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論考

No. 68
2020/7/1

「バイデン政権」の外交を考える

久保文明
東京大学大学院法学政治学研究科教授

 来年1月にバイデン政権が誕生する可能性は小さくない。どのような外交になるであろうか。トランプ外交との対比で考察してみよう。

 日本にとって、トランプ外交は功罪半ばする。TPP離脱、対日貿易赤字に対するこだわり、そして日本に対する制裁ないしその脅しは明らかに否定的な部分である。トランプ大統領は2019年に入ってからも、「日本はアメリカを防衛する義務を負っておらず、日米同盟は破棄すべきではないか」と側近に語ったと伝えられ、原則的な同盟支持者でないことを自ら示している1。日本が担っている日米安全保障条約第6条での義務、すなわちアメリカが、極東の平和と安全のため、すなわち日本防衛のため以外にも日本国内の基地を使用する権利について十分な理解をもっていないことはかなり明白である。

 現在話題になっているジョン・ボルトン前国家安全保障担当補佐官による回顧録2においても、トランプ大統領は、日本に米軍駐留経費を支払わせるために米軍撤退を取引材料に使え、とボルトン氏に命令したことが報道されており、やはり同盟そのものに大きな価値を見出していないことが示唆されている。

 トランプ大統領のさまざまな決定はときに衝動的であり、予測可能性を欠く。それに対して、トランプ大統領が安倍首相を個人的に信頼したことは基本的には大きな資産であり、また通商を筆頭に全般的に中国に厳しい態度をとってきたことも、日本にとってはプラスの面が大きかった。

 バイデン外交がトランプ外交ほど反国際主義にならないことは確実であろう。ほとんどの西欧諸国とは協調的な関係に戻るであろうし、国連とも基本的には協力的な関係をもつであろう。パリ協定に復帰することはほぼ確実である。イランとの核合意(JCPOA)については、実現が容易でないであろうが復帰を検討するであろう(それに対して、バイデン政権がTPPに復帰するかどうかは、党内の反TPP感情を考えるときわめて疑わしい)。

 対日政策は、そしてそれと密接不可分の対中政策はどうであろうか。バイデン政権の対中外交も、トランプ政権の対中政策同様強硬なものになるであろう、という推測をする者もいる。現在アメリカでは、超党派で中国についての見方が厳しくなっている。とくに今回の新型肺炎の問題では、中国の隠ぺい体質が党派を超えて強く批判されている。

 トランプ政権の対中政策はその強硬姿勢で目立っているが、最近制定された中国関連の法案は、ほとんどが超党派で、すなわち民主党が多数党となっている下院も同調し、多数の民主党議員の賛成のもとに可決されていることは事実であり、議論の前提として確認しておく必要がある。

 バイデンの外交・安全保障チームには、ジョン・ケリー、スーザン・ライス、ミシェル・フロノイ、カート・キャンベル、ジェイク・サリヴァン、アントニー・ブリンケン、ニコラス・バーンズ、トーマス・ドニロン、ベン・ローズなどが含まれ、オバマ政権を支えた顔ぶれの復活という印象を与えるであろう。もしキャンベルらが東アジア政策を統括することになれば、すでに中国に厳しい見方を披露していることからも、民主党政権としては、これまで以上に強硬な姿勢を示すであろう3

 ただし、次の理由で、対中政策は逆の方向に向かう可能性もある。

 一つは、バイデン候補が、民主党支持者の団結のために左派を取り込もうとしている、と伝えられていることである。かりに副大統領候補にエリザベス・ウォーレン上院議員、あるいは似たようなイデオロギー傾向をもつ政治家を選べば、いかに外交・安全保障チームに対中タカ派が抜擢されたとしても、政権全体は左派色を強める。たしかに民主党左派も通商や人権では中国に厳しい批判を展開するが、トランプ以上に踏み込むであろうか。とくに人権では、それほど実体のない制裁で終わる可能性はないであろうか。同時に、バーニー・サンダースらは、国防費の大幅削減を一貫して要求している。彼らは、大統領の戦争権限を制約することにも熱心であり、中国に対して軍事的に対峙しようとする意志をもっているであろうか。

 スーザン・ライスはオバマ政権二期目に国家安全保障担当大統領補佐官を務めていたが、2013年11月に「アジアにおけるアメリカの将来」と題するアジア政策演説を行った際、対中国政策に関しては、「(中国が提案した)『大国間関係」という新しいモデルを円滑に運用(operationalize)すべく模索中である」と述べて、日本政府関係者を狼狽させた。このような発想が、民主党系外交専門家の根の部分に存在することは否定しがたい4。ちなみに、彼女もバイデン候補の副大統領候補の一人である。

 とりわけ民主党が共和党と著しく異なるのは、地球温暖化問題がもつ政治的重みである。中国は2014年11月に北京で開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議において、気候変動問題に関する米中協力宣言を発して、この問題での協力姿勢を初めて鮮明にした。ここに至る道のりではオバマ政権からの働きかけも重要であった。ある意味で「中国に協力させた」オバマ大統領の功績は、地球温暖化問題を深刻視する民主党の熱心な支持基盤にとって、まさに画期的な重要性をもつものであった5。その後、2015年12月パリで開催された第21回 UNFCCC締約国会議(COP21)におけるパリ協定交渉で米中は指導的役割を果たし、さらに2016年9月のG20会議における米中首脳会談にて、米中のパリ協定の批准ならびに締結を発表した。同年11月4日、パリ協定は発効した。逆に、オバマ政権からすると、アメリカが南シナ海やウイグルの問題などで強く中国を批判し過ぎ、中国が地球温暖化問題での前向きの姿勢を撤回してしまえば、一大事となる。それに対して、トランプ政権にとっては地球温暖化問題そのものも、それへの中国の協力も、ほとんど無価値である。

 2014年当時、オバマ政権の国務長官であったジョン・ケリーがアジアを歴訪し、この地域にとって最も深刻な実存的な脅威は地球温暖化問題であると説いたが、この言葉はおそらく北朝鮮の核開発や尖閣諸島に対する中国の脅威を案ずる我国の関係者にはほとんど響かなかったのではないかと推測される6。そして近年、グリーン・ニューディールの掛け声とともに、民主党内では地球温暖化問題への関心はますます強まるばかりである。

 むろん、米中が気候変動政策で協力すること自体を批判する必要はない。ただし、中国からすると、民主党政権に対しては使えるカードの一つとして位置づけられていることを、日本は、そしてバイデン政権は認識しておく必要がある。

 アシュトン・カーターはオバマ政権の最後にして4人目の国防長官であるが、前任者同様、自分の以前のボスに厳しい言葉を浴びせている。すなわち、彼は南シナ海での航行の自由作戦の着手について何度もホワイトハウスに打診しながら、そのたびにオバマ大統領とライス補佐官に拒否されたことを、批判的に語っている。それはようやく2015年終わりに実行に移された7。人権や通商でいくら強い態度を示しても、最終的かつ本質的には力の論理に依拠した言動でないと、中国に対しては迫力を持たないであろう。

 バイデン政権の外交が、少なくともトランプ政権と比較して、国際主義的であることは間違いないし、望ましいことでもある。ただし、それは、相当程度中国に対して強硬な立場をとる国際主義的である必要がある。一方で、イラク戦争に走ってしまうような、あるいは中東に必要以上にのめり込むような単独行動主義、自国の力の過大評価、そしてアメリカの貴重な資源の浪費も避けられるべきである。同時に、協調のための協調を追い求める外交姿勢も、現在の国際情勢では不適当であろう。

 外交通といわれるバイデン候補はこのあたり、どのように考えているのであろうか。オバマ政権の最初の国防長官ロバート・ゲーツは、軍に対する理解不足という観点から、その回顧録においてバイデン副大統領に批判的であった8。ある個所で、「彼は過去40年間、ほとんどすべての主要な外交・安全保障問題で間違っていた」とすら断言している9

 むろん、日本が「トランプ外交の方がましだ」と断定することはできない10。客観的な比較ないし評価の軸は存在しないし、バイデン外交にも肯定的な側面が存在するであろう。しかし、バイデン候補に、同盟国からの効果的なインプットが必要であることは確かであろう。

 同時に、バイデン外交についてやたらに期待値を上げることも禁物である。これはトランプ外交に対する際も同様であった。日本は、自らの安全保障環境がますます厳しくなる中、唯一の同盟国の政権は、必ずしも肯定的な側面のみをもつわけではないことを見通しておく必要があろう。日本の側からアメリカと離れる必要はない。しかし、アメリカの外交安全保障政策を、国際主義的な方向に維持させようとする外交安全保障エスタブリッシュメントによるアメリカ国民に対する説得能力は、相当程度衰弱している。日本はこのことも認識しておく必要がある。

(了)

1 例えば以下の報道を参照。
Jennifer Jacobs 「トランプ大統領、日米安保破棄の考え側近に漏らしていた-関係者」 Bloomberg, 2019年6月25日
<https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-06-25/PTMUOE6TTDS801>

2 John Bolton, The Room Where It Happened: A White House Memoir, New York, 2020

3 カート・キャンベル、イーライ・ラトナー「対中幻想に決別した新アプローチを—中国の変化に期待するのは止めよ」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』(2018年4月号)
<https://www.foreignaffairsj.co.jp/articles/201804_campbell/>

4 “Remarks As Prepared for Delivery by National Security Advisor Susan E. Rice” The White House Office of the Press Secretary, Spoken on November 20, 2013, Released on November 21, 2013
<https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2013/11/21/remarks-prepared-delivery-national-security-advisor-susan-e-rice>(2020年6月30日参照)

5 ニューヨークタイムズも以下の社説で高く評価している。
The editorial board “A Major Breakthrough on Climate Change” The New York Times, November 12, 2014
<https://www.nytimes.com/2014/11/13/opinion/climate-change-breakthrough-in-beijing.html>(2020年6月30日参照)

6 “Remarks John Kerry Secretary of State @america Jakarta, Indonesia February 16, 2014” U.S. Department of States
<https://2009-2017.state.gov/secretary/remarks/2014/02/221704.htm>(2020年6月30日参照)

7 Ash Carter “Reflections on American Grand Strategy in Asia” The Belfer Center for Science and International Affairs, October, 2018
<https://www.belfercenter.org/publication/reflections-americangrand-strategy-asia>(2020年6月30日参照)

8 ロバート・ゲーツ著、井口耕二他訳『イラク・アフガン戦争の真実—ゲーツ元国防長官回顧録』朝日新聞出版、2015 年。原著はAlfred A.Knopf, Duty: Memoirs of a Secretary at War, New York, 2014

9 前掲著邦訳では287 頁、原著では288 頁。
バイデン外交についての厳しい評価は以下を参照。
Kori Schake “Biden’s Foreign Policy Would Be Better Than Trump’s, But Just Barely” Defense One, June 8, 2020
<https://www.defenseone.com/ideas/2020/06/bidens-foreignpolicy-would-be-better-trumps-just-barely/165988/?oref=d-river> (2020年6月30日参照)

10 日本政府官僚による匿名のオバマ外交批判の例として以下が注目されている。
Y.A.“The Virtues of a Confrontational China Strategy” The American Interest, April 10, 2020
<https://www.the-american-interest.com/2020/04/10/the-virtues-of-a-confrontational-china-strategy/> (2020年6月30日参照)

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