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論考

No. 102
2021/8/27

バイデン政権を悩ますハリス副大統領という難題

渡辺 将人
北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授

バイデン政権三つのシナリオ:「バイデン=ハリス政権」?

副大統領は不思議な職務だ。何かあれば明日から大統領になる最高権力に一番近い場所にいながら、大統領が無事である限りは透明人間のような存在を強いられる。政権が安定していれば閑職だ。ブッシュ息子政権のチェイニーのような権勢は例外である。

バイデン政権の将来的な権力委譲をめぐっては3つのシナリオが存在する。第1は、バイデンが通常の大統領のように2期目の再選に臨むパターン。第2は、1期限定の大統領として再選を目指さないパターン。第3は1期目中に自ら引退し、ハリス副大統領に譲るパターン。これら3つはバイデン大統領が自ら選択できる選択肢で、大統領に不測の事態が起きて副大統領が受け継ぐアクシデントは除く。

1991年のアニタ・ヒル事件1以降、民主党内で「女性の敵」と誤解され、その払拭を悲願とするバイデンは、初の女性大統領誕生の立役者になることを希望している。また、高齢でもある。バイデンとその周辺は、これまでシナリオ3も念頭に置きつつ、シナリオ2を中心に考えてきた。そこで政権内では「バイデン政権」ではなく「バイデン=ハリス政権」と称せよとの異例の号令をかけてきた。通常は大統領選本選キャンペーン限定の副大統領込みの呼称を政権に持ち込んでいるのは、ハリスを目立たせるためだ。1期目のうちにハリスに譲るシナリオ3の可能性すら見据えた「レール敷き」である。

しかし、副大統領経験者が大統領になるのは意外に茨の道だ。歴史上、バイデンを入れて15名の大統領が副大統領経験を持つが、そのうち9名は大統領の死亡や辞任などの穴埋めで昇格しており、第二次世界大戦中以降ではトルーマン、ジョンソン、フォードの3名が該当する。戦後、バイデン以前に1期目から自力で大統領選に勝利した副大統領経験者はニクソンとブッシュ父だけで、それも副大統領任期中の勝利はブッシュ父だけである。そもそも副大統領がメディアで目立つのは大統領選、しかも本選の2か月程度だけで、それ以外は大統領の影に隠れるのが仕事だ。決選投票を投じる連邦上院議長を兼ねるが、下院議長や上院院内総務のような議会指導部の駆け引きの担い手ではない。記者会見や委員会、地元活動で頻繁にメディアに登場する一般の議員や州知事の職の方が、遥かに選挙アピールになる。だからこそ、バイデンは通常の副大統領とは違う存在に見せるよう、努めてハリスを盛り立ててきた。

政権不安定要因として:移民をめぐる失言と左派離反リスク

ところが、これが思わぬ逆風に晒されている。ハリスの評判が芳しくない上に、バイデンの足を引っ張る要因になっているからだ。政策的失態というよりはマネージメント能力への疑問である。コミュニケーション戦略の破綻によるメディア対策不足でリークが頻出するところは、1993年のクリントン政権1期目の混乱にも似ている。複数の米メディアが副大統領室の混乱を6月以降相次いで報じている。選挙民対策マインドの欠如を感じさせるフラノイ副大統領首席補佐官の強権をめぐるCNBCの報道(古参支援者が遠ざけられている)に続き2、ポリティコ紙は、元側近や現側近などホワイトハウス内のハリスの元・現部下にまたがる22名のディープな筋からの証言を報じた3。副大統領室の士気は低空飛行で早々に幹部スタッフの辞職が続出しているという。

非保守系のテレビ報道も決してハリスに甘くない。NBC Nightly Newsでは番組アンカーのレスター・ホルトが移民問題のアメリカ側の「現場」である国境を視察しないハリスに「国境を訪れる気はあるのか」と執拗に尋ね、ハリスはたまりかねて「私は欧州にも行ってない」とやり返した4。ところがこれが批判を浴びた。「なるべく早期に現地視察を検討する」とでも言っておけば問題化しなかっただろうが、地元カリフォルニア州で不法移民問題の根深さを知るハリスは、左派を喜ばす形だけの「視察」は根本的解決に無関係として拒絶していた。NBC が6月8日のニュースでのインタビュー部分だけを抜粋してYouTubeで公開し、8月23日までに38万回近く再生されている5。擁護派が低評価を押し続けているが後の祭りだ。動画時代のテレビインタビューは、成功すれば無期限の「無料広告」になるが、失敗すれば恥を垂れ流し続けることになる。放送は1日で消えて忘却されるものではなくなった。一連の報道はハリスの名誉を汚すものであったため、適切な反論が待たれたが、ハリス側から効果的な反撃は繰り出されなかった。

そこで筆者も独自に複数のバイデン政権内外の筋に直接確認をした。全員が匿名を強く要求したが、リーク報道は概ね事実に近いとして報道自体を批判する声は少なく、ハリスを擁護する声はゼロに近かった。とりわけ、左派のハリス評価の低さに筆者は驚かされた。危機打開のために副大統領室は女性政治コンサルタントを招いては会議を開き、提言をまとめるも、それが次々とリークされる悪循環だという。求心力と統治力に根本的な欠陥があるという声が消えない。

鳴り物入りの初外遊であった6月初旬の中南米訪問中、グアテマラでの記者会見で「アメリカ国境に来ないで」とハリスは発言し、物議を醸した。ハリスの場合、不法移民を取り締まる側である検察官という前歴との連想性が不幸だった。人道的な移民政策に反すると「失望」を示したオカシオ=コルテスに続き、イルハン・オマル、ラシーダ・タリーブら新世代左派の顔である民主党若手議員から批判の集中砲火を浴びた。バイデン政権は、共和党の女性差別とマイノリティ差別に基づく中傷がハリスを追い込んでいるという線で擁護してきただけに、民主党の女性マイノリティ議員集団の反発は痛恨の一撃だった。「ジェンダー」「人種」の属性だけで左派が納得するのは選挙戦までで、若い世代の左派はハリスに政策上の厳しい踏み絵を踏ませる段階に入りつつある。

バイデン政権は、労働者や国内経済対策を睨んだ「中間層のための外交」に象徴されるように、内政基盤とりわけ左派の離反管理にエネルギーの大半を注いできた。おかげでバイデンは本人が中道であったことを忘れさせるぐらい左派の評価が高い。オカシオ=コルテスも予想以上の点数でバイデン政権を評価していた。その渦中での左派からの攻撃に政権は動揺した。

アイオワのトラウマが示唆するもの

ハリスの「組織運営能力」問題や「人望」問題は、筆者にとっても既視感はあった。2020年大統領選予備選におけるハリス陣営の内部崩壊時の空気感だ。2019年秋、筆者はアイオワのハリス事務所を拠点にバイデン陣営や他候補の陣営で調査をしていた。それに先立つ2019年1月、久保文明・東京大学教授(現防衛大学校長)と中山俊宏・慶應義塾大学教授と共にワシントンを訪れ、政党やシンクタンク関係者と意見交換を行った際、民主党事情通の間で当時期待値が高かったのがカマラ・ハリスだった。この候補者評価は2019年夏以降は落ち込んでいくが、情熱的なボランティアに支えられた現場の盛り上がりはどこか2008年のオバマ陣営を彷彿とさせていた。アイオワで現場スタッフやボランティアが一番親切で取材にも協力的だったのもハリス事務所だった。

ところがハリスは2019年12月に唐突にキャンペーンから撤退する。しかも、内部でスタッフに説明が行き渡らないうちにプレスに告知した。党員集会を目前に準備に奔走していたアイオワの現場も報道で知った。茫然自失の中、怒号が飛び交い、ボランティア学生は泣き崩れた。何しろ理由が分からない。初戦地であるアイオワの有給スタッフにすら、本部や議員本人から説明がない有様だった。地元の熱心な支持者が、取り付け騒ぎのように事務所に駆けつけ、スタッフが涙を流しながら謝り続けていた。筆者は事務所でこの騒ぎを目の当たりにした。当時の戸惑いと怒りを支持者は決して忘れない。棚からぼた餅で副大統領候補に選ばれたとき、熱心な初期支持者ほど本選キャンペーン参加に背を向けることで抗議を示す人がいたのは、この記憶があったからだ。

ハリスが背負う「アイオワの十字架」からは、選挙や支持者にはあまり関心がない法曹界の剛腕仕事師の実像も窺える。オバマが作家や教授のまま大統領を務めていたように、ハリスは検事のまま政治家を務めているのかもしれない。そこに混乱の遠因があるとすれば根は深い。今回のハリス批判報道のリーク第一波が、敵の共和党筋からではなく、身内の熱心なハリス支持者の献金筋からだと聞いて、筆者には腑に落ちる点もあった。

シナリオの見直しを迫られるバイデン

ハリスについては、側近に恵まれていないという同情論もあるが、純粋に政治経験が足りないだけだとの辛辣な意見も聞かれる。アメリカでは地方検事は選挙で選ばれるので、法曹職時代にも選挙経験はあるが、連邦議員選や知事選とは激しさも有権者層も違う。ハリスの議員歴は連邦上院数年のみで、地方議員や知事や市長の経験もない。連邦下院選予備選に敗北したオバマのような辛酸も舐めていない。ある左派重鎮は「黒人で女性だから保守に標的にされているという言い訳が、もう通用しない」と手厳しい。6月のグアテマラでの失言以降、不支持率が支持率を上回り、8月24日時点で不支持49%、支持41%である6。もちろんこの数字はアーロン・ブレイクが指摘するように副大統領として過去最低ではない7。だが過去の副大統領との支持率比較はハリス擁護としては弱い。ブレイクもハリスの職務評価には辛口だ。副大統領支持率は政権評価と連動しがちで、政権全体が順調だと有権者は副大統領のことは強く意識せず、副大統領の評価と政権評価は区分がぼやけがちだからだ。

現在、民主党内部で一部囁かれるのはハリス切り捨て論である。シナリオ2でバイデンが1期で退けば、ハリスへの挑戦者が党内で続出し「政局」になる。予備選が混乱すれば共和党を利し、バイデン政権のレガシーも弱まる。政権中にバイデンがハリスに譲るシナリオ3を選べば、バイデンの政治的遺言として「ハリス支持」の威圧を生み、党内挑戦はある程度は抑制できる。しかし、政策成果が犠牲になる。「女性大統領」の達成を象徴的に優先する一部フェミニスト以外は、穏健派もリベラル派もこれを望まない。そこでワシントンではバイデン再選出馬の可能性を指摘する民主党関係者が増えている。左派内にそうした声が強まっているのは衝撃的である。バイデン本人が腹を括るかどうかは不透明だ。ただ、高齢のバイデンにいつ何があるかわからない以上、バイデンが3年後の再出馬を決めることは根本的解決にならない。ハリスには短期で目覚ましい成長を遂げて欲しいとバイデンは祈っているはずだ。

大統領に先駆けての日本語版:「女性版オバマ」自伝

ところでバイデン政権の正副大統領への期待や注目が奇しくも日米で逆転しているのは興味深い。ハリスの自伝『私たちの真実:アメリカン・ジャーニー』(光文社)が日本で刊行された。皮肉にもアメリカでハリスの支持率が急落した直後、上記ポリティコ紙報道と同時期の6月刊行であった。そもそも現職の副大統領の自伝が日本で出るのは例外的だ。あまり意識されていないが、実は大統領のバイデンの自著は1冊も日本語になっていない(ハリス自伝邦訳版刊行時ならびに本稿初版時)。ハリス自伝の原書The Truths We Hold: An American Journeyは2019年1月に自身の大統領選出馬を意識して出された自己紹介的なキャンペーン本で、副大統領就任後の政権マニフェストではない。本稿で触れた2020年大統領選への挑戦と撤退の経緯も含まれない。この辺を割り引いて読むことは、日米での評価温度のタイムラグに過度に巻き込まれない上で必要だろう。

無論、ミシェル・オバマの自伝のようにキャリア女性のロールモデルの書という政治本以外での需要はある。特に「女性版オバマ」のハリスの人生は、アジアでも読まれるべき興味深い生い立ちだ。バイデンの人生よりも興味を惹かれるはずだ。筆者は2008年1月にバイデン陣営に同行し、バイデン本人と会見した経験もあったので、彼がオバマに副大統領候補に選ばれた直後、バイデンの自伝Promises to Keep: On Life and Politicsを日本の出版筋に紹介した。しかし、何しろ当時はオバマへの注目度が突出しており、「バイデン、誰?」という反応が圧倒的で翻訳は実現しなかった。2020年大統領選を経てもバイデンの自著は今に至るまで1冊も日本語になっていない。部下である副大統領の自著が先に書店店頭に並んでいる国を訪問するのは、大統領側近や大使としては複雑な心境だろう。ただ、バイデン本人は気にしないだろう。彼ならば「カマラの本は日本語版まであるのに、自分の本はここにはない。カマラが人気なのか、自分の本が面白くないのか」とでも、ハリス売り込みを兼ねた自虐ジョークにしてくれるだろう(本稿末【追記】参照)。

ハリスはジャマイカ人の父とインド人の母を持つ。自由移民の移民二世というよりも、大学留学後に職を得て永住を決めた外国人研究者の子である。白人の母と外国人の2人の父(ケニア人留学生の父、インドネシア人留学生の継父はアメリカに残らず共に帰国)の子であるオバマと似た、アメリカ文化を超越した国際的「アウトサイダー」性を抱える。「女性版オバマ」のこの興味深い生い立ちを含む自伝への評は別の機会に譲るとして、人物としての魅力と政治家としての統治能力は別であるという当たり前の事実が、ハリスの事例で改めて浮き彫りになりつつある。女性初、黒人初、アジア系初の副大統領、あるいは将来の大統領が「失敗」に終われば、それはマイノリティの未来のためにも望ましくない。だからこそ「ハリス問題」は民主党の左派にとっても正念場の問題と認識されている。

副大統領を今後はメディアから隠すのか、大統領の広報チームが介入してでも「お膳立て」を完璧にして副大統領支持率を強引に上げるのか、少なくともコミュニケーション戦略の練り直しは急務だろう。サキ報道官を筆頭に大統領の広報チームへの評価は党内で高得点であるだけに、副大統領周辺への辛口評価との対比は鮮烈である。副大統領のマネージメントを副大統領室だけに任せておくことは政権に有害だと、副大統領室の自治権の制限論にまで及べば、女性副大統領へのいじめだという防戦によるリーク合戦も起きるだろう。ホワイトハウス内の「内紛」になりかねず、大統領周辺は慎重な扱いを迫られている。

(了)

【追記】満を持して初のバイデン自著邦訳版『約束してくれないか、父さん: 希望、苦難、そして決意の日々』(早川書房)が今月発売の運びとなった。原書はPromise Me, Dad: A Year of Hope, Hardship, and Purpose(2017年)で、オバマ政権末期の2015年に脳腫瘍で早逝したバイデンの息子への追悼の書。政権マニフェストではないが、バイデンの人柄が滲む家族論である。異例にも副大統領の自著に数か月遅れたものの、現職の正副大統領の書の邦訳が漸く揃った(2021年9月2日追記)

1 最高裁判事承認を控えていたトーマス判事から性的嫌がらせをされたとして元部下が告発した問題である。公聴会を開いた上院司法委員会で委員長だったバイデンは、アニタ・ヒルの主張に対して決して好意的ではなかった。セクシャルハラスメント被害を公の場で訴え、女性運動の象徴的事件だっただけに、バイデンはそれ以後、民主党支持者のあいだで「女性の敵」の烙印を押された。(本文に戻る)

2 Brian Schwartz, “Several longtime Kamala Harris associates shut out as VP’s chief of staff keeps tight control over access,” CNBC, June 29, 2021, <https://www.cnbc.com/2021/06/29/kamala-harris-chief-of-staff-limits-access-to-vice-president.html> accessed on August 24, 2021.(本文に戻る)

3 Christopher Cadelago, Daniel Lippman, and Eugene Daniels, “‘Not a healthy environment’: Kamala Harris’ office rife with dissent,” Politico, June 30, 2021, <https://www.politico.com/news/2021/06/30/kamala-harris-office-dissent-497290> accessed on August 24, 2021.(本文に戻る)

4 “Harris Speaks Out On Why She Hasn’t Traveled To Southern Border,” NBC News, June 9, 2021, <https://www.youtube.com/watch?v=omrMRP15q9M> accessed on August 24, 2021.(本文に戻る)

5 Ibid.(本文に戻る)

6 “Kamala Harris: Favorable and Unfavorable,” Real Clear Politics, <https://www.realclearpolitics.com/epolls/other/kamala_harris_favorableunfavorable-6690.html> accessed on August 24, 2021.(本文に戻る)

7 Aaron Blake, “Is Kamala Harris really the most unpopular vice president in modern history?” The Washington Post, August 3, 2021, <https://www.washingtonpost.com/politics/2021/08/03/is-kamala-harris-really-most-unpopular-vice-president-modern-history/> accessed on August 24, 2021.(本文に戻る)

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