アジアにおける海賊行為と武装強盗事案の実態

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~ReCAAP2015年第3四半期報告書から~


上野英詞,笹川平和財団海洋政策研究所研究員

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アジア海賊対策地域協力協定 (Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia) に基づいて設立された、ReCAAP Information Sharing Centre (ISC) は2015 年10月21日、2015年第3四半期(1月1日~9月30日)にアジアで発生した海賊行為と船舶に対する武装強盗事案に関する報告書を公表した。

以下は、ReCAAP 2015年第3四半期報告書から見た、アジアにおける海賊行為と船舶に対する武装強盗事案の状況である。

【備考:国際海事局(IMB)の同種の報告書が全世界を対象としているのに対して、ReCAAPの報告書は、アラビア海からユーラシア大陸南縁に沿って北東アジアに至る海域を対象としている。また、IMBが民間船舶や船主からの通報を主たる情報源としているのに対して、ReCAAPの情報源は、加盟国と香港の Focal PointとシンガポールにあるInformation Sharing Centre (ISC) とを結び、またFocal Point相互の連結で構成される、Information Sharing Webである。各国のFocal Pointは沿岸警備隊、海洋警察、海運・海事担当省庁あるいは海軍に置かれている(日本の場合は海上保安庁)。そして各国のFocal Pointは、当該国の法令執行機関や海軍、港湾局や税関、海運業界など、国内の各機関や組織と連携している。更に、国際海事機関(IMO)、IMBやその他のデータを利用している。ReCAAPの加盟国は、インド、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、シンガポール、カンボジア、ラオス、ベトナム、ブルネイ、フィリピン、中国、韓国及び日本の域内14カ国に加えて、域外国からノルウェー(2009年8月)、デンマーク(2010年7月)、オランダ(2010年11月)、英国(2012年5月)、オーストラリア(2013年8月)、そしてアメリカ(2014年9月)が加盟し、現在、20カ国となっている。なお、マレーシアとインドネシアは未加盟だが、ISCとの情報交換が行われている。】

1.「海賊」と「船舶に対する武装強盗」についてのReCAAPの定義

「海賊」 (piracy) と「船舶に対する武装強盗」 (armed robbery against ships) とは、ReCAAP ISCの定義によれば、「海賊」については国連海洋法条約(UNCLOS)第101条「海賊行為の定義」に従っている。

「船舶に対する武装強盗」については、国際海事機関(IMO)が2001年11月にIMO総会で採択した、「海賊行為及び船舶に対する武装強盗犯罪の捜査のための実務コード」(Code of practice for the Investigation of the Crimes of Piracy and Armed Robbery against Ships) の定義に従っている。

2.2015年第3四半期までの発生(未遂を含む)件数

報告書によれば、2015年第3四半期までの発生件数は161件(2014年同期129件)で、2014年同期比25%増となった。161件の内、既遂が150件(同117件)、未遂が11件(同12件)であった。161件の内、11件が海賊事案で、残りの150件が船舶に乗り込まれた武装強盗事案であった。海賊事案は公海において航行中の船舶に乗り込まれた事案で、武装強盗事案は当該沿岸国の内水、群島水域あるいは領海で発生した事案で、当該沿岸国の主権管轄下にある事案である。

表1:過去5年間の各第3四半期までの地域別発生件数

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出典:ReCAAP 2015年第3四半期報告書8頁表1より作成

表1は、過去5年間の各第3四半期までの発生件数を地域毎に示したものである。これによれば、マラッカ・シンガポール海峡における事案が2014年同期比で激増しており、またベトナムでは19件も発生しており、その急増ぶりが注目される。一方、インドネシアと南シナ海での発生件数が前年同期比で激減している。

3.発生事案の重大度の評価

ReCAAPの報告書の特徴は、既遂事案の重大度 (Significance of Incident) を、暴力的要素(Violence Factor) と経済的要素 (Economic Factor) の2つの観点から評価し、カテゴリー分けをしていることである。

暴力的要素の評価に当たっては、① 使用された武器のタイプ(ナイフなどよりもより高性能な武器が使用された場合が最も暴力性が高い)、② 船舶乗組員の扱い(死亡、拉致の場合が最も暴力性が高い)、③ 襲撃に参加した海賊/武装強盗の人数(この場合、数が多ければ多いほど暴力性が高く、また組織犯罪の可能性もある)を基準としている。

経済的要素の評価に当たっては、被害船舶の財産価値を基準としている。この場合、乗組員の現金が強奪されるよりも、該船が積荷ごとハイジャックされる場合が最も重大度が大きくなる。

以上の判断基準から、ReCAAPは、発生事案を以下の4つにカテゴリー分けしている。CAT-4事案は、これまでPetty Theft事案とされていたものである。報告書によれば、この改称は、事案の深刻さを過小に評価したり、船員の福利を無視したりしているとの誤解を避けるためである。以下は、今回の報告書に明示された、各カテゴリーの定義である。

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表2:過去5年間の各第3四半期までのカテゴリー別既遂事案件数

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出典:ReCAAP 2015年第3四半期報告書6頁チャート3より作成

表2に見るように、2015年第3四半期までの既遂事案150件の内、CAT-1事案が11件あり、この内7件がタンカーからの積荷の石油や燃料油の「抜き取り (siphoning) 」事案で、3件が「抜き取り」未遂(ハイジャック)事案であった。報告書によれば、「抜き取り」事案は実際には8件だが、内1件についてはCAT-2に類別されている。

報告書によれば、既遂事案150件について、襲撃に参加した海賊/武装強盗の人数から見れば、1~6人が97件(65%)、7~9人が21件、9人以上が2件(いずれも南シナ海での「抜き取り」事案)、報告なしが30件であった。

使用された武器のタイプについて見れば、150件の内、ほぼ65%を占める97件で、非武装か、報告なしであった。襲撃者がナイフと銃器で武装した事案が11件で、ナイフや長刀で武装した事案が42件であった。ReCAAP ISCは、船長や乗組員に対して武装した襲撃者と対決しないよう勧告している。

被害船舶の乗組員に対する扱いを見れば、150件中、大部分の125件が負傷者なしか、報告なしであった。しかしながら、残りの25件中、乗組員が脅迫された事案が3件、人質に取られた事案が13件(拘束は一時的なもので、襲撃者が逃亡する際に釈放)、暴行された事案が6件、救命ボートに乗せられ、船外に放擲された事案が1件、重傷を負った事案が2件あった。

経済的損失について見れば、150件の内、67件が何も盗まれなかったか、あるいは報告なしであった。積荷が盗まれた12件の事案では、10件が「抜き取り」事案で、もう2件はバージからスクラップ金属が盗まれた事案であった。他に船舶備品の盗難が45件、エンジン部品の盗難が16件、現金や乗組員の持ち物の盗難が8件あった。そして船舶のハイジャック事案(「抜き取り」未遂事案)が3件あった。

表3は、2015年第3四半期までの既遂事案150件に見る襲撃時の船舶の状況を示したものである。

表3:2015年第3四半期までの航行中、停泊/錨泊中既遂事案のカテゴリー別内訳

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出典:ReCAAP 2015年第3四半期報告書35~64頁より作成

表3によれば、2015年第3四半期までの既遂事案150中、航行中の事案が100件で、その内、CAT-1が11件(いずれも「抜き取り」事案)、CAT-2が12件、CAT-3が19件、残り58件がCAT-4事案であった。未遂事案11件の内訳は、航行中が10件、停泊/錨泊中が1件であった。

報告書によれば、マ・シ海峡での事案での全事案96件(既遂88件、未遂8件)は2014年同期の26件に比して、2.7倍増になっており、2011年以来、最も多かった。88件の既遂事案中、CAT-1が3件(いずれもマラッカ海峡)、CAT-2が11件、CAT-3が20件、CAT-4が54件であった。

マ・シ海峡での全事案96件の内、90%に当たる86件がマ・シ海峡分離通航路 (TSS) の東航レーンを航行中の事案で、5件が西航レーンでの事案で、6件がマラッカ海峡での事案であった。

報告書によれば、マ・シ海峡TSSでの事案に見る襲撃の手口は、目標船舶への乗り込み方法、乗組員の扱い、使用武器そして盗品などの面で共通している。襲撃者は通常、0100~0630の時間帯に犯行に及び、大部分の事案で、乗組員に発見されたり、警報を鳴らされたりした場合、何も盗らずに逃亡し、乗組員も傷つけていない。とはいえ、ReCAAP ISCは、沿岸国に対して合同哨戒活動の強化を要請するとともに、航行船舶にも監視の強化を求めている。また、航行船舶の船長に対して、襲撃された場合、シンガポールのVessel Traffic Information System (VTIS) へのタイムリーな通報を要請している。

2015年第3四半期までのマ・シ海峡での発生海域

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出典:ReCAAP 2015年第3四半期報告書14頁

一方、南シナ海での全事案11件(内、未遂1件)中、CAT-1事案は6件で、全てが「抜き取り」事案であった。ReCAAP ISCは、航行船舶に監視の強化を求めている。

停泊/錨泊中の事案で注目されるのは、19件の事案(全て既遂事案)がベトナムで発生していることである。1に見るように、2014年同期では1件の既遂事案が報告されているだけで、またそれ以前の発生件数と比較しても、4倍増となっている。報告書によれば、19件中、16件がCAT-4、2件がCAT-3、そして1件がCAT-2事案であった。発生場所を見れば、19件中、12件が南部のヴンタオ錨泊地で発生しており、北部のハイフォンとフォンガイ周辺では5件発生している。報告書によれば、12件が2200~0500の時間帯に発生しており、7件が0630~1610の昼間に発生している。襲撃者は通常、ペンキ、ロープ、コイルなど、無防備な船舶備品や物品を盗む。彼らは、乗組員に発見されれば、直ちに逃亡する。ReCAAP ISCは、ベトナムの港湾当局や海洋法令執行機関に対して、監視や哨戒の強化を慫慂している。

4.「抜き取り (siphoning) 」事案の状況

タンカーからの積荷の石油や燃料油を抜き取る、「抜き取り (siphoning) 」事案は、2015年第3四半期までに12件(この事案はCAT-1事案だが、内1件はCAT-2に類別)発生しており、内3件が「抜き取り」未遂(ハイジャック)事案であった。

この種の事案は、表5に示したように、2011年4月15日の事案が初めてだが、2014年になって異常に増えているところに特徴がある。表6に示したように、2014年の「抜き取り」事案は15件で、その内、12件が既遂事案であった。2011年から2014年までの4年間で、23件の「抜き取り」事案が発生しており、その内、16件で各種の積荷油の「抜き取り」に成功しており、7件では関係各国の海洋法令執行機関のタイムリーな介入により、「抜き取り」を阻止している。

ReCAAP ISC は2014年7月に、この種の「抜き取り」事案について、Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia と題する報告書を公表した。2015年1月には、その最新版、Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia (PartⅡ) を公表した。

2015年第3四半期までの発生件数は表4に示した通りだが、発生場所は、地図に示すように、6件が南シナ海、4件がマラッカ海峡、1件がインドネシア、1件がマレーシアとなっている。報告書によれば、海運業界やINTERPOLの情報から、南シナ海での襲撃グループとマラッカ海峡での襲撃グループは、それぞれ異なったシンジケートが関与していると見られる。

表4からみれば、12件の襲撃の特徴は以下のようなものであった。まず、目標船舶の大きさについては、1,000 GTまでの船舶が2件、1,001~5,000 GTが6件、5,001 GT以上が3件、報告なしが1件であった。襲撃者の数については、6~9人が最も多く8件で、他に4人が1件、9人以上が3件、報告なしが1件であった。襲撃者は通常、銃器とナイフや、ナイフ/長刀で武装している。また、多くの事案では、襲撃者は、運航船社や警備当局への通報を阻止するために、逃亡する前に、襲撃船舶の通信設備を破壊している。

2015年1月の、Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia (PartⅡ) が指摘しているように、「抜き取り」事案の襲撃グループの手口は全般的に似通っており、彼らの狙いは各種の積荷油にあり、身代金狙いで目標船舶をハイジャックしたり、人質に取ったりすること自体に関心があるわけではない。従って、この点で、これらの事案は、2012年まで猖獗を極めたソマリアの海賊の手口とは異なっている。

2015年第3四半期までの「抜き取り」事案、「抜き取り」未遂(ハイジャック)事案の発生海域

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出典:ReCAAP 2015年第3四半期報告書20頁

表4:2015年の「抜き取り (siphoning) 」事案(含未遂事案)

2015年9月30日現在
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出典: ReCAAP 2015年第3四半期報告書35~64頁より作成。
備考*:MGO; Marine Gas Oil, MDO; Marine Diesel Oil

注:乗組員扱いなど、各事案の特記事項(以下の番号は船名の前の番号を指す)

1:本事案は、MT Rehobotが1月28日に北スラウェッシ沖で、長刀で武装した8人の覆面の襲撃者にハイジャックされた、「抜き取り」未遂(ハイジャック)事案である。救命ボートに乗せられた乗組員14人は1月31日に付近のルンベ島周辺海域でインドネシア当局に発見された。該船は1,100トンのディーゼル油を積載していたが、2月23日、フィリピン沿岸警備隊にミンダナオ島周辺で座礁しているのが発見された。船名の変更や座礁による損傷はなかったが、現地住民に船舶の装備などが略奪されており、沿岸警備隊は一部を回収したが、航法設備と通信装置は発見できなかった。

2:本事案は、1月29日未明にMT Sun Birdieがマレーシアのタンジュン・アヤム(南シナ海の入り口)沖でコンタクトが取れなくなった、「抜き取り」未遂(ハイジャック)事案である。その後、マレーシアの海洋法令執行庁 (MMEA) が1月29日夜に該船を発見し、船上にいた7人の襲撃者を逮捕した。2人が船外に逃亡したが、付近の船舶に救助され、MMEAに引き渡された。該船の乗組員は11人で、700トンのMFO (Marine Fuel Oil) を積んでいた。

3:該船は2,000トンに燃料油を積んでいたが、該船に横付けしたタンカーにディーゼル油5トンが抜き取られた。襲撃グループは、逃亡する前に、乗組員を縛り、爆発物を仕掛けたとし、動かないよう脅した後、逃亡した。爆発物はタイの爆発物処理チームが調査したが、電気回路のみで爆薬はなかった。

5:該船がマレーシアの海洋法令執行庁 (MMEA) に発見された時の予備的調査では、該船は襲撃者によってハイジャックされ、積荷のMFO が抜き取られていた。乗組員1人、軽傷。本事案はCAT-2に類別されている。

11:本事案は、MT Orkim Harmonyが6月11日、マレーシア東岸のアウル島南西沖の南シナ海でコンタクトが取れなくなった、「抜き取り」未遂(ハイジャック)事案である。該船は6,000 mt のULG 95(ガソリン)を積載していた。6月17日に、オーストラリアの哨戒機がタイ湾で該船を発見した。該船の船名は前後を消して、Kim Harmonに変えられていた。6月19日に、マレーシアの海洋法令執行庁 (MMEA) と海軍の艦船が該船を確保した。乗組員1人が負傷していた。同日、ベトナム沿岸警備隊が逃亡していた8人のインドネシア人ハイジャック犯を逮捕した。更に5人が積荷の買い手を求めて該船を去っていたことが判明した。

12:本件は、インドネシアのタンジュン・ピナンからマレーシアのランカウイに向けて航行中、マラッカ海峡でコンタクトが取れなくなった事案である。該船は約3,500 mtのFuel oilを積んでいたが、翌9日に発見された時には、抜き取られていた。船長と甲板員が襲撃者(人数不明)に殴られて負傷。

表5:2011年~2013年までの「抜き取り (siphoning) 」事案(含未遂事案)

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出典:Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia, p.9, Annex Bより作成。
備考*:MGO; Marine Gas Oil

表6:2014年の「抜き取り (siphoning) 」事案(含未遂事案)

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出典:Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia (PartⅡ), Annex Bより作成
備考*:MGO; Marine Gas Oil, MDO; Marine Diesel Oil, ADF; Automative Diesel Fuel, MFO; Marine Fuel Oil

注:乗組員扱いなど、各事案の特記事項(以下の番号は船名の前の番号を指す)
1:船長軽傷。襲撃グループは該船の船名を書き換えなかったが、船名と船主船社のロゴマークをペンキで消す。
2:乗組員人質。
3:乗組員拘束。船名をRapiに書き換え。
4:乗組員拘束、食堂に監禁。
5:乗組員拘束、船室に監禁。
6:乗組員拘束、機関室に監禁。
9:乗組員拘束、小部屋に監禁。
10:乗組員2人軽傷。
11:乗組員を救命ボートに放擲。船名をChongli 2に書き換え。
14:乗組員1人、首を撃たれる。
15:3等機関士、死亡。

2011年~2014年までの既遂・未遂「抜き取り事案」発生海域

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Source: Special Report on Incidents of Siphoning of Fuel/Oil at Sea in Asia (PartⅡ), p.11