海洋安全保障情報旬報 2024年6月1日-6月10日

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6月3日「太平洋における中国のハイブリッド戦に立ち向かう―ニュージーランド専門家論説」(The Diplomat, June 3, 2024)

 6月3日付のデジタル誌The Diplomatは、ニュージーランドのUniversity of Canterburyの中国、太平洋および極地の政治の専門家Anne-Marie Bradyの“Facing up to China’s Hybrid Warfare in the Pacific”と題する論説を掲載し、ここでAnne-Marie Bradyは中国の攻撃的なグレーゾーン活動は協調的な対応を得ることは困難であり、今こそ太平洋の島嶼国、オーストラリア、ニュージーランドは、この問題に気候変動への対処と同じ方法を用いて、共同で取り組む時であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年、中国は史上初めてWestern and Central Pacific Fisheries Commission(中西部太平洋まぐろ類委員会)の協定に基づく海域で活動する中国海警総隊(以下、CCGと言う)の海警船26隻を登録した。この協定は、北太平洋のアリューシャン列島から南極海までを管理している。それは第1、第2、第3列島線の島々の地域でもある。係争海域でのグレーゾーン作戦に広く使用されているCCGは、まもなく、第1、第2、第3列島線付近の公海上で外国漁船に立ち入り検査することが合法的に許可される。2020年以降、中国は North Pacific Fishing Commission(北太平洋漁業委員会)の海域で外国漁船を監視するために4隻の海警船を登録している。2024年6月から、中国は米国とオーストラリアに次ぐ太平洋全域で3番目に大きな海上警備兵力を持って海域を哨戒することになる。CCGの船艇は、人民解放軍海軍(以下、PLANと言う)の仕様に合わせて建造されており、CCGは戦時にはPLAN直轄部隊として行動する。習近平の中国は既存の戦略的秩序に挑戦し、戦争の閾値以下の行動をCCGの船艇を通じて行っている。
(2) 中国は、複数の手段、特に軍民両用活動を利用して、太平洋地域における軍事的・諜報的影響力の増大を正当化している。中国の軍民両用のハイブリッド戦争の活動は、今や太平洋地域における最も重要な伝統的安全保障上の脅威となっている。習近平は、中国政府が法に基づく国際秩序の価値観を共有していないことを明確にし、中国人民に戦争に備えるよう指示している。70年以上にわたり、太平洋の海上交通路とチョークポイントは、米国とその地域の安全保障上の提携国である日本、韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランドの戦略的拒否政策の下で保護されてきた。米国とその提携国の戦略的拒否の設定は、第2次世界大戦後の教訓から学んだ教訓の1つであった。これは、同じ安全保障上の利益と価値観を共有しない敵対国が太平洋に軍の配備を確立するのを排除することを目的としている。この政策の本質的な弱点は、太平洋内の多くの小さな島嶼開発途上国が安全保障の恩恵を受けているが、それに対する同盟の関与がないことである。太平洋島嶼国を結びつける軍事協定はないが、2000年にはビケタワ宣言、そして2018年のボエ宣言は地域におけるいかなる安全保障上の課題も集団で対処されるべきであると述べている。習近平時代、中国はグレーゾーン活動、対外的干渉、そして太平洋地域において中国を中心とした安全保障同盟の設立を繰り返し試みることで、第1列島線、第2列島線、第3列島線沿いの国々を積極的に標的にしてきた。しかし、中国の行動は習近平が権力を握ったときに始まったわけではない。人民解放軍は24年以上にわたり、トンガ、フィジー、パプアニューギニアの軍隊に徹底した訓練、教義、武器、軍用車両や艦艇、軍服、軍用建物を提供してきた。中国国内の諜報機関である公安部は、フィジー、キリバス、バヌアツ、ソロモン諸島の警察署と秘密協力協定を締結した。PLANの艦艇は、軍事外交とスパイ活動の両方のために20年間太平洋を訪れている。また、人民解放軍は、人道支援や災害救援のために、艦船や航空機を使用して太平洋にアクセスしている。
(3) 世界に展開しようとする軍事力は、海外に友好的な港、飛行場、衛星地上局を必要とする。キリバスからバヌアツ、フランス領ポリネシアに至るまで、中国とつながりのある企業は、軍事的に重要な飛行場や港湾の利用を何度も試みてきた。中国はこうした努力の全てを阻まれてきた。それどころか、過去10年間、Asian Development BankとWorld Bankの資金提供を受けて、中国の国有企業は、太平洋の島嶼開発途上国におけるすべての戦略的な空港、港湾、環状道路の大部分を建設してきた。中国政府は、太平洋のあらゆる国と領土で対外干渉活動を支援しており、地方政治に悪影響を及ぼしている。そのため、違法・無報告・無規制漁業(IUU漁業)など、自国の主権に影響を及ぼす中国の悪質な活動に対して、国家が自らを守ることが難しくなっている。
(4) 中国の遠洋漁船は、太平洋海域での違法漁業の最悪の犯罪者であることは間違いない。長年にわたり、中国は国際組織犯罪対策会議(Global Initiative Against Transnational Organized Crime)によって、世界一のIUU漁業国として位置付けられてきた。中国の遠洋漁船団は、人身売買でも世界最悪に位置付けられている。中国の商用漁船による「違法な流し網」は、通過するあらゆるものを枯渇させ、地元の漁民には何も残さない。中国政府の文書は、これらの船舶が操業する外国の領海と公海を、中国の「遠洋漁業」、つまり産業全体の一部であると説明している。中国の遠洋漁船団の中には、国が助成する海上民兵が潜んでおり、中国共産党や中国共産党と協力して、領土紛争をめぐってベトナムやフィリピンなどの海洋国家を威嚇している。米国のBiden政権は、中国のIUU漁業を行う漁船団と中国の海上治安部隊と行動を共にする海上民兵の役割を「国家安全保障上の懸念」と呼んでいる。
(5) 中国の攻撃的なグレーゾーン活動は、従来の戦争の閾値以下で行われており、協調的な対応を得ることは困難である。しかし、2018年のボエ宣言は、太平洋地域における安全保障の概念を再定義し、Pacific Island Forum(太平洋島嶼国フォーラム)参加国の内政不干渉の原則を強調した。今こそ、参加国である太平洋の開発途上島嶼国、オーストラリア、ニュージーランドは、太平洋における中国のハイブリッド戦争の課題に、気候変動への対処と同じ方法で、共同で取り組む時である。太平洋の平和と安全の継続は、太平洋にかかっている。
記事参照:Facing up to China’s Hybrid Warfare in the Pacific 

6月5日「イタリア空母打撃群がインド太平洋に展開―フランス海軍関連サイト報道」(Naval News, June 5, 2024)

 6月5日付けのフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、“Italian Carrier Strike Group Starts Five-Month Deployment To The Indo-Pacific”と題する記事を掲載し、Marina Militare Italiana(イタリア海軍)の空母打撃群が地中海から太平洋に進出し、イタリアに戻るまで、約10ヵ国を訪問し、さまざまな国の海軍と交流を行うとして、要旨以下のように報じている。
(1) Marina Militare Italiana(以下、イタリア海軍と言う)の空母打撃群(IT CSG)の展開については、イタリア海軍参謀長のEnrico Credendino大将が、1月25日にInstitut Français des Relations Internationales(フランス国際関係研究所、IFRI)主催のパリ海軍会議(Conference Navale de Paris)にMarine nationale(以下、フランス海軍と言う)とともに出席し、米国、英国、インドの海軍参謀長等とともに公式に発表した。
(2) Ministero della Difesa(イタリア国防省)と海軍からは公式な声明や詳細は発表されていないが、イタリア空母打撃群は、紅海とアデン湾を経て、地中海からインド洋を横断し、太平洋海域において約2ヵ月間、行動する。その後、イタリアに戻るまで、東南アジア、インド、中東でも活動し、合計約10ヵ国を訪問し、10港に寄港する。
(3) イタリア出港後、イタリア空母打撃群は、European Maritime Force(欧州海洋部隊、以下EMFと言う)の行動の一環として、Armada Española(スペイン海軍)のサンタ・マリア級フリゲートおよびフランス海軍のラ・ファイエット級フリゲートとの共同行動を行っている。EMF の発表によると、これは29年前にEMFが創設されて以来、部隊の旗艦でもある空母との初めての行動である。
(4) 海軍外交の実施と“Made in Italy”の推進に加え、作戦期間中はNATO、同盟国、現地の海軍、軍隊、当局と交流し、すでに同じ地域で活動しているイタリア海軍部隊とともに、訪問国との協力関係を強化する。
(5) イタリア空母打撃群は、2024年末までに初期運用能力を達成するため、予測通り第5世代F-35Bの搭載能力を評価し、適格性を確認する際立った作戦展開に参加する予定であり、これはイタリアの国防だけでなく、NATOや加盟国が他国籍空母打撃群を構成する能力向上を目指したEuropean Carrier Group Interoperability Initiative(欧州空母群相互運用性構想)にとっても重要な成果である。インド洋での訪問を終えた後は、7月中旬から8月初旬にかけて実施される2年に1度のピッチブラック演習に参加するため、オーストラリア北部海域とダーウィンに到着する。イラリア海軍のF-35BとAV-8Bは、広大な訓練区域で飛行する機会を得るだけでなく、Royal Australian Air Force(オーストラリア空軍)、U.S. Marine Corps(米海兵隊)、東南アジア、太平洋、欧州の空軍機とともに行動する。
記事参照:Italian Carrier Strike Group Starts Five-Month Deployment To The Indo-Pacific

6月5日「台湾に対する中国の脅威がもたらす影響―台湾安全保障問題専門家論説」(Prospects & Perspectives, The Prospect Foundation(遠景基金会), June 5, 2024)

 6月5日付の台湾シンクタンクThe Prospect Foundation(遠景基金会)が発行するProspects & Perspectivesは、国防安全研究院国防戦略与資源研究所長兼研究員の蘇紫雲の“The Core Aim of China’s Threat to Taiwan is the Attempt to Move From a Land to Sea Power”と題する論説を掲載し、そこで蘇紫雲は台湾の新総統就任後に中国が開始した軍事演習「聯合利剣2024A」に言及し、その作戦による中国の目的について述べ、それが台湾、ひいては地域にもたらす脅威について、要旨以下のように述べている。
(1) 5月20日、台湾の頼清徳が新総統に就任した。その3日後、中国が台湾への「懲罰」として、「聯合利剣2024A」演習を開始した。それは、中国経済の停滞に対する国民の不満から、目をそらさせることと、中国国内で民主主義を要求する反体制派に対する牽制を目的としていた。しかし、目的の達成どころか、想定以上の国際的反発を招くことになった。
(2) 中国は、台北株式市場の動きに影響を与えるために、7時45分にそれに関する声明を発した。つまり聯合利剣は軍事演習であると同時に、台湾市民の士気を低下させるための心理作戦でもあった。これは「3つのP」、すなわち物理的(physical)、心理的(psychological)、政治的(political)なもののハイブリッド作戦であった。
(3) この演習は軍事的なものというよりは、高度に政治的な目的をもった作戦であった。試験発射区域に関する宣言がなかったので、周辺地域の海空交通に与える影響は抑制され、周辺諸国からの批判も小さいと考えられた。演習の範囲は台湾の周辺の島々を含むなど、従来の作戦より広く、これは台湾の全面的封鎖が可能であることを誇示するためのものであった。
(4) しかし、台湾の人々は冷静で団結を維持した。株式市場は最高値を更新し、立法院の外では、立法府の権限を拡張しようという議会の試みに対するデモが行われていた。こうした状況は中国を驚かせたかもしれない。台湾市民の動きは、世界に対してその民主システムの弾力性を示したのであり、中国の軍事的脅威の影響力の低下を印象づけた。また、米国をはじめ日本、EUなどが中国の動きに対して批判的な意見を表明した。
(5) もちろん中国は引き下がらないだろう。聯合利剣は長期的な問題を浮き彫りにする。台湾国防部によれば、2日間の演習で、軍用機111機、艦艇46隻、海警船7隻が確認されている。1日平均にすると中国空軍の5%、海軍の15%に過ぎないが、台湾で換算すると空軍が20%、海軍は80%に相当し、その戦力差は明らかである。また、中国は海警部隊も動員し、準軍事的な部隊を結集させる作戦を採っており、それが中国の主要戦略となっている。その目的は敵の防衛資源と忍耐を消耗させ、敵対国が内部崩壊するのを待つことである。その標的は台湾だけでなく、フィリピンなども含まれる。
(6) 他方、中国も危険性に直面している。中国は多方面に戦線を展開しているため、中国人民解放軍の兵站への負担は相当なものである。また軍用機の数は多いが、エンジン寿命や平均故障間隔の短さは空軍にとって致命的問題である。さらに深刻なのは、技術的な封じ込めにより、人民解放軍の装備が現在の水準に留まることである。ここに、中国経済の悪化が続けば、中国の戦略的影響力が崩壊する可能性は高まる。
(7) 台湾に対する中国の脅威は、中国政府の大戦略の一部でしかない。中国の目的は陸軍国から海軍国への移行であり、その力により、台湾独立に対する懲罰や、外部勢力介入への警告を行おうとするのである。対して民主主義勢力は、台湾の存在の重要性をしっかりと理解している。もし台湾が中国にとってのハワイになれば、太平洋西部の交通は中国に握られる。したがって、中国の台湾に対する脅威は、「中国脅威論」を立証するのである。
記事参照:The Core Aim of China’s Threat to Taiwan is the Attempt to Move From a Land to Sea Power

6月5日「台湾は中国との戦争に備えなければならない―米専門家論説」(The National Interest, June 5, 2024)

 6月5日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、U.S. Naval War College 教授James Holmesの” Taiwan Must Prepare for War with China”と題する論説を掲載し、ここでJames Holmesは中国は戦争を望んでいないかもしれないが、長年にわたる威圧的な外交によって、戦争をせざるを得なくなっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 経済評論家のNoah Smithによれば、中国に行けば、中国が台湾海峡やその他の場所での戦争を望んでいないことがわかるという。これは当局側の主張の一種、観光業界からの物言いである。他の旅行者は、中国は産業と軍事の巨大企業に急成長しており、それに反する状況を目撃した者はいないと主張する。これらの当局からの主張に共通しているのは、「身を引け」、すなわち、中国の意向に逆らう必要はないし、逆らうこともできないということである。
(2) 征服を求める者は平和を好む。つまり、戦わずに勝利を得たいのである。敵対者を屈服させ、戦いを挑むことなく武器を捨てるように仕向けることで、武器の使用に内在する破壊や予期せぬ結果を免れることができる。このようなやり方は、古代から中国の戦略文化に組み込まれてきた。それは、防衛を必要とする可能性の高い弱者こそ、圧倒されないために常に武装していなければならないことを意味する。
(3) Lloyd Austin米国防長官が2024年のアジア安全保障会議で、「中国との戦争や戦闘が差し迫っているわけでも、避けられないわけでもない」と語ったのは正しいが、冷ややかな慰めである。中国共産党の大物たちは戦争をおそらく好まないだろう。しかし、地域の融和のために自分たちの目標を放棄したり、無期限に延期したりすることはない。中国共産党指導部は、必要であれば剣を抜くことを明白にしている。それどころか、平時の政治は流血のない戦争であるという論理のもと、24時間365日、戦争的な政策と戦略を追求している。
(4) 中国は台湾海峡で手を緩めることはないだろう。米国およびその同盟国、提携国は、説得力のある、連日にわたる力と決意の誇示によって、中国を抑止しなければならない。台湾の賴清徳総統の就任式直後に、中国人民解放軍の艦艇と軍用機は台湾周辺に出動し、連合利剣 2024と名付けられた2日間の演習を行った。中国当局は、この演習が台北指導部の分離主義的行為に対する強力な懲罰であると主張した。これにより中国政府は海軍力と軍事力を誇示することで、台湾を威圧できると信じているとも言われている。
(5) 中国の指導者たちは、台湾の指導者たちと頭脳戦を繰り広げれば、自分たちの最も大切な目標である台湾の統治を、発砲することなく実現できると考えている。もしそうなれば、中国は卓越した戦略の頂点を極め、最小限の対価、危険、外交的・経済的打撃で目的を達成することになる。戦略家であるCarl Philipp Gottlieb von Clausewitz は、武力紛争に勝つには次の3つの方法があると説いている。
a. 戦場で敵を打ち負かし、条件を課すこと。それは最も迅速で確実な勝利への道であるが、同時に最も危険な道でもある。
b. 敵対する指導者たちに、その打開が回復不可能と納得させること。理性的だが意気消沈した意思決定者たちは、勝てないと判断した戦いには応じないという確信である。
c. 敵対する指導者に、彼らにとって手の届く対価では勝てないと説得すること。つまり、暴力なしに勝利を得ることができる。
(6) 後者の2つの方法は、戦争だけでなく、暴力を伴わない遭遇戦でも有効である。これらは、台湾海峡やその他の海洋アジアにおいて中国政府の選択した方法で、強制と抑止の領域にある。しかし、中国共産党指導部には問題がある。それは、指導部が暴力的な武力を行使することなく台湾を屈服させる方法をほとんど考えていないことである。そして、中国の軍隊が台湾の軍隊を上回るという理由だけで、台湾が独立国家として死ぬことに同意するよう要求する。いかに威嚇的であろうと、派兵することが、賴清徳総統や台北の指導者たちに自殺幇助をさせることにはならない。
(7) 中国の戦略においては、原因が効果を生むという明白な仕組みが説明できないため、中国の成功理論は戦略的・政治的に現実的には失敗する。中国政府は台湾島民にすべてを要求しながら、何も提供しない。中国にとって、火力の軽率な誇示に裏打ちされた絶え間ない誇張は無益な戦略である。つまり、誤った戦略によって、中国は戦争以外の選択肢を奪ってしまったのである。中国は戦争を望んでいないかもしれないが、長年にわたる威圧的な外交の結果、戦争せざるを得なくなったのかもしれない。それ以外の選択肢はほとんどない。つまり自滅的行動とも言えるのである。
記事参照:Taiwan Must Prepare for War with China.

6月5日「日米豪比の連携による対中海洋の壁、他の東南ア諸国にも裨益―米専門家論説」(Asia Times, May 7, 2024)

 6月5日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、RSIS非常勤研究員でU.S. Navy退役中佐John Bradfordの “A Maritime Wall Is Forming Around China – That’s Not All Bad for Southeast Asia”と題する論説を掲載し、ここでJohn Bradfordは中国周辺の島嶼諸国は中国の威圧的行動に対抗してますます防衛力を強化しつつあるが、中国に対抗するこの新たな海洋の壁は東南アジアの他の諸国にとっても益するものとなっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) Marcos Jr.フィリピン大統領は5月31日開催のアジア安全保障会議、いわゆるシャングリラ・ダイアローグでの基調演説で、フィリピンは群島防衛構想を実行する能力を強化するとともに、米国やその他の戦略的提携諸国と連携することで、自国の利益を守り、国際問題における法の支配を維持するとの方針を強調した。5月初めには、フィリピン、日本、オーストラリアおよび米国の国防相・国防長官がホノルルで会談し、東シナ海と南シナ海における中国の行動に対する協力的な対応について協議した。それに先立つ4月には、これら4ヵ国の海軍・海上自衛隊が南シナ海で演習を実施している。この日米豪比の連携は、“Security QUAD”あるいは“SQUAD”と称される。こうした活動は全て、中国の海洋周辺に位置する島嶼諸国が自国の防衛力を強化し、威圧的と見なす中国の行動に集団で対抗していくという意志を表徴している。Marcos Jr.大統領が基調演説で「この地域の安全保障状況と経済発展に対する中国の決定的な影響力は不変の事実である」と述べたことに、異論を唱える東南アジア人はほとんどいないであろう。したがって、中国に対抗するこうした連携の台頭は、東南アジア諸国の独立と自立維持にも貢献する。
(2) 日比両国では、中国の力を国家安全保障に対する直接的な脅威と見なす強い政治的意見の一致が生まれている。両国とも、中国の力に順応し、対立を回避するための政策についての深刻な議論と、その明白な失敗を経験して、初めてこうした合意が生まれてきた。日本は、2009年からの民主党政権時代の尖閣諸島を巡る日中間の混乱などを経て、2012年に自民党が政権に返り咲く頃には、中国の侵略的行動に対して自国の強化を図る必要があるという広範な意見の一致が形成されていた。日本の安全保障予算の拡大、中国に最も近い島嶼部における防衛力の整備、「反撃」能力取得の決定、そしてSQUADなどの安全保障上の提携の受け入れなどは全て、この安全保障復興を反映している。一方、フィリピンでも同様に、Duterte前政権の対中融和政策の完全な失敗を経て、今日のマニラでは、強さこそ唯一の実行可能な選択肢であるという強い意見の一致が生まれている。今や、フィリピンは今後10年間にわたる軍の近代化に350億米ドルを投資し、国際的な安全保障上の提携を強化し、そして外交と広報を通じて中国の侵略的行動という問題を国際問題化している。
(3) 日比両国は、台湾を挟んで「第1列島線」、すなわち、アジア大陸から太平洋への円滑な進出を妨げる一連の島嶼部の繋がりを構成している。日比両国の軍隊が南シナ海の哨戒活動などで連携し、あるいは2012年以降に見られるように日本が米比両国のバリカタン演習にオブザーバー参加する場合、中国から見れば、こうした行動は中国を囲い込み、海洋領域に対する野心を封じ込めるための壁を構築しているように見える。中国にとって、この壁が遠くの大国によって補強されない限り、この壁を突破するのにほとんど苦労しないであろう。一方、日比両国が米国の条約上の同盟国であり、しかも両国とも中国による地政学的優位の確保を阻止するための行動に対して自国民の意見の一致を得ているが故に、米国は安全保障体制強化の要請に喜んで応じてきた。この島嶼部の繋がりという地政学的環境に適応した新しい米国の軍事能力が急速に配備され、同盟国間の軍の指揮統制体制が強化され、さらに港湾や飛行場などの軍事施設が開発されつつある。
(4) SQUADの4番目の参加国、オーストラリアも中国の侵略的行動を抑止する取り組みを強化している。たとえば、2023年の日豪部隊間協力円滑化協定により、Australian Defence Forceが日本に、自衛隊がオーストラリアに、それぞれの施設利用が容易になった。オーストラリアの原子力潜水艦部隊創設の決定は本土から遠隔の海域で海戦を戦うための選択肢を開発するためのもので、中国はこうした投資を正当化できる唯一の潜在的な敵である。オーストラリア政府では、対中強硬政策に対する意見の一致は東京やマニラほど確固たるものではないが、中国によるワイン関税などの経済的制裁や、海洋での中国海軍の一連の危険な行動などを通じて、中国の力が明らかな脅威であるという認識が確立してきた。
(5) この地域で最も影響力のある大国として台頭した中国に対する東南アジア諸国の国家戦略は国によって大きく異なる。しかしながら、均衡維持の対応措置が採られなければ、影響力のある大国は、しばしば域内国の内政に干渉したり、2国間関係の条件を設定したりすることになる。もちろん、こうした軍事的均衡維持に欠点がないわけではない。日本やフィリピンの専門家とは異なり、一部の東南アジアの指導者は、宥和的政策の要素が中国との短期的な関係ではより有益であると見なして、柔軟な対応を好んでいる。その上、軍拡競争は国家資源を開発目標から流用させることになる。
(6) 理想的な世界では、中国は近隣諸国に対する嫌がらせを止め、大国は協力を優先して競争を緩和することであろう。しかしながら、緊張緩和への合理的な道筋は誰も提案しておらず、希望的観測では理想的な解決には至らない。一方、現実の世界では、日本政府とフィリピン政府は、自らの対応措置が敵意に適合していると信じているが故に、連携を強めている。したがって、両国は抑止力の強化を図ってきた。こうした努力は、より均衡のとれた地域情勢に資することになろう。理想的な解決策ではないかもしれないが、結局のところ、他の選択肢よりも東南アジア諸国に益するものであろう。
記事参照: A Maritime Wall Is Forming Around China – That’s Not All Bad for Southeast Asia

6月6日「海底ケーブル依存というデジタル国家のアキレス腱―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, June 6, 2024)

 6月6日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、同Institute最高執行責任者Andrew Hortonの“The Achilles’ heel of a digital nation: Australia’s dependence on subsea cables”と題する論説を掲載し、そこでAndrew Hortonはデジタル化が進むオーストラリアであるが、脆弱な海底ケーブルに依存し続けるのは危険であると指摘した上で、革新的な新たな措置が採られるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアのデジタル主権は、脆弱な海底ケーブル網への依存により、危機的状態にある。政府や通信産業はケーブルの安全強化を訴えるが、これは応急処置的なものに過ぎず、直面している危機への対処としては不十分である。我々に必要なのは、抗堪性のあるケーブル、上陸地点の分散、伝達回路の多様化である。
(2) オーストラリアのデジタル経済の規模は大きい。2021年はGDPの8%、1,670億ドル規模になり、今後10年で3,150億ドルに成長させることを政府は目指している。しかし、この産業の土台は心もとない。オーストラリアの国際インターネット通信の99%は、海底ケーブル網によるものである。ケーブルはオンライン上のあらゆるサービスを可能にする一方で、もしケーブルに対する妨害がなされれば、そのすべてが麻痺し、オーストラリアの経済成長と世界的な競争力が危険にさらされるだろう。
(3) 海底ケーブルに対する脅威は机上のものではなく、現実的である。地震や津波などの自然災害よりも警戒すべきは、国家・非国家主体による活動である。地政学的緊張が高まる中で、海底ケーブルに対する攻撃の可能性はますます高まっている。また、外国の諜報員による情報の抜き取りなども脅威としてあり得る。
(4) 近年の多くの事件・事故は、海底ケーブルの脆弱性を浮き彫りにしてきた。2022年にはスバールバル島とシェットランド島付近のケーブルに対する妨害と思われる事件があった。2023年には、台湾と馬租島をつなぐ海底ケーブルが、おそらく意図的に、中国船によって破断された。このように海底基幹設備は、国家間緊張が高まる中で攻撃の標的となっている。オーストラリアの海底ケーブルがこうした攻撃に耐えられると考えるべきではない。オーストラリアの国際ケーブルの主要な連結点はシドニー、パース、サンシャイン・コーストに集中している。したがってどこか1ヵ所で問題が起きれば、被害は広範囲に波及する。
(5) 人工知能の急速な進化、そしてそれを経済の多様な部門に統合する傾向により、海底ケーブルへの依存度はますます高まっている。そしてオーストラリアの防衛能力も、デジタル基幹設備と複雑に結びついている。軍は通信や情報共有などのために海底ケーブルに依存する。もし海底基幹設備が混乱すれば、軍による状況把握や指揮統制能力は著しく低下する。
(6) 以上のことから、応急処置的な対処ではもはや間に合わない。以下に示す大々的な変化が必要である。まず、抗堪性のあるケーブルの設計とそれへの投資である。次に、上陸地点の分散化である。これにより、複数のケーブルが同時に切断されるリスクが減る。第3に、衛星や成層圏に常駐する通信中継器など、代替的な通信経路の確保である。第4に、ケーブルへの攻撃やスパイ活動から守るために、サイバーセキュリティをさらに堅固にすることが必要であろう。第5に国際的な協力によってケーブル保護のための共同戦略を発展させるべきである。以上の方策を先送りするだけの時間はない。デジタル国家のアキレス腱は、守られねばならない。
記事参照:The Achilles’ heel of a digital nation: Australia’s dependence on subsea cables
関連記事1:Bashfield, S, Bergin, A , Options for safeguarding undersea critical infrastructure: Australia and Indo-Pacific submarine cables, ANU National Security College, June 2022
https://nsc.crawford.anu.edu.au/publication/20363/options-safeguarding-undersea-critical-infrastructure-australia-and-indo-pacific
関連記事2:8月2日「インド太平洋を繋ぐ海底ケーブルのためにオーストラリアは一層尽力すべし:オーストラリア専門家論説」(The Strategist, August 2, 2022)
https://www.spf.org/oceans/analysis_ja01/_20220801.html
関連記事3:6月1日「インドは海底ケーブル保護の法整備を進めよ―インド海洋安全保障専門家論説」(Observer Research Foundation, June 1, 2023)
https://www.spf.org/oceans/analysis_ja01/_20230601.html

6月6日「中国の南シナ海侵略は裏目に出ている―米オンライン紙報道」(Foreign Policy, June 6, 2024)

 6月6日付の米政策・外交オンライン紙Foreign Policyは、“China’s South Sea Aggression Is Backfiring”と題する報道記事を掲載し、南シナ海で中国による嫌がらせが激化し、特にフィリピンに対して強硬であるが、ベトナム、インドネシア、マレーシアに対しても約10年前から嫌がらせが続き、各国の反発も強いことから、台湾以上に紛争の火種になる可能性が高いと紹介している。大国の中国が自国沿岸から何百マイルも離れた小さな岩礁の支配に拘るのは、海底資源の存在が有望視されていることもあるが、何よりも習近平が中国の夢と訴えた演説の実現を目指しているのが理由であるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国は、南シナ海における他国への嫌がらせを急激に強め、特にフィリピンに好戦的で、100隻以上の中国海警総隊の船艇といわゆる海上民兵船が、フィリピン西海岸から約105海里離れたセカンド・トーマス礁にあるフィリピンの前哨基地への補給を妨害し続けている。5月末から6月はじめの1週間だけで、付近の中国海軍艦船の数は倍増し、さらにフィリピン政府が、中国政府が新たな人工島を建設しようとしているのではないかと疑っているサビナ礁周辺での軍事演習にまで拡大した。ベトナム、インドネシア、マレーシアを標的にした中国による嫌がらせ作戦も10年前から続いており、台湾をめぐる大国間の争いよりも紛争の火種になる可能性が高い。5月下旬、中国は小型船で、フィリピン政府がセカンド・トーマス礁に座礁させた「シエラ・マドレ」に駐留するPhilippine Marine Corpsに空中投下された食糧を盗んだほか、海兵隊員の医療避難を妨害した。シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies上席研究員Collin Kohは、「中国は、フィリピンに対して武力以外のあらゆる手段を講じて嫌がらせをしている」と述べている。
(2) 世界で最も重要な航路の1つで、海底の石油とガスの供給源としても有望な南シナ海の支配権をめぐる係争は何年も前から続き、2023年以降、特に顕著である。中国政府は、本土から何百マイルも離れた小さな岩や環礁の領有権を主張するため、「九段線」地図を用いる等によって、この海域全体を自国のものと主張し、一方、中国政府の拡大構想に反発するフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア等がそれぞれ領土主張を行っている。
(3) 6月初旬にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議で、中国国防相は米国が台湾とフィリピンを支援しているとして、「いかなる国もいかなる勢力も、われわれの地域に紛争と混乱を引き起こすことを許さない」と警告した。フィリピンのFerdinand Marcos Jr. 大統領は同会議で、2016年にハーグ国際司法裁判所で下された画期的で拘束力のある仲裁裁定を引き合いに出しながら、フィリピンは係争海域での権利を守ると述べ、フィリピン人の死につながる中国のいかなる行動も、アメリカとの相互防衛条約を発動させる可能性があると警告した。米国政府はすでに過去2回の政権で、南シナ海でそうした事態が起これば相互防衛条約が発動されると断言している。近年、中国の艦船や航空機がこの海域で米国やその同盟国、第三国の艦船や航空機に対し危険な軍事行動を繰り返していることから、偶発的に事態が悪化する危険性もある。米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのAisa Maritime Transparency Initiative上席研究員Gregory Polingは、「南シナ海が台湾よりもはるかに可能性の高い引き金になると考えている」とし、「このような紛争の上限は、台湾をめぐる争いよりも低く、核兵器に発展することもないであろう」と述べている。
(4) 中国がこれほどエネルギーを費やし、国際的な非難を浴び、ほんの一握りの取るに足らない岩のために紛争を起こす危険性を冒すのは、まず第1に、南シナ海には豊富なエネルギー資源があるためである。ベトナム、マレーシア、インドネシア等の国々が、長年にわたる中国の干渉にもかかわらず、この地域でエネルギーの探索や掘削を積極的に行ってきた理由の1つもそこにある。中国にとっては、ガス鉱床が遠く離れているため、中国本土に汲み上げたり、パイプで送ったりすることができず、ほとんど役に立たないが、輸入エネルギーへの依存を抑えるために海底のガスや石油を利用したい近隣諸国には、これらの豊富な資源は貴重である。「エネルギー資源は重要であるが、それは東南アジア諸国だけの問題で、中国は東南アジアの国々にエネルギー資源を持たせたくないだけである」とCollin Kohは言う。
(5) Collin Kohは、南シナ海のその付近には、「重要な戦略的所有物はあまりない」が、「中国が領有権を主張する広範な海域のあらゆる地物を手に入れようと躍起になっているのは、習近平国家主席が繰り返し公言してきたことだからである。」と言う。習近平は就任以来、国際法や海洋法上の裏付けがないにもかかわらず、中国が自国領だと主張するすべての海域の「主権」を主張することの重要性を強調してきた。習近平は世界最大の海警総隊を強化し、埋め立てにより小さな砂嘴を軍事基地に変えることで、南シナ海を軍事化しないという自らの約束を破った。「習近平は政治的正統性とナショナリズムのためにそうしており、2013年の最初の『中国の夢』演説でこれらを述べている。彼は、中国海警局を大改革し、人工島の建設を許可した。彼らが一歩も譲れないのは、それが『一帯一路』や台湾統一と同じくらい『中国の夢』の一部だからである」。
(6) 中国政府にとっての問題は、その戦術がうまくいっていないことである。フィリピンは、Marcos Jr.政権下で前任者の中国宥和政策を覆したが、その強硬姿勢は米国との防衛関係強化等実際的なものであると同時に、南シナ海の紛争に関してフィリピンが中国に対して法的に勝利を収めていることを主張するものでもある。2016年の裁定を事実上無視してきた中国政府は、フィリピンによる痛烈な法的非難を弱体化させようと試みている。また、ベトナム、マレーシア、インドネシアはいずれも、野心的な海洋油田・ガス開発計画を推し進めている。この3ヵ国はいずれも、この地域での潜在的衝突を管理するため、フィリピンとの海洋安全保障の協力を強化している。中国非難が遅いことで有名なASEANも、2023年末ようやく安全保障状況の悪化に言及した。Gregory Polingは、「中国は毎月同じことを繰り返している。彼らが実際にやっていることは、この反中連合を作ることだけだ」と述べている。
記事参照:China’s South Sea Aggression Is Backfiring

6月6日「中国は台湾侵攻のためにD-Dayから教訓を得ている―米専門家論説」(The Diplomat, June 6, 2024)

 6月6日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクDefense PrioritiesのAsia Engagement Program責任者Lyle Goldsteinの“China Is Drawing Lessons From D-Day for an Invasion of Taiwan”と題する論説を掲載し、ここでLyle Goldsteinは第2次世界大戦におけるノルマンディー上陸作戦(D-Day)を十分に研究している中国は全面的な侵攻を実行可能であり、これを回避するために米国は外交的解決に努力すべきとして、要旨以下のように述べている。
(1) ノルマンディー上陸作戦(以下、D-Dayと言う)から80年の節目となる2024年は、ヨーロッパの安全保障に深い問題があることから、厳粛な雰囲気に包まれている。そして、インド太平洋地域の新たな現実に適応する上で、重要な意味を持つことになるかもしれない。中国が台湾を侵略しようとするならば、連合軍のD-Dayに匹敵する規模の攻撃が必要と、軍事専門家は以前から指摘している。台湾海峡の幅は、ノルマンディー近辺の英国海峡の幅(100マイル弱)に匹敵する。さらに、中国人民解放軍(以下、PLAと言う)は数十年にわたり、D-Dayのあらゆる側面を集中的に研究してきた。
(2) PLAはD-Dayからの教訓を系統的に熟読しており、これらの教訓は台湾有事の準備に直接影響を与えている。特に海軍の面では、D-Dayにおける機雷の役割に明確な関心を寄せており、連合国が侵攻艦隊の進路を確保するために数百隻の掃海艦艇を使用したことに注目している。中国の軍事計画者は、連合国が英仏海峡の東の入り口を封鎖するため、侵攻時に7,000個近い機雷を敷設し、Kriegsmarine(ナチスドイツ海軍)が侵攻軍を攻撃する可能性を減らしたことも認識している。同様に台湾海峡を封鎖することは、中国海軍が台湾侵攻を支援するための決定的な要素の1つとなり得る。他にも、人工港湾の開発の必要性や、侵攻艦隊の大部分が民間船で構成されていたことなどの教訓がある。
(3) さらなる教訓は、上陸海岸における連合軍の航空優勢に関するものである。PLAの評価では、戦闘機数約20対1の圧倒的格差により得た制空権により、米英の爆撃機はドイツの補給線を粉砕できた。さらに連合軍の爆撃機はナチスドイツの沿岸レーダーシステムを破壊し、敵の目をくらませることに成功した。中国の軍事専門家は、これらの攻撃はドイツ後方に大混乱をもたらしたパラシュートとグライダーによる空挺作戦に不可欠だったと考えている。さらに、海岸への上陸を可能にしたこの空挺作戦の重要性を繰り返し強調している。中国の空挺部隊は過去10年間で増強されており、台湾侵攻の最初の24時間で数万の兵力を台湾に送り込むことができるかもしれない。
(4) D-Dayに関する中国側の評価で重要なのは、水陸両用戦の成功には奇襲と欺瞞が不可欠という理解である。多くの西側の防衛専門家は、D-Dayを考慮し、中国がこのような複雑な作戦を成功させることはできないと誤って結論付けている。確かに、シチリア島やタラワ島で連合国が行ったような事前訓練は、中国にはできないだろう。しかし、PLAには、偵察衛星、無人偵察機、攻撃ヘリコプターなど、当時にはなかった多くの利点もある。さらに、PLAが対峙するのは「大西洋の壁」でもなければ、歴史上最も経験豊富で効果的な軍隊の1つであるWehrmacht(ナチスドイツ国防軍)でもない。
(5) D-Dayで上陸した15万人の連合軍兵士のうち、戦死者はわずか4,400人であった。PLAはもっと高い割合で兵士を失うことが予想されるが、中国政府はその損失を受け入れるだろう。D-Dayで起こったことを真に理解する戦略家は、中国は全面的な侵攻を実行できると認識すべきである。台湾有事という悪夢の事態を回避するために、米国の指導者達は消滅した台湾海峡の軍事的均衡を取り戻すことを目的とした絶望的な軍事的手段を模索するのではなく、外交的解決に向けて積極的に努力すべきである。
記事参照:China Is Drawing Lessons From D-Day for an Invasion of Taiwan.

6月6日「U.S. Navyが台湾海軍と行った予定外の演習―米専門家論説」(Naval News, June 6, 2024)

 6月6日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、U.S. Navy およびU.S. Marine Corpsの専門家Carter Johnstonの“US Navy Conducts ‘Unplanned’ Exercises With Taiwan In The West Pacific”と題する論説を掲載し、台湾海軍とU.S. Navyの間で行われた予定外の演習について、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾の頼清徳次期総統の就任式を控え、台湾と中国の緊張が高まる中、米国と台湾は西太平洋の外洋で両海軍の「日常的な遭遇」の最中に、予告なしの「計画外の」演習を行ったと、ロイター通信が報じた。
(2) これらの未発表の訓練は、注目される一連の演習の間に行われたもので、その最初の演習には海上自衛隊と韓国海軍の水上艦艇が参加した。その米日韓3ヵ国間演習は、フィリピンでバリカタン24演習が開始されたことにより終了した。バリカタン24演習には、Armed Forces of the Philippines(フィリピン国防軍)比軍、U.S. Armed Forces、Ausralian Defence Force(オーストラリア国防軍)、そして今回初めてMarine nationale(以下、フランス海軍と言う)が参加した。
(3) これらの予定された演習の間には、台湾海軍と米海軍との小規模だが重要な作戦が行われた。報道によると、この演習には補給艦からフリゲートまで6隻が参加した。訓練内容は、基本的な通信や洋上補給から、対潜水艦戦の共同作戦まで多岐にわたった。台湾国防部の報道官である孫立方少将によると、今回の訓練は、海上での異なる軍隊間の意思疎通を管理するために使用される「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(Code for Unplanned Encounters at Sea:以下、CUESと言う)」に従って実施されたという。CUESに基づく同様の状況は2016年に発生し、その際、米ミサイル駆逐艦「チェイフィー」が親善訪問から帰投中の台湾フリゲート「康定」、「鄭和」および補給艦「磐石」に遭遇した。CUESに基づき「チェイフィー」と台湾の水上艦艇部隊の双方は通信を設定して、距離、速度、方位、その他の航行情報を共有し、安全を確保した。
(4) これらの演習の公表は、2024年5月3日に台湾の梅家樹参謀総長がハワイでU.S. Indo-Pacific Command司令官の交代式に公式発表も確認もなく出席しているのが目撃された直後に行われた。中国は5月23日から24日までの2日間、台湾の次期総統である頼清徳氏の就任式直後、聯合利剣2024Aと名付けられた台湾周辺での注目度の高い演習を行っている。
(5) 中国が聯合利剣2024Aを終了した数日後、5月29日には、米国とマレーシアの2国間演習であるタイガー・ストライク2024が始まり、6月上旬、米国、日本、韓国が近々行う、フリーダム・エッジと名付けられた3ヵ国共同演習が発表された。この共同演習は、日本、韓国、米国の間で行われる初の多領域にまたがる演習となる。西太平洋において実施、あるいは実施が予定されているこれらの注目度の高い演習は、6月28日から8月2日まで計画されているリムパック24の準備となっている。イタリアの空母「カヴール」とその打撃群およびフランス海軍の防空フリゲートもこの演習に参加する。
記事参照:US Navy Conducts ‘Unplanned’ Exercises With Taiwan In The West Pacific

6月6日「米国の軍事戦略:米国は2つの戦争を同時に対処できるのか?―米国外交政策専門家論説」(The National Interest, June 6, 2024)

 6月6日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、米シンクタンクBrookings Institution上席研究員兼外交政策研究部長Michael E. O’Hanlonの“America’s Military Strategy: Can We Handle Two Wars at Once?”と題する論説を掲載し、ここでMichael E. O’Hanlonは2024年秋の大統領選挙と2025年の新たな国防見直しに向けて、同時に2つの戦争が起こる可能性と同時にそれに対応し、抑止するという問題が戦略的な議論の中心となるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国は、一度に複数の大きな戦争を戦う能力を必要としているのだろうか?米Senate Armed Services Committee(上院軍事委員会)で最近この質問が出ているが、それは理にかなったことである。今日、U.S. Department of Defenseの公式ドクトリンによれば、米国は一度に複数の大きな戦争を行うことはできない。ロシア、北朝鮮、イラン、中国が「新たな悪の枢軸」と文字どおりに信じる必要はないが、もし米国とその同盟国が、これら4ヵ国のうちの1ヵ国との戦いに巻き込まれれば、他の1ヵ国がその機会をねらった侵略をするかもしれないと懸念する。潜在的な敵国が、米国が迅速に勝利できると信じ、米国が別の戦域で戦争を終結させた後でも米国が事態を逆転させるのが困難な既成事実を作り出した場合、特に懸念される可能性がある。
(2) 数十年にもわたって、抑止力を確保し、第2の敵が第1の敵とすでに交戦している場合に、その機会に便乗した第2の敵の侵略を防ぐために、米国は2つの戦争を遂行する能力の亜種を追求してきた。冷戦中、米国はNATO同盟国とともに、ヨーロッパでソ連圏に対して大規模な戦争を戦いつつ、他の場所で少なくとも1つの朝鮮戦争やベトナム戦争などのような紛争を同時に戦えるようにすることを目指していた。1989年にベルリンの壁が崩壊すると、米国は軍隊を削減したが、2つの戦争を同時に遂行する能力を持つという目標を維持したが、2つの戦争とは、イラク、イラン、北朝鮮、あるいはシリアなど、はるかに能力の劣る敵に対するものと想定されていた。
(3) 2015年頃から、状況は変わった。Ash Carter国防長官(当時)とJoseph Dunford統合参謀本部議長(当時)の下でロシア、中国、イラン、北朝鮮、そして国境を越えたテロリズムという「4+1」脅威の枠組みが策定された。その後、Jim MattisおよびMark Esper国防長官の下では、ロシアと中国が優先され、現Lloyd Austin国防長官によって非常によく似た国家防衛戦略を維持している。米国政府の公式のドクトリンによれば、今日のU.S. Armed Forcesは、以下のことを一度に行う能力を持つべきである。
a. 同盟国とともに、おそらくそれぞれ西太平洋地域と東ヨーロッパ地域を中心とした紛争において中国またはロシアと戦い、打ち負かすこと。ただし、中ロ同時に対処するわけではない。
b. 核抑止力を維持しながら米国本土を防衛すること。
c. (具体的な方策は明らかにされていないが)北朝鮮とイランを抑止すること。
d. いわゆる「テロとの戦い」の一環として、国境を越えた暴力的過激派組織に対抗する軍事力を維持すること。
(4) 大規模な防衛力の強化が必要だという結論に飛びつく前に、他にもいくつかの考慮事項がある。約9,000億ドルという米国の国防予算は、すでに冷戦時代のピークを上回り、中国の約3倍、ロシアの約6倍であるという事実はさておき、年間1兆ドルを超える米国の構造的な連邦財政赤字が、大規模な国防増強を想像することを困難にしている。さらに言えば、上記の4つの主な敵は、いくつかの問題ですでにお互いに共謀しているが、文字通りお互いのために戦う可能性は低い。彼らのうちの誰にとっても、意図的に米国に対して戦争をすることは、重大な結果をもたらす決定となるであろう。さらに、現在のU.S. Armyは、現在所要兵力を埋めるために募集することすらできず、他の軍種も募集人員の目標の達成に苦労している。
(5) Trump政権とBiden政権の両政権にとって、軍隊の規模よりも質が優先されるのは当然である。防衛計画立案者は、急速な技術変化の時代において、軍事的破壊力、残存性、持続可能性、抗堪性、適応性の向上に重点を置きたいと考えてきた。米国は、同時的な機会を狙った侵略の抑止力を強化する必要がある。しかし、そのための正しい基準は、おそらく、同盟国があれば、1つの大きな戦争に兵力の大半を集中させながらも、どの敵国による迅速な侵略も防ぐことができるような、4つの主要な敵のそれぞれに対する十分な能力を確保することだろう。米シンクタンクCenter for Strategic and Budgetary AssessmentsのThomas Mahnkenも最近、説得力を持って論じているように、多くの戦争を同時に遂行する計画の枠組みの重要な利点は、軍需品の戦略的備蓄を創出することである。現在よりも大規模に、複数の戦争のための兵器を一度に生産し、海外の主要戦域に備蓄することで、米国は事実上、単一の戦争が当初の予想よりも長引いたり、より多くの兵器を奪ったりすることに対する押さえを得ることになる。この政策は、1つの場所で戦争が勃発した場合に、盤石な多戦域能力を回復するために、より多くの兵器の製造を開始する時間を稼ぐことにもなる。幸いなことに、これらは達成可能で手頃な目標である。
(6) このような戦略を支援するために必要となる可能性のある重要な追加能力には、韓国向けの「第5世代」戦闘機から成る飛行隊が含まれる。その飛行隊は戦争の早い段階で北朝鮮のミサイル発射基地を攻撃し、ソウルへの損害を局限する。対艦センサーとミサイルを搭載した無人潜水艦を西太平洋に配備し、台湾が中国の侵略の試みに抵抗するのを支援すべきである。同じ目的のため、使用可能な兵器を備えた垂直離着陸機の沖縄への配備を支援すべきである。イランの最近のイスラエルに対するミサイルと無人機の集中砲火を阻止するのに役立ったタイプの中東専用のミサイル防衛システムを支援すべきである。バルト三国では、ロシアの侵略に対する恒久的な抑止力として、戦闘機と攻撃ヘリコプターを持つ地上部隊の旅団を支援すべきである。センサーネットワークの一部と軍需品の備蓄の増強も理にかなっている。この種の控えめな戦力拡大の費用は、年間数百億ドルを超えることはないであろう。その財源の一部は、他の国の国防予算の選択的削減によって賄うことができる。2024年秋の大統領選挙と2025年の新たな国防見直しに向けて準備を進める中で、同時に2つの戦争が起こる可能性と同時にそれに対応し、抑止するというこの問題は、米国の戦略的議論の中心となるはずである。
記事参照:America’s Military Strategy: Can We Handle Two Wars at Once?

6月7日「AUKUS『第2の柱』への参加を模索するニュージーランド―ニュージーランド国際関係専門家論説」(EAST ASIA FORUM, June 7, 2024)

 6月7日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUM は、ニュージーランドのUniversity of Otago教授Robert Patmanの“New Zealand eyes joining AUKUS despite China’s warnings”と題する論説を掲載し、Robert PatmanはニュージーランドがAUKUSの「第2の柱」への参加を模索していることについて、その背景と妥当性を要旨以下のように述べている。
(1) ニュージーランド(以下、NZと言う)の連立政権は、AUKUSの「第2の柱」への参加を模索している。
(2) AUKUSの第1の柱は、オーストラリアへの原子力潜水艦提供である。NZは非核政策を採用しているため、第1の柱への参加はあり得ない。他方、第2の柱はAIやサイバー戦争の分野などにおける最先端技術の共有である。Biden政権は2023年3月、NZが第2の柱へ参加できることを示唆し、当時の労働党政権以降、NZはAUKUSの参加国と議論を続けてきた。そして労働党政権に比べ、現連立政権は、オーストラリアなど伝統的な同盟国との関係強化により熱心である。
(3) 第2の柱参加に関する議論の中心は、AIや宇宙などの新技術である。それらに関してNZは近年、重要な行為者として浮上しつつある。第2の柱への参加を後押ししているのは、近年の国際安全保障環境がかつてないほど悪化しているという認識である。中国も、2国間関係が「決定的な岐路」にあることは認めつつ、他方で中国がNZにとって互恵的な提携国であることを強調する。中国はNZによる第2の柱への参加を強く懸念している。中国にとってAUKUSは、核を基盤にした軍事同盟であり、米国の覇権維持を目的としたものである。そして第2の柱は、第1の柱を下支えするものだと認識している。
(4) 労働党政権時代の中国に対する取り組みは、米豪といった同盟国とは異なるものであったが、それでも中国の権威主義体制や、世界各地での攻撃的姿勢などに対し、ほとんど幻想を持ってこなかった。Ardern政権時の2019年に、NZの政治家や政治団体への50NZドル以上の外国からの献金を全面的に禁止したことなどは、その表れである。Ardernの後を継いだHipkins政権時代に多く出された国家安全保障関連の文書も、中国に対する脅威認識の硬化を示してきた。
(5) 現政権のLuxon首相やMcClay通商相は、NZが最終的に第2の柱に参加したとしても、中国からの敵対的反応は起こらないだろうと考えている。それが正しいかどうかはわからないが、問題は、中国が既存の国際秩序にとっての脅威であるという認識を、AUKUS参加国と共有するのかどうかということである。実際のところ、オーストラリアではこうした見方に対する批判的意見もある。NZでも、世界が複雑化している原因を中国のみに帰することが、広範な支持を得るとは限らない。世界のあちこちでの中国の攻撃的姿勢は、世界が直面するさまざまな脅威の1つでしかない。気候変動や感染症の世界的感染拡大、超国家テロなど、国境をまたぐ諸問題は、AUKUSでは対処できないだろう。
(6) AUKUSの第2の柱に参加する代わりに、連立政権ができることとしては、防衛費を最低でもGDP比1.7%まで増やし、かつ最も親密な同盟国であるオーストラリアとの連携をさらに深めるという方法もある。
記事参照:New Zealand eyes joining AUKUS despite China’s warnings

6月7日「ウクライナ戦争から導き出される古くて新しい教訓―米専門家論説」(The Strategist, June 7, 2024)

 6月7日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Harvard Kennedy School 名誉教授Joseph S. Nyeの“Old and new lessons from the Ukraine War”と題する論説を掲載し、Joseph S. Nyeは2022年にProject Syndicateに寄稿した“Eight Lessons from the Ukraine War”と題する論説でウクライナ戦争から導き出される8つの教訓について、比較的よく的中しているとした上で、新たな視点を加味して、要旨以下のように述べている
(1) 2年前、ウクライナ戦争から得た8つの教訓を概説したが、その教訓は比較的よく的中している。
(2) Vladimir Putin大統領が2022年2月にウクライナ侵攻を命じたとき、首都キーウを素早く制圧し、政権交代を起こすことを想定していた。しかし、戦争は依然として激化しており、いつ、どのように終わるのかは誰にも分からない。この紛争をウクライナの「独立戦争」と見れば、ウクライナはすでに勝利している。Vladimir Putin大統領はウクライナが独立国家であることを否定していたが、彼の行動はウクライナの国民的アイデンティティを強めただけである。
(3) 他に何を学んだだろうか。まず、古い兵器と新しい兵器は互いに補完し合う。キーウ防衛で対戦車兵器が初期の成功を収めたにもかかわらず、戦いが北部郊外からウクライナ東部の平原に移るにつれ、戦車時代の終焉を宣言するのは時期尚早であることが判明するかもしれないと私が正しく警告した。しかし、私はドローンが対戦車兵器や対艦兵器として有効であるとは予想していなかったし、ウクライナが黒海の西半分からВоенно-морской флот Российской Федерации(ロシア海軍)を追い出せるとも予想していなかった。
(4) 第2に、核抑止力は機能するが、能力よりも相対的な利害関係に依存する。西側諸国は抑止されてきたが、それは限度がある。Vladimir Putin大統領の核の脅威により、NATO諸国は装備の供与を除けば、ウクライナに軍隊を派遣​​することを控えてきた。しかし、その理由はロシアが優れた核能力を持っているからではなく、むしろ西側諸国はウクライナを極めて重要な国益と位置付けてはいないからである。一方、Vladimir Putinの核の威嚇は、西側諸国がウクライナに提供する兵器の射程距離を延長するのを阻止できず、西側諸国はこれまでのところ、Vladimir PutinがNATO諸国を攻撃するのを阻止してきた。
(5) 第3に、経済的な相互依存は戦争を防げない。経済的な相互依存は戦争の対価を上昇させる可能性がある一方で、必ずしも戦争を防げるわけではない。さらに重要なことは、不均衡な経済的な相互依存は、依存度の低い側によって武器として利用される可能性がある。第4に、制裁は対価を上昇させる可能性があるが、短期的には結果を決定づけるものではない。石油は代替可能な商品であり、インドをはじめ多くの国が、不規則なタンカー船団で輸送される割引価格のロシア産石油を喜んで輸入している。それでも、2年前に私が予想したように、中国は重要な軍民両用技術を提供しているが、武器の送付は控えている。この複雑な状況を考えると、制裁がロシアに及ぼす長期的な影響を完全に判断できるまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。
(6) 第5に、情報戦は効果を発揮する。現代の戦争は、どの軍が勝つかだけでなく、誰の物語が勝つかでもある。ウクライナのVolodymyr Zelensky大統領は、自国の物語を西側諸国に広めるという並外れた仕事をした。
(7) 第6に、ハードパワーとソフトパワーの両方が重要である。短期的には、ハードで強制的な力がソフトな魅力の力に勝るが、ソフトパワーも依然として大きな意味を持つ。Volodymyr Zelensky大統領は最初からソフトパワーに頼ってきた。Volodymyr Zelensky大統領は、西側諸国の共感を勝ち取っただけでなく、ハードパワーを支える軍事装備の供給も確保した。
(8) 第7に、サイバー能力は万能薬ではない。戦争中に多くの(報告された)サイバー攻撃があったものの、どれも決定的なものにはならなかった。訓練と戦場での経験により、ウクライナのサイバー防御と攻撃は向上するばかりである。もう1つの教訓は、一度、戦争が始まれば、指揮官にとって、サイバー兵器よりも運動エネルギーによって目標を破壊する兵器の方が、より適時性が高く、より正確で、より被害評価に役立つということである。しかし、電磁戦はドローンの使用に不可欠な連携を妨害する可能性がある。
(9) 最後に、戦争は予測不可能である。ウクライナ戦争から得た最も重要な教訓は、今でも最も古い教訓の1つである。短期戦争の約束は魅力的である。Vladimir Putin大統領は、いつまでも泥沼にはまるとは思っていなかったはずである。Vladimir Putin大統領が解き放った犬たちが、向きを変えてVladimir Putin大統領に噛みつく可能性はまだある。
記事参照:Old and new lessons from the Ukraine War
関連文書:Eight Lessons from the Ukraine War
Project Syndicate, June 15, 2022
https://www.project-syndicate.org/commentary/russia-war-in-ukraine-eight-lessons-by-joseph-s-nye-2022-06

6月10日「インド太平洋における中国の青龍戦略とインド―米専門家論説」(Backgrounder, Geopolitical Monitor, June 10, 2024)

 6月10日付のカナダ情報誌 Geopolitical MonitorのウエブサイトBackgroundersは、エコノミストで安全保障問題分析者Antonio Ggaceffoの“Backgrounder: China’s Blue Dragon Strategy for the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでAntonio Ggaceffoはインドは中国の影響に対抗するために西側諸国との協力を深めているが、これは戦略的自主性と非同盟というインドの伝統的立場に挑戦するものであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国のインド太平洋戦略は、中国を封じ込め、航行の自由を確保し、中国によるこの地域での軍事基地設置を阻止することを目的としている。一方、中国の青龍戦略は、主要な水陸域に影響力と戦略的範囲を拡大し、米国に対抗して中国の支配力を高めようとしている。この支配は地域の安全保障を脅かし、航行の自由を制限し、世界的な貿易経費と燃料価格の上昇につながる可能性がある。
(2) 青龍戦略は、東シナ海、南シナ海、インド洋の3つの海域を対象としており、人工島とその周辺海域の領有権を主張している。南シナ海では、いくつかの人工島を建設して、滑走路、レーダーシステム、ミサイル施設などの軍事基幹施設を整備している。中国の青龍戦略の重要な要素は、9段線によって囲まれる南シナ海の約90%を中国が領有するという主張である。この海域は、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾などの国々が領有権を主張する重要な海域と多数の島や岩礁が含まれている。2023年に中国は新たな地図を発表し、これらの紛争地域に対する主張を強化した。
(3) 青龍戦略は台湾とスリランカに軸足を置いている。台湾は、中国共産党が中国に帰属すると考えるすべての領土を取り戻すという習近平の目標にとって極めて重要である。戦略上、台湾を支配すれば、世界最大のコンテナ船の80%が通過し、世界の船舶の40%を占める重要な海上交通路である台湾海峡を中国が支配することになる。一方、スリランカはインド洋における中国の支配計画において重要な役割を果たしている。ベンガル湾に面するこの島国は、海軍基地を設置するのに理想的な場所と考えられている。それは、インドにさらなる圧力をかけ、この地域全体への影響力を強化するための戦略的な軸を中国に提供することになる。
(4) 軍事力を誇示するため、中国人民解放軍海軍は台湾沖やスリランカ近海のインド洋で訓練や演習を行っている。そして、台湾沖に配備された2隻の空母「遼寧」と「山東」を含む艦隊を維持している。これらの演習と艦隊の存在は、重要な戦略的領域で優位性を主張し、インド太平洋地域における影響力と軍事的即応性を強化する中国の広範な戦略の一部である。
(5) その他にも青龍戦略には次のような様々な要素がある。
a. 日本の尖閣諸島などの紛争地域を奪取するという目標がある。しかし、U.S. Department of Stateは尖閣諸島が日米安全保障条約の下で第5条の適用範囲に含まれることを確認し、それによって中国による攻撃の際に米国が尖閣諸島を防衛することを約束している。
b. ブラマプトラ川やメコン川といった東南アジアや南アジアの内陸河川の支配も構想に含まれている。これらの河川はヒマラヤ山脈に源を発し、中国のインド太平洋戦略とネパール、ブータン、インドでの領有権主張を含む陸上戦略とを絡めている。これらの大河川を支配することで、中国は水流を操作して下流国の農業や輸送に影響を与え、広範なダム網を通じて水を政治的な圧力手段として使うなど地政学的に大きな影響力を得ることができる。
c. アクサイチンやアルナーチャル・プラデーシュといった地域における中国とインドの領土紛争は、中国の影響力に対抗するインドの能力を制限している。さらに、インド洋やインドと中国の国境沿いにおける中国の行動は、インドの戦略的立場に挑戦し、防衛や外交の努力を複雑にすることを目的としている。
d. 軍事的努力ではなく、経済投資や地政学的、外交的基幹施設整備計画など、中国政府のあらゆる能力を包含している。
(6) 米国のインド太平洋戦略の目標は、自由で開かれたインド太平洋を確保し、中国の拡張主義に対抗し、地域諸国の主権を支持することである。この戦略には、中国の不法な主張に挑戦し、重要な海上航路の安全を確保するために、同盟関係を強化し、軍事的展開を高め、航行の自由作戦を実施することが含まれる。
(7) 米中の相反するインド太平洋戦略は、インドにジレンマをもたらす。インド洋における中国の青龍戦略は、インドの戦略的利益を著しく脅かし、その歴史的な非同盟姿勢に挑戦している。インドは、QUADやその他の西側諸国との協力を深め、中国の影響力に対抗するために民主主義諸国との連携を強めている。このような連携強化への移行は、中国との経済的関係の均衡を取る必要性と相まって、戦略的自主性と非同盟というインドの伝統的立場に挑戦するものである。
記事参照:Backgrounder: China’s Blue Dragon Strategy for the Indo-Pacific
関連記事:10月4日「中国の青龍戦略に対して米国の封じ込めは成功するか―ポーランド専門家論説」(Australian Outlook, October 4, 2023)

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) How to Respond to China's Tactics in the South China Sea
https://www.rand.org/pubs/commentary/2024/06/how-to-respond-to-chinas-tactics-in-the-south-china.html
RAND, June 3, 2024
By Derek Grossman is a senior defense analyst at RAND focused on a range of national security policy and Indo-Pacific security issues. 
2024年6月3日、米シンクタンクRAND Corporationの上席防衛問題分析者Derek Grossmanは、同Corporationのウエブサイトに、“How to Respond to China's Tactics in the South China Sea”と題する論説を寄稿した。その中で、①米比相互防衛条約では、中国政府が南シナ海においてグレーゾーン戦術を拡大させることを抑止することは全くできなかった。②絶望的な状況に直面したフィリピンは3月、“Comprehensive Archipelagic Defense Concept”を発表した。③その一方で、フィリピン政府は他にも米国との同盟関係の深化、地域の他の国々と多くの安全保障上の訓練や協定の推進、中国のEEZ侵犯に対して「透明性を主張する」戦略を採用という3つの取り組みを進めている。④米政府は、中国のどのような行動が同盟国を支援するために米国の介入を引き起こす可能性があるかについて、詳しく説明していない。⑤1つの選択肢は、現在のグレーゾーンの脅威を反映させるため、米比条約を改定することである、⑥もう1つの選択肢は、U.S. Armed Forcesがこの地域でより直接的な役割を果たすことである。⑦興味深い技術的解決策は、U.S. Armed Forcesが推進している中国に対抗するために数千機ドローンを実戦配備するレプリケーター・プログラムを活用することかもしれない、⑧米政府はまた、中国のグレーゾーン行動と米中関係の他の領域との間に関連性を持たせることを検討することもできる。⑨最後に、米政府とフィリピン政府は、このままの方針を堅持することもできる。⑩最良の選択肢は、米比同盟構築の路線を維持しつつも、条約を改定したり、レプリケーター・プログラムと関連付けたり、米中関係の他の領域を通じて中国の行動に対して対価を課すなど、新たな機能を追加することかもしれないといった主張を述べている。
 
(2) Ensuring America’s Maritime Security
https://www.heritage.org/defense/report/ensuring-americas-maritime-security
The Heritage Foundation, June 4, 2024
By Brent Sadler is a Senior Research Fellow for Naval Warfare and Advanced Technology in the Allison Center for National Security at The Heritage Foundation
2024年6月4日、米シンクタンクThe Heritage Foundation上席研究員Brent Sadlerは、同Foundationのウエブサイトに“ Ensuring America’s Maritime Security”と題する論説を寄稿した。その中でBrent Sadlerは、米国は長年、友好関係にない国々に依存して貿易を行い、自国の海洋産業分野に十分な投資をしてこなかったが、その結果、国家の安全保障と繁栄が危機にさらされていると指摘し、特に中国からの経済的圧力やサイバー攻撃に対する脆弱性が指摘されており、米国は国内の港湾基幹施設の強化と海運業の競争力向上が必要であると主張している。そしてBrent Sadlerは、米国は同盟国と協力して、海洋産業を活性化し、国際的な経済的および軍事的圧力に対抗するための取り組みを進めるべきであるが、具体的には、米国旗を掲げる商船隊の拡充、造船と修理能力の強化、海事基幹設備のサイバー攻撃対策、そして新たな海洋技術の導入などがあるが、これにより、米国は中国の経済的脅威に対抗し、海洋の安全保障を確保することができると結論付けている。
 
(3) A CHINESE ECONOMIC BLOCKADE OF TAIWAN WOULD FAIL OR LAUNCH A WAR
https://warontherocks.com/2024/06/a-chinese-economic-blockade-of-taiwan-would-fail-or-launch-a-war/
War on the Rocks, June 5, 2024
By Dmitri Alperovitch is the co-founder and chairman of Silverado Policy Accelerator, a geopolitics and national security think tank
2024年6月5日、米シンクタンクSilverado Policy Acceleratorの共同創立者であり、議長であるDmitri Alperovitchは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“ A CHINESE ECONOMIC BLOCKADE OF TAIWAN WOULD FAIL OR LAUNCH A WAR”と題する論説を寄稿した。その中でDmitri Alperovitchは、中国が台湾に対して経済封鎖を試みることは成功の可能性が低く、戦争や中国の屈辱的な敗北を招く可能性が高いと主張している。そしてDmitri Alperovitch は、台湾の国家安全保障コミュニティが中国の経済封鎖を主要な脅威と見なしているが、それは誤りであるとも述べ、その理由として、経済封鎖は、中国自身の経済に悪影響を及ぼし、全面戦争に発展する可能性があること、また、封鎖は台湾とその同盟国によって打破されるか、政治的・経済的に持続不可能になる可能性が高いことを挙げ、したがって台湾は、経済封鎖よりも軍事侵攻に対する準備を優先すべきであると主張している。
 
(4) A Three-Theater Defense Strategy: How America Can Prepare for War in Asia, Europe, and the Middle East
https://www.foreignaffairs.com/united-states/theater-defense-war-asia-europe-middle-east?check_logged_in=1
Foreign affairs, June 5, 2024
By Thomas G. Mahnken, President and CEO of the Center for Strategic and Budgetary Assessments
2024年6月5日、Center for Strategic and Budgetary Assessments(CSBA)の代表であるThomas G. Mahnkenは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに“A Three-Theater Defense Strategy: How America Can Prepare for War in Asia, Europe, and the Middle East”と題する論説を寄稿した。その中でThomas G. Mahnkenは、米国の防衛戦略は長らく一度に1つの戦争しか戦わないという楽観的な前提に基づいてきたが、現在ではウクライナ、中東、東アジアにおける3つの重要な戦域で同時に対処する必要があるとした上で、これに対応するため、米国は同盟国との防衛生産の強化、後方支援の効率化、共有の防衛技術の発展が不可欠であると述べている。そしてThomas G. Mahnkenは、米国と同盟国は迅速な資源配分を可能とする相互運用性を高め、共同の軍事戦略を開発する必要があるし、また、防衛施設の分散配置や新しい防空技術の導入も求められると指摘した上で、最終的に、米国は同盟国と連携し、共通の戦略と資源を共有することが不可欠だと結論付けている。