トランプ、G7サミット、そして国際秩序
久保 文明
トランプ政権が2026年1月に発表した国家防衛戦略(National Defense Strategy)にヘグセス戦争長官が前文を寄せているが、そこで彼は法の支配に基づく国際秩序について、「雲上の城にかかる抽象物」(cloud castle abstractions)と決めつけて一蹴した。アメリカが政府の公式文書で、法の支配に基づく国際秩序についてここまで正面から否定的に表現した例は他にあまりないのではなかろうか1。 日本政府は依然として法の支配に基づく国際秩序の維持を外交原則の重要な柱の一つとしており、その意味で、日米の外交方針は原則レベルで深刻な相違を示している。
改めて指摘するまでもないが、トランプ大統領の二期目には、法の支配に基づく国際秩序という原則に反する行動が多数存在する。グリーンランド併合要求やベネズエラに対する軍事行動などはその例であるが、イランに対する戦争もそれに含まれよう。それに対して、日本は、例えば本年5月2日に高市首相がベトナムにおいて、FOIP「自由で開かれたインド太平洋」の進化について語り、「自由」、「開放性」、「多様性」、「包摂性」、「法の支配」に基づく国際秩序を築くため、日本として果たすべき役割を今まで以上に主体的に果たしていく旨を述べた2。すなわち、日本は現在強く「自由で開かれたインド太平洋」を支持・提唱している(ただし、ある外務省高官によると、アメリカが相手の場合にはあまり使わないようである)。
むろん、法の支配に基づく国際秩序は万能でない。冷戦期にソ連は東欧諸国を実質的に支配していた。中東は第二次世界大戦後もかなりの程度、力がものをいう地域であった。現在、サイバー空間は無秩序に近い状態ともいえよう。あるいは、北朝鮮の核兵器・ミサイル開発のような問題は、法の支配に基づく国際秩序原則の本来的な欠陥であるともいえよう。関係各国は国連決議に則って対応してきたが、北朝鮮の核ミサイル開発を止めることはできず、本原則の限界を如実に示している。これはベネズエラによるアメリカへの麻薬輸出、あるいはイランによる核開発についても妥当するかもしれない。しかし、以上のような限界や例外にも関わらず、日本にとっては依然として法の支配に基づく国際秩序は重要な意味を持ち続けている。
本年6月半ば、G7サミットがフランスにて開催され、危ぶまれていた共同声明が分野別であるものの発出された(分野別なのは、トランプ大統領によって一部が拒否されても他は生き延びるような配慮がなされたためという報道もある)。トランプ大統領がヨーロッパからの参加国に対して批判的であるため、近年G7は「G6+1」などと呼ばれることにもなった。
G7参加国の世界経済に占めるGDPのシェアが、発足時の1976年と比較すると、今日約6割から4割に縮小したことは否定しようがない。G7ではなく、EUを含めると世界GDPの9割を占めるG20こそが重要であるとの見方も存在する。G20首脳会合は2008年の金融危機への対応として始まったが、参加国の多さのみならずその多様性によって、経済問題についてすら方向性のある行動はとれなくなっている。それに対してG7は当初経済サミットとして開始されたものの、早くも1980年代からは安全保障問題にも関与し始めた。現在アメリカの動向が不安要因であるものの、かなりの程度価値観と世界観を共有する「闘う民主主義の連合体」としての性格をもつ。2014年にロシアが抜けてこの傾向がより鮮明になった。闘うというのは、必ずしも武器を取って戦う、すなわち戦争をするという意味ではない。それは、自由、民主主義、開放性、そして法の支配などの原則を擁護するために積極的に行動する国家の連合体であることを意味する。G7は、法の支配に基づく国際秩序を擁護するために、ロシアに制裁を科しウクライナを様々な形で支援している。今回の共同声明においても、トランプ大統領を翻意させてウクライナ支援が明記された。日本にとっても最も重要な首脳会議の一つであろう。
G7構成国以外にも、たとえばオーストラリア、ニュージーランド、そして多くのヨーロッパ諸国は、G7諸国が支持する原則に基本的に同調している。実は、この点が、今日の国際政治状況が1930年代のそれと大きく隔絶している部分である。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻以来、現在の国際政治が1930年代のそれと同様のものに転化ないし退行したとの指摘がしばしばなされている。ロシア、北朝鮮、そして中国などが、力による威嚇、あるいは力による一方的な現状改変の行動を取る中、アメリカもそれに加わった観すらあるので、パワーポリティックス、あるいは剥き出しの力の時代に戻ったとする見方が提示されるのも故無しとしない。しかし、上述したような国々が協力して法の支配に基づく国際秩序を維持しようとしている現在、1930年代の国際政治との顕著な違いも存在する。日本の生き方も1930年代とは大きく異なっている。法に基づく国際秩序を維持しようとする国々に同調する国の数もそれほど少ないわけではない。あまり軍事力が強くなく、周辺国から脅かされている国の多くも、基本的には同調するであろう。そして、G7ほか主要国の経済力、軍事力、政治力は、アメリカを除外しても決して小さくない。
2026年6月16日、東京国際クルーズターミナルにてオランダのフリゲート艦HNLMS「デ・ロイテル」の見学会が実施され、ターミナルではセミナーも開催された。オランダ、日本、そして駐日欧州連合代表部のパネリストは法の支配に基づく国際秩序擁護の必要性を熱く語った。この様子は、この原則がいかに強く支持されているかを雄弁に物語っていた。だからこそ、オランダはわざわざ日本にまでフリゲート艦を派遣したのであろう。今後デ・ロイテルは、ハワイ沖で行われる環太平洋合同演習(RIMPAC)に参加予定である3。
たしかに剥き出しの力による一方的行動に走る国が目立つことは事実だ。日本としては、この点に盲目であってはならず、一面で安全保障をより確実にするために自ら抑止力・対処力を高めざるをえない。日本は強大な軍事力を擁する中国と比較すると、すでに軍事的には完全に弱者である。しかし同時に、日本は法の支配の原則を忠実に支持し続けるとともに、長年従事してきた国際貢献を続けるべきである。それは戦後日本外交の貴重な資産でもある。
同時にアメリカとの同盟の維持と強化を図り、さらには有志国を増やす努力を継続する必要がある。冒頭で示したように、日米には重要な原則において相違が存在する。しかしながら、それは一時的なものかもしれず、またトランプ政権の国際秩序への態度は、必ずしもアメリカの安全保障関係者の多数の、あるいは代表的な見解とはいえない。日本としては忍耐と粘り強い働きかけが必要であろう。
(了)
- U.S. Department of War, “2026 National Defense Strategy-Restoring Peace Through Strength for a New Golden Age of America”, January 23, 2026. <https://media.defense.gov/2026/Jan/23/2003864773/-1/-1/0/2026-NATIONAL-DEFENSE-STRATEGY.PDF>, accessed on June 25, 2026.(本文に戻る)
- 外務省「高市内閣総理大臣の外交政策スピーチ」、2026年5月2日 <https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sea1/vn/pageit_000001_02927.html>, accessed on June 25, 2026.(本文に戻る)
- 「台湾海峡を抜け東京へ! オランダ海軍の強力フリゲート「デ・ロイテル」が日本初寄港で示した“覚悟“」、乗りものニュース、 2026年6月20日 <https://news.yahoo.co.jp/articles/ad1ea4d2e3f31db5b9dd97e5ee18ee4aba9f5bac>, accessed on June 25, 2026.(本文に戻る)