2024年米大統領選挙、予備選挙の「異変」:
アイオワ党員集会が消える?

渡辺 将人
民主党大改革:予備選州順位変更で52年ぶりの首位交替か
2024年米大統領選挙に向けての動きが活発化してきた。本稿では予備選挙の激変を伝え、共和党各候補の動向を補足的に解説する。
アメリカ大統領選挙は予備選挙過程の1戦目であるアイオワ州党員集会から始まり、2戦目のニューハンプシャー州予備選に続くのが慣わしだった。予備選挙過程は全米同日一斉開催ではなく州ごとに順繰りで行われる。2024年大統領選挙では、1972年から続いてきたアイオワ党員集会が、民主党側で日程と方式の両面で変更される見通しが強まっている。緒戦州の結果が選挙戦の世論調査や後続州の有権者の投票行動に影響を与えるため、緒戦州が握る過大な影響力は問題だった。アメリカの政治学者の間でもアイオワ党員集会の賛否は長年議論されてきた。
それでも全米一斉投票にしないのは小さな州を緒戦にすることで資金力や知名度のない新進候補にもチャンスを与える意義があったからだ。全米一斉投票やカリフォルニア州など巨大州が緒戦だと大物候補だけが有利になる。アイオワが人種的少数派の少ない白人州であることや農業に偏った産業構造を持つことなど「アメリカの平均ではない」問題は、主として民主党内にあった批判である。共和党にとってキリスト教右派から穏健派まで満遍なく存在する農村アイオワは共和党支持層の理想的な見本市だった。予備選は党事であり、「有権者の平均」は政党で異なる。「アメリカの平均州」の抽出論が非現実的だったのは、共和党と民主党で「平均」定義が一致しないからだ。「平均」をおさえた上で両党で開催日も州順も揃えるなら永久に調整できない。そもそもイデオロギー上は本当の「平均」かもしれない無党派はどのみち予備選に参加しない問題もある。
今回の民主党改革は民主党全国委員会(DNC)がアイオワ民主党を「先頭集団」から脱落させることが目的だった。アイオワにペナルティを与えるためだ。2020年1月の党員集会で当日中に得票集計が完了しなかった混乱への罰である。だが、政治的な思惑も交錯する。この騒動で結果不明のまま後続州ニューハンプシャー戦が始まり、アイオワでは泡沫候補で3位にも手が届かなかったバイデンを延命させたからだ。いわばバイデン政権は2020年のアイオワの混乱の産物である。
当時、サンダースとウォーレンという「左派2強」に加え、LGBT の新星ブディジェッジが追随し、古参の穏健派は勢いがなかった。現副大統領のハリスに至ってはアイオワ党員集会前に力尽きて撤退した。こうした事情から、アイオワのあの日の夜の混乱が左派候補を食い止めるためだったのかとの陰謀論まで語られる始末だった。伏線が皆無だったわけではなく、地元紙「デモイン・レジスター」の伝統行事である党員集会直前の世論調査が突然公表中止にされた事件がさらに騒めきを生んだ(表向きには電話調査で一部の質問員がブディジェッジの名前を聞き忘れたことが理由とされたが、全結果がお蔵入りにされた)。バイデンが当該の直前調査で5位だったことを覆い隠すためではとの噂も左派内で渦巻いた。
2020年アイオワ党員集会で何が起きたか
後に集計遅延の原因として、米民主党の内部調査や米メディア報道で断定されたのが、党員集会で用いるスマートフォンの集計アプリの不具合であった。確かに米政党の新通信技術への不信感は根強い。遠隔地の集会参加を可能にするテレビ会議的な「バーチャル・コーカス」がアイオワ州委員会で2020年に導入検討されたものの民主党全国委員会が認可しなかったこともある。2016年大統領選挙でロシアによる介入がトランプを利した前例から警戒にも一理ある。だが、十分な検証なしに運営トラブルの原因の全てをアプリに帰す米主流メディアの拙速な報道には問題もあった。
筆者は2020年1月、アイオワ州に長期滞在し、党員集会の運営過程を観察すると共に広範に運営関係者に聞き取り調査を実施し、2020年のトラブルがアプリだけに起因するものではなく、カード投票方式の制度変更が関係していることを明らかにして論文化した(Mobilizing Party Participation: Defending the Iowa Caucuses)1。開発ベンダーの早期選定でアプリ開発を早期に終えて利用研修が周到にできれば、同様の事故は最小限に食い止められる。拙論文で記したように、草の根市民参加促進で政党活動家の多様性も活性化するという側面を持つ党員集会方式まで中止するのはアメリカの草の根民主主義に鑑みれば大きな損失なのだが、ワシントンの民主党幹部はアイオワ党員集会潰しにひた走った。
結果として今年2月、民主党全国委員会はアイオワを外した早期投票州の順番変更を決議した。2016年の騒動に続き(サンダースとヒラリーの票の数え直し事件)、2回連続のトラブル発生が問題視された形だ。共和党も2012年にアイオワでトラブルが発生しているが共和党では廃止論は出なかった。しかも、アイオワ民主党はDNCの決定にまるで抵抗しなかった。「アイオワ民主党が全米1番目の地位を維持するために戦わなかったのは驚き」とアイオワ共和党の幹部も語る。背後にはバイデン再選を確実にさせたい民主党のお家事情も介在する。
承認された新たな順番は、まずサウスカロライナ州が2024年2月3日(土)、ネバダ州とニューハンプシャー州はその3日後の2月6日(火)、ジョージア州が翌週2月13日(火)、そしてミシガン州2月27日(火)と続く。しかし、この制度変更は以下のような問題を浮上させている。
アイオワ民主党の郵便投票案?キャンペーン手法や資源配分への影響も
アイオワ民主党は会場での「党員集会」方式まで放棄する方針を打ち出して、バイデン政権下のDNCにすり寄った。これは各陣営のキャンペーン手法を激変させる変容だ。仮に秘密投票になれば、かつてオバマ陣営が力を入れた「説得」のための地上戦の必要性が減る。オバマ陣営がアイオワだけに1年もかけて戸別訪問で組織づくりをしたのは、第1に1州目へのメディア報道の集中を利用して「黒人候補に勝ち目なし」の印象を覆す作戦、第2に当日参加で近隣住民の前で支持表明をする物理的、心理的なハードルをテコに情熱的有権者を囲い込む作戦だった(テレビ広告の印象で決めたり、支持候補を秘密にしたいような有権者は党員集会には来ない)。だが、アイオワのような党員集会方式の州が1番目でなくなれば、「草の根」や地上戦が苦手な候補にも緒戦突破の可能性が高まる。地上戦よりも空中戦やデジタル戦への予算配分が増すかもしれない。
アイオワ民主党が民主党内での州の信頼回復のために提案したのが「オールメールインコーカス」という郵便投票だった。参加希望者は何らかの投票用紙を入手し、自分の希望に印を付けて返送し、投票が集計され投票日の夜に発表される。当日の夜7時に現場に参加できない人の声を反映させる大義を優先した形だ。ところが、ここにきてアイオワ州議会がこれに待ったをかけた。アイオワ州議会下院で多数派を占める共和党議員らが「党員集会参加者は物理的に会場に参加すべきで、集会の70日以上前に政党に登録する必要」を明記した法案を4月になって提出したからだ2。
「もし郵送投票をアイオワで実施すれば、ニューハンプシャー州はそれをもはや党員集会ではなくプライマリー(通常の予備選挙)だと判断し、開催順位を前倒してくる。するとアイオワの1番目の地位が失われる」ことを共和党は懸念して民主党の動きを止めるために州議会で法案を提出した。州上院も共和党多数だが実際に可決するかは水面下での民主党との交渉にも左右される。
アイオワ1番目、ニューハンプシャー2番目の長年の紳士協定の根底にあるのは「党員集会は選挙ではない」という建前であり、これによってニューハンプシャー州の「予備選挙では1番目」という地位を維持してきた。片方の政党だけでもアイオワが党員集会方式をやめれば、それは「集会」ではなく「選挙」とみなされるため、ニューハンプシャー州は投票日を前倒しする可能性がある。他州が前倒しした場合も同様だ。
両党同時開催とニューハンプシャー州をめぐる問題
ちなみにアイオワ共和党は方式も党員集会のまま変わらずで、順位も1番目のままの方向であるため、ヘイリー元国連大使、ペンス元副大統領など共和党候補や出馬を検討中の人物が続々とアイオワ入りし、既にキャンペーンが始まっている。
予備選は州が費用を負担する。運営コストの問題から州は予備選挙を政党ごとに別日に実施することを望んでこなかった。できれば同日に行いたい。サウスカロライナ州やミシガン州で民主党が予備選の日程を早めれば、共和党の予備選も早めるのかは焦点である。州によっては予備選の日程を変更するには州議会の承認が必要で、ミシガン州のように議会多数派が民主党ではない州は難儀だ。ニューハンプシャー州やジョージア州など州政治を共和党が支配する州では、民主党だけの都合で予備選挙日を変更できない。
しかも、ニューハンプシャー州には大統領選の指名プロセスで最初の予備選挙となることを義務付ける州法がある(前述のようにアイオワは党員集会なので予備選ではない)。ニューハンプシャー州が承認順を飛び越え、ジョージア州も先頭集団から離脱すれば、他州も同様に承認順を守らない混乱も起きかねない。2月初旬(ニューハンプシャー州が先行する場合は1月)に2つか3つの州が実施し、2月下旬のミシガン州まで空白が生まれるのも不自然だ。
アイオワ州の州法は党員集会をニューハンプシャー州予備選8日前に行うことを義務づけている。だが、あくまで党員集会は「州の代議員を選出する行事」として規定されているので、民主党は党委員の会合だけを共和党党員集会と同日に行い、遅い日程で候補者選びの手続きをする方法で、形だけ共和党に日付を合わせる抜け道も検討されている(DNCがこれに処分を下す可能性もある)。
さらに、共和党と民主党が別日に党員集会を開催すれば、両方に参加できてしまう問題がある。二重参加は両党の党員集会が対面で同日同時刻に行われることで防がれてきた。民主党の党員集会が郵送で行われると、投票用紙を送付しつつ共和党側に何食わぬ顔で参加できるし、無党派層が両方の集会に参加することも可能になる。重複確認をどう行うのか不透明で、以前にも増して撹乱目的の参加が増える可能性もある。この問題に対応する必要があるため、先に紹介した共和党アイオワ州議会下院は「集会の70日以上前に政党に登録する必要」を法案に盛り込んだのだ。
バイデン大統領の再選を確実にするためのサウスカロライナ州
州の順番と方式は大統領選挙では候補者の有利・不利も左右する。民主党側は、正式な宣言は保留しているものの再出馬を検討しているバイデン大統領の邪魔になる要因を取り除くことが至上課題だ。そのために予備選改革が利用された側面も否定できない。バイデン政権がサウスカロライナ州を順位1番目に強く推したのには理由があるからだ。
第1に、2020年にサウスカロライナ州のおかげでバイデンが勝利できた貸し借り問題だ。サウスカロライナ州選出の黒人の重鎮クライバーン下院議員が、サンダースに追い込まれるバイデンを票固めで救った。そのことへの「褒美」である。第2に、指名に挑戦する者への牽制だ。サンダースやオカシオ=コルテスなど左派から挑戦者がもし出馬した場合、白人若者リベラルが強いアイオワが1戦目は危険すぎる。バイデンは過去にアイオワで勝利したことが一度もない。バイデンが得意な黒人票で有利に展開するには黒人州を1番にすればよい。予備選の確実な勝利への安全保障である。第3に、党内の左傾化事情である。ダイバーシティ原則でマイノリティ優先の政治が掲げられる中、アイオワはBLM運動後の左派包摂の民主党にとっては人種的多様性にあまりに欠ける。黒人の多い州を先頭にすることは党内の左派世論を喜ばせ、バイデン支持に繋がる。党員集会方式は左派有権者や若者の掘り起こしに有効だが、バイデンは苦手とする。高齢者、黒人教会組織、労組など組織票に依存するバイデンとしては「左派候補潰し」と党員集会潰しは連動している。
問題はハリス副大統領の処遇だ。政権内での低い評価で副大統領候補から外したい意向もあるものの、女性支持層からの反発も予想される。バイデンが再出馬する限りは、高位の別職務を花道に用意するかハリス本人が何らかの理由で勇退しない限り、「バイデン・ハリス」の組み合わせは崩しにくい。ちなみに共和党がバイデン弾劾に踏み切れないのは、「ハリスが繰り上がりで大統領になればアメリカと自由世界が危機になる」(共和党筋)からでもあり、ハリスの低評価がバイデンを弾劾危機から防衛している奇妙な構図だ。予測不可能なのはバイデン大統領に何らかの健康上の問題や事故があった場合で、その際はカリフォルニア州のニューサム知事など2024年をバイデンに譲って鳴りを潜めている「本命」が続々と出馬し、民主党側はあっという間に政局化する。バイデン大統領が正式な再選出馬の宣言を先延ばしにしているのは、他候補に挑戦の準備期間を与えない封じ込め戦略でもある。
共和党候補の動向と評価
さて、ここで主要な共和党候補の動向と評価に触れておきたい。
- ドナルド・トランプ(前大統領)(76)
- アイオワが共和党指名プロセスでトップバッターの州のままで得をする候補は、州西部に大拠点を築く宗教保守を地盤にできる候補だ。具体的にはトランプ前大統領、ペンス前副大統領だ。同じトランプ政権出身者でも、ポンペオ前国務長官は宗教右派には食い込めない。トランプの勝率は最終的な共和党候補者数で決まる。 トランプはアイオワでは共和党支持者の40〜50%を自身の集会に集める動員力を持っている。アイオワの党員集会参加者の40~45%は保守的なキリスト教徒なので、トランプ対ペンスだけならキリスト教保守の奪い合いに限定すればある程度の接戦になる可能性もあるが、実際に候補者が増えれば増えるほどキリスト教保守派以外の残り半分の共和党層を全員で奪い合って票が分散するので、岩盤の単独支持基盤があるトランプだけが有利になる。
- 穏健派は「ニューハンプシャー州で地元のスヌヌ知事が勝ち、サウスカロライナ州でヘイリーが勝ち、トランプが脱落することを望んでいる」と語るが、トランプだけを支持するコアな有権者がいる一方、トランプに愛想を尽かした過去の支持者もいて離反層がどこまで広がるかが焦点だ。
- ワイルドカードは、司法省かジョージア州の検察官がトランプを何らかの罪で起訴するかである。しかし、既に起きているニューヨーク州での起訴は皮肉にも逆にトランプ支持を強めている。材料的にトランプを攻め落とすには「弱い」と見られていることと、リベラルなニューヨークでの党派的な魔女狩りという反発の口実をトランプ支持者に与えたことなどがその原因であり、むしろコアな支持者の結束は強まった。共和党他候補も下手に触れず様子見の状態だが、トランプを積極的に擁護していないデサンティス・フロリダ州知事がトランプ支持者に批判され、火の粉を浴びている。分極化時代のトランプ支持の構造下では、スキャンダルや起訴程度ではむしろ支持者を燃え上がらせる油になってしまう。
- ニッキー・ヘイリー(元国連大使、元サウスカロライナ州知事)(51)
- トランプに挑戦しないという主張を転換して出馬した。元国連大使の政策通として財政責任、国境管理を訴えているが、右派と左派の双方に敵がおり、リバタリアンはヘイリーのウクライナ戦争への肩入れ姿勢を攻撃している。また、「インド系女性」というアイデンティティ・カードは共和党保守派にはややリベラルに過ぎるため、キャンペーンのメッセージの主軸は「世代交代」に据えている。ただ、トランプに挑戦したのはある種の出来レースで、指名獲得の可能性が高くないことを前提にトランプに仁義を切った上での歌舞伎的な出馬で、副大統領か閣僚のチャンスを狙っているとも言われている。ちなみに副大統領候補としては、ヘイリーのほか、サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事、アイオワ州のキム・レイノルズ知事など女性政治家の名前が党内であがっており、ハリス封じ込めの共和党女性カードに期待が高まる。ちなみに共和党ではヘイリー出馬でサウスカロライナ州の重要性の陳腐化が囁かれる。有力候補が出身州で盤石地盤があるとその州が予備選で意味を失うからだ。1992年にアイオワ州のハーキン上院議員が出馬し、民主党アイオワ党員集会が陳腐化し、全候補がアイオワでの活動をスキップした前例がある。
- ロン・デサンティス(フロリダ州知事)(44)
- 本命候補の一人としていくつかの世論調査ではトランプを上回ってきた。フロリダ州政治では左派から批判を浴びてきたことで保守派の信頼を得た。戦う政治家と見られているがトランプほど攻撃的ではないスタイルで、イタリア系のカトリック信徒らしくヒスパニック支持者にアピールする。1978年9月生まれの44歳で「若さ」が武器である。アドバイザーが陣営インフラを構築中で、自著The Courage to Be Free: Florida's Blueprint for America's Revival (New York: Broadside Books, 2023)が2月末に出版された。筆者の米政治家回顧録分類ではキャンペーン本の典型例だ(アメリカ現状モニターNo. 87「アメリカ大統領回顧録とは オバマ回顧録論①」)。ハードカバー全320ページの本書にはAmazonで(2023年4月10日現在)1400を超える満点の評価がついており、支持者の熱意も動員も堅調さを見せている(支持基盤のネット拡散力に難がある政治家が回顧録を出し、政敵の動員による酷評が並び出版が逆効果になる例もある)。政策面、特に外交は未知数で同じフロリダの先輩政治家マルコ・ルビオ上院議員のような反共・反中姿勢を示しているわけではない。今後のアジア政策、特に対中政策は政策専門家のインプットに左右されると見られ、4月下旬に検討されている訪日は重要視される。
- マイク・ペンス(前副大統領)(63)
- すでにアイオワ入りして選挙資金を集めている。キリスト教保守の間では善戦の可能性もあるが、指名獲得の可能性は低いとされている。2020年選挙の問題でトランプを遠ざけたペンスの判断をトランプ支持者は赦していない。共和党内では、「守り」に入る共和党候補者では勝てない、が共通認識になりつつある。戦う政治家(ファイター)でありつつトランプほど攻撃的でないことが条件になる。ペンスはそのどちらの型にもはまらない、ボブ・ドール、ミット・ロムニー、ジョン・マケインのような経験豊富な長老型の政治家だが、トランプを経験してしまった共和党支持者は、安定しているだけで退屈な長老を大統領には求めなくなっている。
- マイク・ポンペオ (前国務長官)(59)
- デサンティスに1ヶ月先駆けて1月末にキャンペーン本の「回顧録」Never Give An Inch: Fighting for the America I Love (New York: Broadside Books, 2023)を出版し、記念ツアーを展開していたが、フォーブス誌に自身のPAC (政治活動委員会)が42,000ドルで自著を買い取ったことを報じられるなど、メディアの扱いは必ずしも好意的ではない3。外交やインテリジェンスが強みだが、他方でリバタリアンが「戦争タカ派」として目の敵にしていて今後のウクライナ情勢次第では危険信号の材料にもなりかねないと指摘する向きもある。議会下院共和党では3分の1がウクライナ支援はもう十分と考えていることを示す調査もあるが4、その内訳全てが孤立主義ではなく、中国対応の資源を浪費すべきでないとの「対中優先論」が混在する。米中対立や台湾有事の危機では台湾に最も寄り添う姿勢を見せている候補でもあり注目される。ただ、共和党の思考が価値主義ではなく選択主義に傾斜していることは懸念点で、守るべきものがあれば二正面でも関与するというアメリカの覚悟に不透明さも滲む。台湾危機が中東など米国の戦略的重要性のある地域の問題と同時勃発した際のアメリカのコミットメントが選挙戦中に議題化すれば、トランプ支持者やFOX Newsのタッカー・カールソンやローラ・イングラハムらの孤立主義派の批判の標的にされやすいリスクもある。
- ティム・スコット(サウスカロライナ州選出上院議員)(57)
- 保守系の黒人でキリスト教保守に信仰を介した支持を広げている。保守系のマイノリティ候補は共和党の予備選を多様性に満ちたものにする可能性はあるし、スピーチも巧みで人望もある。しかし、同じ州のヘイリーと支持基盤を奪い合う問題もあり、副大統領候補か閣僚の可能性はあっても本格的な指名可能性は低いとされる。
- グレン・ヤンキン(バージニア州知事)(56)
- 全米知名度に難があり、全国的な知名度を上げるために選挙に出るとも囁かれる。バージニア州知事は規定で連続就任が許されず1期で一度退く必要があるため、2024年選挙後の職探しとして共和党政権での閣僚職も射程にしていると噂される。
- クリスティ・ノーム(サウスダコタ州知事)(51)
- 保守的でトランプ支持者にもアピールできる女性政治家で、全米の各種の保守派会合や献金者の集まりで招待の常連となっている。
- 反トランプ系:
- リズ・チェイニー(元下院議員) (56)
- トランプ批判で知られるチェイニー元副大統領の娘だが、2022年の中間選挙の予備選でトランプ派候補に敗北した。反トランプ活動は続けており、政治活動委員会を立ち上げて共和党浄化を訴えている。民主党からは「ディサンィス・チェイニー」の正副大統領候補になると手強い、との声も聞こえるが、2024年大統領選挙に出馬するのかは不透明。ネオコンや反トランプ派の期待の声が先走りしている。ある共和党エスタブリッシュメント系の人物は「チェイニーが2024年の候補者の可能性としてメディアに扱われるのは笑止千万。 彼女は共和党の役職者としての未来はない」と断じており、トランプ派以外にもチェイニーの行動に不信感を持つ層は存在し、どこまで共和党内に活路を見出せるのかは謎。
- クリス・スヌヌ(ニューハンプシャー州知事)(48)
- 穏健派の代表としてトランプの対抗軸としてアピールしている。ニューハンプシャー州の予備選の順位とも命運が関係している。州内や政治的エリート以外にはあまり知られていない。父親のジョン・スヌヌ元知事がデイヴィッド・スーター最高裁判事(リベラルに転向した保守の裏切り者扱い)をニューハンプシャー州最高裁時代に指名し育てた「前科」から共和党内では保守派に目の敵にされている。
- アーサ・ハッチンソン(前アーカンソー州知事)(72)
- 南部共和党政治家としては珍しくトランプを積極的に批判している。かつては共和党の新星と期待されたが、州知事としては共和党内であまり存在感を見せられなかった。チャンスは少ないと見られているが、既に出馬を表明している。
- ヴィヴェク・ラマスワミ(実業家)(37)
- 既に出馬を表明しているバイオ医薬品で成功した実業家。30代の若さで、2024年選挙の最年少候補になる可能性がある。インド系の移民2世。ハーバード大学を優等で卒業後、イェール大学ロースクール卒。新世代左派の過激なリベラル運動を「ウォーク」とラベリングして批判しており、トランプへの対抗軸としてビジネス保守層の取り込みを狙うが知名度が低く、早くも脱落が噂される。
- クリス・クリスティ(元ニュージャージー州知事)(60)
- かつては親トランプ派だったが、「2024年大統領選挙でトランプはバイデン大統領に勝ち目がない」とテレビで今年冒頭に発言し波紋を広げた。2016年の出馬時の失速で保守系支持基盤からは信用を失った。
- ラリー・ホーガン(前メリーランド州知事)(66)
- 反トランプの穏健派だが、「ロムニーと同様、穏健すぎる」との声もあり伸び代は小さいと見られていた。既に出馬しないと表明している。
以上が米メディアやワシントンで下馬評にあがる人物に対する共和党内の複数の声を総合した筆者による短評だが動向は依然不透明だ。バイデン再出馬で左派からも強力な対抗馬が出なければ、民主党側で予備選挙が「1回休み」か、限りなく無風になり、アイオワ党員集会と予備選順位の変更の影響が民主党側で本当の意味でインパクトを持つのは2028年になる。
最終的な予備選カレンダーは当面見えないが、アイオワ州議会の法案の行方、ニューハンプシャー州の「前倒し」判断、アイオワ民主党がどこまで共和党に足並みをそろえるか、などの諸要因で決まる。現時点では、アイオワ州が「党員集会」方式の建前を形式的にでも両党で維持できれば(民主党側が事実上の党員集会と順番を放棄しても)、少なくとも共和党は2024年1月にアイオワ党員集会が行われるとの観測が強い。共和党と民主党のアイオワ党員集会に筆者が本格的に参与観察して16年になるが、これほどスケジュールが流動的な大統領選挙は珍しい。全国委員会はもとより、アイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナの共和党州委員など運営当事者ですら、現時点では誰一人して確定的なカレンダーを把握できる状態にない。アメリカ現状モニターでは、現地党幹部からの情報のアップデートを手掛かりにしつつ、今後の推移と影響を見守りたい。
(了)
- Masahito Watanabe, "Mobilizing Party Participation: Defending the Iowa Caucuses", The Japanese Journal of American Studies, No. 33 (2022): 109-132.(本文に戻る)
- Stephen Gruber-Miller, "Iowa House GOP bill to require in-person caucusing, endangering Democrats' mail-in,"; Iowa City Press-Citizen, April 11, 2023 <https://www.press-citizen.com/story/news/elections/presidential/caucus/2023/04/11/iowa-gop-bill-would-require-in-person-caucusing-stifling-dem-reforms/70104931007/> accessed on April 17, 2023.(本文に戻る)
- Zach Everson, "Mike Pompeo's PAC Spent $42,000 On Books The Day His Memoir Was Published. It Became A Bestseller," Forbes, February 21, 2023, <https://www.forbes.com/sites/zacheverson/2023/02/21/mike-pompeos-pac-spent-42000-on-books-the-day-his-memoir-was-published-it-became-a-bestseller/?sh=18ee974b3c1b> accessed on April 17, 2023.(本文に戻る)
- Amina Dunn, "As Russian invasion nears one-year mark, partisans grow further apart on U.S. support for Ukraine," Pew Research Center, January 31, 2023, <https://www.pewresearch.org/fact-tank/2023/01/31/as-russian-invasion-nears-one-year-mark-partisans-grow-further-apart-on-u-s-support-for-ukraine/> accessed on April 17, 2023. (本文に戻る)