic Exclusive Zone:EEZ)に重複する海域を含め、南シナ海一帯の実行支配を強めている。例えば、中国漁船は、これらを警備する中国海警局の艦艇を伴い、九段線内の海域と重なるインドネシアEEZ内[2]で無許可操業を行っている(Meyer et al. 2019)。これに対してインドネシア政府は、同海域の海軍艦艇を増派し、警備活動を強化した(The Diplomat 2020)。しかし、両国艦艇の接近は度々生じ、南シナ海における緊張状態の一因となっている。さらに、IUU漁業は領土問題に関連する伝統的安全保障上の脅威となるほか、人身売買や強制労働等の海洋犯罪の温床にもなっている(Chapsos and Hamilton 2019)。

(2)IUU漁業の問題解決に向けた既存の取組み

 次章でも述べる通り、IUU漁業には様々な形態がある。FAOの定義でも、IUU漁業はあらゆる違法な漁業を包含するものとされている。例えば、違法漁業は許可を受けない操業や、国内法や地域漁業管理機関(Regional Fisheries Management Organization:RFMO)[3]の保存管理措置に反する操業等と定義されている。また、無報告漁業は国内法や規則、RFMOの報告規則に従わず漁獲を報告しなかったり、虚偽の報告を行ったりすることを指す。一方、無規制漁業については、無国籍漁船や本来規制を受けることのないRFMO非加盟国の漁船が、RFMO条約水域で保存管理措置に反する操業を行ったり、RFMOによる管轄下にない海域で国際法に反する操業を行ったりすること等を意味する。漁業におけるあらゆる違法操業を含むIUU漁業は、その解決に包括的なアプローチが求められる。
 IUU漁業の問題解決に向けて、世界では様々な取組みが行われている。これらは、国際・地域・国レベルに類別される。2001年にFAOで採択された「IUU漁業を防止、抑止、及び排除するための国際行動計画(International Plan of Action to Prevent, Deter and Eliminate Illegal, Unreported and Unregulated Fishing:IPOA-IUU)」は、IUU漁業に関する代表的な国際枠組である。IPOA-IUUは漁船の旗国、沿岸国、寄港国、および市場国[4]がIUU漁業に対して取るべき措置の内容について規定している。しかし、IPOA-IUUは法的拘束力を備えない自主的な約束と位置付けられている。一方で、2009年にFAOで採択された「違法な漁業、報告されていない漁業及び規制されていない漁業を防止、抑止、及び排除するための寄港国の措置に関する協定(以下、寄港国措置協定という)」は、IUU漁業に関して法的な拘束力を持つ唯一の国際枠組である。寄港国措置協定は寄港国が入港を希望する漁船から漁獲情報取得を義務付けるとともに、IUU漁業に関与した疑いがある漁船への臨検、IUU漁業が発覚した漁船への入港拒否や取調べ、旗国への通知を規定している。
 地域レベルでの取組みには、RFMOが実施する保存管理措置が挙げられる。IUU漁業対策に関連する保存管理措置には、漁船を監視するための船舶監視システム(Vessel Monitoring System:VMS)や乗船オブザーバー、公海乗船検査の他、IUU漁船リスト等が挙げられる。なお、RFMOの管理対象水域は主に国の管轄権が及ばない公海であり、その対策も主に公海で操業する漁船が対象となる。RFMOの取組み以外には、ヨーロッパ諸国連合(European Union:EU)のIUU漁業規則がある。本規則ではEUが、IUU漁業対策が不十分な国に対してイエローカードを発出し、なおも改善が見られない場合はその国からEUへの水産物の輸出を禁じている。また、東南アジア漁業開発センター(Southeast Asian Fisheries Development Center:SEAFDEC)は、東南アジア諸国間で寄港国措置実施のための能力構築プログラムを実施したり、南太平洋フォーラム漁業機関(Forum Fisheries Agency:FFA)は、加盟国で共同パトロールを実施したりと、IUU漁業対策に関する地域レベルでの多国間連携の事例は様々ある。一方、国レベルでは、漁船登録等の旗国としての取組み、漁船監視やパトロール等の沿岸国としての取組み、港湾検査等の寄港国としての取組み、漁獲証明等の市場国としての取組みがある。国レベルでのIUU漁業対策については、次章で詳しく取り上げる。

(3)本稿の目的

 このように、IUU漁業に関する様々な取組みが行われているにも関わらず、本問題の解決には未だ至っていない。その原因としてFFAのように、洋上の漁船に対する監視・管理・取締(Monitoring, Control, and Surveillance:MCS)に特化した国同士の連携不足が考えられる。本章ではこれを仮説とし、はじめにインド太平洋の主要沿岸8か国(日本、台湾、インドネシア、タイ、バングラディシュ、スリランカ、パラオ、ミクロネシア連邦)におけるIUU漁業の現状を概観する。そのうえでMCSの課題を明らかにし、その展望について考察する。なお、本章でインド太平洋に焦点を当てた理由は、同地域が世界の海面漁業漁獲量の半分以上を生産する地域であるためである(FAO 2020)。また、8か国は、漁業生産量または漁業への依存度(特に海面漁業)、情報量の豊富さ、地理的バランスを考慮して選択された。なお、IUU漁業の議論において最も焦点が当てられる中国については、Shen and Huang(2021)やDesierto(2020)等の先行研究による知見の蓄積があり、それらを参照されたい。

2.インド太平洋におけるIUU漁業のMCS

(1)各国の漁業およびIUU漁業の現状

 本節ではアジア太平洋8か国それぞれのIUU漁業の現状について、漁業の現状と併せて概観する。IUU漁業には主に2つの主要なアクターがあり、それぞれで動機や背景が異なることが報告されている。2つの主要なアクターとは、第一に沿岸の小規模・零細漁業者、そして第二に沖合の大規模・商業漁業者である。前者の小規模・零細漁業者については、経済的困窮や貧困、長期間の失業等の理由から、自らのあるいは家族の生活維持のために止む無く密漁するケースが知られている(Ballesteros and Rodríguez-Rodríguez 2018)。また、漁業者の漁業法や関連規則に対する認識不足等も指摘されている(Iacarell et al. 2021)。一方で、後者の大規模・商業漁業については、違法操業を行う動機が法や規則の逸脱によるコストの最小化・利益の最大化といった、経済的動機に由るところが大きい(Schmidt 2005)。このようにIUU漁業はその形態によって要因や背景が異なり、各国はそれぞれのケースに応じた対応を取ることが求められる。
 はじめに、東アジアの日本および台湾のIUU漁業の現状について概観する。前者の日本は世界で8番目に多い海面漁業の漁獲量を誇る(FAO 2020)。また、同国では85%以上の漁業経営体(海面漁業を営む世帯または事業所)が沿岸漁業を営む一方で(水産庁 2019)、中国、台湾に次ぐ遠洋漁業大国でもある(STIMSON 2019)。さらに、日本は周辺国との二国間協定により、外国漁船に同国EEZでの操業を認めている(なお、2021年時点では二国間交渉の決裂により、中国および韓国漁船の操業許可が保留となっている)。日本におけるIUU漁業の特徴は、漁業権を持たない者による沿岸域の密漁件数の増加である(水産庁a)。また、事例は少ないものの、2020年には日本の遠洋漁船による違法操業(違法なフカヒレ漁)が報告されている(Department of Justice of the United States 2020)。一方、日本の沖合では、許可を受けない周辺国の外国漁船による操業(許可を受けず漁具を設置する行為等)が問題となっている(水産庁 2021a)。
 後者の台湾における海面漁業の漁獲量は世界で22番目であるが(FAO 2020)、中国に次ぐ遠洋漁業大国である(STIMSON 2019)。台湾は長らく、同国籍の所有者が運航する便宜置籍船(船主の所在国とは異なる国家に船籍を置く船)について問題視されてきた。本問題は2005年に大西洋まぐろ類保存国際委員会でも議論され、翌年に台湾の漁獲枠が75%削減される決議に至った。また、台湾漁船によるフィッシュロンダリング(違法漁獲物に虚偽の情報を付与し、正規品として市場に流通させること)や違法操業(虚偽の漁獲報告、違法なフカヒレ漁、許可を受けない洋上転載等)が報告されている。さらに近年では、台湾漁船の外国人乗組員に対する強制労働が、国際的な批判を浴びている。
 第二に、東南アジアのインドネシアおよびタイのIUU漁業の現状について概観する。インドネシアは世界で3番目に多い海面漁業の漁獲量を誇る(FAO 2020)。一方でタイにおける海面漁業の漁獲量は世界で12番目であるものの、4番目に大きい水産物輸出量を誇る(FAO 2020)。両国の漁業における最大の特徴は、沿岸で操業するであろう小型漁船数の割合が全体の漁船数に比して非常に高いことである(インドネシア:99.5%[5]、タイ:89.3%[6])(SEAFDEC 2017;Department of Fisheries of Thailand 2015 and 2021)。IUU漁業については、インドネシアやタイでは禁漁区や禁漁期での操業や違法漁具を用いた操業、禁止された種の漁獲等の違法漁業が報告されている。また、インドネシアでは、無許可操業や免許条件に違反した操業が存在する。両国の漁業において国際的に問題視されていることが、外国人船員の強制労働である。外国人船員はブローカーを介して周辺国からインドネシアやタイに連れてこられることが知られており、強制労働は人身売買の問題も付随する。その他に、インドネシアのナツナ海では中国漁船による違法操業が相次いでいる。ナツナ海は同国のEEZ内にあるが、その一部は中国が主張する「九段線」と重なっており、中国漁船の違法操業が両国の領海問題に発展している(Meyer et al. 2019)。
 第三に、南アジアのバングラディシュおよびスリランカのIUU漁業の現状について概観する。両国における海面漁業の漁獲量は、本稿で取り上げた他のアジア諸国と比較しても少ない(Department of Fisheries of   Bangladesh 2018;Ministry of Fisheries and Aquatic Resources Development of Sri Lanka 2020)。しかし、漁獲量は直近30年間で増加し続けており、同産業の重要性の高まりが示唆される。また、両国は上記の東南アジア2か国と同様に、沿岸で操業する小型漁船数の割合が全体の漁船数に比して非常に高い(バングラディシュ:99.6%[7]、スリランカ:90.0%[8])(Department of Fisheries of Bangladesh 2018;Ministry of Fisheries and Aquatic Resources Development of Sri Lanka 2020)。IUU漁業については、バングラディシュやスリランカでは禁漁区や禁漁期での操業や違法漁具を用いた操業等が報告されている。例えばバングラディシュでは、その操業が禁止されている40m以浅の海域でトロール漁船が操業しており、同国で最も重要な種とされるヒルサ(Tenualosa ilisha)の禁漁期における密漁が問題視されている。また、スリランカの遠洋漁船による違法操業も生じている。両国においては周辺国から来る漁船、とりわけインド漁船による違法操業が相次いでいる。特にスリランカでは、国境を接するインドのタミルナドゥ州から来る漁船の無許可操業が頻繁に生じており、スリランカの漁業者にとって水産資源管理上の問題となっている(Shamsuzzaman and Islam 2018;Kularatne 2020)。
 最後に、大洋州(特にミクロネシア地域)のパラオおよびミクロネシア連邦のIUU漁業の現状について概観する。両国はナウル協定の隻日数制入漁料制度(Vessel Day Scheme:VDS)のもと、外国漁船のEEZ内での操業を認めている。これらの漁船の多くはマグロ延縄漁またはマグロ旋網漁であり、主な船籍は、日本、台湾、韓国、中国、アメリカである(Oleson and others 2019;National Oceanic Resource Management Authority)。パラオやミクロネシア連邦では、外国漁船によるIUU漁業が問題となっている。例えばパラオでは、ブルーボートと呼ばれる東南アジアから来る木造の小型漁船が、同国沿岸でナマコを密漁していることが知られている。その他の違法操業のケースとして、同国沖合での無許可の集魚装置の使用や、EEZ付近の公海における無許可の洋上転載がある。またミクロネシア連邦では、外国漁船による無許可操業の他、許可を受けた漁船による虚偽の漁獲量の報告が生じている。FFAによると、違法に漁獲または洋上転載された水産物は、最大で年間15億米ドルの経済的損失をもたらしている推定されている(MRAG Asia Pacific 2016)。

(2)各国のIUU漁業対策

 インド太平洋8か国では、2010年代に入り漁船に対するMCSの取組みが大幅に拡大された。その国の状況によって、新たに導入されたMCSあるいは強化された既存のMCSが混在する。これらの国で共通して導入されている主なMCSには漁船追跡や、パトロール、乗船オブザーバーがある。また、洋上の漁船に対する監視とは他に、8か国全てで寄港国措置協定に批准したか、あるいは、それに準ずる措置を講じている点は、特筆すべきである。さらに、MCSの改善に向けて国内法を新たに制定したり、改正したりする動きが多くの国で見られた。本章では、各国のMCS拡大の動きについて概観する。
 はじめに日本の動きであるが、同国は2018年に漁業法を改正し、IUU漁業対策の取組みを強化した。改正漁業法では、密漁に対する懲役が最大3年間、罰金が最大3,000万円となり、密漁が厳罰化された。また、改正漁業法はVMSによる漁船監視の対象を公海または外国のEEZで操業する漁船のみならず、大臣許可漁業[9]のもと操業する全ての漁船に拡大した。なお、VMSの搭載に関する規定の詳細は、「指定漁業の許可及び取締り等に関する省令」に記載されている。日本は同年に漁業取締本部を設置し、水産庁における関連部署間での指揮系統命令を、水産庁長官を本部長として一元化することにより、漁船取締の機能強化を図った。同本部の設置は、主に急増する外国漁船の違法操業に対応することを目的としている(水産庁b)。その他に乗船オブザーバーについては、日本のオブザーバープログラムが2012年に中西部太平洋まぐろ類委員会(Western and Central Pacific Fisheries Commission:WCPFC)によって地域オブザーバープログラムの認定を受けた。さらに日本は、2017年に寄港国措置協定に批准した。本協定のもと、日本の漁港に入港する全ての外国漁船は、関係書類や漁獲量、使用漁具の確認等の検査対象となる。
 台湾については、2016年にEUから水産物輸出に対するイエローカード勧告を受けたことによって(2019年に解除)、「遠洋漁法三法」(遠洋漁業法、漁業法、及び外国漁船投資経営管理法)を制定または改正し、IUU漁業に対するMCSを強化した。同国が2016年に制定した新遠洋漁業法は、漁船がVMSや電子操業記録を導入することを規定している。同法は、公海または外国水域で操業する全ての漁船がVMSによる監視対象であるとし、規定の詳細を「船舶位置報告、漁獲報告、航海図及び監視センターのための機器の管理とガイダンスに関する規制」に定めている。また同法は罰金額の大幅な引上げにより、違法操業への罰則を強化した。さらに台湾は、遠洋漁業法の制定に沿う形で漁業法および外国漁船投資経営管理法を改正した。外国漁船投資経営管理法は、台湾国籍の船主が所有する便宜置籍船について規定した法律であるが、改正法では、これらの漁船による「重大な違反」をはじめて定義した。その他に台湾は、RFMOの地域オブザーバープログラムのもと、自国の漁船オブザーバーを増員したり、寄港国措置協定に批准してはいないものの、それに準ずる規則を外国籍漁船に適用する等の措置を講じたりしている。
 インドネシアについては、IUU漁業に対するその取組みが先進的であるとされ、国際的に評価を受けた(Antaranews.com 2017)。特筆すべきは、スシ元水産大臣によるIUU漁船への強硬策である。スシ元大臣の在任期間中(2014-2019年)、インドネシアは同国水域内における違法漁船の拿捕および爆破、洋上転載の禁止、外国漁船操業許可の一時停止等の措置を講じた。しかし、漁船爆破のような厳しい措置は、スシ氏の大臣在任期間が終了した後は確認されていない。その他にインドネシアは、漁船VMSに関する海洋水産漁業省規則(Regulation of the Minister of Marine and Fisheries of the R.I. No. 42/Permen-Kp/2015 about Fishing VMS)のもと、30t以上の漁船にVMSの搭載を義務付けている。同時に、同国バリ島を拠点にバリ・レーダー地上受信局を設置し、合成開口レーダーによる衛星画像を用いた漁船監視を実施している。画像情報は、VMS等の位置情報と組み合わされることにより、違法漁船のより詳細な特定を可能にしている。また、インドネシアは漁船のMCS強化のためにインドネシア海上保安機構やインドネシア海事情報センターをそれぞれ2014年および2020年に設立した。さらにインドネシアは、2016年に寄港国措置協定に批准するとともに、SEAFDECによる寄港国措置能力構築プログラムに参加している。
 タイは台湾と同様に、2015年にEUのイエローカード勧告を受け(2019年解除)、同年に漁業王令(Royal Ordinance on Fisheries B.E. 2558)を公布した。同法は漁船のVMSの搭載および操業記録について規定するとともに、同国水域外(特に南インド漁業協定の管理水域)で操業する漁船全てにオブザーバーの乗船を義務付けた。また、同法はインドネシアと同様に、30t以上の漁船にVMSの搭載を義務付けている。タイは同時にIUU漁業撲滅指令センター(Command Center for Combating Illegal Fishing:CCCIF)を設置し、関連省庁間の連携促進によるIUU漁業のMCS強化を図った。CCCIFは同国首相の指揮下のもと、水産局や労働省等から構成されるアドホックな機関である。CCCIFは2019年にEUがイエローカード勧告を取消す際に廃止され、その機能はタイ海事執行調整センター(Thailand Maritime Enforcement Coordinating Center:THAI-MECC)に引継がれた。その他にタイは、2015年に出入港センター(Port-in Port-out Centers:PIPO)を全国30か所に配置し、自国漁船の管理を強化した。PIPO制度のもと漁船には出漁許可が発行されるとともに、操業記録の正確性が港湾検査やVMS情報によって確認される。さらに、タイはインドネシアと同様に2016年に寄港国措置協定に批准するとともに、SEAFDECによる寄港国措置能力構築プログラムに参加している。また、国際NGOによる寄港国措置実施の支援プログラムを受けている。
 バングラディシュによるIUU漁業のMCSの強化は、インド太平洋8か国の中で一番最近に開始された。同国は2020年に新海面漁業法を制定したとともに、同法を施行するための海面漁業規則草案を起草中である(2021年7月時点)。新海面漁業法は商業漁船(主にトロール漁船)に対してVMSおよび船舶自動識別装置(Automatic Identification System:AIS)の両方の装着を、これらの漁船に対する操業許可発行の条件としている。さらに、その他のモーター搭載漁船や小規模・零細漁業における小型漁船についてもAISの搭載を義務付けている。現在のバングラディシュにおいては、VMSやAIS情報を一元的に扱う漁船監視センターが存在しないが、水産局をはじめとする関連省庁との合同MCSセンターの設置や、小規模漁業者を対象とした漁業者IDカードシステムの導入が計画されている。なお、これらは世界銀行による持続可能な沿岸・海面漁業事業(2019 – 2023)の一環として実施されている。その他にバングラディシュでは、ヒルサの幼魚の保護を目的とした沿岸警備隊によるパトロールや、海軍による保護キャンペーン活動が展開されている。なお、同国は2019年に寄港国措置協定に批准した。
 スリランカは2012年にEUのイエローカード勧告を受け(2014年にはEUへの水産物禁輸措置を意味するレッドカードが発出されたが、2016年に解除)、一連の漁業規則を制定することにより、IUU漁業のMCS強化を図った。同国の対策は、主に公海漁業に主眼が当てられている。同国は漁業水産資源法のもと、公海漁業操業規則(2014年)、漁獲データ収集規則(2014年)、公海操業漁船のためのVMS実施規則(2015年)等の関連規則を制定した。これらの規則のもと、公海で操業する漁船全てにVMSおよび操業記録の導入が義務付けられている他、自国水域内で複数日にわたって操業する沖合漁船についても、操業記録の導入が義務付けられている。また、VMS実施規則は、10.3m以上の公海漁船に対して4時間毎に位置情報を報告するように定めている。さらにスリランカは、2014年に24m以上の漁船を対象に、乗船オブザーバープログラムを試験的に開始し、20名のオブザーバー育成を実施した。なお、乗船オブザーバープログラムは、同国が加盟するインド洋まぐろ類委員会(Indian Ocean Tuna Commission:IOTC)の決議10/04に従い実施されたものであるが、同決議における乗船オブザーバーの主たる目的は、漁獲量等の科学データの取得であることに留意されたい。IOTCは別に、洋上転載の乗船オブザーバーを規定している。寄港国措置については、スリランカは2011年に寄港国措置協定に批准しており、現在はIOTCの寄港国措置電子システムを用いて、同措置を講じている。
 パラオおよびミクロネシア連邦によるIUU漁業のMCSの多くは、FFAの枠組のもと実施されている。例えば、これら2か国のVMS情報はFFAにも共有され、太平洋島嶼国全体で漁船の監視が行われている。また、それぞれの国について、2015年に制定されたパラオの国家海洋保護区法は、同国のEEZ内に設置された国内漁業区域で操業する外国漁船にVMSおよびAISの設置を求めている[10]。また、ミクロネシア連邦の海洋資源法は、同国のEEZ内で操業する外国漁船にVMSの設置を求めているとともに、「IUU漁業を防止、抑止、及び排除するための国家行動計画」は、ミクロネシア連邦国籍の漁船が国外水域で操業する際のVMS設置を規定している。さらに、2か国はFFA加盟国およびアメリカと、太平洋島嶼国の水域を広くカバーする形で合同パトロールを実施している。なお、本取組みは、「南太平洋地域における漁業監視と法執行の協力に関するニウエ協定の実施強化に関する協定」(2012年締結)のもと実施されている。その他に2か国は、アメリカ沿岸警備隊(US Coast Guard:USCG)とシップライダー協定を結び、パトロールを実施している。本協定は、パラオまたはミクロネシア連邦の漁船取締担当官がUSCGの取締船に乗り込み、USCGが2か国を代表してパトロールを行う制度である。また、オーストラリア海軍および日本財団は両国に対して取締船を供与するとともに、アドバイザーを派遣し、漁船の取締強化に関する支援を行っている。寄港国措置については、パラオは2015年に寄港国措置協定に批准した一方で、ミクロネシア連邦は同協定に批准していない。しかし、ミクロネシア連邦は、WCPFCの寄港国措置に関する保存管理措置に従い、独自に寄港国措置を実施している。

(3)各国のIUU漁業対策の課題

 前節では、インド太平洋8か国において、2010年代に様々なIUU漁業のMCSが講じられてきたことを述べた。一方で、これらのIUU漁業対策に対する効果を検証した例は少ない。その一つとして、インドネシアが実施したIUU漁船に対する強硬策の効果が報告されている(Cabral et al. 2018)。本報告によると、強硬策により同国水域内で操業する外国漁船は90%以上減少したと推定されている。また、FFAは加盟国で実施する洋上の監視・取締活動実施中に違法操業の兆候は見られず、合同パトロールは成功裏に終了したと報告した(FFA 2010)。しかし、本報告は2010年時点のものであり、それ以降の最新の状況に関する報告は確認されなかった。日本においては1996年から2019年にかけて漁業者による密漁の検挙数が約80%減少した一方で、漁業権を持たない非漁業者による密漁が3倍にも増加した(水産庁a)。また、台湾は2016年に遠洋漁法三法を制定後の2017年から2020年の4月にかけて計227の違法漁船を検挙し、徴収した罰金額は計720米ドルに上った(Huang et al. 2021)。しかし、台湾は2021年にアメリカよりIUU漁業国の認定を受け、同国の取組みが十分な効果を発揮していないことが浮き彫りとなった。
 IUU漁業のMCSの効果を評価することは難しい。その原因に、検挙された漁船や違反者、罰金額等の時系列データが不足していることが挙げられる。また、あらゆる外部要因がMCSの効果検証を困難なものにしている。例えば、日本では水産庁が洋上で臨検を実施した外国漁船数は2017年から急激に減少しているとともに、拿捕された漁船も同年から継続的に減少傾向にあった(水産庁 2021b)。これは、同国による外国漁船取締強化の成果ではなく、2016年に韓国との、また2017年に中国との二国間漁業協定の交渉が決裂したことにより、日本のEEZにおける韓国籍および中国籍漁船の操業が停止されていることに起因する(水産庁c)。しかし、日本を含めたMCSの強化は2010年代に入り加速したことからも、その効果を検証するためには、さらなる時間を要すると考えられる。
 IUU漁業のMCSにおいては、その効果検証の難しさに加え、各国のMCS実施能力が不足していることにより、その対象範囲が限られていたり、関連省庁間、ステークホルダー間、国家間、あるいは地域間での連携が不足したりしているといった課題がある。
 日本における課題には、急増する非漁業者による沿岸域の密漁に対して、有効な策が講じられていない現状が挙げられる。また、外国漁船による違法操業数に比して十分に対応するための取締船や取締官等のリソースが不足している状況にある。一方、台湾においては、関連省庁やステークホルダー間、特に政府と漁業者との連携不足が指摘されている。また、EUによるイエローカード勧告を受け、短期間で実施した水産改革は、国内の漁業者の負担を増加させ、漁業者による政府への反発を引き起こした(Taipei Times 2018)。さらに、台湾漁船の外国人船員に対する人権問題を改善することや、MCSの効果を検証し改善策を講じることが、同国の今後の課題となる。
 インドネシアとタイが共通して直面する課題には、多数存在する小型漁船に対する監視・管理のための措置がないこと、また、このような措置を講じるためのキャパシティーが限られていることが挙げられる。VMSによる漁船監視は30t以上の比較的大きい漁船に限られることから、VMSのカバー率は低いものとなる(インドネシア:0.5%[11]、タイ:10.7%[12])(SEAFDEC 2017;Department of Fisheries of Thailand 2015 and 2021)。その一方で、漁船登録の仕組みが不完全であることから、小型漁船を含む全ての漁船を把握しきれていない、つまり管理しきれていない現状が示唆される(FAO 2021)。両国が抱えるもう一つの課題に、強制労働および人身売買の問題がある。タイは水産局および労働局の協力関係のもと、水産業における労働枠組の改善を図ってきた。しかし、これらの問題は現在も解決に至っていない(United States International Trade Commission 2021)。その他の課題として、インドネシアでは衛星画像を用いた漁船監視の費用が高く、その経済的持続性が問題となっている。また、前述した通り、インドネシア北側のナツナ海では、同国のEEZ内で中国漁船が中国海警局の艦艇を伴い、無許可操業を行っている。同海域は中国が主張する九段線内の海域と重なっており、このような違法操業が両国の領海問題に発展している。スシ元水産大臣の在任期間中に中国籍やベトナム籍の漁船を対象に強硬策を講じてきたインドネシアであるが、現在このような厳しい措置が取られているかについては、その報告が確認されなかった。これは、インドネシアが中国を含めた周辺国との関係を考慮しての結果と言われている。
 他のアジア諸国と比較して、バングラディシュとスリランカのMCSの取組みは発展途上にあるといえる。特に前者については、2020年に新海面漁業法を制定し、本法のもとでMCSを強化しようとしているものの、8か国の中で唯一漁船監視センターに相当する機関がない等の遅れがある(2021年7月時点)。一方のスリランカについては、沖合・遠洋で複数日にわたって操業する漁船(2019年時点で計4,885隻)がVMSまたは操業記録による監視・管理の対象となるが、VMSの搭載が義務付けられているのは、そのうちの公海操業漁船(2019年時点で計1,189隻)のみである(Ministry of Fisheries and Aquatic Resources Development of Sri Lanka 2020)。また、両国には沿岸域で操業する多数の小型漁船があるものの、VMSによる監視対象漁船は大型の商業漁船に限られる一方で(VMSのカバー率 – バングラディシュ:0.4%[13]、スリランカ:2.4%[14])(Department of Fisheries of Bangladesh 2018;Ministry of Fisheries and Aquatic Resources Development of Sri Lanka 2020)、漁船登録制度が完全なものではないことから、漁船の監視・管理に大きな空白が存在することが示唆される(FAO 2021)。漁船のオブザーバーについては、スリランカはIOTCが規定するオブザーバーカバー率である5%を達成できていない状況にある。この理由として、同国の公海操業漁船は24m[15]以下のものが多く、オブザーバーを乗船させるスペースを漁船が確保できていないことが報告されている。さらに、両国が共通して直面する課題に、周辺国、とりわけインドとの連携の不足が挙げられる。南アジア諸国間ではベンガル湾プログラム政府間組織(Bay of Bengal Programme Inter-Governmental Organisation:BOBP-IGO)が形成され、関係国同士の対話のプラットフォームが設けられた。しかし、インド漁船による違法操業が、バングラディシュおよびスリランカでは未だに多く生じている。その背景に(特にスリランカの場合)、インド南東のタミルナドゥ州から来る漁業者は、スリランカ北西の海域を漁場として利用してきた歴史的経緯があることから、彼らが「歴史的権利」を主張していることが挙げられる(Kularatne 2020)。
 太平洋島嶼国のパラオおよびミクロネシア連邦における課題には、広大の領海およびEEZに対して人的・資金的リソースが限られていることが挙げられる。また、取締船数は両国で数隻に限られており、全ての違法漁船を発見し取り締まることは困難である。パラオでは、自国のMCS能力の向上のため、衛星画像を用いた漁船監視システムを国際NGOの支援のもと導入しようという動きがある。しかし、同国が負担しなければならない費用が高いことから、その実現には至っていない。乗船オブザーバーについては、パラオおよびミクロネシア連邦を含むナウル協定批准国の間でマグロ延縄漁船のオブザーバーカバー率の低さが課題として認識されている(Parties to the Nauru Agreement 2018)。現在、WCPFCの保存管理措置では、マグロ延縄漁船に対して5%のカバー率が規定されているが、ナウル協定批准国はカバー率をさらに上げるべきと主張している。これを実現すべく、これらの国々は電子モニタリングシステムの導入について議論している。その他に、パラオは寄港国措置協定に批准しているものの、同国では寄港国措置を十分に実施するための人的リソースが不足している。現在、パラオでは海洋資源局が寄港国措置の対応にあたっているものの、港湾検査を専門に担当する政府機関がないことから、今後このような機関の設立が求められる。

3.IUU漁業の解決にむけて

 本稿では、インド太平洋各国のIUU漁業の状況は、それぞれの漁業の状況に関連することが確認された。例えば、台湾のような遠洋漁業国では、自国の漁船によるIUU漁業が主な問題として扱われている。それとは対照的に、自国のEEZ内で外国漁船の操業を許可しているパラオやミクロネシアのような太平洋島嶼国では、外国漁船が主たるIUU漁業の原因となっている。このような状況の違いは、台湾のように漁船の旗国としての責任が問われるか、あるいは太平洋島嶼国のように沿岸国としての役割が求められるかといった、IUU漁業のMCSにおける各国の優先事項に違いをもたらす。
 外国漁船については、東南アジアから太平洋島嶼国の沿岸で違法操業を行うブルーボートのような無許可船による違法操業と、許可を受けているものの虚偽の報告を行うといった「正規船」による違法操業の2つに類別される。前者の無許可船はそもそも登録されておらず、VMSによる監視を受けていないので、パトロールによる目視の監視強化が求められる。一方、正規船による違法操業は、VMS情報のみで検知することは難しく、乗船オブザーバーによる監視や、寄港国措置による港湾検査等のその他の措置も重要となる。
 前述した通り、国内の漁船においては、IUU漁業のアクターは主に沿岸域における小規模・零細漁業および沖合・遠洋で操業する大規模・商業漁業に類別される。また、外国漁船と同様に、これらにはそれぞれで無許可船による違法操業、あるいは正規船による違法操業がある。冒頭でも述べた通り、IUU漁業を行う動機や背景は、小規模・零細漁業と大規模・商業漁業とで異なる。例えば、商業漁業については法の逸脱によるコストの最小化・利益の最大化が、違法操業を行う上での最も大きな動機と成り得る(Schmidt 2005)。また、沖合・遠洋漁船が違法な漁業活動を行う主な外部要因に、その海域における水産有用種の数および寄港国として十分な規制を行わない便宜寄港国との距離が挙げられている(Petrossian 2015)。対照的に、沿岸の零細漁業者は、貧困や長期的な失業等の理由から、自らの生活を維持するために止む無く密漁や違法漁具を使用した漁業を行う場合がある(Ballesteros and Rodríguez-Rodríguez 2018)。また、その他の理由として、新たに施行される法や規則に対して反対の意を示すために意図的に違法操業を行う場合や、単に法や規則に関して漁業者間で周知されていない等の例もある(Iacarell et al. 2021;Raemaekers et al. 2011)。IUU漁業の解決には強力なMCSが必要であるが、それと同時に背後にある社会的問題に対処し、その根本的な原因を解消する必要がある。
 IUU漁業の状況が異なれば、それに対応するためのMCSも異なってくる。本稿で取り上げたインド太平洋8か国においても、それぞれの状況に応じて様々なIUU漁業対策を講じていることが確認された。また、IUU漁船対策には、主にVMSによる漁船監視、洋上でのパトロール、乗船オブザーバーに加え、寄港国措置が多くの国で共通して実施されている措置であることが確認された。さらに、MCS強化の動きは、2010年代に大幅に拡大されてきたことが明らかとなった。これは、国連持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)等を通して、IUU漁業の撲滅や持続可能な漁業の実現に対する認識が国際社会で増していることを反映している結果であると考えられる。また、国内あるいは外国漁船による乱獲が、水産資源管理に悪影響を及ぼすだけでなく、後者については領海問題に関連する海洋安全保障上の脅威にもなり得ることが、各国のMCS拡大につながったと考えられる。
 本稿ではVMS、パトロール、乗船オブザーバー、および寄港国措置の4つを主なMCSとして取り上げたが、洋上の漁船を広く監視・取締するための手段は特にVMSおよびパトロールであろう。第一に、VMSについては8か国全てで導入されているが、その対象は大型の漁船または沖合・遠洋で操業する漁船に限られる。また、VMSが導入されていたとしても、装置が対象漁船全てに装備されているとは限らず、その実施状況は各国によって異なると考えられる。さらに、VMSの導入は、スリランカやバングラディシュ等では漁業者の費用負担のもと行われるため、このような原因がVMSの普及を阻害しているとも考えられる。VMSカバー率の低さは[16]、沿岸で操業する小型漁船が数多く存在し、かつ漁船登録制度上で把握されていない漁船が数多くある可能性のあるアジアの途上国において、漁船の監視・管理の地理的空白を生んでいる。したがって、対象となる漁船におけるVMSの普及ととともに、沿岸域のパトロールおよび漁船登録制度の強化が喫緊の課題となる。
 第二に、パトロールについても8か国全てで実施されており、日本やインドネシアでは新たな部局や組織の設立によるパトロールの機能強化が図られた。さらに、パラオやミクロネシア連邦等の太平洋島嶼国は、FFAの多国間連携のもと合同パトロールを実施している。しかし、パトロールにおいては、取締船の数や人的リソースが不足している等の課題が確認された。特に、無数に存在する沿岸域の小型漁船や、増加する沖合の外国漁船に対して、パトロールのためのリソースが不足している。したがって、次の2つのレベルにおける協力関係の強化が必要と考えられる。一つ目は、国内レベルにおける連携である。本レベルではステークホルダー間、特に取締当局と漁業者との連携による「共監視」が、沿岸域の監視の空白地帯を解消するうえで有効だと考えられる(Peacock et al. 2020)。また、ドローンや人工知能等の最新の技術を有する企業や研究機関との連携も有効な手段であろう(Lindley and Techera 2017)。さらに、タイのTHAI-MECCのような関連省庁間のシームレスな連携(特に情報共有の面で)が求められる。二つ目は、FFAの枠組のもと実施される合同パトロールに代表されるような、周辺国との連携である。特に、東南アジア諸国のように互いのEEZが隣接する地域では、近隣国の漁船による違法操業が多々生じることから、このような連携が求められる。
 上述した通り、8か国は2010年代に入り大幅にIUU漁業のMCSを強化した。その一方で、これらの措置が真に効果的であったかは検証されていない。また、様々な社会的要因が複雑に絡むことから、IUU漁業対策の効果を検証することは困難である。しかし、MCSの強化とともに、これらの効果を評価するための仕組みを構築することが、より効果的なIUU漁業対策を行ううえで必要となるだろう。また、FAOのもと実施されたスリランカにおけるMCSの費用便益分析も、その効果を図るための有効な手段と成り得る(FAO 2019b)。
 VMSやパトロール等の個々の措置やMCSの効果検証の難しさに加え、国内外での連携不足が確認された。また、太平洋地域と比較して、インド洋地域でその取組みに遅れが見られた。本稿ではインド洋沿岸国としてバングラディシュおよびスリランカの2か国しか取り上げていないが、このような遅れは紛争や海賊等の様々な要因により、他のインド洋沿岸国でも同様と考えられる。上述した通り、国内では関連省庁間の情報共有による連携や、ステークホルダー間の連携の強化が、IUU漁業のMCSを行ううえで必須である。また、MCSの多国間連携は、国境を越えて操業する漁船が存在する限り必要不可欠である。周辺国との連携は、東南アジアではSEAFDECが、太平洋島嶼国ではFFAが、南アジアではBOBP-IGOがその役割を担っている。一方で、東アジア地域にはこのような枠組が存在せず、その設立が検討されるべきである。さらに今後は、これらの地域を超えた「地域間」連携が必要になると考えられる。特に、旗国であるアジア地域と沿岸国である太平洋地域との間では、MCSの文脈においては密なコミュニケーションがなされておらず、IUU漁船に効果的に対処するためにも、これらの地域で連携を図っていく必要があるだろう。地域間連携は、気候変動により水産有用種の生息地が移動することに伴い、IUU漁船による操業範囲が移動することが考えられる近い将来において、このような変化に広範囲に対応するためにも有効な手段であると考えられる(Bell et al. 2021)。同時に、ブルー・インフィニティー・ループの出現により、漁業の操業可能区域が拡大すると同時に、IUU漁業の範囲もより広範になると考えられる。したがって、地域間の連携は、インド太平洋の枠組を超えて避けては通れない課題となろう。
 地域間連携の促進のために、MCSに関するコミュニケーションネットワークの構築が提案される。このようなネットワークは、SEAFDECやFFA、BOBP-IGO、さらにはRFMOのような既存の協力枠組間の協力関係を築くことによって構築することが可能であろう。また、ネットワークはクリアリングハウスメカニズムのような形で、次の情報を交換するプラットフォームとして構築することが提案される:1)MCSの技術協力のニーズに関する情報;2)支援可能な技術協力内容;3)MCSの教訓・優良事例。MCSの強化は、IUU漁業による経済的損失からの回復率を上昇させるとされている(Doumbouya et al. 2017)。さらに、IUU漁業の撲滅は、法や規則を遵守する漁業者の漁獲量を制限することなく、資源を回復させるための有効な手段とされている(Cabral et al. 2018)。今、世界が「IUU漁業を終わらせる」というSDG14の目標を達成すべく、あらゆる形でMCSの連携を強化すべきである。

1) 小森雄太(2020)「新たな海洋ガバナンス構築に関する基礎的研究―ブルーインフィニティループの視点から―」

2) 水産庁(2019)『令和元年水産白書』 (https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/R1/index.html)

3) 水産庁(2021a)「令和3年度漁業取締方針」 (https://www.jfa.maff.go.jp/j/kanri/torishimari/attach/pdf/R3_torishimari_houshin.pdf)

4) 水産庁(2021b)「令和2年の外国漁船取締実績について」 (https://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kanri/210312.html)

5) 水産庁a「密漁を許さない~水産庁の密漁対策~」 (https://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/mitsuryotaisaku.html#:~:text=%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%85%A8%E5%9B%BD,%E3%81%8C%E5%A2%97%E5%8A%A0%E5%82%BE%E5%90%91%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82)

6) 水産庁b「漁業取締本部」(https://www.jfa.maff.go.jp/j/kanri/torishimari/torishimari2.html)

7) 水産庁c「水産庁の漁業取締り」(https://www.jfa.maff.go.jp/j/koho/pr/pamph/attach/pdf/index-10.pdf)

8) 東洋経済(2021)「北海道「サケ獲れずブリ豊漁」で漁師が落胆する訳」(https://toyokeizai.net/articles/-/460458)

9) Alkaly Doumbouya and others (2017), “Assessing the effectiveness of monitoring control and surveillance of illegal fishing: The case of West Africa” Frontiers in Marine Science, Vol.4, 50.

10) Antaranews.com (2017), “FAO praises Indonesia for combating IUU fishing” (https://en.antaranews.com/news/111467/fao-praises-indonesia-for-combating-iuu-fishing)

11) C. Josh Donlan and others (2020), “Estimating illegal fishing from enforcement officers” Scientific Reports, Vol.10, Issue 1, pp.1–9.

12) Carl-Christian Schmidt (2005), “Economic drivers of illegal, unreported and unregulated (IUU) fishing” The International Journal of Marine and Coastal Law, Vol.20, Issue 3, pp.479–507.

13) Chao-Chin Huang, Shui-Kai Chang, and Shiahn-Wern Shyue (2021), “Sustain or phase out: Transformation of Taiwan’s management scheme on distant water tuna longline fisheries” Marine Policy, Vol.123, 104297.

14) David J. Agnew and others (2009), “Estimating the worldwide extent of illegal fishing” PLoS ONE, Vol.4, Issue 2, e4570.

15) Department of Fisheries of Bangladesh (2018), “Annual Report 2018” (http://fisheries.gov.bd/sites/default/files/files/fisheries.portal.gov.bd/annual_reports/e0400ef4_6fd3_434b_aa94_0333d5f4c4c8/2020-06-28-13-32-95cad3eec7f0aeb717ae43201c6ea1c9.PDF)

16) Department of Fisheries of Thailand (2015), “Marine Fisheries Management Plan of Thailand” (http://extwprlegs1.fao.org/docs/pdf/tha165156.pdf)

17) Department of Fisheries of Thailand (2021), “Thailand Fisheries Statistic” (https://www4.fisheries.go.th/dof_en/view_message/233)

18) Department of Justice of the United States (2020), “Owner of Japanese Fishing Vessel Charged with Unlawful Trafficking of Shark Fins” (https://www.justice.gov/opa/pr/owner-japanese-fishing-vessel-charged-unlawful-trafficking-shark-fins)

19) Diane Desierto (2020), “China’s Maritime Law Enforcement Activities in the South China Sea” International Law Studies, Vol.96, Issue 1, pp.257–273.

20) Food and Agriculture Organization of the United Nations (2019a), “Asia-Pacific revenues and livelihoods threatened as billions lost annually to illegal, unreported, unregulated fishing – UN FAO” (https://www.fao.org/asiapacific/news/detail-events/en/c/1196430/)

21) Food and Agriculture Organization of the United Nations (2019b), “Report on Cost-Benefit Analysis of the Monitoring, Control and Surveillance (MCS) System and Tools Developed by Sri Lanka” (http://www.fao.org/3/ca2832en/CA2832EN.pdf)

22) Food and Agriculture Organization of the United Nations (2020), “The State of World Fisheries and Aquaculture 2020” (https://www.fao.org/documents/card/en/c/ca9229en/)

23) Food and Agriculture Organization of the United Nations (2021), “A review of illegal, unreported and unregulated fishing issues and progress in the Asia-Pacific Fishery Commission region” (https://www.fao.org/publications/card/en/c/CB2640EN/)

24) Food and Agriculture Organization of the United Nations, “Illegal, Unreported and Unregulated (IUU) fishing” (http://www.fao.org/iuu-fishing/background/what-is-iuu-fishing/en/)

25) Gohar A. Petrossian (2015), “Preventing illegal, unreported and unregulated (IUU) fishing: A situational approach” Biological Conservation, Vol.189, pp.39–48.

26) Hugo M. Ballesteros and Gonzalo Rodríguez-Rodríguez (2018), ““Acceptable” and “unacceptable” poachers: Lessons in managing poaching from the Galician shellfish sector” Marine Policy, Vol.87, pp.104–110.

27) Huihui Shen and Shuolin Huang (2021), “China's policies and practice on combatting IUU in distant water fisheries” Aquaculture and Fisheries, Vol.6, Issue 1, pp.27–34.

28) Ioannis Chapsos and Steve Hamilton (2019), “Illegal fishing and fisheries crime as a transnational organized crime in Indonesia” Trends in Organized Crime, Vol.22, Issue 3, pp.255–273.

29) Jade Lindley and Erika J.Techera (2017), “Overcoming complexity in illegal, unregulated and unreported fishing to achieve effective regulatory pluralism” Marine Policy, Vol.81, pp.71–79.

30) Johann D. Bell and others (2021), “Pathways to sustaining tuna-dependent Pacific Island economies during climate change” Nature Sustainability, Vol.4, Issue 10, pp.900–910.

31) Josephine C. Iacarell and others (2021), “A synthesis of the prevalence and drivers of non-compliance in marine protected areas” Biological Conservation, Vol.255, 108992.

32) Kimberly L. Oremus and others (2020), “Governance challenges for tropical nations losing fish species due to climate change” Nature Sustainability, Vol.3, Issue 4, pp.277–280.

33) Kirsten Oleson, Rachel Dacks, Staci Lewis, Silvia Ferrini, Carlo Fezzi, and Phil James (2019), “Palau National Marine Sanctuary – Socioeconomic Baseline Project” (https://picrc.org/picrcpage/wp-content/uploads/2019/05/Oleson-PNMS-Socioeconomic-2019-2.pdf)

34) MRAG Asia Pacific (2016), “Towards the Quantification of Illegal, Unreported and Unregulated (IUU) Fishing in the Pacific Islands Region” (https://www.ffa.int/files/FFA%20Quantifying%20IUU%20Report%20-%20Final.pdf)

35) Md. Mostafa Shamsuzzaman and Mohammad M. Islam (2018), “Analysing the legal framework of marine living resources management in Bangladesh: Towards achieving Sustainable Development Goal 14” Marine Policy, Vol.87, pp.255–262.

36) Ministry of Fisheries and Aquatic Resources Development of Sri Lanka (2020), “Fisheries Statistics 2020” (https://www.fisheriesdept.gov.lk/web/images/Statistics/FISHERIES-STATISTICS--2020-.pdf)

37) National Oceanic Resource Management Authority, “The Federated States of Micronesia. Activities Inside the FSM EEZ” (http://www.norma.fm/activities-inside-the-fsm-eez/).

38) Pacific Islands Forum Fisheries Agency (2010), “Surveillance Operation Rai Balang Shows Success in Deterring Illegal Fishing” (https://www.ffa.int/node/333)

39) Parties to the Nauru Agreement (2018), “PNA: Fisheries observers are our “eyes at sea”” (https://www.pnatuna.com/content/pna-fisheries-observers-are-our-%E2%80%9Ceyes-sea%E2%80%9D)

40) Patrik K. Meyer, Achmad Nurmandi, and Agustiyara Agustiyara (2019), “Indonesia’s swift securitization of the Natuna Islands how Jakarta countered China’s claims in the South China Sea” Asian Journal of Political Science, Vol.27, Issue 1, pp.70–87.

41) Ranil K. A. Kularatne (2020), “Unregulated and illegal fishing by foreign fishing boats in Sri Lankan waters with special reference to bottom trawling in northern Sri Lanka: A critical analysis of the Sri Lankan legislation” Ocean and Coastal Management, Vol.185, 105012.

42) Reniel B. Cabral and others (2018), “Rapid and lasting gains from solving illegal fishing” Nature Ecology and Evolution, Vol.2, Issue 4, pp.650–658.

43) STIMSON (2019), “Shining a Light: The Need for Transparency across Distant Water Fishing” (https://www.stimson.org/wp-content/files/file-attachments/Stimson%20Distant%20Water%20Fishing%20Report.pdf)

44) Serge Raemaekers and others (2011), “Review of the causes of the rise of the illegal South African abalone fishery and consequent closure of the rights-based fishery” Ocean and Coastal Management, Vol.54, Issue 6, pp.433–445.

45) Southeast Asian Fisheries Development Center (2017), “Fisheries Country Profile: Indonesia” (http://www.seafdec.org/fisheries-country-profile-indonesia/)

46) Stephanie J. Peacock and others (2020), “Linking co-monitoring to co-management: Bringing together local, traditional, and scientific knowledge in a wildlife status assessment framework” Arctic Science, Vol.6, Issue 3, pp.247–266.

47) Taipei Times (2018), “Fishers protest strict rules while groups laud them” (https://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2018/11/07/2003703741)

48) The Diplomat (2020), “The Natuna Standoff: Transcending Fisheries Issues?” (https://thediplomat.com/2020/11/the-natuna-standoff-transcending-fisheries-issues/)

49) United States International Trade Commission (2021), “Seafood Obtained via Illegal, Unreported, and Unregulated Fishing: U.S. Imports and Economic Impact on U.S. Commercial Fisheries” (https://www.usitc.gov/publications/332/pub5168.pdf)

[1] 南シナ海にあるスプラトリー諸島やパラセル諸島の領有権および両諸島周辺の領海、EEZ、大陸棚の海洋権益を主張するために、中国と台湾が地図上に九段線と呼ばれる破線を引いており、これは断続する9つの線の連なりにより示される。 

[2] インドネシア北側に位置するナツナ海の一部が、九段線の内側と重複する。 

[3] 地域漁業管理機関は、個別の条約の規定に従って関係国・地域が参加し、水産資源管理(特に公海に分布が及ぶ跨界性魚類資源や高度回遊性魚類)を行うための機関である。 

[4] 旗国は漁船が船籍を置く国を、沿岸国は漁船が操業する国を、寄港国は漁船が寄港し水揚げ等を行う国を、市場国は水産物が消費される国をそれぞれ意味する。 

[5] VMSによる漁船監視の対象となっていない30t以下の漁船の割合。 

[6] VMSによる漁船監視の対象となっていない30t以下の漁船の割合。ただし、総漁船数については2015年、30t以下の漁船数については2021年のデータを用いて計算。 

[7] VMSによる漁船監視の対象となっていない商業漁船(トロール漁船)以外に分類されている漁船の割合。 

[8] VMSによる漁船監視および操業記録、いずれによる漁船監視の対象となっていない漁船(沖合または公海で複数日操業する漁船)の割合。 

[9] 沖合底びき網漁業、以西底びき網漁業、遠洋底びき網漁業、東シナ海はえ縄漁業、太平洋底刺し網等漁業、大西洋等はえ縄等漁業、大中型まき網漁業、基地式捕鯨業、母船式捕鯨業、かじき等流し網漁業、東シナ海等かじき等流し網漁業、かつお・まぐろ漁業、中型さけ・ます流し網漁業、北太平洋さんま漁業、ずわいがに漁業、日本海べにずわいがに漁業、いか釣り漁業が大臣許可漁業として管理されている。 

[10] パラオ国家海洋保護区法のもと、同国EEZの80%は禁漁区であるものの、20%の海域は主に国内漁業者に開放されている他、許可を受けた外国漁船も操業が可能である。 

[11] インドネシアの海面漁業における漁船計568,329隻に対して、VMSによる漁船監視の対象となっている30t以上の漁船は2,840隻。 

[12] タイの海面漁業における漁船計42,512隻に対して、VMSによる漁船監視の対象となっている30t以上の漁船は4,546隻。ただし、総漁船数については2015年、30t以下の漁船数については2021年のデータを用いて計算。 

[13] バングラディシュの海面漁業における漁船計67,922隻に対して、VMSによる漁船監視の対象となっている商業漁船(トロール漁船)は253隻。 

[14] スリランカの海面漁業における漁船計48,976隻に対して、VMSによる漁船監視の対象となっている漁船(公海で複数日操業する漁船)は1,189隻。 

[15] IOTCの決議10/04は、条約水域内のEEZおよび公海で操業する24m以上の漁船または公海で操業する24m未満の漁船に対して、5%の科学オブザーバーを規定している。 

[16] 先進国である日本のVMSカバー率も約1%と低いが、漁船登録制度により全ての漁船が把握されており、漁船管理という点で他のアジア諸国と状況が異なる。