海洋安全保障の観点から見た我が国における国境離島の保全・管理 ─「新たな日常(new normal)」における安寧を担保するために─

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小森雄太,笹川平和財団海洋政策研究所研究員

Contents

1.はじめに

1-1.本稿の目的

 世界規模の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、我が国を含む世界は「新たな日常(new normal)」とも称される新たな状況に突入しつつある。この状況に対応するため、例えば我が国においてはテレワーク(telework)をはじめとするIT技術を利用した業務遂行が提唱されるようになった。この結果、それまで隔絶されていた地域がより密接につながるようになり、さまざまな分野において新たな連携が生まれつつある[1]。一方で、特に島嶼部においては、COVID-19に罹患した患者を受け入れる病院が存在しないため、患者を都市部の病院に搬送するために災害派遣要請が行われる[2]など、依然として国民生活の安全を確保する上で地理的要因が大きな影響を与えていることも明らかになった。
 ところで、我が国における海洋政策の基盤である海洋基本法(平成19年法律第33号)は、「国は、離島が我が国の領海及び排他的経済水域等の保全、海上交通の安全の確保、海洋資源の開発及び利用、海洋環境の保全等に重要な役割を担っていることにかんがみ、離島に関し、海岸等の保全、海上交通の安全の確保並びに海洋資源の開発及び利用のための施設の整備、周辺の海域の自然環境の保全、住民の生活基盤の整備その他の必要な措置を講ずるものとする。(第26条)」と離島の保全等を規定している。加えて、2016年には有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法(平成28年法律第33号)(有人国境離島法)が超党派の議員立法により制定されるなど、いわゆる「離島」を保全するための法整備が進められてきた[3]。また、2018年に閣議決定された海洋基本計画(第3期海洋基本計画)は、「総合的な海洋の安全保障(comprehensive maritime security)」を提唱し、「海洋の安全保障の強化の基盤となる施策」の1つとして、「国境離島の保全・管理」を掲げている。これは換言すると、COVID-19の感染拡大以前から、我が国においては国境離島の保全・管理への関心が高まっていたということである。
 そこで、本稿においては、国境離島を巡るCOVID-19感染拡大以前からの潮流およびCOVID-19の感染拡大により形成されつつある「新たな日常」を踏まえ、我が国の国境離島を安全保障の面から保全・管理する主体の実態を明らかにし、現状と課題を考察することを目的とする。併せて、課題を解決するための方策も提示し、より良い海洋安全保障、そして海洋政策を実施するための学術的基盤を提供することを目指す。

1-2.本稿で取り上げる「離島」

 国連海洋法条約においては、「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。(第121条)」と定義されている。また、海上保安庁水路部(現海洋情報部)が取りまとめた我が国における島の数は、6,852となっている【表1】[4]。また、四方を海に囲まれた我が国の国境離島は【図1】に示した通りである。この中で、15か所、71の島が有人国境離島法において特定有人国境離島地域として規定されている【表2】。有人国境離島地域について、「有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する基本的な方針(平成29年4月7日内閣総理大臣決定)」においては、「日本国民が居住していることにより、漁業、海洋における各種調査、領海警備、低潮線保全区域の監視等の活動といった領海等の保全等に関する活動の拠点(以下「活動拠点」という。)として極めて重要な機能を有している。」ことおよび「有人国境離島地域のうち本土から遠隔の地に位置し、かつ、人口が著しく減少している特定有人国境離島地域は、将来無人化のおそれがあるが、一度、無人化すると、有人国境離島地域が有する活動拠点としての機能の維持が著しく困難となり、我が国の領域支配について主権的権利の発現に支障をきたしかねない。」ことを指摘し、「有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持は、我が国の領海等の保全等にとって極めて重要な意義を有する。」ことを強調している。
 そのため、本稿においては、このような我が国における有人国境離島地域の意義を踏まえ、有人国境離島地域における海洋安全保障の取り組み状況、特にどのような機関が設置されているのかを確認するとともに、その課題と展望を考察する。

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2.「離島」における海洋安全保障の現況

2-1.「離島」における海洋安全保障の担い手

 安全保障について、一般的には「国民の生活をさまざまな脅威から守ることを意味するが、具体的には、何から(軍事侵略、テロ、犯罪、経済封鎖、自然災害などの脅威)、何を(生命と財産、政治的自由、経済的豊かさ、文化的伝統などの価値)、どのようにしてか(軍事的・外交的手段、国内的結束・対外的有用性のアピールなどの方法)という文脈のなかで総合的に理解されるべき政策体系[5]」と理解される。そして、自衛隊法第3条においては「自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」と、海上保安庁法第2条においては「海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする」とそれぞれ規定されており、我が国における安全保障の主たる担い手とされている。
 その拠点となる陸海空各自衛隊の駐屯地や基地、海上保安庁の海上保安部、海上保安署などは、【表3】、【表4】、【表5】および【表6】に示すように日本全国に存在している。また、これに加えて、後述するように全国には都道府県警察が設置され、治安維持に当たっている。

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2-2.海洋安全保障を担うアクターとしての警察

 自衛隊が安全保障の主たる担い手であり、海上保安庁もその根拠法において、「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。(海上保安庁法第25条)」と規定されているものの、自衛隊法においては「内閣総理大臣は、第七十六条第一項(第一号に係る部分に限る。)又は第七十八条第一項の規定による自衛隊の全部又は一部に対する出動命令があつた場合において、特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れることができる。(自衛隊法第80条)」ことや「内閣総理大臣は、前項の規定により海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れた場合には、政令で定めるところにより、防衛大臣にこれを指揮させるものとする。(自衛隊法第80条第2項)」こと、「防衛大臣は、自衛隊の任務遂行上特に必要があると認める場合には、海上保安庁等に対し協力を求めることができる。この場合においては、海上保安庁等は、特別の事情のない限り、これに応じなければならない。(自衛隊法第101条第2項)」ことを規定していることを踏まえると、安全保障の重要な担い手であることは明らかである。
 これらに加えて、警察法第2条においては「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする」と規定されており、我が国においては警察も重要な安全保障の担い手である。そして、警察法第53条で規定されている、警察が設置される各都道府県の区域を分かち、各地域を管轄する警察署およびその下部機構である交番その他派出所又は駐在所の内、有人国境離島にあるものを抽出したのが【表7】である。

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2-3.軍事組織および準軍事組織の限界

 これまでに見てきたように、我が国の有人国境離島地域のほとんどには、自衛隊や海上保安庁、警察署などの施設が設置されている。その一方で、沖縄をはじめとする一部の地域を除いて、いずれの施設にも主力部隊が配置されていないのも事実である。また、我が国の海岸線総延長は3,500kmを超えており【表8】、世界第6位の長さを有している[6]。そのため、前述のような軍事組織や法執行機関の展開だけではなく、「海守」[7]をはじめとする民間セクターによる取り組みが進められてきた。しかし、前述のような長大な海岸線を有する我が国においては、これらの取り組みのみでは十分とは言えないことは明らかである。そのため、これらの取り組みを補完するような方策を検討することが求められる。

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3.「離島」における安全保障―誰が間隙を埋めるのか―

3-1.海洋安全保障の担い手としての漁協

 海洋安全保障や海上安全における議論において、漁協に注目が集まることはあまりない。これについて、2003年10月に農林水産大臣から日本学術会議に行われた「地球環境・人間生活にかかわる水産業及び漁村の多面的な機能の内容及び評価について」と題する諮問が行われ、2004年8月に答申が当時の亀井善之農林水産大臣に提出された[8]
 同答申においては、水産業及び漁村の多面的な機能について、「食料・資源を供給する役割(1)安全な食料を安定して供給する機能、2)国民に将来への安心を与える機能、3)国民の健康を増進する機能、4)医薬品などの原料を供給する機能)」、「自然環境を保全する役割(1)物質の循環系を補完する機能、2)環境を保全する機能、3)生態系を保全する機能)」、「地域社会を形成し維持する役割(1)所得と雇用を創出し維持する機能、2)文化を継承し創造する機能、3)海と水産業に係わる機能を総合化して起業化を促進する機能)」、「国民の生命財産を保全する役割(1)海難救助機能、2)災害を防ぎ救援する機能、3)海域環境モニタリングを補助する機能、4)国境としての海域を監視する機能)」、および「居住や交流などの「場」を提供する役割(1)海洋性レクリエーション、2)タラソテラピー、3)安全な水産物の安定的な供給をめぐる交流、4)教育と啓発の「場」の提供)」という特徴を踏まえた分類を行っている。その上で、同答申は各分類に関する説明を行っている。その上で、海洋安全保障や海上安全に関連する「国民の生命財産を保全する役割」について、我が国が約23万隻の漁船やおよそ5千か村の漁村を有し、概算すると海岸線150mあたりに1隻の漁船、5.7kmあたりに1か村の漁村が配置されていることやその75%を漁港が占める我が国の港湾が海岸線8.7kmに1港の割合で存在することなどを踏まえ、下記のように取りまとめている【表9】。

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 そして、同答申では「漁村における水産業の営みは、わが国周辺に広大な海事情報ネットワークを形成していることになる。このネットワーク内で地域センターの役割を担うのが各地の漁業協同組合であり、これを中心にした情報連絡網が、海難救助、災害時の救援と避難、海域環境監視、さらに国境監視などで発揮する機能は極めて評価されるべきものである。水産業と漁村のこの機能は、四周を海に囲まれた日本列島ではとりわけ大きな機能だといえよう。」と海洋安全保障や海上安全における漁協の役割を高く評価している。
 一方、この答申が提出された後に成立した海洋基本法(平成19年法律第33号)(2007年7月20日施行)や第1期海洋基本計画(2008年3月18日閣議決定)、第2期海洋基本計画(2013年4月26日閣議決定)が制定され、現在は第3期海洋基本計画(2018年5月15日閣議決定)が運用されている。この第3期海洋基本計画が「総合的な海洋の安全保障(comprehensive maritime security)」を前面に出した内容に大きく改定されたことは周知の事実である。例えば、同計画第2部の「1.海洋安全保障」の項目では、「海上犯罪を未然に防止するため、引き続き監視・取締りを行う」や「漂着・漂流船の監視・警戒等を適切に実施する」といった記載があり、「海洋の安全保障」において、監視を行う重要性を見て取ることができる。

3-2.漁協に期待される役割と課題

 これまでの検討を通じて、我が国における海洋安全保障をめぐる制度的な枠組みや実施されている取り組みを踏まえると、漁協を海洋安全保障の新たな担い手として捉えることは決して荒唐無稽ではないことが明らかとなった。一方で、その具体化には「安全保障の定義づけ」や「外交・安全保障政策における漁協の位置づけ」などの諸概念の明確化や現行法令における取り扱いの具体化などといった課題があることは無視することはできない。いずれの課題も行政法や行政学、国際関係論などの関連諸分野において、個別的な調査研究が実施されているものの、網羅的あるいは包括的な調査研究はまだ少なく[9]、基礎研究の実施は急務である。
 特に漁協職員は私人であり法執行の権限を有さないことは元より、海上自衛隊や海上保安庁の有する艦船とは異なり、漁協の有する艦船は私船であることを踏まえると、徴用された場合などを除いて、公船と同様の国際法上の保護が全て適用されるというものでもないため、その活動内容には自ずから限界があることには留意する必要がある。

4.おわりに

 本稿はCOVID-19の大流行により形成されつつあるnew normalに対応するため、我が国の国境離島を安全保障の面から保全・管理する主体の実態を明らかにし、現状と課題を考察することを目指し、検討を進めてきた。その結果、沿岸域、特に国境離島における求められる「海難救助機能」や「災害を防ぎ救援する機能」、「海域環境モニタリングを補助する機能」、「国境としての海域を監視する機能」などの機能を踏まえ、新たな海洋安全保障の担い手としての漁協の可能性を明らかにした。
 今後はこれらの知見を踏まえ、既存の外交・安全保障政策や海洋政策を織り込んだ海洋安全保障における漁業をはじめとする民間セクターの役割を提示することが求められると思料する。この課題は不確実性が高まる国際情勢を踏まえると解決が急務であると確信するが、紙幅の都合上、他日を期して論じたい。

付記 本稿は笹川平和財団海洋政策研究所が実施した2019年度「海洋ガバナンスの構築」事業および2019年度「海の未来に向けた政策研究」事業(日本財団助成事業)による成果の一部である。

[1] 「「終息後、地方に人材 ローカル再評価」兵庫・豊岡市長」『日本経済新聞(電子版)』(2020年4月22日16時30分)。

[2]「自衛隊、新型コロナ患者を初めて空輸 長崎県が要請」『産経新聞(電子版)』(2020年4月4日0時40分)。

[3] なお、内閣府の「国境離島WEBページ」には関連法令として、海洋基本法や有人国境離島法に加え、領海及び接続水域に関する法律(昭和52年法律第30号)(領海法)、排他的経済水域及び大陸棚に関する法律(平成8年法律第74号)(排他的経済水域法)、排他的経済水域及び大陸棚の保全及び利用の促進のための低潮線の保全及び拠点施設の整備等に関する法律(平成22年法律第41号)(低潮線保全法)、離島振興法(昭和28年法律第72号)、奄美群島振興開発特別措置法(昭和29年法律第189号)、小笠原諸島振興開発特別措置法(昭和44年法律第79号)、沖縄振興特別措置法(平成14年法律第14号)およびこれらの法律の施行令や政令、方針が掲載されている。

[4] 「「海の相談室」トピックス」『JODCニュース』第34号10-11頁、公益財団法人日本離島センターウェブサイト(http://www.nijinet.or.jp/info/faq/tabid/65/Default.aspx)(2020年5月23日検索)。

[5] 阿部齊・内田満・高柳先男編(1999)『現代政治学小事典〔新版〕』有斐閣14頁。

[6] 中原裕幸(2015)「わが国200海里水域面積447万㎢の世界ランキングの検証―世界6位、ただし各国の海外領土分を含めた順位では8位―」『日本海洋政策学会誌』第5号117-135頁。

[7] 三浦翔太(2006)「きれいで、安全で、豊かな海を!」『Ocean Newsletter』第153号所収。なお、2003年に発足した「海守」は、「海上における不審事案や海洋汚染の監視」や「118番への通報等による国民生活の安全確保と海洋環境の保全」がある程度根付いたことを踏まえ、2015年に各地の会員が個別に活動する体制へと移行している。海守事務局ブログ「海守事務局から重要なお知らせ」(https://blog.canpan.info/umimori/archive/815)(2020年10月31日検索)。

[8] その後、2006年6月に国土交通大臣から「地球規模の自然災害の増大に対する安全・安心社会の構築」と題した諮問が行われ、翌2007年5月に答申が提出された後、現在に至るまで日本学術会議からの答申は行われていないが、これは答申の性質上、止むを得ないものと考えられる。「学術会議への批判は的外れ?予算や報酬、文科省が説明」『朝日新聞Digital』(2020年10月22日19時02分)。

[9] 例えば、数少ないものの1つとしては、山下東子「漁業から海洋安全保障」『Ocean Newsletter』第286号所収などが挙げられる。